その瞳に映りし者

〜第14話 告白〜

 この国にも、やがて木枯らしの吹く季節がやってきた…。

育ての親であるルドルフが亡くなってから、元気をなくしていたリリアも、ようやく立ち直りつつあった。

そんな中、ジュディが例の件について、とうとう行動を起こした。

一人で、シュテインヴァッハ家のヴィトーを訪ねることにしたのだ。

カイルには心配させたくなかったので、この件は内緒にしておくことにした。

 

 ヴィトーに逢いに行くには、少し勇気が必要だったが、それよりも疑問に思っていたことを知りたいと思う欲求の方が勝っていた。

その日は、午前中ヴィトーは不在で、メイドのメイが出迎えた。

午後になったら戻るということなので、それまで待たせてもらうことにした。

リビングの沢山の調度品を眺めながら、ソユーズ家よりも更に地位も名誉もあるシュテインヴァッハ家の華麗なる私生活に想像を巡らせた。

「ため息が出るような、豪華さね…うちの屋敷にもないようなものが一杯あるわ…」

ジュディが椅子から立ち上がって、それらに触ろうとした瞬間…

「お待たせしました、ジュディ嬢…」と低い声がした。

ジュディが振り返ると、用事を済ませて帰ってきたヴィトーが立っていた。

「あ…ヴィトーさま…おかえりなさい!あの、忙しいのにお邪魔して御免なさい」

ジュディは、恥ずかしそうにヴィトーにそう言った。

「いいんですよ…ちょうど今、仕事がひと段落したので、戻ってきたのです お元気でしたか ご家族にお変わりないですか」

今日のヴィトーは、いささか機嫌が良さそうなので、ジュディは安堵した。

「ええ、皆元気でやっています…あ…ちょっとリリアだけが、色々あって落ち込んだりもしてましたけど…」

「色々…どのようなことが…?」

「彼女を育てた父親が、先日亡くなったのです…仕事中の事故で…」

「そうでしたか…それはお気の毒に…」

ヴィトーは、目線を落とした。

それを見たジュディは、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「あの、ヴィトーさま…このような事を聞いて、気を悪くなさらないでくださいね」

「何ですか…」

「私、以前から少し疑問に思っていることがありまして…その、リリアとのことなんですけれど…」

「リリア嬢とのこと…一体どのような…」

何も動揺しないヴィトーを見て、ジュディは少し考えたが、思い切って切り出した。

「彼女が、ジュリアンさまが不在だということを知らずに、こちらを訪ねたとき…何かございました?例えば、その…」

「なぜ、そのようなことを聞くのです」

「あの後、帰ってきてからのリリアの様子がおかしかったものですから…少し気になって…別に何もなかったのならいいのです…変なことを聞いて御免なさい」

ヴィトーの鋭く光った瞳の奥を凝視できなくなったジュディは、目を伏せた。

「特に何もないですよ…あなたが想像するようなことはね…」

「わ…私は別に何も想像しては…ただ、いつものリリアとは明らかに違っていたので…」

ジュディは、背中にゾクリとするものを感じた。

(なんだろう…この威圧感…とくに何かを言われたわけではないのに、なんだか怖い)

そんな彼女をみて、ヴィトーは椅子に腰掛けるように促した。

「あなたは、そんなことを聞きにわざわざ一人で来られたのですか…ご苦労なことだな…せっかくなので、どうぞゆっくりしていってください…そういえば、あなたとはほとんど話をした事が今までなかったですよね…」

