天使で悪魔





夢の終焉




  夢。
  人は夢を追う。
  夢を追う、夢を持つ、そんな人間は美しい。
  しかし世界は無情で。
  どんなものにも終焉が訪れる。それが例え夢という、人間が心に抱く無形の結晶だとしても。
  終焉も色々だ。
  叶ってしまった夢、それもまた終焉であり挫折もまた終焉の形。
  でも叶えば、終われば夢はもう見れない?
  夢は無限にある。
  しかし哀しいかな、その限界を決めるのもまた人なのだ。
  ……夢の終焉を決めるのは……。






  「ど、どうしたんです、シシリーさん?」
  「ふふふ」
  ロキサーヌは死んだ。
  炎上のロングソードに込められた炎の力により炎上し、炭化した。原形すら留めていない。
  勝利だ。
  なのに突然、シシリーさんが哄笑したのだ。今は低く笑っている。
  何なのだろう?
  「どうしたんですか、シシリーさん?」
  「茶番、お終いなのよ」
  「はっ?」
  「炎の閃きっ!」
  「ちょ、ちょっとぉ……っ!」

  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  炎の球は、負傷している騎士団員の側で爆ぜた。
  直撃させる為ではなく、牽制としてのだろうけど……全員、色めき立ち。
  「シシリー卿っ!」
  「ふふふ。オーレン卿、お退きなさい。さもなければ……」
  殺気が満ちる。
  シシリーさんは本気だ。まさか敵なの?
  「殺されるわよ、ロキーサヌに」
  ……えっ?
  一瞬、意味が分からなかった。
  だってロキサーヌは滅びた。たった今、あたし達の目の前で。あたしのこの、炎上のロングソードで。
  確かに滅した。
  肉体すら残っていない、炭化してしまっている。
  「おおシシリー、何を言ってるんだい?」
  「レノスの体で何するつもり?」
  「おおシシリー……」
  「私も死霊術師。……レノスの肉体とあんたの魂、少しずれてるわよ」
  「……ふぅん。なぁるほどぉ」
  声はレノスさんなんだけど……口調が変化する。オカマっぽく変わる。
  口元に笑みを浮かべ、それから笑った。
  「ふふふ♪ 残念ねぇ、このままめでたしめでたしで終わろうと思ってたのにさぁ。お祖父様もそう思わない?」
  「……ロキーサヌなのか?」
  「ご名答♪」
  身構える。
  レノスさんは基本ノリが軽いけど今、この状況で、言うべき冗談ではないしレノスさんだって軽率でもなければデリカシー
  のない人間でもない。

  ……つまり?
  ……つまり、本当にロキサーヌなのだろう。
  でも、何でっ!

  「……」
  「……」

  注意深く、あたしとマゾーガはレノスさんと距離を保ち、武器を構える。
  既に盾は破壊されているので、マゾーガは盾を捨てている。
  まともに戦えるのは、動けるのは三人だけ。
  あたし、マゾーガ、シシリーさん。
  オーレン卿は雷で焼かれたダメージで意識こそあるものの動けず、ヴァルトゥスさんは気絶したままだ。

  「ふふふ♪」
  剣を構えるあたしとマゾーガを一瞥しただけで、レノスさん……いや、レノスさんの肉体に憑依しているロキサーヌは
  楽しそうに口元を歪め、同じ死霊術を学んだ女性と相対する。

  心底楽しいのだろう。
  何故なら、今の肉体はシシリーさんが愛するレノスさんのものだからだ。
  「いつ、憑依したと思う?」
  「さっき首絞めた時ね」
  「ご名答♪」
  「あの時既に貴女の腐った肉体は……」
  「そう、魂のない抜け殻、私はこの肉体に入り込み、遠隔操作していただけ。……よく勘違いされるけど、ボズマーの能力
  は動物やモンスターを支配するだけじゃないのよ。知性の低いモノ、知性そのモノがないモノも自由に支配できる♪」
  そうか。
  レノスさんの肉体に寄生した時点で、本当の肉体、ゾンビ化していた肉体は魂がない。
  抜け殻の肉体を遠隔操作していた。
  ……そんな事、本当に出来るんだ。
  もちろんボズマーなら誰でも出来るわけじゃないだろう。素質の問題。少なくともオーレン卿にはそんな能力がない。
  ロキサーヌはおそらく天才の中の天才。

