私は天使なんかじゃない
決戦前夜
一度介入した以上今さら見捨てるわけにも行かない。
少なくとも私はそう考える。
だからこそ私は自分の行動に責任を持とうと思う。自分の行動に責任を持てないのなら関るべきではないのだから。
そして。
そして再びスーパーミュータントの軍勢とぶつかる事になる。
決戦前夜。
ビッグタウンの地理。
奴隷商人やスーパーミュータントの攻撃が頻繁な為に街をバリケードで囲っている。
ただ元々の街の規模はもっと大きい。
防御出来る範囲が限られているので、ある意味で街の中心のみを防衛して後は切り捨てている。その証拠にビッグタウンを囲む形で廃屋が多数
ある。おそらくは防衛出来ないとして切り捨てられた家屋なのだろう。
廃屋。
そう、廃屋。
妙な輩が住まないように扉には全て板が打ち付けられている。
おそらく奴隷商人達が潜むのを防止する為だろう。まあ、板程度で潜むのを防げるのかは知らないけど、とりあえず成功している模様。
私はそこが狙い目だと思ってる。
スーパーミュータントにしても完全に『廃屋』だと思っているだろう。
狙い目だ。
ビッグタウンの唯一の入り口は吊橋。
その橋の幅は狭く侵入する際には必ず一列になる。しかもスーパーミュータントはでかい。アンクル・レオで何度か試したけどスーパーミュータントに
とってこの橋は行動が制限されるほどの狭さだ。
丁度吊橋を挟むように2軒の建物がある。
屋根に登って射撃すれば相手は成す術もなくバタバタと倒れるだろう。さらに迎え撃つ為に地上に築いたバリケードに身を隠しながら住人達が一斉射撃。
よし。
勝てる。
決して臆する状況ではないと思う。
必ずしも個体の能力差が戦力の決定的差ではない(赤い彗星風味☆)。
戦い方に工夫を凝らせば決して勝てなくはないのだ。
ベヒモスだって戦闘方法次第で屈する。
勝てる。
勝てる。
勝てる。
この戦い、必ず勝てる。
私はそう信じてる。
そしてそう信じる事がまず勝てるための前提だ。気持ちで負けたら絶対に勝てない。そういうものでしょう?
スーパーミュータントの軍勢は着実にこちらに向かっているらしい。グリン・フィスに斥候してもらったからそこは判明している。おそらくは翌朝に戦端
は開かれるだろう。敵勢の数は100前後。大部隊ではあるけど負ける気はしない。
決戦前夜。
夜。
スーパーミュータントの軍勢は翌朝到着ぐらいだから夜襲はないだろう。
だけど物事には絶対はない。
見張りを立てている。
街の住人達は全員緊張していた。そりゃそうだろう。明日は激戦が予想されている。街の人々にしてみれば逃げるのが得策なのかもしれないけど、彼ら
彼女らには逃げる場所すらないのだ。結局ここを防衛する為に戦うしかない。
ただ今回の戦いで勝てばスーパーミュータントは当分はビッグタウンに攻めて来ないだろう。
当分?
当分。
絶対という言葉はないわけだから、二度と来ないとは断定できません。
さて。
「問題なさそうね」
「御意」
グリン・フィスを連れて私は街を巡回。
クリス達も巡回してる。
アンクル・レオ?