「ええ、全然…晩餐会のときもヴィトーさまとは話す機会に恵まれなくて残念でしたわ」

「でも、あなたは確かリオンといいムードだったような…噂には聞いていますよ…リオンは、あなたに夢中なのでしょう」

「ヴィトーさま…お言葉ですが、私は全然リオンに興味がないんですの…誤解なさらないでくださいね」

ジュディは慌ててそう訴えた。

「そうですか…わたしにはお似合いに思えたんだが…」

「まさか、そんな!やめてください…彼がいくら私を好きになろうと、私には他に」

「どなたか好きな人が別にいるんですね…」

「えっ!…いえ、その…」

ジュディは動揺して、口に手をやった。

「隠すことはない…男女なんてそんなものですよ…たとえ相手がどう思っていたとしても…人の心はどうにもならない…」

「ヴィトーさまも、どなたか心に秘めた方がおいでなのですか…」

ジュディは、ヴィトーを強くみつめた。

「……」

ヴィトーはその問いには答えず、深くため息をついた。

ジュディは、不安でしょうがなかった。

もし自分が思っていることが事実だったら…そう思うといてもたってもいられず…

「ヴィトーさま…こうしませんか…私も誰を好きなのかお話しますから、替わりにヴィトーさまも心に秘めた方が誰なのか告白するというのは…」

「それが何になるのです…わたしの気持ちをあなたが知って、どうなるというのだ」

ヴィトーは、ジュディに鋭い視線を送った。

少しひるんだジュディだったが、それに負けずにこう言った。

「先ほど、あなたはこう言いましたね…隠すことはないって…ですから私もう隠したりしません…本当の気持ちをここで話しますわ」

「……」

ジュディは深く深呼吸をして、こう告白した。

「私ことジュディ・ソユーズは…ヴィトーさまをずっとお慕い申し上げておりました」

「っ!……」

ヴィトーは、ジュディの真っ直ぐな瞳を見ながら、少し驚いた様子だった。

「驚かれるのも無理ありませんわ…ほとんどお話したことさえないのに、こんなことを言うなんて…自分でもおかしいとは思いますけど…これが私の本当の気持ちなんです」

「ジュディ嬢…」

「さあ、ヴィトーさま…次はあなたの番ですわ…どうぞ本当の事をおっしゃってくださいませ」

ヴィトーは、しばらくの間堂々と自分の気持ちを打ち明けたジュディを見ていた。

この娘は、なぜ自分にそんなことを話したのだろう…そんな気持ちでいっぱいだった。

「あなたは、ここへわたしを訪ねて来た時から、だいたいのことは承知していたのではないですか…もう答えは解っているでしょう…」

「では、あなたが好きなのは…リリア…そうなのですね」

ジュディは、少し震えながらヴィトーに訴えた。

「彼女は、自分が書いた手紙がジュリアンさまのもとに届いていないのではと心配していました…もしやあなたが…」

「リリアが誰を好きだろうとわたしには関係ありません…問題はわたしが誰を好きかということだけです…言ったでしょう、どうにもならないって」

「よく理解できませんわ…だって、リリアとジュリアンさまは両思いなのですよ…それなのに、あなたは何故…そんなことを…」

「どうしてでしょうね…人を好きになるのに理由なんてないんですよ…あなただって同じでしょう…リオンを選んでいれば幸せなのに、他の者を好きになってしまう…人間の心は複雑だ…そう思うようにはいかない…」

「このまま、耐えるおつもりなんですか…それとも、まさか奪うなんてこと…」

「さあ、どっちでしょう…今のわたしには解りません…しばらくジュリアンは帰ってこないだろうし、三人が顔を合わす機会はそうないでしょうし…」

「私は…私の気持ちはどうなるのです…ヴィトーさまは、もうまったく私には興味がないのですか…」

ジュディは、泣きそうな気持ちを抑えながらそう訪ねた。

「申し訳ないが、ジュディ嬢…わたしは、あなたの気持ちには応えられない…」

わかっている答えではあった…おそらくそう言われるだろうと…

しかし、実際本人に目の前でそう言われると、辛いものがあった。

ジュディは視線を落として、コートを手に持った。

「お邪魔しました…貴重なお時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした もうここには来ませんわ…あなたの気持ちが痛いほどよく解りましたから…では」

ジュディは気落ちした様子で、席を立ち玄関の方へと歩いていった。

「ジュディ嬢…」

「もう何もおっしゃらないでください…このことは、リリアには話しません…彼女がこれ以上動揺するといけないので…もし打ち明けたいなら、ご自分から彼女にお話くださいませ」

