外見はさほど変わっていないものの、あの時にみた彼女はやはり幼く、
あどけなくみえたと思う。
向き合っているだけで伝わる威圧感、金色の流星と呼ばれる俊敏さなど
この頃はまだ身につけていなかった。 大陸一の冒険者と呼ばれる程に
なるとはとても思えなかった。
 ただ、ひたすら剣の修行に励む少女というだけだった。
 結界の向こうではこちらの様子はわからないらしく、しかし気配は
察知したのだろう。 こちらをしきりと伺っている。
 一一何故行かないの。
「誰?」
 驚いて辺りを見回したが、誰も居る筈がなかった。 声は自分の内から
聞こえてくる。
「あなたは……あの声の主ね」
 一一ずっと一緒に居たわ。 貴方が欲しいものの為に。
「ここまで来れたのが……おかしいと思っていた」
話す度にめまいがしていた。 気を失いそうになるのを私は必死でこらえた。
 一一結界を越えて。
「今は駄目よ。 あの子がいる」
 一一たいした力の持ち主じゃないわ。 
 一一何故躊躇するの? あの子も守護者の一族なのよ。
 一一放っておいても必ず戦う事になる。
私は広場に目をやった。 少女は不思議そうにまわりを調べていたが、
やがて澄んだ声で「兄さん! 兄さんなの?」と叫んだ。
 一一さあ、早く。
声に促され、私は解呪の言葉を唱えはじめた。 が、途中で止めてしまった。
 一一どうしたの?
「できないわ、ロイの妹なのよ、あの子」
 一一忘却の仮面はどうするの。
「あの子が居なくなってからにするわ……他の方法もあるでしょう」
 一一役に立たないわね。

声が途切れると同時に、今まで私を支えて立たせていた力もふいと消えた。
膝ががくりと曲り、その場に座り込む。 激痛が戻ってくる。
耐えきれず、前に崩折れながら私は嘲笑うような声を聞いていた。
 一一苦しい? これが死ぬ前の痛みよ。 貴方はこのまま死ぬの。
ここまで道を開いてくれたんですもの、ゆっくり殺してあげるわ。
「後は貴方の死体を操ってミイスへ入るだけ」
 声の聞こえた辺りの空間が歪み、突如中から一人の妖艶な女性が現れた。
「忘却の仮面は私の持ち物なのよ。 昔からね。 私、円卓の騎士なの。
心をなくすもの、アーギルシャイア。でも、この村の人たちは誰も返してくれないの。
だから、みんな殺しちゃう」
「仮面は、貴方には渡さない……殺させもしない」
「偽善者ね、本当は私と同じ目的なのに。 いざ目の前で人が死ぬのは怖いの?」
「そうよ、怖いわ。 一貫なんか、してないのよ。 だから一一」
 渾身の力を振り絞り、私は叫んだ。
「流れし血より生まれた巨人よ、我が手を経てもう一度蘇れ……
いでよッ、デス=ギガース!!」
 竜王の島の巨人より作られた闇の色を持つ怪物が、ぐらりぐらりと揺れながら
威嚇するように吠え声をあげ、鎌のような手を振り上げた。
 アーギルシャイアは紙一重でその攻撃を避けると呪文を唱えた。 旋風が立ち上り
まわりすべてを切り刻みながら怪物を包み込む。
が、鋭く繊細な魔法は怪物の鎧のような身体に傷ひとつつける事はできなかった。
「完全な身体じゃないとこうも弱まるものかしら」魔人は悔しそうに呟いた。
その間にも怪物の腕が彼女を襲い、ついでのように若木を薙ぎ倒してゆく。
 魔人は急に笑った。 そして、テレポートで私のすぐ近くまで寄ってきた。
