天使で悪魔







遺品





  私の名はフィッツガルド・エメラルダ。
  私の武器はたくさんある。
  魔術。
  剣術。
  機転。
  冷酷残酷冷徹……まあ、色々な要素を兼ね揃えている今世紀最高のヒロイン。
  この間帝都に行った(インタビュー参照)際に雷の魔力剣もついでに作成した。纏っている鉄の鎧も魔法で強化してある。
  装飾品で魔力&耐性を増幅。
  まさに完璧。
  しかしもう1つだけ、最悪なまでの技能を有している。
  それは何?
  それは喧嘩売った相手に祟る事。
  ……相手が誰だろうとね。





  「モドリン・オレイン?」
  ブラヴィル。
  昼食の為に街に出て、魔術師ギルド支部に戻る途中での遭遇。
  戦士達を大勢引き連れたモヒカンダンマーに遭遇した。ここで会うなんて珍しい。
  戦士ギルドの大幹部のモドリン・オレインだ。
  ……。
  私はインタビューの後、ブラヴィルで静養していた。
  最近大学は妙に居心地悪いし。
  まあ、だからといってここが最高に居心地が良いかというとそうではないけどさ。グッドねぇ監視の下で地獄のポーション作りを毎日してます☆
  ……ちくしょう。
  ともかく静養していたわけよ。
  闇の一党の息の根を完全に止める為に帝都の黒馬新聞本社に出向いたものの、混沌と虚無の世界での激闘で体が本調子ではなかった。
  そういう意味合いでの骨休めをしていた。
  大分体は元に戻って来ている。
  闇の一党の雑魚どもも完全に手を引いたようだし、夜母はジャンキーとしての人生を歩んでるし。
  言う事なしよね。
  「おお。フィッツガルド・エメラルダっ!」
  「ハイ」
  私を見てモドリンは豪快に喜んだ。
  しかし私は見る。
  笑みの中に憂いがあるのを。
  「ここでお前に会えたのは幸運だ。実は問題が持ち上がった」
  「問題?」
  「遠征隊が音信不通なのだ。帰還していてもおかしくないのに何の音沙汰もない。ヴィラヌスとアリス達も……」
  「待ってよ」
  「何だ?」
  見た目ほど平静ではないらしい。オレインは動揺しているようにも見える。
  私は肩を竦めた。
  「順を追って説明して。手を貸すのはそれからよ」
  「……すまん」
  「それで?」
  「実は急ぐのだ。簡潔にでいいか?」
  「いいわ」
  「鉱山ギルドからの依頼でレヤウィン南にある《見捨てられし鉱山》にヴィラヌス達を派遣した。ヴィラヌスを隊長に、アリスを副長に、そして精鋭
  20名を同道させた。あの鉱山にいるトロルを一掃させるのはそう難しい話ではない。しかし数日間音沙汰がまるでないのだ」
  「ふむ」
  「何かが起きているのは間違いない。俺は動かせるだけのメンバーを動員した。しかし量も質も今ひとつだ」
  「決定的な力が不足してると?」
  「そうだ」
  いつも厳しい顔のモヒカンダンマーは心底弱り切っているのが分かる。
  私は社会の底辺で生きて来た。
  顔色を読むのは得意。
  感情を読むのは得意。
  いつも顔色を窺ってきたから相手の心を読むのに長けている。……まあ、あまり誉められたテクニックではないか。
  まあいい。
  モドリン・オレインの心中は察する事が出来る。
  それに、特に私を見込んでの申し出だ。無下にするのは好きじゃあない。
  大きく頷いた。
  「手を貸すわ。アリスは私の戦友だしね」
  私は即答した。
  考える間も惜しい状況なのは理解している。即座に行動するのがベストであるならば。
  動くとしよう。
  「すぐに行きましょう」





