天使で悪魔





反逆の狼煙





  壊れたモノは二度と元には戻らない。
  修復を試みても、仮に修復できたとしてもそれは『同じ』モノではないのだ。
  だからこそ壊される事の悲しみを知る者は思慮深くなる。用心深くなる。

  壊さないように。
  壊さないように。
  壊さないように。


  その物事に対して常に愛情を持ち、それが永久に続く事を願う。
  永久などないのは知っている。
  いずれは自然と壊れるだろう。それは理解している。
  それでも一日でも長く続くように接し、対し、愛し、生きる。やがてそれが壊れても受け継ぐべき次代の者にその思想が残るように。
  それが本当の意味での永遠ではないだろうか。

  帝国は壊した。私達の愛すべき村を。
  そして殺した。

  ……タムリエルの統一政権とはいえそんな権利、帝国にあるのか……?






  「はあっ!」
  アカヴィリ刀を横に一閃。
  村を蹂躙していた者の首を刎ね飛ばす。首は飛び、収穫を待つばかりだったトウモロコシ畑に落ちる。もちろんもう既に
  トウモロコシの姿はない。村も畑も等しく燃えている。
  「次っ!」
  そう叫びながら私は疾走。
  狂ったかのように倒れ伏している村人に剣を何度も何度も突き刺している男の背後に迫る。
  炎と血で狂気となったかのような振る舞い。
  そんな奴が同じ人間なわけがないっ!
  「ん?」
  男は振り返る。
  何だ、そんな顔をしていた。それが死顔となる。私のアカヴィリ刀が顔を貫いていた。
  「外道めっ!」
  剣を引く抜く。
  支えを失った男は死体となって地面に転がった。村人の方は確かめるまでもない。……死んでいる。いつも明るく笑う女の子だった。
  もうじき結婚するのだと嬉しそうに言っていた、女の子だった。
  なのに……。
  「何なんだよ、くそっ!」
  私は叫ぶ。
  これは一体何なんだ?
  何の冗談だ?
  その叫びを聞いてか、それとも次々と仲間を斬って捨てる私を殺したいのか。……まあ、多分両方だな。3人の男が横一列にこちら
  に向って突き進んでくる。
  男達の正体?
  盗賊ではない。賊なはずがない。
  連中は正規軍の鎧を纏っている。そう、正規軍とは帝国軍の事だ。連中は帝国軍だ。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  出せるだけの声を張り上げ、私は走る。
  帝国兵に向って。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「ぎゃあぎゃあ喚きやがってうるさいっ! ……帝国の為にっ!」
  私と帝国兵達が交差する。
  繰り出される三条の白刃を弾き、避け、受け、そのまま帝国兵2人の喉元を切り裂いた。
  致命的な一撃を受け剣を捨てて喉元を押さえる帝国兵達。
  「ば、馬鹿なっ!」
  恐れが浮かび上がったのか。
  もう1人の帝国兵は背を向けて逃げ出す。……逃げる?
  村人は逃げれたか?
  村人を逃がすのを許したか?
  ……否。
  「死ねっ!」
  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ドサ。
  そのまま倒れる。背にはアカヴィリ刀が深々と突き刺さっている。私が投げたのだ。
  誰一人逃がすものかっ!
  「……くそ」
  死骸となった帝国兵に近付き、アカヴィリ刀を引き抜く。
  何故こんな事に?
  何故……。



  ブラヴィルから来た衛兵隊長を、ユニオが送って行った。
  そのユニオが帰らないから探しに出た。
  ただ、それだけだった。
  街道を歩いていたら衛兵隊長は殺されていた、村に戻ると帝国軍が襲撃していた。その際に多数の村人が死んだ。
  クレメンテ・ダールの姉のマデリーン・ダールも死亡。
  私達は戦った。
  自分達の尊厳を守る為に。
  村人達を救う為に、仇を取る為に。


  私達は分断された。
  燃え盛る村の中で分断され、今私は1人で戦っている。……しかし、何故だ?
  帝国の襲来もおかしい。意味が分からない。
  それ以上におかしい事もある。それは帝国軍が来た時、村人の方から仕掛けた……らしい。助けた村人がそういう動きがあったと
  語っていた。何故手を出した、何故っ!

