天使で悪魔







死霊術師の月






  闇の裂け目。
  祭壇は建てられた。
  隠者達は招集された。
  空に目を向けろ。
  神の恵みが光となって我々に降り注ぐ。





  
  死者の門の一件から3日後。
  私は城にいた。
  ローズソーン邸でごろごろしてる方が楽でいいんだけど、アンに迫られるのも疲れるのでスキングラード城に来た。
  まあ、自主的に来たというよりは呼び出されたんだけどさ。
  ハシルドア伯爵に。
  そしてラミナス・ボラスに。
  現在魔術師ギルドは完全に麻痺している、停滞している、停止している。要は機能していない。
  全ての死霊術師を仕切る大規模な組織『黒蟲教団』の暗躍、そしてその教団を統率と支配している伝説の死霊王『虫の王』の復活。そんな最中に
  内輪揉めで派閥抗争している魔術師ギルド。
  完全にまずい状況。
  その状況を憂いたラミナス・ボラスは秘密裏に吸血鬼伯爵ハシルドアと手を組んだ。伯爵は伯爵で死霊術師を嫌っているらしいし利害は一致して
  いる。そして有志を集めて死霊術師達に対抗しようとしている。熱意の塊ラミナス・ボラスは日々頑張ってる。
  ……。
  ……まあ、ラミナス魔術師ギルド追放されて暇だろうし。
  彼の後任として外部との折衝役のクラレンスとかいう奴は無能らしい。
  ハンぞぅ、一体何を考えてるのかなぁ。
  そんな奴を任命するなんてさ。
  さて。

  「死霊術師の月?」
  「ああ」
  私が問い返すとラミナスは深く頷いた。
  場所はスキングラード城の応接間。ハシルドア伯爵は同席していない。部屋にいるのは私とラミナスだけだ。
  議題はいつも同じ。
  死霊術師関係の対策。
  面倒だけど暇潰しになる。それに腕試しにもなる。
  ジゼルは強かった。
  最終的に自爆しちゃうほど狂信的ではあったけど私の魔法耐性を無視した東方魔法とやらを行使する敵だった。ネラスタレルの魔術師は完全に
  デタラメな強さを振るう奴だったし私も現状のままの能力で満足していると今後の展開が面倒になるかもしれない。
  戦闘を常に有利に運ぶ為の法則とは何か?
  知力?
  機転?
  幸運?
  まあ、どれも必要だとは思うけど、一番必要なのは圧倒的な戦闘力。これさえあれば大抵の事は引っくり返せる。
  もちろんその他の必須能力も必要以上に持ってるけどさ。
  ほほほ☆
  「それでラミナス、私がすべき事は何?」
  「そうだな。まずはスッポンポンで私の前に土下座して貰おうか。ただしネクタイと靴下は装着したままでな。ふはははははははははははははっ!」
  「マニアックかお前は」
  「失敬な奴だな。最近ではこれはノーマルなエロだ。相変わらず世間知らずだな、お前って奴は」
  「……」
  折衝役を失脚したのはこのエロが原因なんじゃないかと思う今日この頃。
  相変わらず変態なんだなぁ。
  おおぅ。
  「ラミナス、それってどういう本?」
  「そもそもどういう内容の本かすら分かっていない。ター・ミーナにも連絡を通ったが彼女も内容までは知らなかった」
  「へー」
  連絡取り合ってるのか、万年図書委員の彼女と。
  常に大学の奥にいるター・ミーナ。
  そんなトカゲの彼女と連絡取り合えるんだからラミナスの人脈は結構範囲広いのかも。
  「それで? 何だってその本が必要だったわけ?」
  「タイトルだ」
  「はっ?」
  「タイトルが死霊術師の月だったから気になった。それだけだ」
  「……」
  安易ですね。
  死霊術師関係で現在ごたごたしてる、だから死霊術師の名前を関するたいるとの本を調べてみようってわけだ。
  片っ端から。
  そうする事で何らかの情報を得ようというわけか。
  死霊術師の組織に関して分かっていない事が多い。そもそも最近まで『死霊術師は徒党を組まない』というのが定説だった。しかし今はそうじゃない。
  連中は普通に徒党を組んでるし、さらにその背後には強大な組織が存在しているらしい。
  それに対して魔術師ギルドは内部抗争中。
  評議会は真っ二つ。
  各支部との連携は完全に麻痺、事実上の停止状態。
  厄介な現状だ。
  「で? 何で拘るの、その本に」
  「私と伯爵は黒無視教団への対抗策を練る為に様々な死霊術師関連の本を掻き集めていたのだが、そこで問題が起きた」
  「入手出来ないっていう問題?」
  「いいや」
  「じゃあ何?」
  「その本は元々神秘の書庫にあった。しかし紛失した。最後に閲覧した者の名はファルカー」
  「あいつか」
  直接は会ってない。
  直接は会ってないけど間接的に私は何度も対峙している。
  そもそも死霊術師と魔術師ギルドの抗争は奴から始まったようなものだ。通称『死霊術師の反乱』と呼ばれる戦いは奴が首謀者。奴自身
  との面識はないけど、反乱に加担したファルカーの腹心のレイリン叔母さん、セレデインは私が倒した。
  組織も潰した。
  それで魔術師ギルドは勝ったつもりでいた。私もだ。
  だけど潰したその組織はあくまで下部組織。
  黒蟲教団と呼ばれる強大な組織の傘下でしかなかった。今まで潰してきた一派は全て下部であり傘下。
  死霊術師のそこは結構不透明でありまだ見えていない。
  虫の隠者も結構倒してきたけど、ある意味で闇の一党ダークブラザーフッドよりもやり辛い。魔術が根底にある連中だから奥が深いというか
  バリエーションが多い。色んな意味で幅が広い。暗殺者オンリーの組織とはまた意味合いが別物だ。
  さて。
  「私の任務はその本の入手ってわけ?」
  「いや」
  「じゃあ何?」
  「シェイディンハル支部を調査したところ、ファルカーの所有していた資料にこのメモがあった」
  「メモ」
  「これだ」
  「どれどれ」

