天使で悪魔
インタビュー
ブラヴィルの地で全ては終息した。
闇の神シシスはこの世界に対する干渉する力を失った。
夜母は能力と若さを失い、ただの老婆に。
幹部集団ブラックハンドは全滅。
この地に集結していた闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者のほぼ全ても地獄に送った。
これで終了?
これで終結?
否。
答えは否だ。
頭は潰した。
しかし闇の一党ダークブラザーフッド自体は今だ健在している。
末端は存在している。
そいつらは『フィッツガルド・エメラルダ抹殺』を今だ忠実に実行しようとしているかもしれない。
今後一生際限なく襲われるのは怖くはないが煩わしい。
だから。
だから私は本当の意味で全てを終わらせようと思う。
闇の一党の全てを。
帝都で随一の情報量を誇る黒馬新聞より抜粋。
執筆者は当記者ラウル・ロバート。
『幸運の老女像の地下に墓場がある。匿名の密告が黒馬新聞に届けられました』
『我々はその事実を確かめる為に調査』
『匿名の情報はブラヴィル伯にも届けられており、結果として幸運の老女像の地下を発掘。なんと本当にそこに墓所があったのです』
『白骨死体が六つ。その内の一つは大人の女性。五つは子供。さらにミイラ化した四人の死体(アークエン&マシウ・ベラモント&旧ブ
ラックハンド二人)がありました。この独占スクープはシロディール全土に瞬く間に広がる事でしょう』
『ブラヴィル伯は幸運の老女像の撤去を表明』
『また幸運の教団に対しての援助を撤回』
『幸運の教団の教祖である黒衣の聖母はこの件に関して、仕方ありませんねと淡々とした口調でコメントしてくれました』
『幸運の老女像の裏の姿。それが発覚した今、幸運の教団は急速に求心力は衰えています』
それから3日後。
幸運の老女像は撤去され、幸運の教団(元々ブラヴィルに存在していた小規模の宗教団体が前身。闇の一党の隠れ蓑に利用され
ていたに過ぎず黒衣の聖母も小規模団体の教祖に過ぎない)は解散。
ここに一連の流れは完結。
……。
……しなかった。
帝都にある黒馬新聞本社に漆黒のフードを目深に被った黒衣の女性が訪ねて来た。
匿名で密告した本人だと言う。
二、三質問すると、確かに密告した内容と一字一句も違わなかった。
今回、黒馬新聞に掲載するのはその女性との対談である。
なおインタビューしたのは先の幸運の老女像に対する記事を纏めたラウル・ロバートである。
彼女との対談は黒馬新聞本社の一室。
この部屋には自分と彼女の二人しかいない。
「初めまして。自分は……」
「……」
「あの……」
「挨拶は必要ない。あんたの記事は読んだ。ラウル・ロバート。……私は用件だけを言いに来た。言葉を記事にして公表しろ。以上」
「……えっと、分かりましたー……」
自分はラウル・ロバート。
各地を渡り歩いた。
戦場をスクープの為に潜り抜けた事はあるし危険極まりない《スカイリム解放戦線》のメンバーとの対談も成功させた凄腕カジートだ。
なのに。
なのにだ。
この女を前にすると尻尾が縮こまって来る。
断言しよう。
こいつ堅気じゃないぞ。
自分じゃなかったらきっと、ちびってる。
落ち着けラウル。
落ち着くんだ。
「……」
「……」
お互いに沈黙を続ける。
場違いではあるものの女性の口元は美しいと思った。白くて綺麗な肌、美しい唇。自分はカジートだが人間の美もなかなかのものだ。
「お仕事は?」
「あ、ああ。幾つか質問させてもらおうか。その前に……」
「何?」
「何と呼べばいい?」
「二代目聞こえし者とでも呼べばいい」
「聞こえし……?」
「聞こえし者」
「それは……どういう……」
「まずはぶっちゃけ発言をしようか。幸運の老女像の地下にあったのは夜母の墓。私が告白するのは闇の一党の真相よ」
「夜母……闇の一党ダークブラザーフッドっ!」
最強最悪の暗殺集団。
もう一つ有名な暗殺組織はモラグ・トング。
しかし規模は闇の一党ダークブラザーフッドの方が強大であり、モラグ・トングの勢力はモロウウィンドに限定されている。それに闇の
一党は金額の折り合えさえつけば節操なく(まあ、節操があろうが暗殺者は暗殺者だが)殺す事で有名だ。
心に動揺が走る。
色んな意味で動揺している。
噛み付くには大き過ぎるヤマだ。しかしそれ以上にこれを記事に出来たら自分の名が売れる。
こいつはでかいぜっ!
震える手を気付かせないようにしつつペンと紙を取る。
「聞いてもいいかな、聞こえし者」
「どうぞ」
「まず、どうして告発……」
告発と言って自分は言葉を詰まらせた。
告発?
