天使で悪魔







暴かれた陰謀






  率先して動く必要がある。
  幸運はいつまでも続かない。
  後手に回るのが嫌なのであれば自ら動くべきだ。

  それは抗争の根幹。






  アークメイジの弟子達の抹殺。
  現在13名いるハンニバル・トレイブンの高弟達の内の5名は既に抹殺されたらしい。死霊術師達の手によって。
  弟子の抹殺、その目的は明白だ。
  ハンニバル・トレイブンは結構な歳だ。死霊術師は今後の憂いを立つ為に、今後の展開を有利に進める為に後継者になりうる弟子達
  の抹殺に乗り出したのだろう。それに対しての魔術師ギルドの動作は緩慢。まだ会議の段階らしい。
  だから。
  だから追放されたラミナスが動いている。
  現在の彼のポジションはちょっと前のモドリン・オレイン。組織の破綻を防ぐべく秘密裏に動いている。
  弟子の5名は保護済み。
  ブルーマ魔術師ギルド支部に保護されている。
  私は援軍として向かう事になった。
  一路ブルーマへ。




  「うー。さぶぅ」
  北方都市ブルーマ。
  雪に深く包まれた都市。住民の大半はノルド。極寒の地に適応した民族。彼ら彼女らはブルーマに不満はないだろうけど私はブレトン。
  寒いのはあまり得意ではない。むしろ寒さは天敵っ!
  とっとと屋内に入りたいものだ。
  私は街の通りを小走りに通り抜ける。
  シャドウメアは厩舎に預けてある。何度もこの街に来ているので厩舎の世話人とも顔馴染みだ。
  それにしても……。
  「騒がしいなぁ」
  街の中は騒動の真っ最中。
  暴動でもあったのかな?
  衛兵が走り回っている。
  火災?
  そうかもしれない。
  衛兵達が走っている方向からは黒煙があがっていた。
  何だろ。
  その時、聞き覚えのある声が後ろから響いた。
  「おお。君かっ!」
  「ん?」
  そこにいたのはブルーマ衛兵隊長カリウス・ルネリアスだ。既に馴染みの人物だ。何度か助け合ったし。
  彼は部下を3名率いている。
  その視線は黒煙のあがる方に注がれていた。
  「あの煙は何なの?」
  「君は魔術師ギルドの人間だったね、確か」
  「ええ。それが?」
  「燃えてるんだ、魔術師ギルド支部の建物が」
  「えっ?」
  「それだけじゃない。建物から亡霊が放たれた。現在戦士ギルドと我々衛兵が対処している。しかし火勢が強くて中には……お、おい、どこに行くっ!」
  私は走る。
  アークメイジの弟子達が保護されているブルーマの魔術師ギルド支部。
  火災?
  亡霊?
  それらはただの偶然?
  そんなはずはない。
  いくらなんでもタイミング的に合い過ぎてる。
  「くそっ!」
  死霊術師に先を越されたっ!




  炎に包まれる魔術師ギルド。
  そんな建物の中から大量に亡霊が飛び出してくる。亡霊の戦闘能力は下級でしかない。何らかの取り決めがあるのか知らないけど、魔術師ギルドの
  建物と戦士ギルドの建物は隣接している。戦士ギルドのメンバーの実戦経験は衛兵隊よりも豊富だ。
  亡霊に負けるほどヤワではない。