「簡単じゃない、ここならあの子の爪は意味をなさない」
 伸ばされた手の先に炎の刃が生まれる。
「瀕死の主人を殺せば戦う目的も消える。 じゃあね、無駄な努力、ご馳走様」
 アーギルシャイアは刃を振り降ろそうとした。 が、その身体はぴくりとも動かない。
魔人はうろたえ、叫んだ。
「な、何よこれ……魔法?」
「そうよ、もう動けない。 貴方も、私もね」
「自分に術を掛けたというの? ……あの子を操っている間に」
「遠くは……もうよくわからないのよ……ねえ、真上の空は見える……?」
 魔人の悲鳴が聞こえる。 頭上には聖なる輝きをもった光輪が緩やかに回転しながら
降りてくるのを待っていた。
「良かった……成功したみたいね……ホーリーは余り自信ないから……」
「ここなら、貴方も確実に死ぬわ」
「そうね……ちょっと残念」
 私は呪文を唱えようとした。 しかしその時突如草を割ってやってくる者の声が
あたりに響いた。
「追い付いたぞ、アーギルシャイア。 ……そこだな、そこに居るのか」
「セラ!」
 呪縛の言葉が効力を失い、途切れる。 同時にホーリーも完遂する事なく失われた。
刹那、魔人は姿を消す。 そして私は自分に再び起き上がれる力が戻ったのを知った。
「私の中に隠れたの? アーギルシャイア」
 一一違う、人質よ。
「構わないわ……そう、別に構わない。 助かりたいのなら力を貸すことね」

 セラは驚いたように薙ぎ払われた木の跡を見回していたが、怪物を見ると
立ちすくんだ。
「こ、これは……」
「アンティノ商会極秘開発中のモンスター、デス=ギガースよ」
 私は怪物を元へ還すと、微笑んだ。
「姉さん!」
 セラは声の方を向くとすぐに走ってきた。 
「これは、……これは、姉さんがやったのか?」
「そうよ、強そうでしょう」
「何言ってるんだ」セラは信じられないと言った面持ちで言った。
「今、森の奥から逃げてくる冒険者に会った。 奴は故郷の民を殺した
怪物を使う魔女がいると俺に語った」
 あの冒険者か。 私は苦々しく思い返した。
「この森には闇の神器を狙う魔人がうろついている。 だから俺は、
そいつの跡を辿って此処まで来たんだ」
「まあ、まるで私と一緒ね」私は声をあげて笑った。
「貴方も来る? セラ、神器のある村はすぐ近くよ」
 私は弟の様子を冷静に眺めていたが、更に付け加えた。
「ねえ、セラ、貴方も剣の修行をするでしょう。 強くなりたいと思う事はない?
私はそうなのよ、力が欲しいの」
「嘘だ。 そんな話、あの優しかった姉さんがする訳ない。
あのアンティノとかいう奴に騙されてるんだ。 そうだろう?」
「アンティノは私を必要としてくれているわ、私はそれに応えたいと思ってる。
貴方はどう、セラ? 貴方は私を必要かしら?」
「当たり前だろう、姉さん一一! 二人だけの家族なんだ。
一緒にエンシャントへ帰ろう、昔のように。 
 今、ディンガルでは皇后イズが処刑された。 ネメアも放逐されるという
噂でもっぱらだ。 そうなればまた大陸を巻き込む戦乱が起こるかも知れない」
「まあ、……それじゃモンスターがたくさん売れるわね」
 弟は絶句した。
「ねえ、セラ、昔のようにと言ったわね。 その頃を覚えてる?
ロストールの軍隊から逃れても、何があったかしら? ディンガルは平穏な所だった?
