天使で悪魔
死刑執行
奇妙な共同生活は続く。
シェイディンハル聖域。闇の一党の拠点の一つ。
私はここで暗殺をし、待つ。アダマス暗殺のその機会を。
しかしこれは手なのか？
ここで暮らさせ、ここで待たせ、ここで仕事をさせ、連帯感を持たせ、そして家族として成り立たせる事。
だとしたらうまい手だ。
……私はいつしかここで暮らしていることに違和感を抱かなくなっていた。
……まずい、傾向ね。
……それは、とてもまずい傾向で……。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ！
一閃した私の模造刀は、テイナーヴァの手にした武器を弾き飛ばした。向こうも本物の刃物ではない。
まあ、正確には刃物、かな。
刃を潰してあるだけで、まともに当たれば普通に怪我をするだろう。死なないにしても。
「勝負あり、ね」
「まっ、妹に花を持たせただけさ」
「素直じゃないと嫌われるわよ、テイナーヴァ」
「ははは。そこは妹として勘弁してくれ。俺のプライドも考慮してくれよ」
場所は聖域の、訓練室。
戦士ギルド並の規模の訓練質を内包している、この聖域。ある意味で外界と接触せずとも……まあ食料等の問題は別だけど、大
抵はそれ以外では外に出る必要はない。それなりに図書施設も充実してるし。
模擬試合。
あたしはアルゴニアンの男性テイナーヴァを倒した。これで二勝。
「さっすがあたしの妹♪ ふふふ、勝利のお祝いに何してあげたら喜ぶ？」
「な、何もしない方が私は喜びますお姉様」
「ええぇーっ！ フィーってば無欲ねぇ」
「はは、はははー」
つ、疲れる娘。
既にこれが演技ではなく素である事も私は理解していた。ちなみに第一戦目の相手は彼女。私が勝ったけど。
ちっ。そう舌打ちしてムラージ・ダールは部屋を後にした。
あのネコとは関係修復出来ていない。おそらく私が負けるのが見たかったのだろうけど、お生憎様。
この聖域のメンバーと剣術勝負して負ける気はサラサラない。
「じゃあ次は俺様の番だな」
「悪いけどゴグロン、パスねパス」
「何だよ、つれないな」
「体格差考えてよ。悪いけど、私は無差別級試合は嫌いなの」
「ふむ。残念だな」
巨体のオーク相手に剣術勝負する気はない。
パワーの差がありすぎる。もちろん懐に飛び込んでしまえば……そしてそれも可能。懐に入れば簡単に勝てる。
……模擬試合ではね。
でもさすがに実戦となるとそうは行かない。私の力では……というかあの重武装に刃は通らない。
もちろん模擬試合。本当の殺し合いじゃないから気にするまでもないけど、刃潰してあるとはいえまともに当たれば怪我をする。
そして手加減とは無縁のオーク。
頭にでも当たれば私は死ぬ。
……まあ、魔法を使えば誰と戦っても瞬殺だけどねぇ。
「ところでテレンドリルは？」
弓矢ボズマーが見当たらない。
別に深い意味はないし、向こうの得物は弓矢。剣術勝負を求める気はないけど……初日に会った程度でほとんど見ない。
テイナーヴァが答える。
「ああ、テレンドリルならオチーヴァから任務受けてからあまり聖域にいないぞ。各地を放浪してるみたいだが俺も詳しくは知らん」
「へぇ」
「オチーヴァとは同じ卵から生まれた仲だが、仕事と私情は別にしてるんだ」
「ご立派な事で」
私は模造刀を片付け、ヴィンセンテの元に向かう事にした。
別に催促するわけではないけどアダマス暗殺がここにいる私の唯一の理由。どうなっているのか、それを聞くのが私の毎日
の日課だ。大抵はまだで、任務を押し付けられるけど。
「フィー、やめるの、試合？」
「ええ、任務を聞いてくるわ」
「じゃあ十秒待ってて」
「十秒？ 何するの？」
「試合」
そう微笑すると、テイナーヴァに試合を催促する。テイナーヴァが構えた瞬間、アントワネッタ・マリーは床を蹴り俊敏に斬り込んだ。
速いっ！
テイナーヴァも予測していない速さなのだろう。いや予測しても反応できない。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ！
