天使で悪魔





同志の裏切り




  ダイビングロックの恐怖。
  シェイディンハルで出会ったアリスの手伝いの為にダイビングロックに行った(ダイビングロックの恐怖)。
  アリスの手伝い。
  もちろんそれもあるけど、偽吸血鬼ハンター(と思われる)がブルーマ方面に移動した関係でもある。
  物乞い達にお金を渡し情報収集を頼んだ。
  その間暇だったので、手伝ったに過ぎない。
  その結果、懐かしい友との再会があった。
  オーガとオークの混血であるエンツェ。
  ……非業の死を遂げた彼に対して私は、懐かしき友に対して私は涙を流して追悼した。

  しかし誰だろう?
  エンツェは人間にしてもらうと言った。その為に私を殺しに来たのだと。
  誰がそそのかしたのだろう?
  ……何者……?






  「それで?」
  北方都市ブルーマに舞い戻った私は、情報収集を頼んでいた物乞い達を集めてオラブ・タップにいた。
  オラブ・タップ。
  店主である、ノルドのオラブが経営する安酒場であり、安宿だ。
  物乞いがいてもそれほど嫌な顔はされない。
  何故なら彼らの飲み食いする量は半端なく、結局オラブは大儲けだからだ。利益を考えたら損な事じゃない。
  支払いは当然私。
  アリス達とは別れた。アリスとヴィラヌスはコロールに帰ったのか、シェイディンハルで別の仕事を受けているのかは知らないけど
  別れた。シェイディンハルで仕事中のアン達にも用事が終わり次第戻ってもいいと言ってある。合流する必要はない。
  さて。
  「それで?」
  もう一度言うと物乞い達は飲み食いを止める。
  何故物乞い達を雇ったか?
  一説では各都市にいる物乞い達は都市伝説的な存在である義賊グレイフォックス率いる盗賊ギルドの情報源であるとされている。
  真相は知らない。
  しかし、路上で生活し、怪しまれずに街で話される情報を拾い集めるのには長けているのは確かだ。
  だから雇った。
  口々に話し始めるものの、あまり大した内容ではない。
  見当違いだったかな。

  すると……。
  「レイニル・ドララスという男だ」

  そう発言したのはジョルクという物乞いだった。
  通称《落ちこぼれのジョルク》。
  ……。
  イジメ以外の何物でもない通称だ。
  さて。
  「どんな奴?」
  「最近ブルーマに来たんだ。……そう、レディが俺達に情報収集を頼んだ翌日だ。ブレイドン・リリアンという男が吸血鬼だと騒ぎ立て、
  殺しちまった。だけど信じられないよ、そんな話。ブレイドンは良い奴だったんだ」
  「殺した?」
  「ああ」
  「ふむ」
  入れ違いか。
  私の所為?
  いや、そうは思わない。
  私は神じゃない。
  悪意を取り除き、無辜の民の一人一人を助けて歩いて回れるほど万能じゃあない。……善人じゃないしね。くすくす♪
  ともかく的は絞れた。
  吸血鬼ハンターのレイニル・ドララス。
  吸血鬼ブレイドン・リリアン。
  この二人を調べてみよう。一応は前進だ、幸先は悪くない。
  物乞い達一人一人に約束していた成功報酬を支払う。前払いの分を合計すると金貨30枚だ。まあ、悪い額じゃないでしょう。
  ジョルクには色を着けておいた。
  「皆ありがとう。約束の報酬よ。温かいご飯食べて、お酒飲んで、服でも買いなさい」



  ブレイドン・リリアンの家を物乞いに聞き、私は向かった。
  ノックもせずに私は家に入る。
  吸血鬼であるブレイドンは死に、空家だと思っていたのだ。しかしそれは違った。
  泣き崩れる年配の女性と、衛兵が2人いた。
  事情聴取だろうか?
  じゃあ、あの女の人はブレイドンの……血縁か、奥さんか。
  ベッドには男性が横たわっていた。
  シーツを染める真っ赤な血。
  ……あの横たわっているのが例の吸血鬼ブレイドンか。