そう言ってジュディは、シュテインヴァッハ家を後にした。

来なければよかった…しかし、真実を知りたがったのは自分だ…たとえそれがどれほど自分を傷つけるような結果でも、それこそが真実なのだ…。

帰る途中、冷たく吹く風が身に沁みた…。

 

 ソユーズ家では、リリアがさっそくジュリアンに手紙を書いていた。

内容は、ソユーズ家での近況報告が主だった。

クリスマスには、屋敷に戻ってくるのか聞きたかったが、あの様子ではシュテインヴァッハ家にはしばらく戻りそうになかったので、よければソユーズ家に招待したいと付け加えておいた。

「できた…さっそく送らなきゃ…返事が楽しみだわ」

リリアは、ジュリアンと再会でき、しかも亡き父のお陰で気持ちを確かめ合うことができたことを感謝していた。

不安でいっぱいだったあの頃のことが嘘のように今は気持ちが晴れ渡っていた。

リリアが手紙をナディアに渡していると、ジュディが帰ってきた。

「おかえりなさい、ジュディ…どこに行っていたの?外は寒かったでしょう」

「ただいま…その手紙は…」

ジュディはリリアが持っている手紙に目をやった。

「これは、ジュリアンに送るのよ…さっき書いたの…今度、クリスマスにジュリアンをうちに招待しようかなと思って…」

「そう…それはいい考えね…彼もきっと喜ぶでしょう」

そう言うとジュディは、すぐに自分の部屋へと戻っていった。

「なんだか、様子がおかしいわね…」

「そうでございますか?いつものジュディさまでしたよ」

ナディアは、リリアにそう言ったが、リリアはジュディの変化に気付いていた。

「何かあったのかしら…いつものジュディなら、もっと絡んでくるのに…」

あまりにあっさりとしたジュディの反応に、却ってただ事ではないものを感じたのだ。

 

 夕食の時間になってもジュディは降りてこなかった。

心配になったリリアは、食事を持ってジュディの部屋を訪ねた。

「ジュディ…食事を持ってきたわ…少しでも食べないと身体に毒よ…ここを開けてくれるかしら」

「開いてるわ…」

ジュディの言葉を聞いて、リリアは部屋に入った。

ジュディは、リリアに背を向けて、いつものように本を読んでいた。

「ここに食事を置いておくわね…ちゃんと食べてね」

「わかったわ…ありがとう」

ジュディは、振り返らずに一心不乱に本を読んでいた。

「どこに行ってきたの…叔母さまのところ?」

「いいえ…シュテインヴァッハ家よ…」

「シュテインヴァッハ家に…?!一体どうして…」

「ヴィトーさまに逢いに行ってきたの…ただそれだけよ」

「彼は元気にしていたの…」

「ええ、元気そうだったわ…相変わらず忙しそうだったけど…」

「そう……」

すると、急にジュディは振り返ってこう言った。

「やっぱり、少しは気になるのね、ヴィトーさまのこと」

「え…いいえ…ただ、ジュリアンもノエルもいないから…どうしてるのかなって」

「彼は孤独に強い人よ…別に気にもしていないわ…お寂しいと思うのなら、たまには様子を見に伺ったら?」

ジュディの意外な言葉にリリアはビックリしたが、否定するようにこう言った。

「いいえ、行かないわ!…ほら、やっぱり男性がお一人でいるところへ伺うとあらぬ噂が流れるでしょう…以前、ジュディからそう指摘されて、なるほどそうだなと思って…」

「私に遠慮することないわよ…行きたければ、逢いにいけばいいのよ…彼、きっと喜ぶわよ…あなたにとても逢いたがっていたもの」

「ヴィトーさまが…?」

「ええ、リリアのことをとても気にしていたわ…」

ジュディの瞳の奥に、一瞬暗い影がよぎるのをリリアは見逃さなかった。

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