リベルダムへと帰る途中、船は必ず大きく迂回し、赤茶けた巨岩が表出し
常に薄く煙をたなびかせる異様な島を遠くに望みながら息を潜め通り過ぎる。
 何も起こらぬと知ってはいても、その海域そのものに侵入する者を拒む
空気が満ちていて、それでも依頼があるからと果敢に進む冒険者達は、いつも
何かに威圧されているような感を覚えながらそそくさと探索を終えてくるのだ。
 背後に過ぎ去り、リベルダムのごちゃごちゃとした港が目に入る頃には、
すっかり数日前に出てきたロセン周辺の事など別天地に思える。
 実際、船を降りて向こうを見ようとしても、ただ不気味に薄い煙を
あげる竜王の島を望むだけで、そこの海域だけ漲っている緊迫した
空気が、それより先へと思考を巡らせるのを拒んでいるようにもみえた。
 リベルダムの街は表向きまだ至って落ち着いた様相を見せている。
東方六王国滅亡の報は届いているものの、人々にとってはまだ遠い所の話と
受け止められる為だろう。 
 しかし、少しの間一ケ所に留まり観察していると、印象は最初に感じた
ものより変化してゆくのがわかる。
「落ち着かないわ。 以前にも増して、騒がしくて」
「だが一時だけの事にも思える」
 アンティノはそっけない外観の封書を読みながら答えた。
「ディンガルは東方の攻略をひとまず終えて、先にアキュリュースを
手に入れるつもりの様ですからな。 自然、難を避けた人の流れは此処に」
「あの自分ではそうと思わず群れている様子をみると、無性に踏み潰したく
なってくるのよ、困るわね。 ……帰るわ、音が入り込むのは嫌い」
「まあ、折角帰って来られたのだから、どうかゆっくりと」
 アンティノは人を呼び、茶の支度をするように告げた。
ディンガルの野望は東方ロセンに関してこそ順調だったものの、後は
諸国も危機感を持った為か捗々しい成果は得られていない。
アキュリュースは湖とそこに棲むミズチ達に守られていて人間は近寄れず、
それを諦め北方アルノートゥンへ先に攻め入ると、渓谷と山を抜ける進路を
前後から挟撃される虞れがあった。
「何か対策を取らねばいけない、そんな事はどちらもわかっている。 まあ、
だから暫く西方は膠着したままでしょう」
「南方はどうなの」私は訊ねた。
「確か、魔王バロルの頃からの元勲だったわね」
「随分大掛かりな準備をしておりますよ」
 アンティノはふんと口の端を歪めて笑った。
「ディンガルの版図が分断の山脈を越えれば、もうアキュリュースなどただの
湖の中の小島に過ぎん。 勢力が違い過ぎる。 だからどちらも必死ですな。
尤もロストールは待ち受ける地勢の有利さをいかして、火の粉を振り払えば
それで良いと思っている様だが。
 ……おお、そうだ。 まだ未確認だが、どうやらディンガル南方攻略軍の副将は
冒険者上がりの人物らしいですぞ」
「ふうん……何て名前」
「ええと、確かここら辺の書簡にあったんだが……そう、思い出した。
金色の流星という通り名の人物だ。 もう闇の神器を三種手に入れている。
だがディンガルではなく、別の依頼人がいるようで」
「……そう」
 私はやっとこれだけ返事をした。 口の中が乾き、貼り付く感じが気持ち悪い。
お茶はまだなのか。 陽光が入り明るく広い部屋など長居したくはないのに。
 けれどもアンティノはいつものそっけなさと同じ位に思ったらしい。 気にした
ようにも見えず、続けてロストール側の話をしていたが、もう耳には入らなかった。
 ロイが此処にいなくて良かった。 動揺が少し納まると、まずそれが浮かんだ。
彼は先に研究所に帰ると言っていた。 それが若干口実めいた言い訳に聞こえたのは
満更誤解でもなさそうだったが。
 しかし闇の神器がもう三種とは。 ひとつはウルカーンの束縛の腕輪、もうひとつは
多分ロセン北西に位置する迷宮に隠された傲慢の首飾りなのだろう。 
あの場所にも番人がいる事はいるが、彼らならどうという事もない。