  「言わせて貰うけど、皆殺しにしようと思えば出来たのよ、あの状態でもね。でも……」
  ちらりと意識朦朧の状態で倒れているオーレン卿に目をやる。

  肩を竦めた。
  「私にも一応は肉親の情というものがあるからね。『ロキサーヌは死にましためでたしめでたし♪』という終わり方をして
  あげたかったのよ。だからわざわざ死んであげたの。……あの肉体だけね」

  「……戯言を」
  「ふぅん。感情押し殺すのに長けてるんだ。さすがは黒蟲教団の死霊術師。シツケが行き届いてるわねぇ」
  「組織は関係ないっ!」
  「ふふふ。脈拍が変化してるわよ、息も荒い。……こんなにこの男が大事? そんなに大切?」
  「……っ!」
  一頻り楽しそうに笑ってから、遠い目をする。
  隙だらけ。
  ……でもどうしたらいい?
  今攻撃したら多分、レノスさんごとロキサーヌを滅ぼせる気がするけど……でもそれは……。

  ……出来ない。
  ……攻撃出来ないよ。
  「長かった。最後の詰めがどうしても出来なかった。肉体を切り捨て、新しい肉体に寄生する、その肉体に魂を定着させる。
  それが今まで出来なかった。デュオス、あの男の援助のお陰。奴のヒントで、私の夢は叶ったっ!」