  ……追求はやめよう。謎の探求も今は無意味だ。
  今は生き延びる事が最善。
  そして殺す事が全て。
  帝国軍は生きてここから帰さない。



  「ぐはぁっ!」
  軍馬でこちらに突撃を敢行して来た帝国兵が堪らずに落馬する。胸には1本の矢。鎧を貫通しているに違いない。
  だがまだ死んではいない。
  「じゃあなっ!」
  ザシュ。
  カイリアスが容赦なく帝国兵の首に剣を振り下ろした。
  飛び散る血。
  「次が来ますよっ!」
  ひゅん。
  矢をつがえてアイスマンが放つ。
  戦闘は苦手と自称するものの、なかなかどうして弓矢の扱いはうまい。向ってくる帝国兵の1人の額に見事に突き刺さっていた。
  「やるじゃねぇかアイスマンっ!」
  「左足を狙ったつもりなのです。つまり失敗です」
  「……ノーコン過ぎるだろうが」
  「相手が死ねば問題ありません」
  分断されていた2人と合流した。
  クレメンテは帝国兵を大槌でぶっ飛ばしているし、エルズは鉄のクレイモアで帝国兵を圧倒している。
  「てめぇらうぜぇぜっ! 鬼火っ!」
  ドカァァァァァァァァァンっ!
  向ってくる帝国兵を吹き飛ばす。
  「はっはーっ!」
  「……野蛮ですね、アルケイン大学のインテリさん」
  「てめぇが緩いんだよ至門院のインテリ」
  帝国軍は決して多くはない。
  あくまで一部隊でしかないらしい。後備は存在していないようだ。つまりここにいる連中を蹴散らせば終わる。……当面は。
  当然私も見ているだけではない。
  「ぎゃっ!」
  「がぁっ!」
  「ふぐぅ」
  アカヴィリ刀を振るうたびに確実に1つの命を奪っていた。何人斬り殺したのか、もう覚えていない。
  また1人、無謀にも突進して来た。私は帝国兵の剣を弾く。
  「ひっ」
  「……」
  尻餅を付いた帝国兵は、まだ若かった。
  殺すのには若い?
  関係ないね。
  「……っ!」
  ザシュ。
  剣を振り下ろす。
  殺された村人の中には赤子だっていた。少なくとも赤子以上の年齢の帝国兵は等しく死ぬ義務がある。
  殺戮をした者達に対して殺戮を行使し、私は進む。
  帝国兵の1人が叫ぶ。
  「ひ、1人凄い奴がいるぞっ! 押し包んで……っ!」
  ザシュ。
  「殺せ、だな」
  斬り捨てて進む。
  別の帝国兵が叫ぶ。
  「ヴァルガ隊長の撤収命令が出たっ! 撤退っ! 撤退っ!」
  帝国軍は退いて行く。
  来た時同様に俊敏に。しかし私は止められるまで、アイスマンに止められるまで敵を見つけては殺し続けていた。



  燃え盛る村。
  燃え盛る……。
  「……」
  私は消火は命じなかった。村人の救出に必要な程度の消火は必要に応じてするように、生き残りの、比較的傷の浅い村人達に命じ
  ているものの、それ以上の事は言わなかった。
  雨雲が近付いて来ている。
  直に大雨になる。
  だから消火が必要がない?
  天候任せではなく、懸命に少しでも消火して村を再建するのが村長の役目?
  ……。
  再建は叶わない。
  帝国軍襲来の意味が分からないが、また来るだろう。
  帝国の一部隊は我々が壊滅させた。だからこそ、今度はその報復も兼ねてさらに大部隊を動員するだろう。
  グレイランドはもう終わりだ。
  「……マラカティ……」
  エルズが私の名を呟く。
  私はただ立ち尽くしていた。燃える村を見ていた。帝国の敗残兵がいる可能性を心配してか、エルズは私のすぐ後ろにいる。
  アイスマンもクレメンテも。
  その時……。

