アンティノと会話するのは久しぶりだった。 彼はティラの娘を置いてある
部屋へと案内すると、堪えきれないように笑みを浮かべた。
嬉しいのだろうな、と思う。 私も同じだった。 究極生物云々を抜きに
しても、こんな希少な怪物を調べる事ができるとは、何と幸運だろう。
勧められるまま椅子に座った。 微かに震えがくる。
「この部屋は、寒いわね」
「そうかな? 特に感じはしないが」
 彼は、分解した怪物の長い指を一本持って来てみせながら、この節が上手く
繋がらないんだ、と困ったような顔をした。
「見せて」
 取りかかってみれば、それ程難しい造作でもなかった。 他の部分も
受け取り、てきぱきと作業をこなしてゆく。
「……その腕は、惜しいな」
 アンティノは感嘆してひとしきり眺めていたが、やがてぽつりと聞いた。
「俺を恨んでいるか?」
「自分で決めた事だわ」
 何のためらいもなく返答する。 
アンティノは結局どこまで気付いていたのだろう、と思う。
彼は禁断の聖杯の為にアーギルシャイアに従った。 そして私はそれを知りつつ
自分の為に気付かない振りをした。
でもアンティノもまた、それを知っていたのではないのか。
 しかし、それを語ることなど出来ぬ相談だった。 

 怪物の身体を元に戻すと、彼は早速記録を取りはじめた。
「そうは思わん者もいる」アンティノは顔を上げぬまま続けた。
「ロティ=クロイスには会った事があるだろう」
 クロイス……ああ、あの武器商人ね。 いかにも人当たりの良さそうな、
中々整った顔立ちの男の姿が頭の中をよぎる。
「ロセンを奪還するのに協力しろ、と言ってきおった」
 クロイス家とロセン王家とは血縁がある。 青竜軍がロセンを陥落させた
時のカルラの処置は妥当なものとはいえ、気が滅入るものだった。
老幼問わず王族に連なるものは皆殺され、家臣や果ては屋敷の園丁にまで
追及の手が伸びた。
「協力する積りは、ないんでしょう?」
「勿論だ。 上っ面だけ綺麗な言葉を並べてな。 いかにも義勇軍を気取る
様子をみると、胸が悪くなる」
 思い出しているだけで腹が立ってたまらないのだろう、口調は激しさを
増すが、アンティノは依然顔をあげようとしなかった。
「昔、俺がまだ諸国を渡り歩いていた頃、ロストールである噂を耳にした。
俺はそれがとても重大な噂であること、身の処し方如何では勝利へと
運命の方向を変えられる可能性があることに気付いた。
が、残念ながら俺には何の伝手もなかった。 迷った挙げ句、俺はクロイス
邸の扉を叩いた……」
 
 テジャワの変。 ロストール王国で18年程前に起きた事件である。
先王フェロヒアがディンガルに親征し、私の故郷を含め近隣を略奪して
回った時、王は戦いの最中で負傷し、それが元で早世した。
王位は弟であるセルモノーが継いだが、翌年生まれた先王の遺児アト
レイアを擁立しようという動きが一部の貴族の中にあり、一度はクー
デターを起こす所までいったが、現王の外戚にあたるファーロス家が
それを鎮圧、首謀者テジャワと先王の妃が自決して事態は終息を迎えた。
 この時、いち早くその情報を伝えたのがロティ=クロイス、リベル
ダムの死の商人である。 彼はセルモノー王が先王の一族に不安を持って
いる事を察すると、テジャワ候に会い、離宮で暮らしていた親子を
親交のあるアキュリュースへ逃がす事を勧めた。
 候はこれを前例のない事として断り、しかし自らの領地へ迎える案
には再考の上、決断した。 形の上では領内に造られた屋敷に
静養されるという事であったが、実質は王宮を逃れるという事である。
かねてからより貴族達の間に王位を返上しアトレイア姫の後見と
なるべきだという意見があがっている事を聞いていたセルモノーは
これに難色を示し、テジャワ候は300の兵を率いて単身ロストールへ
入城、力づくでも親子を奪取しようと考えた。
しかし、これが裏目に出る。 密告者により候の動向は筒抜けであり、
候は城の門をくぐった所で逮捕、兵はなすすべもなく反逆の罪に問われ、
テジャワ自身も武器を集めていた事、アキュリュースへの書簡などが
提出された事で死を余儀無くされた。
これに関連して幾つかの先王を支持する一派が弾圧されたが、それも
現王の地位を磐石にしておきたいファーロス家と、他の豪商を抑え、
利益を一手に納めたいロティ=クロイスの暗躍があったからである。

