アーギルシャイアの目を通して二人の表情が私にもみえている。 もっとも、
みている所は多分ずれているのだろう。 遠くから細い糸で操るような
不便さはあったが、多少なら自由になったし、魔人がその積りなら手足を
動かす事さえもできた。 ただ、何とももどかしいのである。 肉体を檻と
表現する吟遊詩人の歌を幾度か聞いたが、成る程これは檻に違いない。
顔が前に出ていけない感じ……面をかぶってそこから覗いているような具合、
と言えばそのようなものだろうか。
魔人はロイと話をしている。 「実は、探し物をしているの」と、いきなり
問いかけたので思わず吹き出しかけた。 危ない。 ただでさえ妖しい人と
見られているだろうに、確信をもって今度は怪しいと思われてしまう。
「とても大事なものなのよ」
ああ、それも以前にそっくり同じように言った覚えがある。 ロイはまるで
規則でもあるように「何を探しておられるのですか?」と質問した後、不思議
だといわんばかりにこちらを見た。
魔人が苛々する様子が何となく伝わってくる。 明らかに私が笑っているのが
気に食わないのだ。 観ていろと言ったんだから、観ててあげるわよ。
こちらはそんな心境である。 考える側から嫌気が差してくる。
一一煩いわね。
魔人の胸中の苛立ちが伝わってくる。
一一手に入る前に消すわよ。
(消えないわよ、絶対に)私は答えた。
一一肉体を失ってもいいと考えたんじゃないの? どれだけの人を殺しても、
大切な弟を傷つけても、それでも構わないと、そこまで思ったのなら、
私に従いなさい! ……欲しいのでしょう?
アーギルシャイアはそこで止めると、ロイに近付いた。
互いの衣服が擦れ合いそうな程の距離に、彼は驚いて視線をそらしている。
魔人はその耳もとにそっと顔を寄せ、囁いた。
「忘却の仮面……よ」
ロイは少し顔を赤らめ、視線をそらしたまま、しかしきっぱり答えた。
「知りませんね」
一一可愛いじゃない。
何故かその言葉に腹立たしさを覚えながら、私は彼の背後にいる妹をみた。
……見るんじゃなかった。 怖かった。
「そう、残念ね」
アーギルシャイアは身体を離すと軽く髪をかき上げた。
「記憶を手繰っていくと、確かにこの近くにある筈なのに」
「記憶を……手繰る?」
ロイが不思議そうに問い返す。 魔人はそれに答えず、楽し気に笑った。
「そちらもお気をつけて。 この辺りは危険ですから……」
アーギルシャイアはテレポートで姿を消す。 少し離れた木陰から
向こうの様子をうかがうと、会話中ずっと黙っていた妹がロイに
何か気になる事でも? と問いかけていた。
彼はその言葉をきくと、表情を和らげた。
「いや、なんでもないんだ。 ……父上も心配しておられるだろう。
夜明けまでに神器の神殿に戻るぞ」
「ねえ、アーギルシャイア」
一一何よ。
「罠を仕掛けるんでしょ? 協力するわ」
一一さっきはごめんねとか言いそうな勢いね。
アーギルシャイアが怪物を召還している間、私は広場から村に通じる
ただ一つの道に結界を仕掛けた。 人が入ってしまうと発動する罠である。
「材料はないし、魔力はそのゼノプスで供給するよりないわね」
「それじゃ、もう少し数を揃えるわ」
魔人は大して気乗りもしない様子で言った。 よくわからない迷いが
急に芽生えてきたようだった。
一一全く。 円卓の騎士様なんでしょ、堂々としてなさいよ。
アーギルシャイアは無言のまま聞いている。 あまりの変貌にこちらが
狼狽えてしまう程だ。
一一おいおい随分とまたおとなしくなっちゃって、どうしたんだい。
さてはあの男に惚れたね、ああ?
