天使で悪魔
黒の派閥 〜VS黒き皇太子&モロウウィンドの英雄〜
片がついた。
ブラックウッド団の指令リザカール死亡し副指令ジータム=ジーもまた死亡。帝国の将軍ヴァルガもさよならバイバイ☆
本部にいた団員の全ては戦死。
ヒストの原木も焼失。
ここにブラックウッド団は壊滅した。
片がついた。
しかしここで終わりではなかった。
ブラックウッド団が退場したものの、すぐさま次の組織が名乗りを上げる。
……黒の派閥。
「くくく」
野性味溢れるインペリアルの男。
見た事がある。
名前も知ってる。……まあ、登場時にさっき自ら名乗ったけどさ、こいつ。
デュオス。
確か帝都の地下に広がる下水道であった覚えがある。
闇の一党の頃だっけ?
……。
……そうそう、闇の一党の頃だ。
ヴァレン・ドレス(死刑執行参照)とかいう奴を暗殺しに行く際に会った記憶がある。それほど深い関わりじゃあないけど。
「黒の派閥ねぇ」
「くくく」
確かコロール支部のメンバーを殺したとか殺さなかったとか……まあ、魔術師ギルドといざこざがあった組織ではある。このデュオスがその組織
に関わっているとは思わなかったけど。
総帥ね。
やれやれ。第二ラウンドの始まりですか?
面倒ですなー。
アリスの横顔を見る。
どうやらアリスはアリスで面識があるらしい。デュオスはアリスを見てニヤリと笑う。
……昔の男?
まあいい。
いつまでも見詰め合ってるわけにも行かない。
話を進めるとしよう。
「ヒストを使って何するつもりだったの?」
「俺の手駒の強化さ。もちろんそれだけじゃねぇ。帝都の浄水施設にヒストを混ぜるのさ。そうなりゃ帝都は阿鼻叫喚の殺し合いの場だ」
「手っ取り早いわね」
「だろう?」
こいつらも反乱目的か。
もっともブラックウッド団すらも利用していた節がある。つまりブラックウッド団の反乱もまた黒の派閥にとっては計画の1つでしかないのだろう。
リザカールもジータム=ジーもあくまで手駒でしかないわけだ。
なるほどなー。
いずれにしても面倒な戦いになりそうだ。
直接はデュオスとやり合った事はなく一度面識ある程度だけど私も素人じゃあない。接すればどの程度の力量かは分かるつもりだ。
面倒な戦いになりそうね。
……ちくしょう。
「アリス」
「はい?」
「2人でやるわよ」
「はいっ!」
手が抜ける相手じゃないのは確かだ。
デュオスはやる気満々だがヴァルダーグはデュオスの後ろに控えているだけで戦う気はないらしい。デュオス、雰囲気で『1人でやるぜぇー』と主張し
ている。腹心の部下はそれを尊重するつもりらしい。それは助かる。さすがに二対二をするつもりはない。
何故?
アリスの力量では二対二の場合、私の負担が増えるからだ。
弱いわけじゃないのよアリス。
相手が強すぎるのだ。
その時……。
「加勢いたすっ!」
『……』
小柄なボズマーが手勢を引き連れてブラックウッド団本部に雪崩れ込んでくる。
率いている連中は皆バラバラの装備。
何だこいつら?
「シンゴールさんっ!」
アリスが叫んだ。
どうやら知り合いらしい。シンゴール?
……。
……あー、前にモドリン・オレインに聞いたような覚えがある。深緑旅団戦争で荒れ果てたレヤウィンの治安維持を名目とした私設自警団。しかし
実際は戦士ギルドがレヤウィンに残した隠し戦力。ブラックウッド団への目付役であり備え。
この最終局面に際して出張って来たらしい。
この最終決戦に介入しに来た。
なるほどなぁ。
だけどもう少し早く来いよこの役立たず。
さて。
「シンゴールさん。助勢助かります」
ブン。
近寄ろうとした瞬間、アリスは大きく飛び下がった。シンゴールが刃を振るったのだ。……味方であるアリスに対して。
ほほう?