  見捨てられし鉱山。
  レヤウィン南にある鉱山で、鉱山ギルドの管轄。
  そこで戦士ギルドの精鋭達が消息を絶ったらしい。どの程度の精鋭を揃えたかは分からないけどトロルの群れ相手に遅れを取るはずがないの
  は何となく察する事が出来る。
  消息を絶った理由。
  2つ予測は出来る。あくまで予測だけどね。
  1つはトロルの数が予想以上だった。予測の数倍の場合は返り討ちもありえるだろう。しかしそれだけの数がいれば鉱山に巣食うのは得策ではない。
  トロルの食糧事情が大きく変わるからだ。
  つまり数倍はありえない。
  ならば倍程度か。
  だけど倍程度なら何とかなりそうな感じはするんだけどねぇ。
  精鋭+連携=百戦錬磨の部隊。
  負けそうもないんだけどな。
  そしてもう1つの理由。
  予期せぬ邪魔が入った場合だ。
  その邪魔とは……。


  見捨てられし鉱山、内部。
  そこにはトロルが巣食っている。かつて深緑旅団の兵力として率いられていたトロルの群れの残党だ。
  アリスは今回の討伐に関わった。
  ある意味で因縁よね。
  白馬騎士団として深緑旅団との戦争に関わったわだから、今回の任務は因縁でもあったはすだ。
  まあそこはいい。
  「こいつは酷いわね」
  私は呟く。
  捜索隊30名は鉱山内部を歩き、そこから鉱山と繋がっていた天然の洞穴に入る。
  そこで見つけた。
  戦士ギルドメンバー達が設営したベースキャンプを。
  「……くそ……」
  悪態のモドリン・オレイン。
  姪が迎えてくれると思っていたのだろう。連絡を絶ったのは何らかの手違い程度に思っていた。……いや思おうとしていた。
  しかし現実は厳しい。
  ここにいるのは、いや、あるのは屍だけだ。
  トロルと戦士ギルドの精鋭達の死体。
  刺し違えた?
  つまりこれは双方共倒れ?
  いずれにしてもここでただボケーっとしているわけにもいかない。すべき事をしなければならない。
  ここに来た本来の任務は調査。
  悪態を吐く為でも茫然する為でもない。
  私は促す。
  「オレイン」
  「……」
  「オレイン」
  「……」
  駄目だ。
  完全にプロとしての意識が肉親の情に負けている。そこは別に否定しない、否定しないけどやるべき事をやる必要がある。
  私はここまで率いられてきた戦士ギルドのメンバー達に向き直る。
  「周囲の安全の確保、遺体及び遺品の回収、ここを中心として十メートルの調査。以上よ。散開」
  『了解っ!』
  捜索隊30名は散らばる。
  質としては二流の面々のようだけどこれだけ数いれば……まあ、滅多な事はないだろう。
  私がいるわけだし。
  戦士ギルドの面々が私に従うのは、私が戦士ギルドのガーディアンだから。どうやら普通にメンバーにもそれが浸透しているらしい。
  ……。
  ……いやまあ命令してから気付くなよ、という突っ込みはなしです。
  「オレイン。大丈夫?」
  「すまん」
  「いいわよ別に。私もガーディアンなわけだし、たまには威張ってみたいしさ」
  誰かが消えていた焚き火に火を灯した。
  周囲は照らされる。
  「……?」
  ふと気付く。
  引き摺られたような後がある。血の跡が伸びている。まるで遺体を引き摺ったような後だ。しかし肝心の遺体はない。
  無数にある。
  トロルに食われた?
  そうかもしれない……いやいやそんな事はない。
  食い散らかされたのであればあんな血の跡は付かない。トロルは人食い。しかし隠れて食う習性はない。その場で貪るはずだ。そして貪ったの
  であれば血の海になるはず。引き摺られたような跡はおかしい。
  「おい、おかしいな」
  「ええ」
  ショックから立ち直ったオレインも呟く。
  これはトロルの仕業ではない。
  「オレインさんっ! エメラルダさんっ!」
  戦士の1人が叫ぶ。
  私達は顔を見合わせ呼ばれた方に走った。その戦士はボズマー。まあ、種族はいいか。
  ともかくボズマーの男性は松明である死体を照らす。
  「こいつは……」
  呻くように声を絞り出すオレイン。
  インペリアルのハゲ男性の遺体。そこは別におかしくない。死体におかしいところはない。……ああ、おかしいといえば死因は切り傷ね。
  トロルに殺されたのであれば刀傷はおかしい。
  それよりもおかしいのは……。
  「決まりね」
  「……ああ」
  「ブラックウッド団は一線を超えたわ。最後のね」
  「……ああ」
  その遺体はブラックウッド団特有の、特別製の鎧を身に付けていた。
  戦いに介入したのだ。
  ブラックウッド団が戦士ギルドの背後を奇襲したのだ。