「本当に馬鹿ね」
アーギルシャイアがくすりと笑う声が聞こえた。
「出来たわよ。 さあ、急がなきゃ」
ええ、と返事をしようとした時だった。 二度、三度地面が軽く揺れた。
「地震?」一瞬の静寂の後、大地は波打つようにうねりをあげた。
亀裂の走る所が、ぬっと顔を出すように盛り上がってくる。 若木は次々に
幹を折って倒れ、老いた巨木でさえもその枝を大きく揺らしていた。
立っていることなどできず、這おうとしても進むべき地面は掴む間もなく
揺れている。
「何、なんなのこれは?」
「時代の幕開け一一よ、竜王が目を覚ましたんだわ」
魔人は呪文を唱えた。 忽ち身体は軽くなり、上空へと浮き上がる。
「飛んでるの? うわ、風だ風を感じるよ、凄い」
「先に言っておくけど、少ししか保たないわよ」
揺れが嘘のように納まると、アーギルシャイアは地面へ降りた。
「急がないと。 今の騒ぎできっとあの二人はすぐにここへ来るわ」
しかし、折角張った罠は地震でずたずたに切れていた。 仕方ない。
先程と同じ作業を無言で繰り返す。 心持ちどちらも焦りがみえる。
この間にも二人が向かう足音が聞こえる気がするのだ。 出会ったら、
間が抜けているとかそういう問題ではなくなってしまう。
「ねえ、何だかずっと結界を解いたり張ったりしてる気がするわ」
「こうした地道な作業がやがて実を結ぶのよ、ええきっとそうよ」
ようやく作業も終わり良い仕事してますねと批評する暇もなく私達は
森の道を走り出した。
しかしまだ気にかかる事がある。 この道はミイスへ続く一本道なのだ。
「途中で顔あわせたらどうしよう」
「その前に隠れるのよ、すぐに一一」言いかけて魔人は急に立ち止まった。
どうしたの、と聞く前にすぐに理由はわかった。
「二人分……は、話すと……息がきれるわね……」
「そう思うのなら……少し控えてよ……目が回るのは私なんだから……」
再び走り出せば向こうでがさりと音がする。 慌ててインビジブルを
使うとインスがひょこひょこ歩いていた。
無駄に魔力を使ってんじゃないわよ、と魔人の魂の叫びが木霊する。
だったら分けてあげるわよ、とこれも心で毒づきながら走ると、また
向こうで影が動く。
来たかと草むらへ飛び込めば今度はウルフだ。 飛び起きて誰に
怒りをぶつける訳でもなくまた道に飛び出し、走り出そうとすると
話し声と明らかにこちらの倍は速く駆ける足音が響く。
「来たわ!」
「ど、どうしよう」
考える間もなくもうすぐそこに来ている。 どんどん近付いている。
あ、と思いついて私は叫んだ。
「アーギルシャイア、上、上!」
くの字に曲った道に並ぶ木の向こうからカノンの姿が垣間見えた。
一本、二本、三本。 魔人が呪文を唱える。 再び身体が浮き上がった。
必死に木にしがみつき、インビジブルを唱える。
消えたか、どうかという時にその下では乾いた靴音を立てながら、ロイと
カノンが真剣な面持ちで走り過ぎた。
見つかるな、見つかるなよ……見られたら、恥ずかしいとかそういう
問題ではないのだ。
無事二人の姿がみえなくなり、下へ降りるとまた走り出す。
ああ、たまには運動しなきゃと研究所で茶ばかり飲んでいた毎日を悔いるが
もう遅い。
「あの結界はそう長くもちそうにないわ」
ミイスの前まで来ると、アーギルシャイアは言った。
村の入り口には武装した男が並んでいる。 大した事はないが、時間を
とられる訳には行かない。
私は少し考えてから答えた。
「下手に騒ぐと神器を持って逃げられる恐れもある。 さっきの魔法で
行きましょう」
インビジブルの呪文を唱えようとする私を、魔人は遮った。
「私は、貴方の魔力があればそれでいいのよ」
「馬鹿な事言わないで。 早く魔法を」私は取り合わず、インビジブルを
唱えた。 薄い霧が身体全体を包み、外から隠してしまう。
魔人も呼応するように魔法を使い、私達は村の中程まで浮き上がって
通り過ぎた。 が、魔人はまだ躊躇している。
「何を迷うの、アーギルシャイア? 面白いものはこれからでしょう」
魔人は顔を俯ける。 地上の光景が私の目にも飛び込んできた。
隠された神器の神殿があるという以外、まるで他と変わらぬ穏やかな村。
思い出したくもない、うんざりする程懐かしいあの場所と良く似ている。
「……記憶を手繰ってみたから?」私は訊ねた。
「迷うというならそれでも構わないわ。 もうすぐ私の魔法が解ける。
その時一緒にいる事を躊躇するようなら! 今一時私に替わりなさい。
私に私の望みがあるように、貴方の欲しいものは私が手にいれてあげる。
私の記憶の中ではたくさんの人間が死んでいたでしょう? 精霊達が
悲鳴をあげていなかった? そうよ、私が殺したの。
貴方の中にもいつも悲鳴が聞こえている。 私と同じように。
何故ためらうの? 貴方も結局は善悪が心配で仕方ないのかしら、
そうよね、精霊を殺す人間は悪で、それを憎む事が罪ではないなら、
貴方は同情されるべきひとで、光の側に在るものではないの?
