天使で悪魔




グレイプリンス出生の秘密





  最近の世情は不安定らしい。
  レヤウィンでの、深緑旅団の暴動……を通り越しての、ある意味で戦争。
  クヴァッチでの、アイレイドの人形姫。旧文明の荒ぶる神の再臨。
  皇帝の死から世界は不安定。
  もちろんただの偶然であり、今は亡き電波系皇帝やレヤウィン魔術師ギルド支部長のダゲイルが言うには大いなる
  災いが迫っており、それは悪魔達の世界オブリビオンの彼方からやって来るらしい。

  私が運命の者で、伝説の勇者的役割だとも。
  ……。
  まあ、信じないけど。
  ともかく世情は不安定ではあるものの、正確には安定なんてそもそも存在しない。
  世界の姿は常に一定ではないのだ。

  日々変化するもの。
  それだけよ。
  それだけ。
  ともかく、私はクヴァッチでの一件を終え、フォルトナの今後の身の振り方も対処した上でコロールへと向った。
  ……。
  ……世情の混乱はただの偶然。世界的混乱になんて、なるはずないじゃない。
  ……ただの偶然……。






  「ふぅ」
  城塞都市クヴァッチを経って三日後(幸福の定義参照)。
  奪いし者としての一番最初の任務である『死霊術師セレデイン』の暗殺から既に一週間以上。
  私、闇の一党舐めてます。
  伝えし者であり、私の直属の上司であるルシエンは任務達成後すぐさまコロールに向うと思ってた節がある。
  ……依頼状、まだあるだろうか?
  ここにルシエンか、その使いがいるわけではない。
  指令状は放置プレイ中。

  コロールの広場中央にある、巨大な大木。
  その根元に次の指令状と前回の標的である死霊術師セレデイン暗殺の報酬があるという。
  確かにあった。
  結構、寄り道してたからあるかどうか不安だったけど、ちゃんとあった。
  かなりの大金だ。
  薄汚れた袋の中には金貨500枚と指令状。

  オークの大木を囲んだこの場所はコロール市民の憩いの場所であり、公園のような場所だ。
  私はベンチに腰掛ける。
  陽は高いものの、オークの大木の枝や葉がヒサシのような役目になっている。

  葉と枝の間から木漏れ日が差し込み、心地良い。
  涼風も吹いてるし。
  「さてさて、と」
  指令状を広げて、読む。



  『死霊術師セレデインの暗殺、見事だった。
  しかし奪いし者としての任務はまだ始まったばかり。今後も精進するように。

  さて、私の愛しい奪いし者よ。
  今回の任務はいささか趣向が異なっている。特殊な任務だ。
  今回の標的はアグロナック・グロ=マログ。
  聞いた事ない名前だろう?
  しかしグレイプリンスと言えば分かるのではないかな?
  そう、闘技場で10年以上無敗を誇っている、グランド・チャンピオンのオークだ。

  その者を抹殺せよ。
  もっとも趣向が異なると記してあるように、暗殺ではない。
  闘技場で、挑戦者としてグレイプリンスを抹殺せよ。
  公開処刑のように観客にグレイプリンスの死を演出して見せよ。
  それ以外の殺害は認められない。
  我が愛しい暗殺者よ。それを肝に銘じ、抹殺を楽しんできたまえ。
  なお無事暗殺できたのであればスキングラード城の中庭の井戸に指令状と報酬を置いてある』



  「……また面倒な場所に……」
  はぁ。溜息。
  どういう基準で指令状を隠す場所を決めているか分からないけど……かなり適当じゃない?
  今回はコロールにある、巨木の側。
  この任務をこなした後にある指令状の場所は、スキングラードの城の中庭……の井戸の中と来たもんだ。

  ……ありえないでしょうが。
  せめて私の家に送ってきなさいよ。スキングラードに家持ってるんだから。
  その方が早い……。
  「ああ、駄目か」
  現在、私の家に住んでるシェイディンハル聖域の家族達を思い出す。
  家族の面々は浄化の儀式で死んだ事になってる。
  家に届けられるのは、なるほど、確かに駄目ね。
  それにフォルトナもローズソーン邸に着いて、くつろいでる頃だろう。
  クヴァッチ聖域がフォルトナをどう認識してるかも不明。脱獄して逃げた、裏切ったと認識してるかもしれない。