  つまりはこういう事だろう。
  トロルとの戦闘中なのか、戦闘後かは知らないけどブラックウッド団が介入して来たのだ。
  調べてみて分かったんだけど戦士ギルドの精鋭達の死因は全て刀傷。
  トロルの攻撃ではないのだ。

  遺体を引き摺ったような血痕はおそらくブラックウッド団が死んだ仲間の死体を回収した際に生じたのだろう。しかし甘かったわね。遺体を1つ回収
  し損なった。随分と雑なお仕事をしたらしい。それとも最初から捜索に来た者に対する示威行為としての意味合いなのかもしれない。
  しかしこれで判明した。
  ブラックウッド団は超えてはいけない一線を超えた。
  既にただのシェア争奪戦ではない。
  既に……。

  唯一の希望は戦士ギルドの遺体は19しかなかった事だ。
  隊長+副長+精鋭20名=22名。
  3つ足りない。
  そして照合した結果ヴィラヌス、アリス、フォースティナこの3名の遺体がないのが分かった。洞穴はまだ奥が続いている。
  私達は退路の確保の為にベースキャンプに半分の数を残して奥に進む。





  「煉獄っ!」
  「戦士ギルド突撃だーっ!」
  炎の洗礼でトロルの群れを吹き飛ばす。次の瞬間、オレインの怒声とともに戦士ギルドが突撃を開始。
  二流の戦士揃いとはいえトロルに後れを取るほどの弱小ではない。
  瞬く間にトロルの群れを粉砕。
  数はそれほどではなかった。ベースキャンプの周辺にあったトロルの屍から総合すると、おそらくここにいたトロルは殲滅できたはず。
  数匹逃れたのもいるかもしれない。
  その辺りは戦士ギルドに任せるとしよう。
  さらに進む。
  終点は崖のまん前だった。深い深い崖がある。ここが到着点、終点だ。
  「何も、ないな」
  「んー」
  周囲を見渡す。
  松明の光を崖の下に向ける。何も見えない。大分深いらしい。
  他に間道はなかった。
  つまり3人が逃げ込めるのはここまで。
  どこにいる?
  「オレイン、崖の下は調べないの?」
  「落ちたとでも言うのかっ!」
  「怒鳴らなくても聞こえてる」
  「……すまん」
  「何らかの方法で下に下りたのかもしれない。ともかく調べた方がいいわ」
  「確かにな」
  その作業はオレインの指示に任せるとしよう。
  私は周囲を探すべく歩き出す。
  静寂。
  静寂だ。
  何も聞こえない。洞穴内は沈黙が守られていた。……オレインが部下に指示する怒鳴り声以外は聞こえない。鬼軍曹かあいつは。
  怒鳴らなくても聞こえるだろうに。
  もちろん意味は分かる。
  ともすれば憤怒と絶望に支配されそうな自身の感情を誤魔化し、抑え付ける為でもあるのだ。
  「ん?」
  コン。
  歩いていると何かを蹴っ飛ばす。
  松明で照らした。
  一冊の本のようだ。さらに照らして気付く。そこには俺は銀製のロングソードがあった。手に取ってみる。
  柄には名が刻まれている。
  ヴィラヌスと。
  「……」
  遺体は、ない。生きている姿すらない。ただ床に血痕だけがわだかまっている。
  それだけだ。
  ここではトロルの饗宴があったのかもしれない。……もちろんオレインにそんな事を言わないだけの礼儀は心得ている。心遣いもね。
  ヴィラヌスは食べられた?
  しかしだとすると鎧はどこだ?
  どんなにトロルが悪食でも鎧を噛み砕くほどの歯の力もなければ、鎧を食べるほど馬鹿でもないはずだ。
  周囲を見渡す。
  「……」
  気配はしない。
  人もトロルもね。私達捜索隊の気配だけだ。少なくとも崖の下は知らないけどさ。
  私は本を開く。
  日記。
  それはヴィラヌスの日記だった。
  私はそれに眼を通す。



