天使で悪魔





暗闇の中での再会




  帝都動乱。
  それは結局、失敗に終わった。
  仲間達は戦死し逃亡し、私自身は帝都にある地下監獄に収容された。
  そして。
  そして、私の時間は止まった。

  世界の行く末も。
  今はもう分からない。皇帝暗殺をしくじった私には、もう何も決定出来ない。
  今はもう……。






  「……」
  あれからどれだけの月日が流れたのか。
  今の私にはもう分からない。
  最初の一ヶ月で、既に月日を数えるのはやめた。無意味だからだ。
  漆黒。
  暗闇。
  ……他に何がある?
  まあいい。
  私は帝都地下監獄に収容された。
  あの後。
  ユニオに刺されたあの後、気付いたら私は帝都地下監獄に収容されていた。200年間脱獄した者がいないという鉄壁の監獄。
  私はそこに、収用されていた。
  「……」
  小さな窓が頭上の方に1つあるだけ。
  完全に外界から遮断されたこの世界が、今の私の世界。
  囚人服は垢に塗れ、顔は髭が生え放題し放題(?)状態。髪も同様だ。どこのクロマニヨン人だお前は、と意味不明なツッコミが必至
  な状態。それが今の私だ。
  手には手錠。
  手錠……と言っても、両の手が鎖で繋がれているわけではない。
  手首に鉄輪が嵌められているだけ。
  何故?
  ……。
  よ、よく分からない。
  何故鎖で繋がっていないのか意味不明だ。
  もしかしたら脱獄した際の対処かもしれない。あいつ見ろよ手錠が嵌められている=衛兵に通報しなきゃ、という意味かもしれない。
  さて。
  「……はぁ」
  何日?
  何週?
  何月?
  どれだけ過ぎたのだろう。
  ……もしくは何十年?
  ……。
  考えない事だ。
  考えると気が滅入る。
  私は結局何が出来たのか、何が残ったのか、何がしたかったのか。よく分からない。
  皇帝暗殺をしようとして失敗。
  クレメンテは死亡。
  エルズは生死不明。あのままガストンと刺し違えたのかどうか、分からない。
  カイリアス、アイスマンは消息すら不明。
  仲間達は皆、私の前から消えた。
  私の所為か?
  そうなのか?
  私がブレイズに付け狙われていた、それが全ての要因なのか?
  結局ブレイズが何故私に執着していたは分からない。そもそもここに逮捕された罪状すら分からない。……いや反乱したからなの
  は当然だ。しかし収容される際に罪状は言われなかった。
  終身刑なのか死刑なのかも。
  それすら言われていない。
  まあ、これは終身刑だな。死刑なら帝国の威信を懸けてとっとと執行しているはずだ。
  実際問題として我々は帝国に喧嘩を売った。
  死刑が妥当。
  にも拘らずまだ執行されていない。
  死刑ではないだろう。
  ……ただ忘れ去られているだけじゃないだろうな?
  それもありえる。
  それは、勘弁して欲しいものだ。
  「今日も深紅だ」
  指輪を見る。
  アカヴィリ刀は失ったものの、この指輪だけ私のものだ。
  指輪したまま投獄された?
  ……まさか。
  咄嗟に胃の中に隠した、それだけの事だ。吐き出す際に死にそうな思いはしたが、まあ、良い思い出だ。
  今は私の指に収まっている深紅の指輪。
  看守すら来ないのだから指輪をしていても問題はない。
  ここには食事を運ぶ雑役夫が来るだけだ。
  基本喋る相手すらいない。
  近くの房は空らしく、喋る相手もいない。もっともまったくの無人ではないようだが。
  すすり泣く声や喋る声も聞こえる。
  しかし私の近くに喋る相手はいない。
  少し危惧があるとすれば、今の私は人と喋るだけのコミュニケーション能力が残っているかの心配だ。
  コツ。コツ。コツ。
  誰かが近付いてくる。
  小さな窓の外をちらりと見る。まだ昼前だ。
  風景を楽しめるほどの窓の大きさではないが、大体の明るさで時刻は分かる。……雨降ってたり曇ってたりすると分からないが。
  ともかくまだ時刻は昼前だ。
  食事ではあるまい。
  でも誰だ?