ニュアンス的に合わない気がする。密告、告訴……いやいや適さない。いずれにしてもこの女性は本物だろう。
幸運の老女像の地下の秘密を知っていた。
つまり彼女の話は本物のはず。
真意は分からないが黒馬新聞史上最大の内容になるのは確かだ。
真意は考えないようにしよう。
「何?」
「いえいえ。ともかく、お話をどうぞ。まずは……そうだね、闇の一党の内情を教えてもらえるかな?」
「いいわ」
「ではどうぞ」
「闇の一党ダークブラザーフッドの頂点は夜母。しかし夜母は実際には姿は現さない。彼女と唯一接触出来るのは『聞こえし者』よ」
「……」
「その『聞こえし者』から指示を受けるのが『伝えし者』。各地の聖域、まあ、支部ね。そこに依頼として伝達する。その『伝えし者』直轄
の幹部であり暗殺者なのが『奪いし者』。その三つの称号の持ち主達を総称して『ブラックハンド』。お分かり?」
「……」
無言でペンを走らせる。
闇の一党の内情は謎に包まれている。
興奮が止まらない。
「その、聖域ってのは……」
「各地にあるわ。街の中、洞穴の中、砦……まあ、あちこちね。私が知ってるのはシェイディンハルとクヴァッチにあるって事だけ」
「……」
「ペンと紙貸して」
「あ、ああ」
言われるままに貸す。
彼女は受け取ったペンで紙にサラサラと何かを記す。
「はい」
ペンと紙を自分に返す。
紙には何か記されている。『シェイディンハルの廃屋を探せ』と記されていた。
「これは?」
「聖域の場所。私が聞こえし者だと、本物だと分かる証拠よ」
「気になったんだけど君は最高幹部なのか?」
「ええ。二代目。初代のウンゴリムは私が始末した。……まあ、私が知る限りの初代であって、本当の初代が誰なのかは知らんけどさ」
「なるほど」
「ウンゴリム殺して私が二代目襲名。でも私は夜母嫌い。嫌がらせした。そしたら刺客送ってきた。二代目の私は裏切り者、三代目の
ルシエンは既にあの世。ついでに言うなら幹部集団ブラックハンドも全滅。頭は全て死に絶えたわ」
「なるほど」
「それを証明する為に、私の言葉が真実味が帯びる為に、聖域の場所を教えたのよ。調べなさい」
「分かりました」
「よろしい」
女性は悪戯っぽく笑った。
無邪気な笑い声。
しかし戦慄もした。この女性は自身がカミングアウトした通りに取るなら暗殺者。
目の前に卓越した技能を持つ暗殺者がいる。
それを考えると少し薄気味が悪かった。
自分はそれを払拭するかのように次の質問に移る。
「次の質問に移っても?」
「どうぞ」
「ずばり夜母とは何者ですか?」
「核心ね」
「はい」
「夜母は自身とその子供五人を闇の神シシスに生贄として捧げた殺人狂。その真意は自らが創設した闇の一党ダークブラザーフッドを
永遠に支配する事だった。そしてそれ以前に死後も殺しを楽しみたかった故の行動ね」
「つまり……」
「聞こえし者を遠隔操作して殺しを代行させ殺しの衝動を満足させ、血と死を愉悦としていた陰険ババア」
「幽霊なのですか?」
「厳密には違うけど、まあ、そうね」
「闇の一党の構成員はその事実は?」
「知らないわ。幽霊が親玉だとは初代聞こえし者のウンゴリムしか……あー、伝えし者のアークエンも知ってたわね」
「では夜母は闇の一党内ではどのような認識だったのですか?」
「幽霊。精霊。エルフ。老婆。色々とあったけど全ては憶測。一部の幹部を除いて誰も知らないのが現状だったわね」
「なるほど」
「今、夜母は肉体を得ているわ」
「……えっ?」
「本当にただの老婆。能力は何もない。私がそのようにしたもの。信じる信じないはお任せするわ。ただ言える事、それは闇の一党は
完全にその機能は麻痺した。いや完全停止と言ってもいい。依頼人から仕事を受けるというシステムが破綻したからね」
「つまり……」
「今後の推移を見れば分かるわ。闇の一党は次第に信用を失う。依頼しても応答ないんだものね」
「なるほど」
今までの話の流れを整理しよう。
夜母が依頼を受ける→聞こえし者がそれを聞き届ける→伝えし者が依頼として各支部に振り分ける→暗殺者達が実行する。
そこに場合によっては奪いし者が機密性の高い暗殺を実行する、が含まれるのだろう。
しかし今後それはありえないわけだ。
この女性の言葉が正しいのであればそもそも依頼を受ける能力が消失した事になる。
組織の全貌を知る幹部達も既に存在していない。
末端の暗殺者達は勝手に干上がって行く。
さらに依頼しても反応がないと分かれば次第に闇の一党に対する信用(というのもおかしいのだが)もがた落ちになる。
結果闇の一党は組織として維持出来ない。
……。
理論としては間違っていない。
むしろ正しい。
だとしたらこの女性の言葉は真実か。
「貴女を信じます」
「ありがと」
「つまり闇の一党は潰れたと見てもいいのですね?」
「完全にじゃない。この街に集結していた連中の大半は始末したけど、まだ各地に結構残ってるはずよ。でもいずれ分派し分裂し組織
