天使で悪魔
ハーランズ・ウォッチの怪事件
毎日毎日。
戦士ギルドの任務を着実にこなす。
コロールの本部からアンヴィルの支部に飛ばされて(正確には左遷ではないけれど)もあたしは凹む事無く邁進する。
それは必要な事?
それは大切な事?
目指すのは立身?
目指すのは評価?
確かにそれもある。それもあるけど、それ以上に恩返しがしたい。
あたしの人生の背景にあるのは常に戦士ギルド。
恩返し。
そして、無辜の民を守りたい。
そして……。
「ようやく到着だー」
大きく伸び。
馬での移動だから徒歩よりも当然楽ではあるけれども、必ずしも楽=快適という意味には繋がらない。
ここはどこ?
ここは小さな村落。
アンヴィル近郊?
違う。
ここはシェイディンハルの南にある小さな村ハーランズ・ウォッチ。
何故ここにいるか。
答えは簡単だ。
アンヴィル支部長のアーザンさんの指示だ。
アーザンさん曰く『シェイディンハル支部のバーズから要請があった。人材が不足しているので1人貸して欲しいそうだ。私は君を推薦
しようと思う。行ってくれるか?』というもの。
拒否する理由はない。
仕事だ。
あたしは馬を借り、シェイディンハルに移動。三日掛かった。
シェイディンハル支部長のバーズさんはすぐ南の村で行方不明事件が起きているから解決しろと指示。
そしてあたしは向かったわけだ。
さて。
「和やかな村だなぁ」
都市のような賑やかさや華やかさはないものの、どこか長閑な風景が広がっている。
今回の依頼人の家を訪ねる。
もちろん、畑仕事をしている村人に尋ねたのは当然だ。
依頼人はドララナ・シーリスさんという人だ。
コンコン。
扉をノック。
ガチャ。
家の中から扉を開けたのは、ダンマーの女性だった。へー、ダンマーだったのか。同族だから親近感湧くなー。
「貴女がドララナ・シーリスさんですか?」
「そうですが? 貴女は?」
「あたしはアイリス・グラスフィル。戦士ギルドの者です」
「ああ、貴女がっ!」
「詳しく説明してくれませんか、その、依頼の事」
「もちろん。立ち話もなんですね、どうぞお入りになって。すぐに紅茶でもお入れしますから」
家に招かれる。
ドララナ・シーリスさん。明確には村長の立場ではないものの村のまとめ役。
そもそもこの村には村長がいないらしい。
変なの。
椅子に腰掛け、紅茶を頂き、クッキーを齧り、お互いに改めて自己紹介を終えると彼女は任務の内容を静かに喋りだす。
「この村は平穏です」
「はい」
それは見れば分かる。
都市の様な豊かさはないだろうけど、この村には都市にない豊かさがある。
どんな豊かさ?
濃密で密接な人間関係とか、都市にはない自然とか。
まあ、そんな感じ。
「最近、奇妙な事件が起きています」
「そこのところ詳しく」
「沼地の洞窟付近で不思議な光を見たという報告がありました。私達は不審に思い何人か人を送りました」
「不思議な光?」
なんだろ?
村人を調査に送り込んだのは、ここが村だからだ。
何故?
帝都軍は帝都だけ。
都市軍は都市だけ。
そのどちらにも属さない、つまりは城壁の外の街や村は恩恵を受けられない。最近では帝都軍巡察隊が新設され、集落の治安維持
に乗り出しているものの絶対的な数ではなく、自然、こういう集落は村人達が自衛団を立ち上げる事になる。
それで調査に派遣した、わけだ。
それでも駄目なら戦士ギルドに話が回ってくる。
今回はそのケース。
「その、光の正体は分かりましたか?」
「いえ」
「調査の人達は……」
「誰も帰ってきません。もう私達にはどうしていいのか分かりません。それで戦士ギルドに依頼をしたのです」
「なるほど」
光か。
なんだろ?
「夜になると洞窟の付近に現れるんです。最初はアンコターの悪戯だと思いましたけど違うようです」
「アンコター?」
誰だろ?