  「入ってくるんじゃない」
  室内に入ると、衛兵に止められた。兜を被っていない。兜を被っていない=衛兵隊長。一概にはそうも言い切れないけど、
  大抵はそうだ。既に検分が始まってる。衛兵が介入しているのか。
  厄介かも。
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。帝都に本部がある吸血鬼ハンター支援組織《高潔なる一団》のメンバーよ」
  「……また吸血鬼ハンターか」
  「レイニル・ドララスは?」
  「お仲間かい?」
  「違うから本部から特命を受けて捜索してるの。本物の吸血鬼ハンターかは疑わしいのでね」
  「……」
  「協力し合えると思うけど?」
  「……」
  彼の無言から推測すると、レイニルは既にいないのか。
  彼もまた疑ってる。
  吸血鬼だから殺したのか、吸血鬼狩りの名の元に行った殺人なのか。
  「カリウス・ルネリアスだ」
  「よろしく」
  「ここ数日の間に2人消息が不明になった。そして2体の死体が出た。首には牙の跡。我々は吸血鬼の仕業だと思った。途方に暮
  れたよ。吸血鬼は不死身で無敵だ。我々では討伐できない」
  「ふぅん」
  吸血鬼の伝承は様々だ。
  ブルーマではそういう風に考えられているらしい。
  「そこで運良くレイニルが現れたんだ。吸血鬼ハンターを名乗る彼に我々は協力を要請した」
  「……それって怪し過ぎるタイミングじゃない?」
  「どういう経緯でブレイドンが吸血鬼だと判明したのかは私には分からない。ともかくブレイドンは死んだ。退治されたんだ。だが私の
  直接の上司のバード隊長は疑いを持っている。それで私は密かにレイニルの事も調べているのさ」
  「ふぅん」
  ブルーマ衛兵隊には切れ者がいるらしい。
  バード隊長か。
  当然会った事ないけどなかなか良い観察眼だと思う。
  レイニルは怪しい。
  泣き崩れる女性に視線を移し、問う。
  「あの人は誰?」
  「奥さんさ。幸い買い物に行ってたんで退治の現場には居合わせなかった。……可哀想に。ご主人が吸血鬼だと知らなかったんだ」
  「ふぅん」
  気付かなかった?
  そんな事あるわけ……あるか。
  ローズソーン邸にいる吸血鬼の義兄を思い出す。メイドは気付いていない節がある。
  まあいいけど。
  「これが全ての内容だ。申し出はありがたいが、事件は解決だよ」
  「ブレイドンの退治には立ち会った?」
  「いや」
  「そこは大切なところじゃない? 何はともあれ、レイニルの居場所を探さなきゃ」
  よくある手だと思った。
  聖職者が資産家の女性を魔女に仕立てあげて殺し、私欲を満たす為に財産を没収したという話だってあるのだ。
  本物の吸血鬼ハンターか疑わしい。
  ……。
  もちろん吸血鬼だからといって無条件に殺していい理由にはならない。
  血酒を飲んで吸血行為をせずに生きている吸血鬼だっている。
  帝国の法律がそもそもおかしいのだ。
  さて。
  「ブレイドンはどんな人?」
  「良い奴だったよ。彼は最高の友人だった。……だが吸血鬼は相手を騙し、欺く術に長けている。皆騙されてたんだ」
  「レイニルの印象は?」
  「凄い奴だよ。たった一日で吸血鬼を探し当てるんだもんな。バード隊長には悪いが、これは解決した事件だよ」
  一日でねぇ。
  死人に口なし。生きているレイニルを誰もが信じるだろう。
  吸血鬼ハンターを自称していなければ衛兵達も疑うだろうけど、吸血鬼や吸血鬼ハンターを人知を超えた世界的に捉えている
