天使で悪魔
死霊術師のアミュレット
終局は確実に近付いていた。
だけどまだ先は見えてこない。この先に待つモノは何?
テレマン砦で評議員デルマー死亡。
彼に従った魔術師達、私が率いたバトルマージ部隊も全滅。全員死亡。
被害は甚大。
黒蟲教団は確実に先手を打って来ている。
今まで闇に潜み、戦力を蓄え、虎視眈々としていた死霊術師達は一斉に行動を開始した。魔術師ギルドは完全に後手に回っている。
このままでは勝てない。
このままでは……。
コロール南西にあるオントゥス砦。
その砦にカラーニャ評議員が配下の魔術師達を率いて立て籠もっているらしい。
それにしてもカラーニャといいデルマーといい、黒蟲教団が狙う品物を持ってどうしてわざわざ辺境に籠もるのだろう?
意味が分からない。
評議員のデルマーとその部下達は死亡したものの、血虫の兜は何とか回収できた。
次は死霊術師のアミュレットだ。
私は不死の愛馬シャドウメアを駆って単身でオントゥス砦に急いだ。
バトルマージ部隊?
率いていない。
私がテレマン砦に行っている際にクラレンスがオントゥス砦に向ったものの途中で死霊術師に襲撃され部隊は壊滅、クラレンス以外は全滅した。
魔術師ギルドの戦力の低下は激しい。
これ以上の消耗は取り返しがつかなくなる。温存しておくべきだと判断、だから私は単独で行動している。
まあ、私ならある程度の展開なら1人で引っくり返せるしね。
さて。
「カラーニャ評議員はこの奥にいます」
「どうも」
オントゥス砦に到達。内部に私は入った。
元々ここは山賊の巣窟だったらしい、山賊の死体が転がっていた。評議員カラーニャが部下を引き連れてここに移って来た際に山賊を殲滅したわけだ。
砦内の魔術師はかなり多い。30名はいるだろう。
転がっているのは山賊の死体だけ。
ふぅん。
カラーニャとその仲間達はそれなりに強いらしい。
まあ、そりゃそうか。
評議会の三席だったデルマーはあくまで実験を主とする魔術師であり戦闘能力は高くない。それに対してカラーニャは破壊魔法のエキスパートとして名
が知られている魔術師であり実戦派。死霊術師といえども簡単に手が出せる相手ではない。
コツ。コツ。コツ。
通路を歩く。
どこもかしこも魔術師達が歩哨として立っていた。
寸分の隙もない布陣。
「……」
コツ。コツ。コツ。
気のせいかな?
魔術師達の顔にはどこか薄ら笑いがあった。考え過ぎ?
そうかもしれない。
……。
……まあ、精神的なものもあるかな。
私もそもそもカラーニャ評議員が大嫌い。向うも私を大嫌い。何しろあいつは私を『トレイブンの子猫ちゃん』と揶揄する嫌な女だ。
愛人か何かだと思ってるらしい。
腹が立つっ!
だけど、まあ、今回はアルケイン大学に戻るように説得するのが私の任務。
冷静に話し合わなきゃね。
大広間に出る。
そこにカラーニャが椅子に腰掛けて本を読んでいた。
ギギギギギギギ。バタン。
背後で鉄格子の扉が閉じられた。
扉を閉じた魔術師は一礼。
何の意味?
逃がさないってか?
まあいい。
扉を閉じた魔術師はそのままスタスタと通路の奥に消えた。完全に閉鎖空間となった大広間。カラーニャは本を閉じて私の方を見た。
立ち上がって一礼をしようともしない。
まあ、確かに相手の方が格が上だ。何しろ評議員の次席。私は評議員待遇ではあるけど、あくまで待遇だけで権限はない。
相手が私を下に見るのは仕方ない。ムカつくけどさ。
私は彼女の十歩ほどの位置で立ち止まった。
「カラーニャ評議員」
「おやおや、これは驚きですね。あなたはてっきりトレイヴンの飼い猫だと思っておりましたよ。ふふふ、トレイブンの子猫ちゃん」
「……」
我慢我慢。
今までだったら攻撃魔法で吹っ飛ばしてた。今までならね。
私も大人になったなぁ。
「子猫ちゃん」
「何?」
「ここに馳せ参じるとはなかなか見所がありますね」
「見所?」
何か思い違いをしてないか?
