その瞳に映りし者

〜第15話 決意〜

 ジュディの真意はわからなかったが…

リリアは、ジュディの言葉を頑なに拒否した。

あの事があってから、もう二度と一人でヴィトーには逢うまいと固く心に誓ったのだ。

「食事が済んだら、あとで取りに来るわね…それじゃ」

リリアは、静かに部屋から出て行った。

「……」

ジュディは、無言で置いていったスープを飲み始めた。

自分の気持ちをリリアは理解しないだろう。

勿論自分だって、今までリリアの気持ちは理解してこなかったのだから、それは当然のことだと思った。

なぜ、今まで自分達は、こんなに相容れなかったのだろう…。

姉妹なのに…その前に同じ女性なのに…もっと解り合えていたら……

ジュディは、温かいスープを飲みながら、涙が頬を伝うのを止められなかった。

 

 それから数日たって……

ソユーズ家に二人の訪問者がやって来た。リオンとダニエルだ…。

「ごきげんよう、リリア嬢…お久しぶりですね」

ダニエルは、いつもの爽やかな笑顔でリリアと対面した。

少しとまどったがリリアも笑顔を返しながら、二人を招き入れた。

「寒い中をようこそ…今日はどのようなご用件で…」

すると、ダニエルの後ろに隠れていたリオンが恥ずかしそうに一歩前に出た。

「実は…今日は…その…」

なかなか言葉が出てこない友達をフォローするかのようにダニエルが、

「今日は、ジュディ嬢に話しがあってきたのですよ 彼が、どうしても彼女にもう一度逢いたいと言ってきかないものだから…」

いささか胡散臭い笑顔を振りまきながら、そう言った。

「そ…そうなんですか では、すぐジュディを呼びましょうね」

リリアがそう言うと、リオンはそれを遮るようにこう言った。

「いえ…僕達が上に行きますよ 今日は、お母上ともお話がしたいので…」

「え…母ともですか?」

リリアはとまどったが、リオンとダニエルはサッサと上にあがっていった。

リリアはその姿を、いぶかしそうに見ていた。

 

 暖かな日差しの中、ローズ・マリーは長椅子に腰掛けて、窓の外を眺めていたが、

二人の客人が突然部屋に入ってきたので、驚いた様子だった。

「ごきげんよう…まあ、今日はどのようなご用で…」

椅子から立ち上がろうとしたのをリオンは止めて、こう切り出した。

「突然、押しかけて申し訳ありません…どうかそのままで、お話を聞いてください」

改まったリオンの態度に、ローズ・マリーは長椅子に座り直した。

「どうかなされたのですか…もしや、うちの娘のことで何か…」

「実は、そうなのです…僕は、以前からずっと…ジュディ嬢のことを気にかけていまして…今日はその…」

リオンが躊躇していると、後ろからダニエルがつっついた。

「彼女との交際を認めてほしくて、伺いました…どうか、宜しくお願いします!」

リオンは、ローズ・マリーに深々と頭を下げた。

それを見てビックリしたローズ・マリーは…

「どうしたの、リオン…あなたが、こんなことをするなんて…本当に驚いたわ…まさかうちのジュディを…」

「彼女が好きなんです…彼女さえよければ、結婚を申し込もうと思っています」

リオンは真っ直ぐな瞳で、ローズ・マリーに申し出た。

すると突然、ドアの向こう側から声がした。

「順序が違うんじゃなくって…リオンさま」

「ジュディ嬢っ?!」

リオンは、驚いてそのまま固まってしまった。

「本来なら、わたくしに言うのが筋ですわ…母の所へ先に挨拶に来るだなんて、少し卑怯な手段だと思いますけど」

「確かにそうだな…」

ダニエルは、もっともな意見だと言わんばかりに深く頷いた。

リオンは、顔を赤くしながらこう言った。

「違うんです!…僕は、はじめあなたに言おうと思っていたけれど…それだとすぐに断られそうだったので…自身がなくて…それで…」

ジュディを目の前にして、意気消沈したように目を伏せた。

「どうか、お顔をお上げになって…リオンさま」

そんなリオンを見て、ジュディは優しく声をかけた。

「御免なさい…確かに卑怯でした…お母上を見方につければ、もしかしたらって…」

リオンは、悔やむようにつぶやいた。

「リオン…あなたの真っ直ぐな気持ちはよくわかりました この後、二人でゆっくりお話でもしたら? そのほうが、二人にとっても良いでしょうから」

ローズ・マリーは、穏やかな笑顔で沈んでいるリオンを慰めた。

 

 別の部屋で、二人きりになったリオンとジュディは…

しばらくの間、何もしゃべらず沈黙のままだった。

するとジュディが突然、こう切り出した。

「あなたは、私のどこが気に入っているの? 私は気も強いし、ワガママだし…リリアのほうが、よっぽど女性らしくて、結婚相手としては向いてるんじゃなくって」

「僕は、初めて逢ったときから…結婚するならあなたと決めていました!今でも、その気持ちに変わりはありません 一度だって、リリア嬢の方がいいだなんて思ったことは…」

情熱的なリオンの言葉に、ジュディは一瞬とまどったが…

「そう…ありがとう…そんなふうに言ってくれた人は、あなただけだったわ…」

そう言って、リオンの手を取った。

そして、ついに意を決したのか…こう言った。

「私でよければ…これから宜しくお願いします」

「えっ?!ジュディ嬢…それって…僕と付き合ってもいいってことですか」

「ええ…そうよ それ以外に何があるの?」

突然の彼女の答えに、リオンは嬉しすぎてボォーっとなった。

「ジュディ…有難う!今日はなんて素晴らしい日なんだ!」

 