  指令状の届け先が家じゃなくてよかった。
  さて。
  「帝都か」
  それも闘技場区画に赴き、グレイプリンスを殺す事。
  ……。
  半オークを自ら宣言する、グランドチャンピオン。
  何の種族のハーフかまでは知らないけど、彼の言葉によると貴族の生まれらしい。
  そこはいい。
  そこはいいんだけど……問題もある。
  どう挑戦すればいい?
  「厄介ねぇ」
  んー、と座ったまま大きく伸び。

  頭上を見上げると、この木漏れ日が幻想的で美しい。
  ……暗殺めんどいなぁ。
  わざわざ挑戦して、グレイプリンスを闘技場で合法的に殺す。つまり私も闘技場に登録するわけだけど……一介の
  新人がいきなりグランドチャンピオンに挑戦出来るかどうかと言えば、無理だ。

  さて、どうしたものか。
  まあ、いい。
  帝都にとりあえず向おう。
  確かグランドチャンピオンに挑戦出来るのは、チャンピオンだけ。
  わざわざ闘技場の最下級ランクから始めるつもりはない。どうにかチャンピオン戦から始めれないかな?

  最悪、チャンピオンを挑発してみよう。
  「おお、ガーディアン」
  「へっ?」
  威勢の良い声に、つい間の抜けた声で応対する私。
  おおすげぇモヒカンのダンマー。
  ……どこかで……。
  「ああ、オレイン・モドリンさん」
  「逆だ逆。モドリン・オレインだ。……ところでお前、今暇か?」
  「私?」
  「今のところ名前だけだが、ガーディアンとしてお前は戦士ギルドに在籍してるし、その分の給料も払いたいしな」
  「給料……いや、でも働いてないし」
  「そうか、じゃあ少し働いてもらおうか。そこまで言うなら、仕事を用意しようか。がっはっはっはっ!」
  ……ちくしょう。
  ……それが目的かよ。





  相手は闘志剥き出しで襲い掛かってくる。

  私は手にした武器を無造作に握り、そのまま横に一閃。両脇から迫ってくる、新手。
  両左右に視線を静かに巡らせ……。
  「はあっ!」
  「やあっ!」
  トン。
  後に大きく跳ぶ。
  左右の敵は一瞬躊躇う。その隙が、こちらの付け入るべき隙なのだ。
  「ぐぅっ!」
  「……くそ」
  首にそれぞれ一太刀与える。
  瞬間、背後で生まれる気合。今相手したの中では一番動きがいい。ダンマーの女の子は武器を振り下ろし……。
  ガッ。
  受け止める。
  そのまま組み合う。力と力で押し合う。
  不意に私は力を抜いた。
  「……あっ……」
  「はぁっ!」
  体勢を崩して前のめりになるダンマーの彼女の腹を薙ぐ。
  これで四人。
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  「……ふむ」

  最後の1人が猛烈な気合を発しながら、突撃してくる。
  暑苦しい奴。
  相手が攻撃を繰り出す瞬間、私は相手の足を払った。
  「なっ!」
  勢い余ってその場に転がる相手の喉元に、手にした武器を突きつけた。
  勝敗は決した。

  「それまでだっ!」
  モドリン・オレインの裂帛の気合にも等しい、声が響いた。
  場所は戦士ギルド。コロールの本部私設に内包されている訓練施設での模擬戦。
  相手は誰もが戦士ギルドで一花咲かそうとする新人達。
  それぞれ手にしている武器は、練習用の木剣。
  幹部としての初の仕事は、新人達に稽古をつける事だった。
  別に帝都に急ぎで行かなければならない、わけではないけど今からどこかの盗賊とかを討伐して来いと
  言われないだけマシかな。少なくともコロールを離れずに出来た仕事だし、そんなに疲れなかったし。