彼女は続ける。
「貴女もようやく何が正しいのかに気が付いたという事ですかね。貴女の協力は我らの大義にとっても得するところ。歓迎しますよ」
「歓迎って……」
「元死霊術師の貴女なら迎えるに値する。同じ死霊術師同士ならば実に都合が良い。猊下も喜んでくださるでしょう」
「待って」
「共に愚かなるトレイブンの支配の終焉を……」
「待って」
「何ですか、子猫ちゃん?」
「私はアミュレットを取り返しに来ただけよ」
「何ですって? 貴女はこれをトレイヴンの元へ取り戻しにきたのですか?」
「ええ」
「あらあら。身の程知らずとはこの事ですね」
私はニ歩前に詰めた。
これが私の間合。
その気になれば抜き打ちでカラーニャの首をすっ飛ばす事が出来る。
……。
……予想外な展開だ。
完全に想像してなかった。カラーニャは死霊術師だ。私が反乱に合流しに来たと思っているしい。元死霊術師という私に対して何らかの仲間意識
を抱いていたのか、引き抜こうとしていたのか。いずれにしても取り込もうと画策していたのかな?
にしても今の発言、完全に自爆よね。
お茶目な奴だ。
「隠れ死霊術師だったのね、カラーニャ」
「ふふふ」
「今まで魔術師ギルドが裏を掻かれていたのはあんたが内通していたからね?」
「ふふふ」
「あんたがファルカーと組んで魔術師ギルドを潰そうと画策してたのね」
「だとしたらどうするの? 怒る? 喚く? もしかして泣く? 大人がヒステリックになるのは考えものよ。ふふふ」
「どれだけの人が死んだと思ってる、カラーニャっ!」
「面白い理屈ですね、子猫ちゃん。貴女もまたどれだけの死体を築いた? ふふふ、あっはははははははははははははははははははははっ!」
高笑い。
今までにない狂気に満ちた笑い声。
カラーニャの理知的な顔は既に消えていた。
こうなると従えていた魔術師達も全て隠れ死霊術師の可能性がある。今まで気付かなかったけど魔術師ギルドの内部には相当数の隠れ死霊術師
がいたらしい。こりゃ太刀打ち出来なかったのは当然ね。内部工作されれば後手に回るのは仕方ない。
「子猫ちゃん、貴女の叔母は良い声で鳴いたわよ(虫の隠者参照)」
「あんたが殺したのか」
「ええ」
「私がしたかったのに」
「ごめんなさいね。うふふっ!」
私の叔母である死霊術師『墓荒らしのレイリン』の死因は謎のまま。腹部を何者かに刺されて死亡。敗走中に山賊に殺されたと思われていたものの
実はこいつが殺したらしい。口封じ、そして敗北への制裁って事かしらね。
「カラーニャ、アミュレットを引き渡す気は?」
「私はトレイヴンになど従いません。私が聞くのは虫の王マニマルコのお言葉だけです。アミュレットを手に入れれば猊下の力は更に増大し、トレイヴン
といえど歯が立たないでしょう。貴女など持っての他です」
「……」
立ち上がるカラーニャ。
武器は身に付けていない。もちろんこいつに武器は必要ないだろう。純粋な魔術師である以上、武器など邪魔なだけ。
破壊魔法のエキスパートであるカラーニャ。
一度遣り合ってみたかった。
「ご安心なさい、すぐに済みますから。猊下が貴女の活力を吸いだせるよう、綺麗な体のまま殺してさし上げますっ!」
「カラーニャっ!」
タッ。
床を蹴って私はカラーニャに肉薄。腰の剣を一閃、抜き打ちに斬って捨て……れないかーっ!
「ふふふっ!」
大きく跳躍したカラーニャは私を飛び越えて背後に着地する。
どんな身体能力だっ!
私は大きく前に飛び込み、前転して立ち上がる。間合いを取った。そして振り返り様に手のひらをカラーニャに向けた。
手のひらに生まれる炎。
「煉獄っ!」
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
炎が相手に直撃して爆発。
「無駄よ、子猫ちゃん」
「ちっ」
カラーニャにはわずかに届かない、か。見えない何かに阻まれた。おそらくは魔力障壁。
煉獄は使い勝手は良いけど威力としては低い。
少なくともカラーニャのような高位の魔術師相手には効果としては弱い。
ならばっ!
「魔力障壁ごと吹っ飛ばしてあげるわっ! 裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィっ!
ブーストなしでの魔法の中では最強の威力を持つ私の必殺の一撃だ。放たれた雷は一直線にカラーニャに迫る。彼女は手を前に突き出した。
何かの魔法で相殺する気?