  「デュオスとはどんな関係なのっ!」
  思わずあたしは叫んだ。

  あの男は強い。
  あの男は強過ぎた。
  それだけなら別にいい。でもあたしにだって人を見る目はある。
  ……あの男は危険。
  ……あの男の危険さは、ロキサーヌとはまた違う。全てを道連れに地獄にダイブする、そんな気がする。
  ……そんな気が……。
  「デュオス? あの男は、仲介人。レヤウィンを攻めて欲しいというトカゲの親玉の依頼を持ち込んだ仲介人。
  最初は無視したけどね、私の術の完成に貢献してくれた。だから要求に応えた。それだけよ」
  「トカゲの親玉?」
  「本来なら、私自身がここまで出張る必要はなかったけど、お祖父様がいたからねぇ。決着つけないと延々と付き纏うし、
  かといって大切な肉親だから殺させない。……で、さっきの話に戻るわけ」
  「……」
  「ふむ、説明しないと分からない? だから、死んでみせる事。旅団も夢さえ叶えばもういらない。私は死んだ、旅団は潰れた、
  仇を倒したお祖父様は万々歳で故郷で楽隠居。それがあらすじよ。……既に狂ったけどねぇ」
  「……なんて腐った奴」
  「ふふふ♪ ダンマーの剣士、今の私はもう腐ってないわぁー♪」
  それからシシリーさんの方を向く。
  手が出せない。
  手が……。
  「貴女、肉体の寄生の理屈は分かる?」
  「……リッチダム状態」
  「ご名答♪」
  「……虫の隠者、リッチになる際の段階として肉体から魂を切り離す、そして精神生命体であるリッチになるけど、その前の段階
  として品物に魂を定着させる作業がある。ワンクッション置いてから切り離さないと精神生命体として成り立たないから」
  「よく出来ました♪ ……私のはその応用。別に品物でなくてもいいのよ、直接別の肉体に魂を移せばいい。その移行作業
  の手順をデュオスから得た。あの男も貴女の組織と繋がりあるみたい。つまり、レノス君の悲劇は貴女の所為っ!」
  「御託はもういいっ! さっさと出て行けっ!」
  「それは無理よ。私の肉体もうないのに」
  「知った事かっ! 返せ、私のレノスを返せっ!」
  「肉体返して欲しい? でも悪いけど肉体ではなくて既に肉塊よ」
  「……えっ……?」
  「この男の魂、私が食った」
  呆然と、シシリーさんはロキサーヌを見返した。
  感情の籠もらない顔。
  そして……。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「死霊術師のくせに男に惚れるとは言語道断。死霊術師の恥め、死ね」
  「……っ!」
  何で、そんな顔をしながらシシリーさんは血煙の中に倒れた。
  背後から斬られのだ。
  クレイモアを振るう、ヴァルトゥスさんに。
  「シシリーさんっ!」
  「ちぃっ!」
  一瞬、状況判断が出来ないあたしと違いマゾーガは舌打ちしながら走り、ヴァトルゥスさんの次の一撃を防ぐ。
  キィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィンっ!
  切り結ぶ、純戦士の種族の二人。ノルドとオーク。
  「何をしたのっ!」
  「ダンマーの剣士、本当に貴女はお馬鹿さんね。説明しないと分からない? ……言ったでしょう、ボズマーが操れるのは
  知能の低いモノと知能のないモノ。ああ、でもノルドはトロル並みに馬鹿とは言わないわよ?」
  「……気絶してたから……」
  「そうよ。意識のない者を支配する事など、容易い事よ」
  「……」
  「寄生するのは誰でもよかったのよ。触りさえすればよかった。……正直、あなたにしようと思った。でも考えてみれば知識も
  技術もそのまま自分のものが使えるけど、魔力は魂では持ち越し出来ないからね。アルトマーの肉体は捨て難かったのよ」
  アルトマー、ハイエルフは全種族最大の魔力を誇る。
  ……。
  ……たったそれだけの為にレノスさんは……。
  「やめろヴァルトゥスっ!」
  「炎の閃きっ!」
  「……っ! よせシシリーっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  マゾーガの制止空しく、炎がヴァトゥスさんを焼き尽くした。
  パチパチパチっ。
  場違いに響く拍手。誰が拍手してるかなんて……確認しなくても分かる。
  「素晴しい。ただ操られるだけの男を躊躇いもなく消すとは。さすが、私のお友達候補♪」
  「ああしなければ、皆死ぬわ」
  「そうねぇ。それは言える。止めようと戦う者、殺そうと戦う者、生死の確率どちらが高いかなんて計算するまでもない」
  「……くぅっ!」
  立ち上がろうとするものの、致命的な一撃をいきなり背後から浴びせられているシシリーさんはそのまま突っ伏した。
  呪いの言葉を呟きながら。
  「おやそんなに私が憎い? ……何ならこの体で貴女を愛してあけてもいいのよ?」
  「……っ!」
  「最初はそのつもりだったのよ。……貴女が気付かなければ、ばらさなければ。愛を囁き、肉体を交え、それで貴女は
  満ち足りるはずだったのに。なのに貴女は……貴女……あな、た……あぅぅっ!」
  頭を押さえ、蹲る。
  次の攻撃なのか、警戒しながらもあたし達は手が出せないでいる。
  どう動けばいいか分からない。
  そして……。
  「……シシリー……僕の、シシリー……」
  「レ、レノス? レノスっ!」
  意識が、戻った?
  頭を押さえながらレノスさんは、突っ伏したまま手を伸ばす彼女の側に行き、手を伸ばす。
  「……僕を……殺せ……今なら殺せる、今なら……」
  「……出来ない、出来ないよぉ……」
  「……僕は君を愛している、だから、だから君の手で僕を送って欲しい……君の……くぅぅっ!」
  「レノス私死霊術師辞める貴女の妻になってもいいのだからだから手段を考えましょう私が絶対に元に戻して……っ!」
  「……シシリー……」
  「……レノス……」
  そのままお互いの唇を交わす。