  模擬戦。
  本当の戦闘なら実は手間取る……事はないなぁ。
  実戦では私には魔法が加わるから一網打尽出来る。却って圧倒出来るわねぇ。
  「結構強いじゃないの、アリス」
  「えへへ」
  ダンマーの女の子は、アイリス・グラスフィル。
  深緑旅団との戦争の結果、白馬騎士団は潰れてつい最近故郷のコロールに戻って来たらしい。
  一番最初の顔合わせは、ゴブ相手に殺され掛けてる時だった。
  それを総合して考えると、強くなったと思うわよ。
  剣の太刀筋もよかったし。
  「ただアリス、真面目過ぎるわね」
  「それはつまりー……男遊びした方がいいんですか? で、でもあたしは結婚まで綺麗な体でいたいし……」
  「……」
  「はぅぅぅぅぅぅぅっ!」
  「……」
  天然発言なのを気付いたらしい。
  結構可愛い正確ね、この子。ラミナスやオチーヴァあたりに、生贄として差し出したいわ。
  そしたら私が弄られる事ないしぃー♪

  「太刀筋は良いんだけどね、真っ直ぐ過ぎるのよ。私が引いた時、体勢崩したでしょう?」
  「はい」
  「臨機応変に立ち振るわなきゃね。押すだけじゃ、すぐに戦死」
  「はい、ありがとうございます」
  この中では一番太刀筋が良い。
  一応、私は魔術以外にも剣術も学んである。ある意味で一流の剣豪。
  強くなる事でトラウマ乗り越えようとしたわけだ。あんまり効果はなかったけど、剣も強いわよ、私。
  ……。
  まあ、そもそも力ないから豪剣、ではない。
  まあいい。
  私はそれぞれ、今相手をした新人達に適切なアドバイスをしていく。
  ただ……。
  「卑怯だ。足を払うなんて卑怯だっ!」
  ヴィラヌス。
  戦士ギルドのギルドマスターであるヴィレナ・ドントンの次男。
  長男が任務中に殉職。
  その結果、母親であるヴィレナは失う悲しみに耐えられない為、彼を一線から退かせた。それ以来腐ってるらしい。
  まあ、気持ちは分かるけど。
  「あのね、戦闘中に足を払ってはいけないなんてルールはないわ」
  「卑怯だっ!」
  「……分かったわよ。掛かって来なさい」
  「……後悔するぞ」
  「してみたいわね」
  「はぁっ!」
  力強く振り下ろす木剣……は、彼の手元にはなかった。
  振り下ろすより早く私が横に払ったのだ。木剣はその一撃で宙に舞い、落ちた。
  「……っ!」
  「冷静に振るいなさい。怒りは、剣を惑わす」
  私を睨みつけると、そのまま彼は顔を真っ赤にさせたまま訓練場を出て行った。
  オレインが耳元で非難する。

  「そう刺激するな」
  「叩きのめせ、そう言われたから私は皆の相手をしただけよ? ……なかなか良いわねよく出来ました、そんな
  お世辞を言う気はない。お世辞真に受けて死地に突撃して死なれたら寝覚め悪いじゃないの」

  「まあ、それはそうだが……」
  モドリン・オレインは他の新人に下がるように言った。
  アリスは叔父に纏わり付き、私に誉められた事を自慢する。
  可愛いわね。

  「叔父さん、あたしフィッツガルドさんに誉められたよ。えへへ、すごいでしょ」
  「そうだな、レヤウィンでの修行は無駄じゃなかったな」
  「うん♪」
  「お前を戦士ギルドの準メンバーから見習いメンバーに昇格した俺の眼に狂いはなかったな」
  「えへへー♪」
  準メンバーと見習いメンバー、違いは何?
  いずれにせよ正式メンバーですらないのに、まあ本人喜んでるからいいけどね。
  「フィッツガルドさん、いつまでコロールに滞在ですか? その、滞在の間剣を教えて欲しいんですけど」

  「ごめんね。今から帝都に行くのよ」
  「そっか。残念です」
  「スキングラードに来る事があったら、ローズソーン邸と呼ばれる屋敷に遊びにおいで。まあ、私がいない可能性の
  方が大きいけど私の知り合いだと言えばエイジャ……メイドがもてなしてくれるわ」