  『兄貴の死から随分な時間が経ったが、彼が逝ってしまった事実を母は決して受け入れる事がないような気がする』
  『俺が知っている事に気付いている節はないが夜毎兄貴の墓に訪れているのだ』
  『そして兄貴の墓の前で最後の任務に送り出した事を泣きながら詫びている。しかし俺は思うのだ。兄貴は自分の最後を華々しい一戦で飾りた
  かったのだと。兄貴は常に言っていた、戦って死ぬのが戦士としての理想だと』
  『そこそこ安全な生活を送るのを良しとしないからこそ、戦士ギルドにいるのだ。どうせ死ぬなら俺もギルドの名誉の為に死にたい』



  『来る日も来る日も、鍛錬鍛錬鍛錬っ!』
  『最後の任務に出てから丸一ヶ月になる。武器を磨く事と苛付く事以外にやる事がない』
  『ストレスでアリスにまで当たってしまう自分が嫌になる』


  『新入りがいきなりガーディアン待遇で抜擢される』
  『俺はいつになったら任務に出れる?』
  『そのブレトンの女は口だけでなく本当に強い。そこがまた腹が立つし、アリスがその女に傾倒しているのも癪に障る。面白くないっ!』


  『アリスがレヤウィンに出向した』
  『白馬騎士団として活躍するらしい。それに比べて俺はギルドのお荷物だ』
  『何の責任も義務もない』
  『飼い殺しだっ!』


  『やる事がない』
  『おかしくなりそうだ。風の噂でアリスは深緑旅団相手にやり合ったらしい。直にコロールに凱旋するようだ』
  『確実にアリスは戦士としての風格を身につけているだろう』
  『それに比べて俺は……』


  『久し振りにアリスと話し合った』
  『ちょっと会わない内にアリスは大人びていた。言動も理屈もしっかりしている』
  『母は俺の身の安全とギルドの安全を案じているのは確かだ。それはどちらも母にとって耐え難い重責のはずだ』
  『我々の人数が以前のように増えれば、おそらく母も以前のように気兼ねなく任務に送り出してくれるだろう』


  『シェイディンハルの任務を終えたアリスが今度はアンヴィルに出向だ』
  『例のブレトン女が同行するらしい』
  『確実にアリスは幹部候補生として養育されている。それに対して俺は一体いつまで腐っている必要があるんだ?』
  『……いつまで……?』



  『果たして自分がギルドの一員で適しているのかどうか疑問に思う日がある』
  『母が俺の身を案じているのはおそらくヴィテラスの所為ではなく俺自身の能力を疑っているからだ。戦士として劣っている、そう見てるのだろう』
  『母の目には俺は落ち零れとして映っているのだろうか?』
  『兄貴よりも俺は頼りない存在として見られているのだろうか?』
  『……もしもそうだとしたら俺の存在価値は……』