  当初、冷たい目をしていたシシリーさんの瞳は今は熱く、潤んでいる。レノスさんは呟いた。
  「シシリー」
  「何? レノス?」
  「今の全部嘘だよ」
  「……」
  どんな顔をしたのだろう?
  ただ、ロキサーヌは満足そうに笑った。シシリーさんはどんな顔を……。
  「あっはははははははは♪ ごめんねぇ、ほんとに魂は食べちゃったのよぉー」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
  「そんなに泣く事ないじゃないの。……お前だって死霊術師、善人っぽく振舞わないでよねぇ」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
  「すぐにお前も同じ場所に送ってあげるよ、すぐにねぇ」
  「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  怒りに駆られるあたしが繰り出す突き。
  身を捻り、右に回避するロキサーヌ。瞬間、あたしは無防備に晒される。
  「お前から死ぬ?」
  「はぁっ!」
  「……っ! 小癪っ!」
  ザシュッ。
  手首を返し、そのまま横に旋回、一閃した。しかしロキーサヌの動きの方が少し早かった。
  軽く胸を薙いだだけ。
  致命的でも何でもないものの、血は吹き出した。
  「よくも私の新しい体にっ! くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
  ……?
  何でもない傷なのに、ロキサーヌは苦痛に呻いている。
  「アリスっ! そいつは痛みに弱いっ!」
  ……そうかっ!
  マゾーガの言うとおり、今まで……ゾンビ化したのはいつからかは知らないけど無痛になれ過ぎていた。
  痛みがない体に慣れすぎていた。
  おそらく感覚があるのは、レノスさんの肉体を乗っ取ってからだ。
  だから痛みに耐性がない。
  ならばっ!
  「マゾーガっ!」
  「ああっ!」
  連続攻撃あるのみっ!
  わずかな痛みでも、久し振りの感覚を体感しているロキサーヌにとっては激痛なのだ。
  痛みがあれば、痛みが強ければ強いほど動きも鈍るし集中力も鈍る。
  「はあっ!」
  「やあっ!」
  同時に斬りかかる。
  新しい体を傷物にしたくないからか、ロキーサヌは後退し、後退し、後退し、腰が浮いている。
  浅手ではあるものの無数の傷跡が出来る。
  「小賢しいわぁーっ!」
  『……っ!』
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  電撃があたし達を襲う。声も上げれないまま吹き飛ばされた。
  「よくも新しい体に傷を……殺すぅっ!」
  『……っ!』
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  遊びはお終いらしい。
  ロキサーヌは吊り上がった瞳であたし達を睨みつけ、電撃を連打する。体が痺れて、麻痺する。
  「炎の……っ!」
  「お前との遊びももうお終いだ死ねぃっ!」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  ……駄目。
  ……シシリーさんが死んじゃう。
  「や、やめなさい」
  「へぇ。まだ動けるの? ……決めた、お前生きたままゾンビにしてやるよ、ダンマー」
  「くっ」
  立ちかけたまま、崩れる。
  もう駄目だ。本当に力が入らない。電流がまだあたしの体を駆け巡ってる感じがする。体が麻痺してる。
  邪悪に微笑しながらロキサーヌがあたしの頭を掴む。
  「このまま魔法で砕いてやってもいいけど……生きているのにゾンビにされるのは苦痛よぉ。肉体が次第に腐り、臓器が腐り、
  脳が腐る。至高だけは最後の瞬間まで残る。ふふふ、次第に腐っていく恐怖を愉しめ♪」
  「アリスを……っ!」
  バチバチハヂィィィィィィィィっ!
  マゾーガ、電撃で倒される。
  「甘い。見越してるわよ、それぐらいね」
  バチバチバチィィィィィィィィっ!
  そのまま何かの魔法を放とうとしたシシリーさんも。
  「それも見越してる。……ああ、あと……」
  「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィっ!
  頭を掴んだまま、あたしに電流を流す。威力はさっきより落ちてる。
  死なない程度に低下させているのだろう。
  カラン。
  左手に隠し持った護身用のナイフが床に落ちた。
  「それも見越してる。……それと、命乞いするタイプじゃないのも理解してる。簡潔に行くとしましょうか」
  「はあはあ」
  「さあ、逝け」
  あたしは目を瞑った。
  頭に何かが入ってくるっ!
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「ふふふ。十数秒で術は完成するわよぉ。もがけぇ、足掻けぇっ!」
  トン。
  ロキサーヌが、あたしの体を離して一歩だけ前に進んだ。
  ……?
  「……わ、私が……?」
  呟き。
  意外性に満ちた、呟き。
  あたしは顔を上げて、瞳を開けてロキサーヌを見た。鏃が見える。
  背後から心臓を貫通している。
  「お終いじゃ、ロキサーヌっ!」
  「わ、私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  そのまま床に崩れた。
  レノスさんの肉体を乗っ取っている以上、その肉体の死はロキサーヌの死に直結する。
  ……。
  ……結局、これしか手がなかった。
  ……結局。
  「お、おいアリス、無事なのか?」
  「わ、分かんない。こ、怖いよマゾーガ」
  「安堵なさい。術が不完全のままよ。ただ、術の効果で一生天然でしょうねぇ」
  シシリーさんが、半ばこわばった顔で精一杯の冗談を言った。
  死亡二名。
  こんな結末が、最善だったのだろうか?
  こんな……。

