天使で悪魔





虫の隠者








  アルケイン大学。神秘の書庫。
  世界各地の珍しい本が集いし場所。
  まさに知識の宝庫だ。
  「フィー、この間の本は大変面白かった」

  「よかったわ。ター・ミーナ」
  エイルズウェルの一件から三日。
  私は休職届けを帝都軍に出してアルケイン大学で読書三昧の日々。
  別に大学で研究を再開する、わけでもない。
  そもそも帝都軍を辞めたわけじゃない。一時お休み。ラミナスの方からもその旨を私の上官に伝えたらしいし特に問題はないだろう。
  問題なのはこの待機だ。私を大学の外に出さない気らしい。
  あの報告書の事かな?
  エイルズウェルは特に問題じゃないのよ。
  そもそもラミナスも身内のお茶目(かな?)な実験の余波で住人が透明化した事をおそらくは掴んでいた。
  問題はその過程で私が死霊術師と遭遇した事。
  それも複数ね。
  大学の認識では死霊術師は徒党を組まないと思ってた。
  研究の秘密性からだ。
  だがロクシー北の苔石の洞窟ではドクロの刺繍入りのお揃いのローブを着込んでた。しかも集団。
  死霊術師の派閥があると見て間違いない。
  あの後バトルマージが派兵されて洞窟内の資料を押収。何が書いてあったのかは知らないけどそれ以来大学の出入りが増している。
  おそらく何らかの動きがあるのだろう。

  「フィー」
  「何、ター・ミーナ」
  書庫の管理人であるアルゴニアンの女性は秘密めかした声で私に喋り掛けてくる。
  グッドねぇとはまた性格違うけど
私は好き。
  「大学の公費で『バレンシア』シリーズを全巻個人的に手に入れたいんだけど……」
  「そんなんで犯罪犯さない」
  「いーえ。買いに行くのあなただから貴女だけ犯罪者♪」

  「この犯罪トカゲめ」
  「冗談よぉ♪」
  「当たり前よ。まあ街で見かけたら買って来てあげるわ。私の奢りよ、感謝してよ?」

  「もっちろん♪ おや、ラミナスが来たよ」
  「えっ? あ、ほんとだ」
  珍しい。
  業務時間内にラミナスがここに来るなんて。
  基本、玄関口を動かないこの男が。
  「ター・ミーナ。例の書物はリストアップ出来たか?」
  「ええ。どうぞ」
  書類の束をラミナスに渡す。
  それをペラペラとめくっていたラミナスの表情は硬い。
  何なんだろう?
  「フィッツガルド。これが何か知りたいか?」
  「うん」
  「誰が教えるかボケ」
  「……」
  「さてフィッツガルド。任務だ、来たまえ」
  「誰が行くかこのボケーっ!」
  ラミナス私よりも年上なのに……餓鬼かこいつは……。
  ……ちくしょう。



  連れて行かれた場所は評議会の会議室。
  しかし座っているのは私と旅慣れた恰好をしている数人で、評議会のメンバーは一人だけだ。
  評議会のメンバーはカラーニャ。トレイブンの腹心。
  旅慣れた恰好は多分私と同じように実戦的な魔法を使う連中だろう。大学の奥にいる研究肌の連中とは違う。
  ギルドに所属しつつも研究よりも各地の遺跡探求とかに時間を費やす者達だ。
  ラミナスがそれぞれに書類を配る。
  「ちっ」
  私の時だけ舌打ちしたのは信頼がなせる業なのだろう。多分ね。
  「では始めましょうか。今回マスター・トレイブンはバトルマージ派兵の算段を整える為に帝都の元老院に根回しをしに行っています。よってこの任務は
  私が一任されています。どうぞよろしく」
  ざわつく会議室。
  元老院にわざわざ届け出るという事は余程大規模な派兵なのだろう。
  資料に目を通す。
  前半は手紙?