  『戦士としてこの日々は最大の屈辱だ』
  『母さん。俺は貴女の目から見たら失敗作なのですか?』


  『自由っ!』
  『ようやく仕事が舞い込んだっ!』
  『アンヴィルから帰還したアリスとともにノンウィル洞穴の失踪事件の調査を命じられたのだ』
  『特に魅力のある仕事ではないが実戦の経験をする機会があるのが嬉しい』
  『しかしアリスの口振りから察するに果たしてこの任務を母が知っているかという事だ。何しろモドリン・オレインから直接下ったようだからだ』
  『まあいい』
  『オレインが俺の腕前を信じて送り出してくれた事が分かっただけでも嬉しい』


  『ノンウィル洞穴の任務の後、今度はアリスとともにシェイディンハルに送り出された』
  『アリスと一緒なら何も怖い事はない』
  『俺はこの時、彼女が好きだという事に気付いた』



  『コロールに帰還』
  『シェイディンハルの任務を終えての帰還。ここ最近は心地良く眠れる』
  『任務とはいえダイブロックに登ったのはきつかったな。またあの妙なブレトン女と一緒の任務だった。しかし前ほど嫌いではないな』
  『あいつは強い』
  『だけど負けているのは今だけさ。きっといつか俺が乗り越えてやるっ!』



  『アリスと出会えた事を九大神に感謝したい』
  『アリスがいなければきっと気が狂っていただろう。彼女が話相手になってくれるお陰でいつか現場に正式に復帰出来るのを信じる事が出来る』
  『俺の為に実入りの良い仕事を自ら蹴った』
  『互いに互いを大切にし合い、敬愛の念を持ち続ける間柄を誇りに思いたい』
  『彼女こそ真の友だっ!』


  『アリスがアンヴィルに左遷させられた』
  『俺を任務に連れ出していたのが母にばれた為だ。何の弁解をするでもなく彼女は左遷させられた』
  『追放が怖くて弁護すらしてやれなかった』
  『……俺は無力だ……』


  『時が緩やか過ぎる』
  『アリスはまだ戻ってきていない』


  『唯一の希望すらない』
  『シロディール全域にブラックウッド団が勢力を伸ばしている為に依頼が激減しているらしい』
  『仕事はますます減っている』
  『人材もだ』


  『アリスが戻ってきたっ!』


  『今朝、アリスと朝食を取りながらブラックウッド団の事を話し合った。所詮ならず者でしかないというのが俺達の間での連中の定義だ』
  『アリスは見た目同様に美しい心を持っているようだ。純真にブラックウッド団の悪意を見抜いている』


  『大きな任務を任されたっ!』
  『鉱山ギルドを悩ますトロルの排除だ。深緑旅団残党のトロルらしい』
  『メンバーが大規模動員される』
  『俺は隊長に抜擢された、母から直々にだ。しかもアリスは副長に抜擢された。精鋭20名を率いる事を任されている』
  『これ以上良い知らせなんて考えられない』
  『まさに自分が望んだとおりだっ!』


  『トロルの大半を駆逐した』
  『我々はベースキャンプを設営し守備を固めた。明日一気に追討するとしよう』


  『仲間が皆死んだ。俺もすぐに後を追う事になるだろう』
  『トロルとの戦いは順調に行っていた。皆落ち着いていた。決定的な打撃を与えベースキャンプを設営する余裕すら出来ていた』
  『そこを突然ブラックウッド団が襲撃してきた』
  『奴らは手当たり次第に殺戮を繰り広げた。傷付き戦えなくなった自分達の団員すら容赦なく斬り殺した』
  『連中はとても正気じゃない。狂ってるっ!』
  『皆奴らに殺された』
  『皆だっ!』


  『生き残ったのは俺とアリス、フォースティナだけだ』
  『他は皆全滅した』
  『ブラックウッド団は現れた時同様に俊敏に姿を消した。仲間は皆勇敢に戦った。安らかに眠って欲しい』