なかなか良い動きするじゃないのアリス。
また腕を上げたわね。
「どういうつもりですっ!」
叫ぶアリス。
シンゴールは無言のまま剣を構える。背後の面々……数にして10人程度だけど、自警団の面々も武器を一斉に抜き放つ。敵味方をちゃんと認識
していないのではあるまいよ。こいつらはアリスを殺す気満々だ。
私は微笑する。
「巡り合わせが悪いわねアリス。つまりはこういう事よ。ふふふ。……シンゴールやっておしまいっ!」
「敵に回らないでくださいよフィッツガルドさぁんっ!」
「ノリ悪いわねー」
「ノリの問題じゃありませんっ!」
そりゃそうだ。
話を本題に戻すとしよう。……シンゴール達自警団はブラックウッド団に買収されている可能性もあるわね。もっとも買収している組織そのものが
既に存在しないんだけど悪意の芽はとっとと摘み取るに限る。こいつらの生命も摘み取っちまいましょうか。
皆殺し。
それが一番好都合だし手っ取り早い。
くすくす☆
「加勢に来ましたぞデュオス殿」
なにぃー?
こいつらブラックウッド団じゃなくて黒の派閥の援軍か?
「くくく。何しに来たシンゴール?」
「創主様のご命令でしてね。手助けしろと」
「深遠の暁の手を借りるつもりはねぇよ。帰ってマンカー・キャモランにそう報告しておけ。同盟しているとはいえでしゃばった真似はするとな」
「任務は任務。こいつら始末しますがよろしいか?」
「好きにしろ」
なるほど。
黒の派閥ではなく深遠の暁の手駒か。
どうやら結構浸透している組織らしい。戦士ギルドの手駒の中にも信者がいるんだからね。
……はあ。
完全に今年は厄年ね。
やれやれ。
「深遠の暁?」
アリスはご存じないらしい。
そりゃそうか。
私も最初組織名を聞いてもまったく知らなかった。どういう組織かすら連想も出来なかった。ヴィンセンテお兄様にに聞くまではね。
説明してあげるとしよう。
この一件でアリスも深遠の暁とぶつかるわけだし。
「深遠の暁はカルト教団よ」
「カルト教団?」
「オブリビオン16体の魔王の1人であり4凶の1人である破壊の魔王メルエーンズ・デイゴンを崇拝している邪教集団。ただのカルトでは終わらずに
皇帝とその子息を全て暗殺した犯人でもあるわ」
「……っ!」
「その規模、果てしないのが分かるでしょう?」
「はいっ!」
皇帝と皇族の暗殺。
よほどの組織力がなければ出来る事じゃあない。そして世間を騙せるだけの演技力も有している。
おそらく普段は一般人として生きている。
そしていざ何かを始めようとする際には表の顔と職業をフルに生かして計画し、実行するのだ。皇帝暗殺はその賜物だろう。
さらに面倒なのが黒の派閥と提携しているらしい。
関係は良好じゃないみたいだけどね。
まあ、ともかく……。
「裁きの天雷っ!」
『……っ!』
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
はい一掃☆
強大な組織だろうがなんだろうが雑魚は雑魚。
デュオスが控えている以上いちいち丁寧に構ってられるか。
悪いわね。
私は万人に優しい善人じゃないもので。
ほほほー♪
「……フィッツガルドさん、あたしの出番は?」
「ない」
「……」
「さてさて。そろそろデュオスとやり合うとしましょうか」
黒焦げ死体に用はない。
不敵に笑うデュオスに向き直る。
こいつは今まで敵対した中で一番強い。……ま、まあ、闇の神シシスは除外ですけどね。少なくとも人間の中では最も強い敵だ。
「くくく。まとめて掛かってきなよ女ども」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
私とアリス。
2人の連携を異質な黒い魔剣であしらう。
あの剣は知ってる。
アルケイン大学で文献で読んだ事がある。伝説の魔剣ウンブラだ。一説ではオブリビオンの魔王クラヴィカス・ヴァイルが恐怖しているらしい。
まあ伝説だけど。
デュオスは2振りの剣を持っていた。
魔剣ウンブラと腰に差してあるアカヴィリ刀だ。二刀流ってわけじゃうなさそうだ。
ちなみに傍観してるヴァルダーグもアカヴィリ刀。
ブレイズ関係?