  から的確な捜査も出来ず、うやむやの内に事件は終わろうとしている。
  ……。
  高潔なる血の一団の元締めローランドからの依頼。
  既に報酬は受け取っている。
  途中で投げるわけにも行かないか。
  「奥さんに話を聞いても?」
  「構わんよ。ただ死体には触れるな。吸血鬼になっちまうからな」
  この辺りではそう信じられてるみたい。
  まあ、いいけどさ。
  ちなみに吸血病は死体に触ったところで感染しません。そもそも死んだと同時に体内の菌も死滅する。
  いちいち講義する気はないけどね。
  奥さんに話し掛ける。
  「お悔やみ申し上げます」
  「こんな事が起きるなんて信じられないわ」
  アルライン・リリアンはそう呟いた。
  とりあえず私は自分の役目を話した。高潔なる血の一団のメンバーである事、レイニルが偽吸血鬼ハンターの疑いがある事を。
  アルラインは私は手を掴む。
  「お願い助けてっ! 夫は吸血鬼なんかじゃないわっ! 馬鹿言わないでっ! なのに誰も私の話を信じてくれないのよっ!」
  「落ち着いて話して。じゃなきゃ、力になれないでしょ?」
  「私は夫を心から愛していました。彼をこんな形で失うなんてどうしても納得出来ない。私の力になってくれませんか?」
  彼女は頭を下げた。
  こういう状況は予想していなかったものの、何とかしないといけないのは分かってる。
  ローランドの沽券に関わる。
  私も名誉会員だから、所属している組織が悪く言われるのは困る。
  ……。
  なお闇の一党に所属していたのはスルーでお願いします。
  さて。
  「何もかもがあっという間で、私にはどうしていいのか分からないのよ」
  「何があったの?」
  「私が買い物から帰ってくると、ドアが開いていたわ。そしてダンマーの男が夫の死体を見下ろしていたの。私は叫び声をあげて外
  に飛び出したわ。衛兵隊が側にいたからすぐに来てくれたわ」
  「それで?」
  「衛兵隊は彼は吸血鬼ハンターで、捜査に協力してもらっていたと言ったわ。そしてダンマーは……レイニルは、夫が吸血鬼だから
  退治したと言ったのよ。衛兵隊は家を家捜しした。そしたら地下室から死体が出てきたのよっ!」
  「ブレイドンを信じてる者はいない。極めて不利よ? それでも、信じる?」
  「これは罠よ、きっとそうよっ! だって……っ!」
  「ええ分かるわ。仮に吸血鬼だとしても死体をわざわざ地下に隠す馬鹿はいない。そんな証拠残すはずがない」
  「そ、そうでしょうっ!」
  「ええ」
  「夫が不利なのは、昼間外で見た人がいないからというのもあるの。でもそんなの当たり前なのよ、夫は夜働いて昼は寝ているの。
  そんな人間たくさんいるわっ! なのにどうしてそれが吸血鬼の証拠になるの?」
  「ならない」
  それが吸血鬼の証拠になるなら深夜番の兵士は全部吸血鬼だ。
  私が思うにこの街の衛兵は今まで吸血鬼に関わった事がないのだろう。
  つまり薄気味悪い事件をとっとと解決にしてしまいたいのだ。
  「……私、レイニルを昔どこかで見た気がするのよ。それがどうしても気になる」
  「ふぅん?」
  考え込むアルライン。
  過去に会っている?
  まあ、そこは私の問題ではない。今のところの最大の目的はレイニルとの接触だ。
  それ以上でも以下でもない。
  衛兵隊長は沈痛そうに呟いた。
  「アルラインはかなり動揺している」
  「そうね」

