天使で悪魔






ブラックウッド団 〜悪魔〜





  再び現れた悪魔。
  かつて深緑旅団戦争の際に出会ったあの男の再来だ。
  黒い悪魔デュオス。
  思想。
  思惑。
  全てが不明。
  最終的にあの戦争の際には深緑旅団の首領ロキサーヌを始末した。
  もしかしたら全ては気まぐれなのかもしれない。

  相対する。
  あの時とは異なるとあたしは叫びたい。
  あの時とは……。





  「くくく」
  野性味溢れるインペリアルの男が不敵に笑う。
  見た事がある。
  そう。
  あたしはこいつを知っている。
  この男の名はデュオス(夢の終焉等騎士道邁進編第一部終盤を参照)。
  かつて深緑旅団戦争の裏側で暗躍していた謎の男だ。黒の派閥とかいう組織に関わっているのだと今知った。……聞いた事のない組織だ。
  隣に並ぶフィッツガルドさんの顔を見る。
  その表情には、どこか知っているような感情が浮かんでいた。
  そのままの顔で彼女は呟く。
  「黒の派閥ねぇ」
  「くくく」
  「ヒストを使って何するつもりだったの?」
  「俺の手駒の強化さ。もちろんそれだけじゃねぇ。帝都の浄水施設にヒストを混ぜるのさ。そうなりゃ帝都は阿鼻叫喚の殺し合いの場だ」
  「手っ取り早いわね」
  「だろう?」
  結局のところあたしは話に置いてけぼり。
  ヒストってそもそも何?
  ただ推測は出来る。
  そのヒストというモノがブラックウッド団の秘密だったのだ。燃えている大木が多分ヒストなのだろう。
  ……。
  ま、まあ、結局ヒストって何に使うの……という疑問は消えないんだけどさ。
  あれもしかしてあたしって脇役?
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「アリス」
  「はい?」
  「2人でやるわよ」
  「はいっ!」
  頼りにされてるんだ。
  嬉しい。
  信頼はフィッツガルドさんの心配の裏返しでもある。それはつまりデュオスの力量を当然ながらフィッツガルドさんも感じ取っているのだ。
  手が余るかも知れないと考えているのかもしれない。
  だからこそ2人でやろうと言っているのだ。
  期待に添えますからねーっ!
  展開は二対一。
  デュオスの腹心ヴァルダーグは飼い主の言い付けを護る忠犬の如く身動き一つしない。傍観の姿勢。
  それならそれで助かる。
  デュオスは半端なく強い。あたしが半人前なのもあるけど当時は手も足も出なかった。
  組まれると厄介。
  もっとも今のあたしはあの時とは違うと自負してる。
  フィッツガルドさんもいる。
  百人力……ううん千人力だ。きっと勝てると信じてる。
  ……。
  ……ま、まあ、フィッツガルドさんの力が勝利の大半を占めるんだろうけどさ。
  それでもあたしも精進しますから。
  期待よろしくですっ!
  その時……。

  「加勢いたすっ!」
  『……』
  小柄なボズマーが手勢を引き連れてあたし達の目の前に現れる。ブラックウッド団ではない、衛兵でもない。
  皆統一性のない装備。
  流れの冒険者?
  ううん。あたしはこのボズマーを知ってる。シンゴールさんだ。
  「シンゴールさんっ!」
  彼とは一応面識がある。
  元戦士ギルドのメンバーだ。元と言うのは今は脱退しているから。……表向きはね。深緑旅団戦争で悪化したレヤウィンの街の治安維持の為の
  私設自警団ではあるものの、あくまで建前。実際は叔父さんがレヤウィンに残したブラックウッド団に対する隠れ戦力。
  異変を察知して援軍に来て区たのだろう。
  助かる。
  「シンゴールさん。助勢助かります」
  あたしは手を指し伸ばして近付こうとする。瞬間、あたしは本能的に大きく飛び下がった。
  ブン。
  シンゴールがあたしに向って刃を振るったのだっ!