  「ありがとうございます」
  懐かれるのも、悪くない。
  アントワネッタ・マリーの懐き方でもなくフォルトナの懐き方でもない。師弟関係っぽいのかな?
  これはこれで楽しいかも。
  「ガーディアン、今日はご苦労。これは報酬だ」
  「ありがと」
  別に金銭目的でもなかったけど、貰えるのなら頂こう。
  金貨の詰まった袋。
  30枚ぐらいかな。まあ、この程度の仕事の報酬としては、分相応だ。
  「それとこれをやろう。珍しい代物だ、多分な。アイレイドの遺産らしいぞ。もってけもってけ、がっはっはっはっ!」
  「はあ、どうも」
  片手で持つには大きい、緑色の光を放つ鉱石。光石と書くべきか。
  ウェルキンド石と呼ばれる、アイレイドの遺産だ。
  ……。
  ただ、モドリン・オレインは知らないんだろうけどアイレイドの遺跡に潜れば腐るほど存在している。
  魔力の結晶。
  アイレイドは、それを惜しげもなく照明として使っていた。
  今なお遺跡内で光を讃えている。
  つまり、アイレイドにしてみれば魔力の結晶を惜しげもなく照明程度に使用としている、という高度の魔道文明を
  誇示する役割を担っている。

  もちろんそれ以外の使い方として、魔力の補給の役割も果たす。
  これを手に念じれば、消費してた魔力が回復するのだ。
  まあ、売れば今回の報酬分の金貨ぐらいにはなるけど、アイレイド遺跡は魔術師ギルドの管理&管轄だから、そこに
  所属している私にしてみればそんなに珍しいものではない。

  当然の事ながら私にも礼儀はある。
  「ありがとうございます」
  「がっはっはっはっはっ。もってけもってけ、礼はいいぞ」
  私は感謝を込めて、頭を下げた。
  この叔父&姪のコンビ、なかなか楽しい。また会いに行くとしよう。




  「じゃあねー」
  ……と、私は戦士ギルド会館を後にした。
  すぐ隣は魔術師ギルドのコロール支部。ここの支部とはあまり懇意ではない。
  結構、支部長が横暴な人だし。
  それにしてもこのウェルキンド石、どうしよう?
  確かに魔法戦の際には大切だし必要になる場面もあるだろうけど、これを持って旅するのも意外に邪魔。
  「あらエメラルダ、エメラルダじゃない」
  「……?」
  「久し振りねぇ。何年振りかしらね。……まあまあ、大きくなったわねぇ」
  「……?」
  緑色の服を纏った、アルトマーの女性。見た感じは中年。
  誰だろう?
  人相悪い、というか目付き悪いんだけど、ニコニコ笑いながら私に声を掛けてくる。
  どこかで会ったかな?
  「あのー」
  「ほら私よ私。古代遺産の講義を一緒に専攻してたじゃない。隣の席の、ほら、私よ」
  「……あー、イラーナさん」
  「そうそう」
  アルケイン大学で確かに会った事があるわ。
  私は10歳の頃から大学にいる。知り合いは多い。イラーナとも顔見知りだ。
  確かに何かの講義で一緒になってた覚えがある。古代遺産の講義かどうかは覚えてないけど。
  「久し振りねぇ」
  「ええ、まあ」
  会った事はある。
  顔も知ってるし、喋った事もあるし名前も知ってるけど……んー、印象薄いなぁ。
  どうしてこんなにフレンドリーなのかも覚えないし。
  「エメラルダは評議員になったのかしら?」
  「いえ、若輩ですし」
  「またまたご謙遜を。知識では勝てても、天性のモノを持つ貴女には私でも負けるわ。貴女には私も期待してるわ」
  「あの、ありがとうございます」
  「それでエメラルダ。今は暇かしら?」
  「いえ。すいませんけど帝都に……」
  「いいのいいの。そんなに恐縮しないで、貴女に申し訳なさそうな顔されると私も辛いから。いいの、気にしないで」
  「はあ、まあ」
  ……分からん。
  ……私そんなに仲良くしてたかな……?
  ……大分昔の事だからなぁ……。
  「あらウェルキンド石じゃない。この辺りの遺跡から失敬してきたの?」
  「いえ、そういうわけじゃないんですけどね」
  「ねっ。どの遺跡のウェルキンド石は質がいい?」
  「あっ、これ欲しいですか?」
  私は差し出す。
  何となくこの石を必要にしていると思ったのだ。
  ……いえ。モドリン・オレインの感謝は感謝として受け取ったのよ、モノはモノ。気持ちを大事にすれば別に問題ない。
  「いいの?」
  「ええ、どうぞ」
  懐から金貨の懐を出そうとするので……。
  「いいですいいです」
  「でも悪いわ」
  「私とお姉さんの仲じゃないですか」
  正直、どれほどの仲なのか自分では覚えてないけど。
  イラーナは深く頭を下げた。
  ……仲良かったのか、私。今度大学戻ったらラミナスあたりにでも聞いておこう。
  「それじゃあ私は急ぐので」
  「エメラルダ、ありがとうね」
  思慮深く微笑みながら私は会釈。
  ……心の中では当然葛藤。
  ……仲良かったっけ?






