天使で悪魔






包囲網






  その包囲網は意外に厚い。






  「あー、もう」
  ドタドタと私は階段を降りる。
  外にはお友達が待機中。
  どんなお友達?
  30人ほどのごろつきさん達。
  シルバーマンの借りている部屋の窓から外を覗いたところ武装は貧弱だった。平服だし手にしている武器は木製の棒。
  棍棒ですらない。
  ある意味で戦闘目的ではなく喧嘩目的の装備。
  だから厄介。
  何故?
  私の対処方法は基本的に戦闘です。ただし相手は喧嘩を持ち出してきた。
  戦闘と喧嘩はイコールしない。
  どちらかの対処法に合わせる必要がある。
  ……。
  ……まあ、外の面々が私の関係とは限らないけど……何となく私の関係な気がするのは何故?(笑)
  さてさて。
  どうしたもんかな。
  「天音」
  カウンター席でステーキを美味しそうに平らげている金髪少女に声をかける。
  つーかあの子どんだけ食べた?
  皿が10枚ぐらい増えてるんですけどーっ!
  おおぅ。
  「天音。ここで大人しく食べてて。私はちょっと外に行ってくるから」
  「(゚▽゚)/」
  まさかこの子が関係あるんじゃないでしょうね?
  まあいい。
  外に出れば分かることだ。それが一番分かり易い。ここであれこれ考えるよりもね。
  私は扉を開けて外に出た。

  「いたぞ叩き殺せっ!」

  ……いきなりかよ……。
  ノルドの男が叫ぶとわぁぁぁぁぁぁぁっと喚声をあげて30名ほどのごろつきが棒を手に突っ込んでくる。
  決定、私が目的ですっ!
  嫌だなぁ。
  見なかったことにして扉を閉める。当然ながら扉を開けた際にノルドの声が酒場内にも響き渡ったわけだから私の背中に視線が突き刺さる痛い痛い。
  そりゃそうよね。
  私が原因で酒飲んで管巻いてる空間潰そうとしてるわけだから。
  だけど無視です。
  無視。
  だって私も被害者だもん。
  カチャリと鍵も閉める。
  もちろん蹴破られるまでの時間稼ぎ程度でしかないけど。鍵閉めたところで1分ほどの時間稼ぎでしかない。
  それはそれでいい。
  充分だ。
  「デイドロス」
  扉のすぐ前にワニ型悪魔を召喚。
  酒場内、どよめく。
  だけど問題ないです。指示してないからこの場に突っ立ってるだけ。
  「裏口は?」
  店主のアルトマー、ギルゴンドリンに訊ねる。
  関わり合いになりたくないのか、無言で裏口の方を指差す。
  懸命です、関わり合いにならないのは。
  私も同じ立場ならそうします(笑)
  扉の向こう側からは怒声と棒で扉を乱打する音が聞こえる。破られるのは時間の問題だ。私はギルゴンドリンに教えて貰った裏口に向かった。
  そこには酒瓶や食べ物の入った木箱が無数に置かれてる。
  材料搬入の為の裏口ってわけね。
  私は裏口から外に出る。
  その時……。

  「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  悲鳴が響き渡った。
  そりゃそうだ。
  扉を破ったらそこにはデイドロスがいました、という展開なので悲鳴は当然です。
  とりあえずは私の計画通り。
  相手方の注意は完全にデイドロスに固定された。
  私は裏口を出て走る。

  すぅぅぅぅぅぅぅぅっ。

  走りながら私の姿は消えた。
  透明化の魔法。
  相手の意表を突いて私は裏口を出た、そして透明化。完全に相手は私をロストしたはず。
  逃げる?
  まさか。
  私が尻尾を巻いて逃げるなんてありえない。
  少なくとも勝てる戦いは逃げません。
  一気に……。