  「どういうつもりですっ!」
  相手は無言のままだ。
  しかし敵意があるのは確かだし部下達にしてもそうだ。一斉に武器を抜き放つ。
  あたしを知らない?
  そんな事はない、面識はあるのだ。
  だとしたら誤解ではない。
  敵意の対象はあたし?
  フィッツガルドさんが妖しく微笑する。
  「巡り合わせが悪いわねアリス。つまりはこういう事よ。ふふふ。……シンゴールやっておしまいっ!」
  「敵に回らないでくださいよフィッツガルドさぁんっ!」
  「ノリ悪いわねー」
  「ノリの問題じゃありませんっ!」
  ……。
  ……これも余裕の一環?
  さすがはフィッツガルドさんだけど……この状況でそれは悪趣味ですよーっ!
  弄られてる?
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「加勢に来ましたぞデュオス殿」
  えっ?
  シンゴールさんは今、凄い発言をした。決定的な発言だ。
  デュオスの仲間なの?
  デュオスの援軍なの?
  つまり黒の派閥。
  そんなつまりは戦士ギルドの中に黒の派閥が入り込んでいるの?
  事態はブラックウッド団とかの抗争だけじゃ終わらない。実はもっと根深く別の悪意があったんだ。
  流れだけ見れば全てを画策したのは黒の派閥。
  黒の派閥って一体……。
  「くくく。何しに来たシンゴール?」
  「創主様のご命令でしてね。手助けしろと」
  「深遠の暁の手を借りるつもりはねぇよ。帰ってマンカー・キャモランにそう報告しておけ。同盟しているとはいえでしゃばった真似はするとな」
  「任務は任務。こいつら始末しますがよろしいか?」
  「好きにしろ」
  創主?
  深遠の暁?
  ええー?
  もう何がなんだか訳ワカメ(死語☆)。
  「深遠の暁?」
  「深遠の暁はカルト教団よ」
  疑問を口にするとフィッツガルドさんが補完してくれる。
  博識だなぁ。
  「カルト教団?」
  「オブリビオン16体の魔王の1人であり4凶の1人である破壊の魔王メルエーンズ・デイゴンを崇拝している邪教集団。ただのカルトでは終わらずに
  皇帝とその子息を全て暗殺した犯人でもあるわ」
  「……っ!」
  「その規模、果てしないのが分かるでしょう?」
  「はいっ!」
  皇帝と皇族の暗殺。
  つまりは諸悪の根源?
  別に帝国や皇族に対して何の思い入れもないけど深淵の暁は悪の秘密結社なわけだ。
  正義の戦士としては対抗心メラメラっ!
  というかそんな奴らが戦士ギルドに入り込んでいたなんて……。
  不快心が心に広がる。
  そんな奴らはあたしが絶対に許しませんっ!
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷が深遠の暁を一掃。
  ……。
  ……えっと、あたしの正義の心は完全に発揮されずにスルーで終了ですか?
  あたしは騎士道邁進編の主人公なのにーっ!
  他編の主人公に好き勝手されてます。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「……フィッツガルドさん、あたしの出番は?」
  「ない」
  「……」
  「さてさて。そろそろデュオスとやり合うとしましょうか」
  ま、まあ、いいか。
  所詮シンゴール達は前哨戦に過ぎない。誰が倒そうが……別にいいもん寂しくないもん……。
  不敵に笑うデュオスにあたし達は向き直る。
  デュオスは強い。
  だけど負けられない。決して勝敗は譲れない。
  絶対に勝つっ!