帝都エンシャントは魔王バロルの恐怖から静まりかえり、押し殺した沈黙の下から
処刑するために引き摺りだされる者の呻きと、どこからともなく洩れる嘆きの声で溢れていた」
「それは……だが……」
「あなたが自分の故郷を支持したいのなら、そうしたらいいわ。 私は何も邪魔はしない。
どうでもいいの、ディンガルも、ロストールも、ロセンも。 
それこそ大陸全て滅んでも構わない」
(アーギルシャイア、力を貸しなさい)私はエスケープの呪文を唱えた。
「ま、待ってくれ、姉さん、まだ一一」
「さようなら、セラ」
 私は空間を跳び、消えた。


 リベルダムの研究所に戻ると、私はデス=ギガースの完成に取り組んだ。
アンティノは休暇の間の行動について何も聞かなかったが、ある日の夕方、
ふらりと立ち寄ると何か支障はないか、と聞いた。
「大丈夫」私は笑い、例の優秀な研究員にはいつ会えるの、と尋ねた。
「死んだよ」彼はそれだけ答えた。 そしてそれ以降何を問うても決して
話そうとはしなかった。
「どういう事かな」
 彼が帰ると私はもうひとりの住人に話し掛けた。
「さあね、死んだんでしょ、そういう事よ」
 アーギルシャイアは実験の記録を読みながらさも適当に答える。
森を離れ、リベルダム行きの船に乗る頃になっても離れず付いてきた魔人は、
私の傷が多少とも癒えた今になってもまだ此処に留まっていた。
一つには私が誘ったからでもあるし、言いこそしないものの未だ闇の神器を
狙っているからだろうというのも容易に推察できた。
別にどちらでも構わないし、どちらもであっても尚構いはしなかった。
 それに研究所に来てからの彼女は実に博識で、魔法の能力も申し分ない。
ひとりで煮詰まっている時には解決できなかった事でも、二人であれこれと
やってみるうちに糸口がみえてくる。 得難い相手でもあった。
だから、その優秀な研究員が来れなくとも全く問題はない訳だが、死んだと
なると、さすがにどうでもいいという気にはなれなかった。
「そういう事っていってもねー、やっぱり気にならない?」
「ならないわよ。 もう、後ろで手を組んで、股広げて座らない」
「暑いのよ。 本当は裸で仕事したい位」
「みっともないわね。 さあ実験よ」
(弟そっくりだわ)と思わずぼやくと魔人はふりむいてにっこり笑う。
「全部聞こえてるわよ。 身体は半分借りてるんだから」
(けっ、これじゃ……)
「あまり下品なこと考える前にやめるのね」
 弟が去ったと思ったら弟が来た、という事態に閉口しながら、それでも
魔人が椅子に座ると私もその後ろから興味深げに覗き込んだ。
 現在アーギルシャイアには半分しか肉体が無い。 辛うじてどういう姿か
とどめて置けるくらいのものである。 ここに居るのも誰かに召還されたからで、
残りは無音の闇に置いてきたのだと魔人は言った。
「誰かって、誰?」
「あー……ゾフォルよ。 エンシャントに住むおじいちゃん」
「えっ、生きてたの?」
 ゾフォルといえば、魔王バロルの側で暗躍した悪名高い妖術宰相だ。 バロルが
没落した際に一緒に死んだものと思っていた。
「生きてるわよ、しつこくね」魔人は他にも召還された円卓の騎士がいると話した。
「ヴァシュタール、ザハク、サムスン……アスティアやバルザーも合流できれば
今残っている者はほとんど揃うわ」
 これは予想外だった。 数人の例外を除けば破壊神の円卓の騎士とは伝承に過ぎず、
それはただ闇の神器の記述に添えられた名前という程の意味でしかなかった。
そして、彼等の出現とは勿論戦慄すべき未来をもたらす事に直結した。
 でも、アーギルシャイア自身はどうなのだろうか。 短い間でも共に暮らすうち、
私には彼女という魔人が少しわかるようになってきていた。
彼女が誰かに従い、破壊神を復活させる? 考えられない。
「どうしてそう思うの?」
「そんな性格にはみえないもの。 趣味にあわない事はしそうにない」
 うふふっ、と魔人はくすぐったそうに笑った。
「あなたは、完全なる調和というものについて考えた事はある?」
「えっ」
「精霊が幾度も巡り花は咲き誇る、水はあくまで澄みきり風は穏やかに流れ、
ほんの少しの変化はあってもそれはまた元へと戻り、完成された、世界一一よ」
「……どこかで、読んだ気がする」