だが三番目の神器は。 禁断の聖杯である筈がない。 そうならとうにギルドから
情報が入ってきている。 確かに所在が不明なものは幾つかあった。
(彼らがその場所を探したとして)私は不思議に思った。
 何故彼らはそこまで神器に固執するのだろう。 円卓の騎士は破壊神を現世に
降臨させる為に闇の神器を用いる……少なくとも、そういう目的ではあった。
そしてディンガルの皇帝ネメアはその器となる運命に抗う為に神器を自らの
手中に納めようとしている。
だが、彼らは。 いや、彼女はというべきか。 無限の魂を持つ者、それが神器に
一体何の用がある。 その依頼人というのもまたわからない。 
(でも)意図せぬようにみえて、しかし予想される事もまたある。
そう、彼女が、無限の魂を持つ者が破壊神と出会うなら、そこには意味が生じる。 
 ヴァシュタール達もネメアも、ひとつ考え落ちをしていた。 一一闇の神器を
用いて何かを生み出そうとしていたのは、円卓の騎士達の中でも私だけだったろう。
伝説の如き破壊神を復活させるという美しい夢から醒めた後、私は神器が
秘めている別の可能性に気付いていた。
 だからこそミイスに隠された忘却の仮面が一一

 扉の開く音が響き、不意に思考は途切れた。 おどおどと茶を運ぶ人間を
ぼんやり眺めていると、今更に口の中の乾きが蘇ってくる。
(とにかく)まだ延々と同じ事をくり返しそうな自分の心に歯止めをかけるように
私は言い聞かせた。
(これで彼らは暫くディンガルから離れない)あのゴブリン達を追うのに、何の
不都合もなくなった訳だ。
 クロイスに会うと言うアンティノに暇を告げ、屋敷を出る。 陽の沈むのは遅く
辺りはまだ明るい。 高台にあるその場所から、リベルダムの中心街が見えた。
時計台だけが毅然と立ち、後は皆ごちゃごちゃと寄りかかるように集まっている。
 きっとあの中にロイもいる。 そんな確信にも似た思いが脳裏をかすめた。
彼も……結局はロイも、あの騒々しい人間達と同じなのだ。 側に居る時は
安心できる、そう、魔人がその道具に抱く感情としては間違っているのだろう。
けれども記憶を取り戻し、そしていずれあの仮面が外れる時が来たら……
否、仮面が外れるのは自分の望みでもあった筈だ。 そしてその日が来ても
ロイが生きて彼の仲間達のもとに戻る事などない。
 ……どうも役に立たない事に没頭しすぎてしまうわね。 
私はもう一度下をみた。 気持ち悪い。 何故醜いと気付かないのかしら。
(帰ろう) この時ばかりは研究所のじめじめした暗い洞窟が恋しかった。
そして橙と青とが混じる空に染まった家並みの事は考えない様に努めた。


 数日後、ディンガルの南方攻略軍がロストール遠征の途についたという噂が
リベルダム市内を席巻した。 物見高い市民達は何か新しい情報はないかと
顔をあわせる度ひっきりなしに喋り、ギルドは護衛や貴重な物資の輸送を
依頼する客で溢れかえった。
 時ならぬ賑わいが訪れ、市民達はこの堅固な城門がある限り大丈夫だ、ロス
トールの名だたる貴族達がこぞって迎え撃っているのだ、とどこか不安そうな
顔を見せながらしかし声高に叫んだ。 どこの市場でも狂ったように金が飛び交い、
唾を飛ばしながら客と応対している主人の目を盗み、薄汚れた子どもが
積み上げられた商品の山からこっそりひとつ抜き取っては走り去ってゆく。
自由都市リベルダムの指導者を自負してきた豪商ロティ=クロイスは熱心に
ロストールへの協力を呼び掛け、盟友アンティノ=マモン達もそれに応える
姿勢をみせていたが、一方で水面下の交渉は続いていた。
「また街をみているのか」
 アンティノが尋ねる。 私は何も答えず、黙って見返した。
「い、いや……」彼は狼狽し、しどろもどろになって訂正した。
「その、ただ以前はまるで省みようとしなかった人間の群れに、昨今は随分と
ご執心のようかと、それで、いや……」
 微笑んでみせると、彼も安心したように笑い、額に流れる汗を拭った。
