その瞳に映りし者

〜第12話 再会

 泣きながらソユーズ家に戻ってきたリリアは、急いで階段を駆け上がると自分の部屋に入り鍵をかけた…。

動揺を隠せないリリアは、今は誰とも顔を合わせたくないと思った。

 ジュディは、リリアの不可解な行動を不振がり、部屋のドアをノックした。

しかし、返事はない…。

「リリア…いるんでしょ…いるんだったら返事して」

「……」

やはり何の返事も返ってこない。

自分ならまだしも、あの素直なリリアらしからぬ態度だ。

「一体どうしたのかしら…シュテインヴァッハ家で何かあったんじゃ…」

 そこへ、同じく心配してカイルがやってきた。

「ジュディさま…リリアさまは大丈夫そうですか?」

「知らないわ…さっきから様子が変なのよ…中にいるのは確かなんだけど、何の返事もないの」

「そうですか…どうしたのでしょう」

カイルはもう一度、ドアをノックしてみた。

「リリアさま、カイルです…鍵を開けてくれませんか」

すると中から突然声がした。

「私は大丈夫!心配しないで…今はそっとしておいてほしいの」

「向こうで何かあったのですか?ジュリアンさまとの間に何か…」

「何もないわ…ジュリアンは不在だったの」

「ご不在?では代わりに、どなたが応対したのです?」

「……」

また沈黙になってしまった。

カイルとジュディは顔を見合わせて、

これはそっとしておいた方がいいと判断し、下に降りた。

 

 リビングに降りた2人は、しばらく考えた。

「リリアさまは、ジュリアンさまを訪ねていき、そして当の本人は不在だった。

これは一体どういうことでしょう…おそらく応対したのはヴィトーさまだと思われるのですが…」

「ヴィトーさまは、いつもお仕事で忙しいの…リリアが訪ねていっても、軽くあしらうだけじゃなくって?とにかく訳がわからないわ…」

「ジュディさまも、やはり少しは心配されるんですね…リリアさまのことを」

カイルの鋭い指摘にジュディはビクッとなった。

「何を言い出すのかと思ったら…別に心配なんてしてないわ!」

いつものジュディの照れ隠しにカイルはフッと笑った。

 

 一方、セルゲイの家に居候してしばらくたったジュリアンは…。

セルゲイと共に街のボランティア活動に参加していた。

今日は、街の教会の清掃作業をする日だった。

勿論、そんなことをしたことがなかったジュリアンは、すぐにヘトヘトになった。

「結構、清掃って大変なんだね…僕、もう疲れちゃったよ」

教会の椅子に腰掛けていると、ひとりの男性が話しかけてきた。

「お兄さん…まだまだ腰掛けるのは早いよ…やることは一杯あるんだから!

ほら、立って立って!もうひと働きしようじゃないか」

くつろいでいたジュリアンの手を引っ張ってそう促した。

「もう少し休ませてください…僕もうクタクタなんですけど」

「ったく…若いのにひ弱だなぁ…俺が若かった時は、休まず一日中汗水流して働いたものだけどな」

「あなたは、この仕事を始めて長いのですか?」

「人の役に立つことがしたかったのでね…貧しいけど、志は高くだよ」

「立派ですね…僕も見習わなければいけないな…」

そう言うと、スッと立ち上がったジュリアンは、周りのゴミを拾い始めた。

「その調子だよ、美形のお兄さん…やれば出来るじゃないか」

その男性は、ジュリアンを優しく見つめながらそう言った。

 

 夕方近くになり、セルゲイがジュリアンに帰るよう促した。

ジュリアンは、今日一緒に働いた気さくな中年の男性に声をかけた。

「あの…僕はジュリアンといいます 今日は本当にご指導ありがとうございました!

色々と人生教訓を学ばせて頂きました」

「何言ってるんだよ…当たり前のことをしたまでだよ…そんな大袈裟な」

頭を下げるジュリアンに向かって男性はこう言った。

「俺は、ルドルフ…この近所に住んでるんだ…よければいつでも遊びにきな…汚いところだけど、歓迎するよ」

「はい、是非!」

2人は手を振って別れた。

屋敷を出て、色々な街の人と出逢ったが、ひとつひとつが新鮮に感じられた。

特にルドルフとの出逢いは、ジュリアンにとって大きな意味を持っていた。

 

 ボランティア活動を経て、ルドルフと親しくなったジュリアンは何度か彼の自宅を訪ねるようになっていた。

確かに、ジュリアンが今まで見たことがない程、ルドルフの家は貧しかったが、夫婦水入らずでつつましく生活している姿を見ていると、自分より遥かに幸せそうに見えた。

 