  『エランドゥルに取り付いた醜悪な邪霊を取り払う為に私は懸命に努力した。友人である彼を救う為に私は彼の身を堕とす原因となった死霊術も学んだ』 
  『救えると信じた。だが遅かった。友人はもはや人ではなかった』
  『彼は既にリッチと化していた。惨めな存在に成り果てた彼を救うべく私は大学に申請した』
  『しかし評議会は私の要請を却下した。そればかりか友人を救うべく学んだ死霊術を罪とし私を追放したのだ』
  『私は人里離れた場所に向う。迷子の洞窟と呼ばれている場所だ。そこに行き、友人であるエランドゥルを救わなければならない。それが友人である私の
  最大限の敬意だ。放浪の身となっても心は常にアルケイン大学とともに。ヴァンガリル』


  そして後半は地図。
  多分、迷子の洞窟への地図なのだろう。
  リッチ。
  それは死霊術師が目指す最終形態。
  ただ私から言わせて貰うなら屍の王様に過ぎない。
  確かに魔力は増すし強靭な存在ではあるものの無敵ではないしもはや人の領域を超えた化け物でしかない。
  私からしてみたらあまり魅力的な姿じゃないねぇ。
  にしてもリッチね。
  今回の任務に関係あるのだろう。
  「お手元の資料はそれぞれ違います。あなた方の任務はそこに指定されている場所にバトルマージ達とともに向かう事です。資料を読めば分かると思い
  ますが今回の任務は死霊術師の一掃にあります」
  ざわり。
  再びざわつく。
  レイリンの一件かせ状況が動いたわけだ。あの叔母はおそらく徒党を組んだ張本人。
  そして押収した資料の中に活動拠点が記されていたのだろう。
  お手元の資料はそれぞれ違う……なーるほど。今まで大学が危険視していなかった死霊術師関連の申請書の類なわけね。そしてレイリンの件でそれに
  火がついた。
  今までは捨て置いたけど危ないんじゃないか、って感じかな。
  「ラミナス・ボラス、あの件の発表をお願い」
  「はい。カラーニャ評議員」
  ハイエルフのカラーニャはお茶を啜りながら、ラミナスに促す。
  進行役か、ラミナスは。
  相変わらず中途半端な役職よねぇ。
  「今回の任務は評議員の仰られたとおり死霊術師の一掃にある。その要因となったのがロクシー北にある苔石の洞窟に徒党を組んだ死霊術師の一団
  がいたからだ。そこは現在制圧され資料を押収した」
  やっぱり。
  完全に裏をかかれたわけだ。
  通説だったもんね、死霊術師は研究の秘密を保つ為に徒党を組まないって。
  「その資料の結果、各地に複数の拠点を所有している事も判明している。よって今回貴殿達実力ある魔術師にお任せしたいと考えている。無論単独
  で行けと酷な事は言わない。バトルマージ達も同行させる」
  「し、しかし連中の目的は?」
  ギルド所属の実戦派魔術師は疑問を口にした。
  誰しもが目的のあった方が行動し易い。
  死霊術師=魔術師ギルドの敵、という方程式だけでは命を懸けられない。
  「目的は不明だ。しかし苔石の洞窟制圧と同時期にシェイディンハル支部の支部長ファルカーが姿を消した。捜査の結果彼もまた死霊術師であると
  判明した。我々は彼が首謀者であると考えている」
  ざわざわざわ。
  現役支部長が死霊術師っ!
  ファルカーがどんな奴かは知らないけど……妙な一般論を信じてた所為で後手に回っているわね。
  私は挙手した。
  「では質問のないようなのでこれにて閉会を……」
  「ここまで来て意地悪する事ないでしょうがラミナスーっ!」
  「ちっ。我侭は昔から変わらないな」
  「あんたに言われたくはないわよあんただけにはぁっ!」
  「……どうぞ、トレイブンの子猫ちゃん」
  カラーニャが面白くなさそうに私を指名した。
  私を子猫と揶揄する嫌な女。
  向こうも私を毛嫌いしてるようだし、まぁお互い相思相憎(あるのかそんな言葉?)だからいっかぁ。
  「虫の隠者って何? レイリンが言ってたけど」
  「虫の……さぁ? 連中の最終目的はリッチ。連中風にはそう言うのではないかしら」
  「質問は以上ですか? ……では諸君、バトルマージを引き連れて任務の遂行を。報酬は私の笑顔だ♪」
  ……。
  ……だからラミナスそれはいらないから。
  ぞろぞろと退出する魔術師達。
  連中はギルドへの忠誠心があるからあれで納得したんだろうけど……私はあんまり、かな。
  「子猫ちゃん」
  むすっとしながら私は振り向いた。カラーニャは何かを差し出す。
  黒いナイフ。
  「これには炎と対アンデッド用のエンチャントが施されています。マスター・トレイブンは今回に限り特例的にこの『浄化の炎』の使用を許可されました。
  フィッツガルド・エメラルダ、持って行きなさい」
  「私が?」
  「割り当てでは貴女が一番面倒となるでしょう。この武器は役に立つはず。何しろ迷子の洞窟にはリッチがいます」
  「この報告書の前文にある、日記の男は失敗したの?」
  「さぁ? しかしリッチに勝てるほど優秀ではなかった、と記憶しています」
  「何故、派兵しなかったの? バトルマージを」
  「評議会は多数制です。私とマスターは賛成に回りましたが、結果派兵は否決となりました。それだけです」
  「ファルカーっで誰?」
  「先程の説明通りです。追っ手を放ちましたが、おそらく逃げられたでしょう。こちらは後手に回ってる」
  「連中は何が目的なの?」
  「リッチ化する事、だと思いますが?」
  カラーニャに聞いても埒が明かないのは事実だ。
  上層部は情報を制限している。
  それは何故?
  「フィッツガルド。バトルマージを十人編成で預ける。月のない夜は気をつけろ。後ろから刺されるぞ」
  「何で私が襲われる必要があるのよっ!」
  「何だ知らないのか? 突撃の際に仲間に後ろから撃たれて死ぬ事は普通だぞ?」
  こ、こいつはー。
  ともかく。
  ともかく叔母の一件で死霊術師達が何らかの行動を起こそうとしているのは事実だろう。
  「さて、行って来るわ」
  「フィッツガルド」
  「心配しないでラミナス」
  「浄化の炎盗むなよ?」
  「もうお前黙れーっ!」
  おおぅ。