  帝都。
  タムリエルの中心、中心部シロディール。そのシロディールの中心が、帝都。
  帝国の中心であると同時に世界の中心なのだ。
  全ての種族が集まり、全ての物品が集う街。
  帝都軍のお膝元でもある為治安維持に血道を上げている。
  ……もっとも、帝都の地下や城壁の外はおざなりではあるものの。
  さて帝都の闘技場地区。
  唯一の合法の賭けが行われる場所。
  剣闘士達は己の命を賭け、自身の腕を信じて名誉と栄光を望み。
  見物客達は金貨を賭けて、一攫千金を願うのだ。人間建前だけでは生きられないらしい。
  まあ、いい。
  私は別に人の生き死にに対して興味はない。
  殺す殺されるは日常茶飯事ではあるものの、なぜか人の生死にお金を賭ける行為は好きではない。
  美学の問題か?
  闘技場の、本来観客が立ち入らない地下に足を踏み入れる。
  剣闘士達の控え室であり、訓練場。
  「……ふぅ」
  汗と血の臭い、それと鉄の臭い。
  地下だから窓もないし臭いは籠もっている。正直、気分の良いものではない。
  一心不乱に稽古をする者達。
  そりゃそうだ。
  ここでの鍛錬が、生死を分ける。
  ……生死の最後の要の運は、神様の気まぐれ次第だ。
  「おい、見物人は立ち入り禁止だぞ」
  「軟弱そうなお前には、魔術師ギルドとかがお似合いだぜ?」
  そのまま絡んで来た二人の剣闘士を殴り倒す。
  ざわり。
  動揺が広がる。
  ……殺気と敵意もオマケとして、ね。
  「おいおい。いきなり来てお前は何様のつもりだ?」
  鉄の甲冑を見につけた中年の親父が私を阻む。
  親父の出現で、剣闘士は一歩下がった。一目置かれているらしい。
  「俺はオーウィン、ここを仕切ってる。それで何の用だ、用件を聞かせてもらおうか」
  「グレイプリンスはどこ?」
  「奴に用か?」
  「ええ」
  じっと私の顔を見てから、溜息1つ。
  道を開けてやれと剣闘士達を退け、一心不乱に稽古をしているオークを指差した。
  「いいか、面倒はよせ。それと」
  「それと?」
  「俺が仲裁してやったのを感謝しろ。ここの連中は血に飢えてるんだ。別に女が男に劣るとは言わんが、快く思わん
  奴らもいるんだ。無鉄砲も良いが無用な敵を作るなよ。俺もそれをされると面倒だ。監督不行き届きになるしな」
  「……分かったわ」
  言葉遣いは荒いが、どこか労りがあるのを感じた。
  素直に頷き、私はグレイプリンスの元に。
  「ハイ」
  「……君は、誰だ?」
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。貴方に挑戦したい」
  『あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!』
  遠巻きに見物していた剣闘士達は大笑いした。
  そりゃそうでしょうね。
  いきなり現れたどこの馬の骨かも分からない女が挑戦する。
  私もここの当事者なら笑うわ。
  「……冗談だろ?」
  「いや至極真面目なんですけど」
  「あっはははははははっ! 軟弱な小娘が彼に挑戦する? まったくお笑いだねっ!」
  答えたのは、ノルドの大女だった。
  気付く。周囲の剣闘士は畏敬の念で女を見ている。かなり上級の剣闘士なのだろう。……こいつでいいか。
  私は彼女を無視してグレイプリンスに話し掛ける。
  「彼女倒したら私の挑戦受けてくれる?」
  ざわり。
  またどよめき。
  しばらくしてから、グレイプリンスは静かに頷いた。
  ざわざわっ。
  「気は確かかっ! グレイプリンスっ!」
  叫びとは裏腹に、女の言葉には怯えがあった。それだけ無敵の存在として恐れられているのか。
  私は女に宣戦布告する。
  「私の挑戦受ける?」
  「……お前、私がチャンピオンと知っての発言か?」
  「あらそうなの。そりゃ知らなかったけど、ラッキーね。挑戦権があるのはチャンピオンだけ。これで合法ね。ああでも
  どうして貴女はグレイプリンスに挑戦しなかったの? もしかして、びびってる?」
  「……っ!」
  「私は宣戦布告するわ、貴女に挑戦する」
  「いいだろう、私は闘技場において神として存在してるんだ。お前は私の前で這い蹲って命乞いする事になるっ!」