「はあっ!」
「やあっ!」
「くくく」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
何合も切り結ぶ。
体は温まってるんだけどどうも調子が出ない。
何故だろう?
どうも気が抜ける。本気で戦ってるんだけどどうも本気になれない。……何故に?
……。
……ま、まあ、相手は殺す気全開ですけどねー。
「くくく」
軽くあしらわれる。
私は本気になれないし、アリスはまだ本調子ではない。簡単にあしらわれてしまう。しかも剣では勝てない、か。
私とアリスの雷の魔力剣は人が作成する剣では最高に位置するものの相手は伝説の魔剣だ。
太刀打ち出来るものではない。
ならばっ!
切り結びながらアリスに目配せする。
こくん。意図を飲み込んだのか彼女は軽く頷いた。
バッ。
両者、手のひらをデュオスに向ける。
『煉獄っ!』
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
爆音と爆炎。
この至近距離だ。
魔力耐性次第では効かないものの耐性がよろける程度には……。
「はっはぁーっ!」
嘘っ!
まるで体勢すら崩さずにデュオスが斬り込んで来たっ!
「俺に魔法は効かないぜ小娘どもっ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
猛攻。
いつしか防戦一方になる私達。
魔法が効かない、か。
だとしたら私と同じように魔法耐性を増幅しているのか。もしくは別の意味がある?
まあいい。
魔法なんで私の持つスキルの一つだ。
「はあっ!」
そろそろ体も温まった。
私は充分に相手の太刀筋を見極め、剣戟を弾き懐に飛び込む。
ザシュ。
デュオスの胸元を深々と突き刺した。
心臓一突き。
勝ったっ!
「くくく。ブレトン女、心臓突き刺した程度じゃ俺は死なんぜ?」
「……っ!」
ガン。
殴り倒される。
女の顔を殴るとはーっ!
ぺっ。
血を吐いて私は立ち上がるものの、デュオスの心臓には私の剣が突き刺さったままだ。……バケモノかこいつは……。
まさか心臓が実は右胸にあるとか?
いやいやそれでも動けるはずがない。何でこいつはこんなに元気なんだ?
「返すぜブレトン」
カラン。
胸から剣を抜き放って剣を返して寄越す。
もちろんその間にもアリスと剣を交えるデュオス。大人と子供ぐらいの差がある力量だ。
デュオスのそのつもりであしらっている。
しかし奇蹟が起こる。
「たあっ!」
「……小癪っ!」
勢いよく繰り出した刃がデュオスの右腕をしたたかに切り裂いた。血は出ない。……血が出ない?
ともかく。
ともかくデュオスの腕を切り裂いた。
その間に魔剣ウンブラが宙を舞い、落下して床に突き刺さった。
ガン。
アリスもまた殴り倒される。……こいつ女の敵だなー……。
「くっ」
アリスが倒れた場所に丁度ウンブラがある。アリスはウンブラを手にしてデュオスに突っ込む。
援護っ!
「絶対零度っ!」
「くぅっ!」
冷気の魔法をデュオスに叩き込む。
効かないにしても足止めにはなった。魔剣ウンブラを手にしてアリスがデュオスに迫る。
剣士としての本能で俊敏に腰のアカヴィリ刀を引き抜くデュオス。
ヴォン。
漆黒のオーラを発する禍々しい刀身だ。
……あれ?
……あの剣、何か違和感が感じるぞ……?
その時、ヴァルダーグが叫んだ。
「なりません殿下っ!」
殿下?
アリスはウンブラを振るう。
デュオスもまた漆黒の剣を振るう。
そして……。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「殿下っ!」
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
響くデュオスの声。
ウンブラが直撃した?