 アーギルシャイアは、ゆっくりと言葉を紡ぐように語った。 いつもの
妖艶さは消え、穏やかで、どこか憂いを含んだ横顔だった。
「憧れる? そんな世界に、行ってみたいと思う?」
「そうねえ」私は暫し考えた。 確かに美しそうな世界ではあるが、しかし……
「でも、退屈しそう」
 魔人はまた微笑んだ。 今度は、声に出ない、静かな笑みを湛えている。
「かつてそんな時がこの世界にも存在したのよ。 今では想像もつかないけれど。
私ね、よくその頃の事を考えるの。 その静寂を保った世界にいれば、私の中で
木霊する悲鳴も安らぐのではないか、って。
 憧れない訳がないわ。 けれど、それは……この声が消える時は、すなわち
私自身の消滅でもある……私は、決してあの世界には存在できない」
 そうだ。 私は思い出していた。 アーギルシャイアという魔人は、精霊の
断末魔の際の悲鳴から生まれた化身だと。 故に、気まぐれで残酷。
 そんな風にみえない、とは言えなかった。 けれども、私は彼女に対して
好意を持っていることに気付きはじめていた。
「人間の住むこの世界は嫌い……でも、破壊神がこの世に降り立ち、全てを
無に帰したら、そこもまた私の存在できる場所ではなくなる。
皮肉ね。 以前の私はそれでもこの世界の消滅を望んだけれど、今の私は
むしろはじまりの時の静寂に憧れるのよ……」
 アーギルシャイアは小さく溜め息をつき、室内には沈黙が訪れた。
何と言っていいのかわからなかったが、やがて彼女は私を振り返った。
「今、同情してたでしょう」
「……そんな事、ないわ」
「嘘が上手ね」
「本当よ、それより……」
 私は少し言い淀んだ。
「何か知りたい事でも?」
「円卓の騎士が復活してるって言ってたわよね。 禁断の聖杯も、そうなの?
彼等は取り戻したいと思っているの?」
 アーギルシャイアは苦笑した。
「半分は、当りね」彼女は少し間をおき、考えてから続けた。
「狙っている円卓の騎士がいる事は、事実だわ。 ……でも聖杯の持ち主は
召還された魔人じゃない、猫ちゃんよ。
猫屋敷に住む老人星の精霊で……今はただのブサイクな猫」

 デス=ギガースは量産してほしいと言われていたが、今の所そこまでのめどは
立っていなかった。
まずは誰にでも扱えるようにする必要があったが、これには彼の魔人の能力が
大いに役立った。 記憶を変えられた怪物は、驚く程従順で、おとなしい。
「でもこれじゃ」
 私は若干の異義を唱えた。
「誰にでも扱えるけど、誰にも造れないモンスターになってしまうわ」
 アーギルシャイアは余裕たっぷりにこちらを見ている。
「誰かが引き継ごうとしても、やり方がわからないんじゃ一一」
「困るの?」
 一言問い返すと、魔人は読んでいた本に視線を戻した。
「……困らないか」
「そうよ」
 魔人は頷いた。 
「確かにね、製造を容易にすることはその分危険を増す事にも繋がるし」
「そうじゃないわよ」
 魔人はあからさまに不快感を現わして言葉を遮った。
「デス=ギガースにいつまでこだわってるの、って話なの」
「え?」
「ほら、今だってのんきにお茶なんか煎れてるでしょ、そうじゃないのよ。
お茶をいれるならその為のモンスターを作るのよ。 わかる?
わかりきった実験をするなら、全部かわりにやってくれる子を作るの。
それが研究員ってものでしょ、どう?」
「どうって……」
 一瞬驚いたが、すぐに私は笑った。
「要は面倒なんだ」
「いつもいつも同じ事するのはね」
「でもいいわ、作ろうか。 下僕モンスター」
 アーギルシャイアは本を閉じ、立ち上がった。 目があい、思わず戸惑う。
悪戯っぽい笑顔を浮かべる魔人。

 この頃が一番、お互い円満な時を過していた。
いつまでも続くとは思っていなかったが、振り返ると何と貴重な一時だったのか、
とも思う。 お互い、相手に含む所があり、しかしそれを口に出す事などなかった。
いわゆる友達として通常思い浮かべる形と異なっていたとしても、それが何だろう。
それ以外に言い様がないじゃないか。 壊れること、ではなく壊すことを前提の
関係だったとしても、それでも友達としか言い得ない感情がそこには内在したのだ。
立場が違えば、別の時であれば、などと陳腐な想像を巡らす必要もない。