テイナーヴァの刃は宙を舞い、そして喉元にはアントワネッタ・マリーの刃。刃が潰れていなければ、アントワネッタ・マリーが寸
止めにしなければアルゴニアンの生首が一つ、床に転がっていたはずだ。
……強い。
私の時の比じゃない。手を抜いたのか、いや私に花を持たせたのか。油断できないわね、あの子。
なるほどなぁ。
オチーヴァの地位を狙う、それはただの空論的な野心ではないようだ。彼女は強い。
がばぁっ。
刃を捨てると抱きついてきた。あ、甘えてるこいつ甘えてるぅー。
……ゆ、油断できない子ね、色んな意味で。
「フィー、格好良かった？ 格好良かった？」
「え、ええ格好良かったですだからすいません胸触るの勘弁してくれませんかマジお願いしますお姉様やめてください」
「ふふふ♪」
……こ、怖い子……。
以前にも述べたが聖域で私室を持っているのは二人だけ。
オチーヴァとヴィンセンテだ。
そのうち、ヴィンセンテの私室は一番最奥。吸血鬼だから一番奥に閉じ込めておけという方針なのかただそこが開いてただ
けなのかは知らないけど、オチーヴァの部屋の前を通らないとヴィンセンテの部屋には行けない。
通りかかった時、中からヴィンセンテの声が聞えた。
ああ、奥に行く手間省けたわね。オチーヴァと話しこんでいる声が聞える。
扉を手に掛け、私はその動作のまま止まった。会話が面白いからだ。聞き入る事にするとしよう。
「オチーヴァ、君は女主人だ。頼むからアントワネッタ・マリーを何とかしてくれ」
切実な声。
議題はあの『困ったちゃんのアントワネッタ・マリー』の事らしい。天然だもんなぁ、彼女。
「昨日、私に夕食を作ってくれたんだが……」
「へぇ。あの子、料理が好きだもんねぇ。おいしかったでしょう？」
料理が得意？
暗殺者なんだけど、常識通じないけど、変に家庭的な特技持ってるなぁ。
まあ、普通の生き方をしてれば恋多き少女なわけだし。
それが普通なのかもしれないけど。
「まずくはない。し、しかし吸血鬼の私にニンニク料理はないだろうニンニク料理はっ！」
「そんなに怒るなら残せばよかったじゃないの」
「目の前でニコニコして食べ終わるのを待ってる妹を前に捨てる事なんぞ出来るわけないだろうがっ！ あ、あれは悪意なのか
善意なのかは判断しかねるが、あやうく死ぬところだったぞ私はっ！」
「生きてるじゃないの」
「……なあオチーヴァ。私は彼女を妹として愛してるし仲間だ。戒律で殺す事は出来ないし、したくもない。だが自分の眷属として
隷属させる事は戒律は禁じていない。今までは私の家族としての誇りが抑えてきただけだ」
「分かった分かった。だから、吸血鬼としての本能は抑えておきなさい」
「わ、分かってる。し、しかし君が彼女を戒めてくれないなら、私もそういう処置しか出来んという事だ」
吸血鬼にニンニク料理。
……な、なんてお茶目な子なんだアントワネッタ・マリーっ！
「でもヴィンセンテ。あなたも悪いのよ」
「私が？ 何故？」
「フィッツガルド・エメラルダよ」
私？
私が問題なわけ？
「最近彼女にべたべたしてるじゃないの」
「あれは妹として愛してるからだ。それに入ったばかりで心細いと食事に誘っているだけで変な勘ぐりはよせ。私は年上好みだ」
あんた吸血鬼で数百年生きてるんでしょうに。
年上好み？
……まずいないだろう。あー、エルフか。あの種族なら長命か。
「妹とニンニク料理、何が関係ある？」
「二人は出来てるのよ？」
「何？ そうなのか？」
な、なんですとぉーっ！
い、いつから私は恋愛してるのしかも同性で。わ、悪いけどそんな趣味ないっす。
「ムラージ・ダールも２人が人目を忍んで……その、えーっと……まあ、愛し合ってるのを見たらしいのよ。かなりハードに」
「そうなのか？ ……それもハードに？」
「ハードに」
あんのネコめぇーっ！
そういう誹謗中傷で私を陥れるか殺してやるぅーっ！
「なるほどな、それでニンニク料理か」
「きっと嫉妬してるのよ。奪われるんじゃないかって」
「しかしオチーヴァよ。これは……うむ、この聖域の長男長姉として何とかせねばなるまい」
「そうねぇ」