  「くくく。まとめて掛かってきなよ女ども」


  刃が交錯する音が響く。
  即席な連携ではあるもののフィッツガルドさんのサポートが功を喫しているお陰でスムーズな連携が出来ている……そのはずなんだけど……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  あたしとフィッツガルドさん。
  2人の連携をデュオスは軽くあしらっている。
  そう。
  互角にすらなっていない。
  確かにあたしは動くたびに体に痛みが響く。つまり本調子ではなくいつものように剣が振るえない。
  ……まあ本調子でも敵じゃないみたいだけど。
  今なら分かるデュオスの真の強さ。
  相手の強さが分かるのは、あたしも強くなったからなんだろうけど……圧倒的な力の差を感じるのはやはり面白くない。
  デュオスの振るのは異質な黒い魔剣。その剣とは別に腰にもう一振り剣が差してある。
  「はあっ!」
  「やあっ!」
  「くくく」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  何合も何合も切り結ぶ。
  ……。
  ……おかしい。
  フィッツガルドさん、手を抜いているのかな?
  いつもの鋭さがない。
  疲れてる?
  確かに連戦だからそれもあるだろうけど……意識して手を抜いているとしたら何故……?
  「くくく」
  軽くあしらわれる。
  デュオスにはまだまだ余力はあるけどあたしは一杯一杯。しかも勝手に魔術師ギルドを抜け出したのが祟ったのか、次第に体が痛くなってくる。
  痛い痛い痛い。
  もちろんこのままデュオスに斬られれば痛いでは済まない。
  このままじゃ負けるっ!
  切り結びながらフィッツガルドさんがあたしに目配せする。
  意味が瞬時に分かった。
  魔法だ。
  こくん。軽く頷いた。
  バッ。
  両者、手のひらをデュオスに向ける。
  『煉獄っ!』
  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  爆音と爆炎。
  ゼロ距離と言っていいほどの至近距離。
  いくらデュオスでも……。
  「はっはぁーっ!」
  野獣の咆哮を連想させる高笑いのままデュオスが斬り込んで来たっ!
  体勢すら崩していない。
  魔法攻撃に転じたあたし達はまるで無傷のデュオスを眼にして一瞬動きが止まる。奴にとって一瞬で充分だった。
  勢いに乗って猛ラッシュ。
  「俺に魔法は効かないぜ小娘どもっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  防戦一方。
  魔法が効かないって何でっ!
  フィッツガルドさんも魔法が効かないから同じような理屈なのだろうか?
  動じるあたしではあるものの、さすがはフィッツガルドさんだった。不敵な笑みを浮かべて逆に斬り込む。
  そうかっ!
  今まで相手は防戦一方だった、今はそれが転じて攻撃に徹している。攻撃に転じた相手に対して防戦で応じるのは1つの常識論でしかない。彼女
  は逆に自らも攻撃に徹して相手の虚を衝こうとしているのだ。
  「はあっ!」
  デュオスの剣筋を見切ったのか、フィッツガルドさんの剣はデュオスの魔剣を弾く。一瞬デュオスの顔が驚愕に歪んだ。
  剣戟を弾き懐に飛び込む。そして……。
  ザシュ。
  デュオスの心臓を深々と突き刺した。
  やった勝ったっ!
  さすがはフィッツガルドさんだっ!
  ……。
  ……もしかして最初からあたしは不必要だった?
  それはそれでありえるなぁ。
  結局役に立ってないし。
  あたしはフィッツガルドさんに駆け寄ろうとした。その時心臓を貫かれた男が滑らかな動きをした。……えっ……?
  「くくく。ブレトン女、心臓突き刺した程度じゃ俺は死なんぜ?」
  「……っ!」
  ガン。
  拳でフィッツガルドさんが殴り倒される。
  ぺっ。
  血を吐いてフィッツガルドさんは立ち上がる。よかった、それほどのダメージではないみたい。……大したダメージではないのはデュオスもだけど。
  デュオスの心臓には剣が突き刺さったままだ。なのに生きてる。
  不死身なのっ!
