天使で悪魔
符号
ブラックウッド団。
元々母体になったのはリザカールというカジートが率いる傭兵団。
一介の傭兵団が今では元老院議員と懇意になっている現状。
その事に関しては誰もが知っている。
しかしどうして一介の傭兵団がそこまで急成長したのかを知る者は誰もいない。
憶測だけが飛び交っている。
憶測だけが……。
「これでよかったのかと正直悩みます」
「もはや決定された事だ」
「そうですが……」
「それに連中は出発しちまった。任務を帯びて行動を開始した。もはや止められんよ、ギルドマスター殿」
「……」
多少皮肉を込めてモドリン・オレインは発言した。
沈黙のヴィレナ・ドントン。
すぐに言い過ぎたのを理解し、目で謝った。
ここはコロールにある戦士ギルド本部会館。最上階にあるギルドマスターの執務室。
室内にはいるのは2人。
戦士ギルドマスターのヴィレナ・ドントン。
腹心でありチャンピオンの階級を持つモドリン・オレイン。
ナンバー1、2がここにいた。
「私は正しかったのでしょうか?」
「我々が送り出したんだ。我々がな」
「……」
「信じろ、ヴィレナ」
「……」
会話の内容。
それはつい先刻任務に出発したヴィラヌスとアリスの事だ。
ギルドマスターの権限で今まで《任務禁止令》を出されていたヴィラヌスが今回久し振りに任務に出された。ヴィレナ・ドントンの勅命でだ。
それをヴィレナは悔いている。
任務に送り出して本当によかったのかと。
悔いている。
「案ずるなヴィレナ」
「……」
2人の関係は長い。
二人三脚で戦士ギルドを運営して来た。
ヴィレナ・ドントンはシロディールで最大の名声を持つ戦士。そんな彼女の名を慕い、戦士ギルドは大きくなった。モドリン・オレインは卓越した
事務能力で人員を掌握し組織を管理&運営して来た。戦士ギルドはさらに大きくなった。
2人の関係は長い。
長いのだ。
「ヴィレナ」
「……」
「隊長にヴィラヌス、副長にアリス、確かに任命した指揮官2人の戦歴は浅い」
「……」
「しかしヴィラヌスにはお前譲りの天性の剣の才能がある。勇猛さもな。アリスはまだまだひよっこだが死線は並の戦士よりも潜っている。そこら
辺の戦士……いや帝都兵よりも実戦経験は積んでいるよ。結果2人が組めば怖いものなどあるまい」
「……」
「それに俺も馬鹿ではないよ。2人に付けた戦士達は精鋭揃い」
「……」
そう。
今回の任務は隊長+副長+精鋭戦士20名=22名の動員。
本部&各支部の精鋭を選りすぐった今回の部隊編成。
剣術と魔術のエキスパート揃い。
それだけではなく盗賊系のエキスパートもいる。総合的な部隊編成を見れば、同程度の数の帝国軍一部隊よりも優れている。
バランスが取れた編成。
それらの調整もモドリン・オレインがした。
ヴィラヌスの箔付けの為の任務ではあるものの保険策もちゃんと取っている。
精鋭を揃えた。
問題はないとモドリン・オレインは信じている。
疑ってなどいない。
だから。
だからヴィレナ・ドントンの悩みは杞憂でしかないと思っている。息子可愛さは理解できるものの考え過ぎだと思っている。
もっとも……。
「何の心配もないよヴィレナ。まあ難を言えば……」
「どうしたのです?」
「難を言えばフィッツガルド・エメラルダの行方が分からない事だな」
「フィッツガルド……ああ、ガーディアンですね」
「そうだ」
今回の編成で難があるとすればフィッツガルド・エメラルダを組み込めなかった事だ。
階級はガーディアン。
戦士ギルドにおいてナンバー3の地位。ガーディアンの地位にあるのはシェイディンハルのバーズ、アンヴィルのアーザン、そして彼女。立場的
には指揮官のヴィラヌスよりも高い為他のガーディアンは故意に外したものの彼女は出来れば後見役として組み込みたかった。
それがモドリン・オレインの悩み。
しかし問題はないだろうと疑念を振り切る。
「心配するな。あれだけの精鋭を揃えたんだ。万が一などありはしない。トロルなど問題ないよ」
「そう、ですね」
迷いを振り切るようにヴィレナ・ドントンは微笑した。
……弱々しくはあるが。
今回、ヴィラヌスとアリスに与えられた任務。
鉱山ギルドからの依頼。
鉱山ギルドの創設者は現職の元老院議員。穏健派として知られる保守的な思想の議員達の首魁的な人物として有名。
依頼内容は新緑旅団残党のトロルの排除。
レヤウィン南にある見捨てられし鉱山の解放が目的。
大きな依頼だ。
久方振りの大きな任務の為にモドリン・オレインは戦士ギルドの精鋭20名を投入する事を決定。
若年ではあるものの腕の立つヴィラヌス&アリスを指揮官に任命。
今回の任務を一任した。
夕刻。
自宅に戻ったモドリン・オレインは夕食の準備をしていた。
「1人だと家は広過ぎるな」
妻はいない。
一人身だ。
姪であるアリスだけが彼にとって唯一の家族。
しかしその家族は今、任務に出ている。
自身が送り出した。
ヴィレナ・ドントンのように後悔はしていない。アリスの能力は信じている。経歴こそ浅いものの、数多くの実戦をこなしている。
白馬騎士として深緑旅団と戦った。
それだけではなく、各地で任務をこなして来た。
身贔屓はしていないとモドリン・オレインは自負している。アリスは厳しい状況を自らの力で打破して来た。それは信頼出来る能力だ。ヴィラヌスも
類稀な能力を秘めているし今回動員した戦士ギルドのメンバーは最高のメンバーばかりだ。
任務失敗?