  「おら、来いよっ!」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  カイリアスの怒号が響く。
  ズルズル。
  男の首根っこを掴んで文字通り引き摺りながらこちらに向かってくる。私達の目の前まで引き摺ってくると乱暴に突き飛ばした。
  自然、土下座するような形で男は私の前に転がる。
  「ひ、ひぃぃぃ」
  「……?」
  何だこいつは?
  哀願するような視線を私に向けている。下から、私を仰ぎ見ている。
  どこか卑屈に見えるのは恐怖からだろうか。生き延びようとする心が、自らを卑屈に追い込んでいるのだろうか?
  敗者の心境とはこういうものか。
  ただ、こいつは何者だ?
  見た感じ帝国兵ではない。種族は……ブレトンか。見た感じは帝国兵ではない、という感想は服装だ。グレイランドの村人のような
  ボロ着ではないものの帝国兵の武装もしていない。つまり、鎧は装備していない。
  剣も帯びていない。
  腰にナイフの鞘はあるものの、中身はない。
  ……。
  ナイフの有無は不審とは関係ないな。
  このご時世、武器の所持は普通だ。
  「カイリアス、こいつは何だ?」
  「生き残った村の奴らが言うには、帝国軍襲来の前に煽ってたらしい」
  「煽ってた?」
  「帝国がいかに腐敗しているかをよ」
  「……?」
  意味が分からない。
  つまり、怒りを煽っていた、と言うのか?
  しかしそれでは村人の徹底抗戦の感情の下地にもならないのだろうな。
  確かに怒りを植えつけるには充分かもしれないがそれ以上で以下でもない。
  アイスマンが冴えた瞳を男に向ける。
  しばらく無言。
  それから……。
  「この男、見た事があります」
  「誰だ?」
  有名な奴なのだろうか?
  「私は至門院の出身です」
  「……? 知ってる」
  至門院。
  サマーセット島にある学術機関。求められればどんな知識でも提供する。……反乱に繋がる知識も。
  だから帝国は反乱推奨組織として見ている。
  「色々な組織に知識を伝達して来ました。まあ、要は知識のデリバリーです。反乱の知識もそこには含まれています。ですから反乱
  組織とも関わりがあります。この男も私と同系統の存在ですね」
  「至門院なのか?」
  「いえ。そうではなく。つまり……」
  「とっとと言えよっ!」
  カイリアスは騒ぐものの、アイスマンは黙殺した。構わずに続ける。
  「この男も我ら至門院とは別の形で反乱組織と繋がりがあります。……まあ、我らが『かつての栄光』を取り戻す為に活動している
  のに対して、こいつの目的は金ですが。おそらく今は帝国に雇われているのでしょう」
  「つまり……傭兵か?」
  「そうです」
  かつての栄光とは……何だ?
  どうやら至門院は反乱推奨組織ではなくもっと深い意味があるのかもしれない。もちろんそこは今の私には何の関係もない。
  話を元に戻そう。
  「一介の傭兵に何が出来る?」
  「一介ではなく、厄介ですね」
  「厄介?」
  「そいつの名は知りません。確か『扇動者(扇動を参照)』と呼ばれていたはずです。そいつは無音の笛を使います。笛は感情を
  増幅する。帝国への不満をあらかじめ話術で植え付け、いざ帝国軍が来ると笛で憎しみを増幅し、そして……」
  「……」
  アイスマンは最後まで言わなかった。
  私もまた、聞こうとは思わなかった。
  つまりこういう事か。反乱の下地をこいつは作り、いざ帝国軍が来ると笛で村人が帝国に持つ憎しみを増幅させ、戦いに発展させた。
  形だけ見れば帝国は合法的になる。
  先に手を出したのは村人という事になるだろう。その為の扇動者、というわけか。
  「この野郎っ!」
  「ひぃっ!」
  ガンっ!
  ガンっ!
  ガンっ!
  逃げようとする扇動者の襟元を掴み、カイリアスは殴り続ける。鼻は折れ、顔はすぐに血だらけとなる。カイリアスは止まらない。
  扇動者の抵抗が弱々しくなると今度は頭を地面に叩きつける。何度も何度も。
  「……」
  もう、いい。
  茶番はたくさんだ。
  「カイリアス、やめろ」
  「死ねっ! てめぇ死ねっ! 死ねぇーっ!」
  「カイリアスやめろと言っているっ!」
  「……っ!」
  びくん。
  体を震わせてカイリアスは止まった。扇動者から手を離すと、奴は地面に転がって喘ぐ。口から血の泡を吐いていた。
  「あ、兄貴は悔しくないのかよっ!」
  そう叫んだのはクレメンテ。
  私は静かに見据えると、彼もまた黙った。……悔しくない?
  そんなわけないだろうがっ!
  ……。
  ここでこいつを殺すのは容易い。
  しかしどうしても解せない。どうして村をここまで潰す必要があったのか。何故、形の上で村を潰すのが合法的であるかのように
  振舞いたかったのか。帝国は今迄だって力で捻じ伏せて来た。
  何故今回はそれでは駄目なのか。
  何故今回はお膳立てが必要なのか。
  「エルズ」
  「……はいよ」
  呆然としていたエルズが、我に返る。神の存在が分からなくなっているのだろう、おそらくな。神の意思も分からなくなっているのだろう。
  私も理解出来ない。
  「扇動者が妙な真似したら殺してくれ」
  「……了解した」
  クレイモアを身構える。
  扇動者の顔に怯えが走るものの、それを無視して私は奴に近付き、問い掛ける。
  「喋るんだ」
  「な、何を?」
  「知ってる事全てだ。喋らなければ殺す。協力すれば、逃がしてやってもいい」
  「……」
  「沈黙も死だ。お前が死んでも誰もここの連中は悲しまない、いい厄介払いだ。……だがお前はそれは嫌だろ。喋るんだ」
  「わ、分かった」
  「帝国の目的は何だ?」
  「……あ、あんただ」
  「私?」
  「よ、よくは知らない。こ、今回はブレイズに雇われたんだ。あんたを殺す為に、合法的に村を潰すように協力しろと」
  「……」
  私が目的?
  過去がないのが関係あるのか、私の過去が今回の騒動の……。
  「出てけっ!」
  エルズが叫んだ。
  私に、ではない。扇動者に対してだ。アイスマンも頷く。
  「そうですね。それが妥当でしょう。……カイリアスさんはどう思います?」
  「俺か? ……そうだな、生かして帰したら報告するだろうな。ここで殺せば俺達の足取りも消えるが、一生逃げ回るのも嫌だしな」
  「私も同じです。クレメンテさんは?」
  「悪いのは帝国だ。……兄貴、やってやろうぜっ!」
  誰一人私を責めない。
  確かに。
  確かに、理屈から行けば帝国が全面的に悪い。しかしそれはあくまで理屈だ。
  普通は私がいたから村が潰されたと恨んでもおかしくない。
  クレメンテは笑った。
  「兄貴がいなければ俺らはヴァレンウッドでとっくに死んでる。……兄貴に付いて行くぜ」
  「……ありがとう」
  私は静かに頭を下げた。



