第一話 警察官は猫がお好き?
ここは、何処だろう……。
随分と眠っていたような気がするが、この布団の感触に馴染みがない。
ここは、何処だ?
ゆっくりと痛む瞼を持ちあげれば、やはり馴染みのない天井がそこにある。
身体中が痛い。
首を動かすのも億劫なくらい。
けれど、物音ひとつしない室内に、意識は段々と冴え渡ってゆく。
「ここは……何処だ…」
どうして俺は、こんな知らない場所で眠っていたんだろう。
痛む頭は頭痛とかそんなんじゃない。そう。これは殴られた痛みだ。
「殴られた?」
そうだ。俺は、特殊任務で暴力団事務所の家宅捜索に加わっていて……。
ふと、脳裏を過った記憶に、はっとして飛び起きた。
途端、
「いっ…てぇっ……」
全身に焼けつくような痛みが走る。
そうだ。逃げたチンピラを追っていて。結局逃げ切られて。
そうだ。そうだそうだ。そうだっ!!
「あの野郎っ!!」
逃げたはずのチンピラに待ち伏せされたんだっ。行き成り路地裏に引っ張り込まれて、
殴り合いになって、それから……?
「……」
チンピラに手錠を掛けた記憶はある…。
本通りのバス停に固定されているベンチの鉄パイプに。それから。それから…。署に
連絡を入れようとして、携帯が壊れている事に気付いて、周囲には人影もなくて。
公衆電話を探してふらふらと歩き回った。
でも、見つからなくて……。
「ここは…?」
痛む身体を無視してベッドを下りた。
自分が裸だったのに気付かなかったのは、全身を走る鋭い痛みと、利き過ぎた空調の
所為だろう。
黒と灰色のモダンな部屋。照明が消されていても明るいって事は、もう夜が明けているっ
て事か? 大きな窓のカーテンを引い
て、それは確信に変わる。明るい。一瞬目を細めて、それから静かに窓の外を眺めると、
其処には見慣れない古い住宅が並ぶ。平屋も多い。
…下町…か? 随分と空き地が目立つ。もしかして、都会の過疎地って呼ばれてる区間
じゃないか? そうだよ。チンピラと殴り合った路地裏の奥に進めば此処に出るんだから。
「じゃあ…ここは…」
何処だよ…。あの下町にこんなモダンな部屋のある家なんてあるのか?
その時、何処かで猫の鳴く声がした。
そして、俺の記憶は蘇る。
俺の名前は樋山仁美(ヒヤマ ヒトミ)。
現役刑事で暴力団対策本部に勤務。俗に言われる「マル暴」が俺の所属部署だ。この半年
の間に調べを進めて来た広域暴力団の一斉摘発が土曜の早朝からあって、俺も其処にいた。
機動隊を含めて何人いたのかも解らない修羅場の中に。
それから、逃げたチンピラを追って。逃げられて。一応報告が終わって帰路に着いたはずな
のに、取り逃がしたチンピラに待ち伏せされて。
で? ここは??
「解んねぇ…何処だよ、ここ」
まるで記憶が抜け落ちたかのように、俺にはそれだけが解らなかった。