彼の姿はこの街の住人にとって畏怖の対象だから、と街の人々に陳情されたから街を巡回せずに宿舎で寝てる。まあ、街の人の気持ちは分かるけどさ。
「主」
「何?」
「明日の戦いの先鋒は自分にお任せを」
「適材適所。グリン・フィスの役目は考えてあるわ」
「どのような役目でしょう?」
「明日のお楽しみね」
「御意」
決戦は明日。
準備の時間があるのは救いだ。
相手はおそらく強行軍。
駐屯すべき中間地点(どこから来てるかは知らんけど)の警察署は吹っ飛んだ。大量の物資と一緒にね。スーパーミュータントも生き物の範疇だから
物資なくては立ち枯れ。特に銃弾の類が消失したのは向うの痛手だろう。攻撃力は低下しているはず。
勝てる。
私はこの戦い、勝てると踏んでいる。
……。
……まあ、負け戦なら撤退を考えるけどさ。
この街の人々にもそれを勧める。
行き場所がないからといって負け戦でここで全滅する意味なんてないからだ。
まあ、名軍師である諸葛孔明の生まれ変わりであるミスティちゃんがいるんだから負ける事なんてありえないですわね。
ほほほ☆
「戦力的な問題は何もない。完璧」
「御意」
ケリィがガラクタの山から発掘したロボットも強力だしね。
埋まっていたのは警戒ロボット。
軍用だ。
左手にミニガン、右手にミサイルランチャーを武装した強襲用兵器。旧アメリカ軍の機械兵力で上位に位置する。
スーパーミュータントといえども破壊するには容易ではないだろう。
戦力としては申し分ない。
「ん?」
街を巡回中、見た事がない者が視界に飛び込んでくる。
金髪だ。
金髪の男性だ。
それも美形。
私はこの街の人間全てを知っているわけではないけどそいつは住人ではないだろう。着ているものにしても洒落ていて綺麗だ。清潔だ。この街の住人
ではあるまい。戦闘に疲れたこの街の住人に相応しくない。
こちらに気付いたのだろう。
金髪の男性はこちらに近付いてくる。微笑を浮かべて。
こいつ誰?
金髪で知ってる奴はカールとかいうタロン社の仕官だけだけどこいつは別人だ。
誰?
「やあ。良い夜ですね、お嬢さん」
「あんた誰?」
「私の名前はジョン。フリーの殺し屋です。……先にそう名乗っておいた方が隠し事がなくていいでしょう?」
「ふぅん」
殺し屋さんか。
多少は身構える。何故なら私の首を欲しがっている奴らはたくさんいる。タロン社&奴隷商人ご一同様がね。まあ、殺し屋稼業もするタロン社が
わざわざ殺し屋雇って差し向ける事をするかは知らないけど。そんな事をすれば組織としてのメンツに関る。
フリーの殺し屋雇うって事はないとは思うけどさ。
突然誰かが叫んだ。
街の巡回をしていたクリス一同だ。そこから声が響いている。
「ジョン・コナーっ!」
「ハークネス曹長、黙りなさい」
「I'll be back」
おお。
あのアンドロイド完全に戦う州知事になりきってるっ!
クリスも大変だなぁ。
……。
……まあ、グリン・フィスも大概大変ですけどね、別の意味で。
「誰か殺しに来たの?」
「そこはコメント出来ませんね」
「つれないのね」
「失礼。あまり雅な話題ではないのでコメントのしようがないのですよ。ははは」
「雅ではないわね、確かに」
「でしょう?」
食えない奴だ。
グリン・フィスは私に視線で問いかける。『殺しますか』と。
私はそれを黙殺した。
つまり彼の問いを否定した事になる。グリン・フィスの体から殺気が消えた。ジョンと名乗るフリーの殺し屋はグリン・フィスの殺意を読んでいたらしい。殺気が
消えたと同時に小さく安堵の息を吐いたのを私は見逃さなかった。
こいつ強い。
ジョンはグリン・フィスから殺気が消えたのを察したものの、これ以上ここに留まるのを得策ではないと考えのだろう。
会話を切り上げようとしている。
殺す?
うーん。
殺すところでは私達も人を殺してる。そういう意味では殺し屋とそう変わらない。そしてこの時代、人を殺すという行為はそう遠い話ではない。
身近な話題だ。
だってレイダーに襲われたら、身を護る為に殺すでしょう?