けれど貴方は闇の住人に属している、何故かしら? 貴方の嫌う
者達がこの世界にいるからよ、それと私とどこが違うというの!
かつて世界は光と闇とに別れた、それは人間が考える善悪とは違う、
根本としてあるものよ。 私はあなたの心を知っている。
その木霊する悲鳴は何故あがるの? 光をかざした傲慢な人間が
当然な事の如く闇を殺したからではないの?
もう逃げるのは嫌よ、私の中にあるこの餓えを満たす為ならこれ以上
幾ら悲鳴を重ねてもいい、それで虚無に消え失せても構わないわッ、
それでも貴方はまだ迷うというの、アーギルシャイア!」
覆い隠す薄い霧が散り散りに消えてゆく。 同時に身体も静かに
地上へと降りてゆく。 村人達が気付き、慌てている。
一一いいのね。
最後に確認するように聞こえた言葉は、或いは私に向けて考えた
ものではなかったのかも知れない。
入り口付近で武装していた男がこちらへと走ってくる。 私は何もせず、
黙って待っていた。
低く落ち着いた声が私と同じ所から流れてくる一一
「炎の精霊神ウルカーンの子等へ命ず、燃やし尽くせ……ブレイズ!」
私の中を力の奔流が迸り、上空はるか高みより現れた巨大な火球は
そのまま炎の柱と化して立ち並ぶ家々を襲う。 忽ちその場は熱気渦巻く
阿鼻叫喚の場と成り果てる。 必死の形相で逃げまどうもの、呆然とその場に
立ちすくむもの、それぞれの前には次々と召還された怪物が立ちふさがり、
毒の霧を吐き出していた。
一瞬のうちに数十もの屍を重ねると、魔人は村の奥へと振り返る。
神殿へと続く石の道には何事かと飛び出してきた巫女や兵士が皆、
突然の事態に驚きながら或いはその神官の魔法で、また他方はよく
手入れされた斧を持ち健気に立ち向かってくる。
巫女は魔法で惑乱した兵士の手にかかり絶命し、兵士は己の所行を
知る前に巫女の聖なる光輪に打ち倒れた。
白い柱を越えるとノトゥーンの古き神殿がみえる。 大神官ダディアスと
おぼしき人物がその前に一人佇んでいたが、魔人の姿をみると眉根を寄せ、
叫んだ。
「ついに来たのか、破壊神の円卓騎士よ。 その昔、森の片隅で結界に
挟まれ右往左往しているお前を見かけた時から、随分と待ったぞ。
どうだ、少しは腕をあげたか? 私を殺したくてたまらんか」
「目的はそれじゃないわ」
アーギルシャイアは一息に転移し、矍鑠たる神官の側まで飛ぶ。
「忘却の仮面はどこ? ここまで来ても何も感じない。
一体どこに隠しているの?」
神官は少しも騒がず余裕たっぷりに答える。
「さあな、忘れてしまったよ。 そういえば探してくれるのか?」
「隠すつもりならそれでもいいわ」 アーギルシャイアは呪文を唱えた。
その手から生まれた無数の薄黄色の輪が神官を包み込む。
「こんなものが効くと思うかッ」神官が怒号する。 同時に彼の身体は
聖光石の輝きにも似た光で覆われ、魔人の柵を粉みじんに吹き飛ばした。
「己の生まれでた闇へと再び帰るがいい、円卓の騎士よ。
忘却の仮面はお前の手には届かぬ。 たとえ今日でこの村が滅び去っても、
私も神器の守護者の一族の末端に名を列ねる者である事を証明してみせよう」
アーギルシャイアはすぐに移動し、初めにいた神殿の前庭まで戻った。
「ふふ……人間って愚かね。 貴方達の誰があれを使えるというの?」
アーギルシャイアは憐れむように言った。
「わかったわ、仮面の在り処を聞いたらゆっくり殺してあげるつもり
だったけど、もういい。 貴方の屍体に答えてもらうわ」
「何っ!」
アーギルシャイアは答えぬまま笑っている。 驚く神官を前に
私はありったけの魔力を込めて祈った。
「大地に流れし血より生まれた巨人よ、我が手を経て再び蘇れ……
いでよッ、デス=ギガース!」