私はまた、窓の向こうに広がる風景を眺めはじめた。 
駆け出しの冒険者はいないかしら。 それもなるべく少人数で、ごく普通の
出自の者がいい。 信じ易くて、真面目だけれど愚かで。
 往来を歩く者達を一人ひとり検分してみても、条件の合う者はいない。
困るわ。 一一私は考えていた。 もう余り時間がないのに。
「どこの住民も、皆迎え撃つロストールが有利だと、新興の野蛮な帝国に
負ける訳がないと息巻いております」
「貴方はどう思うの、アンティノ」
「私は……いえ、どの様な状況に至っても、準備は整えておりますので」
「どちらでもいいの?」
「あ、そ、それは」どうも勝手が違うと言いたげに、彼の言動は落ち着かない。
「やはり、私にとってはリベルダムの保全が第一ですから」
 つまらないわ。 本当につまらない。 一一視界には相変わらず人の群れが
ひしめいている。 流れているのだろうけど、左右に揺れては戻る、そんな
波のようにもみえた。
 せめてロイがここに居ればいいのに。 彼はアミラルに現れたティラの娘を
捕まえに行っていた。 
洞窟の研究所でひとり静寂を楽しんでいても、積み重ねられる古代の怪物の
骸を眺めても、何もしようという気になれない。
 広場の方へと波が動く。 「あれは何かしら」私は声をあげた。
「群れが……一つ所へと集まってゆく」
 アンティノが背後から近付き、そちらを見ようとしたがすぐに諦めた。
「駄目だ、ここからじゃ何も見えん」
「中心に誰かいるわ……銀色の長い髪の人。 杖を持っている。 闇の者では
ないようだけど、何かしらね……虚無に侵食された強い魂を見るような」
「銀髪で杖……近頃やたら噂を聞く救世主とか名乗る者か? それとも、
……い、いや! い、何れにせよ一度正体を確かめて参りましょう」
 また狼狽えながらアンティノは部屋を出てゆく。 粗雑な物言いは私を
怒らせると思ったのだろう。 
(無理もない)帰ってきた時、アンティノはまず私が誰なのか訊いてきた。
「この器の主ならもう居ない、段々と声が小さくなり、消えてしまったわ」
一一驚いた顔を隠せずにいた……少しの間だけど。 そして暫くするとまた
何事もなかったように話し出した。
でも、その口調は図らずも彼の心情を吐露している……私は未だシェスターだと。
 変な話。 思い返す限り私の記憶はアーギルシャイアのそれで、魔力は
到底人間の及ぶ所ではなく、思考の行方もただ禁断の聖杯を手に入れ究極
生物を造ろうという所に落ち着くのに。
 私はアーギルシャイアだわ、間違いなく。 姿が一緒だから迷うだけ。
救世主と呼ばれる者の周囲には大勢人間が集まり、その話に聞き入っている。
せせら笑う者、野次を飛ばす者も多いが、救世主は意に介せず、世界の
闇に呑み込まれる時が迫っている事を雄弁に語り続けた。
 アンティノはその短躯を揺すり、息切れしながら広場へと駆け付ける。
脇に従えた民兵達は彼に促され、市民を徒らに混乱へと陥れる救世主を
捕縛しようと進みでた。 
今まで救世主を取り囲んでいた市民達は、一斉に累が及ぶのを恐れ遠ざかる。
可哀想なアンティノ。 表面こそ彼に逆らえる者などないと思わせても、
誰も彼を慕わない。 夕刻にはまたあの風采の良いロティ=クロイスが
大通りで市民と語りつつ、ディンガルの非道を訴えるのだろう。
「青い死神の暴虐を許してはならない」太く力強い声が響く。
「かつてサラミス王の暴政の時、我々は幾多の苦難を経てこの地に光明を、
誰にも妨げられる事のない自由を見い出した。
一個の宿場町に過ぎなかった小さな希望は今やかつて無い繁栄の時を迎え、
日夜この地に自らの夢を求めやって来る者達で引きも切らない。
しかしディンガルは友国ロセンを滅ぼし、日々行われる無辜の者への処刑と
恐怖による抑圧で彼の地の市民から抵抗する意欲も、その希望も失わせている。
 1ヶ月だ、そう、1ヶ月あれば我々は勝利できる。 今こそ再び我々は
立ち上がり、ディンガルを北の痩地へと、彼らが本来あるべき地に