それは仕方ない。
殺しを正当化はしないけど生死は実に身近な話題だ。
さて。
「では失礼お嬢さん。ここには私の居場所はなさそうだ。……儲け話もね。誰か殺したい時はご用命を」
「殺したい時は自分で殺すわ」
「なるほど」
含み笑いをして金髪美形は去っていった。
顔は悪くなかった。
ただあいつの神経はどこまでも殺し屋だと思った。
殺す?
まあ、禍根を残さない為にも背中を向けて差って行くあいつを背後から銃撃した方がいいのかもしれない。
だけどまだ狙われてるわけじゃないしなぁ。
いずれ。
いずれタロン社とか奴隷商人に雇われそうなキャラ性ではあるけど……今はまだ敵対していない。敵対しそうだから殺すというのは私の価値観が許さない。
……。
……いやまあ、許せないという理由でカイルは殺したけどさ(敵対のフラグ参照)。
結局私は見逃した。
遠退いていく殺し屋のジョン。
「斬りますか?」
「いいわ。別に」
「御意」
禍根と断っておきたいけどアンクル・レオが警察署で言った言葉が耳に残っている。
殺したら殺される。負の連鎖によってね。
もちろん殺さなかったら殺されるという逆説もあるんでしょうけど……まあ、殺さずにおこう。運の良い奴だ。街の中じゃなかったら、そしていずれ来るであろ
うスーパーミュータントの軍勢に対する準備で忙しくなかったら殺してると思う。
今不用意に命を奪うとこの街の士気が下がる。
運が良い奴だ。
今後の犠牲者を出さない為に殺せばいいんだろうけど……その説が成り立つと私達も適用される。私達だって死体の山を築くんだから。
「よお。赤毛の嬢ちゃん。逃がしてよかったのかよ?」
「ケリィ」
ロボットの修理に徹していたケリィだ。
持ち場を離れて終わったのかな?
「修理終わったの?」
「まあ、ある程度はな。まったく俺様は人が良いぜ。無償で働くんだからな。……そうだ。乳を揉ませてくれよっ!」
「……そこは強調するとこ?」
「男は皆乳が好きっ!」
「グリン・フィス☆」
「御意」
バッ。
瞬時に行動を開始してグリン・フィスはケリィの腕を掴んで首元にナイフを突きつける。
「殺しますか?」
「うーん。どうしよー☆」
「俺様が悪かったっ!」
分かりゃいいのよ分かりゃ。
大概温厚な私でもたまにも切れるのでご用心。
ほほほ☆
「まったく。洒落じゃないぜ、あんたらの感性」
開放されたケリィはぼやく。
やかましい。
妙な事を言った代償だ。
「ところで逃がしてよかった、ってどういう事?」
「あいつはデリンジャーのジョン。有名な殺し屋だ。……あいつが殺し屋だっていうのは知ってるだろ? 自分でそう公言するのが奴の流儀だからな」
「妙な流儀ね」
「まあな」
デリンジャーか。
小型拳銃で暗殺するって事かな。わざわざ『デリンジャーのジョン』という異名になってるぐらいだからね。
ふぅん。
わざわざその異名なんだからデリンジャー使えるわけか。
だとしたらあいつ華奢に見えるけど鍛錬してるんだ。さすがは殺し屋と言うべきか。見た感じでは華奢。でも実際は訓練を積んでいるわけだ。
何故?
だってデリンジャーのトリガーは貧弱な奴には引く事も出来ない。
安全装置がないので暴発を防ぐ為にトリガーが極端に重くなっているのだ。
ケリィは奴の説明を続ける。
「あいつには気をつけろよ。金さえ積まれれば母親だって殺す奴だぜ? そういう意味じゃあ奴は冷酷無比な、本当の意味での殺し屋だよ」
「あんたと違って?」
「おいおい酷いな。俺はただのスカベンジャー、掃除屋だよ。瓦礫を漁るだけの男さ。たまに傭兵もするけどな。殺しは本職じゃねぇ」
「そうなの?」
「ああ」
「ふーん」
「デリンジャーの野郎の話に戻るが本当に気をつけろよ。あいつは基本的に女を殺すのが上手いんだ」
「女を?」
殺す性別は限定っすか?
