天使で悪魔





ダイビングロックの恐怖





  ゴブリン退治は終わった。
  シェイディンハル支部に戻ると、新しい任務が与えられた。
  受けるかどうか迷ったもののヴィラヌスは即答で引き受けてしまった。まあ、あまり長引かなかったらいいかな。
  あまり長引くと、おば様への言い訳が成り立たなくなる。
  一応ヴィラヌスは剣術修行の旅に出てるわけだし。期間は短期。
  長引くとまずい。

  依頼の内容。
  依頼人は山岳協会。
  帝国の管轄機関ではなく、民間の団体で登山者の支援が目的の組織。
  遭難者の救助も山岳協会の仕事だ。

  山岳協会からの依頼はダイビングロックの恐怖を取り除く事。
  ダイビングロックは知ってる。
  シロディール地方で最高峰の山脈だ。頂上からは遥か遠くまで一望出来るという。
  そこに出る化け物の討伐。それが任務。

  ……ダイビングロックの恐怖と呼ばれる魔物は、どんな化け物だろう……?







  「黒の乗り手のシェイディンハル支部の支部長が金を持ち逃げして逃げやがった。俺達は追跡するから加われん」
  「がっはははははははっ! 狩りだ狩りだハッピーハッピーハンティング♪」
  「フィー浮気したら駄目だからね?」
  テイナーヴァさん。
  ゴグロンさん。
  アントワネッタ・マリーさん。
  3人と別れ、あたし達は北上した。向かう先は北方都市ブルーマ。一度白馬騎士団の任務で行った事がある。
  ここで雪山踏破の装備を整え、あたし達はダイビングロックを目指す。
  フィッツガルドさんは同行してくれた。
  ……。
  正確には、偽吸血鬼ハンターがブルーマ方面に行ったという情報を聞いて移動したに過ぎないんだけどね。
  ブルーマに着くなり、フィッツガルドさんは物乞い達にお金を握らせて情報収集に当たらせた。
  情報が集まるまで暇だというので、彼女も手伝ってくれる事になった。
  嬉しいなぁ。
  フィッツガルドさんがいれば百人力だ。
  そして……。


  ひゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。
  雪は降ってはいないものの、雪山を登るのはかなり骨が折れる。傾斜がきつい。
  寒いのに関してはあたしは平気。
  ただ……。
  「寒いよーっ! 寒いよーっ!」
  「ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  フィッツガルドさんは寒がり。
  ヴィラヌスは異常なテンションで、高笑いばっかしてる。
  大分登ったな。
  今、何合目ぐらいだろう?
  「うわぁ」
  見上げて見ると、果てしなく高い。
  足元は不安定だし滑りでもしたらそのまま真っ逆さまだ。
  気をつけなきゃ。
  生き物の類は見当たらないけど、植物は存在している。どんな苛酷な環境にあろうとも適応している植物は偉大だと思う。
  雪。
  風。
  どれをとっても、人間を超えている。
  この山を仕切ってるのは人間じゃない。悠然で雄大な自然だ。
  登山者の気持ちは分からないけど、そういう自然に対する敬意の証としての意味があるのであれば親近感が生まれるなぁ。
  登る。
  登る。
  登る。
  あたし達はあまり無駄口を叩かずに、一歩一歩確かな足取りを感じつつも前進し、登って行く。
  油断は命取り。
  自然を舐めたら大怪我するのだ。
  ひゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。
  風が吹き荒ぶ。
  冷たい空気。
  んー。気持ち良いなぁ。
  「フィッツガルドさん。気持ち良いですね。ひゃっほー♪」
  「……テンション高いわね」
  「ひゃっほー♪」
  「……」
  そういえば白馬騎士団時代にこっち方面に来たけど、緑色の友人も寒がりだったなぁ。
  天上天下唯我独尊な騎士マゾーガ卿。
  あたしの心の友だ。
  ……。
  今頃どこで何してるんだろ?
  シシリー卿もオーレン卿も、皆元気だといいなぁ。
  さて。
  「山登り山登りぃー♪ ひゃっほー♪」
  「……ヴィラヌス。ここは手を組んであの子の口を塞がない? 聞いてると腹立ってきた」
  「……承知した」



  空に近づいたと思った。
  青空がすぐ目の前に広がっていた。
  ダイビングロックの頂上は、シロディールを見下ろしている。
  ここは神の領域だ。
  あたし達はダイビングロックを踏破した。