竜王の島の巨人より作られた可愛いおぞましい怪物が、空間より現れ、
呼応するようにかん高い声をあげる。
神官は未だ冷静な表情を保っているが、足は自ずと数歩下がった。
一一私の力。 もう逃げずにすむ、私の為にだけ奮われる力。
今程頼もしく思えた事はない。 その鋭い鎌の腕が愛おしい。
朱に染まり倒れている神官の身体をアーギルシャイアは暫く
調べていたが、突然中断すると、舌打ちして立ち上がった。
「どういう事なの」魔人は声を荒らげる。
「ここにある、としか出てこない……目で見た記憶さえ、ない。
どうでもよい事だけ幾らでも出て来るのに、後はずっと霧が
かかっていてどうしても手繰れない……」
「とりあえず神殿に入って探してみる?」
「駄目よ」私の問いに、アーギルシャイアはにべもなくはねつけた。
「時間がない。 迫って来ているのはあの二人だけじゃないのよ。
あの剣は一一月光は、邪魔なの」
「それじゃ、仕方ないわ」私は時間をおかず返答した。
「あの2人の方が先につく筈よ。 彼等を調べましょう」
「そうね、まず神殿を離れて……」
急に、何かわかったような気がした。
「ここの、神殿」
しかし、何がわかったのか、はっきりとまとまらなかった。
私はしばし神器の神殿をみあげて考えていた。 そして、
はたとその正体に気付き、愕然とした。
「そうか……神殿だったんだわ。 これは、この力は……」
「わかるの?」
アーギルシャイアは、意味がつかめないと言うように尋ねてくる。
「こんな小さな村に何故結界が何重にも張れるのか、不思議に
思わない? 近くに来るだけで感じるこの力が何なのか、どうして
神器の守護者達はこの地を去ろうとしないのか。
この神殿こそが結界なのよ。 もっと言えばこの場所そのものが。
忘却の仮面に込められた魔力としては大きすぎる。 闇の神器は
元々ウルグという巨大な意識を掬い上げて器となるべき肉体に
納めるための道具。 ここも同じ、忘却の仮面を鍵にして、
もっと大きな力を取り込んでいるんだわ」
「それじゃあ……」
「壊すしかない」私は即答し、デス=ギガースに命令した。
「神殿を調べるにも時間が足りない、力の源が途絶えれば、
守護者の記憶もあるいは手繰れるかもしれないわ」
私は村の中にある井戸の辺りで、ロイとカノンが来るのを待った。
デス=ギガース以外の戦闘用モンスターは既に戻してあるが、
アーギルシャイアの召還したインス達が村の入り口付近に数匹
残っている。 村人達の足を止め、二人の到着を知らせるには
ちょうど良い位の仕掛けだ。
神殿にかけた火はすぐには回らなかったが、地上に出ている
部分はほとんど破壊できた。 そして私達はここが地下深くまで
ずっと続いている事を知った。
やはりこの場所そのものに意味があるのだと考えてよさそうだったが、
それを追求する事は残念だが今は諦めるしかなかった。 何れにせよ
地上部を壊した事で力の供給は途切れた。 そして、徐々にこの
辺りを覆っていた結界そのものが消えつつあった。
アーギルシャイアは再び神官の記憶を辿ったが、確定的な情報は
得られなかった。 しかし神官が最後に見た記憶は辿れた。
一一そして私は今、広場で彼らを待っている。
「セラはすぐそこまで来てる」
反対する魔人に私は言った。
「逃げる為には貴方の力を残さなければいけないのよ。 大丈夫、
あの二人を相手にするくらいの魔力は残っているわ」
一一そういう事を言いたいのではないのよ。
「わかっているわ。 ……大丈夫よ」
ロイとカノンが向こうから驚愕した面持ちでやってくる。
二人共、まだ目の前にある光景が信じられないといった具合だ。
成る程、確かにね。 私はまだ勢いよく炎を吹き出している民家をみた。
……こちらへと走ってくる足音はどんどんと高まっている。