「ああ。あいつは女を口説くのが上手いんだ。そして口説き落とした相手を殺す。……もちろん猟奇的って意味じゃあない。あいつは敢えて標的を口説
き落とすんだ。自分が殺し屋だと明言した上でな。どう口説くかは知らんが、女は落ちた瞬間に殺されるってわけだ」
「……嫌な奴ね」
「ああ」
やっぱり撃ち殺しておくべきだったか。
まずかったなぁ。
自分がいずれ標的になるかもしれないから怖いわけではない。私はあんな奴に口説かれても落ちない自信がある。
私はパパのものだもの☆
「俺はあいつが嫌いだよ。今まで会った事もなかったが嫌な奴だぜ」
「そうね」
女を殺す。
つまりは異性を好んで殺すって事は……話術にも顔にも物腰にも自信があるんだろう。要は女たらしってわけだ。
依頼されるから殺してるだけ?
いやいや。
もちろんそれもあるだろうけど依頼の選り好みもしているはずだ。そして奴は女を殺す依頼を積極的に受け、女専門の殺し屋という風になってるんだろう。
おそらくね。
まずかった。殺しとくべきだった。
「女を殺すだなんて勿体無いぜー」
「……」
こいつはそっちの意味での憤慨かよ。
このおっさんの言葉は正論?
まあ、いいか。
「だけどその殺し屋がどうしてここに来たの?」
「物資の調達に寄っただけらしいぜ」
「ふーん」
「ああ。あとは少し放射能に冒されたから除去して欲しいとかなんとか。あんたが救った医者と話してた。運が良いよな、あんたらがあの医者助けなかった
らあいつはここで医者に巡り合えなかったわけだからよ」
「そうね」
それもまた巡り合わせだろう。
だけど私個人としては妙な巡り合せしたような気がする。
デリンジャーのジョンかぁ。
「敵になりそうな予感」
私はケリィと別れて街を歩く。
グリン・フィスとも途中で別れた。彼は私の身を案じて護衛を申し出たものの今この街は切迫している。戦力的に充分な実力があるのは私達だけだ。
驕りではなく本格的な実戦経験があるのは私達だけ。
やれる事をやろう。
だから別れた。彼の戦闘技術はこの街の為になるのだから、彼の出来る事をやってもらわないとね。
それに。
それに別に『デリンジャーのジョン』に今すぐ私が狙われているわけではない。
わざわざ街の唯一の出入り口の吊橋まで行って、そこの防衛をしているダスティに本当にジョンが出て行ったかを聞いたし。
殺し屋は出て行った。
この街は周りがバリケードで囲まれているから吊橋以外からは侵入できない。
……。
……ま、まあ、その逆に住人も何があろうと吊橋以外からは逃げれないんだけどさ。
ある意味で背水の陣。
てか純粋に閉じ込められてるだけ?