  「絶対零度っ!」
  私は扉を包む炎を冷気の魔法で消火。
  そして扉を蹴破る。
  見た感じ戦士ギルドと衛兵隊は亡霊達を圧倒している。数の上では劣勢だけど、あの勢いなら勝てるだろう。この場は連中に任せるとしよう。
  私は建物に突入する。
  建物の中は建物の中で亡霊が満ちていた。
  どこから出てきた、こいつら?
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィっ!
  あの世への道連れを欲しがって私に群がってくる亡霊どもを雷で一掃。
  邪魔だっ!
  「ちっ」
  建物の中も当然ながら炎で満ちていた。
  まだ数十分は大丈夫だろうけど鎮火は不可能だ。既に建物は燃え尽きるのを待つだけ。
  「絶対零度っ!」
  それでもわずかな時間稼ぎの為に、そして通路を進む為に邪魔な炎を消しながら私は進む。
  通路にも亡霊がいる。
  そして死体。
  「外道め」
  誰だか知らないけどあの亡霊は死体から抜き出したものだろう。要は殺した相手の魂を死霊術で弄って亡霊に仕立て上げた。
  死霊術の最大の脅威は倫理観とか魂の冒涜とかそんな簡単な事じゃない。
  敵ですら死体にすれば自らの手駒に出来る。
  つまり。
  つまり死体が増えれば増えるほど死霊術師は軍勢を得る事が出来る。
  100の敵も死ねば忠実なる100の軍勢になる。
  「はあっ!」
  タッ。
  廊下を走る。そして私は亡霊を一刀の元に屠った。背後に無数の気配、ちらりと見ると別の部屋から現れた亡霊がいる。
  目障りだ。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィっ!
  一撃で一掃。
  数が揃ったところで問題ではない。
  だけど亡霊はどこからこんなに出て来たのだろう?
  殺した相手を亡霊として支配する、まあ、それは死霊術師の常套手段。しかし数が多過ぎる。ここにはこんなに人数はいないはずだ。殺して
  手駒にしているのであれば数が合わない。外の亡霊も合わせると50人分の亡霊がいる事になる。
  数が合わない。
  ぼぅっ。
  何もない虚空に突如浮かび上がる影、影、影。
  具現化した亡霊だ。
  ちっ。
  「目障りっ! 裁きの天雷っ!」
  強力な一撃。
  例え直撃を回避しても周囲に余波が伸びる。亡霊に回避出来るものじゃあない。一掃完了。
  本当は煉獄で充分。
  だけど燃え盛る建物の中でわざわざ炎上を助長するような炎の魔法は厳禁。勿体無いけど雷の魔法を使うしかない。霊体に冷気は効き辛いし。
  今のところ生き残った人は見ていない。
  あるのは死体だけ。
  ただ、現在のブルーマの戦力は支部の中では最強だろうと思う。アークメイジの弟子達が5名もいるのだ。
  亡霊程度に負けるはずがない。
  奥で立て籠もってるのだろう。早く救出しないとまずい。亡霊には勝てても炎上には勝てない。多分、出るに出れない状況になっているのだろう。
  それが何かは知らないけど早く救出しないと。
  私は奥を目指す。
  私は奥へ。



  亡霊達を蹴散らし、蹴散らし、蹴散らし。
  奥へと到達した。
  そこはブルーマ魔術師ギルド支部を束ねるおちゃらけ支部長ジョアン・フランリックの執務室兼私室。
  1人の女性がそこにいた。
  ポツリと1人だけ立っていた。この部屋にいる他の者達は全員床に転がっていた。
  ジョアンもだ。
  生きているようには見えない。彼女の首は切り裂かれていた。
  血が床を染めている。
  女性は私に気付くと口を開いた。