  コツ。コツ。コツ。
  足音は近付いてくる。
  看守が珍しく見回りか、それとも新入りが来たのか。
  ……。
  ああ。そういえば数ヶ月ぐらい前に大騒ぎがあったな。数ヶ月か数週間か数日かは、今の私には分からないが、大騒ぎがあった。
  たくさん監獄内で死んだらしい。
  何があったかは不明。
  さて。
  「元気そうだね」
  「……?」
  私の檻の前でボズマーが立ち止まった。
  小さな身長の男性。
  年齢は分からないが……服装は、どこか市民っぽい感じだ。少なくとも政府関係者とは思えない。
  何より髪型。
  タマネギか、その髪型は。
  「マラカティ。私だよ」
  「……?」
  じー。
  よく見る。
  タマネギ頭のボズマーに知り合いなどいないのだが……。
  「私だ。ユニオだ」
  じれったかったのか、自ら名乗る。
  ユニオって……。
  「嘘だろっ!」
  思わず叫んだ。
  刺された事に関しては既に根には持っていない。ずっと昔の事だし、それに自分の状況も弁えている。あの時、刺されなければ帝都
  兵達に殺されていただろう。ユニオは私を戦闘不能にし逮捕する事で私を救った、と今は考えている。
  今はな。
  ……。
  まあ、刺す必要があったのかどうかは疑問だが。
  「何なんだその、何と言うか……その素敵ヘアは何なんだ?」
  「その誉め言葉、苦しいぞ、マラカティ」
  「た、確かに苦しいな」
  「ははは」
  「それで? 監獄に押し込められた旧友を笑わしに来てくれたのか?」
  「この髪型はある女性に接近し調査する為のカモフラージュだ」
  「よかった。今、外ではそんな髪型が流行ってるのかと思って身震いしたよ」
  「……言ってくれるよ」
  「調査って何だ?」
  「私は元老院直轄組織『アートルム』の特別捜査官だ。……まあ、皇帝直轄のブレイズと同じような組織だ」
  「なるほどな」
  皇帝直轄。
  元老院直轄。
  立場こそ違えど、どちらも帝国ではトップに立つ組織というわけだ。
  「女性って?」
  「それは言えないよ、悪いがね。ただしなかなかに手強い女性(這い寄る混沌参照。つまりはフィーちゃんの事を指す)の調査だと
  だけは言っておこう。後は機密だ」
  「まあいいさ。どうでも。……それより、あれからどれだけ経った?」
  「それは聞かない方がいい」
  「そうか」
  私は素直に頷いた。
  これ以上は聞くつもりはなかった。随分経ったのは、確からしい。
  「それにしてもユニオ、生きていたんだな」
  「お陰様でね」
  死んだと思っていた。
  今までどこで何をしていたのか?
  「ブレイズに斬られて死に掛けてたんだよ」
  「ブレイズに?」
  おかしな話だ。
  皇帝直轄ではなく元老院直轄ではあるものの、ユニオは帝国属性の存在。何故同じ帝国の組織に斬られるのか。
  複雑な内情があるらしい。
  「それでユニオ、何しに来たんだ?」
  「君を笑いに来た。そう言えば君の気は済むのだろう?」
  お前はクワトロ・バジーナ大尉か。
  意味不明なツッコミをしそうになるものの、次の言葉を待つ。思えば人とまともに話すのは久し振りだ。
  「状況を伝えに来た」
  「状況?」
  「聞きたい事を聞いてくれ。私は時期に、長期任務に出る事になる。もう会う事もないだろう」
  「昔の感傷に浸りに来たのか? それとも罪悪感か?」
  「マラカティ、君を捕らえた罪悪感か? いいや。それはないよ。君は罪人だ。する事はしてる。そうじゃないか」
  「違いない」
  苦笑。
  帝国は殺すところでちゃんと殺した。私も、殺すところでちゃんと殺した。
  どこに違いがあるのだろう。
  私も結局、皇帝の利己主義の思想とそう変わらない。
  死体の山を築いたのだ。
  私は罪人。
  それ以上でも以下でもないだろう?
  「ユニオ。聞きたい事がある。……私は、誰だ?」
  「素性か?」
  「ああ」
  「……」
  「キルレイン……私を付け狙っていたブレイズは、私を元ブレイズと言っていた。私はブレイズなのか?」
  「……」
  沈黙。
  何故ここで押し黙るのかの意味が分からない。
  君は実はブレイズだ。その一言は簡単に言えるはず。なのに言わないのは何かあるのだろうか?
