天使で悪魔
扇動
シロディール随一の情報網と購読者を誇る黒馬新聞より抜粋。
評論家ベルウィング氏の、魔術師ギルドに対する憤慨。
『……これは魔術師ギルドにおける、彼らの倫理観に対する問題でしょう。
街中で、それも帝国随一の人口密集地であるインペリアルシティのど真ん中で何の対策も講じるでもなく研究を
無作為に続けるのは彼らの傲慢でしかない、と断言させていただきます』
『専用施設以外での研究を禁じる。
そういう鉄則があるにも拘らず野放しにする、それも今回の騒動の発端が評議員の愛弟子だったから警告も監査も
行われず、手心が加えられた節がある。これは由々しき事であり魔術師の存在意義そのものを問うべき事なのだ』
『この件を踏まえ、私はこの後も声高に魔術師ギルドに対し、組織そのものの即時解体を訴え続けるだろう』
「この一件、どうするんですかっ!」
白髪を振り乱し叫ぶ初老の男。
名前も知らない評議員だ。
「……はぁ」
小さく、私は溜息を吐く。
帝都にあるアルケイン大学、評議会の行われる会議室。今現在、リアルタイムに評議会は行われている。
定例ではなく、臨時として。
円卓を囲む評議員達。
当然、評議長であるハンニバル・トレイブンもいる。
ハンぞぅの右側の席にカラーニャ評議員、左側の席にデルマー評議員。評議員総勢で21名が円卓を囲んでいる。
中間管理職のラミナス・ボラスは臨時評議会の議事進行役。
……また中途半端な役職よね。
本来、評議員でも何でもない私は関係ないんだけど、事件に関わった者としてここにいる。
もちろん、私に席なんてない。
威厳を発しながら座っているハンぞぅの脇に立って控えている。
会議は次第に過熱していく。
叫ぶ評議員達。
「こんな新聞紙に書かれるなんてっ!」
「デルマー評議員、君の責任ではないのかねっ!」
「自分の弟子の不始末、どうするんだっ! ……そもそも君の弟子だろう、どうして気付かなかったんだっ!」
「我々に対する風当たりも強くなっている、魔術師の信頼が失われているんだぞっ!」
「暴動でも起きて、魔術師弾圧にでもなったらどうするんだっ!」
……。
……はん、世間知らずの俗物どもが。
世間の魔術師に対する信頼なんて、皆無。
ラミナスが私にストレス解消する理由が分かる気がする。評議員のお守りしてる彼にしてみれば全てが片腹痛い。そこ
は私にも理解出来る。世間一般の魔術師像はアンコターでありワイズナーなのだ。
傲慢で自分勝手。
それが世間一般が持っている魔術師像なのだ。
……。
あははははっ。
そう考えるとこいつらも純粋に世間の抱く魔術師を演じてるわね。
政治家気取りの馬鹿どもめ。
ラミナスが満座に発言。
「先程説明が足りずに失礼しました。既に暴動は起きております」
絶句する評議員。
そうなのだ。既に暴動は起きている。
だからこそ私がここにいる。ただの状況説明だけなら私はとっくに街を離れている。
暴動、とまではいかないかもしれないけど……少なくとも、街頭では魔術師ギルドに対する抗議集会が行われている。
帝都軍が取り締まっているものの、収集が着かない。
既に逮捕者も出ているらしい。
これで評議会は一つに……ならない。暴動が起きていると知った途端、攻撃を開始する。
少しでも自分の権勢を強める為に。
「デルマー評議員、ワイズナーの一件は貴方の責任だっ!」
「左様っ!」
「我々は貴殿の除籍を評議長に提言するっ!」
「評議長、採決をっ!」
「……いや、ここは評議長に退陣を要求すべきではないかな?」
「なるほどな、そうすれば世間に対しても責任を果たした事になる。それは名案だっ!」
「評議長の能力のなさが今回の事態を招いたのだっ!」
「評議長並びにデルマー評議員の退陣を我々は強く要求するっ!」
こ、こいつらよりにもよってなんて事をっ!
