その青年は、黒ずくめの男達をしたがえて、突然やってきた…。

ここは、とうていその青年には似つかわしくない、貧民街である。

何度もノックをするので、コリンはドアを開けた。

「開いてるよっ!誰だい」

「ご連絡をくださったのは、あなたですねコリンさん」

コリンは、ハッとした…。確かに、悩みに悩んだ挙句、手紙を書いたが、正直後悔もしていたのだ。

「そうだけど、あんた誰だい」

解ってはいたが、わざとぶっきらぼうに聞いてみた。

「失礼しました 私は、ソユーズ家の執事カイルという者です

ソユーズの代表として、お嬢様をお迎えにあがりました」

「ソユーズの執事…」

コリンは心の中で、このまま追い返そうか迷った。そして、後ろに目をやった。

「リリア様は、そちらのお部屋ですか?」

後ろの部屋に向かおうとしているカイルを引き止めて、コリンは言った。

「待って!夫がもうすぐ帰ってくるから、それまで待ってちょうだいっ」

「コリンさん あなたは、お嬢様をひょっとして渡さないつもりでおられるのではないですか?心に迷いが見えますよ」

カイルの鋭い指摘に、コリンは観念したかのようにその場に立ち竦んだ。

 玄関先での押し問答に、気付いたリリアが姿を現した。

「母さん、どうしたの?お客様?」

「はじめまして、リリアさま ソユーズ家からあなたを迎えにあがりました」

「えっ?母さん この人誰…」

リリアは、ハトが豆鉄砲くらったような顔をして、コリンに尋ねた。

「リリア、この人はね あんたを迎えに来たんだよ 

説明は後でするから、屋敷に行く準備をしな…」

「何を言ってるの?準備って…私はどこにも行かないよっ」

リリアは、青年と母親を交互にみつめて、そう言った。

 

 まもなくして、父親のルドルフが仕事から帰ってきた。そして、このただ事ではない光景を見て驚き、こう叫んだ。

「ど…どうしたんだっ!…何があった コリンっ」

「…あんた、この方はソユーズ家の執事さんなんだよ」

冷静にコリンは答えた…。

「ソユーズ家の…」

ルドルフも全てを察知して、その場に佇んだ…。

 

 しばらくの沈黙のあと、カイルは同行した弁護士と一緒に話を進めていった。

「この手紙によると、約16年前あなた達夫婦は、その当時働いていたソユーズ家から、生まれたばかりの長女 リリアを誘拐し、その後しばらくあちこちを転々として、10年前この街に再び戻ってきた…ということですが…それに相違ないですね」

リリアは驚愕した…。初めて聞く話だった…。

(私がソユーズ家の長女?誘拐された?今まで育ててくれた両親は、犯罪者だというのっ)

「そんなの嘘よっ!! ね 嘘でしょ 母さん」

コリンはリリアをみつめて、

「本当のことなんだよ、リリア…今まで私たちは、あんたを騙してきたんだ

ごめんねリリア…でもね、あの当時、私たちには子供がいなくて、本当にあんたが可愛くて…ついついいけないことだと知りつつ、やっちまったんだよ」

リリアを抱きしめてコリンは全てを告白した。

リリアは突然の告白に放心状態になった…。

「…しばらく、一人にさせて…」

そして立ち上がり、そのままフラフラと自分の部屋に戻っていった。

「…お嬢様は何も知らずに育ったのだから、突然こんな話をきいて驚かれるのは無理ないでしょう 事実を受け入れるのに少し時間がいるようですね」

リリアのことを思いやったカイルだったが、コリンとルドルフを再び見据え、こう言い放った。

「いくら子供が欲しかったからといって、あなた方のやったことは完全なる犯罪です

本来なら重く罰せられて当然なのですよ…

しかし、ご病床の奥様は今まで無事に健康に育ててくれたことも考慮して、このままお嬢様をソユーズ家に返し、尚且つ二度と逢わないことを承諾してくれたら、罪に問わないとおっしゃっておられます…ここにサインしてください」

カイルはカバンから一枚の承諾書を出して二人に促した…。

「あの子と二度と逢わない…わかりました お約束します」

ルドルフは、ペンをとりその承諾書にサインをした。

「リリア…」

ルドルフは、16年間育てた血のつながらない娘の名をつぶやいた…。

 

 部屋に戻ってから、リリアはベッドに横たわり、ずっと考えていた…。

しかし、いくら考えても頭が混乱していて、答えなど出そうになかった。一体、自分の身に何が起きようとしているのか…これから、何処へ向かおうとしているのか…。

 ひとつだけ確かなのは、自分を育ててくれた父と母には何の恨みもなく、むしろ感謝の気持ちでいっぱいであるということだった。

(うちは貧しかったけど、家族3人明るく楽しく生きてきた…父さんも母さんも働き者で、学校にも通わせてくれたし、私は幸せだったわ)

リリアは、昔の懐かしい思い出を思い浮かべながら、そっと目を閉じた…。

 

 次の日、再びカイルがリリアの家を訪れた。

昨日の返事を聞くためでもあるが、どのみちリリアを無理にでも屋敷に連れて帰るつもりでいた…。

「おはようございます リリア様はもう起きていらっしゃいますか?」

相変わらず、表面上は穏やかである。

 と、そこへリリアが現れた。なんとなく、目が腫れているようにもみえる…。

「おはようございます、カイルさん」

「ごきげん如何ですか?お嬢様…もうお気持ちは定まりましたか」

カイルは心配そうに尋ねた。

「あのね〜カイルさん そのお嬢様ってのやめてくれない?なんか、むずがゆいんだよね」

「はっ?…」

カイルは、リリアの言葉にふいをつかれたのか、いささか動揺した。

「申し訳ございません まだ慣れないかもしれませんが、私どもはそう呼ぶように教育されております 何卒、ご容赦くださいませ」

カイルは、リリアの前で深々と頭を下げた。

「私、ソユーズ家に行くよ…」

リリアは、何かを決意したかのように、真っ直ぐな瞳でそう答えた。

「…お嬢様、それは…」

「言っとくけどね、ソユーズに行ったっきりじゃないから!私にだって、本当の家族を知る権利はあるでしょ?それを、見極めにいくだけだからね」

リリアは、口をとがらせて、そう言い放った。

カイルは、クスッと笑って、頷いた。

「了解いたしました…さあ、行きましょう!」

「あ、待って…父さんと母さんに挨拶しなきゃ」

 リリアは、ルドルフとコリンに最後の挨拶を済ませ、少ない荷物をまとめて、思い出の詰まった家を後にした…。

 …もう二度と戻れないことを、この時リリアは知る由もなかった…


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その瞳に映りし者

〜第1話 突然の訪問者〜