  「返すぜブレトン」
  カラン。
  胸から剣を抜き放って剣を返して寄越す。
  次の瞬間あたしはデュオス相手に猛撃を仕掛けるものの差があり過ぎる。まったく歯が立っていない。
  あたしの剣筋ではまるで歯が立たない。
  まるで?
  まるでだ。
  しかしあたしは思う、考え方の転換だ。
  今のあたしはデュオス目掛けて剣を振るっている。だけどそれでは勝ち目がない。何故なら相手の方が筋が良いからだ。見切られている。
  相手を見てあたしは動く。
  それでは勝てない。
  いっそ相手ではなく相手の剣筋に合わせて剣を振るおう。
  ……。
  ……。
  ……見えたっ!
  「たあっ!」
  「……小癪っ!」
  相手の振るう連撃の太刀筋の間を縫ってあたしは雷の魔力剣を振るう。
  勢いよく繰り出した刃がデュオスの右腕をしたたかに切り裂いた。
  何故か血は出ない。
  ともかくあたしは確かにデュオスの腕を切り裂いた。腕を切り裂かれた際に力が一瞬抜けたのか、黒い魔剣が宙を舞う。
  ガン。
  頭いったぁーいっ!
  思いっきり殴られてその場に引っくり返った。
  「くっ」
  カラン。
  頭を押さえてあたしは周囲を見る。黒い魔剣がすぐ近くに転がっていた。魔剣を手に取るとそのままデュオスに突っ込む。
  雷の魔力剣よりも威力が高そうな感じだ。
  「絶対零度っ!」
  「くぅっ!」
  冷気の魔法の援護。フィッツガルドさんだ。デュオスに叩き込む。
  効かないにしてもデュオスの足止めにはなった。
  あたしは相手の懐に飛び込む。デュオスは腰の猛一振りの剣を引き抜いた。禍々しい感じのするアカヴィリ刀だ。かつてあの魔剣で黒水の魔法剣
  が破壊された。強力な魔法剣なのは分かってる。この黒い魔剣とどっちが強いんだろ?
  ヴォン。
  デュオスの手に握られる漆黒のオーラを発する禍々しいアカヴィリの刀身。
  その時、ヴァルダーグが叫んだ。
  「なりません殿下っ!」
  あの時と同じだ。
  以前も漆黒のアカヴィリ刀を抜いた時も同じ状況だった。
  何故だろう?
  まあいい。今はどうでもいい。
  あたしは魔剣を振るう。
  デュオスもまた漆黒の剣を振るう。
  そして……。

  「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「殿下っ!」
  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  響くデュオスの声。
  はっ?
  刃が交錯しただけだ。なのに何故?
  むしろあたしが悲鳴を上げたい状況なんだけどさ。向こうのアカヴィリ刀の方が威力が高いらしく力で弾かれて引っくり返った。あたしがね。
  何で奴が悲鳴を上げるんだろう?
  本当に刃が交差しただけなのに。
  悲鳴は止まらない。
  「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  「殿下っ!」
  ヴァルダーグも落ち着かない。
  完全に取り乱している。
  何かを察したのか、そんな表情でフィッツガルドさんが刃を手にして踏み込む。
  「はあっ!」
  短い気合の声。
  彼女の気合と刀身に込められた鋭さはあたしでは太刀打ち出来ない。
  「デュオスっ!」
  「くっ!」
  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  雷の刃と黒の刃がぶつかる。
  「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  再び絶叫。
  刃と刃が当たっただけなのに。
  フィッツガルドさんは完全に謎が解けたのだろう。頼もしいまでの知性だ。
  デュオスの苦悶の理由。
  是非とも拝聴。
  「なるほどね」
  「はあはあ。何がなるほどだ小娘」
  「あんたリッチダム状態なわけか。そのアカヴィリ刀は強力な魔剣じゃあない。より純粋にあんたの生命。……でしょう?」
  「くくく。察しが良いじゃねぇか」
  「元死霊術師なもんでね」
  「くくく」
  「これがあんたの不死の秘密ってわけか」
  「くくく」
  ……。
  ……えっと、つまり何……?