  私がブレイズなのはキルレインの口から聞いている。
  おそらく嘘ではないだろう。
  君は実はブレイズ。
  何故その言葉を言わない?
  何故?
  「ブレイズには、抹殺候補という者達がいる。本人達はそういうカテゴリーに属しているのは知らないのだがね」
  「はっ?」
  「抹殺候補とは、危険人物」
  「それは……犯罪者とかって事か?」
  犯罪者をブレイズのメンバーとして組み込む?
  そんな事があるのだろうか?
  ……。
  気が付けば話が逸れているのに気付いたものの、黙って聞く事にする。
  ユニオは続けた。
  「抹殺候補とは卓越した能力を持つ者達だ。等しく高度な戦闘技能を有している。基本的に危険な任務を与えられる。捨て駒だよ。
  しかし当然ながら生き残る者もいる。そんな者達は一定以上の戦果を示した後に、始末される」
  「何故だ?」
  「帝国の脅威になるからだ」
  「……? 造反するって事か?」
  「そうじゃない。そうじゃないんだよ、マラカティ」
  「何が言いたい?」
  「では言おう。その抹殺候補とは皇帝の遺児だ」
  「皇帝の……」
  つまりは皇太子。
  それが抹殺候補?
  いや抹殺の意味云々は分かる。つまりは政争になるだろうから始末する、という意味だろう。
  何故ブレイズなのだ?
  「皇族はアカトシュの加護を受けている。卓越した戦闘技能も有している。ただ殺すだけではもったいない、そういう意味だ」
  「つまり……」
  「抹殺候補とは、捨て駒だ」
  「待て。私は、皇帝の遺児なのか?」
  「……反応鈍いな。そういう事だ。君の場合はブレイズも気付いていなかった。あのキルレインが調べあげて、判明した」
  「……」
  「あと、皇帝は既に暗殺された。深遠の暁&黒の派閥という組織に暗殺された」

  「私が皇帝の遺児、か」
  それが私、か。
  ……。
  ……。
  ……。
  だから、何だ?
  特にこれといった感情は浮かんでこない。
  「で?」
  「予想と違う反応だね、マラカティ。ダースベイダーに親子発言された時のように、取り乱して欲しかったよ。実に残念だ」
  「いや意味分からんぞ」
  「ははは」
  なかなかユニオは良い性格なご様子。
  これが素か?
  なるほど。
  初めて見るユニオの人物像だな。
  「で? だから、私は殺されないのか? 皇帝の次期候補って事か?」
  「いやマラカティ。それは違うよ」
  「というと?」
  「君はただ皇帝派からも元老院派からも忘れられているに過ぎない。このまま忘れ去られて獄中死するだけの可哀想な存在だよ」
  「そ、そうか」
  私を皇帝として担ぎあげるつもりかと思っていた。
  もしくは予備として、殺さずに置いているのかと。
  ……。
  忘れられているだけか。
  それはそれで哀しいな。しかし考えてみると、アイスマンは私の素性を知っていたのか?
  だからこそ皇帝にするべきしていた?
  ありえる話だ。
  皇帝の血統なら力で押さえ付けるという行為があるにしても、元老院も渋々ながら納得するに違いない。
  「誰が皇帝に?」
  「今はまだ不明だ」
  「不明?」
  「今まで皇帝の子を捨て駒、暗殺、捨てて来た。今になって品切れ状態。三皇子殿下も既にいない。つまり、皇室は不在なのだよ」
  「馬鹿げた事だな」
  「そう思うよ」
  ……おや?
  ユニオも同意した。つまり、皇室に敬意はないのか?