ハンぞぅは黙して語らない。
さすがは凛としていて、格好良いけど……デルマー評議員はあからさまに動揺している。
「わ、私の責任? 弟子の不始末……だ、だがそれならカラーニャ評議員もそうだろうっ!」
アルトマーの評議員の攻撃を始める。
確かに。
確かに、彼女の弟子のシシリー・アントンはレヤウィンに白馬騎士として出向き、帰還したものの……現在は行方不明
となっている。デルマーはそれを監督不行き届きであると責めているのだ。
自分が退陣なら、彼女も退陣だろうと。
……下らない。
その思いはカラーニャにもあるらしい。
嫌な女だけど、冷静さにおいてはハンぞぅに次いでいる。だからこそ評議長の腹心なのだ。
デルマーの言葉尻を利用して、別の評議員が口を開く。
「その理論で行けば、やはり評議長には退陣してもらうべきですな」
「左様っ!」
「そこの女、フィッツ……まあ、名前はいい。その女は穢れている、死霊術師レイリンの姪であり監獄に収容されていたっ!」
「本来なら魔術師ギルドに名を連ねる事すらおこがましいっ!」
「その女を追放しろっ!」
「それに評議長、こんな事は言いたくないが愛人を側に侍らすのはどうかと思いますが?」
「退陣を要求しますっ!」
「退陣をっ!」
ラミナスが制するものの、評議員達は止まらない。
ハンぞぅは黙して語らず、カラーニャは涼しい顔して受け流し、デルマーは保身で精一杯だ。
評議員達も野心だけで騒いでる。
……俗物め。
「単純ばぁか」
つい、言葉が出た。
……ハンぞぅ、少し笑う。やがてそれは哄笑に変わる。本当に楽しそうに笑った。
呆気にとられる評議員達。
「面白い、ハンぞぅ?」
「はっはははははっ。楽しいが……愛人はないだろう、私はフィーを娘としか思ってないよ」
「それ自分勝手。私は祖父と思ってるけど」
「おやそれは酷い。そこまで老けてるつもりはないのだがなぁ」
「……評議員の皆様が怪訝そうにしておられます。お戯れはおやめください」
そう止めながらも、ラミナスの眼は笑っていた。
魔術師ギルドの高潔な思想は既に失われて等しい。俗物の評議員ばかりだ。
私は少しそれに抵抗してやろうと思った。
「穴蔵に籠もる評議員の方々。あまりストレートに言うと傷付いて精神崩壊する方もいるかもしれませんけど世間様
は魔術師に対して傲慢で我侭な連中としか認識してませんよ」
ざわり。
騒ぐ評議員達……んー、そんなに意外かなぁ。
ただ、今さら『街中で研究してましたー♪』と発覚したところで街の連中がエキサイトする意味が分からない。
世論なんて煽れば、簡単に荒れる。
評論家の類に餌ばら撒けば、勝手に煽ってくれるし。
……だとすると、扇動か。
その可能性は大いにある。目的は、分からないけど。
ともかく手際良過ぎる。
「ハンぞぅ……じゃない、マスター・トレイブン。私見ですが、これは何者かによる扇動かと」
「ふむ。どうしたらいいと思う?」
「願わくば、調査を私にお命じください」
「ふむ」
そして……。
「ふぅ。疲れたぁ」
アルケイン大学、神秘の書庫。
大陸中の書物が集まる、大学の知識の中枢。
評議員どもに大見得切ってから既に二日が経っている。街へは出ずに、私はここで今までの経緯とその傾向を
調査している。魔術師、と分かると袋叩きにされるのだ。
いやマジで。
抗議は活性化の一途。
もっというなら治安そのものが悪化している。
ゴミ屋敷問題で揉めていた者達が刃傷沙汰とか、帝都兵が借金取りに返済を迫られて斬り殺したとか。
どうも魔術師絡みだけではない気がする。
「はい、コーヒー」
「ありがと、ター・ミーナ」
神秘の書庫の管理を任せられている、トカゲの女性に軽く頭を下げてカップを手に取り一口。
ふぅ。生き返りますなぁ。
「大変ねぇ、相変わらず」
「いつもの事よ」
内心では『いつもの事』では割り切れていないのは、彼女には内緒。
まったく意味が分からない。
今までのところ、1人が突然魔術師ギルドの罪を語り出す。
妙な評論家のコメントを掲載した黒馬新聞は既に出回っているし帝都市民の間に情報として浸透している。
そういう下地が元になりあっという間に罪を語り出した者の周りに人垣が出来る。
