天使で悪魔
血虫の兜
ガレリオンとマニマルコ。
伝説の2人の魔術師の戦いは今なお語られている。
最終的な勝者はガレリオン。
だけど本当にそう?
戦いに勝ったからといって勝者とは限らない。
最後に立っている者こそが、最終的な勝者なのだから。
「結構な数がいるわね」
「そのようですね、魔術師殿」
レヤウィン北東にあるテレマン砦。
私はバトルマージ部隊を率いてテレマン砦を望める場所で様子を窺っている。
近くには魔術師ギルドの魔術師、黒蟲教団の死霊術師の死体が転がっていた。小競り合いでもあったのだろう。
死霊術師の主力は、砦を囲む形で展開していた。
結構多い。
死霊術師30名、ゾンビや幽霊などのアンデッド軍団が60体。
それに対して私の率いる部隊は20名。
まあ、質としてはこちらのバトルマージが上だろう。魔術的な能力は互角かもしれないけど、バトルマージは鎧で完全武装してるし剣も扱う。
死霊術師の纏うローブの防御力なとないに等しいのだから臆する必要はない。
問題は……。
「魔術師殿、リッチがいます」
「ふむ」
虫の隠者だ。
死霊術師の幹部的な存在。
そのリッチと並んで親しげに話しこんでいるフードを被った死霊術師がいる。あれは虫の従者かな?
虫の隠者と虫の従者、2人揃った展開は初めてだ。
まあ、従者はさほど強くないけどさ。
立場的にはどっちが上かな?
「魔術師殿」
「ん?」
「どうされます?」
「うーん」
突撃敢行してもいいけど犠牲が出る。
死霊術師はどうでもいい。アンデッド軍団も虫の従者もさほど怖いとは思わない。まあ、私がいるしね。問題は虫の隠者だ。あのリッチは厄介。
倒せないとはいわない。
ただ1発では無理。
能力には個体差はあるけど裁きの天雷を数発耐えるのは共通している。
戦いの最中にバトルマージの被害も出るだろう。
それは避けたい。
極力ね。
戦いである以上、死傷者は出るのは必然かもしれない。犠牲を出したくないとただ叫ぶのは理想論。それは理解してる。
だけど犠牲を出さない為の努力はするべきだ。
私はそう思ってる。
「魔術師殿」
「この状況、どう見る?」
「はい?」
「この状況」
「はあ、愚見ですが……連中、待ちの構えになっていると思います」
「そこよ」
「……?」
「テレマン砦は死者に対する決定的な結界を有している、とマスター・トレイブンに聞いた。死霊術師はそれを知らなかった」
「ああ。なるほど」
合点したようにバトルマージの1人は頷いた。
そう。
黒蟲教団の部隊は知らなかったのだ。テレマン砦内部は死霊術を無効化してしまう、つまりアンデッド軍団は無意味となる。入った途端に崩れるのか
消滅するのかは知らないけどアンデッドは無用の長物でしかない。黒蟲教団はアンデッド主力で出張ってきた、だから足踏みしているのだろう。
だから。
だから死霊術師の部隊は持久戦の構えを取っている。
血虫の兜を持って籠城している評議員デルマーが出て来るのを待っているってわけだ。
虫の隠者の能力は高いけど、アンデッドの範疇だから入るのを躊躇っているのだろう。そうでなければ実力行使しているはず。
魔術師ギルド、黒蟲教団、双方共に持久戦の構え。
ならば付け入る隙はある。
「ふむ」
「魔術師殿。いかがしますか?」
「私がテレマン砦に入るわ」
「お1人で?」
「ええ」
「しかし危険……」
「大丈夫。私が砦から出て来たら一斉に攻撃を開始して。いいわね?」
「了解しました、魔術師殿」
それから。
それから数十分後。
私は共を連れてテレマン砦の入り口に向かう。砦を囲む形で展開していた死霊術師達は攻撃の意思を見せるものの私は黙殺。
歩みは止めない。
攻撃して来ないのは予測の範囲内。
何故なら私は死霊術師の死体から衣服を剥ぎ取り、それを纏っている。ローブの下には鎧を着込んだままだけどね。死霊術師の恰好だけ
ではなく、私はスケルトンを一体引き連れている。叔母である死霊術師レイリンに叩き込まれた死霊術だ。
まあ、私は死霊術師としての才能はなかったらしく下級スケルトン召喚しか出来ないけど。
さて。
「お前、敵か」
フード付きの男が口を開いた。虫の従者だろう、多分。
次にリッチが口を開いた。
「あたくしの部隊のものではありませんね」
「ええ」
ふぅん。
一人称は『あたくし』なんだ。つまりは女?
リッチの声は声帯が黴てるからか知らないけど聞き取りづらい。声で性別の判断はしづらい。女かオカマだろう。
「私は援軍よ」
「聞いていませんよ」
「ええ。突然命令が発せられたから。テレマン砦は対死霊術の結界が施されている。アンデッド主力では太刀打ち出来ない、その判断で命令が来たの」
「誰から?」
「ファルカー」
「……」
ハッタリだけど通じるかな?