  「今のところ最大の皇帝候補はマーティンだ」
  「マーティン」
  「君の弟に当たる」
  「そうか」
  「マーティンは捨てられた遺児でね。今、どこで何しているかまったく不明。現在のところジョフリー殿がブレイズの総力を挙げて探索
  している。元老院も私達アートルムを総動員している。どちらが皇帝候補を探し出し奉戴するかで今後の権力構図が変わるからね」
  「馬鹿げた事だな」
  「そう思うよ」
  下らん。
  実に下らん。
  実際にはかなり気が滅入る私の過去のカミングアウトではあるものの、気を取り直そう。

  「それで他の者達は?」
  私は追憶を切り捨てた。遮断した。
  追憶は判断を鈍らせる。
  ずっと世界との接触が途絶えていたのだ。そして次はいつ情報が手に入るか分からない。そもそも生きているかすら分からない。
  聞ける内に聞こう。
  もちろん、悲しみを振り払う為でもあるが。
  「他の者か。誰から聞く?」
  「……任せる」
  「ではカイリアスから話そうか」
  「頼む」
  カイリアス。
  アルケイン大学のエリート。あの後逃げおおせたのか、それとも……。
  「マラカティ。彼は、死んだ」
  「……」
  「あの後すぐにではない。数ヶ月前に、グレイランドで……」
  「……っ!」
  ガッ。
  鉄格子にしがみ付く。グレイランドという言葉に、勝手に体が反応した。考えるよりも早く、先に。
  「グレイランドはまだあるのかっ!」
  「落ち着け」
  「……」
  「落ち着け」
  「……そう、だな」
  ドサ。
  万年床に腰を下ろす。ふぅ。軽い吐息を吐く。私が落ち着いたのを見て、ユニオは話し始める。
  「グレイランドはあの後徹底的に潰された」
  「……」
  住人は既に誰もいなかったから、問題はない、か。
  それでも物悲しくはある。
  「現在グレイランドには一件の建物が残っているだけだ。帝国は完全に情報統制をした。グレイランドという村は過去存在すらして
  いなかった事になっている。グレイランドとは、今なお残る家屋の名称だ」
  「そうか」
  「カイリアスはそこで、死んだ」
  「……何故だ?」
  「そこでスクゥーマを密売していた。帝都軍巡察隊によって討伐された」
  「……」
  あの馬鹿。
  帝国を潰すのにスクゥーマを使おう、そう言っていた。麻薬を垂れ流す事で帝都の機能を麻痺させるつもりだと。
  つまりは、そういう事か?
  つまりは……。
  「帝国を潰す為だったのか?」
  「そこまでは知らない」
  「そうか。カイリアスは、死んだのか」
  言葉が頭に入ってはくるものの、感情として変換されない。こんな感情もあるのか。
  不思議だな。
  「……エルズは?」
  「エルズもしばらく前に死亡した。スキングラードが最後の場所だ。先帝陛下を暗殺した一派に所属していたようだ。カルト教団
  である深遠の暁だ。彼女の通り名は《神嫌いのエルズ》だったようだよ」
  「……そうか」
  皇帝暗殺。
  私の目的だった。いつの間にか、それがエルズに乗り移っていたらしい。
  それにしても神嫌い、か。
  信心深かった彼女。
  それだけ月日が経った、というわけか。
  年月は人の価値観や心情をも容易に変えてしまう。……いや。これは私の責任か?
  私の……。
  「マラカティ。続けていいか?」
  「あ、ああ」
  「クレメンテ……」
  「待て」
  止める。
  クレメンテは死んでいた。私が確認した。あの状況だ、蘇生はありえない。クレメンテ最後の場所にはユニオもいた。
  わざわざ言う必要はないと思うのだが……。
  「分かってるよマラカティ。クレメンテは死んでいる。君もそれを確認した。だろう?」
  「ああ」
  「言いたいのはそこじゃない。彼の従兄弟だ」
  「従兄弟?」
  確か魔術師ギルドのどこかの支部に所属していたとか、聞いた事がある。
  一族の誇りだとか。
  面識はない。
  そもそも名前もうろ覚えだ。よく自慢話を聞かされたが、確か……。
  「ムラージ・ダール?」
  「そうだよマラカティ」
  「よかった」
  記憶力は錆びてはいないらしい。
  「その、ムラージ・ダールがどうたって?」
  「魔術師ギルドを追放された。あの動乱の後すぐにだ。魔術師ギルドは反乱者との繋がりを拒否したかったらしい。ムラージ・ダール