そして、暴れだす。
……。
関連性が何もない。
罪を語る者も、直接的に魔術師ギルドに関係はないし常に同じ人物ではない。
いや、正確には毎回違う人物。
「ふぅ」
「溜息してるところ悪いけど、また頭痛の種が来たわよぉ」
「……楽しそうねター・ミーナ」
「他人の不幸は蜜の味なのよぉ」
「……でしょうね。私も当事者じゃなきゃ楽しめたのに、残念」
近づいてくる者が誰かは見なくても分かる。
万年中間管理職のラミナス・ボラス。
「フィッツガルド、朗報だ」
「そりゃ楽しみ。……それで今度はどんな厄介?」
「機嫌悪いな、どうした?」
「……疲れてるのよ」
集まった情報を検討してたけど、関連性が何もない。
お手上げ。
それで少しイライラしているのは、自分も分かる。あまり人に当たるのは好きじゃないから、気をつけよう。
「それで何?」
「演説をしていた者の一人が捕まった。魔術師ギルドとは何の関係もない人物だが、何か情報が聞けるかもしれん。
現在留置所に入れられているから、何とかして話を聞きだして欲しい。それが進展させる唯一の手だ」
「でしょうね」
意外にまともな意見。
まあ、街に出たら即襲われるような状況は、とっとと終わらせるに限るのは分かるけど。
「でも私は一応、脱獄者よ?」
「何だお前知らなかったのか? 罪科は抹消されている、マスター・トレイブンのお陰でな」
「そうなの?」
「やれやれ。ないのは胸だけかと思えば知能もなかったとはな」
……ちくしょう。
……。
一応、死んだ事になってるから衛兵もノーマークだと思ってたけど……なるほど、ハンぞぅが手を回してくれたのか。
罪科が抹消。
それなら留置場などの公的施設に行っても捕まる事はないだろう。
……多分。
「大丈夫、捕まる事はない」
「だといいけど」
「まあ、私の個人的な考えを述べるなら是非捕まって欲しいよ。逮捕されて看守や囚人からいびられる人生を送って
くれた方が毎日よく眠れるからな。ハハハ、監獄で腐るのがお前にはお似合いだ♪」
……ちくしょう。
「お嬢ちゃんっ!」
「ハイ。看守のおじさん」
アダマスの謀略で逮捕された私を紳士的に扱ってくれた、看守のおじさん。
……。
アダマスかぁ。
随分と昔の話のような気がする。
あの出来事が発端で闇の一党ダークブラザーフッドと関わりになったんだもんなぁ。
まあ、過去に浸るのはやめよう。
「確か死んだんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。生きてるし罪科も抹消されてるから。……それでおじさん、私は魔術師ギルドの人間としてここに
来てるわけなのよ。演説してた人、逮捕されてるんでしょう? 会いたいんだけど、出来れば人払いしてもらって」
「それはつまり……」
「大学から正式に要請した方がいいならするわ。私は大学の、調査官のような立場を今やってるのよ」
「調査か、協力させてもらうよ」
「ありがと」
良い人ね、このおじさん。
私はおじさんの案内で留置所に。そして檻を開けてもらい、先客のいる檻の中に入る。
「終わったら声を掛けておくれ」
「はいな」
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。
足音が遠ざかるのを確認してから、私はその先客に挨拶。
「ハイ。元気してる?」
「おいおい留置所は女の世話までしてくれるのか?」
下品な冗談を口にしているのは、インペリアルの男性。二十代前半か。
口ほど汚くない顔立ちに、どことなく優雅な立ち振る舞い。
……ふーん。
少なくとも破壊活動とかには向いてないわね。弁も論も立つけど、腕は立たない。雄弁家、悪く言えば先導者。
まあ、そんなところかな。
問題はこいつがどうして魔術師ギルドに対して攻撃的な言葉を吐いたのか。
この男の罪状は『扇動』。
さて。
「私は魔術師ギルドの人間。……何の目的で市民煽ってるの?」
「……」
「演説しているのは毎回違う人間、同一はいない。……仲間?」
「……」
「……喋る気はない?」
「当然さ。君に喋る義理はないけど、僕の意思で喋らないでいる権利はある。喋る気は毛頭ない」
「ふーん」
義務?