  そこにキャンプが張られていた。
  荷物が置きっ放しだ。
  最初は山賊の類のテントかと思っていたものの、山賊がここにテントを張る理由はない。
  確かに登山者を襲うには都合がいいかもしれない。
  さすがにここまで帝都軍巡察隊は来ないけど、登山者襲ってもあまり良い事はないだろう。
  登山者が金品を持ってる事はまずない。
  略奪出来るものは食料のみ。
  山賊が食料だけ目当てでここにテントを張るだろうか?
  ……。
  うーん。
  ないと思うけどなぁ。
  「おいアリス。なんかあるぞ」
  ガサガサ。
  荷物を勝手に漁り出したヴィラヌスが一冊の本を取り出した。
  他の荷物は食料だけだ。
  ……。
  あっ。
  遭難した登山者の遺したテントなのかもしれない。
  ヴィラヌスから本を受け取る。
  ペラペラ。
  捲って見ると、内容は日記だった。
  読んでみよう。

  『かつてウダーフリクトと呼ばれた化け物がいた』
  『英雄に倒されはしたものの、私の妻であるスヴェンジャの心は癒える事はなかった。その化け物は彼女の仲間を皆殺しに
  したのだ。彼女は時折、眠っている時に絶叫を上げる。心の傷は癒えないのだろうか?』

  『私は妻の精神的な苦痛を取り除く為に、ウダーフリクトの事を調べ始めた』
  『英雄の消息は不明』
  『ウダーフリクトはどこから来たのだろう? 仲間はいるのだろうか? いるとしたら再び襲ってくるのだろうか?』
  『私はタムリエル中の名のある探検家や冒険者に手紙を出した』
  『その結果、ウダーフリクトには仲間がいる事が判明した』
  『妻を今なお悪夢に縛っているウダーフリクトは、遥か昔に始祖から生み出された一体らしい』
  『妻との生活を取り戻す為には、始祖を、母親を倒す必要がある』

  『各地を旅した』
  『スカイリムに立ち寄った時、ウダーフリクトの母親を見たと羊飼いが証言したのだっ!』
  『一路シロディールにっ!』

  『国境を越えて帝国領に入った時、我々は地元の猟師に警告された』
  『この山脈にはダイビングロックの恐怖と称される化け物が住んでいるらしい。そいつがウダーフリクトの母親ではないかという疑問
  が私達の中に芽生えた』
  『英雄が倒したウダーフリクトの子供とは違い、母親の方は各地を徘徊している為に今まで倒される事も発見される事も捕われる事
  もなく生き延びて来たのではないだろうか?』

  『ダイビングロックにキャンプを張った』
  『ここはシロディールで最も高い天然の展望台と言われている。そんなわけで私達はここに数日留まり、監視している』
  『近くにいる気がする。直感だ。勘の鋭いスヴゥンジャもそれを感じ取っている』
  『我々はウダーフリクトの母親が側にいることを確信していた』

  『女戦士として名を馳せていたスヴェンジャは、日記を書く私を日頃から女々しいと断言する』
  『しかしこれはウダーフリクトの母親退治の大切な記録になるのだ』
  『今も不機嫌そうに私を見ている彼女ではあるが、これだけは書き記しておきたい。見張りを始めて三日目にしてとうとうウダーフリクト
  の母親を肉眼で確認した。巨大な……いや、巨大過ぎる化け物だっ!』
  『しかし臆する事は出来ない』
  『奴を倒し妻に自由を。そしてダイビングロックの恐怖を今日終わらせるのだっ!』

  『……恐ろしい事になった……』
  『全力で戦いを挑んだもののスヴェンジャが……私のスヴェンジャが……』

  『あっという間だった』
  『愛する妻は奴に殴り殺された』
  『情けない話だが私は逃げてしまった。必死で逃げてこのキャンプまで逃げ戻ってきた』
  『時間がない』