ありえない。
今回の動員は戦士ギルドの面目も懸かっている。
鉱山ギルドの創設者は元老院議員。直々のご指名だ。ブラックウッド団の鼻を明かした事になる。
だからこそ失敗しないように人選に苦慮した。
その上での編成。
「……」
ぐつぐつ。
鍋の中でシチューが煮える。
アリスの好物だ。
頑固一徹のような外観ではあるものの、モドリン・オレインは感傷的な性格の持ち主だ。
絵画を愛する情緒も持ち合わせている。
意外に繊細なのだ。
口喧しくアリスに言うがそこには情愛が込められている。
「何、心配ないさ」
自分に言い聞かせるように呟く。
心配ない。
心配などあるはずがない。
アリスもヴィラヌスも強い。精鋭20名の戦士も同行するのだ。
深緑旅団残党のトロルがどれだけいようと敗北はありえない。バランス的に最高の編成にしたつもりだ。同じ数の帝国の部隊と戦っても勝て
るだけの実力者揃い。ロキサーヌの制御を失って既に野生化しているトロルなど物の数ではない。
心配ない。
心配などあるはずがない。
心配など……。
「くそ」
舌打ち。
心ではただの杞憂だと分かっている。ヴィレナが考えるような心配などあるはずがないのに、心は過去の扉を叩く。
忌まわしき過去。
そう。
戦士ギルドの根底を覆した過去の状況に似ている。
「この符号は何だ? あの時とまるで同じだ」
否定する。
案ずる事などないと否定する。
だがあの時と状況が似過ぎている。
ヴィレナ・ドントンの長男……つまりヴィラヌスの兄であるヴィテラスの事だ。
彼の最終任務と状況が酷似し過ぎている。高額な賞金首であるアザニ・ブラックハートの討伐にヴィテラスと戦士ギルドの精鋭を送り出した。
そして。
「……」
そして誰も帰って来なかった。
返り討ちにあった。
ヴィテラス戦死。当時の精鋭達も全員戦死。結局アザニ・ブラックハートはブラックウッド団に討伐された。
あの時と状況が似ている。
ギルドマスターの息子が指揮官として精鋭を率いて任務に出る。
似過ぎている。
ヴィレナ・ドントンもそれを感じ取っているが為にあれほどまで取り乱しているのだ。それは分かる、分かるが彼はそれを払い除けた。
「うまくやるさ、あいつらなら」
問題ない。
問題などあるはずが……。
「戦士ギルドに、鉱山ギルドからの大口の依頼を持っていかれた。戦士ギルド今だ健在、それを世間に見せ付ける事になった」
「はい」
「しかし我々にとっても絶好の機会」
「はい」
「ヴィラヌス・ドントン、アイリス・グラスフィル。この両名、ヴィレナ・ドントンとモドリン・オレインの身内。さらに戦士ギルドは今回の依頼に虎の子
の精鋭を投入している。ここで再び叩けば連中は再起不能になるだろう。奇しくもヴィテラス・ドントンと同じ状況だな」
「はい」
「お前は先のアンヴィルでの一件で失敗している。アジャム・カジン(クララベラ号の積荷 〜悪意の断片〜参照)よ、分かっているな」
「はい。マスター。必ずや与えられた使命を全うします」
「よし。何をすべきか分かっているな?」
「はい」
「1人残らず殺してしまえ」