権利?
こいつ学生か何かか?
クソ偉そうに都合良く『義務』と『権利』を使い分けるタイプか。理屈で、理論で責めたらおそらく負ける。
……ならば。
「喋るつもりがないなら、こっちにも考えがあるわ」
「暴力か? 悪いけど、そんな事したら君はこのまま出られなくなる。きっと僕より罪科は長いね」
「大丈夫よ、悲鳴出ないように喉潰せばいいだけだもの」
「き、君は馬鹿かっ! そんな事したら何も聞き出せないぞっ!」
「どうせ喋るつもりはないんでしょうに。だったらそんな喉は必要ない」
「ハ、ハッタリだっ!」
「おやおや口のうまい僕ちゃんとしては軽率ね。……ここで喉潰さずに退いたら私の負けみたいじゃないの」
すぅぅぅぅと眼を細める。
ついこの間まで闇の一党の暗殺者ですから、殺意と殺気を発するのは得意中の得意。
……あんまり誉められた芸当じゃないか。
「は、話すよっ!」
「あら根性なしね。喉潰すまで待ちなさいよ。……喉潰しても筆記っててもあるしねぇ」
「喋らせてくださいっ!」
ガバァっ!
その場に土下座するインペリアルの男性。私は砂糖たくさん含んだ甘い微笑を彼に向ける。
「分かり合えるって、素敵ね」
舞台は再び移って、アルケイン大学の神秘の書庫。
一応、ここが捜査本部なので。
……。
まあ、ター・ミーナとラミナス・ボラスが書類の作成や集まった情報の検討はしてくれるけど、まともに動く
のは私だけ。良く働く手駒扱いされてるんじゃないかと思う今日この頃。
おおぅ。
「それで、意見は?」
「自分で考えなよぉ」
「まったくだ。考える頭もないとは……ふん、人に頼りすぎだぞ。この幼児体型め」
……ちくしょう。
まったく役に立たない連中だ。
二人は意見しない。むしろ私に意見を求めている。
ここは私から意見するか。
「つまり、演説してるのは全員雇われなのよ。拘留されてる奴の言葉から想定する限りはね。確証はないけど黒馬新聞
の評論家もある意味で同じ感じだと思う。評論家なんてある一定の情報与えたら勝手に暴走して断定してくれるから」
『ふむ。我々の考えるとおりだ』
「世間一般論で行けば、魔術師ギルドなんて昔からそんなものだー……というのが通例。今さらああも市民が荒れるのは
分からない。だから、その事も踏まえてこれは一種の魔術師ギルドへの嫌がらせ、みたいなものね」
『ふむ。我々の考えるとおりだ』
……。
……お前ら何も意見してないじゃないの。
拘留中のあの男、私の真摯さを素直に受け止めて色々と喋ってくれた。ガクブルしながらね。
他の演説者の裏は取ってないから、断定は出来ないけど……犯人は音の出ない笛を吹くブレトンの男性。
……笛って何?
ともかく、街ですれ違っても分からないほどに……普通の住人として溶け込んでいる、外観らしい。
何の変哲もない地味な顔。
ただ違うのは、音のない笛を吹く。
……なんなの?