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  「……つぅっ!」
  突然私に雷撃が降り注ぐ。
  幾条にも及ぶ雷撃。
  表通りに出る前に敵の先制攻撃。見るとローブを纏った魔術師風の人影が2つ、皮鎧のアルトマーが1人、鋼鉄製の防具で全身を包んだ奴が1人。
  ちっ。
  どうやら裏口から出ると踏んで伏兵がいたか。
  それも魔術師系。
  透明化した私を視認できたのはきっと生命探知の魔法か何かを使っているのだろう。
  ふぅん。
  誰が考えた布陣かは知らないけどなかなかやる。
  だけど魔法の出力が弱いっ!
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  必殺の一撃を放つ。
  魔術師風の男2人は両手を前に突き出したものの、そのまま吹っ飛ぶ。残りの魔法戦士も然りだ。
  たぶん魔力障壁を張ったんだろうけど私の威力は桁外れ。
  貫通し敵を吹っ飛ばした。
  立ち塞がる敵を一掃して私は表通りに出る。そしてそのまま宿屋の前に回りこんだ。宿屋の前では棒を持ったチンピラ達がデイドロスと睨み合っている。
  数は30。
  何者かは知らないけど狙いは私なのは確からしい。
  さっき顔を見せただけで叩き殺せと言われたし。
  まあ、慣れた展開ですけど。
  デイドロスと対峙するチンピラ集団。
  普段なら一掃する。
  あっさりと。
  問題はこいつらの武装だ。
  平服に棒。
  問答無用で消し炭にしたら私が罪に問われる。特にここは街中だし。
  それなりの処方箋はが必要。
  それは……。
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「女がいたぞ殺せっ!」
  私は連中に向って一直線で走る。
  走りながらパラケルススの魔剣を引き抜く。
  斬る?
  斬りますとも。
  棒を手に向ってくる面々の間を私は敏捷に通り抜けていく。相手の脇を通り過ぎるたびに相手の脛が切り裂かれる。
  浅くね。
  さすがに足を落としはしない。
  ただ脛を斬られれば当然行動不能になってその場に転がって叫びまくるという状況になる。そして私はその状況を具現化した。
  この程度なら正当防衛で済むだろ。
  ……。
  ……多分。
  私は敵勢に斬り込み、行動不能にし、この場に立っている最後の相手に肉薄。それは首領格のノルド。私は奴の首筋にパラケルススの魔剣を突きつけた。
  相手は震えながら手にしていた棒を捨てた。
  「ば、馬鹿なこの数を切り崩しやがった……」
  「この程度で私を止められると思ってんの?」
  「ま、待て……」
  「その要請、受諾して欲しいなら言いなさい。私に何の用がある?」
  「そ、それは……」

  ドス。ドス。ドス。

  肉に突き刺さる音が私の耳に響き渡った。
  「ちっ」
  私はノルドの男の襟元を掴んで自分に近づける。その男の背中に無数の矢が再び突き刺さる。
  無数の矢が降り注ぐ。
  今度は力押しか。
  矢を手にした集団が現れる。
  「衛兵?」
  そう。
  それは標準装備をしたブラヴィルの衛兵達だった。
  数は10名。
  私の暴挙に対しての処置?
  そうじゃないだろ。
  矢の放ち方がでたらめ過ぎる。私が脛を斬った為にこの場に転がっている面々も犠牲者が出ている。まともな衛兵ではあるまい。
  少なくとも敵と認識した方が良さそうだ。
  偽装兵なのか、それとも敵方に抱き込まれているのかは知らないけどまっとうでないのは確かだ。
  矢だらけとなった盾を捨てて私は大きく後ろに飛ぶ。
  その間にも矢は飛んでくるけどたかだか10人が放つ無軌道の矢。私に当たるような矢は少ない。狙いは甘いな。たまたま当たりそうになる矢は
  パラケルススの魔剣で切り払って防御。充分に間合を保って私は魔法を放つモーションに映る。