「そうだ私の部屋を２人に進呈しよう。一番奥の部屋だし、声も他の者達の耳には届くまい」
「そこまでしてくれるの、ヴィンセンテ」
「可愛い妹達の為だ。私は別にどこで寝ても構わんよ」
……すいません私部屋に入りそびれたんですけど……。
ど、どんな顔して入ればいいのよ私はーっ！
し、しかも『同性愛実施中♪』『組織内恋愛実施中♪』という烙印を押されて……私はどんな顔すればぁーっ！
おおぅ。
「何してんだ、お前？」
「ひぃっ！ ……あ、ああ、ゴグロン。何でもないのよ何でも」
誰、という声が扉の向こうから聞えてくる。
向こうに気付かれた以上、そのまま立ち去る事も出来ず扉を開けて中に入った。
自然、目は合わせない。
……合わせられるもんか。ちくしょう。
しかしヴィンセンテはさっきの話題を蒸し返すつもりはないらしく、私に任務を与えた。そ、そうね。事務的の方がこの場は嬉しい。
「妹よ。良いところに来ました。今、オチーヴァと相談していたのですが……」
「はぅっ！ その話題かよやっぱりっ！」
「……？」
ち、違うみたいだ。い、いかん自分を取り戻せーっ！
「妹よ、今回の任務は帝国の地下監獄への潜入です。殺す相手はダンマーのヴァレン・ドレス」
「ヴァレン・ドレス？」
聞いた事あるようなないような……。
「ヴァレン・ドレスは近々出所します。しかし彼は死ななければならない人物です。そして自分が世間から恨まれている事も知っ
ています。が、彼は監獄にいる限りは安全だと認識しているようですね。間違った認識ですが」
「出所してから暗殺じゃ駄目なの？」
「依頼人は即時抹殺を願っています。監獄に潜入し、暗殺しなさい。妹よ、出来ますか？」
「その前に、どうやって潜入するの？」
出入り口は一つだけ。
地上からはそこの扉を通るしかない。そして当然、強行突入しか手はない。
完全に外界から隔離されている場所。それが帝国地下監獄。
「最近、１人の囚人が下水道を通り脱獄したようですね。……くくく。貴女ならよくご存知ではないですか？」
私の事を調べあげてあるのか。
冗談なのか。
……ああ、いや。アダマス暗殺の為にここにいる事は周知の事実か。その関係で知っていてもおかしくない。
「ねぇそれともう一つ。皇帝暗殺したのはこの組織？」
「違いますよ」
そう答えたのはオチーヴァ。ルシエンも知らないらしいと、付け加えた。
嘘をついてるとは思えないし別に隠す事じゃない。私は既に同じ穴のムジナだ。おそらく本当なのだろう。
じゃあ連中は何者？
ヴィンセンテが話を元に戻す。
「妹よ。標的は長い間監獄の中にいました。既にヨボヨボの老人です。殺すのは容易いでしょう」
「潜入が面倒だけどね」
「この任務は闇の一党の中を見渡してもこなせるのはわずかです」
「でしょうね」
「オチーヴァとも話し合いましたが、やはりアントワネッタ・マリーではなく貴女に任せることにしました」
「彼女も選考だったの？」
ああそういえば監獄の中にいた、とか言ってたっけ。
それに加えてあの卓越した腕。
確かに今回の任務に選ばれてもおかしくはないけど……私が選ばれた理由は何？
「何で私？ まさか牢獄に自主的に戻す為？」
「まさか。理由は二つですよ。一つは貴女は魔法の使い手だ。大抵の事はどうにでもこなせるでしょう？」
「まあね」
「もう一つはトラウマですよ。腕は甲乙つけがたいですけどね。彼女の方は監獄や帝都兵に対しての憎しみが強過ぎる。ああ言
い忘れましたが看守達に対しての暗殺は認められていません。貴女は護れるでしょうが彼女は皆殺しにするでしょうね」
なるほど。そういう事か。
しかし問題はそこじゃない。
「アダマスの方はどーなってんの？ 聖域管理人のオチーヴァお姉様？」
「順調ですよ」
「本当に？」
「近いうちにアダマス・フィリダはシェイディンハルに来ます。……ああ、そこでの暗殺は禁止です。何しに来るかは簡単です。ここの
伯爵は闇の一党の施設が自分の街にある事を知っています。アダマスと組んで潰す気でしょう」
「へぇ。それは興味深い話ね」
「ルシエンは多額の献金をし穏便に解決しようとしましたけど伯爵は蹴りました。……ただ伯爵は風見鶏です。問題はそれを強く