  「決まりね」
  オーウィンが剣闘士達を掻き分けて現れ、私に『マジか?』と眼で語る。
  ここまで来て冗談でしたで済むはずない。
  頷いた。
  おおおおおおおおおおおおおおおおっ。
  異常な熱気に包まれる剣闘士達。均衡が崩れた、今まで誰も挑戦できなかったグレイプリンスに挑戦し、その挑戦権を
  獲得する為に現役チャンピオンに喧嘩を売った。

  普段通りの日常とは違う、展開に発展している。それが剣闘士達を活気付ける。
  「少しこの者と話がしたい。挑戦を受けるに当たって、もう1つ条件があるんだ。……いいか?」
  私と、ノルドの女、オーウィンを見てグレイプリンスは呟く。
  全員頷いた。
  殺意剥き出しのノルドの女は訓練に戻り、オーウィンは対戦表の調整に行った。
  訓練室を離れ、隣の休憩室に。
  グレイプリンスの気に圧されているのか、誰も近くにいようとしない。
  自然、私達が座るテーブルには誰もいない。
  「それで条件って?」
  「私の本名はアグロナック・グロ=マログ」
  「私はフィッツガルド・エメラルダ」
  「私に挑戦するのは、栄誉目当てか? それとも……」
  「そこは関係ないでしょ。……多分言いたかったであろう、自殺目当てでもない」
  「そうか」
  少し間を置き、それから本題に入った。
  「私の父親は貴族だった。母親はメイド。父には正室がいたが、いつしか母と恋に落ちた。その結果が私だ」
  「……」
  「しかし父の正室は嫉妬深い女でな、母を脅迫した。殺すと脅したのだ。母は私を身籠ったまま、帝都に逃げた。
  そして私を産んだのだ。私は貴族の子として生まれながら、地位も領土もない。貴族の証明がないからだ」

  「……」
  「ただし名誉は手に入れた。自力でな。グレイプリンス、というのはそんな私を哀れんだ民衆が付けてくれたものなのだ。
  つい最近母は亡くなってな。いつも寂しい微笑を称える人だった。……亡くなる直前に、これを残してくれた」
  カラン。
  テーブルに鍵を置く。
  持つ部分に何かの刻印がある。家紋か紋章か何かだろうか?

  「これは父が住んでいたクロウヘイブンという砦の鍵だ。母は最後にこう言い残した。この鍵がお前を真実に導いてく
  れるだろうと。自分が行きたいのは山々なのだがな、私には小旅行の自由は与えられていないのだ」
  「それで、私が?」
  「そうだ。私が貴族である証明を手に入れてきて欲しい。その時、グレイプリンスという称号に真に相応しい私になるのだ。
  これが私が君の挑戦を受ける為の、条件の一つだ。チャンピオン戦はそれまで延ばしてもらう」