  は追放された。カイリアスも所属の存在を抹消された。ムラージ・ダールの行方は不明だ」
  「……可哀想に」
  「君達が行った事の、代償だ。そこは否定できないだろう?」
  「……分かってる」
  うなだれる。
  言われるまでもない。言われるまでもないんだよ、ユニオ。
  全ては私の責任だ。
  皇帝を殺せば全てが終わる、憎しみの連鎖は終わると思った。しかし違う。新たな憎しみの連鎖を私が創り上げてしまった。
  元々あった連鎖と絡み合い、より厄介な存在になってしまった。
  全ては私の責任だ。
  全ては……。
  「アイスマンは?」
  出ない名を、焦れて聞く。一番詳細不明なのは彼だ。
  王宮で別れたきりだ。
  ユニオは少し表情を歪めた。どんな感情なのか、よく分からない。微妙な表情だ。
  「どうした?」
  「アイスマンは、分からない」
  「……?」
  「はっきり言う。私の使命はアイスマンの調査だった。ヴァレンウッドにいた時も、グレイランドで暮らしていた頃も。奴は至門院の
  中でも要注意人物。だからずっと側にいた。……マラカティが関わってきてから、展開が変わったがね」
  「……」
  「至門院は根絶やしにされた」
  「何故だ?」
  「あの後、徹底的に内偵が開始された。結果、至門院の実態が判明した。連中はフェザリアンだったよ。アイスマンも含めてね」
  「フェザリアン?」
  有翼人。
  既に滅亡した者達。ドワーフ同様に滅亡している。歴史の本には、そう記されている。
  フェザリアンは翼を持つ、美しい者達。ブレトンに翼を付けた様な外観だと本には記されている。
  何故滅びたのか?
  それは数代前の皇帝の弾圧だった。
  空を飛べる。
  それは帝国にとって脅威だった。フェザリアンの前には高い防壁も意味を成さない。
  だから。
  だから殲滅政策を断行した。
  先帝もその政策を受け継いでいる。フェザリアンは、その結果として滅亡した……はずだった。
  「つまり『D』とはフェザリアンなのか?」
  「言ったろ。全員フェザリアンだと」
  「しかし……」
  「至門院の指導者『D』、ディルサーラは今だ有翼ではあるが、他の者達は翼を自ら切り落としていた。種としての保存の為だね。
  そうする事で帝国の目を逸らし、次代に繋ごうとしていた」
  「それで……」
  「根絶やしにされた。ディルサーラは自害した。至門院は壊滅したよ」
  「……」
  「もっともアイスマンの行方は分からない。ディルサーラの行方も」
  「待て。ディルサーラは……」
  「自殺した。しかし彼女には娘がいた。ディルサーラとは、女王になる者が名乗る名。伝承されるべき至高の言葉。もしもその娘が
  生きているのであれば、至門院の系譜は今なお生き残っている事になる」
  「そして連鎖は続く、か」
  憎しみの連鎖。
  私が振り撒いた結果であり、そして元々帝国が育てた憎しみでもある。有翼達の憎悪に終わりはない。
  弾圧して。
  制圧して。
  憎しみを帝国が押さえつけようとすればするほど、逆に反発する。
  どちらも折れ合う事はないのだから、どちらかが滅ぶまで続く。
  ……不毛だな。
  ……。
  人の事も言えないか。
  私は苦笑した。
  「話を元に戻そう。いいかい?」
  「ああ」
  「マラカティ、君達に関係した他の者達の事も伝えよう。……ガストン船長は暗殺された。闇の一党の暗殺者に」
  「暗殺、か」
  いい様だと思う。
  死んで当然の相手だった。そもそも生きていたのか、エルズと刺し違えて死んだのかと思っていた。
  それにしても。
  闇の一党ダークブラザーフッドか。
  有名な暗殺組織だ。
  モロウウィンドではモラグ・トングが幅を利かせているものの、シロディールでは闇の一党ダークブラザーフッドが仕切っている。
  まあ、そこはいいか。
  「フェイリアンという者が反乱に関わっていたという記述があったが、名前に心当たりは?」
  「ある。至門院の協力者だ。私達の反乱を帝国に売った筈だが……」
  「その代価に貿易特権を得た。サマーセット島の事業の全権を得たのだが……至門院残党の後押しで、サマーセット島のアルトマー達