勧めている伯爵夫人。その伯爵夫人をアダマスが来ている時に……まっ、後は想像に任せます」
「あっはははは。なかなか楽しい催しな事で」
「貴女なら気に入ってくれると思いましたよ。この皮肉なユーモアを」
「ふふふ。ほんと、笑える」
アダマスが来ている時に伯爵夫人を暗殺。
当然アダマスは責任問われるでしょうね。闇の一党撲滅の為に招かれておきながら、暗殺阻止出来ないんだから。で左遷？
伯爵もご意見番の夫人が死ねば黙る、か。確かに街の評判聞く限りでは伯爵は弱腰。
敵討ちでさらに組織撲滅に傾く？
さあ、その可能性もゼロじゃないだろうけど、かなりゼロに近い数字よね。
にしてもルシエンはうまい。
私の復讐心を満足させると同時に、組織の維持にもなる暗殺とはね。
前言撤回だ。
三流の役者よりも、三流の脚本家の方が向いている。
「それで任務は……」
「受けるわ。お兄様お姉様｣
そして私は悪戯っぽく、微笑んだ。
思えば滑稽な生き方だと、たまに自分の生き方が笑える日がある。
自分の人生は一体何なのだろう？
幼い時から何かに怯え、泣き、殺し、常に命は儚いものだった。
アルケイン大学、帝国軍、そして今は闇の一党。
……ああ、いや。偉大で敬愛なる皇帝陛下様は『運命の者』と私を絶賛してくれた。私が世界を救うと。
ふん、笑わせる。
私に命令できるのは私だけだ。誰の指示も受けはしない。
ただ自分の心情のままに動く、それだけの事だ。
「……」
私はまた戻ってきた。
帝国の暗部である、地下に。下水道にはネズミや蟹、ゴブリンが巣食っていたものの魔法で蹴散らした。
しかし、キリはないだろう。
あの手合いはどんどん外から入り込んでくるし、賊も吸血鬼も、一度蹴散らしても別のがまた入ってくるだけ。
帝国の法の眼も監視の眼も張り巡らされている、と思われがちだが実際は違う。
街道を外れれば法は適用されないし、お膝元である帝都ですら、地下に潜ればば無法地帯。
外にも通じてるし、帝都内のどこにでも通じている。
王宮にもね。
だから、網の目ではあるもののかなりのザルだ。
私は下水道を抜け、洞窟に。
ここを抜ければ監獄へと戻る事になる。皇帝がこの辺りで死んだ……にも拘らず、警備は誰もいない。
……いや。
「そこにいるのは誰？」
松明を灯し立ち尽くす人影。
帝都軍じゃない。盗賊とは……少し違うみたい。待ち伏せ、でもないようだ。少なくとも敵意は感じられない。
また待ち伏せならわざわざ松明灯して目立つ事はしないだろう。
……まあ、何の待ち伏せかは、不明だけどさ。
「これは珍しい。皇帝陛下の崩御の場所に、俺以外に祝いの花を献じに来る者がいたとは」
「あなた誰？」
黒いローブ……なのはお互い様なんだけど、黒いローブの男性は冷たく微笑んだ。
闇の一党の仲間？
でも共同任務とは聞いてなかった。だとすると……誰だこいつ？
インペリアルの若い男は花を投げ捨て、それから唾を吐き捨てた。祝い、と言った時点で反皇帝なのは理解出来た。
その点では、話が合いそうね。
「若。このような場所に出歩かれるのは困りますよ。マスターにお叱りを受けます」
まだいたっ！
気付かなかった。気配を殺してた……こいつら何者？
「ちっ。皇帝の爺の死を悼んでいただけだ。文句あるか」
「文句があるのはマスターであり自分ではありません。お供します。戻りましょう。ブレイズに勘付かれると厄介です」
「ふん、ブレイズの動向なら俺達が一番よく知ってるじゃないか」
新手は私にガン飛ばしているものの、若と呼ばれた男は一向に気にしていない。眼中にないわけか、私は。
倒すか、と思ったものの私の今回の任務はヴァレン・ドレス暗殺でありここで死闘を演じる事ではない。
二人は闇に溶け込んでいく。
その時、若と呼ばれた男に私は聞いた。
「で、あんた誰？」
「俺の名はデュオス。女、お前は？」
「見ず知らずの人に名を教えるなとママに言われたの、昔ね。だから、教えない」
「あっはははははははっ！ ふざけた女だぜ、まったくよぉっ！ あっははははははははははっ！」
哄笑だけを残して消えていった。
