その瞳に映りし者

〜第11話 嫉妬〜

リリアは、シュテインヴァッハ家から戻って、しばらく悩んでいた…。

病気のジュリアンを見舞ったものの、逢うことが出来なかったからだ。

彼はそれほどまでに、自分を遠ざけてしまいたいのか…。このままでは後悔が残ると思ったリリアは、一枚の便箋を取り出し、自分の思いを書き始めた。

 

親愛なるジュリアンさまへ

雨に濡れて風邪をひいたと聞きました。
とても心配しています…。先日の件、本当に申し訳なく思っています。

言い訳をしたくはありませんが、あなたがあの雨の中を待っていると思っておりませんでした。叔母からクラウディア嬢との事を聞いていたので、あなたは彼女を選ぶだろうと勝手に思っていました。

私は、何故か初めてお会いした時から、あなたを他人のように思えませんでした。

私たちは、どこか似ていると思っていたのです…。

今度のことで、あなたの心を傷つけ、私から遠ざけてしまったこと、非常に残念に思います。

本当に心から御免なさい。

今でも、お慕い申し上げています。

 

どうぞ、お体を大切になさってくださいね。

リリアより

 

リリアは、封筒にそれを入れると、ナディアに手渡した。

この手紙を送ったからといって、ジュリアンが許してくれるとは限らないが、それでも逢うことも出来ず、ただもやもやした感情のままでいたくはなかったのだ。

リリアは、祈るような気持ちでいっぱいだった…。

 

その手紙は、数日たってシュテインヴァッハ家に届いた。

勿論、受け取るはずのジュリアンは、家出をして不在なので、代わりにヴィトーがそれを受け取った。

ヴィトーは、封を開けてその手紙を読んだ。

「……」

そして何も言わず、また封をして、そっとテーブルに置いた。

たまった仕事を片付けるために、最近では徹夜をすることも珍しくなく、顔には疲れの色がみえた。

椅子に腰掛けると、書類に目を通す。

 

そして、ふと花瓶に目をやった。

そこには、先日リリアが持ってきたあの花が…

 

そう、彼は一度は捨てたものの、再びそれを拾って花瓶に挿していたのだ。

 

しばらくたっても何の返事もかえってこないことに、リリアは不安を感じていた。

もう彼は、完全に自分のことが嫌いになり、逢う気などまったくないのではないか…

このまま、ジュリアンをあきらめてしまった方がよいのだろうか…

(いや、もう一度だけ逢いに行こう…本人に逢って直接話しがしたい…それでダメなら諦めればいい)

リリアは、意を決して再びシュテインヴァッハ家に向かって歩きだした。

それを見ていたジュディは、ナディアに尋ねた。

「ねえナディア…リリアは一体何をあんなに急いで出かけていったの?何処に行く気なのかしら」

「リリアさまは、シュテインヴァッハ家に行かれたのです」

「シュテインヴァッハ家ですって?!どういうことなの…まさかジュリアンさまに逢いに行ったってこと?」

ジュディは驚いてナディアに聞き返した。

「そうでございます…リリアさまは、先日のことを非常に後悔なさっておりまして…どうしてもジュリアンさまに直接謝りたいと…」

「呆れたわ…叔母さまの話しを聞いていなかったのかしら 今後ジュリアンさまとは関わらないようにとおっしゃっていたじゃない!どういうつもりなのよ」

「ジュディさま、どうかリリアさまのお気持ちも察してあげてください!リリアさまは本当にジュリアンさまを…」

「何よ…ジュリアンさまのことを好きだっていうの?…リリアが誰を好きになろうと知ったことではないけど、ジュリアンさまだけはダメよ! クラウディアが可愛そうでしょ 私は、クラウディアには幸せになってもらいたいのよ 大切な従兄弟ですもの」

「でもリリアさまは、あなたのお姉さまですよ!もう少し優しくしてあげてくださいませ!」

ナディアはジュディに訴えた。使用人の身で、主人にこのような口をきくことは良くないことだと解りながらも、どうしても黙ってはいられなかったのだ。

「ナディア…誰に向かってそんなことを言ってるの」

「はっ!…も…申し訳ございませんでした!差し出がましいことを申しまして」

「もういいわ!下がって…」

「はい…」

ナディアは、ジュディに深々と頭を下げると出ていった。

 

それと入れ替わりにカイルが入ってきた。

「一体何があったのです…ナディアが何か…」

 

カイルはナディアの様子を心配して、ジュディに問いただした。

 

「ねえ、カイルはリリアがジュリアンさまのことを好きだったこと知ってた?」

 

突然のジュディの質問にカイルは少々驚いたが、

 

「ええ、少しは気付いておりましたが…」

 

と落ち着いて答えた。

「それで、どう思う?あなたの意見が聞きたいのだけど…」

「わたしは…リリアさまがそれでお幸せなら本望です…執事は主の幸せを望むものですよ…ジュディさまは祝福してはおられないのですか?2人のことを…」

「まさか…私が姉のことを祝福ですって?フフッ…そんなワケないでしょ」

 

「そうなのですね…残念です」

 

カイルは、答えは解っていたはずなのに、聞いた自分が浅はかだったと思った。

「わたしには、あなたの方が心配です…なぜそれほどまでに意固地になられるのか…

もう少しリリアさまに優しく接してあげてください…あなたのお姉さまなのですから」

「リリア、リリアって皆そう!いっつもリリアばっかり…ナディアも同じ事を言ったわ!なぜ皆わたしよりリリアに優しいの?なぜリリアばかり庇うのよ!」

「ジュディさま?…」

 

泣きそうな目で訴えるジュディの姿を見て、カイルは困惑した。

こんなジュディを初めて見たからだ。

 

