※この物語は完全なるフィクションです。物語の都合上、一部に差別的表現と思われる会話が
ありますが、執筆者にはまったく偏見や差別意識などありません。
お読みになる方は上記をご了承の上、誤解などなきよう、くれぐれも宜しくお願い致します。
また、執筆者は「ジャンクション」という作品の大FANであり、このような作品を書かせて頂けた
事を心より感謝しております。この場を借りて、原作者の小夜子さまに心よりお礼申し上げます。
                                 獄道企画/黒羽舞斗(クロバネ マイト)


【因果の証言者--巡る因果の物語--】


意外と大胆な人だ。
旅先の解放感もあったのだろうが、妻帯者であった、その事が大きな影響を与えているのだろう。
意外と大胆な明の一面に、面食らうと同時に安心感で満たされた。
シンガポールへの取材旅行。明を連れて行って本当に良かったと思う。お互い意外な面が見れたし、何より、自分がどれほど
明に心奪われているのか、より一層自覚できた。
人よりは少なくとも、光司自身それなりに恋はしてきたつもりだ。けれど、明ほど光司の心を捕らえた相手はいなかった。まさに
捕まった。そう言っても過言ではないだろう。
空港から自宅に辿り着いたのは深夜。疲れているであろう明をベッドに寝かせて、結局、送り狼になった。「もう寝かせて」そう
甘い声で囁かれ、寝かせてやれる男はいない。結局は夜明けまで二人でシーツの海に溺れ、目覚めたのは午前8時。光司が
眠った時間は極僅かだ。

食事の用意をする為キッチンへ向かった光司は、ふと、電話に目を止めた。
深夜に帰宅した為、確認出来なかった留守電が赤い点滅を繰り返しているのに気付いて再生
ボタンを押してみる。編集者、友人、そこまでは良かった。
だが、最後に入っていた意外な相手に光司は眉を顰める。
『OX署の立花といいます。そちらに折原明さんはいらっしゃいますでしょうか。少々お聞きしたい事がありまして、戻りましたら
署までご連絡ください。XX-XXX-XXXX。刑事課の立花までお願いいたします』
「刑事課…」
なぜ刑事が明に?
その疑問は、三日前の新聞に目を通した事で解決した。数日の旅行だった為、新聞を止めていなかったのが幸いしたようだ。

あの牧野が、傷害事件の被害者となっていた。
加害者は22歳になる盲目の青年。
「盲目…?」
事件現場を見て驚いた。
「…明さんのアパートの、すぐ近くじゃないか…」
光司は「まさか」の言葉を飲み込んで、今後の対策に頭をフル回転させた。
取り敢えず、明が寝ている間にアンジェリーナを迎えに行こう。この分だと、明が午前中に目覚める事はないだろう。戻ったら
事情を話してOX署に電話だ。
光司は明の部屋に戻ると、くったりとベッドに沈む白い肩に口づけて家を飛び出した。

その日の午後。
光司の自宅を二人の刑事が訪れた。
明は、それが身を護る盾だと言わんばかりにアンジェリーナを膝に抱いたまま、光司の座るソファの左側に腰を下ろしていた。
証言が欲しい。
四十代後半であろう刑事は単刀直入に言って来た。
加害者となった青年と、被害者となった牧野の証言が一致しないのだという。
「加害者は病気で失明し、センターに通っていた頃に牧野から性的虐待を受けたと言ってるんです。偶然、親戚の家から一人
で帰る途中被害者に会い、拉致されそうになったと」
立花という刑事の話を補足するように、もう一人の刑事が更に続ける。
「それで逃げようとして偶然手に当たった物を振り回してしまった。それが偶然入り込んだ狭い路地裏にあった鉄筋だったん
です。路地裏から引きずり出された瞬間に振り回したら相手に当たってしまった、と。目撃者はおりません」
明は、刑事の話にぎゅっと目を閉じた。
加害者となってしまった青年の、その時の恐怖を思うと胸が痛かった。ある意味、自分は運が良かったのだ。榊がいた。そして
光司がいてくれた。けれど、青年の傍には誰もいなかったのだ。
「しかし、被害者は偶然加害者と出会って、親切心から手を貸そうとしただけだと言っています。性的虐待なんてとんでもないと」
稲葉という若い刑事が困ったように明に視線を向ける。つまり、虐待があったか否かで青年の罪の重さが変わってしまうのだ。
「そこで証言を得るために調べたのですが、センターで被害者が担当した患者さん達は皆口を噤んでしまって」
当然だろう。被害者は皆盲目だ。牧野にはいくらでも逃げ口がある上、殆どの被害者が男である事がネックとなって口を閉ざして
しまうのだ。大の男が、男から性的虐待を受けたなどと、誰が言うものか。
ふぅ、と浅く溜息を吐き、稲葉は光司に視線を固定する。アンジェリーナを抱き締めたままピクリとも動かない明を見ている事が
辛くなって来たのだ。
「無論、口を閉ざすにはそれなりの理由がある、とは思いますが。証言が取れない限り、こちらとしては現事件の立件以外は
難しい」
若い稲葉には、どうにももどかしいに違いない。このまま証言が取れなければ加害者の青年は確実に実刑だ。
ただ、と立花が続ける。
「勘違い、という事もあります。被害者の車は事件現場から離れた所に駐車されてましたし、目が不自由とはいえ加害者の体格
はしっかりとしたものです。あれで抵抗されたら、そう簡単に拉致など出来ないと思うんですがね」
光司は立花の物言いに眉を顰める。体格と腕力は違う。まして、盲目の人間には逃げ道などないに等しいのだ。それが、立花に
は解っていない。
「勿論、他の患者さんから証言がもらえない事も気にはなりますが。あえて事件に関わりたくないというだけの事かもしれませんし。
過去にそういった事があったなら、今まで噂すら立たないのも妙だと思うんですが。どうなんですかね」
その視線が確実に明を捉えている。それが明にも解るのか、隣にいる光司の方にスッと身を寄せた。目の不自由な明は他人の
視線に敏感なのだ。
「どうですか、折原さん。そんな噂、貴方は聞きましたか?」
無知とは、こういうものだ…。立花の言葉の端端に、加害者の「被害妄想」という言葉が見え隠れする。刑事が加害者を疑うのは
当然の事だが、恐らく、牧野が調子のいい事を言って目くらましをかけているのだろう。狡猾な男だ。証言など誰もしないと頭から
決めつけているのか。あるいは、証言が取れたとしても、言い逃れ出来る自信があるのだろう。
「刑事さん」
ふと、光司が視線を明に落とした。優しいが切なげな眼差しだ。
事件現場からして、そもそも牧野の当初の目的が、多分違っているのだ。目的通りに事が運んでいたら、拉致なんて考える事も
なかったろう。
逃げ場のないアパートで被害者に、あるいは加害者になっていたのは、恐らく明だったはずなのだから。