  『アリスが死んだ』
  『フォースティナもだ。アリスは俺を庇ってトロルの一撃を食らい、崖から落ちた。フォースティナは彼女を助けようとして、墜落した』
  『俺も直に死ぬ』


  『……もうここがどこなのかも分からない』
  『トロルが遠巻きに見ている』
  『俺が死ぬのを待っている。もしくは意識がなくなるのを待っているのだろう』


  『トロルが来る』
  『ごめん。母さん。俺はやっぱり出来損ないだったよ』



  「ちくしょうっ!」
  オレインの声で現実に戻る。
  私は本を閉じ、折れた剣を拾ってオレイン達の元に向かう。
  2人の女性が捜索隊の前に並べられていた。
  アリス。
  フォースティナ。
  所在不明の両名だ。
  戦士の1人が報告する。
  「フォースティナは即死。発見した状況から想定すると……アイリス・グラスフィルを庇ったのではないかと……」
  「下敷きになっていたのか?」
  「はい。抱きかかえるように」
  「……そうか」
  見た感じアリスは生きている。オレインは姪が無事で喜びたいのとフォースティナが身を挺して姪を護った事に対する献身的な行為の感情の間で
  板挟みになっているのだ。戦士は申し訳なさそうに報告を続ける。
  「ただオレインさん。姪御さんは……」
  「何だ?」
  「その」
  「はっきりと報告しろ戦士っ!」
  「は、はい。……姪御さんの状況を診察したところ、その、脊髄にかなりの損傷があり……二度と起き上がる事は……」
  「な、何?」
  「肺にも損傷があります。頭にも……えっと、ですから……」
  「……」
  即死ではないが重傷、か。
  しかし。
  しかし私には何とか出来る。アリスを楽にしてあげる事が出来る。
  「オレイン」
  「フィツガルド・エメラルダ」
  「退いて」
  「お、お前なら何とかできるのか?」
  「退いて」
  黙って彼は道を譲る。
  アリスを見た。
  パッと見では私の回復魔法では歯が立たないのが分かった。回復系は私はあまり得意ではない。中の上ってところかしらね。頭にアルケイン
  大学の回復魔法の権威数名の顔が浮かぶ。そいつらなら何とかできるでしょうね。
  しかし運ぶ事は出来ない。
  無理に動かせばアリスはショック死する。
  崖の下から運べたのが奇蹟だ。
  私は屈み込んで懐から一振りの短剣を取り出す。
  すらり。
  抜き放つと戦士の1人が声を上げた。
  「あんた何するつもりだっ!」
  「……」
  無言で私はアリスの肺に短剣を突き立てた。
  「おい貴様何を……っ!」
  ガッ。
  私の肩を掴むオレイン。
  振り払う。
  「私がアリスにトドメ刺すと思ってるわけ? だとしたら心外ね。もっと理解されてると思ってた」
  「な、何?」
  「戦士の貴方に説明しないのは悪かったわ。これは魔術師がよくやる手なのよ。黙って退いてなさい」
  回復魔法を付与した武器。
  よくある手だ。
  柄を掴んで刃を引き抜き、今度はアリスの頭に突き刺す。
  血は出ない。
  奪うのは苦痛、与えるのは安息。奪うのは損傷、与えるのは再生。
  これはかつて魔王アズラに貰った短刀だ。
  ……。
  ……アズラめ。
  ある程度の事象は予見しているわけだ。この時の為の、ナイフなのだろう。高等の回復魔法を付与されている短剣。
  アリスを救うのにはもってこいの品だ。
  だとしたらアズラの星とかいうヒトデの玩具みたいなものも意味あるわけだ。
  まあいい。
  出所が何だろうと役立つモノはありがたく利用させてもらうわ。
  アリスの体を裏返す。
  背中を触る。