気付くと、私は全身汗で塗れているのに気付いた。
……デュオス。あいつ私が知る誰よりも強い。
負ける、とは言わない。
先程出会った謎の人物デュオスの事を考えながら、私は頭の中でもし戦闘に及んでいたらどうなっていたかをシュミレーション
していた。結果として負ける事はない。しかし勝てもしない。
だから？
つまり、相打ちだ。部下と思われる人物も弱くはないが、あっちは蹴散らせる。
世の中強い相手はどこにでもいるって事か。
「まっ、今は仕事に専念しよう。お仕事お仕事っと」
頭を切り替えよう。
私は洞窟を抜け、アイレイドの遺跡の中に。遺跡、と言ってもここは帝都軍が整備しているらしく、廃墟とは言えないだろう。
あの時、皇帝暗殺云々の時はここに見張りはいなかった。
しかし職務怠慢を咎められたのか、帝都軍はここに看守達を配置してあるようだ。
もっとも皆、投げやり。
無理もない。既に皇帝は死んでいる。しかもこのルートは地下監獄に繋がるだけで王宮には繋がってない。
護る意味も対象もいない。
いるのは極悪犯だけ。
可能性としては仲間の奪還の為に潜入してくる犯罪者達もいるかもしれないが……そこまで義理堅い犯罪者もここ近年ではそうそ
ういない。怠けるのも分かる気がする。ここには、重要なものなど何もないのだ。
話し声が聞える。
私は身を潜め、様子を窺う。帝都兵二人が話しこんでいる。
スニーキングミッションの神であるスネーク先生ほどではないにしても、潜伏行動は既に板につきつつある。
まっ、あれよね。
オブリビオンで生き抜いてきた際に身につけた能力だ。
さて、会話の内容はっと。
「しかし俺達は何を護ってるんだ？ 暗殺者達は目的を果たした。戻ってくるわけねぇのに無意味だぜ」
「まあ、あれだな。上層部に好印象抱かせようとする隊長のご機嫌取りなんだろうよ」
「無意味だぜ、まったく。ほとんどの囚人はあの騒ぎの際に生じた火災で死んじまったしな」
「そういや新入りのブレトン女も死んだよな。……まっ、ここで腐っていく事考えれば、幸せだったかもな」
「そうだなぁ。……ああ、新入りと言えばトカゲも死んだよな。あの赤いトカゲ」
話題のブレトン女は多分、私だ。トカゲは……ジョニー・ライデンか。
ふぅん。ブレイズのボーラスか。
死体がないのに２人とも死亡扱いだから、十中八九ブレイズが裏で手を回したのだろう。
まあ、どうでもいいけど。
「さて任務に戻るか。……まっ、めぼしい奴は死んじまったし、残ってるのはヴァレン・ドレスぐらいなもんだな」
「まったくふざけた話だ。何で俺達があのダンマーを護らにゃいけねぇんだ」
「早く看守から帝都軍に戻りたいぜ。……おっ、そうだ仕事終わったら飲み行こうぜ。俺金ないからお前の奢りだけどな」
「ははは。まっ、お前にはこの間の女の事で借りがあるしなぁ」
遠ざかっていく。
まっ、今の会話の通り真面目に警備する意味合いはそんなにないだろう。
看守達がいなくなったのを見計らい、私は忍び足でその場を後にした。
伝説のスネーク先生はダンボールを被って潜入したらしいけど……さ、さすがにそれは……ねぇ？
看守達はだらけている。
私はその都度、身を隠し、足音を消し、気配を殺して脇を抜けた。
そして懐かしの穴を通る。
そう、私の独房にあった、あの秘密の抜け道の入り口だ。……って塞げよ……。
声が聞えてくる。
甲高い男の声と、嘲るような声。片方は帝都兵の声だろう。もう片方は囚人……ああ、あいつかぁ。
ヴァレン・ドレス。
思い出した私の向かいの房にいたダンマーの爺だ。私を娼婦だと罵りやがったあの腐れダンマーか。
……ふぅん。
運命なんて信じないけど……こういう巡り合わせがあると、少し信じてしまいそうね。
まさか私が殺す事になるとは。
なるほど、あながち運命云々も馬鹿に出来ないわね。まっ、信じはしないけど。
「それにしてもお前がもうすぐ刑期が終わるとはな。癪だが、寂しいよ。真夜中のお前との遊びも、お前の惨めたらしく哀願する
あの声ともお別れだとは。いつかは終わると思ってたがやはり感慨深くなるな。十年の付き合いだったしな」
「11年だっ！」