  「もちろん理解出来るよ。私だって愛する者が吸血鬼だと言われて殺されれば取り乱し、吸血鬼ハンターを憎むだろう」
  「本当の吸血鬼ハンターなら、それは仕方ないでしょうね」
  「レイニルの身元は調べてある。保証するよ、奴に前科はない」
  「前科がある者だけが殺しをするわけじゃあない」
  「……」
  「違う?」
  「……そう、だな。私もバード隊長に言われた手前、このままでは引き下がれん。いずれにしてもレイニルともう一度会う必要がある。
  君には正式に捜索の権限を与えよう。衛兵達にも協力するように言っておく」
  「権限だけでいいわ。公式に捜索出来る権限だけで。衛兵は要らない」
  探偵的仕事に意向。
  問題はない。
  なんたってアンの《自慢の妹は名探偵♪》なんだからね。どんな難事件もスパっと解決してあげましょうか。


  オラブ・タップ。
  再び戻ると、既に物乞い達はいなかった。もう一仕事頼もうかと思ったのに残念。
  お金?
  問題ないわ。結構稼いでますのでね、私。大分蓄えがある。
  店主のオラブに聞いてみようか。
  酒場の主人は情報通はロープレの常識だ。
  「ハイ。唐突だけど、ブレイドンって知ってる?」
  「ブレイドン? 奴とは最近昼間に会ったよ。最近感染したならともかく吸血鬼だとは思えないな。……良い奴だったよ」
  「知り合いだったの?」
  「ああ。レイニルに殺されたと聞いた時は頭が真っ白になった。……今、改めてあんたに聞かれて疑問を感じているんだ」
  「そう」
  「何だってそんな事を?」
  「レイニルを調べる為にこの街に来たのよ」
  「……そ、そうなのか。だったら先に言ってくれたらいいのに。喜んでワシも協力するよ」
  「……?」
  「レイニルはここに部屋を借りている。こいつが鍵だ。今は外出してるから部屋に入ってみるといい。何があるかは知らんけどね」
  「……いいの?」
  「ワシはブレイドンとアルラインとは仲が良いんだ。良い夫婦だよ。ワシだってブレイドンが吸血鬼だなんて思っちゃいないさ。真相を
  突き止めて欲しい」
  「ありがとう」
  どこにだって人情に厚い人はいる。
  私はオラブに感謝し、レイニルの部屋に向かった。


  レイニルは確かにいなかった。
  ……。
  ……しかし、私の借りてた部屋の隣?
  すぐ側に目的の相手がいたのか。まあ、私は神じゃないし預言者でもないので分かるわきゃないか。
  ガサゴソ。
  部屋を漁る。
  店主の許可があるとはいえ、借りてる時点でレイニルに権利がある。つまり私の行為がレイニルに発覚すれば、オラブ自身も告発
  される対象になるのだ。にも関わらず手助けしてくれたオラブに感謝。
  まあ、告発されたら私は逃げるけどね。
  「何だこれ?」
  タンスと壁の隙間に何か挟まっている。
  抜き取って見ると一冊の本。
  ……いや。
  「日記」
  内容は日記だった。
  しかし解せないのは《ゲレボーン》という名が記されている事だ。
  「ゲレボーン?」
  日記にはそう署名されている。
  誰だろう?
  ともかく読んで見る。

  『ここは静かでまるで廃墟自体が遠い昔に滅んだアイレイドの民に敬意を表しているようにも思える』
  『今のところは我々に危害を加える者には会っていない』
  『しかし恐れるものなどない』
  『闇の一党はこれまでにも様々な苦難を乗り越えているのだ』
  『ブレイドンは今回の秘宝探索の任務の為に、高い金を払って万全な準備を進めていた』
  『今回こそ失敗に終わらなけれればいいのだが』
 
  「……闇の一党、か」
  どういう経緯で秘宝探索の任務が与えられたかは知らないけど……昼間見た人間がいない。なるほど、暗殺の本分は夜。
  ブレイドンは暗殺者か。
  世の中妙な展開がお好きらしい。
  ペラペラ。
  余計な部分を省略して、先のページを捲る。

  『我々は任務を達成した』
  『しかしブレイドンはこれは闇の一党に渡すべきではないと主張した。危険過ぎる代物だからと』
  『私とレイニルもそれに同意した』
  『ブレイドンの言うように危険を招く代物を世に出す事は出来なかったし、本当の価値が分かるまでは手元に置いておく事にした』

  『ブルーマ近くの洞穴に隠した』
  『三つの鍵がなければ開かない宝箱に隠した。私、ブレイドン、レイニルのそれぞれで鍵を一つずつ所有している』

  『この夜、我々はブレイドンの家で楽しく酒を飲んだ』
  『我々の今回の冒険を歌にして歌った』

  日記の内容を纏めると、ブレイドンには仲間がいた。
  ゲレボーンとレイニルだ。
  つまりは……そういう事か?
  秘宝を巡る争いか。
  ありえる話だ。
  オラブに聞いて見る。
  「ゲレボーンって知ってる?」
  「ゲレボーン? レイニルの言う話では最近狩った吸血鬼の名前らしいが何故知ってるんだい?」
  「吸血鬼だったの?」
  「ああ。そうらしい。……スキングラードのどこかに住んでいたと聞いたな」
  「スキングラード」
  「ブルーマの衛兵達がレイニルを信用したのはその所為だな。スキングラードの衛兵からレイニルの手柄話を聞いたからだろう」
  大分要点が絞れてきた。
  カリウス隊長に報告するか。