まあ、いいですけどね。
防衛力を一点に集中出来るわけだからいずれ来るであろうスーパーミュータントの大部隊の対抗には役に立つ。
「ふぅ」
溜息。
最近働き過ぎかも。
アンデールでも結局体が休まった記憶がないし。
あの街は酷かったなぁ。
住人は全部人食い(子供達は何の肉かは知らなかったけど)だったし翌日からはフェラル・グール達との戦闘が激化したし。結局のところフェラル・グール
がどういう意味合いであんな場所に現れたかは謎のままだ。
フェラルを従えていたジープに乗った2人のグールもね。
はあ。
奴隷商人にも絡まれるし。
あの街は酷かった。
そんな感じで比べるとこの街はやり易い。敵がハッキリしてるからだ。
それだけでもマシだ。
さて。
「レッド」
私は診療所に行く。正確には診療所の前のベンチまでね。
そこにレッドが座っていた。
「あら。無敵のヒロインさん。こんばんは」
「これからどうするの?」
「これから?」
「明日以降よ。関った以上は手助けするけど、永遠にここに私達がいるわけじゃないからね」
「そうね。そこが問題ね」
「何かプランはあるの?」
「ここは最悪。だけど私達の街だからね、それなりには手を打ってる」
「というと?」
「奴隷商人達をキャップで追い返したり騙したり。極力放って置いて貰ってる。もちろん有効な手段じゃないけどね。……ただあのデカブツは本当に困りもの。
撃ち負かすには大きすぎるし騙そうにも聞く耳持たないし。何度も何度も来るのよ。嫌になるわ」
「ふぅん」
奴隷商人を買収、ね。
あまり良い手段とは思えないけど暫定的には何とかなってるわけだ。
だけど明日のスーパーミュータントの襲撃さえ凌げば今後は何とかなるだろうとは思う。
街は要塞化してる。
まあ、要塞は言い過ぎかもしれないけど武装化されている。
奴隷商人は誘拐するのが仕事。
あの連中はレイダー以上に武装しているもののタロン社には劣る。つまりキャピタル・ウェイストランドにおいて最悪な敵というわけではない。私にしてみれば
タロン社もそう怖いとは思わないけどさ。ともかく連中は戦闘に特化した存在ではない。
ここまで武装化して守りを固めれば今後は手が出せまい。
「俺達はここで終わりだ。お前達もここにいると同じだぞっ!」
叫んで回っている男がいた。
パピーとかいう奴だ。
何なんだ?
「どうして彼はあんなに否定的なの? まあ、全面的に前向きに考えれるような状況ではないけどさ」
「振られたのよ」
「振られた?」
誰に?
「ビターカップよ」
「ビター……あー、昨日夕飯ご馳走してくれた人ね。独特な人よね、彼女」
「気味悪い女を演じなければ問題はないのだけど」
「ふーん」
なるほど。
それであの男はあんなに荒れているのか。もちろんこの街の状況も関係しているのだろう。どう考えても明日は戦闘だ。
荒れるのは無理はない。
ただああ叫ばれては士気に関わるから迷惑ではあるけどさ。
「率直に言って。ミスティ、勝てると思う?」
「勝たなきゃとは思う」
「……」
「考え方の問題よ。勝てるかと思うより勝たなきゃと思った方が心地良いでしょ。その方がよく眠れるし」
「確かにそうね。前向きに考えるようにする」
「その方がいいわ。……ああ、そうだ。ジョンは何しに来たの? 金髪の妙な奴」
「口説かれただけなんだけど」
「口説かれたー?」
「ええ」
私の方が美形なのにレッドを口説く……あいつ殺すぅーっ!
やっぱ殺しときゃよかったか。
「じゃあ。私はこれで。今日は助けてくれて本当にありがとう。おやすみなさい」
「ええ。おやすみ」
レッドは診療所に戻った。
私はベンチに座って空を仰ぐ。
やるだけの準備は既にした。後は戦闘を待つだけだ。
ザッ。ザッ。ザッ。
足音が近付いてくる。首を動かして音の方向を見た。
「ビターカップ」
近付いて来たのはビターカップだった。
彼女は自嘲するように笑う。
「そう。まだ死んでない。残念ながらね」
「……捻くれてるわね」
「飲まない?」
彼女は私の隣に座るとペットボトルを差し出した。透明な液体が入っている。水か。丁度喉が渇いてたところだ。私はお礼を言って受け取り、口に含んだ。
透明な液体が喉を流れる。
そして。
「うげーっ!」
「あっはははははははははっ」
彼女は笑った。
「げっほげっほっ! 水じゃないじゃないの、スコッチじゃんこれっ!」
「誰も水なんて言ってないわ」
水と思って飲むのとスコッチと知ってて飲むのとでは意味が異なる。喉に焼けるような激痛。くっそぅ。まともにむせた。
ペットボトルを彼女に返す。
彼女はそれをおいしそうに飲んだ。
「ふぅ。おいしい。なのに貴女はむせた、お子様ね」
「……そりゃどうも」
「お節介なナイト様は街の為に必死で戦います。さてさてそれは何の為に?」
「そうね」
私は少し考え、それから肩を竦めた。
「気まぐれよ」
「大切な原動力よね、気まぐれってさ。何かをする原動力になる。……もちろん何にもしない展開にもなるんだろうけどね」
「まあ、そうね」
「ところでこのメイクはどう?」
「はっ?」
飄々としている女性ビターカップ。いやこれは飄々とかそういうもんじゃないかも。
掴み所のない人だ。
不思議ちゃん?