としての形は保てなくなる。組織の利権を巡って共食いも始まるでしょうね。二度と闇の一党としての再起動はありえないわ」
「なるほど」
「私がこれを公表するのは闇の一党に対する通達よ」
「それはどういう……?」
「頭が潰れた事も知らずに今だ私を狙ってる連中に対する通達。私を殺しても組織として機能していない以上は報酬はありえない。それ
を通達したいのよ。つまりこれは身の保身の為の対談ってわけ。……まあ、貴方の名前も売れるでしょうし、お互いに得な対談よね」
「確かに」
苦笑する。
この記事を公表すれば自分の名は確かに売れるだろう。
「他に何か聞きたい事は?」
「最後に一つだけ」
「どうぞ」
「お名前を教えて頂けませんか?」
「それは出来ないね」
バッ。
簡単に拒絶したものの、女性はフードを取った。その女性はブレトンの二十代の女性。とても美しい微笑を自分に向けていた。
美しい。
人間系に心惹かれるのは初めてだ。
心がときめくのを感じる。
「これが誠意の形よ。記事の方はよろしく」
フードを被り直し女性は悠然とした足取りで部屋を後にした。
しばらく自分はそのまま動けなかった。
『本来ならば記事として纏めるべきではあったものの、彼女に対する個人的な好意と敬意という意味で一言一句を全て本誌黒馬新聞
に掲載するに当たって対談形式を取っています。彼女の闇の一党の内部情報の公開に踏み切った英断に対して敬意と尊敬を』
対談から五日。
闇の一党の内情に関する異例の対談話が黒馬新聞に掲載され、ちょうどシロディール全域に広まったのも丁度この頃。
「ふふん♪」
鼻歌交じりに私は黒馬新聞を読んでいた。
自宅?
帝都?
いえいえ。どちらでもないわ。
ここはブラヴィルの魔術師ギルド。グッドねぇの私室で私は憩いの最中。
トカゲの姉はお仕事中。
私一人休んでていいのかまた強制労働に従事しなくてもいいのかって?
はっはっはっ。
その認識は甘い甘いぞーっ!
既に徹夜でポーション作りに従事したのだ私を監視する為だけにグッドねぇも徹夜したのだトカゲの姉を舐めるなよーっ!
……。
……ちくしょう。
「ともかくこれでお終いね」
闇の一党ダークブラザーフッドはこれでもうお終い。
新聞が発行されるまでは、今だ強大な力を有した夜母と幹部集団ブラックハンドが既に存在しない事も知らずに以前与えられた命令
のままに私を襲ってきていた。
しかし新聞が出回ったとともにそれは絶えた。
私の策は当たったらしい。
黒馬新聞に暴露した真意、それは当然ながら上層部が存在しない事を知らない末端どもへのメッセージ。
そのメッセージは届いた。
結果として暗殺者達は私への襲撃をやめた。
何故?
意味がないからだ。
これが教義を元に暗殺を繰り広げるモラグ・トングならともかく、金次第でどうにでも転がる闇の一党ダークブラザーフッドには大きな
意味がある。上層部の消失は報酬の支払いがなくなったを意味する。
闇の一党の暗殺者は俗物揃い。
損得勘定で動く。
私を殺しても得る利益がなくなった今、私を襲う物好きはいまい。
今度こそ。
今度こそ闇の一党ダークブラザーフッドは永遠に活動を停止した。
空席の上層部に取って代わろうと内部抗争を直に始めるだろう。もしくは分派して分裂して、次第に規模が小さくなっていくだろう。
いずれにしても闇の一党としての従来の姿は維持出来ない。
そしてそんな中で私の存在も忘れていくに相違ない。
完全に闇の一党の干渉を封じた。
それが黒馬新聞への対談に対する私の目論み。
そしてそれは成功。
今後どう推移していくのかは私は知らない。
しかし闇の一党ダークブラザーフッドが終わったのは確かだ。既に再起動はありえない。
完全に停止した。
永遠に。
闇の神シシスはこの世界に対する干渉能力を失った。
夜母は能力を失った余命幾ばくもない老婆。
幹部集団ブラックハンドは全滅。
まさに満足な結末だ。
「ふふふ」
長かった戦いに終止符。
これでもう祟ってくる事はあるまい。
私は満足げに笑う。
ええ。満足ですとも。夜母に屈辱を与えられたしね。
……。
馬鹿め。
マシウ・ベラモントをシシスに生贄として与えて若いブレトンの肉体を得た際に私への復讐を捨てればよかったのに。
細々と殺意の衝動を満たせばよかったのに。
知らなかったのかな?
私に手を出した奴は等しく不幸になるってさ。
肩を竦める。
「後先考えずに行動するのってリスクが怖いわね」
夜母のその後?
麻薬中毒の溜まり場であるスクゥーマ窟の住人になったみたいよ。スクゥーマに溺れながら今でもこう叫んでる。
その叫びは誰にも届かないのに。
哀れにも叫んでいる。
「わらわは夜母じゃっ! ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
……。
はあ。なんか可哀想。
もっと優しくしてあげればよかった。
敗者って哀れよね。