  市内を巡察していた衛兵に隊長の居所を聞くと、まだブレイドンの家にいるらしい。
  行ってみた。
  部屋に入るとカリウスとアルラインだけだった。もう一人の衛兵がいなくなっている。死体も消えていた。運び出したのか。
  アルラインに聞いてみた。
  「ゲレボーンって知ってる?」
  「ええ。知ってるわ。確か……そう、夫の冒険者仲間よ。一度だけここでお酒を呑んでいた事があるわ」
  「2人で? もう1人いなかった?」
  「ダンマーがいたような……えっ? まさか……」
  「多分そういう事よ」
  どこかで見た事がある。そう彼女は言った。
  つまり秘宝を探し終えた後にゲレボーンとレイニルはここを訪れているのだ。
  見知ってて当然。
  「カリウス隊長。ゲレボーンって知ってるわよね?」
  「ああ。レイニルの素性を調べた際に、奴はスキングラードに問い合わせてみろと言ったんだ。スキングラードの衛兵に問い合わせ
  たところ、ゲレボーンという吸血鬼を退治した実績があると返答された。それで我々は信じたんだ。バード隊長は違うみたいだが」
  「そのバードって人が正しいわね」
  「何故そう言い切れる」
  「ゲレボーンの日記があるからよ。レイニルが借りてた部屋にあったわ。仮にゲレボーンとブレイドンが吸血鬼だとしても、レイニルと
  2人は顔見知り。秘宝を巡った裏切りという筋書きもありえるんじゃない?」
  「……」
  「違う?」
  「……私の所為だな。ブレイドンの死は、私の責任だ。私は、辞職すべきだ」
  「やるべき事をやってからよ。それが責任でしょう?」
  「その通りだ。衛兵を総動員するっ! レイニルめ舐めやがってっ! 一時間後にオラブ・タップで会おうっ!」


  オラブ・タップで私は待機していた。
  街は騒然となっていたのは屋内からも分かった。本当に衛兵を総動員したのだろう。
  レイニルは部屋には戻ってこなかったとオラブは言った。
  部屋には荷物が置きっ放し。
  逃げたと見るべきか。
  一時間後。
  意気消沈したカリウス隊長は私を見つけ、弱々しく微笑んだ。
  「残念な話だ」
  「顔色を見れば分かるわ」
  「レイニルに逃げられた。街を出て西に向かったそうだ。追撃させたが山中で撒かれた」
  「近くの洞穴はどこ?」
  「ボリアルストーン洞穴だ。日記から推測すると、奴はそこに向かっているに違いない。奴が秘法を手に入れて逃げる前に何としても
  先回りする必要がある。外は吹雪いて来た。レイニルは徒歩。馬で行けばまだチャンスはある」
  「そうね」
  シャドウメアの脚力ならまだ追いつける可能性はある。
  私は一人で追撃する旨を伝えた。
  「……そう言うと思ったよ。君に頼む。もう、君しかいない」
  「レイニルとグルかもしれないわよ? 合法的に逃げる為の甘言かもよ?」
  「私は君を信じている」
  「……まっ、期待には添えるように頑張るわ」
  信じられると弱いんだよなぁ。
  裏切れなくなっちゃうじゃないの。まあ、レイニルに付く気はないけど。
  さて。
  「行くかな」