「どれだけ汚い事に手を染めたかは、わからん。 思い出す気もない。
が、終わった時にロストールとリベルダムとの親善の場に立っていたのは
奴だった。 勿論その過程でリューガ家等の大貴族とも知己になれたし、
これが俺をリベルダムでも指折りと呼ばれる存在に押し上げてくれたのは
間違いない。 が、俺はいつも奴が前にいて拍手と賛辞を受けるのをみた。
それが、悔しかった。
奴とて、同じ死の商人に違いないのにな……」
 アンティノは語り終えるとほっと溜め息をついた。 いつの間にか
ペンを走らせていた手は止まり、彼は一度も私と目をあわせなかった。
 ロティ=クロイスが東方六王国での戦闘にやってきていたのを、私は
思い出した。 ロセンへの戦闘用モンスターの輸出にも、彼の存在が
物を言っている。 そして、青竜軍がリベルダムを攻めるのはもう
時間の問題だった。
 「……時間を稼ぐ事なら、できると思うわ」
「何?」
「ウルカーンの長老は今の所何も意志表示していないけれど、あそこで
マグマゴーレムを研究している人達は、ディンガル軍に足を踏み入れて
欲しくないと思う。 アカデミーを通じて交渉する余地があるわ」
「……だが、カルラが進軍を開始したら?」
「エンシャントのアカデミーは白虎将軍ザギヴ=ディンガルの影響下に
あるのよ。 ……先輩だもの。 カルラは無視できないわ」
「成る程な」アンティノは深々と何度も頷いた。 が、私にはまだ
言うべきことがあった。
「そうしたら、」
「……ん?」
「……その間に色々と処置を講じる事ができるわ」
 アンティノは顔をあげ、驚いた顔でこちらを見た。 一瞬の沈黙の後、
彼は額から汗を滲ませ、「そうだな」と低く呟いた。




 ロセンの大門が開かれている光景は中々見慣れないものである。
わかってはいるのだが、そこかしこに残る暗愚王ペウダの暴政の跡を
みる度、まだどこからか監視の目が光っている気がしてならない。
 実際、見られているのかも知れなかった。 ペウダの怪物は、後の
青竜将軍カルラと、金色の流星カノンがロセン潜入時に倒したそうだが、
その際にも怪物の餌にされかけた娘を救出したという話である。
 魔人に乗っ取られている今は、以前と容貌が変わってしまっている為、
街を歩いていても気付かれる事はなかったが、どうにも、悪政から解放さ
れたという明るい空気とは程遠いものが、人々の表情から伝わってきた。
 それにしても、と私は考えた。 どこへ行ってもカノン、カノンだ。
薄暗い酒場の一角に座っていても、聞こえてくる話題にはいつもあの
ロイの妹が出て来る。 
今度は火山岩地帯の化け物を倒しに行ったようだ、と聞き、思わず
頭が痛くなった。 魔人の話通りなら、それは十中八九ティラの娘だ。
 随分腕を上げていた。 それに、目つきが冷たくなってもいた。
弟はよく無口で無愛想だと言われるが、やる事は直情的で単純である。
それを全く自覚せず、むしろ冷静さを気取っている所が微笑ましいのだが。
 しかし、ロイの妹はそういう種類の人間ではなかった。
「ずっと考えこんでるじゃない?」
 アーギルシャイアが退屈そうに話し掛けてくる。
 一一まあね、何だか眠気が取れないのよ。
ロイは、またあの2人と一緒なんでしょう?
「そうよ。 気になるなら、観てみる?」
 一一できるの?
「勿論。 ロイが瞬間移動してるのは誰の力だと思ってるの?
彼が仮面に支配されている限り、私の意志は届くわ」
 私は少し考えた。
 一一やっぱり、やめておく。
「そう」魔人もそれ以上勧めては来なかった。 乙女の鏡、紺碧の洞窟、
ティラの娘採取で弟達と顔を合わせる度、私はロイの様子が変化して
いる事が気になっていた。 まさか、記憶を取り戻したという訳では
ないのだろうけど……。
「ディンガル軍は、王宮に居座り続けているようね」
 アーギルシャイアは、こちらの思惑など聞こえていないように話す。
「どうするの?」
 一一今日やるわ。 私が話す。
「そう……じゃあ、替わるわ。 おやすみなさい……」