  『奴は執拗に追ってくるだろう』
  『このキャンプを襲うのだって、既に時間の問題だ。どの道逃げられないのであるならば』
  『勇敢に戦おう。戦って死のう』

  『そして私が死んだならば』
  『その時は、私の可愛い花嫁と再び再会できるのだ。ソヴンガルドの黄金の家で』

  『これをあなたが読んでいる時、私は既にこの世にはいないだろう』
  『私にはなかった運があなたには宿りますように』

  『信念の強き者アグナー』

  「……」
  あたしは無言で日記を閉じた。
  いつ書かれた日記かは知らないけど、おそらくは日記の主であるアグナーは生きていない可能性が高い。
  今回の任務の目的は《ダイビングロックの恐怖》を倒す事。
  つまりここに巣食う化け物の討伐が目的だ。
  その化け物の名がウダーフリクト。
  どんな化け物なんだろ?
  「フィッツガルドさん。ウダーフリクトって知ってますか?」
  「ウダ……何?」
  「ウダーフリクト」
  「さあね。聞いた事ない」
  肝要な部分のページを開き、フィッツガルドさんに見せる。
  黙読し、首を振った。
  「やっぱり知らない」
  「そうですか」
  「多分何かのモンスターの名前じゃない?」
  「それは分かって……」
  「いや。そういう意味じゃなくて。つまりは……んー、正規の呼称じゃなくて民間的な呼び方だと思うのよ」
  「ああ。なるほど」
  つまり。
  つまりは、正式名称がミノタウロスでも、別の地方ではウダーフリクトと呼ばれてる……みたいな感じだろう。
  今のはあくまで例え。
  ウダーフリクトがミノタウロス、と断定しているわけじゃない。
  ……。
  だけどその場合、想像のしようがないな。
  まあいいや。
  巨大なモンスター、それがウダーフリクト。それ以上の連想出来ない。
  「どうしましょう?」
  「私は付き添いだから。アリスが決めて」
  「そんなぁ」
  またかぁ。
  責任ある立場が嫌なんじゃない。フィッツガルドさんみたいな熟練の人の前で色々と仮定し、論じ合うのが嫌。
  だって恥ずかしいじゃないの。
  自分の思慮のなさや知識の低さが見られるみたいで。
  「おいそんな女に頼る必要はないだろうが」
  ヴィラヌスだ。
  ……お願いだから言葉遣いもう少し改めてよー……。
  フィッツガルドさん、本気で強いんだから。
  しかも怒ると怖い。
  「今回のあたし達の任務はダイビングロックの恐怖の討伐。ここに野営し、敵を待ちます」
  


  2時間後。
  アグナーさん達のキャンプをそのまま引き継ぐ形で、あたし達はここに布陣した。
  食料が乏しくなる前には撤退しようと思う。
  遭難したらただの笑いものだ。
  そういう意味ではダイビングロックの恐怖よりも、自然環境の方が強くて怖い。
  「はぁ」
  フィッツガルドさん、溜息。
  寒いのに弱いらしい。
  確かにここは寒い。……あたしは寒さに強いみたいだから、問題ないけどね。
  何しろ完全に吹きさらしな場所だ。
  山の頂上といっても過言ではない。正確には頂上付近。
  意外に平坦な足場が続いているものの、大立ち回りしたら落下する事は請け合い。あたしは寒さよりも高さの方が怖い。
  足を踏み外せば最後落下する。
  落下=死亡。
  その方程式は崩れそうもない。
  「フィッツガルドさん」
  「何?」
  焚き火の前で、温かいコーヒーを飲みながら震えているフィッツガルドさん。
  そんなに寒いのかな?
  あたしは意外に平気。
  ……。
  むふふー♪
  フィッツガルドさんの弱点発見&あたしの方が勝っている部分を発見♪
  なんか嬉しいなぁ。
  ちなみにヴィラヌスはフィッツガルドさんほどではないものの寒がりで布団に包まっている。
  「あの、相談なんですけど……」
  「連帯保証人にはならないわよ」
  「……」
  「冗談」
  「えっと、この先どうしましょう?」
  正直なところだ。
  討伐に出るべきか、ここで待つべきか。効率としては討伐に出た方がいいけど、遭難の可能性もある。
  それにここはそれなりに広い。
  戦闘をするならここだろう。下手に歩き回って、足場の悪いところで遭遇して戦闘は正直避けたい。
  待ちにする?
  それはそれで手だと思うけど……効率としては悪いだろう。
  率直な意見が聞きたかった。
  「どうしたらいいでしょうか?」
  「待てばいいわ」
  「待つ、ですか?」
  「日記の持ち主と同じ事をすればいい。向こうで見つけてくれるわ。……ここにいるならね」
  「いない可能性なんてあるんですか?」
  「さあ。何とも言えない。でも各地を徘徊しているという記述もあるから、国境超えちゃった可能性も考慮しないとね」
  「なるほど」
  北にはスカイリム。
  さすがに越境してまで追撃する気はない。それにダイビングロックの恐怖を取り除く事がメインだ。
  討伐が最善だけど、ウダーフリクト逃走もまた任務終了になるだろう。
  つまりここから化け物がいなくなりさえすればいいのだ。
  「待ちましょ」
  「はい」
  方針決定。
  ……やっぱり頼りになるなぁ。
  あたしも状況分析能力を早く身に付けなきゃ。