立ち返らせようではないか。 この地を彼らに蹂躙させてはならない」
 そして堰を切ったように人々の口論する声が溢れる一一
救世主はおとなしく兵士達に取り囲まれ、アンティノは声を荒らげ非難する。
「非市民が何を偉そうにわめいているかっ! 屑め、市民を惑わしその口車で
煽動しようとしてもそうは行かん。 さあ、連れてゆけ、奴を逮捕しろ!」
何処かへと連行しようとする時、人集りから冒険者らしき者が飛び出した。
冒険者は必死に兵士達に取りすがり、救世主を守ろうと戦っている。
 私は事の成行きをじっと見守っていた。 冒険者は苦戦していたが
救世主もその杖を微かに動かし光と共に兵士達を打ち払う。
感嘆の声がどこからともなく上がり、形勢不利を察したアンティノは
毒づきながらその場を退散した。
わっと皆救世主を取り囲み口々にその名を呼ぶ。 先程まで戦っていた
冒険者はきょとんとその場に立ち、アンティノは悔しさで顔を歪ませ決して
背後で聞こえる声を振り返らず歩きつづける。
全ては役割を与えられた人形の芝居の如くに思えた。 薄く半透明の壁が
見える世界を覆っている。 それは早や暗くなりはじめていた。
動く気にも、動く目的さえもなくただ座り続けながら私は、ぼんやりとした
意識の中であの冒険者が適任かしらと考えた。

 透き通るように薄い青の空が高く広がっている。
街道は静かだった。 ここがリベルダムからはごく僅かしか離れていないと
ともすれば忘れそうになる程に。
 じっと立っていると西の彼方に巨大な雲が渦を巻いて立ち上るのがみえる。
どす黒いその一角は、その地で戦っているであろう人間の血と絶望を飲み込み、
いよいよ深い闇となって膨れあがっていた。
 一一人間は闇の軍勢に立ち向かうつもりらしいけど。
「彼ら自身が新たな闇を生み出す事に気付いていないのかしら」
「だがそれこそ好都合だろう、我々にとっては」
 浮遊する魔人は大して興味もなさそうに言った。 私は彼に内心を気取られぬ為
少しだけ顔を伏せ、同調するようにくすくすと笑った。
 一体この男は何をしにきたというのだろう。 円卓騎士ヴァシュタールと
顔を合わせるのは鳳凰山以来だった。 残る闇の神器探索について聞き出そう
とでもいうのか、ロイが居合わせていない事は幸運だったが、黙したまま
微笑する魔人の胸中はさてもはかりかねた。
「人間の住処にずっと逗留しているそうだな」
「そうよ」
「何故聖杯を探さない? 今度は一体何を考えている、アーギルシャイア」
「前と同じよ……人間にも、闇とわかっていて手を伸ばす者がいるの」
「面白いから一緒にいる、か」
 答えず私はヴァシュタールを見上げた。
「確かにそういった人間達はいるだろうな。 現に我々がこうしてこの世界に
降り立っている訳だから。 虚無の深淵に世界を呑み込ませようと思う者も、
闇の軍勢に抗おうと新たな闇を生み出し続ける者も、全て人間だ」
「……救世主?」
「もう会ったようだな。 妖術宰相らと何やら画策しているらしいが」
「ふふ……私達って、結局は踊らされているのかしら」
「そうでもあるまい。 人間が心を惹かれるように、闇もまた流れる先を
求めて彼らを迎えいれようとしていたのだから。
例え人間が我々やウルグ様を利用しようと考えたのだとしても、それもまた
側面に過ぎぬ。
 行こう。 風が変わった」
 そう言ってもヴァシュタールは暫く沈黙を保っていたが、やがて口を開いた。
「人間はこの黄昏の世界に訣別し、再び主無き大地を得るか全てが虚無の内に
消え失せるのかを見出そうとしている。
獣性が支配し血を流し続ける戦いの果てにな。
アーギルシャイアよ、貴様はいつまでそうして流れる時を見ている」
「あら、心配なのかしら……円卓騎士でも屈指の実力を持つ貴方が」
「貴様はもとよりどこか信頼がおけぬからな。 だが、逃げられるとはよもや
思うなよ。 円卓の騎士の役割を忘れ、これ以上舞台に上がる事を拒むと