  「……」
  選択権はない。
  闇の一党の上層部に近づく為の暗殺、避けては通れない。ならば。
  「いいわ。受けるとするわ」








  「ここで待っててね」
  優しく愛馬のシャドウメアの頬を撫でた。
  甘えて頭を擦り付けてくる。
  「はいはい、分かってるわ。これ終わったらお前も御飯にしましょうね。だから、待ってて」
  馬って可愛いなぁ。
  さてクロウヘイブンの砦前。場所は港湾都市アンヴィルの北西に位置している。
  シャドウメアの脚力ならそう遠くはない。
  ……そう遠くはないけど、最近シロディール巡りが頻繁だなぁ。
  なお今回はスキングラード、素通りした。
  グレイプリンス抹殺。
  指令状の受領までに大分時間食ってるし、その上現在進行形で進んでいるこの暗殺も延ばすとさすがにルシエン
  から刺客送られてくる可能性もあるし。
  「さてっと」
  火打石で火を起こし、松明に灯す。
  夕暮れが迫っている。
  ……ああ。当然帝都からここまで一昼夜で来たとは言わないわ。野宿二回した。つまり二日掛かったわけ。
  ……何気に私、旅してるだけで年食ってく?
  おおぅ。
  「貴族ねぇ」
  少なくともクロウヘイブンは貴族に住む、城や御屋敷には見えない。
  放棄されてかなりの日々が経っているらしく、半ば廃墟だ。
  ギギギギギギギっ。
  錆びた鉄の扉を開き、中に入った。
  ……黴臭い。
  松明を左手で持ち、右手には既に抜き身のロングソード。
  コツコツコツ。
  足音は1つ。私のものだけ。
  おそらくこの砦は、帝都軍のモノ。つまりグレイプリンスの親父の貴族は、司令官としてここに駐留していたのだろう。
  少なくとも貴族の城ではない。
  内装にしても、ありえないでしょう。廃墟になった期間が長そうだけど、元々無骨な内装のようだ。
  このような帝都軍の名残はシロディール中に点在している。
  軍の予算縮小の際に、放棄された砦なのだろう。その際に貴族の親父も領地に戻った?
  ……まあ、いい。
  しかしいずれにしても撤退したのであれば何も残されてないと思うけどなぁ。
  ……。
  ……ああ、じゃあこの鍵は何?
  グレイプリンスから預かっている鍵。この鍵はどこの鍵なのだろう?
  「おかしいなぁ」
  大抵、帝都軍の放棄された砦にはよからぬ者が巣食ってる。
  盗賊や死霊術師、ゴブリンに吸血鬼にモンスター。住むには丁度いいらしく、大抵は何かが巣食ってる。
  なのにここにはいない。
  ……。
  まあ、そういう事もあるかもしれない。
  その時、私は扉に行き着いた。鋼鉄製の大きな扉。引いても押しても開かない。
  これか。
  がちゃり。
  私は鍵穴に鍵を入れ、開く。ビンゴ、ここの扉だ。
  ギギギギギギギッ。
  苦労して開く。
  「さてと」
  カプ。
  チューチューチュー。
  ハゲたおっさんが私の首筋に牙を突き立てて血を吸っている。
  あー、献血ですかご苦労様です♪
  ……そんなわけ……。
  「あるかちくしょうめっ!」
  ボキっ!
  相手の首を折る。
  吸血鬼は不死の眷属とか思われちゃってるけど、ただの病気持ちの人間だ。首折られれば死ぬ。
  以前吸血病の治療薬飲んでいるので、私は疫病を無効化出来る。
  上半身裸の、妙な吸血鬼。
  ……まあ私の家にいる気の良い吸血鬼みたいなのは稀よね、うん。
  「あれ?」
  上半身裸だし、ズボンは擦り切れて粗末。しかし腰に差している短刀は宝石で装飾されている。
  ふと、気付く。
  鍵と同じ紋章?
  それにそもそも、この扉の中に吸血鬼は閉じ込められていた。その鍵を持っていたのがグレイプリンスの母親。
  砦が潰れる前に追い出された。
  そしてこの扉の向こうに、グレイプリンスの真実がある?
  私は嫌な予感がしながら奥へと足を踏み入れた。
  その先に果てには家具があり、机があり、書斎があった。ただ生活臭はしない、もう何十年も前に放棄されて
  いたようだ。あの吸血鬼には既に自我がなかった。
  何年もここに閉じ込められていた?
  ガサガサガサ。
  書物を探す。日記か何かの類があれば分かり易いんだけどなぁ。
  ロウソクに火を付ける。
  周囲には気配がない。探していると、一冊の書物を見つけた。日記だ。お目当てのもの。
  改めて周囲を窺い、安全である事を確かめてから私は日記を読む。
  それはこの砦に駐留していたロヴィディカス卿の日記。


  『美しいっ!
  メイドのグロ=マログはなんと美しいのだろうっ!