  ……ここか。骨が滅茶苦茶に折れている。おそらくフォースティナの救いがなければアリスも死んでた。
  フォースティナの死顔を見た。
  「報いたわけね、アリスの好意に」
  見逃された恩をちゃんと返したわけだ。
  私はアリスの行為を否定した。
  しかし。
  「アリスは正しかったわね」
  命で報いるのが美徳だとは言わない。言わないけど、少なくともフォースティナは改心した。与えられた好意を無駄にせずにやり直した。
  それはとても素晴しい。
  言い分としてアリスが正しかったわけだ。
  ……負けたわ。
  視線をアリスの背中に移す。複雑骨折の部分に短刀を突き立てた。
  次の瞬間骨がゆっくりと本来の姿に戻る。
  これはこの世界では手に入らない代物だ。どんな高位魔術師でも作れない。……いや仮に作れても数十年は要する。
  とりあえず全ての損傷を治癒した。
  しかし心までは無理。
  つまり意識不明はこの短刀では癒せない。意識を取り戻すのはアリスの気力次第。
  「とりあえず無事よ。お願い」
  「はい」
  戦士の1人に任せる。
  私にはまだすべき事があるのだ。お礼を言おうとしたオレインを制して剣と日記を渡す。
  「何だこいつは?」
  「ヴィラヌスの遺品よ」
  「……」
  「遺体はなかった。しかし状況から考えて……」
  「……」
  「オレイン?」
  「ブラックウッド団めっ! あのクズどもめっ! 道理も弁えぬクソどもがっ!」
  怒号。
  今回の襲撃は計画されていたのだ、最初から。
  たまたま依頼の妨害の為に襲撃したにしてはおかしい。ギルドマスターの息子&チャンピオンの姪御が加わっているという意味合いで襲ったに
  違いない。そして精鋭を潰すとしての意味合いだ。
  「お前はしばらくコロールには立ち寄るな」
  「……?」
  「この件に間接的にでもお前も関わったのを知ったらヴィレナはお前を組織から追放するだろう。お前には先がある、ここは……」
  「単純ばぁか」
  「何だと?」
  「私は階級なんて知った事じゃないのよ」
  「しかし……」
  「それよりもアリスの身柄はレヤウィンの魔術師ギルド支部に運んで。まだ遠くに動かすには適していない」
  「レヤウィン……馬鹿も休み休みに言えっ!」
  完全にブラックウッド団の地元と化しているレヤウィン。
  ある意味敵地。
  そこに彼女を運べばどうなるか?
  確かに医療施設なら駄目でしょうね。暗殺される可能性は高い。もしくは襲撃される可能性も。
  しかし。
  しかしだ。
  「大丈夫よ。まさか連中も魔術師ギルドを敵に回すほどの馬鹿じゃあないわ」
  魔術師ギルド。
  そのトップであるハンニバル・トレイブンは元老院議員でもあるのだ。
  戦士ギルドと魔術師ギルド、その2つを敵に回すほどブラックウッド団も思い上がってはいないだろうよ。規模としては戦士ギルドよりも魔術師ギルド
  の方がでかいしね。魔道兵力であるバトルマージを有する魔術師ギルドを襲うほど馬鹿じゃあるまい。
  「アリスは魔術師ギルドで預かるわ」
  「……」
  「支部長であるダゲイルには私から話を通す。大丈夫よ」
  「好意に感謝する」
  「好意だけじゃないわ」
  「……どういう意味だ?」
  「トカゲどもにムカついた。私喧嘩売られるのは嫌いなのよ。……大切な戦友傷付けられて黙ってられるか」



  つい最近闇の一党ダークブラザーフッドが退場した。私に喧嘩を売ったが為にね。
  退場リストにブラックウッド団が加わるわけだ。
  ……知らないのかな?
  私に喧嘩を売る奴は等しく不幸になるって事をさ。
  きっちりと祟ってあげるわ。
  きっちりとね。