  シェイディンハルからかなり南に位置する場所に迷子の洞窟があった。
  完全に野生な場所。
  文明はここには届いていない。私はバトルマージ十人を連れてやってきた。
  あまり集団戦は得意じゃない。
  指揮云々以前に、広範囲魔法連発出来ないのが最大のネックだ。
  「魔術師殿、いかがなさいますか?」
  一番年配のバトルマージが私にそう問い掛けてきた。
  指揮官として見てくれるのはいいけど、私はどちらかというとそういうのは苦手な方だ。
  「あなたはどう思う?」
  「自分、ですか?」
  「私は指揮官になった事ないのよ。だから、代案をよろしく。あなたならどうする?」
  「ここに数人残して……まあ二名か三名、出入り口の封鎖を命令します」
  「ふむふむ」
  「それで盾を持っている者を前衛、弓や魔法の使える者を後衛として、堅実に攻めるべきかと。ただ洞窟の広さにも
  よります。狭く、何本にも入り組んだ道なら二班か三班に分けるべきと存じますが」
  「それで行きましょ」
  私は笑顔でそう応えた。



  洞窟内は横幅は狭く、しかし何本にも分かれ道があった。
  当初の予定通り二班に別れ進む。
  出入り口に三人配置し、四人編成の二班に分かれて洞窟内を行く。洞窟内はジメジメ感があるけどそれ以上に代わり映えしない内部にうんざりしてくる。
  迷子の洞窟。
  なるほど、よく言ったものだ。
  完全に迷宮だ。
  バトルマージの一人が壁に印を付けながら私の後ろをカバーしている。これなら迷わないだろう。
  撤退予定時刻は三時間後。
  例え何があっても……戦闘中はともかく、三時間後には二班ともとりあえず出入り口に集結する手筈となっている。
  何故って?
  簡単よ。
  連絡の取り様がないもの。
  「魔術師殿、これを」
  「これは手紙?」
  バトルマージの一人が手紙らしきものを拾う。
  私は立ち止まり、それを開いた。
  それはおそらくヴァンガリルのものだ。


  『毎日のようにこの洞窟は私の裏をかく。完全に迷った。ジメジメとしたここから出る事が出来なくなる可能性が出てきた。よってここに出方を書き記す』
  『三歩前へ。五歩右へ。六歩上へ。そして苦悩へ七歩。絶望へ跳躍。出口はすぐそこだ。さらに八歩進むと子供が泣き出す。九歩でカジートの眼が飛び
  出す。十歩進むと虫の王の憤怒に刻印が付く。十一歩でオブリビオンの彼方から悪魔が飛来する。これで、外に出られる』


  「……完璧狂ったようねヴァンガリル」
  完全にではないでしょうけど正気を失いつつある。彼が何年前の人物なのかは知らないけど無理もない。
  だけど一人でこんな場所を彷徨えば正気なんか保てるはずがない。

  ここには常識は通用しない。
  あるのは暗闇への恐怖、そして自分が崩壊していく絶望感だけだ。
  大所帯である私達はすぐさま理性は失わないだろうけど、あまり長居はしたくない。