 だが或る時、ルドルフが本業の大工の仕事をしている最中、上から転倒して重症を負ったという知らせが入ってきた。

ジュリアンは、慌ててルドルフの家に駆け込んだ。

近くの町医者もいたが、かなり深刻な様子であることが見てとれた。

ジュリアンの姿を見つけて、妻のコリンが駆け寄ってきた。

「ジュリアンッ!ルドルフが…」

コリンは、ジュリアンの前で泣き崩れた。

ジュリアンは、コリンから医者からはもう長くないと告げられたことを聞いた。

「こんなことになるんだったら、何とかしてあの子に逢わせてあげればよかったわ…

きっとこのまま死んだら、あの人も無念でしょうに」

「あの子って…?」

「私たちの娘のことよ…と言っても、本当の娘ではないんだけど…」

「その娘さんは、今どこにいるんですか」

「今じゃ立派なお屋敷のお嬢さまだよ…私たちとはもう逢ってはいけないことになってるの…そう屋敷の人と約束したのよ」

うつむきながら話すコリンの話を聞いて、ふと何かを感じたジュリアンは、

「その娘さんの名は…」

と恐る恐る聞いてみた。

「リリア…それがあの子の名よ」

「っ!……」

ジュリアンは、運命を感じずにはいられなかった。

こんなところで、リリアの育ての両親に逢うことになろうとは…。

そして今、その父親が瀕死の重傷を負って苦しんでいる。

ジュリアンのするべき事はひとつだった。

「コリン…少し時間をください…すぐ、彼女をここに連れてきます」

「えっ?!…突然何を言うの…そんなこと出来るわけ…」

「僕に任せてください!必ず娘さんをここに連れてきますから」

ジュリアンは、ビックリしているコリンをおいて、外に飛び出した。

そして、ソユーズ家目指して馬車を走らせるのだった…。

 

 そんなことになってるとはつゆ知らず…

相変わらず部屋から出てこないリリアに、ジュディは苛立っていた。

「私、シュテインヴァッハ家に行ってくるわ…話しを聞いてこなければ、このままじゃ前に進めないもの」

「それなら私が…ジュディさまがおひとりで行かれるのは危険過ぎます」

「あら、心配してくれるわけ?珍しいこと…」

「ジュディさま…」

カイルはため息をついて、こう言った。

「じゃあ、一緒に行きましょう…わたしがお供します」

「ひとりで大丈夫よ…私、ひとりで行きたいの!」

「どういった理由で…」

「別に理由なんてないわよ…もういい加減しつこいわよ、カイル」

そうやってしばらく押し問答していると、玄関のドアをノックする音がした。

「誰だろう…こんな時間に…」

カイルがドアを開けると、そこにはジュリアンが立っていた。

「っ!…ジュリアンさま…どうして…」

「夜遅くにすみません…あの…リリアはいますか?」

疲れ果てた様子のジュリアンを見てジュディは、身を乗り出した。

「ジュリアンさま、お屋敷には現在いらっしゃらないんじゃ…」

「ええ、先日屋敷を出たのです…とある事情で…」

「そうだったのですか…リリアが何度も訪ねていったものですから、どうなっているのかと思って」

「リリアが何度も…そうですか…それで、リリアは」

「あ…すぐに呼んできますわ!いますぐに」

ジュディは、慌てて階段を駆け上がり、リリアの部屋のドアを強く叩いた。

「リリア!早くここを開けてちょうだい…誰が来てると思う?ジュリアンさまよ」

カチッと鍵を開ける音がして、ゆっくりドアが開いた。

「あなた、本当に頑固ね!今言ったことは嘘じゃないから…行って見てくるといいわ」

ジュディが言い終わらぬうちに、リリアは凄い勢いで下に駆け下りていった。

「呆れた……」

ジュディは呆然として、そこに立ち尽くした。

 

 「ジュリアンさまっ!」

リリアは、階段を滑るように駆け下りて、ジュリアンのところへやってきた。

「リリア…久しぶりだね…元気だったかい」

「ええ…」

2人は、しばらく見つめ合ったまま、動かなかった。

「ゴホン……」

急にカイルが咳払いをした。

別に邪魔をするつもりはないが、見ていられなかったのだ。

「リリア…今詳しく話してる暇はないんだ…僕に付いてきてくれるかい?一緒に行ってもらいたい所があるんだ」

「え…何処へ?何かあったの」

「実は、君の育てのお父さんが事故で…」

「お父さんって…嘘っ!…一体どういうこと…なんでジュリアンが知ってるの?」

「後で説明するよ…とにかくもう時間がないんだ…だからこれから一緒に行こう!」

「わ…わかったわ…すぐに準備してくるわ」

そこへ、カイルが遮るように手を伸ばした。

「リリアさま…お待ちください…行ってはいけません…」

「どうして?…父さんが事故に遭ったのよ…お願い、行かせて!」

「以前に、約束しましたよね…もう二度とあの家には行ってはいけないと…あなたは、もうあの家の人間じゃないのです…あなたはソユーズ家の人間になったのですよ」

「解ってるわ…だけど、今はそんなこと言ってる場合じゃ…」

「これは約束です…あの夫婦とも、そういって契約したのです…このことは、守って頂かなければ…」

「あんた…さっきから何言ってるんだ?頭おかしいんじゃないのか…彼女を育ててくれた父親が生きるか死ぬかって時に、そんな約束関係ないだろう!」

ジュリアンは、カイルを睨みつけた。

そして、困惑しているリリアの手を強くひっぱると、こう言った。

「リリア…準備はいいから、このまま行こう!こんな奴のいうことなんて、守る必要ないよ…さあっ!」

「う…うん、わかった…行きましょう」

リリアはジュリアンの手をとり、2人は勢いよく外に飛び出していった。

そして、急いで待たせてあった馬車に乗ると、そのまま走り去った。

 

「……」

一人取り残されたカイルには、解っていた。

自分の言っていることが理不尽だということが…

だがしかし、自分はずっとソユーズ家を守ってきた専属の執事だ…。

その立場ゆえ、交わされた契約は守るものだと信じていた。

だがそんなものは、今の2人にはすぐに飛び越えてしまえるほど小さな事だったのだ。
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