 夜になると、柄の悪そうな男が数人、うろついている程度で辺りは
全く人気がなくなっていた。
おそらくはまだ、夜中の往来が禁止されていた頃の名残りなのだろう。
身体が重かった。 魔人はもとより街の雑踏を嫌っていて、この頃は
研究所にいる時と、ロイが帰って来た時以外は表に出たがらない。
「全部殺したくなっちゃうのよ」と言っていた。
 都合がいいといえばそうなのだが、実は焦ってもいた。 今の二人で
均衡を保っている状態は長くは続かなそうだ。 ということは。
(でも、今は)あれこれと出て来る考えを打ち消す。
 王宮まで来ていた。 小さな転移を何度となく繰り返し、窓から窓へと
移ってゆく。 最上階の、夜だというのに一杯に開け放たれ、煌々と
明かりが灯る大きな窓まで来ると、私は立ち止まり中を覗き込んだ。

 栗色の長い髪を束ね、青い鎧を着た若い女性が机の前に座り、
そこに置かれた地図をみて何事か考えている。
あれが青竜将軍カルラなのだろう、しかし何と無防備な事か。
「ウルカーンへの地図ね……よく調べてあるわ」
 青竜将軍と思われる人物は、一瞬びくりと震えたが、すぐに平静を
保った声で返事をした。
「境界線はもうすぐ書き替わるけどね」
 その手にはもう大きな死神の鎌が握られている。 顔を俯けていても
油断なくこちらに気を配っているのがわかった。
 成程、確かにカルラに違いない。 微笑むと、向こうも一癖有り気な
笑顔を浮かべた。
「それで一一」瞬時に立ち上がり、こちらへ向き直る。 空気を震わす
音が鳴り、その巨大な鎌が目の前に迫る。
「……!」思わずのけぞった。 死神の鎌の刃が輝き、覆い被さるように
カルラが眼光鋭く睨み付けている。 
「あんた、誰?」
「私? ……お使いよ」
 背中に流れた汗を気取られる訳には行かなかった。 そんな事に
なっては円卓の騎士の名折れだ。
「普通の人間じゃないようね。 魔人?」
「さあね、リベルダムから来た……と言えば、わかるかしら」
 カルラは鎌を持ち直した。
「リベルダム? ……あー、だいじょーぶ、思い出した。
あれね、クロイスや他の商人に話しといた、あれでしょ」
 答えるかわりに私は頷いた。
「で、どーなの?」
「承知した、と伝えておくわ。 但し、ロティ=クロイスを除いて」
「クロイスを除いて……ね、ま、妥当でしょうね」
 カルラは椅子に座り直すと、鎌を立て掛けた。
「で、話はそれだけ?」
「まだよ。 で、私はもう警戒されていないのかしら」
 カルラは笑った。
「まあ、入って。 ……それにしても、あんたって誰かに似てるわね」
「よく、そう言われるわ」
 私は窓枠に腰掛け、カルラの様子をみた。
「で、何?」カルラは訊ねた。 そして軽く笑った。
「色々悪い話が聞けそうね、その感じだと」


 ……宿屋に帰ると、ロイが待っていた。
「王宮に行かれていたのですか。 ……ティラの娘は送っておきました。
いつでも使えるようにしてあります」
「ありがとう。 でも、次はウルカーンの近くに行かなくちゃ」
「承知致しております。 ……ですが、今は少しでも御体をお厭い下さい」
 四角四面な物言いが可笑しかった。 そう言うと、ロイは困った様子に
なり、やがてこれがお気に召さないのなら……とまた悩むのだ。
 しかし、言に相違して、疲れているのはむしろ彼の方である。
昼間、街で伝え聞いた事だけはロイに聞かせたくない。 私は考えていた。
忘却の仮面は確かに、彼の能力を高めてくれる。 着けた当初の爆発的な
力は望めないにしろ、それは並の人間には決して出せない強さだ。
加えて仮面の持ち主の魔力も今は届いている。 しかし、それですら、
……それだけの力を持ってしても、いや、その力があるからこそ、ロイは
あの二人と出会う毎に己の限界を知らされるのだろう。
 では、仮面がなく、彼本来の魂の強さで比較するならば?
答えは、話にもならない、だ。 ロイは強く、気高い戦士ではあったが、
決してそれ以上の何かではなかった。
 壁にもたれるように座り、装備品の点検をしている彼を、私は
いつになく気楽な気持ちで眺めていた。
今でもロイはデス=ギガースを殺した者で、私は彼の故郷を壊した者で
あることに変わりはなかった。 忘却の仮面とは不思議な道具だ。
その記憶が無いから、一緒にいる事ができる。
それでも仮面を手に入れたいには違いなかったが……
今この一時の平穏を永遠に失う事になったとしても。
 