  「どなたです? ……ああ、貴女が不運なゲストなわけね」
  「何者?」
  「虫の従者カミラ・ロリアと申します」
  「わざわざ待っててくれたわけ? 私に殺される為に? 奇特な人ね、その心遣いは痛み入るわ」
  「残念だけどパーティーはもう終わったわ。主賓は既にお帰りになりました」
  「主賓?」
  「ええ」
  何を言っている?
  女性は、カミラ・ロリアと名乗る死霊術師は悠然と立っている。構えもせずに腕組みをしたまま。
  こいつの余裕は何?
  「ゲストである貴女のお名前は名前はフィッツガルド・エメラルダ、そうですね?」
  「……」
  「お待ちしておりました。主賓から接待を命じられております」
  「……」
  私を待ってた?
  それが炎の中で居残ってた理由?
  だとするとラミナスの行動はばれてる、ラミナスの行動は評議会には通していないものの、彼の行動に賛意を示す魔術師ギルドの協力者には
  筒抜けだ。つまりその協力者が死霊術師側の内偵者だとすればラミナスの行動は全て死霊術師に筒抜けという事になる。
  私が来るのも内偵者を通して知っていたってわけだ。
  ……。
  ……だとすると黒蟲教団は実に巧妙な手を打ったものだ。
  ブルーマには黒蟲教団が殺す予定のアークメイジの弟子達が保護という名目で集結している。死霊術師は一網打尽にすべく用意周到に画策し
  ていたのだろう。魔術師ギルドの内紛を見越した上で連中は動いてる。内部抗争続く魔術師ギルドでは勝てるはずがない。
  ラミナスの行動も読まれてる。
  駄目だ。
  今のままでは組織的には勝てない。
  指揮系統はバラバラ、利害すら一致していない魔術師ギルドでは勝てるはずがない。
  まずい。
  まずいわね、この展開。
  完全に後手だ。
  「フィッツガルド・エメラルダ。あなたは実に可哀想なお人形ですね。命じられるがままに動く操り人形。誰にも愛されず、当てにもされない」
  「だから何?」
  「強がらないで。本当はトレイブンに捨てられて泣きたいくせに」
  「悪いけど話し込むつもりはないわ。とっとと始めましょう」
  「ふふふっ!」
  バッ。
  彼女は何かを投げた。私は身構える。
  床には無数の宝石が散らばった。カミラ・ロリアが投げたのは宝石だった。しかしその宝石は美し過ぎた。そこにあるのは危険な美。
  「魂石か」
  「ご名答ですわ」
  そうか。
  それでか。
  魂石は宝石魔術師が作った魔力増幅効果のある、人間の魂を込めた宝石(宝石魔術師参照)。
  この建物に満ちている亡霊達は魂石から解放されたってわけだ。
  カミラ・ロリアは印を切る。
  宝石に封印された亡霊を解放するつもりなのだろう。
  「愚かなるトレイブンの支配は直に終わるっ! アルケインは既に砂上の楼閣、明日には全てが崩壊するわっ! ふふふ、あっはははははははっ!」
  「勝手にほざけ」
  魂石から亡霊が解放される。
  私を取り囲む。
  アークメイジの弟子達を抹殺する為にブルーマ支部を襲撃した死霊術師。そして私が来る事も知っていた。今回一気に弟子を一掃する腹なのだろう。
  だけどまだまだ甘い。
  「裁きの天雷っ!」
  「……っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  必殺の雷はカミラ・ロリアを焼き尽くす。そして直撃した際に生じた余波が部屋を駆け巡る。
  亡霊もろとも一掃。
  刺客として居残らせるならもっと腕の立つ奴を残すべきだ。
  雑魚過ぎる。
  「あれ?」
  雑魚過ぎる?
  他の弟子達の能力は知らないけどジョアンの能力は高かった。こんな女に負ける?
  ありえない気がする。
  カミラ・ロリアは『主賓は帰った』と言った。
  主賓とは誰?
  主賓……。
  「そこにいるのは誰」
  気配がした。
  私は静かに声を発する。問答無用で吹き飛ばさなかったのは相手に殺意の感情がないのと、姿が見えないからだ。
  透明化しているらしい。
  まあ、殺意さえ感じたら姿の有無関係なく吹き飛ばしたけどさ。
  何もない虚空に1人が実体化する。
  カジートだ。
  確か前にジョアンに悪戯してた奴だ。彼は怯えた声で呟く。
  「奴らは……いなくなったのか?」
  「ええ。始末したわ」
  「ジュスカールだ。前に、一度会ったよな?」
  「ええ。ここで何があったの?」
  「わ、分からない」
  「はっ?」
  「怖かった。動けなかったんだ。叫び声が聞こえたけど、でも全く動けなかった。あいつが皆を殺しちまった。虐殺だよ」
  「仕方ないわ」
  透明化して隠れていたのだろう。
  卑怯?
  いいえ。賢明ね。
  勝てない相手に挑むのは勇気じゃない、無謀であり蛮勇だ。生き延びる為には隠れるのも1つの手だ。
  結果として他の者を見捨てる事になろうともそれは責められない。責めてはいけない。
  「俺は……」
  「ん?」
  「俺はあいつの顔を見たんだっ!」
  「誰のことを言ってるの?」
  「虫の王だ、ここに現れたあいつは伝説の死霊術師マニマルコだったんだっ! 奴がさっきまでここにいたんだっ!」
  「虫の王が?」
  総帥自ら出張ってきた?
  ジョアンを殺したのは奴か。
  「あいつは1人ずつみんなを殺していった。ヴォラナロが最後だったと思う、逃げようとしていたが駄目だった。ヴォラナロが死ぬ前に虫の王があいつ
  の前に立ち塞がって、あれはまるでヴォラナロの魂を吸い取っているかのようだった」
  「魂を?」
  「自分の目を疑ったよ。俺が生き残れたのは透明化していたからだ。しかし、それでもあいつには見えていた気がする。虫の王は山彦の洞窟がどう
  とか、魔術師ギルドを崩壊させるとか喋っていた、そして奴は俺を見て……にやっと笑いやがったんだっ!」
  「山彦の洞穴」
  聞いた名前だ。
  どこでだろ。
  ……。
  ……そうか、思い出したっ!
  スカイリム解放戦線&闇の一党残党が拠点としていた洞穴だ。帝都兵の部隊が消息を絶った場所だ。
  つまりはそういう事か。
  移り住んできた黒蟲教団に一掃されたってわけだ。
  奴らはそこにいる。
  奴らは……。
  「何とかしてくれよっ!」
  「えっ?」
  「俺は知ってるぞ、あんたマスター・トレイブンの養女なんだろ?」
  「ええ」
  「早くアークメイジのマスター・トレイヴンに知らせてくれよっ! 虫の王を倒せるのはあの人だけだ、早く何とかしてくれよっ! じゃないと皆殺されちまうっ!」