  リッチダム状態とかって何ですか?
  また置いてけぼりだー。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「タネが分かれば後は簡単。デュオスお前殺すよ」
  「くくく」
  一歩。
  一歩。
  一歩。
  デュオスは後退する。
  結局のところ理屈は分からないけど……アカヴィリ刀がデュオスの命、らしい。
  ……。
  ……やっぱりよく分からん。
  何で剣が命なの?
  うーん。
  魔術師なら分かるんだろうけどあたしは純粋に戦士だからなぁ。
  デュオスは階段に腰を下ろした。
  「ヴァルダーグ。俺は疲れた。任せるぜ」

  「若に敵する者には死を」
  バッ。
  腰の剣を抜き放ってあたし達とデュオスの間に立ち塞がるヴァルダーグ。
  構えには寸分の隙もない。
  こいつも強い。
  「アリス。下がってて」
  「でも……」
  突然何を言い出すの?
  「動ける体でもないでしょうに」
  「……」
  そっかぁ。
  本調子じゃないのを見通していたのか。さすがだなぁ。確かに段々と動くたびに体が痛くなってた。
  これ以上動くのは正直苦痛。
  好意に甘えさせて貰おう。
  「……ご武運を」
  「ええ」
  あたしは下がる。
  デュオスは階段に腰を下ろして高みの見物らしい。フィッツガルドさんとヴァルダーグの一対一の戦い。邪魔者のいない、サシの勝負。
  デュオスはそんな戦いを茶化すように笑う。
  「気をつけろよブレトン女」
  フィッツガルドさんは無視する。
  ヴァルダーグの放つプレッシャーを感じ取ったのだ。傍観しているあたしにもその威圧が届く。
  もしかしたらデュオスよりも強い?
  もしかしたら……。
  「……」
  「……」
  双方無言。
  剣を構えたまま無言で相対を続ける。
  無言のままで。
  「……」
  「……」
  沈黙が支配する。
  すごい。お互いにまるで隙がない。あたしでは太刀打ち出来ないのは確実だ。……さ、下がってよかったかも?
  「……」
  「……」
  あっ。
  フィッツガルドさんの頬を汗が伝う。ヴァルダーグの放つ威圧に気圧されているのだろうか?
  両者、腹の探り合い。
  先に仕掛けるのはどっち?
  「……」
  「……」
  タン。
  沈黙は突然破られる。
  床を蹴ってヴァルダーグがアカヴィリ刀を構えて突っ込む。
  「斬っ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  フィッツガルドさん受け流す。
  仕掛けて来るのを待っていたのだ。お互いにね。結局ヴァルダーグが焦れて攻撃して来たんだけど。心理戦ではフィッツガルドさんの勝ち。
  だけど相手も生半可な相手じゃない。
  ブン。
  お返しとばかりに振るう剣は空を斬っただけ。敵は大きく跳躍してフィッツガルドさんを飛び越える。大仰な動作だ。
  意外に派手好き?
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  フィッツガルドさんは自分の足元に雷を放つ。
  床に雷光が直撃した際に余波が生じる。余波がヴァルダーグを捕捉、余波に巻き込まれて奴は壁に叩きつけられる。
  「くぅっ!」
  倒れているヴァルダーグにトドメをするべく彼女は肉薄する。とても回避出来る間合いではない。
  少なくとも剣で挽回出来る距離ではない。
  その時、ヴァルダーグが蹲ったまま左手の人差し指をフィッツガルドさんに向ける。
  魔法?