  その後。
  扇動者を追い払った。依頼したブレイズに報告に行くだろう。
  村人達は去った。
  シロディール移住時に集まって来た者達は足早に逃げたものの、ヴァレンウッドから共に来た者達は行動を共にすると言って
  聞かなかったものの、私はそれを許さなかった。彼らを別の地方に逃がした。
  ここから先は私の問題だ。

  ブレイズ。
  皇帝直属の親衛隊であり諜報機関。帝国最強の騎士団。
  私が持つアカヴィリ刀はブレイズ専用の武器(一般的にはそう思い込まれている)。私はブレイズなのか?
  裏切った?
  それとも、ブレイズのメンバーを殺してこの剣を奪ったのか?

  いずれにしても過去は私に牙を剥く。
  過去という霧の向こうには何があるのだろう?
  答えはまだどこにもなかった。



  「……」
  雨が降る。
  雨が降る。
  雨が、降る。
  まるで全てを洗い流すように。炎は消え、血は痕跡をなくしていく。
  「……」
  しかしどんな豪雨でもこの心の喪失感は流せないだろう。
  この憎悪も。
  殺意も激怒も憤怒もっ!
  私の心の中で怨嗟の声は続くだろう、仇を討てと私の心の中で村人達が騒いでいる。
  正しい報いを。
  正しい行いを。
  死して言葉を発する事の出来ない者達の、決して消える事ない呪詛の言葉の数々が私の心に響く。
  帝国の存在?
  「……いらないな」
  呟く。
  仲間は、あくまで最後まで残った仲間達は私の言葉を待つ。
  仲間、か。
  アイスマン、マラカティ、エルズ、クレメンテ。わずか4名だ。他の者達は去るか、もしくは私が去らした。
  犠牲はこれ以上必要ないと思った。
  これだけの人数で何が出来るか。
  それは私にも分からない。
  しかし……。
  「村人を虐殺するのが帝国ならば、そんな政権は必要ない。……皇帝もいらない。帝国も元老院も、全部だっ!」
  「マラカティさん」
  「……アイスマン、そしてお前達。私に付いて来てくれるか?」
  「当然です」
  代表してアイスマンが答える。
  他の者も頷く。
  バッ。
  アカヴィリ刀を私は天高くかざした。そして高らかに宣言する。
  「皇帝を暗殺する」






  ユリエル・セプティム。
  治世の名君として帝国人に慕われている皇帝?
  ……ふん。笑わせてくれる。
  その首、必ず落とすっ!
  私は、私達『選ばれしマラカティ』は必ずお前を暗殺してやる。
  反逆の狼煙は既に上げられているのだから。