いいえ。
漆黒のアカヴィリ刀で弾いた。よほど強い力なのだろう、アリスは弾かれた際に後ろに引っくり返った。
しかし響く絶叫はデュオスのもの。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「殿下っ!」
なんだぁ?
まともじゃないぞあの絶叫。
実際。
実際デュオスの顔はまともじゃない。
焦燥と苦悶。
両方が入り混じっている表情だ。何かの発作が起きているのか息がとても荒い。
……まさか……。
「はあっ!」
短い気合とともに私はデュオスとの間合いを詰める。
「デュオスっ!」
「くっ!」
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
雷の刃と黒の刃が交差する。
「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
憤怒と激痛を織り交ぜた絶叫を雄叫びながら私を弾き飛ばす。
あの剣、威力だけならウンブラをも超える。
……。
まあウンブラの持つ『魂を食らう』という特性は当然ながらないものの、デュオスの魔剣は威力そのものはウンブラ以上だ。
ならば何故今まで抜かなかったのか?
答えは簡単だ。
私を舐めるなよー。
「なるほどね」
「はあはあ。何がなるほどだ小娘」
「あんたリッチダム状態なわけか。そのアカヴィリ刀は強力な魔剣じゃあない。より純粋にあんたの生命。……でしょう?」
「くくく。察しが良いじゃねぇか」
私は肩を竦めた。
「元死霊術師なもんでね」
「くくく」
つまり。
つまりはこういう事だ。
死霊術師はリッチに進化(連中的には進化らしいです)する際に何かに魂を移す。その移行作業を終える事でリッチに変じる、らしい。
移行作業の段階でも一応は不死。
どういう意味?
答えは簡単だ。
その魂を移した『器』が破壊されれば死ぬ。またその『器』が肉体から離れた瞬間に死ぬ。だからリッチを志す者は手近な物に、自分が常に身に
付ける物に魂を移行するのだ。そしてデュオスの場合は自らの剣だったわけだ。
生命は魔力。
魔力は生命。
だからこそ奴の持つアカヴィリ刀は強力なのだ。生命の全てが詰まっているんだからね。
しかし矛盾もある。
しかし欠点もある。
生命そのものだから……つまり奴の場合は剣が心臓そのもの。そこに魂を食らう魔剣ウンブラの一撃を受ければ当然寿命が縮む。激痛も半端じゃ
あないだろう。そして普通に魔力剣と刃を交えるだけで奴にとっては苦痛なのだ。
強力な反面使えない。
だからこそ抜かなかったのだ。
「これがあんたの不死の秘密ってわけか」
「くくく」
リッチ。
リッチは実際問題永遠の存在ではない。私は既に何体か始末してるし。
だけどリッチダム状態は違う。
前に同じ状態だった死霊術師セレデインは確かに剣で突こうが斬ろうが魔法を叩き込もうが死ななかった。しかもリッチのように骸骨ではなく外観は
人間のまま。ある意味でリッチダム状態こそが本当の意味での不老不死(仮初ではあるものの)なのだ。
デュオスはそれを知ってる。
リッチダム状態に留めリッチそのものにはならないのはその為だろう。
なるほどなー。
……だけどね……?
「タネが分かれば後は簡単。デュオスお前殺すよ」
「くくく」
一歩。
一歩。
一歩。
デュオスは後退する。
往生際が悪いのではなく疲れたから休憩だぜー、と言い出しそうな余裕の顔だ。
「ヴァルダーグ。俺は疲れた。任せるぜ」
「若に敵する者には死を」
バッ。
腰の剣を抜き放って私達とデュオスの間に入るヴァルダーグ。手にしているのはアカヴィリ刀だ。
ブレイズ専用装備ではなく少量とはいえ市販もされているものの、基本的にアカヴィリ刀→ブレイズのメンバーと見るのが一般的だ。
こいつブレイズ?