「良いメイクだと思うわ。白い肌が月の光に映えてる」
「でしょう? それがあたしが日中外に出ない理由よ。月の方が太陽よりよく輝いているからね」
「ふぅん」
「……ねえ。今誰かいなかった?」
「……? いないけど?」
「そう」
「……」
私を、というか私の背後を探るように見るビターカップ。
振り返るものの何もない。
遠い眼をして何を見てるの?
怖いぞーっ!
「何か視えるの?」
「死んだら死んだで皆うるさいのよ。……どうしてあたしばっかりこんな目に合うんだろ。神様、生きるってこんなに困難な事なの?」
「……」
「もしも貴女が死んだらあたしに憑いてね。貴女とはうまくやれそうだから」
「誰も死なないわ。誰も」
「戦争なのよ、スーパーミュータントとのね。奴らは必ず報復に来る。それなのに誰も死なないなんて奇麗事じゃない?」
「そうね。だけど誰も死なない為の努力はするつもり。それっていけない事?」
「……そうね。確かに、そうね」
「でしょう?」
「だけどもしも私が死んだらあたしを忘れないでね。誰かに忘れられるのが一番の苦痛だから。いつだって心の中にいたいのよ、あたしはさ」
荒野を歩く者がいる。
危険なキャピタル・ウェイストランドを無手で歩く男性。しかし一見無手に見えるものの彼は小型拳銃を隠し持っていた。
金髪の美形。
彼の名はジョン。
通称『デリンジャーのジョン』という異名で有名な殺し屋だ。
依頼主は幅広い。
タロン社や奴隷商人とも繋がりもある。ただし基本的にはフリーの殺し屋であり組織のお抱えではない。それはつまり独力で裏の世界を生き抜くだけの実力が
あるという自信の現われだろう。
事実、様々な組織は依頼する以外彼を敬遠していた。
外見に似合わず残酷で冷酷。
そんな彼を組織は恐れた。
「……ええ。そういうわけでMrユーロジー。レッドの抹殺はやめます。……ええ。彼女は私の心の琴線を奏でる事はないのでね。好みではない女性なので」
歩きながら携帯に便利な小型の無線機で彼は話していた。
無線の相手はユーロジー。
依頼主だ。
ビッグタウンにふらりと現れたのは偶然ではない。
奴隷商人に借金のあるレッドの暗殺の為に現れたのだ。しかしジョンはその暗殺を放棄した。そしてユーロジーもそれを許した。
そうしなければならないほどにユーロジーにしても彼に『借り』がある。
今まで様々な依頼を遂行してきたジョンだ。
そのお陰で奴隷商人達は勢力を伸ばして来た。奴隷商人はあくまで誘拐するのが仕事であり、殺しは基本的に範疇外。その範疇でない部分をキャップで
動くフリーの殺し屋達が補って来た。
その筆頭がジョン。
多少の我侭は許さなければならない。
「それではまた。……ええ。また仕事があればください。……ええ。それでは」
無線機を切る。
それから彼は無言で荒野を歩いていく。
向かう先はどこだろう?