  は帝国製品の不買運動をした。結果としてフェイリアンは没落し、破産し、スクゥーマに溺れて自滅した。暗殺の線もある」
  「暗殺?」
  「断言は出来ないがね。ちなみにフェイリアンはスクゥーマ販売のロルクミールを殺した、との報告もある」
  「そうか」
  世の中、妙な伏線があるものだ。
  ロルクミールは確かカイリアスの知り合いのスクゥーマ密売人……だった気がする。
  反乱の関係者は次々と自滅していく。
  「ヴァレン・ドレスの名に聞き覚えは?」
  「ヴァレン・ドレス?」
  確か港湾貿易連盟の中心組織ドレスカンパニーの総帥の叔父……だったか。罪科の軽減を条件に組織の情報を売ったとか。
  アイスマンをそれを利用した。
  犯罪連合の組織力を使う為に、ヴァレン・ドレスの暗殺方法の仕方を教えてるを請け負った。
  「知っているようだね」
  「ああ」
  「結局ヴァレン・ドレスも最近暗殺された。アイスマンは約束を反故にした」
  「また暗殺か」
  「そうだ。牢獄に闇の一党の暗殺者が押し掛けて殺した。誰が依頼したかは、言うまでもないだろう?」
  「確かに」
  あれから。
  あれから、死が連続している。
  仲間達の死も。
  私が望む望まないを関わらず死は演出されていく。
  「マラカティ」
  「何だ?」
  「私はそろそろ行くよ。多分、もう会う事もないだろう」
  「……そうか」
  「ただ……」
  「ん?」
  「ただこれだけは言っておこう」
  「あ、ああ」
  要領を得ない顔で私は頷いた。
  何を言おうとしているのだろう?
  今更、これ以上ドッキリする内容もないとは思うがな。自分は皇帝の遺児、仲間は全員死亡、他に何か驚く事が残ってるか?
  いいや。
  残ってないだろう。
  静かに次の言葉を待つ。
  「皇帝が暗殺され、後継者候補である三皇子殿下も今はもうない。現在の治世の権は元老院を束ねる総書記官であるオカート殿が
  振るっている。世間の評判を気にするあのお方は、皇帝暗殺犯を執拗に捕らえようとしている」
  「人気取りの一環で?」
  「そうだ」
  「……ふーん」
  俗物め。
  「衛兵のシフトも通常の三倍だ。帝都においては夜間外出禁止令も出ている。それが、3日後に解除される」
  「解除?」
  「今度は衛兵達の、ご機嫌伺いだ」
  「……ふーん」
  「ともかく3日後に解除される。その際、通常のシフトの半分以下になる。兵士のほぼ大半は非番となる」
  「……?」
  「やれやれ。牢獄暮らしで頭が錆び付いたのか?」
  「ほっとけ」
  「ははは」
  しかし大体の意味が分かって来た。
  つまり。
  つまり、監獄の警備も疎かになるわけだ。しかし脱獄出来るほどではあるまい?
  筋トレは欠かさないものの体力的な低下もある。
  そもそも牢を破るにはどうすればいい?
  「マラカティ」
  「何だ?」
  「アイスマンの死は確認されていない。もしも彼が生きているなら、君への友情が本物なら」
  「……」
  「この絶好にして、唯一の機会を逃す事はないだろう」
  「……」
  「では私はこれで。売れっ子捜査官は色々と忙しいのでね」

  「ユニオ」
  去ろうとするかつての友人を呼び止める。
  背を向けたまま立ち止まり、顔だけをこちらに向けた。
  私は言う。
  「どうして帝国に従ってるんだ?」
  少なくとも。
  少なくともユニオは帝国至上主義ではない。
  ヴァレンウッドでの反乱も直接的には関わっていないものの、それに準じる行動をしていた。グレイランドでもそうだ。
  どうして帝国に従うのか。
  それが気になった。
  「何故聞く?」
  「気になるからだ。どうして帝国に?」
  「給料の払いが良いからさ」
  ニヤリと笑う。
  コツ。コツ。コツ。
  そのまま彼は歩き去った。数秒後、私は大笑い。ユニオは私の笑いを背で受けながら監獄を出て行く。
  給料か。
  なるほど、仕事だもんな。
  至極当然な答えだ。そして一番純粋な動機。
  給料か。
  「あっはははははははははははっ!」
  ……笑える。






  3日後。
  アイスマンが武装集団を率いて監獄を襲撃。
  監獄は火の手に覆われ、多数の死傷者が出た。看守も囚人も、大勢死亡。
  そんな中、監獄で反乱が発生。
  そして私は……。