少なくともハッタリではない。
強い。
だけど私の敵じゃあないわね。
「アリス。下がってて」
「でも……」
「動ける体でもないでしょうに」
「……」
そう。
アリスはまだ本調子ではない。
段々と動きが鈍くなって来ている。傷は塞がっているけど体力が本調子ではないのだ。
このままでは足手纏いになるのは必至。
だからこそ下がらせる。
お互いの為だ。
「……ご武運を」
「ええ」
アリスは下がる。
その間にデュオスも大きく下がった。
デュオスの漆黒の剣は奴の命そのもの。魂を食らう魔剣ウンブラと刃を交えるのは命を吸われるのと同義。疲労は半端ないらしい。
それは助かる。
こいつらが連携組むと鬼に金棒的な感じだからね。
助かるわ。
「気をつけろよブレトン女」
デュオスが叫んだ。疲労が激しいのか階段に座り込んでいる。
無視する。
「……」
「……」
気をつけるのはこいつの方だ。
ヴァルダーグ君ですよ、気をつけるのはね。
まあいいさ。
私とヴァルダーグは無言のまま相対する。間合を保ったままだ。
「……」
「……」
お互いに沈黙したまま。
仕掛けるのを双方待っている。実力は拮抗している。こいつなかなかやる。動きづらい。だからこそ相手が仕掛けるのを待っている。
その時、死闘が開始されるわけだ。
「……」
「……」
向こうも同じ事を考えているのか。
迂闊に行動しようとしない。
やばい。
こいつマジ強い。
アリスには大見得切ったものの余裕ないぞこいつとの戦いは。まあ、アリスを退かせたのは正解だったわね。少なくとも本調子ではないアリスを護り
ながら戦うにはいささか厄介な相手だ。サシでの勝負ならそんな憂いがなくて楽。
「……」
「……」
タン。
突然床を蹴ってヴァルダーグが猛撃して来た。右手でアカヴィリ刀を構えて。
好都合っ!
「斬っ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
受け流す。
ブン。
お返しとばかりに振るう剣は空を斬っただけ。ヴァルダーグは大きく跳躍して私を飛び越える。なかなかに大袈裟な動作が好きみたいね。
甘い甘いっ!
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
自分の足元に雷を放つ。
何かに直撃した際に余波が生じる。ヴァルダーグは余波にまともに捕捉されて壁に叩きつけられる。
「くぅっ!」
今度は私の番だ。
倒れている奴に肉薄する。その時、ヴァルダーグが蹲ったまま左手の人差し指を私に向けた。
……?
「炎・線」
「はっ?」
一条の赤が私に迫る。
次の瞬間、私は引っくり返っていた。額が痛いー。
「くっそ」
何だ今の攻撃っ!
炎・線(ほのお・せん)って何だ?
起き上がった時、再びヴァルダーグは私に指を向けていた。
まずぅーいっ!
「炎・線」
「……っ!」
今度は身を翻して回避。
一条の赤が通り過ぎる。私の体すれすれにね。回避した際に熱を感じた。……つまりあれは炎の魔法か?
あんな魔法知らないぞっ!
高みの見物を決め込んでいたデュオスが再び哄笑する。
「くくくっ! 気をつけろよヴァルダーグは《モロウウィンドの英雄》だ。現人神を倒した勇者様だぜ?」
「嘘っ!」
思わず反応してしまった。
現人神を倒した勇者だとーっ!
てかモロウウィンドの英雄はブレイズに暗殺されたんじゃなかったのかよ。……いやいやそれ以前になんでこんな奴がデュオスの手下なんだっ!
こいつ世界最強の勇者だぞっ!
私の反応が楽しいのかデュオスは続ける。
「そいつは俺の部下だが俺より強いぜ。まあ善戦しろよブレトン」
「くっそっ!」
反則だろうがこれはっ!