  ゴゥっ。
  旋風が起き、あたし達を薙ぎ倒す。たかが風。それに倒れたのは連戦連戦により体力が消耗しているから。
  よろめき倒れているあたし達の前に、朧な影。
  その影に浮かぶ真紅に燃えるの瞳があたし達の見つめている。
  口もないその影から発せられる声は……。
  「よくも私から夢を奪ってくれたわねっ! お前ら全員地獄に引きずり込んでやるっ!」
  「ロキサーヌっ!」
  「死ねっ! 全員死ねっ! 死んでしまえっ!」
  『……っ!』
  影から触手のように伸びる、影。
  満身創痍で動く事すらままならないあたし達の体を絡め取る。
  「死ね死ね死ね死ね死ねぇーっ!」
  「……くぅ……」
  体力が吸い取られる。
  体力が……。
  ……。
  ち、違う。
  命が吸い取られるんだ。あたし達が弱っていく間、ロキサーヌの影は次第に人の形になっていく。
  これってまさか、あたし達の命を吸い取ったらロキーサヌは再び人間に戻るのだろうか?
  霊体から肉体には戻らないだろうけど……肉体に憑依出来るだけの力を得るのかもしれない。
  ……。
  そ、そんなの勘弁っ!
  何だってロキサーヌの為に死ななきゃいけないの、あたしそんなに善人じゃないっ!
  「結局全ては無駄よ無駄っ! お前達の命の力を吸い取り私は蘇るっ! 最後に笑うのは私よっ!」
  「……ちくしょう、ちくしょう」
  体がいう事を利かない。
  今回ばかりはもう動けない。あたしは、あたしは……ここで……死ぬ?
  ……ここで……。
  「ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  絶叫が響いた。
  切り裂かれる、ロキサーヌの影。
  一本の異形のアカヴィリ刀を引っ下げているのは、黒い悪魔デュオス。
  ……いや人間だけどね。
  たぶん種族はインペリアル。ただ悪魔的な容貌、というか悪魔っぽい性格と言うか……。
  まあ、いい。
  事態は一転してまた一転。
  突然現れ、ロキサーヌの影を切り裂いたのはデュオスだった。
  何故ここに?
  その言葉すら、今のあたしには紡げない。ただデュオスは見返しただけだった。
  ロキサーヌは吼えた。
  「デュオス、裏切ったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  「裏切った? ……はっ、俺はただトカゲの仲介をしただけ。お前と仲間になったつもりはねぇよ」
  「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  「くくく」
  あたし達の戒めを解き、デュオスに一直線に向うロキサーヌ。
  不敵に笑うデュオス。
  このまま良いところだけを取られるなんて、英雄を目指すあたしに許せない。
  「ロキサーヌ、悪夢っ!」
  「……っ!」
  ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!
  投げた炎上のロングソードが影を貫き、燃え上がる。
  しかしまだロキサーヌは滅びない。
  「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  「てめぇも悪党なら終わり際はしっかりとしな。見苦しいぜ」
  「デュオスっ! その呪われた体で皇帝を目指す……っ!」
  「死ね」
  ザンっ!
  一刀両断。影はデュオスのトドメの一撃で完全に滅した。完全に。
  「……次は、あたし達?」
  「くくく。今は違う。……今はな。殺す価値がないんだよ、小娘」