  「……」
  「……」
  「……」
  3人して、それぞれの受け持った方向を監視していた。
  正直暇だ。
  最初は感動した風景ではあったものの、何時間も眺めているとさすがにどうでもよくなってくる。
  監視開始から2時間。
  どんな化け物かは知らないけど、巨大な奴だ。
  どんな奴なんだろ?
  ……。
  ダイビングロックの恐怖。
  出発するまでは知らなかったけど、結構有名な話らしい。
  それをあたしが倒したら?
  くっはぁー♪
  きっとあたしの名は上がりまくるんだろうなぁ。
  英雄への道がまた一歩進んだなぁ♪
  まだ倒してないけど心は既に倒した後の事を考えていた。名言残さなきゃ。それにお世話になった人達への感謝の言葉もしなきゃ。
  なんて言おうかなー。
  くすくす♪
  「ちくしょう。何にも見えやしないぜ。なあ、ガーディアン殿?」
  「……」
  「ちっ」
  「……」
  ヴィラヌスはフィッツガルドさんが嫌いらしい。
  何でだろ?
  まあ、人にはそれぞれ感性がある。あたしはフィッツガルドさんを崇拝するぐらいに敬愛してるけど、それと同じ気持ちをヴィラヌスに
  求めるのは確かに間違っているのであたしは何も言わなかった。
  フィッツガルドさんは敵意を流している。
  大人だなぁ。
  ますます憧れちゃう。
  ……。
  た、ただ、前回同行した時に気付いたけど結構容赦ない人でもある。
  ヴィラヌス斬らないでくださいねーっ!
  「フィッツガルドさん」
  「……」
  「あの……」
  「来るっ!」
  バッ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  突然立ち上がり、剣を抜き放って金属を弾く。
  その金属とは鉄の槌だった。
  動作に掛かったのは数秒だ。あたしとヴィラヌスはようやく反応し、立ち上がりつつ剣を抜いて身構えた。
  「……すげぇ……」
  ヴィラヌスが呟いた。
  瞳には賞賛が宿っているのにあたしは気付いた。
  そう。フィッツガルドさんは強い。
  剣で対抗出来るのは戦士ギルドには……そうだね、ヴィレナおば様ぐらいなものだろう。
  それだけ強い。
  「それでお前何者?」
  「私は……いいや、オイラは……」
  薄汚れたフードとローブを纏う巨漢。オークよりもでかい。
  しかしどこかで見た気がする。
  どこで?
  どこ……。
  「あっ」
  思い出す。
  アンヴィルでの依頼の時だ。ドラッド卿の私有地に押し入ったオーク達のボスだっ!
  ……。
  あれ?
  じゃあ、ダイビングロックの恐怖じゃないね、こいつ。
  まさかアンヴィルまで出張していたとは考えられない。何者だろう。
  フィッツガルドさんは口を開く。
  主導権はフィッツガルドさんの手にある。別にあたし主体の任務でしょ、とは言わない。
  強い人こそがリーダーに相応しいのだ。
  喜んで従おう。
  「お前闇の一党?」
  「オイラはお前を殺しに来た。人間にしてもらう為に」
  「はっ?」
  「オイラは人間になるぅーっ!」
  叫び様に鉄の槌で殴り掛ってくる。あの巨体から察するに腕力も相当なものだろう。どう受けても骨が粉砕される。
  頭に受けたら頭蓋が砕ける。
  ……この場で兜を被っている者はいないけど、兜すら意味が成さないはず。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  本家本元の威力はあたしとは当然桁が違う。
  しかし化け物は踏み止まった。
  受けた瞬間、数歩下がったものの耐えた。
  「へぇ」
  「ぐふふふ。オイラは今、人間的な習慣は捨てているぞ。私などという小奇麗な呼称はせぬ。野獣として殺すぅーっ!」
  「それ笑える」
  「笑う? ……オイラを笑うなっ! 笑うなぁーっ!」
  化け物は吼える。
  ……。
  そう。化け物だった。
  煉獄の一撃で服はボロボロになった。フードも焼けて既にない。素顔は緑色の化け物だった。
  居並ぶ歯は鋭利で骨すら噛み砕きそうだ。
  瞳は金色に爛々と輝き、腕は丸太よりも太い。
  四肢を持った生き物だったのは意外だった。感じとしてはオークに似ているものの、オークじゃない。
  醜悪な化け物だった。
  思わず後退りするヴィラヌス。あたしも内心では恐れ、剣を持ち直す手が震えていた。
  恐怖の象徴だ。
  「怯えるなーっ!」
  化け物は叫ぶ。
  あたし達の行動が気に食わないようだ。
  ……何なのだろう……?
  「気持ちは分かるわ」
  雪の上に剣を捨てたフィッツガルドさんはそう呟く。
  あたしは危険だと叫ぶものの、無視された。ゆっくりと化け物に近づいていく。
  「わ、分かるだと?」
  「ええ。分かる」
  「貴様みたいな人間になるが分かるっ! お前は美しいのに、オイラの気持ちが分かるだとっ! 同情か哀れみかっ!」
  「同情でも哀れみでもない。……同質だから、分かるのよ」
  「でまかせだーっ!」
  「そう叫ばないで。聞こえてる」