モロウウィンドでは帝国の権勢よりも現人神と古き信仰が強大だった。
諜報機関ブレイズはモロウウィンドに伝わっていた経典を逆手にとって勇者をでっち上げた。その勇者は類稀なる能力で古き信仰と神々を放逐した。
そして真なる英雄となった。
操り人形でしかなかった偶像の英雄が真なる英雄になった時、ブレイズは帝国の統治の障害になるであろう英雄を暗殺した。
そう聞いている。
それが世間の定説だ。
……。
……死んだんじゃなかったの?
何故か生き延びていて今ではデュオスの手下。しかもデュオス曰く『自分より強い』らしい。
こんなの反則です。
おおぅ。
「ヴァルダーグ」
「はい。若」
「そろそろ決めちまえ」
「御意」
ふん。言ってくれる。
容易い相手じゃないのよ私はね。ただ分からんのがどうしてここまで絶対服従しているかって事だ。心酔しているにしても自分の方が強いので
あれば自然対等な感じになると思うけど……忠誠ってそういうものじゃないのかな?
まあいいさ。
私もそう長いお付き合いをしようとは思ってない。
とっとと終わらせてやるわ。
「ブレトン死ね」
「あんたが死んだ後に気が向いたらね」
ヴァルダーグが人差し指を私に向ける。そのモーション分かり易いわね。
「炎・線」
「ふん」
カッ。
一直線に放たれる一条の炎。私は身を捻って回避。
「炎・流(ほのお・ながれ)」
「……っ!」
まだ隠し技があるのかっ!
不規則な動きで放たれる炎の弾。私は横に飛び退いて回避……したつもりだった。炎の弾が追尾してくる。
自動追尾っ!
「煉獄っ!」
ヒョイっとヴァルダーグの炎の弾は私の煉獄を回避する。
嘘っ!
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
私にクリーンヒット。
床に転がる。
「くっ」
「炎・地走り(ほのお・ちばしり)」
床を突き進む深紅の塊。
倒れている私に避けれるはずがない。
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
盛大に私は吹っ飛ぶ。
こんのぉーっ!
「裁きの天雷っ!」
「炎・壁」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
吹っ飛びながら放つ雷は突然ヴァルダーグの足元から現れた深紅の炎に遮られる。
お返しとばかりに手のひらを奴は突き出した。
「炎・烈火」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ドン。
音を響かせて深紅の衝撃波が私を襲う。
炎というよりはこれは熱風だ。
さすがに大気は回避のしようがない。私はそのまま壁に叩きつけられた。
「ぐぅっ!」
魔法が効かない特性を有していなければ確実に三回は死んでる。
散々叩きつけられてるから全身が痛い。
「炎・線」
「くっ!」
回避。
「炎・流」
追尾弾か、避けきれないっ!
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
倒れはしないもののよろける。
「炎・地走り」
今度は地を這う炎か。
タッ。
私は大きく跳躍。ジャンプでかわす。……となると当然……。
「炎・烈火」
滞空状態で無防備な私に炎の衝撃波を叩き込む。
そのまま私は再び後方に吹っ飛ばされる。
ドゴォォォォン。
木製の壁が耐え切れなかったらしい。私は壁を突き破って隣の部屋に吹っ飛んだ。視界の先ではヴァルダーグがアカヴィリ刀を構えて
突っ込んで来る。一気に勝負を決めるつもりらしい。そこに油断も隙もない。
まさに英雄に相応しい行動。
しかし甘い。
「デイドロスっ!」
「うおっ!」
慌てて飛び退くヴァルダーグ。
別に召喚獣は目の前に召喚しなければならない決まりはない。ちょっとアレンジしたら対象の頭上に出現させる事も可能だ。巨漢のワニが空
から降って来たヴァルダーグは慌てた。正統派勇者様じゃ私には勝てないわよ?
「裁きの天雷っ!」
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
デイドロスごとヴァルダーグを吹っ飛ばす。
……。
召喚獣が可哀想?