虫の隠者、虫の従者、沈黙を保つ。
幹部として存在している以上、馬鹿ではないだろう。組織としては纏まっているとは思う。少なくとも魔術師ギルド以上に。
簡単に口先だけのハッタリで騙されるほど馬鹿ではあるまい。
ならば何故迷う?
利用しようとしているのだ、私を。
おそらくはハッタリを見抜いている。もしくは半信半疑か。
いずれにしても私が砦に入る最大の理由がデルマーと一緒に籠城でない事は分かっているはず。私が黒蟲教団の援軍であれ魔術師ギルドの援軍で
あれ、どっちにしてもテレマン砦に入って血虫の兜を回収するのは誰が見ても確定的だ。
連中は利用しようとしている。
死霊術師の仲間なら私が回収して来てお終い、魔術師ギルドの人間だと断定したら血虫の兜を手にして出てきた途端に私を抹殺。
どっちにしても連中には損のない展開だ。
……。
……まあ、私がこの場で大暴れしてデストロイする可能性は考慮してないようだけど。
全部始末する?
うーん。
この状況では勘弁して欲しいかな。
結構面倒。
それにバトルマージを引率しているのだからちゃんと指揮して戦いたい。その方が楽だし。しかし相手の最大の隙を衝く為の方法は血虫の兜を回収して
出てきた直後だ。私としても血虫の兜の回収が最大条件。兜を回収、その後死霊術師を一掃するとしよう。
デルマーの安否?
まあ、それは状況が許せばだ。
虫の隠者は口を開く。
「よろしい。許可しよう。部下の手助けは欲しいかな?」
「不要」
「お前自身がもしかしたら魔術師ギルドの犬かもしれないから?」
「勝手に決め付けないで。だけど、血虫の兜は必ず回収してくる。それで私の忠誠心を試して」
「よろしい」
「じゃあ行ってくるわ」
私はテレマン砦の中に入った。
テレマン砦内部。
どこにでもあるような内装だ。
帝都軍が軍費縮小の為に放棄した砦なのか、反帝国の組織が放棄した砦なのかは知らないけど、ここはそういう砦なのだろう。
甚だ迷惑な話だ。
お陰様でそういう砦は山賊などの賊関係の根城、モンスターの巣窟、吸血鬼の住処と化している。
「ふむ」
乾いた内部の空気だけなら、いつも通りの展開なんだけど、ここはそれだけではない。
血の匂いが漂っている。
大量にね。
充満しているといってもいい。それに死体にも事欠かない。
コツ。コツ。コツ。
私は歩く。
目に付くのは常に1つだけ。死体。
鼻に届くのは常に1つだけ。血臭。
入り口付近にあった死体のカテゴリーは2つに分かれていた。魔術師ギルドと黒蟲教団の死体。内部に突入しようとした死霊術師を迎え撃ち、小競り
合いの末の死体なのだろう。それと対死霊術用の結界に気付かずに突撃させて崩壊したゾンビの死骸が転がってた。
それはいい。
それはいいのよ、別にね。
問題はその奥だ。
奥に進むに連れて死体は増えていく。これは魔術師ギルドの魔術師オンリーの死体だ。
連中は何故死んだ?
入り口付近の戦いで死霊術師は作戦を転換した。突撃路線から持久戦路線へと転換した。それに奥までは到達していないはず。そんな状況なら敵か
味方かも分からない私を虫の隠者は利用しようとは思わなかったはずだ。
「鬼が出るか蛇が出るか」
面倒な展開になりそうだ。
私が思うに賊関係ではないだろう。どんなに不意を衝かれても魔術師達が成す術もなく殺されるのはありえない。少なくとも賊の死体も少しは転がって
ないとおかしい。よっぽどその賊が強いのか、それとも人間ではないのか。
じゃあ吸血鬼?
それもないと思う。だってここにいるのは魔術師。吸血鬼の弱点である炎の魔法を使える人材には欠かない。
吸血鬼ではないだろう。
だとすると……。
「モンスターか」
それもかなり強力な奴かもしれない。モンスターは突然変異のタイプもいるから生命力は桁外れに高い。
その可能性も高い。
……。
……まあ、何が相手でも始末はしますけど。
デルマーは大丈夫かな?
これだけの魔術師を惨殺してしまうぐらいだからかなり強力な部類のようだ。デルマーの安否は絶望的かもしれない。
廊下には死体が溢れてる。
小部屋にも死体の山。
ほとんど何の抵抗も出来ないまま……もしくは抵抗しても勝てないまま魔術師ギルドは全滅に近い形に追い込まれてしまったのだろう。デルマーがど
れだけの人材を率いて来たのかは知らないけどほぼ全滅なのは確かだ。死霊術師が手を下さずとも内部で自然消滅していたわけだ。
「あーあー」
ちぇっ。
死霊術師も突っ込めばよかったのに。
そうしたら私も楽に終わった。
やれやれだ。
今のところ厄介な存在とは遭遇していない。私は砦内部を進む。
下に。
下に。
下に。
テレマン砦は他の砦同様に下層に大規模な空間を有している。
デルマーは下層にいるのだろうか?