  フィッツガルドさんは化け物のすぐ近くで止まった。
  少なくとも敵の攻撃の間合いの範囲内だ。
  「フィッツガルドさんっ!」
  「おい正気かっ!」
  黙殺される。
  敵にその気があれば……当然その気はあるに決まってるか。いずれにしても相手の気分次第で撲殺できる位置だ。
  ……何か策があるんだよね?
  「石を投げられたくない。無意味な嫌われたくない。それが貴方の真意なんじゃないの?」
  「違うっ!」
  「じゃあどうしてそんなに悲しそうな目をしているの?」
  「うるせぇーっ!」
  ガンっ!
  鉄の槌がフィッツガルドさんの頭に容赦なく振り下ろされた。その場に崩れ落ちるフィッツガルドさん。
  ガンっ!
  ガンっ!
  ガンっ!
  そのまま容赦なく連打。
  最初の一撃で致命傷のはずだ。なのにそんなに連打されたら……ちくしょうっ!
  「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  「ぐふふふっ!」
  躊躇した所為だっ!
  あたしが躊躇したからフィッツガルドさんは……ちくしょうっ!
  剣を手に走る。
  ヴィラヌスも同時に走り出していた。
  そして……。
  「毒蜂の針」
  「……ぐぁ……」
  ドォォォォォォォォォン。
  大きな音を立てて、巨漢の化け物は倒れ……はしないものの、肩膝を付いて動きを止める。
  「相変わらずタフね。麻痺が完全には効かないなんてさ。元気してた、エンツェ」
  「な、何故オイラの名前を?」
  麻痺の魔法を叩き込んだのはフィッツガルドさんだった。
  傷はどこにもない。
  そうか、魔法か。何かの魔法を使って無傷で済ませたんだ。相手を油断させる為に、隙を作る為に。
  安堵したものの同時に腹立たしくもあった。
  あんなに心配させてーっ!
  「悪かったわね、アリス、ヴィラヌス。……ふむ。アンコターに貰った竜皮の魔法使えるわねぇ」
  何かの魔法を使ったのは確かみたい。
  魔法って凄い。
  「エンツェ」
  「な、何故オイラの名前を?」
  「昔オーガに非常食として飼われていた友達よ」
  「……フィーか……?」
  「そう」
  2人はしばらく無言で視線を交わしていた。
  それ以上は何も言わない。
  多分、見詰め合うだけで色々と過去が蘇り、色々と語り合っているのだろう。あたしはヴィラヌスを促し、後ろに下がった。
  武器は収めてある。
  襲われたから対抗しているけど、目的の相手ではなさそうだ。
  なら無理に争う必要はない。
  既に相手からは戦意が薄れていた。
  「がっ!」
  ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  大きな音を立ててエンツェが倒れた。
  麻痺が全身に回った?
  違う。
  ……背後から矢で射られたのだ。胸元を貫通していた。
  即死ではないけど、致命傷だ。
  「やったっ! やったぞっ! ダイビングロックの恐怖をついに倒したぞっ! 悲願を果たしたんだーっ!」
  弓を手にした男が叫んでいる。
  ノルドだ。
  一瞬、日記の持ち主ではないかと思った。
  「見事ね。心臓から少しずれてるけどこいつはもう死ぬ。お手柄ね」
  フィッツガルドさんは優しく笑った。
  相手も笑う。
  フィッツガルドさんはトドメを刺しに近づいた男に近づき、手を差し出す。握手を求められたと思った男はその手を握る。
  次の瞬間、フィッツガルドさんは男を引っ張り、そのまま強く押した。
  つまり……。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「……」
  突き落としたのだっ!
  落ちていく男。
  どう考えても即死だろう。しかしあたしは何も言えなかった。
  「……」
  「……」
  あたしとヴィラヌスは何も言えない。
  フィッツガルドさんの情の深さは、あたし達には分からない。
  あたしには……。
  「エンツェ」
  既に瀕死のオークとオーガの混血であるエンツェの手を取り、優しい口調で語り掛けるフィッツガルドさん。
  治療はしていない。
  既に助からないのを知っているのだ。
  フィッツガルドさんは取り乱さない。
  ただ。
  ただ、優しく語り掛けている。
  「相変わらずワイルド系の顔ね。でも昔に比べたら少しはマイルドになったんじゃない?」
  「……」
  「貴方は優しいから、きっと次は普通の人間にしてもらえるわ。でも残念ね。私は最高にしか興味ないの。普通じゃ対象外。でもまあ
  私と貴方の間柄だから生まれ変わって再び会ったら特別に友達になってあげるわ。感謝してよ?」
  「……フィー……」
  「何?」
  「……どうして俺、普通に生まれれなかったんだろうな……」
  「そうね。それは、自分自身にも問いたい。でもこう思わない?」
  「……?」
  「普通じゃない生き方してきたから私達は友達になった。……それでいい。それでいいじゃない」
  「……ははは。そう、だな……」