「避雷針」
「なっ!」
直進していた雷はカラーニャの一声で突然方向がそれる。
アルトマーは笑った。
「強力な攻撃魔法を使えば一流の魔術師と思っているのであれば子猫ちゃんはまだまだ子供ね。がっかりだわ。ええ、がっかり」
「裁きの……っ!」
「強力な攻撃魔法が使いたいなら、これぐらいはしなさい。雷光の調べっ!」
「……っ!」
光が、弾けて……。
「り、りゅうひぃーっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「……つっ!」
気付いた時、私は壁に叩きつけられていた。私の体が直撃した石壁は砕けていた。
一瞬意識が飛んでたらしい。
くっそっ!
どんな威力だ、カラーニャの雷魔法。
「うー」
立ち上がる。
足がガクガクしてる。本能的に咄嗟に『竜皮』を発動させなかったら多分死んでた。今の私は一時的に伝説の竜人ドラゴニアンと同じ防御力を有している。
一時的、それはわずか一分。
はっきり言って私はカラーニャを舐めてた。魔法そのものは魔法耐性のお陰でほぼ無効化しているけど、その際に吹っ飛ばされて叩きつけられる
物理的ダメージまでは防げない。竜皮がなければ確実に死んでいただろう。
まずい。
まずいですよ、この状況。
竜皮の持続時間はわずか一分間、そして一度発動すると次に使えるのは24時間後。
カラーニャは物理的にはおそらく弱いんだろうけど魔法に対する防御力が高い。煉獄は魔力障壁に阻まれる、裁きの天雷はそらされる。
……。
……まずいな。これは完全に長引く戦いだぞ。
そして長引くと私の方が分が悪い。さっきの『雷光の調べ』そのものの威力は私の魔法耐性で中和出来る。しかし直撃の際に生じる衝撃波、そして吹っ飛
ばされてどっかに叩きつけられる際の物理的なダメージは防ぎようがない。
分としては私の方が悪い。
「どうしたの、子猫ちゃん? 本気出していいのよ? もう陣営はお互いに異なるのだから遠慮はいらないわ。ふふふ」
「くっそ。調子に乗りやがって」
吐き捨てる。
吐き捨てるものの、私は内心で動揺してた。こんな展開は聞いてないぞーっ!
何だこいつはっ!
はっきり言って、ハンぞぅよりも、アークメイジよりも断然強いぞっ!
「絶対零度っ!」
冷気の魔法を放つ。
そして私はそのまま剣を手に相手に向って走る。
竜皮の残り時間はあと20秒ぐらい。あまり時間が残ってないけどダラダラして時間切れ待つより行動した方がいい。
走る。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「接近戦は勘弁ね。スケルトン・ガーディアンよ」
カラーニャは目の前に骸骨兵士を召喚、しかし私は一撃で叩き斬ってカラーニャに刃を振るう。
斬ったっ!
「残念ですね、子猫ちゃん」
フッ。
消えたっ!
「雷光の調べ」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
背後から。
背後から一撃が来た。
そして私は吹っ飛び、頭から石の壁に叩きつけられた。……竜皮の効果がギリギリ残ってたらしい。ある意味でラッキーの範疇だ。
普通だったら死んでる。
ドサ。
その場に私は転がった。何とか膝を付いて立ち上がるものの、やり辛い。完全な魔術師タイプ相手の戦いはやり辛い。私も相手もお互いに魔法戦
の極意を知っているだけに、やり辛い。大抵は防いだりそらしたり出来るからだ。
純粋な魔術師との戦い。
こんなに面倒だとは思ってなかった。
カラーニャは今まで私が相対した魔術師の中で一番強いだろう。ネラスタレルの魔術師よりも強い。ジゼルよりも強い。桁違いの強さだ。
ならば。
ならは裏技使ってやる。
相手もこれを『純粋な魔術師の戦い』と思っているかもしれないけど、それなら甘い。
臨機応変は私の信条です。
「デイドロスっ!」
ワニ型の二足歩行悪魔を召喚。デイドロスは雄叫びを上げてカラーニャに突っ込んでいく。
カラーニャは嘲笑した。
「召喚魔法で勝負? 少し幻滅したわ。使い魔に頼るなんてね」
勝手にほざけ。
というかあんたもさっきスケルトン召喚しただろうが。
「子猫ちゃん、ここで死んで貰うわ」
「ああ、そうですか」
「トレイブンの愚かなる支配は終わる。猊下のお力の前に全てが終わる。ふふふ、分かる? ねえ、分かる?」
「分からないっす」
「そう。残念ね。まあいいわ、私の手で子猫ちゃんは殺してあげる。我こそは虫の賢者カラーニャなりっ!」
虫の賢者?