私はアーギルシャイアがよくやるようにくすくすと笑った。
「よく燃えるわね」
先に走ってきたカノンはこれを聞くと思わず立ちすくんだ。
遠目にみても震えているのがよくわかる。
私はロイを見た。 「これは……!」彼は最初絶句していたが、
視線に気が付くと、まっすぐに私を見返した。
「あら、貴方達はこの間の……」
カノンが青ざめた表情で剣を抜く。 私はまた軽く笑い、その
声だけを残してテレポートした。
だが、人間の使うテレポートは距離がさっぱり伸びなかった。
「あら?」ほんの少し遠くなっただけの二人をみて私は驚いた。
「貴方達は今の……」
一一役に立たないわね。
魔人の嘆息する様子がはっきりと伝わる。 私は素知らぬふりで
更に、また更に「テレポート」「テレポート」と唱え続けた。
いいじゃないか。 ついに開き直る。 これがいいんじゃないか。
断続的に姿がみえるという所が。
ロイとカノンが追い掛けてくる。
「ほら、どこに行ったか迷うという事もこれなら無いわ」
そうでしょ、アーギルシャイア、と同意を求めると魔人は鼻で笑った。
どうでもいいが、自分で自分を鼻で笑うのは何だか間が抜けている。
神殿前まで来ると、二人は同時に宙に浮かぶ父の屍を見上げ、
燃えている神殿に目をやり、まだ自分達を取り巻く全てが失われた事実を
認められないように呆然と立ち尽くした。
そんな様子をみても、自分が何も感じなくなっているのは不思議だった。
必ず故郷と重ね合わせ、何らかの感慨は抱くだろうと思っていたのに。
いや、今はそういった事を考えるべきではない。
「私は、私が管理する筈の大切なものを探しに来たのよ。 ここでも
尋ねてみたけど……誰も教えてはくれなかったわ」
ちらりと神官に視線を向ける。 アーギルシャイアが仕掛けた
魔法がじりじりと爆発する時を待っている。
「ひどい話よね」私はまた、くすっ、と笑った。
「だから、みんな殺しちゃった」
風船の割れるような音が響く。 文字通り、神官の身体は
空中に四散した。
「……!」ロイの凝視が皮膚に痛い。 カノンは小さく悲鳴を上げ、
祈りを捧げる時のように無意識に手を組み合わせた。
一一早く。
魔人の急かすような声が聞こえる。 セラが近くまで来たのかも
知れない、と私は思った。 結界はすでに消滅している。 今なら
誰でも容易にやって来れる……帰る事ができるかはわからないが。
「そうだわ、貴方嘘をついていたでしょう?」
二人の立ち位置を慎重に見極めながら話し掛ける。
「知りませんだなんて」
本当は貴方が持っているくせに。
「あれ、貴方のお家にあったんじゃない」
さっきまではね。 ……そう、その位置がいい。
ロイが、一言一言にあからさまに動揺しているのが伝わる。
……何故か声が出なかった。
一一私が話すわ。
(大丈夫よ)
一一もう幾らもしない内にセラが村の入り口まで着いてしまう。
デス=ギガースを出せるのは貴方だけなのよ。
(わかったわ)
私は前に出たまま、アーギルシャイアが話すのを待った。
実の所、デス=ギガースを出す事はできても、操れるかどうかは
正直苦しい所だ。 しかし、今更逃げる訳にも行かなかった。
「あなたのお父様の死体から、記憶をじかに探らせてもらったわ」
耐えられないように目を伏せたカノンの前に、容赦なく巨人は現れる。
ロイはこれまで見たこともない程険しい表情に変わり、デス=ギガースと
妹との間に割って入った。 彼は聖剣日光を抜き、巨人は、
長い爪の生えた腕を大きく振りかぶる。
「誰に殺されるのかもわからずに死んでいくのはかわいそうだから
教えてあげる」
魔人は優しいとしか言い様のない口調で話し掛ける。
「私は破壊神ウルグの円卓騎士。 心をなくすもの、アーギルシャイア。
……じゃあね」