  外は吹雪だった。
  不死の馬シャドウメアは吹雪など物ともせずに走り続ける。
  ……私は危うく凍え死ぬところだったけど。
  しかしこれは幸運の吹雪だ。
  レイニルの足を止めれるはず。今頃は洞穴内なら、洞穴に閉じ込められている形になっているはず。
  こんな吹雪で洞穴の外に出る馬鹿はいない。
  衛兵隊だって遭難を覚悟で追撃するわけがない。レイニルはそう踏んでいる。
  悪いわね。
  「私みたいなお人よしがいるもんでね」
  「ふん」
  ボリアルストーン洞穴でついにダンマーの男を追い詰めた。
  自称吸血鬼ハンターのレイニル・ドララス。
  「おめでとう。遅かれ早かれ追っ手が来るとは思っていたよ。あの日記をうっかり忘れるだなんて俺も馬鹿なミスをしたもんだ」
  「うっかり八平衛もびっくりね」
  「あんたが何か嗅ぎ回っているのに気付いてね。ブルーマから逃げたわけさ」
  レイニルはミスリル製の防具を身に纏っていた。
  凄いのは武器だ。
  希少の鉱物である碧水晶製のクレイモアを装備している。
  武具に金掛けてるわね。
  ……。
  まあ、私の装備しているのは何の変哲もない鉄の鎧だけど、魔法を掛けてあるから強度はミスリルよりも高い。
  金より魔法を掛ける。
  これは魔術師内では定説。事実、魔法はお金以上の効果を生み出すのだ。
  だから大金注ぎ込んだゴージャスなだけの装備したところで怖くない。
  さて。
  「あんたが何者かは知らんが、まあいいさ。あんたを殺せば吸血鬼ハンターを装う必要はなくなる」
  「つまり偽者ってわけだ。高潔なる血の一団にはそう報告しておくわ」
  「高潔なる……ああ、お前は本物の吸血鬼ハンターってわけか」
  「そういう事」
  「ここでほとぼり冷めるまで身を潜めていようとは思ったが……あんたを甘く見ていたよ。だけど問題はない。日記は読んだはずだ。
  俺は闇の一党の暗殺者。殺すぐらいわけないさ。泣き喚いても誰も来ないぜ?」
  「私脅してんの? それ笑える」
  一応、私は闇の一党の聞こえし者。
  闇の一党の最高幹部。
  ただ、こいつはここ最近の闇の一党関連とは関係ないだろうと思う。
  何故って?
  一人で馬鹿みたく喧嘩売ってくるからよ。
  「投降する気は?」
  「俺には二つの選択肢しかない。あんたを殺して自由を手にするか、牢の中で腐るか。……ふん。迷わず自由を選ぶよ」
  「そりゃ結構。お前殺すよ」
  「ああ、あんたもそれしかないよな。どっちにしてもここから出られるのは1人だけ。幸運を祈るよ」
  バッ。
  それと同時に斬りかかって来る。
  ふん。小賢しい。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  受け止める。
  今度はこっちの番だ。
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「くっ!」
  「ほらほらどうしたの? そこっ!」
  適当にあしらい、必殺の突きを繰り出す。それは狙い違わず相手の右肩を貫いた。
  破邪の剣は雷属性。
  刺された瞬間、雷が全身に走る。
  その場にレイニルは崩れ落ちた。しかしなかなかにタフ。まだ死んじゃいない。
  「闇の一党だったよねあんた」
  「く、来るなぁっ!」
  「最高幹部である聞こえし者に喧嘩売るなんて大した事してくれるわ。お前殺すよ」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」