  『闇の裂け目』
  『祭壇は建てられた』
  『隠者達は招集された』
  『空に目を向けろ』
  『神の恵みが光となって我々に降り注ぐ


  メモにはそう記されていた。
  何だこれ?
  「これの意味するところは何?」
  「分からん」
  「はっ?」
  「ただ、闇の裂け目。これはシェイディンハル南の山中にある洞穴の事だろう」
  「ふぅん」

  シェイディンハル南に位置する闇の裂け目、か。
  旅をするには良い場所だ。たまにはシャドウメアで旅するのもいいものだ。
  「それで何をすればいいわけ?」
  「そこで何が行われているかを調査して欲しい」
  「報酬は?」
  「私の笑顔だ☆」
  「はいはい」
  相変わらずか。
  まあ、別に報酬が欲しいわけではない。何となく聞いてみただけだ。相変わらずただ働きだけど暇するよりはいい。街にいたところで闇の一党の残党
  とかスカイリム解放戦線の雑魚と遊ぶ羽目になるだろうし街を離れてた方がまだマシだ。それに連中の対処はエイジャがしてくれるらしいし。
  宿敵というか長い付き合いの死霊術師と決着を付ける為に行くとしよう。
  闇の裂け目に。
  「じゃあ行って来るわ」
  「待てフィッツガルド」
  「何?」
  「私は裸エプロンが大好物だ」
  「……すいませんその意味不明なカミングアウトにどのようなリアクションしていいかさっぱり分かりません」
  「ははは☆」
  「……」
  決定。
  完全に変態化しました、ラミナス君。
  魔術師ギルド追放で吹っ切れたのかなぁー……悪い意味で。
  おおぅ。