  レヤウィン動乱は終息した。
  深緑旅団首領ロキサーヌは死亡。手下のボズマー達も死んだのか、それとも逃げたのか。
  深緑旅団が従えていたトロル達は制御を失い、暴走。
  街は炎に包まれていた。
  野生に戻ったトロルはそれに怯え、その隙にあたし達は脱出。
  三日後。
  ブラヴィルからの援助を受けたレヤウィン都市軍は奪還作戦を敢行。
  深緑旅団はここに壊滅した。

  動乱は集結したものの、レヤウィンのダメージは大きかった。
  約三分の一の家屋が焼失し、数多くの死傷者、その死傷者の三倍以上の負傷者。
  マリアス・カロ伯爵(いつの間にか玉座に舞い戻っていた)はレヤウィン再建の為に様々な政策を打ち出した。
  その中の一つが、白馬騎士団の解散。
  既に用無し、そういう事だろう。
  盗賊ブラックボウも壊滅し、深緑旅団ももうない。必要性がなくなったわけだ。
  そうでなければ、都市の1パーセントの支出にも満たない白馬騎士団を潰すわけがない。
  でもそれでいいと思う。
  ……あたし達も、レヤウィンには留まりたくないからだ。
  ……ここは全てが哀しい思いに変わるから。
  ……ここは哀しみに……。

  そしている必要もないのだ。
  あたしは戦士ギルド。
  コロールの叔父さんから撤収命令が昨日、届いた。
  何故?
  レヤウィンの戦士ギルド支部が、潰れたからだ。

  ブラックウッド団。
  彼らはレヤウィン動乱の際に、レヤウィンに尽力した。

  住人の非難、都市軍との共闘。
  マリアス・カロ伯爵はそんな彼らに全幅の信頼を寄せ、後見人になったのだ。
  そして特権を与えた。
  今までは団員の数を制限されていたものの、それを解除した。ブラックウッド団は大規模な募兵を開始した。
  際限なく膨れ上がるブラックウッド団のメンバー。
  既にレヤウィンでは、戦士ギルドは必要とされていない。もうここで密偵する必要もない。
  あたしは任務を終了し、撤退する事になった。


  ……ああそうそう。
  一応、これもレヤウィン動乱の結末かな。
  伯爵、離婚する事になった。
  伯爵夫人は丁度コロールに里帰り中だったから難は逃れたけど、レヤウィンに帰ってみると伯爵夫人が毛嫌いしてる
  亜人の優遇政策が打ち出されていたのが耐えられなかったらしい。

  そのままコロールに帰ってしまった。
  まあ、別にいいけど。

  そして……。



  「お別れだね」
  白馬山荘前……というか、白馬山荘跡地。
  白馬騎士団解散に伴い取り壊した、わけではなくあの動乱の際に誰かが火を放ったらしい。
  もうここに留まる必要はない。
  ……正確には、あたし達が留まれる場所すらないのだ。
  ……利用されただけ?
  ……それはそれで、哀しいなぁ……。
  あたしはわずかな私物をザックに入れ、白馬山荘跡地に立って空を仰いだ。
  この空ともお別れだ。
  別にレヤウィンにはいつでも来れるだろう?
  それはそうだ。
  ……でもこの空とはお別れ。
  ……もう仲間と見上げる事は、この先ないだろう。

  「お別れだね」
  もう一度、呟いた。
  目の前には、オーレンさん、シシリー、そしてマゾーガ。
  あたしがレヤウィンで会った、レヤウィンで共に戦った、かけがえのない友達であり仲間達だ。
  「そうじゃのぅ」
  「……お別れね」
  「名残惜しいな、やはり」
  人にはそれぞれ別の道がある。
  白馬騎士団解散。
  もちろんそれだけじしゃない。仲間の死も関係している。あたし達は別れる事になった。
  それぞれの道に。
  それぞれの夢に。
  再び歩き出す。その結果、別れる事になったとしても。
  「おチビちゃんはコロールに帰るのかの?」
  「はい。叔父さんが戻ってくるようにって」
  「モドリン・オレイン殿か。名のある戦士じゃな。一度酒でも飲んでみたいものじゃな」
  「是非コロールに来てくださいね。……いつか必ず」