  ジュスカールを保護して私はスキングラードに舞い戻った。
  カジートは城に匿って貰う事にした。
  ここなら絶対安全だろう。
  少なくとも魔術師ギルドの支部よりはマシだ。
  ラミナスに全てを報告した。
  彼は椅子に沈んだまま沈黙を保っていた。いつものように冗談を言う余裕もないらしい。それはそうだろう。支部が1つ落ちたのだ。
  弟子もほぼ全てが殺された。
  生き残っているのは私、アルラ、ノル爺のみ。
  ラミナスは声を搾り出すように呟く。
  「……予想していたよりも最悪な展開に進んでいるようだな。何とかしないと本当に取り返しがつかなくなる」
  「完全に後手ね。弟子の保護まで連中に筒抜けだった」
  「ああ。結果として私が連中にプレゼントとして掻き集めて進呈したようなものだ」
  「それは……」
  「慰めはいい。結果としてはそうなった。しかしここで立ち止まるわけにはいかん。結局魔術師ギルドそのものが動かなければどうにもならん」
  「そうね」
  「問題を整理するのに数日はかかるだろう。ジュスカールの安全は私がしっかりと保証する、ご苦労だったな」
  「それで?」
  「数日待て」
  「だけど時間は……」
  「分かっている。しかしそれなりに下準備は必要だ。それが終わり次第アルケイン大学に舞い戻るぞ。評議会を一時的に我々が乗っ取る形になるか
  もしれん。それでも動かなければならん。フィッツガルド、君はどうする?」
  「今更でしょ。最後まで付き合うわ」
  「助かる」
  彼は深く頭を下げた。
  死霊術師との全面対決はすぐ間近まで迫っていた。