  不死の愛馬シャドウメアを駆って私は闇の裂け目を目指す。
  不死は伊達じゃない。
  休息が不必要、そして体力は常に全開。スピードが衰える事なく走り続けるシャドウメアの脚力で私はわずか半日で目的の場所に到着した。
  現在深夜。
  今日は満月らしい。綺麗だ。
  「ふわぁぁぁぁぁ」
  欠伸。
  不眠不休でここまで来たから私は眠たいし疲れたけどね。
  それにお尻も痛いし。
  馬に乗りっ放しというのも疲れるものだ。
  もちろん任務が片付いたらシャドウメアを労わってあげるつもり。特製人参ご馳走したり体を洗ってあげたりさ。
  まあ、それは任務終わった後の話。
  私はシャドウメアを岩陰に引き寄せてここに隠す。死霊術師に注目されない為だ。
  奇襲するにはその方が良いと判断した。
  もっともシャドウメアにしてみれば死霊術師を蹴っ飛ばして始末するぐらい何でもないだろうけどね。
  さて。
  「どうすっかな」
  洞穴に突っ込んで敵をぶっ飛ばす?
  それが一番手っ取り早いけどファルカーがここに興味を抱いた理由を知りたい。一掃するのは簡単だけど、その場合は大切な資料とか真実を知って
  いる可能性もある奴すらもぶっ飛ばしかねない。
  それは困る。
  「ん?」
  妙な物がある。
  洞穴の入り口の上の部分、岩山の上だ。
  祭壇のようなものがある。
  「何だあれ?」
  私は物陰に隠れた。人影が見えた気がしたからだ。
  目を凝らす。
  「うーん」
  誰かいるのは確かだ。
  だけど見えない。
  今夜は月明かりがあるとはいえ夜だから顔までは判別できない。ただ長身の人間系だ。もしかしたらエルフかもしれないけどそこまでは特定できない。
  ただオークやアルゴニアンのような亜人ではないのは確かだ。
  何者だろう?
  まあ、この状況だ。ファルカーご執心の場所である以上、死霊術師絡みなのは確実。
  偶然?
  偶然ではないだろ。
  少なくともあの人物は死霊術師絡み。
  「……」
  私は声を殺して、気配を殺して近付く。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  隠密でなくとも相手を殺せるけど、今現在必要なのはあの人物が祭壇で何をしているかだ。殺すのはその次でいい。場合によっては生け捕りするけどさ。
  その時……。

  さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。

  「何?」
  満月から光が降り注ぐ。
  祭壇に向けて。
  瞬間、光を浴びた祭壇は紫色の波動を放ち始める。
  「あれは……」
  何だろう?
  ただ禍々しいオーラだと思った。
  強力な魔力も感じる。
  何なの?