  ブルーマに舞い戻った。
  カリウス隊長に報告すべきかと思ったものの、まずは夫人に報告するべきだと思った。
  私にだってそれぐらいの感傷はある。
  「レイニルは死んだわ」
  「彼が死んで嬉しいわ。……酷い言い方かもしれない。でも、貴女なら分かってくれるでしょう?」
  「ええ。もちろん」
  人は死を悲しむ。
  しかしそれと同時に喜びもする。矛盾するのは、仕方のない事?
  私には分からない。
  私だって、自分を天使で悪魔だと思ってる。二律背反。でも私はこうして存在している。
  矛盾は人の定めなのかもしれない。
  さて。
  「アルライン。これを」
  何の変哲もないアミュレットを手渡した。
  薄汚れたガラクタにしか見えない。
  これが秘宝。
  あの宝箱に入っていたのはこれだけだ。つまりはこれが秘宝なのだろう。
  こんな物の為に3人死んだ。1人は死んで当然の相手だからいいんだけど……悲しい幕切れね。
  こんな物の為に死ぬなんて。
  アルラインは私の顔をじっと見て、それから静かに微笑んだ。
  「今から貴女にお見せするモノは決して誰にも見せていけないとブレイドンに約束したものです」
  「……?」
  何を言っているのだろう?
  「でも貴女は夫の無念を晴らしてくれた。仲間のゲレボーンの無念も。……約束を破る事を、夫も許してくれるでしょう」
  「何の事を話しているの?」
  「夫は私にだけ、このアミュレットの秘密を話してくれたの」
  「秘密?」
  「実のところ夫は仲間を信用していなかった。それであの洞穴に秘宝を隠す前に魔法を施したの」
  「魔法を?」
  「その魔法はアミュレットの真の力を隠すものだった。たった一言の合言葉でこのアミュレットは真の力を取り戻すわ」
  魔法で真の効力を封じていたのか。
  レイニルはそれを知ってはいなかった節がある。
  ブレイドンは死を間際にしても語らなかったのだろう。つまりあのままレイニルが秘宝を手にしていても意味がなかったわけだ。
  ブレイドンもなかなかの策士だ。
  「合言葉はブレイドンが死に、私もまた死ぬ時に仲間達が生き残っていた場合にのみ伝達するように言われていたの」
  「……」
  裏切らず、信じ合っていれば、ブレイドンは秘宝をレイニルとゲレボーンに譲り渡すつもりだったのだ。
  皮肉な幕切れね。
  「仲間」
  アルラインがそう呟くと、アミュレットは光り輝き始めた。
  強力な魔力を感じる。
  ……。
  まあ、世界を脅かすほどのものではないけど。
  それでも売れば働く必要はないのは確かだ。それだけでも充分に価値はある。売るつもりはないけどね。
  てか私にくれるのだろうか?
  まあどっちでもいいけど。
  「この合言葉こそ、夫が真に欲していた秘宝だった。……ああ、アミュレットに本来の美しさが戻ってきたわ」
  彼女はそう言って私の手にアミュレットを押し付けた。
  にこりと微笑して彼女は頭下げる。
  「心の底からに感謝しています。そのアミュレットが貴女の歩む旅路のどんな困難からも護ってくれる事を願います」
  「ありがとう」
  アミュレットは私の手の中で輝いていた。


  「ごめんなさい。先にアルラインの方に行ってたわ」
  オラブ・タップで待っていたカリウス隊長に私は詫びた。
  ……。
  それよりもなんでこの人はここで待ってるわけ?
  詰め所にいればいいのに。
  「レイニルは?」
  「死んだわ」
  「そうか」
  しばらく黙る。
  彼を使った事が今回の事件の始まりだった。カリウスは自分を責めているのだろう。
  それでも私がいなかった間の経緯を話してくれる。
  良い衛兵だとは思う。
  まともな方よね。
  「ゲレボーンに関しての記録を修正するようにスキングラードに通達しておいた。ゲレボーンも吸血鬼ではなかったのだから名誉は
  護ってやらなければならない。私が出来る精一杯の償いだ」
  「あなたはやるべき事をやったわ」
  「いや。全ては君のお陰だ。正義は成された。本当にありがとう」
  「別にいいわ。私は私の仕事をした、それだけの事よ」
  「今度バード隊長を紹介しよう。きっと気が合うはずだ。あの人もあんたみたいに高潔な人さ」
  「ふぅん」
  今回はやけにその名を聞くわね。
  いつか会えるかな?
  少し興味ある。
  「衛兵隊長は、辞めない事にした。アルラインがこんな悪質な事件を二度と起こさない為にも、辞めるべきではないと言ったのでな。
  辞める事で責任を取るつもりだったのだが、それは逃げるだけだと言われてね」
  「そうね。まっ、しっかり頑張りなさいな」

  「君も法の番人にならないか? 君なら喜んで推挙するよ。ははは」










  帝都のローランドに宛てた手紙。

  『偽吸血鬼ハンター事件解決』
  『レイニル・ドララスは死亡。吸血鬼ハンターを名乗った悪質な連続殺人犯だと判明した』
  『今回の件を教訓に対策を練るべきだと思います』
  『追伸。今度からは捜査すべき相手の名前も明記する事。余計な手間が掛かるしお金も掛かる。必要経費を請求しない私の
  寛大な心に感謝するように。また何かあったら連絡をくれれば対処する。……暇な時に限るけどね』
  『フィッツガルド・エメラルダより』