そして……。
最下層には広大な空間があった。
昔はここで何かの祭儀か儀式があったのだろう。祭壇があった。その祭壇の上に横たわる白い法衣の男がいた。
顔は判別出来ない。
顔がないからだ。
正確には首から上がまるまるなくなっていた。右足も食い荒らされている。
だけど誰かは分かる。
白い法衣は評議会のメンバーを示す。つまりあれはデルマーだ。
「……」
随分と変わり果てた姿になったものだ。
死霊術師の仕業ではない。連中は入り口で足踏みしている状況だからそれは絶対にありえない。
この場にいるのは3人。
1人は私。
祭壇の前には1人が死体を食らっている、そして壁に寄りかかって瞑目しているのが1人。
計3名だ。
ぴちゃ。ぴちゃ。めきゃ。
咀嚼音だけが静かに響く。
木霊するその音はどこか異様で、どこか寒気がするものだった。そして悪寒の奔る光景。
祭壇には例の血虫の兜が無造作に置かれていた。
ピタリと咀嚼音が止まった。
食らっている人物の動きが止まった。血で口を塗らしたまま振り返る。壁に寄りかかって名目していた人物も瞳を開き、私を見る。
2人は人間ではなかった。
ドレモラだ。
オブリビオンの魔人だ。
確かこいつらの系統は破壊の魔王メルエーンズ・デイゴンの支配下にある連中だ。
頭の中で情報を検索する。
『ドレモラ・キンマーチャ』
『上級仕官の魔人。コマンダーとしての立場であり、部隊を指揮する立場の者達』
『ドレモラ・マルキナズ』
『侯爵の地位にある者達で、魔王から領地を与えられている』
『男性社会のデイゴンの軍勢の中で、唯一女性の魔人が存在している』
ふぅん。
ドレモラの階級で言えばNO.2とNO.3がここにいる。
必ずしも無敵の存在とは言わないけど、人間と魔人、その個体の能力差はどうしても無視出来ない。魔人の方が強いのは仕方ない。
だけど私が臆すると思う?
いいえ。
そんなはずはまるでありません。
壁に寄りかかっている魔人が口を開く。マルキナズの方だ。淡々とした、静かな口調だった。
「我が名はマーズ。今はここに厄介になっている。以前はブリトルロック洞穴(彷徨の学者参照)にいた」
「よろしく。私は……」
「人間の名など不必要だ。魂の色で覚えた」
「そいつはどうも」
「我は同胞の住処に厄介になっていた。すると定命の者達が乱入して来た。無視するつもりでいた。だが連中は言った。従えと」
「だから殺した?」
「我らを調教次第で従う獣と思うから仕方のない事だ」
「なるほど」
デルマー達がドレモラ達がここにいるのを知ったのは偶然だろう。当然驚いたはず。しかし同時にこう思ったのだ。
死霊術師退治に利用しようと。
ドレモラの階級と能力にもよるけど、虫の隠者を倒す能力を有しているのは確かだ。まあ、リッチの方が強い場合も多々にあるだろうけどさ。
ともかく利用出来ると踏んだのだ。
そして結果は?
なるほどね。その結果として横暴に怒ったドレモラ達に全滅させられたってわけだ。
可哀想可哀想。
「それでどうする、いずれ死にゆく者よ」
「喧嘩せずに終われるのであればそれを願うわ。別に敵対する理由はない。あんたらはここで静かに暮らす、私は兜を回収する、それで話はお終い」
「賢明で冷静で淑女な考えだ」
「それはどうも」
「逃がすなんて甘いですぞっ!」
その時、叫んだのは口を血で塗らしたドレモラ・キンマーチャ。こちら側の世界ではそうそうお目に掛かれない強力な魔人。
血気に逸っている模様。
元々の性格なのか、血と肉を食らってハイになってるのか、デルマー達の無礼さへの怒りの延長線なのか。
まあ、多分全部だろう。
バッ。
突然異界の剣を手にして私に飛び掛ってくる。手から雷を放ちながら間合いを詰めてくる。
馬鹿めっ!
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
一撃で粉砕。
私にとってオブリビオンの悪魔はトラウマ。魔術はそれらを倒す為の、つまりトラウマから脱却する為の手段でしかない。その為に強くなっただけ。
魔人はあっさりと吹っ飛ぶ。
私はマーズと名乗った魔人の方を見る。
「私は兜を回収して帰るけど引き止める?」
「定命の者よ」
「何?」
「この間のダンマー(アリスの事)といい、この世界はなかなかに楽しいな。再会を期待する」
「じゃあ兜を持って帰るわよ。いいのね?」
「好きにしてくれたまえ」
「そうさせて貰うわ」
「さらばだ」
理性的な口調でドレモラは目礼した。
驚いた。
こういう紳士的なのもいるんだ。
少しは考えを改める必要があるのかもしれないわね。
ともかく血虫の兜を回収。
あとはテレマン砦の外に展開している死霊術師どもを殲滅する必要があるわね。