 ロイは先程から動かない私の視線に気付き、顔をあげた。
「何でもないのよ。 ただ、綺麗な髪だなって、思っていたの」
「髪……ですか?」
「ええ、何ていうのかしらね。 赤みのある、金色? 陽光の色……よね。
今日は疲れたんじゃない? ……貴方も、早く休むといいわ」
 しかし、ロイは何も答えなかった。 いつもなら、ここで有難うとか
丁重に礼を述べるだろうに、何かしきりに考えこんでいる。
「どうしたの?」
「えっ? あ、ああ」ロイはごまかすように笑った。
「……私は、今まで貴方に憎まれていると思っておりました」
 一一サイフォス? 帰ってきたの?
アーギルシャイアが甘える子のように不機嫌な声をあげる。
「そうね、嫌いよ。 大嫌い」
 私は軽い調子で答えた。
「じゃあね、貴方を大好きで仕方ない人が起きたらしいわ」
 ロイはまだ何か言いかけた、が、あえて聞き直さず私は目を閉じた。

 ウルカーンへ向かう道すがら、ロセン解放軍の噂を時々耳にした。
どうやら工作は上手くいっているらしい。 六王国でディンガルに
屈服するでもなく、ウルカーンに与する訳でもない極少数派の
独立主義者達は、不穏な空気の中逃げるあてもなく潜伏していたが、
解放軍の名で参加を呼び掛けると次々に集まってきた。
また、ウルカーンに逃げた者達は当地の研究者達と合流し、古より
防衛戦で無敵のマグマ=ゴーレムを起動、ディンガル軍の来襲に備えた。
 これら一連の動きにより、ロティ=クロイスは親友の忠節を信じたが
影で交された密約にはまるで気付いていなかった。

 ロイは道中あまり話しかけてこない。 もともと物静かな性格とみえて、
普段でも口数の多い方では決してなかった。 それでいて無愛想という
感じは全くないのだ。 無愛想……その言葉で弟を思い出した。
この二人が一緒に旅をしている所は、さぞ静かだっただろう。 
黙っていてもナジラネの果実状態。 いや、黙っているからこそ、
ナジラネの果実、なのか? いや、あれは黙らされているから……
「うるさいわねえ……貴方こそナジラネの実抱えていて欲しいわ」
アーギルシャイアが我慢できなくなったように口を尖らせた。
 突然の剣幕にロイが「えっ」と驚いている。 忽ち魔人は頬を緩め、
最上の笑顔を浮かべた。
「違うの、貴方じゃないわ」
 一一そうそう、ロイじゃないのよ。
余裕の笑みを浮かべていた口の端が釣り上がる。 覗き穴越しに
外を眺めていた私の周りに、渦巻く闇が立ち上ってきた。
 一一おお、これは凄いわ。 さすが円卓の騎士様。
「本当に消すわよ」
 そうか、だったらやってみれば、と私は暗闇の向こうから叫んだ。
実の所、何をやっているんだろう、と思わないでもなかった。 が、
冷静に状況を読んだり、正確に魔法を行使したり、という事の連続に
私は時々飽きてしまっていた。 疲れた、というのもあるし、焦って
いた、というのは勿論あった。 
甘えられる相手ではないことも頭では理解しているのだが。
 しかし、闇は現れた時と同じく、不意に消え失せた。
「そんなに心配しないで、サイフォス。 私は大丈夫」
 ロイが真近にみえる。  腕を伸ばし、魔人を支える様にしていた。
「ですが、アーギルシャイア様一一」
 聞こえてくる真摯な声は、何だか胸に痛い。
魔人は常の如く「ふふっ」と意味有り気に笑う。 
「それとも、心配なのは私じゃないのかしら」
 ロイは虚を突かれたか言を失った。 薮だらけの街道は誰の姿もない。
魔人の視線は彼に注がれたまま、微妙な沈黙が流れている。
 やがて、魔人は私にしか聞こえぬ程の小さな息を一つ吐き、
視線を道の向こうへと外した。
「次は鳳凰山……だったわね」
「はい。 私はこのまま街には入らず向かおうと考えています」
 早口で返す所は、如何にもほっとしたようだった。
「そう。 ……気をつけてね」