  オーレン卿は、ヴァレンウッドには帰らずにシロディールを周るらしい。
  何故故郷に戻らないのか。
  別に故郷に戻れ、と言ってるわけじゃないけど、何故戻らないのかそう聞いてみた。
  その時、寂しそうに帰る場所がないと呟いたのを覚えている。

  「当分は旅を楽しもうかのぅ」
  「気楽だな、爺さん」
  「マゾーガはどうするの?」
  「私か?」
  しばらく考え……。
  「そうだな。別の都市で仕官でもするか、それとも……。まあ、私らしく生きていくさ」
  「マゾーガらしく生きたら周りの人迷惑するよ?」
  「ふん、言ってくれる」
  お互いに軽口を叩き合い、笑った。
  交わした握手が心地良く、そして名残惜しい。

  「……私は大学に戻るとするわ」
  オーレン卿と同じぐらい傷付いているシシリーさんは、そう呟いた。
  もちろん今回の騒動では皆が傷付いており、その傷心大小決めるなんて当然出来ないししてはいけない事
  だとは思うけど、あたしの目線から見てシシリーさんはオーレン卿と同じぐらいに傷付いている。

  「あの、シシリーさん」
  「今回の騒動のお陰で踏ん切りがついたわ。……私は自分の信じた道を進もうと思う」

  その意味があたしには分からないまま、彼女は微笑んだ。
  自分の信じる道とは、何だろう?
  ふと思い出したようにシシリーさんは付け足した。
  「エメラルダ」
  「えっ?」

  「フィッツガルド・エメラルダ。……私、嫌いだけど嫌いな理由はあの女がアークメイジの養女だからなのよ」
  「……?」
  「アークメイジは、評議長は死霊術禁止を宣言した人物。隠れ死霊術師にとっては嫌いな人物、そしてその養女
  となれば嫌悪の対象以外の何者でもない。でも生い立ちには同情してる、人柄もそれほど嫌いじゃない」
  「……」
  「……まあ、頬擦りするほど好きでもないけどね」
  苦笑しながらそう呟いた。
  何故?
  何故、今それを言ったのか。あたしには分からなかった。
  「あの、あたしはコロールにいますから、是非遊びに来てくださいね」
  別れはいつかは必ず訪れる。
  それを頭では理解しているものの、やはりどこか哀しかった。

  そして……。
  「また、会いましょうね」
  「ああ。またどこかでの」
  「じゃあね」
  「さらばだ。……アリス、お前の色は青白過ぎるからたまには外に出て日焼けしたほうがいいぞ?」

  あたし達は別々の道を歩む。
  レヤウィン動乱。
  数多の人々の心を傷付けたその戦いは終わり、あたし達のそれぞれの夢も終焉を迎えた。
  でも歩みは止まらない。
  次は、どんな夢を見ようかな?
  次は、どんな……。