まあ、何でもいい。
デイドロスはカラーニャに接近。爪と牙を剥き出しにしてカラーニャに襲い掛かる。
そして……。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
雷を放つ。
デイドロスの背中に向けて。
雷の直撃を受けてデイドロスの体は吹っ飛ぶ。凄い勢いでカラーニャに突進。カラーニャはそのまま吹っ飛ぶデイドロスに巻き込まれる形で石壁に
叩きつけられた。見たか私の必殺デイドロスミサイル。正攻法で戦うだけが戦いじゃないのだよ、おばさん。
「私の勝ちのようね」
デイドロス、動かない。死んでるだろう。
そしてワニと壁の間に挟まっているカラーニャも死んでいるだろう。
私の勝ちだ。
「やれやれ無茶をする。アミュレットが潰れたらどうするつもりだったの?」
「……っ!」
まだ生きてるっ!
嘘でしょ、あれで生きてるわけっ!
カラーニャはデイドロスの死体と石壁の間から身をよじりながら抜け出す。全身血だらけではあるものの足取りはしっかりしていた。
化け物かこいつ。
普通じゃない生命力だ。
これが極まれし死霊術の力?
「やれやれ、随分手酷く肉体を壊してくれましたね」
「……」
額の手を拭いつつ彼女は呟く。
そしてべっとりと手に付着した血を微笑しながら彼女は口元に押し付け、舐め取る。
さすがの私も言葉もない。
まさか生きてるとは思ってなかったし、ここまでデタラメな生命力を有しているとも思ってなかった。
デタラメ?
デタラメです。
私の場合は魔法耐性がある、だから魔法が効かない。理屈としては成り立つ。
だけどカラーニャは?
私の場合とはまた意味が異なる。私は魔法を無効にした、物理的なダメージは竜皮で防御した。だけどカラーニャは?
魔法で防御力を上げたのかもしれない。
そうかもしれない。
だからデイドロスミサイルに耐えた、それなら理屈として成り立つ。でもその場合は損傷がないはず。肉体の、つまりは皮膚そのものが強固
になる。防御魔法で耐えたのであれば損傷があるのはおかしい。カラーニャの全身はボロボロ、血塗れ。
つまり。
つまり魔法で防御力を上げて耐えたのではなく、耐えるだけの生命力があった、というわけだ。
例えオークでも今の一撃なら確実にミンチだ。
このアルトマーは何故耐えた?
どんな理屈だ?
「子猫ちゃん、悪いけど一足先にアミュレットは猊下の元にお届けしたわ。ここにはないの。つまり貴女がここに来たのは時間の無駄ってわけ」
「また、後手ってわけか」
「そうなるわね。そうそう、愚かなるトレイブンに伝えておいて。魔術師ギルドはまた無駄な時間を費やしたってね」
「ええ。あんたの首を添えてそう伝えるわ」
「物騒ね、子猫ちゃん。でも無駄よ。充分に楽しんだから私は退かせて貰う」
「逃がすかっ! 裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
雷の魔法。
すぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
「えっ!」
カラーニャの姿が半透明になった。雷が通り抜ける。
くそ、今度はどんな裏技だっ!
「また会いましょう、子猫ちゃん。今度は本気でやらせてもらうわ。手を抜くと結構イライラするものね。ふふふ。あっははははははははははっ!」
「……」
哄笑とともにカラーニャは消えた。
気配がない。
魔力で空間を捻じ曲げてどこかに飛んだのだろう。
正直な話、怖いかな。
今まであんな化け物が魔術師ギルドの中にいた。アルケイン大学の中を闊歩してた。嫌い合ってたものの何年も同じ場所に私はいた。
そう考えると怖いものがある。
そして今、長年仮面を被っていた奴が素顔を現した。私と戦った。そう考えると終局は近付いている。
「決戦は近いかな」
カラーニャ撤退後、彼女に従っていた魔術師達は忽然と姿を消していた。連中も撤退したらしい。
つまり死霊術師だったわけだ。
魔術師ギルドはこれでまたどれだけの戦力を失った?
反転攻勢の機会はまだあるのだろうか?
進むべく道はまだ闇の中。
奴は言った。
「トレイブンの愚かなる支配は終わる」とカラーニャは言った。今までの連中は「トレイブンの愚かなる支配は直に終わる」だった。
直にとはカラーニャは言わなかった。
虫の王が表舞台に立つのが近いのかもしれない。
決戦が迫ってる。
決戦が……。