「フィー、それは犬笛の類ではないのぉ?」
「犬笛の類?」
「音が出ないじゃなくて、人の耳では感知出来ない周波の音って事」
「ふーん」
「それにフィッツガルド、おそらくは周囲の状況を思い出してみろ。この際、貧乳なのも思い出せ」
……ちくしょう。
ター・ミーナはともかく、ラミナスの言葉はいちいち敵対的なんですけど?
まあ、いい。
「状況?」
演説する、聞き入る連中が暴れ出す、他には……。
「治安の悪化?」
「そうだ。魔術師ギルドに対する憤慨だけならともかく、白昼に人目もあるのに借金取りを斬り殺したり……色々と
不可解な事が多い。お前が得て来た情報、それと総合すると一つの仮定に導かれる。それは……」
「それは?」
「頭が高いな」
「はっ?」
「人に物事を頼む際には、スッポンポンで土下座が普通だろうが」
「エロかお前は」
「失敬な奴だな、お前は」
「あんたが悪いんでしょうが。まったく、いい歳して何言ってんだか。それで、何?」
「簡単だ。誰か知らん犯人は、感情を増幅させている」
「感情を?」
「人の感情というものは、人同士の感傷だけで動くものではない。例えば音楽だ。勇猛果敢な音楽を聴けば心が奮い立つ
ように、物悲しい音楽を聴けば心もまたそれに引き摺られるように。哀しい時に哀しい音楽を聴く、その場合はどうなる?」
「哀しみが、さらに倍加するわね。悲劇のヒロインのような気がしてくるわね、私なら」
「そこだ」
「……」
「誰か知らん犯人は巧妙に、魔術師ギルドに対する反感を募る空間を作り上げている。お前が留置場に行っている間に
調べたが演説している者は全て話術に長けている人物。弁護士とか、評論家とかだ。金で雇われ、演説してた」
「……」
「どういう原理かは知らんが、犯人は感情を増幅する笛を使用していると仮定しよう。その場合は全てが繋がる。おそらく
借金取り惨殺事件も、その笛の影響だろうな。純粋に前面に出ている感情を増幅するものだと、私は仮定する」
「……」
「どうした、フィッツガルド?」
「驚いてるのよ。まともな意見を出せるのね、ラミナス」
「惚れたか?」
「少し、憧れたかもね」
「……今夜は駄目だ、妻がいる。来週なら……そうだな、来週がいい。うちに来い。待ってるぞ」
「ぶっ殺すわよっ!」
「ハハハハハ♪ 楽しいなぁ、お前を弄ると」
……ちくしょう。
「我々は魔術師ギルドの罪を糾弾しなければならないっ!」
『おおーっ!』
帝都商業地区。
演説している者、それに同調して叫ぶ者達。
私は極力心を静め、周囲の様子を探る。姿格好が一般人でも、笛を吹いてたら丸分かりだ。
「……」
つまり、こういう事だ。
笛吹き野郎は人の耳で感じ取れない音を使い、感情を増幅させる。
魔術師ギルドに対する反感を高める為に話術に長けた者を利用して暴動の下地を作る。考えてみればそれを匂わせる
状況は、書類上にもあった。暴動は常に同時刻に一つしか起こっていない。
ほらね、魔術師ギルドなんてそんなものなのよ。
抗議集会は多々あっても、笛で感情捜査しない限りは暴動には達しない。
さて。
「……」
異様な熱気をはらんで来る、集会。
殺せ殺せと叫んでる。
いるわね、近くに。
「……」
周囲を見渡すと……何食わぬ顔して、地味な顔して地味な格好をした男が、ブレトンの男が笛を口にした。
小さい笛だ。
そして……。
「そいつ魔術師っ!」
ざわり。
殺気に満ちた瞳を、指差された人物に見せる聴衆陣。
「なっ!」
笛を放し、そのまま踵を返して逃げ出す。
……これが対策だったわけよ。
あの笛は単に感情を増幅させているだけであり、厳密には他人を操っているわけではない。増幅された感情次第では、笛の
奏者自身も襲われる対象へと切り替わるのだ。そしてそれは成功し、あの人物が犯人なのも分かった。
集会に集った連中は次第に醒めて行く。