  下山した。
  下山し、ブルーマに着くまでにフィッツガルドさんは少し話をしてくれた。
  幼少時にオーガに飼われていた事。
  その際にエンツェに出会った事。
  エンツェの母親はオーク、父親はモンスターであるオーガ。生物としては近いらしく、混血児が誕生する事もあるという。
  エンツェはその混血児だった。

  しかしオーガに愛はない。
  オークの女性をどこかから拉致して監禁し……その結果、エンツェが生れ落ちたのだろう。そう語ってくれた。
  扱いは自分と変らなかったからきっとそうだと彼女は言う。
  2人は友達になった。
  そして一緒に逃げた。しかしその際にフィッツガルドさんは邪教集団に拉致されて生き別れになった。

  報告は任せると言って、フィッツガルドさんはブルーマに残った。
  あの射手の男の詳細不明。
  判別のしようがない。アグナーなのかただの山賊なのか分からない。
  いずれにしてもアグナー達が悪いのは確かだ。少なくともエンツェはダイビングロックの恐怖と間違われて攻撃されたのは明白
  だからだ。それは犯罪に値する。

  結局ダイビングロックの恐怖……ウダーフリクトには遭遇出来なかった。
  フィッツガルドさんに関する報告?
  するよ。
  するけど、そもそもの非はアグナーさん達にある。
  ウダーフリクトと間違えて攻撃した、反撃されて奥さん死亡。エンツェの正当防衛だ。挙句に背後から矢でエンツェを殺害、友人
  のフィッツガルドさんに成敗された。これはちゃんと成り立つ。罪にはならない。

  ダイビングロックにはフィッツガルドさんの友人が眠っている。
  墓はない。
  でもその友人は、シロディールを見渡す場所に眠っている。永久に、眠っている。

  ……フィッツガルドさん、早く元気になるといいなぁ……。












  「若。報告します。フィッツガルド・エメラルダは生き延びたそうです」
  「そうか。あの化け物はどうした?」
  「死んだのではないかと」
  「ふっ。空手形切る手間が省けたな、ヴァルダーグ」
  「御意」