  
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  「……っ!」
  一瞬、何が起きたか分からなかった。
  背後から誰かが炎の魔法を叩きつけやがった。
  痛くも痒くもない。
  私の魔法耐性を超える威力ではなかったのだ。魔法での不意打ちは私には特に関係ない。……びっくりしたけど。
  振り返る。
  地面すれすれに浮かぶ、杖を手にした異形の存在がいた。
  リッチか。
  虫の隠者とか自称する死に損ないのアンデッドだ。どうやら私は巡回中のそいつに見つかったらしい。
  そいつが叫ぶ。
  「ファルカー殿、侵入者は拙者にお任せくだされっ!」
  なにぃ?
  祭壇の前にいるのがファルカーか。直接は会った事がないから顔は知らないけど奴がファルカーか。
  ようやく会えた。
  リッチが再び叫ぶ。
  「例の代物は安定次第、拙者が持ち帰ります故にここは退避してくだされっ!」
  「任せる」
  ちっ。
  ファルカーの姿が私の視界から消えた。
  逃げたか。
  ワラワラと死霊術師達も闇の裂け目と呼ばれる洞穴から飛び出してくる。
  目障りっ!
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷を放つ。
  直撃したと同時に周囲にも余波が広がる私の必殺の雷。洞穴から這い出してきたばかりで私の位置すら把握出来ず、きょろきょろしている死霊術師達
  は固まって布陣している。1発でその大半は吹っ飛んだ。さらにトドメの雷を放って黙らせる。
  雑魚は黙ってろ。
  リッチは杖を振りかざす。
  「死ね、小娘っ!」
  「やなこった」
  バッ。
  杖から冷気の魔法が放たれた瞬間、私は大きく跳躍。リッチに向って飛び掛る。
  「はあっ!」
  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  交差する瞬間、私は抜き打ちで斬って捨てた。
  雷の魔力剣。
  いかにリッチといえども私の特製の魔力剣に敵うはずもない。
  「お、おのれっ!」
  「ふん」
  なるほど。
  耐えたか。わざわざ長い間修行してリッチに変化したんだからそれぐらいの芸は必要よね。ただし私に言わせると死に損なっただけ。
  耐えるだけ無駄。
  「貴様魔術師ギルドの犬だなっ!」
  「まあ、一応は」
  「愚かなるトレイブンの支配は直に終わるっ! 我らが王がご帰還された以上、貴様らはクソ虫に食われる屍同然ぞっ!」
  「屍同然はあんたでしょ」
  「拙者は虫の隠者……っ!」
  「名前を聞く趣味はないわ」
  刃を振るう。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  リッチは杖で私の魔力剣を弾く。
  だけど私はその瞬間、雷の魔力剣の柄から手を離して間合を詰める。魔力剣は宙を待って地に落ちた瞬間、私の右手はリッチの体に触れていた。
  これでトドメだぁーっ!
  「炎帝っ!」
  ごぅっ。
  ゼロ距離の炎の魔法をまともに受けてリッチは炎上。
  死骸は良く燃えるわねっ!
  「猊下っ! 失敗した拙者をお許しくださいっ! 猊下、お許しをーっ!」
  「死体は死んでりゃいいのよ」
  私は吐き捨てる。
  虫の隠者は名乗る暇すらなく炎上、そして灰となる。洞穴にいた連中の大半も倒したはず。まだ居残ってるかもしれないけどほとんど蹴散らした。
  洞穴に突入して残りも始末する?
  まあ、それでもいい。
  だけどまずは祭壇を調べる必要がある。
  そして……。




  一日後。
  スキングラード城。応接間。

  「フィッツガルド。お前はまたしても見事な働きをしてくれた。感謝しているぞ」
  「それは何なの?」
  黒い石を私はラミナスの元に持ち帰った。それが祭壇の上にあった。ファルカーがこの石に何をしていたかは知らないけど嫌な力を感じる。
  当然ファルカーがその場に居合わせた事も私はラミナスに既に報告した。
  だけど気になるのはファルカーよりもこの石だ。
  強力な魔力を感じる。
  「ラミナス」
  「……」
  またダンマリ?
  今まで情報を制限されてきた。それはハンニバル・トレイブンの意向だったらしい。しかし今、ラミナスは魔術師ギルドから追放されている身。
  情報を統制する意味はないはず。
  黙ったまま?
  それとも……。
  「フィッツガルド。宝石魔術師を覚えているか?」
  「宝石魔術師?」
  「そうだ」
  「ブルーマでの一件(宝石魔術師参照)よね。もちろん覚えてるわ」
  「連中は宝石に人間の魂を吹き込んで強大な魔力増幅石を作ろうとしていた。魂石だ。覚えているな?」
  「覚えてる」
  「ではブルーマでの私とお前の熱い熱い粘っこい夜の営みは覚えているな?」
  「覚えてないっ!」
  「静かにしろフィッツガルド。少しは真面目に出来んのか。……まったく」
  「……」
  すいません今のは私が悪いんでしょうか?
  ちくしょう。
  「話を元に戻してもいいかな?」
  「どーぞ」
  「私はあの時言った事を覚えているかな? 魂石はただの模造品だと」
  「聞いた覚えはあるわ」
  「宝石魔術師から押収し現在ブルーマの魔術師ギルド支部の倉庫に大量に保管してある魂石。ここにあるのはそれのオリジナルだ」
  「えっ?」
  「お前が持ち帰った物、これこそ魂石のオリジナル。宝石魔術師はこれの出来損ないを模造していたに過ぎない」
  「つまり……」
  「つまりこれこそが黒魂石だ」
  「……」
  「動き出したのだ、本格的に死霊術師達がな。王を得た連中は止まらない。魔術師ギルドと黒蟲教団、残るのは組織は1つだけだ」
  「虫の王マニマルコ、か」



  死を操る者達の台頭が始まる。