いやいつも同じ奴を呼び出してるわけじゃないのだよ。こちらに呼び出した時点で寿命が決定されている。つまり呼び出した奴が制御を離れて
暴れられても困るわけなのよ。だから呼び出す際に寿命を弄る。召喚後、間もなく死ぬようにね。
倫理的には問題ありまくりの発想だけどこれが原則なのだ。魔術師内のね。
歯止めは必要だ。
リミッターは必要不可欠。
悪魔の能力を制限する意味合いで寿命を弄る。
さて。
「くっ」
「さっきのお返しさせてもらったわ」
ヴァルダーグ、震える足で立ち上がる。
ふーん。
普通は今の一撃で確実に死ぬんだけどこいつも魔力耐性高いわね。いずれにしても私と同等の能力は有している。
やりづらい。
非常にやりづらい。
高みの見物のデュオスが声を掛ける。楽しんでいるようにも聞こえる。
事実楽しんでるんだろうさ。
高みの見物か。
ふん。
そこで待ってろ階段から引き摺り下ろしてやる。
こいつ始末したらね。
「どうしたヴァルダーグ。手こずってるじゃないか?」
「こいつなかなかやります」
「手に余るか?」
「いえ。10分頂ければ」
「5分だ」
「御意」
かっちーんっ!
5分で私を消すだと?
面白いわやってもらおうじゃないの。
「そんな余裕はありませんよヴァルダーグさん。レヤウィンの衛兵隊が来ます」
「……っ!」
私は思わず硬直した。
まだ別のがいたっ!
新たな黒衣の男が現れた。ノルドの男性だ。当然こいつも黒の派閥なんだろうけど……接近にまるで気付かなかったっ!
おいおいおい。
どんな凄腕能力者集団だ黒の派閥。
はっきり言ってブラックウッド団も深遠の暁も霞んでしまう。……いや既に霞んでいる。
「フィツガルドさん」
今まで言い付けを護って固唾を呑みながらも戦闘を見守っていたアリスが私の横に並ぶ。
そうね。
事態は既に単独で何とか出来る事ではない。
デュオスにしてもヴァルダーグにしても一対一なら負けるとは言わない。多分勝てる。しかし数の上では向こうが有利だ。新たにノルドが増えた。
どの程度の力量かは当然ながら知らないけどここに出て来た以上は雑魚ではないだろう。
サシの勝負なら勝てるわ、この3人にね。
しかしまとめて掛かって来られるとまずい。正直な話今の本調子ではないアリスでは足手纏いでしかない。いや本調子であったとしてもデュオスや
ヴァルダーグでは荷が重い。ノルドの相手が務まればいい方か。少なくともノルドは見た感じ力量的に2人には劣る。
さて。
「おいおいサクリファイス。何しに来た? 俺様の後を付けてきたのか?」
「はい殿下。心配でしたので」
「くくく。気配りが出来るじゃねぇか」
「気配りかは分かりませんが、間が良かった……とは思います。もはやこの建物に用などありませぬ。全ての証拠を灰にして見せましょう」
「相変わらず小賢しいまでに気が回るな」
「お褒めに頂き光栄です」
……。
……誉め言葉か今の?
いずれにしても衛兵隊が異変に気付いて踏み込んでくるそうだ。てかとっとと異変に気付けって。
介入されるのは嫌いらしい。
この建物を燃やすつもりなのだ。
そこはいい。
そこはいいのよ。
私も別にこの建物には用がない。しかし黙って逃がしてくれるわけはないでしょうね。
「アリス、連携して倒すわよ」
「はいっ!」
ヴァルダーグが下がる。代わってサクリファイスと呼ばれたノルドが私達の前に立ち塞がった。
全力で倒すまでだ。
ちょっと後れを取ったものの私に敵する者には等しく不幸になってもらわないとね。
つまり?
つまりここでこいつを殺す。
「お前殺すよ」
「我こそは黒の派閥、我こそは殿下直轄の親衛隊イニティウム、我こそは炎の紡ぎ手サクリファイス……さあ、魂の髄から燃えろっ!」
……ノルドが炎の紡ぎ手?
極寒民族が扱う属性じゃあないでしょうよ。似合わないわね。
まあいいさ。
「行くわよアリス」
「はいっ!」