「独りで行かせるべきじゃないわ」
 ロイの姿が街道の向こうへ消えると、私は口を開いた。
「何故、そんな事を言うの?」
「またあの二人と一緒になるかも知れない」
「今の所、そんな話は聞いていないけれど?」
 魔人の声は冷たかった。 今にも爆発するのをようやく抑えている、
そんな感じだった。
「でも、わかるの。 きっとあの二人はロイの所へ行く。 
ねえ、思わないの? 最近帰ってくる度に感じが変わっているって」
「思うわ。 そして、貴方が言う意味もわかっている積りよ。
でも、気に入らない」
 魔人は立ち止まった。 もうすぐ目の前にウルカーンが見えている。
「一見心配しているように見せて、私にまで隠している貴方の本音が」
 上手く誤魔化した筈なんだけど。 私は思わず苦笑した。


 街の入り口へは、細く長い階段を登ってゆく。
すぐ近くにみえていたのに、着いたのはそれから暫く経ってからだった。
ティラの娘のいる鳳凰山は、もっと遠くにある。 経験豊かな冒険者でも
ある彼の事、往復する旅路については別に心配している訳でもないが、
最短で6日間不在というのが、何だか随分先の事に思えてくる。
 寂しいのかしらね。 そんな風に情が移るのは良くないと思うけど。

 ロセンの平坦な街並みとは異なり、赤くぽろぽろと崩れてくる岩の
階段は、輪郭も粗野でどこか剥き出しの印象を与えていた。
元は火の巫女ウルの住まう所で、火の精霊神の座所にも通じている筈だが
伝承は絶えて久しく、神殿への道と目されている場所も凶悪な火蜥蜴が
棲みついている為、誰も行こうとはしない。
 現在ではむしろ、マグマ=ゴーレムをはじめ独自の魔道を研究する
者達が集まる場所である。 エンシャントの魔道アカデミー等では
軽視されたり、異端と評価された学問も、ここでなら受け入れられた。
 街は、そんな彼等の作業所やら実験場を兼ねた住居が幾つも立ち並ぶ。
誰かが出て行くと、また次の者がいつの間にか入っている、彼等の家は
大抵とても簡素で、赤い土の色をしている。
 ここのギルドは大陸の辺境の地にある為か、依頼を受ける冒険者を
捕まえるだけでも大変である。 店主はいつも、テラネから、或いは
リベルダムから、のこのこと長距離をやってくる彼等を逃がさない様に
色々手管を使って話し掛けている。 が、旅にすっかり嫌気が差して
ここに居着いてしまった元冒険者が、寝言のように話し掛けては
彼等を意気消沈させてしまうのには、内心とても苦々しく思っている。

 赤い砂を巻き込み吹く風は、どこか粗暴で荒々しい匂いがする。
エンシャント界隈の行儀の良い微風とは訳が違う、とは土地の者が
よく笑いながら口にする所だ。
 魔人はとうに奥へ引きこもってしまっていた。 夢を語るように
妖術宰相に憧れる少年が駆け回り、奇妙な道具を手に持つ魔術師は
くすくす笑いながら通りの端を歩いてゆく。
ロストールの考古学者、エスト=リューガを知っている者もいた。 
思わず話し込む。 彼が研究している先人類の遺産は、この大地に
かすかな痕跡を残していった。 その僅かな機会にさえ、己の器に
余る程の強大な力を顕わし、人々を驚愕させる。
話題にこそなったが、学院では見向きもされなかった研究だ。
 ここでなら自由に考える事ができる。 嘲笑されず、純粋に
研究できる。 血が騒ぐのを感じた。
が、留まる事などできる訳もない。 そして、私も学院にいた頃の、
何より史料の山に埋もれて調べるのが好きだった私とは、違った。
どこか変わってしまっていた。



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