  「衛兵に狙われているのはあの女は悪人だからだっ!」

  「はっ?」
  突然叫び声が響き渡る。
  遠巻きに展開の推移を見守っていた住人達の耳にもその声は届いた。そしてそんな住人の視線が私に集中する。
  殺気を込めて。
  ちょ、ちょっと待てーっ!
  住人達は私に対しての投石を開始した。何の躊躇いもなく。
  私は見る。
  叫んだ男を。
  一見するとただの住人に見える。その男は笛を吹きながら私を見てニヤリと笑った。
  こ、こいつ扇動者(メイン編第二部扇動参照)っ!
  詳細は知らない。
  扇動を専門とするフリーのエージェントらしい。以前は黒蟲教団のファルカーに雇われていた。私が叩きのめして当局に渡したことにより監獄に叩き込ま
  れていたはずなのに出所したらしい。もしくは脱獄したのかな?
  厄介です。
  この男、笛で相手の感情を増幅させる。
  つまり?
  つまり私が悪いという意識を潜在的に持つ住人に対して、笛と言葉でその意識を増幅させて私に敵対させよう大作戦ってわけだ。
  まずいな。
  余計に手が出せなくなった。
  奴の笛の力がある限り暴れることはできない。
  住人の心に私に対する不信感が募れば一気にそれが殺意へと変質するからだ。奴の笛の力でね。
  どうする?
  手が出せないのであれば。
  「くそ」
  私は走り出す。
  撤退だ。
  大通りはまずい。
  偽衛兵なのか本物なのかは知らないけど、あんなのに追いかけられれば大通りにいる住民は私が犯罪者だから追われていると思うだろう。
  普通の人は犯罪者を憎む。
  笛の力でその憎しみを増幅されるのはたまらない。
  私は建物と建物の間、路地裏を走る。
  怒号と同時に一斉に足音が動き出した。どうやら笛で感情を増幅された住民も追撃してくるらしい。
  なんなんだ?
  なんなんだーっ!
  「はあ」
  溜息。
  ただ路地裏は狭いので大群相手にはやり易い。
  込み合う後方。
  次第に追撃が遅れる。
  私はその間に一気に距離を稼ぐ。
  向かう先は城の方。
  外に出ればいい?
  そうね。
  住民はともかく私を狙ってくる敵は外で始末する。街中ではどうにもやりにくい。扇動者が住民を操るだろうしね。
  だから外に出るのが必要。
  普通には出れないだろう。誰がプロデュースしたのかは知らないけど今のところ敵さんの布陣には隙がない。おそらく門も敵が固めているだろう。
  普通には出れない。
  だから水路を使う。
  吊橋からダイブ、そしてそのまま外に泳いで逃げる。
  私は迷路のような路地裏を走る。
  この街にはグッド・エイがいるから何度も来てる。ある程度の塵感覚は持ってる。路地裏を走る。曲がり角を曲がったとき……。

  ドン。

  出会い頭に誰かとぶつかった。
  相手はそのまま尻餅をついたけど私は少し驚いただけ。相手はどうやら非力な体格らしい。
  「ごめんなさい」
  相手は老女だった。
  骨と皮だけにも見える痩せこけた老女。私は老女を気遣った。
  さすがに敵ではないだろ。
  「大丈夫ですか?」
  「ひゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははお前は暗殺じゃーっ!」
  「はっ?」
  「わらわ夜母なんじゃ夜母なんじゃーっ!」
  「……ああ」
  何だこいつ夜母か。
  ふぅん。まだ生きてたのかぁ。
  既に視線は虚ろで私が誰かも分かってないようだけど。吐き出す息が甘酸っぱさを含んでいる。どうやらスクゥーマに溺れてるらしい。
  落ちるところまで落ちたらしい。
  もっとやさしくしてあげればよかったなぁ(棒読み)

  「動くな。……動いても動かなくても殺すがな」

  「ふん」
  夜母に気を取られている間に私は前後を挟まれていた。2人の暗殺者に。
  独特の皮鎧。
  どうやら闇の一党ダークブラザーフッドの残党らしい。
  たぶん今回の敵に動員されてる、つまり雇われているのだろう。組織壊滅後、こいつらも小銭で動くチンピラに成り下がったってわけだ。
  まあ何でもいいんですけど。
  夜母の指示ではないと思う、この場に夜母がいるのは偶然の産物だろう。