言うなら……まあ、そんな事はあり得ぬがな、そうだろう? アーギルシャイア」 
 ヴァシュタールの姿は消え、代りに東より一陣の風が吹き付けて来た。
結局彼は仮面の行方について聞く事こそしなかったが。
「……逃げるつもりなんてない」
 少し躊躇した後、私は研究所へと移動した。


 薄暗い洞窟を歩いてゆくと、穿たれた狭い穴が幾つも並び、何れもその向うには
ぽっかりと泡の如き部屋が続いている。
 研究半ばにして放り出された生き物とも死骸ともつかない物が転がり、
戯れに作った半妖の人間が命じられた事をひたすらくり返していた。
 中でも大きく開いた部屋には、朱色の身体を持つ竜王の島の巨人が四肢を分かたれ、
同じ色をした水の中で眠っている。
「お前を使おうか迷っていたのよ」
 私は水の中へ腕を突っ込んだ。 ざぶり、ざぶりと動かす度に水が溢れる。
「禁断の聖杯が手に入れば、もう二度とあんな悔しい思いをせずに済むと思っていた。
ティラの娘には確かに希望が有るけれども……でも、私は、お前を……」
 一度大きく水音がして、巨人の腕は目覚めるかの様に微かに震えはじめた。
ほんの少し裂けてえぐれた部分から細く肉が紐のように飛び出してくる。
「いいえ、蘇るのならやはり今だわ」
 封印していた呪を解くと、腕は静かに水を離れ、空中へと浮かび上がった。
「ふふ……過去は既に消えてしまっている……お前を覚えている内に……」
 腕は裂け目より肉を噴き出し、水中にあった時の何倍にもむくむくと膨れ上がる。
やがて限界まで達し、透けるように薄い皮膚の内から橙色の光が放たれた。
「元の在るべき形へ戻りなさい……我が子よ。 鎖はもう無いのよ」
 光は真直ぐに飛んで他の水槽を覆い、それは更に別の身体の元へと向かい、
目覚めた怪物の四肢は光の方向へと目指し集ろうとして宙に浮かぶ。
やがて集中する光の中で誰も近寄れぬ巨人がゆっくりとその赤黒い姿を現わす。
私は呪文を唱え、再び見るその姿に誇らしいものを感じて言った。
「おいで、デスギガース。 もっと楽しいお庭がこの上に広がっている」

 荒野は果てまで黒く染まり、星が無数に輝いている。
巨人の肩に乗り、見渡すと西の彼方にあった戦火が今は見えぬ事に気付いた。
支えにしている頭部が揺れている。 横をみれば、巨人もまた私の目に映るものを
知ろうという様にしきりに遠くを見ていた。
「気になるの? 大丈夫、向こうへは行かない」
 何日経過したのだろう。 それだけが気になっていた。 青竜将軍と交した
密約が有効なら、もうそろそろ「処理」が必要な頃。
「いつかあの男のいう舞台を降りる事ができたら……デスギガース、お前の
本当の姿を……力の終の形を見せてあげる。 
だからそれまでは、私のかわいい子どもでいて……」


 研究所に戻り、ひとり通路を歩いていると突き当たりの部屋に人影がみえた。
「帰っていたのね」
「ええ、先程」ロイは声を聞くとゆっくり振り返った。
「途中、リベルダムに寄りましたが、例のゴブリン達が罠にかかったようです。
どのようにされますか」
その口調は妙に穏やかで乾いている。
「貴方が先に訊いたの? アンティノ? それともギルドからかしら」
「申し訳ありません、アーギルシャイア様。 ……宜しければ今すぐに向いますが」
 答える前に私は少しためらい、ロイの様子をじっと観察した。
(別にどうという事はなさそうだけど)いえ、それならばそれで一一
「私も行くわ、サイフォス」何も知らぬ気に微笑し、近寄る。
「あの程度の者達なら、私ひとりにでも役は勤まりましょう」
「どうして?」
 微笑んで問いかける度、空気は僅かに緊張を孕む。
「貴方がアミラルに行っていた間、寂しくてたまらなかったのよ。
だから一緒にいたいの、駄目かしら?」
 言葉に窮するロイはとても可愛い。





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