  「炎・線」
  「はっ?」
  一条の赤がフィッツガルドさんに迫る。
  その光は彼女の額に直撃した。
  思わず声を上げそうになる。
  しかしその声を飲み込んだ。フィッツガルドさんは引っくり返ったものの、額に手を当てて立ち上がった。
  ……。
  ……そ、そうだよね。
  貫通はしてなかったから大丈夫だよね。フィッツガルドさんに魔法が効かないの忘れてた。
  悪態をつくフィッツガルドさん。
  「くっそ」
  「炎・線」
  「……っ!」
  今度は身を翻して回避。
  一条の赤が通り過ぎる。フィッツガルドさんの体すれすれにだ。効かないものの当たると痛いのだろう。
  高みの見物を決め込んでいたデュオスが笑う。
  「くくくっ! 気をつけろよヴァルダーグは《モロウウィンドの英雄》だ。現人神を倒した勇者様だぜ?」
  「嘘っ!」
  えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーっ!
  確かに『嘘っ!』だよあたしもそう叫ぶもんっ!
  モロウウィンドの英雄って生きた英雄だよこの世界で現在最強の勇者だよっ!
  あたしはモロウウィンド出身だから彼は知ってる。
  生きた伝説、英雄だ。
  何でそんな無敵の覇者が敵なのよーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「そいつは俺の部下だが俺より強いぜ。まあ善戦しろよブレトン」
  「くっそっ!」
  こんなの反則だーっ!
  だけどあたしは信じてる。フィッツガルドさんも色々な人を助けて来ている英雄だ。
  英雄と英雄の戦い。
  決着はどう転ぶ?
  ……。
  こりゃ余計に手が出せないじゃないの。
  下手に手を出したら誤爆で殺されそうだし。……誤爆で死ぬのも嫌だなぁ……。
  傍観続行。
  「ヴァルダーグ」
  「はい。若」
  「そろそろ決めちまえ」
  「御意」
  モロウウィンドの英雄。
  さすがにそれを聞いてフィッツガルドさんも取り乱したものの、それはわずか一瞬に過ぎなかった。今では不敵な笑みを浮かべている。
  その笑み、心強いです。
  「ブレトン死ね」
  「あんたが死んだ後に気が向いたらね」
  「炎・線」
  「ふん」
  カッ。
  一直線に放たれる一条の炎。フィッツガルドさんは華麗に回避。
  しかしヴァルダーグも流れるように攻撃を続ける。
  「炎・流(ほのお・ながれ)」
  「……っ!」
  不規則な動きで放たれる炎の弾。回避しようとするものの炎の弾は追尾している、あくまでフィッツガルドさんに当たるつもりなのだ。
  自動追尾って反則だーっ!
  「煉獄っ!」
  ヒョイっとヴァルダーグの炎の弾はフィッツガルドさんの煉獄を回避する。
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  直撃し彼女は床に転がる。
  「くっ」
  「炎・地走り(ほのお・ちばしり)」
  床を突き進む深紅の塊。
  倒れているフィッツガルドさんに避けれるはずがない。
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  盛大に吹っ飛ぶ。
  しかし吹っ飛ばされてもただでは吹っ飛ばされない。
  「裁きの天雷っ!」
  「炎・壁」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  ヴァルダーグの足元から現れた深紅の炎に遮られる。
  逆にお返しとばかりに手のひらを奴は突き出す。
  「炎・烈火」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ドン。
  音を響かせて深紅の衝撃波が放たれた。
  フィッツガルドさんはそのまま壁に叩きつけられる。
  さすがと言うのもおかしいけど……さすがはモロウウィンドの英雄、その強さは折り紙付きだ。デュオスが『自分より強い』と言うのも分かる。
  確かに強い。
  「ぐぅっ!」
  忌々しそうな顔で立ち上がるフィッツガルドさん。
  彼女の強さも折り紙付き。
  考えてみればお互いに似たような能力者だ。剣術と魔術のバランスタイプ。
  2人の英雄、どっちが強い?