  「魔術師殿」
  「ええ、行きましょう」
  「聞えたな、前進だ」



  本当にここに死霊術師達がいるのか。
  次第に疑問に思ってきた。
  もちろんその猜疑心はここにいるからだ。こんな暗闇の中だからか松明の光すらもどこか空虚に思えてくる。
  しかし今の私は建前的には指揮官。
  私が沈むと士気に関わる……かもしれない。しかしそれを阻むが如く、また落ちていた。
  「魔術師殿」
  「はいよー」
  それは次第に自分を失っていくヴァンガリルの手紙。
  憎しみと恨みが綴られている。



  『偉大なる魔術師ギルドの皆様へ』
  『この手紙が届くという事は、私が奇跡的にこの洞窟から抜け出したか別の誰かが手紙を届けるかのどちらかでしょう』

  『私は友人エランドゥルを救うべく懸命に努力した。結果、友人は救われた。死という形で。しかし物事はそう簡単ではありませんでした。私自身が今度は
  取り付かれ、近い将来リッチとなるでしょう。何とか祓おうとしているものの侵蝕を遅らせるのが精一杯です』
  『もちろん、私がどうなろうと評議会の皆様の高貴な顔に心配という感情は浮かばないでしょうが』


  『かつては偉大だった魔術師ギルドの皆様へ』
  『ここに記された言葉は貴様らに切り捨てらた結果、惨めなアンデッドになりつつあるこの俺の悲痛と憎しみの言葉だ』
  『これが運命?』
  『これが終焉?』
  『真っ平だっ! この俺の言葉がお前達を永遠に呪う事をただ切に祈っているっ!』
  『俺がバトルマージの派兵を頼んだ時お前達は冷徹に却下した、その結果が今のリッチ化しつつある俺だっ!』
  『お前達が責任を放棄した結末が、この俺だっ!』
  『いずれ虫の隠者となった時、俺が貴様らの肉体を支配してやるっ!』


  「なぁるほどねぇ」

  カラーニャの憶測は正しかった。
  死霊術師にとってリッチ=虫の隠者、のようだ。しかしヴァンガリルは友人を救う為に懸命に戦い、結果自身がリッチとなりその結末を招いたであろう大学
  を憎んでいる。それは理解出来る。

  これは正当な憎しみだ。
  だけど次第に狂っていく男の手記を見るのは正直、気持ちのいいものではない。
  ……と萎えてるところに……。
  「魔術師殿」
  「……」
  「魔術師殿」
  「……はいはい。聞えてるわよ」

  また落ちてた。
  あーあー。



  『魔術師ギルドへの葬送状』
  『おまえたちはもうおしまいだ。くだらない権威主義ももうすぐおわる。お前たちの心ぞうはウジだらけとなるのだ。おまえたちの下劣なたましいは俺に
  ぼっ収されてボロボロに貪られるのだ。リッチである俺さまの力のまえにおまえ達はハメツするのだ』
  『食い尽くすくいつくすクイツクス食い尽くすすすすすすすすすすすスススススススススススススススス』
  『ムシノオウノコエヲキイタ』



  「そして完全に狂いましたとさ。めでたしめでたし」
  ……で終らせたら彼も浮かばれないだろうが、既に討伐の対象でしかない。
  哀れだ。
  哀れではあるが人の魂を貪る存在ならば私は討滅する。
  そこに一片の同情があってはならない。
  躊躇えばこちらが殺される。
  もはや向こうは人ではないのだ。部下を率いる身である以上、特に油断は出来ない。
  私の躊躇いは彼らの死すら意味するからだ。

  でも『ムシノオウのコエヲキイタ』→『虫の王の声を聞いた』とは一体何?
  「魔術師殿っ!」
  「今度は何? 何が落ちてるの?」
  「いえ。声が聞えます。それに前方に開けた場所……これは……遺跡です、遺跡があります」
  声。
  それも複数。
  ビンゴ。ここに集結している何かがいる。
  「松明消して」
  「はっ」
  「さて。……始めますか」



  「我々の同胞達よ。時は近いっ! 無知なる魔術師ギルドを追い落とし我々の時代がやってくるっ!」
  アイレイド時代の遺跡。
  
玉座の間。
  そこに座るのは骸骨の亡者。おそらくはヴァンガリル。現在は虫の隠者。
  その傍らに立ち演説しているのは……。

  「うっわレイリン叔母さん。出世したようねぇ」
  「魔術師殿」
  「まだ待機よ指示を待って」
  物陰に隠れて様子を窺う私達。
  こんな僻地にしたらかなりの人数だ。二十人から上はいる。全員がドクロ入り刺繍のローブを着込んでいる。