  「さあて。コロールに帰って、叔父さんに色々と自慢しなきゃ」




















  「しかし若、何故ロキサーヌをわざわざ始末したのですか?」
  帝都へと続く街道。
  黒いローブの人物二人が、街道を歩く。
  1人はヴァルダーグ。
  1人はデュオス。
  深緑旅団のレヤウィン襲撃を画策(正確には仲介人として)した面々。
  「くくく。あいつは死霊術に長けていた。……困るんだよ、俺に従わない一芸に秀でた奴はな」
  「……」
  「くくく。俺が小心者だと思うか?」
  「……いえ。用意周到、徹底した邪魔者排除をしていると思いますよ」
  「くくく」
  「それで若、今後はどうしますか?」
  レヤゥンは事実上、陥落した。
  今後当然の如く再建されるものの、帝国の南の備えは崩れたと言ってもいい。
  それに……。
  「トカゲどもの天下。くくく。今後がやりやすいな」
  「御意。ただあの白馬騎士団は……」
  「潰れた。それがどうした?」
  「いえ、何故殺さなかったんです?」
  少し考えてから、デュオは明快に答える。
  「殺す価値もないからだ」
  「しかし万が一、我々の前に立ち塞がったらどうするのです? 若が気に入ってるあのダンマーが」
  「俺の気に入ってる? ……ああ、あの女か。見所はあったな。しかし俺の敵になるほどに成長はせんよ」
  「……」
  矛盾している。
  ヴァルダーグはそう思った。敵になりうる存在は全て消す、と明言しながらも見逃している。
  若の気まぐれにも困ったものだと思った。
  ……もちろんそれを口にするのは危険過ぎるが。
  バッサバッサ。
  鳥の羽ばたき。地上に影が差す。その影は、鳥にしては大きい。
  デュオスは頭上を見ずに声を掛けた。
  「偵察ご苦労、ディルサーラ」
  「若の為なら苦労は厭いませんわぁー♪」
  空から舞い降りたのは人間種。
  ……背には翼が生えているが。
  世界には数多の種族がいる。一般的には10の種族。
  インペリアル、ブレトン、アルトマー、ボズマー、ダンマー、レッドガード、ノルド、オーク、カジート、アルゴニアン。
  しかし実はそれ以外にも存在するのだ。
  有史以前に存在した先代文明アイレイドの直接的末裔のエルフやダンマーとの争いで滅びたドワーフ。
  そして今、デュオスとヴァルダーグの前に降り立った女性は有翼人であるフェザリアン。
  その翼ゆえに帝国の弾圧政策で滅亡した種族。
  空を飛べる。
  それが帝国にとっては脅威だった。
  城壁の意味がなくなるからだ。
  三代前の皇帝がフェザリアンが徒党を組んだ場合の脅威の考慮し、組織的に殲滅した。
  ディルサーラは数少ない、もしかしたら最後の1人かもしれない、希少種族。
  「レヤウィンは陥落、実に楽しい虐殺が……」
  「報告は後でいい」
  「もう、若はつれないなぁ。……ああ、そうそう。マスターが新しい組織名を考えたそうですよ」
  「ちっ。またか」
  舌打ちする。
  ヴァルダーグもげんなりとした顔をした。
  センスが悪いのだ。組織名のネーミングが。
  ロックミルク洞穴でのロキサーヌとの会合の際、ロキサーヌに『あなたも組織をお持ち?』と聞かれた時にデュオスは
  即答しなかったのは組織の名前があまりにも陳腐だったからだ。もったいぶったわけではない。
  「あの爺の事だ、大した名前ではあるまい。ヴァルダーグ、名前の歴史を述べよ」
  「はい。確か『ダークジェダイ』とかそれにちなんで『ブラックブレイズ』、その前が……」
  「……もういいもういい。それでディルサーラ、爺は何と言ってる?」
  「今度はなかなか良い名前だと思いますよ。実は……」
  ディルサーラ、デュオスの耳元で囁く。
  正直やり切れない顔をしていたデュオスであったものの、聞き終った時には一変していた。
  「くくく。珍しく良い名前じゃあないか」
  「でしょー?」
  「お、おいディルサーラ。若には教えてどうして俺には教えてくれないんだ」
  「私は若にお伝えしろ、そうマスターに言付かってるもの。あんたには教えろとは言われてないわ」
  「くっ、生意気な女めっ!」
  「生意気上等。生意気じゃなかったら、帝国に喧嘩売ろうとは思わないわ」
  べー、舌を出す。
  そんな彼女から視線を外し、デュオスに名を尋ねる。それなりに気になるらしい。
  宣言するように黒い悪魔は名を告げた。
  「今日より我らは『黒の派閥』。くくく。帝国に消えない爪跡を残してやるっ!」
  ……黒の派閥。