あの気の強いジュディにこんな部分が隠されていようとは……。

「わたしのことは、どうだっていいの?わたしよりも姉の方が大事なの?」

「そうではありません…どちらもわたしにとっては大事な存在ですよ…えこひいきしているつもりなどございません…どうか誤解なさらぬように」

「嘘っ!カイルはいつもリリアのことを我がことのように心配している…本当はリリアのことが好きなんでしょう…特別な存在だと思ってるくせに」

「ジュディさまっ!いい加減にしてください…しまいには怒りますよ そんな気など毛頭ございません!」

「…もういいわ…どっちだって…どうせ本音なんか言わないのだろうし…下がってちょうだい…ひとりにして」

ジュディは、カイルに背を向けてそう言った。

 

カイルもまたこれ以上言ってもあらぬ誤解を生むだけだと思い、頭を下げ出て行った。

ひとりになったジュディは、行き場のない気持ちに唇をかみ締めた。

 

 一方、再びシュテインヴァッハ家を訪れたリリアは、いいようのない不安の中にいた。

(今度は、逢ってくれるだろうか…また拒絶されたらどうしよう…)

そんなふうに思っていると、ヴィトーが現われた。

「これはこれは…どうされましたか、リリア嬢…またジュリアンに逢いに来られたのですか?」

「ヴィトーさま…実はそうなのです 手紙を書いたのですが、お返事がないので心配になって、また来てしまいました…ジュリアンはその後元気になられましたか?」

「彼は、もうここにはいませんよ…残念ながら」

ヴィトーの答えにリリアは愕然とした。

「いないって…どうゆうことですか…」

「ジュリアンは、先日この家を出ていったのです…おそらくもう戻っては来ないでしょう…」

落ち着いて答えるヴィトーの言葉を、まだ信じられないでいるリリアは、

「だって…病気で具合が悪かったのでは…一体何があったのですか?ヴィトーさま」

とヴィトーに詰め寄った。

「心配してくれるのは嬉しいが…彼はあなたに応えることの出来ない男ですよ…正直、もう限界だったのでしょう…以前から私たちは何かにつけ気が合わず衝突していたので…」

ヴィトーは、遠くを眺めながらそう言った。

「私には理解できません!なぜ兄弟なのに仲良くできないのですか?彼は、きっとあなたといがみ合いたいとは思ってなかったはずですよ…とても心を痛めていたのです

あなたがお母様のことで彼を嫌いになったことについても悩んでいて…」

「ジュリアンが、あなたにそんなことを…あなたには何でも話していたのですね」

「私は、もっと彼の話しを聞いてあげればよかったと後悔しています…こんなことになる以前に…」

リリアは唇をかみ締めた。

そしてふと花瓶に挿してある花に目がいった。

「あの花は……」

それは紛れもなく自分がジュリアンのために持ってきた花だった。

それが何故、こんなところに…。

ヴィトーは、戸惑っているリリアに気付き、急に話しを切り替えた。

「わたしはこれから仕事をしなければいけません…これからどうしますか…送っていってあげてもよいが…」

「いいえ、結構です…それよりお仕事って、いつも大変なのですね…ジュリアンも、あなたは仕事の鬼だって言ってました…いつも仕事のことしか考えてないって」

「この屋敷を切り盛りしていくには、地位や名誉だけではダメなのです…これからの時代、事業を展開していかないと、やがては衰退するばかりですよ…名門貴族なんて名ばかりです…何もわかってない人間が多すぎますが…」

「そんなに大変な状況なのですか…それだったら、ジュリアンと協力してやっていったら…」

「はっ…無理ですよ…彼は全くといっていいほど、経営などには無頓着な人間で…そんな話しをしても、おそらく上の空でしょう」

「でも、今の現状を説明すれば、理解するのでは?最初から諦めてしまったら駄目だと思います…お互いをよく知るチャンスなのでは」

「あなたは、真っ直ぐな人ですね…リリア嬢…でも理想論だけでは世の中渡っていけませんよ」

「理想を語ってはいけませんか?あなたは夢がなさ過ぎます…こんなこと、まだよく知らないあなたに言うのはぶしつけだと思うけど…でも少しでもジュリアンを理解してほしいし、彼と仲直りしてほしいのです」

リリアの瞳は潤んでいた…。

現実主義者のヴィトーには何を言っても無理かもしれないが、少しでも解ってほしかったのだ…。

「ジュリアンは、幸せな奴だな…あなたのような女性に好かれて…あなたはジュリアンには勿体ないほど、芯がしっかりしていて、とてもよく出来た女性だ」

「ヴィトーさま…」

急にヴィトーにほめられて、リリアは赤面した。

「そんな…私はただ…」

リリアは、うつむいた…。

すると、ヴィトーが突然リリアを強く抱きしめた…。

「っ!…」

一瞬何が起きたかわからず、リリアはそのまま放心状態になった。

(ヴィトーさま…?)

頭の中が真っ白になって、なにも考えられず、その場に立ち尽くした。

 

 ふと我に返ったリリアは、ヴィトーを突き放した。

「やめてくださいっ!なにするんですか…」

リリアは、震えながら、ヴィトーを睨んだ。

「……」

ヴィトーは何も答えなかった。

リリアは、泣きながら屋敷を飛び出していった。

(こんなこと…信じられない…どうして!)

頭の中は混乱するばかりで、心は激しく動揺していた。

リリアには、ヴィトーの行動が理解できずにいた。

とにかく、ただその場から逃げたいと思い、ひたすら走った。

 

 後に残されたヴィトーは、自分のとった行いに動揺していた…。

(わたしは何故、こんなことを…)

彼女を抱きしめたその両手を見ながら、ただ呆然とした。
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