  死霊術師だ。
  「我々には何も恐れる事はないっ! 虫の隠者たるヴァンガリル様がおられるのだっ! 我々はここに我らが主に歌を捧げよう、この歌は賛美の歌で
  あり我々の凱歌となるのだっ! 我々の将来に幸あれっ!」
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
  レイリン叔母さんの声がひときわ高くなった時、私の放った電撃が恍惚と聞き惚れる手下数名を吹き飛ばした。
  それを合図にバトルマージ達も魔法と弓矢を放つ。
  逮捕する、とかなんかはない。
  ただ私達はここに一掃するために派遣されたのだ。
  倒す。
  倒す。
  倒す。
  ただそれだけ。
  レイリン叔母さんは吼えるようにわめく。
  「ば、馬鹿なっ! バトルマージが派遣されるなんて聞いてないっ! そんなはずないのにっ!」
  ……?
  レイリン叔母さんは気が触れたのか意味のない事を口走っている。
  「はぁっ!」
  私は一直線に走り、眼前に立ち塞がるレッドガードの死霊術師を切り伏せた。
  今日は白兵戦用に炎の魔法エンチャント済みのロングソードを装備している。完全に隙を突かれた死霊術師陣営は完全に受身となっているもののそれ
  もほんのわずかな間で、立ち直りつつある。
  まあ立ち直ろうとも劣勢は覆せまい。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  ゾンビの群れを解き放った死霊術師とゾンビの半数を屠るも、残り十体ほどのゾンビがこちらに向かってくる。
  「」魔術師殿、援護しますっ!
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  ……えっ?
  私の背後からの援護の火球がゾンビを焼き払った。
  先程から私の副官を務めてくれた戦略家のバトルマージだ。
  にっと笑う。
  あっははは。格好良いじゃん。
  「全員敵を恐れるなっ! 行くわよぉっ!」
  『はっ。魔術師殿っ!』
  こういうのは勢いだ。
  勢いに乗って短気決戦を望まなければ勝機はない。
  立ち直りさえすれば向こうの方が数が多いのだから、数で圧されて潰されるのは眼に見えている。
  「レイリンっ! 子供の頃の恨み利息つけて返すわよっ! 裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  何っ!
  相殺された、電撃と電撃でっ!
  「ヴァンガリルっ!」
  「魔術ぎるどのクソ虫どモめ。おれ様がコロシてやるわぁぁぁぁァァあァァァァァァァァァァァァァァァァっ!」
  「ほほほほほほっ! 虫の隠者たるヴァンガリル様に勝てると思うなよ、愛しくも忌々しい小娘めっ!」
  なるほど。
  一応は私が誰かは認識してるわけね。
  それでこそ復讐のし甲斐があるものよっ!
  「レイリン様ご無事……っ!」
  「あんたに用はないわよ。滅びろ、煉獄っ!」
  挑みかかって来た死霊術師を斬り殺し私は炎の魔法。しかしそれはレイリンを庇う……のか、それとも俺様には魔法効かんぞをアピールしたいのか
  は知らないけどヴァンガリルが前に立ち直撃。
  「クくくく。効かんノガわかっタカっ!」
  「ふぅん」
  「トレイブンの愚かナル支配ハ直に終わルっ! ワレラガ王が終わらせるのダっ!」
  「単純ばぁか」
  「ナニっ!」
  「あの程度の炎の魔法が効かないのは知ってますわよ」
  「ナにっ!」
  あの程度で滅びるようならリッチの意味がない。
  あれは目くらましだ。
  私は放つと同時にヴァンガリルの目前へと迫り、そして手に握られているのは異質の黒いナイフ。浄化の炎と命名された対リッチ用の武器だ。
  「滅びろっ!」
  「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
  ゴゥっ!
  呆気ないほどあっさりとヴァンガリルは炎に包まれ、そして収まった時、そこには何もなかった。
  ヴァンガリルは本当の意味で、死んだ。
  ようやく自由になれたのだ。
  振り向いた時、バトルマージ達はこの場を完全に制圧していた。一人重症ではあるものの、生きている以上は私が治癒できる。
  レイリンは姿を消した。
  ヴァンガリルが滅した以上、何も出来まい。
  ……。
  ……見逃した、とも言う。
  しかしシェイディンハルの支部長ファルカーと同様に逃げる場所なんてない。
  追っ手が放たれて結局は野垂れ死に同然に死ぬだけだ。
  「任務終了ね」
  見逃した真意。
  私の中に残る、一片の肉親への想いと受け取ってくれて構わない。
  どうせ追っ手に消されるのは眼に見えてるけど。
  これで今回の死霊術師の一件は幕を閉じた。
  「皆、帝都に帰るわよ」
  『はっ。魔術師殿っ!』
  「そしてとりあえずはお風呂入ってリラックスしたいわぁ」
  途端、笑い出すバトルマージ達。
  緊張が消えたのもあるし達成感もある。殺戮ではあったものの、死霊術師は害でしかない。
  さて帰ろう。
  「凱旋よ♪」