  ガン。

  私は物言わず肘打ちを相手の腹部に叩き込む。痛みで屈もうとする暗殺者の首をへし折り、呆気に取られている前方の暗殺者に対して体当たり。
  そのまま壁に押し付ける。
  頭突き敢行っ!
  私の石頭は伊達じゃないぜーっ!
  相手は脳震盪でも起こしたのか私が離れるとそのままズルズルと壁に背にしながら崩れ落ちた。
  雑魚め。
  「わらわは夜母じゃーっ!」
  勝手に吼えてなさいなおばあちゃん。
  その時、喚声が響く。
  どうやら住民の皆さんが追いついてきたらしい。
  私は夜母の余生に満足しながら路地裏を出た。丁度吊橋のまん前だ。
  ラッキー☆
  あとは水路を通じて外に出るだけだ。
  「よっと」
  私は水路に飛び降りる。
  水中に潜った瞬間に矢が降り注ぐけど私には当たらない。
  そのまま泳いで外に出る。
  外に。




  「ふぅ」
  ブラヴィルの外に脱出。
  私は岸辺から這い上がる。体がびちゃびちゃで気持ち悪い。眼前には森がある。
  どのあたりだ、ここ?

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  「ん?」
  炎の魔法が私に直撃。
  痛くもなければ熱くもない。ただ音が響き渡っただけだ。
  敵は斧を持った口髭の皮鎧の戦士。
  魔法戦士ではなさそうた。
  魔法戦士とは物理と魔法の卓越した戦士の総称。ただ魔法を使うだけでは魔法戦士ではない。
  そういう意味ではアリスも魔法戦士ではなく、魔法を使う戦士。
  「逃げ切れると思ってたのかっ! 甘いぞっ!」
  「そうね。それは認める」
  確かに甘かった。
  誰が配置を考えてるのかは知らないけど的確に私の行動を読んでる。
  誰だ?
  この包囲網の配置をプロデュースした奴は?
  なかなか出来る奴だと思う。
  まあ、問題は……。
  「やっ!」

  タタタタタタタタタタタタタタ。

  私は一気に間合いを詰める。
  口髭の戦士が斧を構える間もないまま私は脇を通り過ぎる。抜き身のパラケルススの魔剣を一閃させて。
  ばぁぁぁぁぁぁっと血煙を胸から噴出しながら口髭戦士は地に屈した。
  ブン。
  刃を振るって血を飛ばしてから剣を背中に鞘に戻した。
  「配置は問題ないけど、質は問題ありね」
  こんな雑魚を配置してどーする。
  周囲に神経を集中する。
  あまり気配を読むのは得意ではないけど少なくとも近くにはいない。
  ……。
  ……このまま逃げる?
  うーん。
  そもそも今回のこの包囲網が誰の差し金なのかを知る必要がある。
  敵を撒くのはそれはそれでいいけど、あまり意味がない。
  ともかく。
  ともかく街中での戦闘では扇動者の能力もあったし避けたかった。そういう意味では街の外に出れたのはラッキーだ。
  まあ、もう少し街を離れようかな。
  その時……。
  「ん?」
  無数の音が乱打の如く響き渡る。
  「蹄の音?」
  そうね。
  これは馬の蹄鉄の音だ。
  「ふぅ」
  なるほど。
  あの口髭戦士みたいな奴を多分岸辺に何人か配置してたんだと思う。私を倒す用ではない、爆音で騎馬部隊を引き寄せる為だ。
  甘かったのはやはり私か。
  この布陣、伊達じゃない。
  騎馬部隊が土煙を上げながらこちらに向かってくる。遠目では正確な数は分からないけど20はいるだろう。
  さらに。
  「増えた」
  私は呟く。
  森の中から気配が急に増えた。
  気配を消していた?
  どっちかと言うといきなり増えた、かな。
  おそらく召喚師か何かが森の中に潜んでいたのだろう。つまりは大量に何かを召喚したのだと思う。
  そしてその推測は正しい。
  森の中に無数の光る目がこちらを見ていた。
  這い出てくる存在。
  それは……。
  「スキャンプか」
  オブリビオンの最下級の存在だ。
  数を揃えたところで私の敵ではないけど数が揃えば煩わしい。
  騎馬部隊とスキャンプ軍団。
  どうやらここで私を討ち取る腹らしい。
  誰が画策したのかは知らないけど、どうやら総出で私をもてなしてくれるらしい。
  面白い。
  「楽しませてもらうわ」


  この包囲網、突破してやるわ。
  力で捻じ伏せることでね。