 その一連のやりとりを、ドアの向こう側で聞いていたダニエルは、ニヤリと笑った。

「とうとう、やったな…リオン…」

そして、その横で同じく耳をそばだてて聞いていたリリアもまた…

「おめでとう…ジュディ!なんて素晴らしいの」

と、思わず声を上げてしまった。

「リリア嬢…声が大きいですよ…もっと静かに…」

ダニエルは、笑顔で口に手を当てるジェスチャーをした。

「いけない…私ったら…あまりに嬉しくて」

ジュディの、心の奥にある気持ちなど何も知らないリリアは、ただただ今回の事が嬉しくて仕方なかった……。

 

 そのあと、改めてリオンとジュディは、ローズ・マリーに交際の報告をした。

ローズ・マリーは、手放しで若い二人を祝福した。

「本当に、素晴らしいことだわ…ジュディ、心からおめでとう…リオンは、とてもよく出来た青年よ…私も、これで安心して、あちらの世界にいけるわ…」

「お母様ったら、そんなこと…まだリリアが残ってますのよ…といっても…リリアもまもなく良い報告をするとは思いますけど」

「あら、そうなの…知らないのは私だけなのね…一体、何処のどなたなのかしら…楽しみだわ」

ローズ・マリーは、娘達の成長が嬉しくて仕方なかった。

それと同時に、少しだけ寂しさも感じていた。

いつまでも子どもだと思っていたのに…

いつの間にか、二人とも恋をするような年齢になっていたことに…

子離れ、親離れする時が来ているのだなと思い、感慨深いものがあった。

 

 リオンとダニエルが帰ってから……

リリアは改めてジュディに祝福の言葉を贈った。

「おめでとう、ジュディ!以前は、リオンのことをあまり好きではないなんて言ってたけど…全然そうではなかったのね」

「……」

ジュディは、無言だった。

そして、深くため息をついた。

「どうしたの、ジュディ…」

リリアは、彼女の様子にとまどった。

さっきまでは、あんなに楽しそうにしていたのに……

一体どうしたというんだろう。

もしかしたら、何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか…。

「私ね…今回のことで学んだの」

「え…何を…」

「今までは、自分の気持ちを正直に相手にぶつければ、それでいいと思ってた…

それで、全てうまくいくと思ってたわ…でもそうじゃないこともあるのよね

人って、表と裏の感情を使い分けて、生きていくのよ…」

「どうしたの、急に……じゃ、さっきのは真意じゃないってこと?」

「彼はいい人だと思う…きっと母からも気に入られるわ…でも、彼を好きなわけじゃない…ただそれだけのことよ」

「それだけって…とても重要なことじゃないの…好きじゃないのに、付き合うの?

よく理解できないんだけど…それって、どういうこと」

「あなたには、理解できないでしょうね…まっすぐ誰かを好きになって、それを受け入れてもらえる選ばれた人なんですもの…私の気持ちは理解できないわよ…」

「そんなことないわ!何があったのか話して…このまま、好きでもないリオンと付き合うなんて、おかしいわ」

「もういいの…私は彼と婚約するって決めたんだから…今度のクリスマスは婚約発表の日にするわね…みんなを呼んで、大いに盛り上がりましょう」

ジュディは、リリアに微笑んだ…。

寂しそうな笑顔だった。ジュディらしからぬ、作り笑顔だ……。

リリアは、それ以上彼女を問い詰めることが出来なかった。

(受け入れられた自分には理解できないって、どういうことだろう…彼女に一体何があったというのだろうか…)

リリアはジュディの気持ちを考えると、さっきまで何も知らずに喜んでいた自分が、滑稽に思えて仕方なかった。

 

 ジュディが、リオンと婚約するのではないかという話題は、すぐにソユーズ家の屋敷中に広まった…。

ナディアが興奮したように、皆に話してまわったことが原因のようだ。

勿論、そのことはカイルの耳にも入っていた。

「どうやら、今度のクリスマスは、お二人の婚約パーティになりそうよ! ああ…考えるとなんだかワクワクしちゃう…きっと盛大でしょうね 何しろリオンさまといったら、シュテインヴァッハ家と肩を並べるほどのお金持ちのご子息だもの」

「でも、よくあのジュディさまが受け入れたものだなぁ…俺は、なんだか未だに信じられんよ…」

庭師のジャックは、首をかしげながらそう言った。

「なあ…カイルさま…あんたもそう思うだろ?」

「…えっ…あ…ああ、そうだな」

「どうしたの…カイルさま…さっきから、なんだか上の空ですね」

「そうかな…そんなことはないけど…突然すぎて、少し驚いてるんだ」

「確かに…全然、リオンさまに興味なさそうだったのに…女心は解らないものだわ

 特にうちのお嬢さまは気が強いから…絶対、受け入れないって思ってたのに」

「……」

カイルの態度に、ただならぬものを感じたナディアは、急にこの話題をやめた。

「そうだ…ねえ、カイルさま…いつもツリーの木は、森に行って…一番いいモミの木を切ってくるでしょう…今年もそろそろ探さないとね…それからプレゼントとかも用意しなきゃ…この季節って本当に忙しいわ」

「……」

「ジャックも色々手伝ってちょうだいよ それでなくても、人手が足りないんだから」

「おお、まかしとけって」

盛り上がる二人を後にして、カイルはそっとその場から出て行った。

「カイルさま…」

ナディアは、どこか思いつめたようなカイルの背中を、ただ見送るしかなかった…。


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