  こうして、死霊術師の一件は終わった。
  ……一件は……。













  「はあはあ」
  漆黒の闇に包まれた森の中をまるで追い立てられた獲物のように疾走する人影。
  追い立てられた。それは間違いではない。
  逃げているのだ。
  人影の名はレイリン。
  フィツガルド・エメラルダの叔母であり死霊術師内では『墓荒らしのレイリン』という異名で呼ばれている。
  苔石の洞窟でフィーに敗北して仲間を失いその後迷子の洞窟に身を潜めていた。
  しかしそれも長くない。
  迷子の洞窟にいた『虫の隠者』を倒され、部下を失い、そして敗走。不敵な笑みでフィーに挑んだレイリンではあったものの今はもう敗者としての道
  を歩むしかない。
  「ファルカーの馬鹿めっ! 何故合流しなかった何故決起しなかったっ! くそぅっ!」
  ここはどこなのかすらもう分からない。
  深い森。
  深遠なる夜の森。
  方向感覚を容易に狂わせるのは当然だ。
  レイリンはまだ知らないものの魔術師ギルドは苔石の洞窟に残されていた資料を押収。それを元にフィーをはじめとする実戦向きの魔術師やバトルマージ
  をレイリンの部下達の潜伏する洞窟や遺跡に差し向けた。
  ほぼ壊滅したと言ってもいい。
  「くそ、くそ、くそぉっ! 見てなさい、見ていなさいよっ! 最後に勝つのは私よぉっ! あっははははははぁっ!」
  狂気に満ちた笑いを闇の森の中に響かせた。
  レイリンは思っている。
  まだ後があると。
  今レイリンが向かっているのは同胞であるセレデインが潜伏している洞窟。
  がさっ。
  「ひっ!」
  がさっ。がさっ。がさっ。
  茂みを掻き分ける音。
  目を凝らすものの、真なる闇を見通す目を人は持っていない。
  幸い月明かりがその場を照らした。
  森を。
  レイリンを。
  ……そして……。
  「な、なんだあんたか。脅かさないでよ」
  「……」
  「ちょ、ちょうどいい。魔術師ギルドの追っ手の及ばない場所に匿っておくれ。あんたなら、容易いでしょう?」
  「……」
  「今回は失敗したけど私にはまだ組織力があるわっ! 手懐けた部下達もねっ! もう少し時間を頂戴、そうしたら私達死霊術師を虐げてきたトレイブン
  の糞をゾンビにしてやられるしアルケインの連中を足下に平伏せる事だって可能よぉっ!」
  「……」
  安堵で饒舌になるレイリン。
  無言を保つレイリンの知り合いらしき人物。
  重々しく、口を開いた。
  「猊下(げいか)からの命令を伝える」
  「猊下の?」
  「死ね」
  「……えっ……?」
  影は動いた。
  レイリンと一瞬交差した。
  レイリンは腹部を押さえてそのまま後退。腹部は血で溢れていた。
  血に塗れ月明かりに光るナイフ。
  「ど、どうして……?」
  「お前の無思慮な行動は我々の行動の妨げとなる。猊下はお前の派閥の切捨てを望んでおられた。よって遂行した」
  「あ、あんたが裏切って……っ!」
  「裏切りとは違う。少し違う。これは猊下の命令。絶対なるお言葉」
  「わ、我々を捨石に使ったわねっ!」
  「猊下の御身を護る為の、必要な生贄。そして今、お前は不必要となり処分される」
  「う、う、裏切り者っ!」
  「どの道お前にはもはや価値はない。お前の派閥は滅んだ。利用する価値がない以上、処分する」
  「は、諮ったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  「お前達の犠牲で我々は滅んだと思うだろう。愚かなるトレイブンめ。ふふふ」
  レイリンの断末魔と影の愉悦に満ちた哄笑は響き渡る。
  月は雲に隠れ、再び闇が支配した。
  ……闇が……。


  夜の闇は終わらない。