前者であれば、出会わなかっただろう。 後者であれば、ただ敵だったろう。
 あの頃は、本当に奇跡のような時だったのだ。

 きっかけは、むしろ探すように待たれていたそれはアンティノの言葉からだった。
彼は、ある日私だけを呼び出すと「この前の件だが……」と言いにくそうに話しはじめた。
「研究員が死んだという話をしただろう」
「ええ」
「実はな、その時の状況が少しおかしかったんで伏せておいたのだが」
 アンティノは、まるで誰かいないか確かめるようにあたりを窺った。
「お前が休暇を取るのとほとんど同じくらいだ、その様子は、話によるとまるで
人形が倒れたようにみえたらしいんだよ」
「人形?」
 彼は一度大きく頷き、殊更深刻な表情をみせると話を続けた。
「操っていた人形の糸が切れた、そんな風に倒れてそれっきりだったそうだ」
「それは……気の毒だけど、何故今ごろになって?」
 私達は、初めから脚本があるように会話していた。 自分の意思というよりは、
目的へ向かい、お互い見えない舵を取りながら話をすすめていた。
「その研究員がしていた仕事なんだが、戦闘用モンスターを一般の兵士でも
扱えるよう、矯正するのが主な役割だった」
「……まあ、まるで……」
「実に完璧にこなしたんだが、後で調べてみると誰もそのやり方がわからない。
何か強力な魔法のようなものを使っている、という事だけしか」
「貴方が何を言いたいのかわかるわアンティノ、でもね、彼女じゃないわ。
アーギルシャイアと私は、休暇中にはじめて出会ったのよ」
「だったら、何故その森とやらで都合良く顔をあわせるんだ?
一人だけならまだわからんでもない、だが、魔人がいて、弟がいて、守護者まで……
揃いすぎると思わんか。 しかも、研究員が死んだ時期がぴたりと一致する」
 黙っていると、彼は幾分優しく、諭すように話し掛けた。
「お前の気持ちは良くわかるよ、俺もかつてそうだった。 魔道でモンスターを
造るってのは、所詮他人から理解される事じゃない。
やりたくてやってるんだ、と言い聞かせてもな。 孤独なものだ。
 だから……な、信じたくないというのはそうだろうが、ただ、思い出すんだ。
アーギルシャイアは忘却の仮面を狙う魔人なんだよ」

 研究室に戻っても暫くの間、何も手につかなかった。
目の前にある数字も言葉も、全て他人が書いたもののように思えた。 
気を取り直して読もうとしても、意味がわからないのだ。
 アーギルシャイアはお気に入りの壁際に片足を高く組んで座り、ずっと本を
読んでいる。
何も言わないが、先程の話を聞かれている事などとうに承知していた。
(構わないわ。 こちらの声を聞けるのならむしろ大声で叫んであげる。
私は貴方に殺されない。 利用しているというのなら、こちらも同じよ。
貴方なんか、ただ目的の為の手段にすぎない)
 くすっ、と小さな笑い声が響いた。
二人で戯れに造った手下モンスターが不器用にあれこれひっくり返しながら
お茶だ茶菓子だと奔走している。
「もう少し躾けておいた方が良かったかしら」
 魔人が何も知らぬ気に話し掛けてきた。
「いいじゃない、楽しいわよ。 あの子なりに色々考えている所が。
無駄な所がかえって愛おしいし」
「なら、いいけど」
 魔人は立ち上がった。 ゆっくり、私へと近付いてくる。
「そのうち、どうしようもない程壊されて、後悔するのではないか、心配」 
 その口元は、妖艶な色を漂わせ、ぞっとする程白い肌と長い黒髪は
細枝に積る雪のように危うく、厳しい繊細さを併せ持ち、何より瞳が雄弁に
見たものへと語りかけ、逸らすことなど許さない。 
確かにこの世の美しさではなかった。 ゆっくりと感覚が曖昧なものへと変わる。
目を開けている筈なのに、閉じてみている気がする。
どこの光景なのか、やがて時の感覚すら薄れ、今みているそれも何度も繰り返す
回想のようで、懐かしく、そこで眠れと穏やかに誘う。
(だめだ、引き込まれちゃだめだ)
「……大丈夫、壊されないわ」
「そう?」
 魔人は効果を確かめるように私の表情の変化を観察していたが、やがてくるりと
振り返り、元の場所へと戻ると「くすっ」と楽し気に笑った。



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