「因果応報だろうが」
「11年このネズミ臭い穴蔵の中で過ごしたんだ。だがそれも終わるぅ、俺はここから出られるがお前はずっとこの穴蔵生活だ。
檻の中と外の違いだな、お前はここから出られないぜぇーっ！」
「はっ、出てどうする？ お前みたいな犯罪者は外では生きていけない。お前は既に獣だよ。どうせすぐ戻ってくる」
「ほざけよ帝都の豚めっ！｣
「じゃあお前、外でどうやって暮らすんだ。強がるな、お前の為にそこの穴蔵は取っておいてやるよ｣
「サマーセット島のビーチでお前の女房とよろしくやりながらお前の馬鹿さを思い出してやるぜ」
「そりゃすごい」
「俺は英雄だっ！」
「そうだな、お前は王様だもんな。……ああ、皇帝だっけか。じゃあ俺は預言者だな。予言してやるよ、お前はすぐ
にここに戻ってくる。そうさ、お前みたいな奴はここ以外じゃ生きられないんだ」
「ここから出れば俺はヒーローだ。タムリエル全土が俺を称える。ヴァレン・ドレス、ヴァレン・ドレスっ！」
「分かった分かった。その口さえ閉じてくれるなら今すぐにでここから放り出してやるよ」
コツコツコツ。
閉口した帝都兵はそのまま上に上がっていった。ここの階段を上れば地上だ。
それにしてもなんとおあつらえ向きなのだろう。
……あのダンマー、自分から標的である事を宣言したようなものだ。まあ、楽でいいけどこれも運命か？
さて、始めますか。
懐かしの我が家の檻を開ける。鍵は掛かってた、が私には魔法がある。鍵開けの魔法『盗賊王の極意』。
どんな鍵でも大抵は開けられる。
ここの牢獄、魔術師には優しいのよねぇ。脱獄し放題じゃないの、まったく。
ヴァレン・ドレスは檻を開けて通路に出た私を目ざとく見つけ、自分の檻に縋り付いて声をかけてきた。
「おい、おいっ！」
「私？」
周囲に衛兵はいない。今の衛兵も食事に行ったのか、外の空気を吸いに行ったのか、いない。
そういえばさっきの2人組みの衛兵の会話で火事があったとか言ってたわね。真紅の集団との戦闘の際に生じたであろう
火事により大半の囚人が死んだらしい。確かに、ほとんどの房が空だ。
「おい、ここを開けてくれ頼むよ。哀れな俺様を出してく……お、おいお前確か……」
「……」
私が誰か気付いたようだ。
「ハイ、ヴァレン・ドレス。ブレトン売春婦の私が貴方の房で一夜を共にしたくて戻って来たわよ」
「そ、そうだお前確か皇帝が暗殺された日に脱獄した女だ。運の良い女……で、でも戻ってきた？」
「ええ。戻ってきたわ。貴方に会いに」
「た、頼むよここから出してくれ。お前は自由を手に入れた、次は俺の番だっ！」
「そう。貴方の番。貴方は泳ぐの好き？」
「おお好きだ。逃がしてくれたら一緒にサマーセット島に逃げよう、そこで2人してバカンスだぜぇっ！」
「残念。場所はシシスの虚無の海。行くのは貴方1人。そしてその死を望むのは夜母」
「夜母……ひ、ひぃっ！ おい看守誰かいないのか暗殺者だ殺し屋だ誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ！」
「無駄よ。皇帝ですら穴蔵で死んだの。誰も貴方を助けには来ない」
「嫌だ、死にたくない死にたくないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ！」
闇の一党ダークブラザーフッドにとって暗殺は闇の神シシスに魂を送る儀式。
ビジネスだけではあの結束はない。
信仰と宗教が、闇の一党の下地なのだ。
献上された魂はシシスの虚無の海で永遠に彷徨い、貪られ続ける。
……まっ、ただの概念だ。
誰がどう殺そうとも、私はあまり信じないけど来世へと送られるだけの事。シシスの信仰は標的に恐怖を与え内部には結束
を高める為だけの偶像。夜母の殺しへの衝動を満たす為だけの、暗殺でありビジネスだ。
……こんな形でここに戻ってくるとはね。
アダマスの件がなければ関わらなかったであろう集団。
皮肉か。
ここで始まり、ここに戻ってきた。ここで終わる、のは極力遠慮はするけどねぇ。
さて、帰ろう。
……殺人者達の楽園に、私の帰るべき場所に……。