  「炎・線」
  「くっ!」
  回避。
  「炎・流」
  追尾弾。
  回避出来ないのを理解しているのかフィッツガルドさんは回避ではなく防御の構えを取る。
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  耐えた。
  よろけはしたものの倒れなかった。
  その間にもヴァルダーグは次のモーションに移っている。
  「炎・地走り」
  今度は地を這う炎。
  タッ。
  大きく跳躍。ジャンプで回避。
  回避してから彼女はしまったという顔をした。無防備な滞空状態、ならば次の攻撃は……。。
  「炎・烈火」
  ドン。
  そのまま彼女はは再び後方に吹っ飛ばされる。
  ドゴォォォォン。
  木製の壁が耐え切れなかったらしい。壁を突き破って隣の部屋に吹っ飛んだ。
  好機とばかりにヴァルダーグが剣を構えて突っ走る。
  あたしは援護しようとするものの……さっき手を出すなと言われている。いやストレートには言われなかったけど、同じようなものだ。
  我慢する。
  そもそも手が出せる戦いじゃない。
  あたしなら既に七回は死んでる。いやもっと死んでるかもしれない。
  手を出さないんじゃない。
  手を出せない。
  それがこの戦いの真理だ。
  「デイドロスっ!」
  「うおっ!」
  「裁きの天雷っ!」
  「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  何が起きたのか。
  突破った壁の穴から凄い勢いでヴァルダーグが飛んで来た。
  向こうの部屋で何があったの?
  「くっ」
  「さっきのお返しさせてもらったわ」
  悠然とした足取りでフィッツガルドさんが凱旋。今までの一方的な展開の仕返しをしたらしい。
  ヴァルダーグ、震える足で立ち上がる。
  ニヤニヤしながらデュオスは言う。
  「どうしたヴァルダーグ。手こずってるじゃないか?」
  「こいつなかなかやります」
  「手に余るか?」
  「いえ。10分頂ければ」
  「5分だ」
  「御意」
  その言葉にプライドが刺激されたのだろう。カチンとした顔をするフィッツガルドさん。
  気に食わないらしい。
  このまま激突すれば必ずどちらかが死ぬのは必至。
  英雄と英雄。
  生き残る英雄はどっちの英雄?
  「そんな余裕はありませんよヴァルダーグさん。レヤウィンの衛兵隊が来ます」
  「……っ!」
  まだいたのっ!
  黒衣のノルドがいつの間にか室内に、いた。
  ブラックウッド団でも深遠の暁でもないだろう。どう考えてもこいつは黒の派閥。
  もしかしたら世界最強の集団なの?
  傍観はここまでだ。
  「フィツガルドさん」
  彼女は無言で頷いた。
  体は休まった。あたしはまた戦える。しかし黒の派閥はそんなあたし達などそもそも関心など内容に内輪で話し出す。
  舐めてるっ!

  「おいおいサクリファイス。何しに来た? 俺様の後を付けてきたのか?」
  「はい殿下。心配でしたので」
  「くくく。気配りが出来るじゃねぇか」
  「気配りかは分かりませんが、間が良かった……とは思います。もはやこの建物に用などありませぬ。全ての証拠を灰にして見せましょう」
  「相変わらず小賢しいまでに気が回るな」
  「お褒めに頂き光栄です」

  ノルドの名前。
  サクリファイスとかいう奴らしい。
  どうやらレヤウィンの衛兵が直に介入してくる。黒の派閥は衛兵の介入を快く思っていないのは確かだ。
  撤退なんてさせない。
  ここで切り伏せるっ!
  「アリス、連携して倒すわよ」
  「はいっ!」
  ノルドはあたし達の前に立ち塞がる。
  この期に及んで相手は総力戦ではなく個人戦で片を付けるつもりらしい。……ま、まあ、当方は一向に構いませんけどね。
  確固撃破してやる。
  フィッツガルドさんは冷たい声で宣言した。
  死刑宣告。
  「お前殺すよ」
  「我こそは黒の派閥、我こそは殿下直轄の親衛隊イニティウム、我こそは炎の紡ぎ手サクリファイス……さあ、魂の髄から燃えろっ!」
  そして……。