ビンゴね。
私は後を追った。
帝都の、塀の外。
壁さえ越えれば、帝国領ではあるものの帝国の法律は基本的に適用されない。
……基本的にはね。
ただ建前的には法律ありますので、逮捕されても関知しません。
さて。
「逃げるのやめたの?」
草原。
私の後ろでは、はるか遠くに帝都の城壁が聳え立っている。
ここで何が起きてもまず帝都軍は動かない。
笛吹き野郎はここまで逃げた。
街中で後から魔法で始末できたけど……例え拘束目的で攻撃しても、帝都軍が介入して来たはずだ。
私はそれを避け、延々と追いかけっこしてここまで来たわけだ。
はぁ。疲れた。
とっとと終わらせるとしよう。
「貴方お名前は?」
「扇動者、とでも呼んでいただこうか。名前など意味はない」
「死に行く者には?」
「そういう事です」
「じゃあ私は名乗らない」
「結構っ! ……私はプロの扇動者、金をもらい雇われている。今回も依頼の一つに過ぎない」
「扇動のプロが、戦闘のプロに勝てるつもり? ……それ笑える」
「笑えますかな?」
「笑えると思うよ」
「ならば笑ってみろっ! デイドロスっ!」
「……へぇ」
召喚したのは、当然奴だ。
二足歩行のワニの悪魔。オブリの悪魔としては上位に位置している。
分厚い皮膚は刃を通さないし、口から吐き出す炎は灼熱。
扇動者は笛を吹く。
……いや、私には聞えないけど吹いているのだろう。
ともかく笛を吹きデイドロスの殺意を増幅したのだ。……多分。
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!
天を仰ぎ、大口を開けて咆哮するデイドロス。
びっしり生えた鋭利な牙。
……ああ怖い、私きっと頭からボリボリと食べられちゃうんだわぁー……。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「で、お次の趣向は?」
「ば、馬鹿な……」
「オブリの悪魔はね、私にとってトラウマなのよ。……例えデイドラロードだろうとも、私は一撃で屠れるわ」
強くなるのはトラウマの脱却、でもある。
奥の手が簡単に潰された扇動者は腰を抜かし、叫ぶ。
「こ、降伏するっ!」
「煉獄っ!」
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
人が宙を舞う。
ドサっ。
足元に転がる、焼き加減はレアの扇動者。
「な、何故……」
「何故攻撃したかって?」
肩を竦める。
「私、素直な敵は信用しない事にしてるの」
「……くっ……」
「それで? どういう意味合いでの扇動なわけ?」
「そ、それは……」
「答えたくないならそれでもいいわ。その代わり、貴方は永遠の休暇になるかもね。……私の性格は分かったはずよ」
「ファルカーっ! ファルカーとかいうアルトマーに頼まれたんだっ!」
「ファルカー……またか……」
死霊術師を組織化し、魔術師ギルドに反旗……を翻す前に反乱を未然に潰されたシェイディンハル支部の元支部長。
既に組織は潰され、発覚の原因となったレイリン、セレデインといった腹心も死亡。
通称『ファルカーの反乱』は完結したものの、ファルカー自身は現在も逃亡中。
性懲りもなくまだ何か企んでるわけか。
「そいつはどこにいる?」
「し、知らないっ!」
「へー、そう。……腕一本斬ったら記憶が蘇るかもねぇ」
「本当に知らないんだっ! 本当っ! 本当にっ!」
……ここまで言えば普通は折れてくるけど……よほどガッツがあるのか、それとも……。
まあ、多分本当に知らないんだろう。
こいつ自身は死霊術師ではないようだし、腕切り落されるリスクを負ってまで庇うのは、却って不自然だ。
魔術師ギルドに引き渡すとするか。
「来なさい」
「は、はいっ!」
人間、素直が一番よね。
くすくす♪