  確かにオークは不愉快な姿をしている。それは一般的であり、私もそれは感じている。
  ならば私が密かに懸想するグロ=マログは特別なオークなのか?

  ……いや。
  彼女は世間一般的なオークだ、緑色の肌に筋肉質の体、その他全てがオークそのものだ。
  しかしオークを否定できるのか?
  私自身、隠しているとはいえ忌み嫌われる存在なのにオークを批判できると?
  愛する彼女にこの性質が受け入れられるだろうか?

  それだけを切に祈りたい』

  『公務などクソ食らえっ!
  税の徴収も貿易交渉も知った事かっ!
  時々自分の生まれ持ったこの地位が恨めしい。私の半生の大半は虚構と虚像だ。
  正体を隠して生きるのがいかに苦痛かっ!
  しかし今、新たに問題を抱えている。
  メイドの、それもオークに懸想しているなど知られたら私はもうお終いだっ!』

  『私は臆病だ。
  愛する彼女に本当の事を告白する勇気が湧かない。
  そもそも不要な事実を知ったところで、彼女の幸福に繋がるのだろうか?
  私は彼女を愛している。
  その愛が、偽りでない事を明記しておく』


  『なんという奇跡だっ!
  彼女が私の子供を身籠ったのだっ!
  私は父親になるのだ、この喜びは誰にも分かるまいっ!
  医者も何も問題はないと太鼓判を押してくれた。
  ただ問題もある。
  私の子供、つまりは私の半身でもある赤子にも私の特性が引き継がれるのだろうか?
  結局彼女には何も言えていない』


  『今、彼女は湯浴みしている。
  いずれは分かる事だから今夜、彼女には告白しようと思う。
  私はシロディールを何百年も渡って生きている、吸血鬼であると告白しなければならない。
  そして生まれてくる子供もその血を受け継ぐのだろう。
  彼女は呪われた私を受け入れてくれるだろうか?
  ……冷静に聞いてくれるといいのだが』


  『感情的にはなりたくなかった。
  冷静に話し合いたかった。
  しかし彼女は聞き届けてくれない。いかに私が愛しているかを、途中で遮り私を化け物と呼んだ。
  私が化け物だと?
  何故認めてくれないっ!
  私は他の男が、どんな女を愛するよりも深く彼女を愛しているのにっ!
  私達の子供を、本当の家族を作ってこの世界の祝福を受けたいだけの私が、化け物だと?
  彼女は今、部屋に閉じこもっている。
  私も自分の部屋に戻ろう。
  しばらく時間を置けば、冷静に話し合えるはずだ。
  私達は愛し合っているのだから』

  『閉じ込められたっ!
  あの女、私を閉じ込めやがったっ!
  ある意味で笑い話だ、眠っている間に自分の部屋に閉じ込められるなんてっ!
  彼女は扉の向こうから話し掛けてくる。
  子供と共に逃げると言うのだ。
  それどころか家臣達に私が吸血鬼だとばらしやがったっ!
  全員、既に逃げた後だと言う、ちくしょうっ!
  ここから出れたらあの売春婦の腹を割いて私の子供を取り出してやるのにっ!』

  『……二週間経った。
  寝室に閉じ込められてから、二週間経った。
  誰も助けに来てくれない、どうしてもここから出る事が出来ない。
  今すぐ血が吸いたい。
  今すぐ血を吸わないと気が狂いそうだ。
  私は何をした?
  私はどんな過ちを犯したのだ?
  ただ一人の女性を愛しただけなのに。それがそもそもの間違いだったのか?
  血が吸いたい』

  『……血が吸いたい。血が……血血血血血血血っ!
  私はそれでも君を愛して……』

  『……自我が崩れ……』



  ゴウッ。
  即座に私は松明で日記を燃やした。
  ……グレイプリンスには、この日記は必要ない。貴族の証明としてあの短剣を持って帰ろう。
  紋章の刻まれた鍵。
  短剣は、ある意味で証明になるだろう。
  「戻るとしましょうか」
  日記は必要ない。
  日記は……。
  私は決めた。今回の抹殺はある意味で合法、闘技場での殺し合いは帝国元老院も認めている。
  そもそも元老院が主導しているのだ、闘技場はね。
  グレイプリンス。
  「私がグランドチャンピオンとして、送ってあげるわ」