「アンコターとは魔術師です」
「へー」
魔術師。
「アンコターは例の洞窟に移り住んできた魔術師です」
「じゃあ、犯人……」
「いえ。しばらく前に旅立ったのを見たという者がいます。それも複数。アンコターはもういない、まず間違いない」
「なら……」
「置き土産というぐらいは考えれます」
「置き土産、か」
何らかの魔術の遺産、的な感じ?
実験生物放置?
アンコターってそんな人なの?
「前に旅の姉妹が来てアンコターの奇妙な実験をやめるように説得(暗殺姉妹の午後 〜不運の報酬〜参照)してくれて実験は止まり、
その後出て行ったようだけど……やれやれ、まだ面倒だけはあの洞窟に残ってる」
「なるほど」
アンコターの話はいいか。
話を元に戻そう。
光とは何か。
「えっと、夜にしか出ないんですか?」
「ええ。朝はそこに留まっていません。でも夜になると浮遊しています」
光は夜に。
なんだろ?
こういう時『歴戦の戦士』なら、何となく察しは付くんだろうけど……あたしには分からない。皆目見当も付かない。
だけど見当付かなくても仕事は出来る。
「戦士ギルドにお任せを」
ドララナさんの家で夜まで休憩。
もちろん村で聞きこみもした。魔術師アンコターがここを去ったのは間違いないみたい。
まあ、そこはいいか。
夜にだけ沼地の洞窟付近に出現する光。
日のある間に現地に飛んで村人達の安否を確認すべきかとも思ったけど、夕闇は迫っている。でもあたしはそれを脳内で却下した。
何故?
村人救出→あれ、夜が来た→謎の光キター→不意打ちで全滅。それはそれでありえると思う。
夜まで待とう。
その方が確実だし、光を最初から視認出来る状態で望んだ方がいいに決まってる。
そして、夜が来た。
沼地の洞窟。
あたしはハーランズ・ウォッチで夜を待って洞窟に訪れた。洞窟には入らない、付近を探索しているだけ。
静寂が周囲を包む。
聞えるのは虫の声と、どこか遠くで獣の声。
照らすのは月と星と松明の光。
特に何もない。
……。
ああ、いや。
マッドクラブが襲ってきたから叩きのめした。この意外に美味な蟹が犯人、という事はないだろう。そもそも光ってないし。
光かー。
なんだろうな、本当に。
精霊?
「御伽噺だなー」
小さな人間の体に透き通る羽根。空を飛ぶ際にキラキラ輝く、子供の絵本に出て来る精霊。または妖精。
でも実際には夢物語。
区分的に精霊はデイドラのカテゴリーになる。
この間倒した炎の精霊とか、白馬騎士団時代に倒した氷の精霊とか、例外なく精霊は攻撃的で、メルヘン的な存在ですらない。
だとしたら、なんだろ?
だとしたら……。
「あっ」
ぽぅ。
ぽぅ。
ぽぅ。
光が三つ、浮かぶ。フヨフヨと周囲を漂い、飛んでいる。
「そっか。蛍か」
あたしは十メートルほどの距離に浮遊しいる光の球を見て、そう思った。都市と違って自然溢れる……というか自然しかないこの辺り
なら蛍が出てもおかしくない。ううん、むしろ普通だ。
……あれ?
だけどおかしいぞ。
蛍にしては大きいし、それに一斉に消えた。光は消えてしまった。
「あれー?」
こんな時フィッツガルドさんなら、すぐにあれがなんだったのか分かるんだろうなー。
ていうかいきなり攻撃魔法?
あはは。それありえる。
結構攻撃的だし。かと思えば冷静に、気長に待ちの体勢にも入るし。臨機応変が出来る人って、やっぱり優れてるんだろうなーと思う。
あたしも見習わなきゃ。
あたしも……。
ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
「……えっ!」
軋むような音が周囲でして、光が満ちた。
数は三つ。
囲まれてるっ!
あたしは咄嗟に刃を振るって光の1つを断ち切り、囲みを脱する。しかし脱する際に露出していた左腕に焼けるような痛みが襲う。
「はあっ!」
振り向き様に一閃。
さらに光の1つを斬り飛ばす。
ウィル・オ・ウィスプだ。
これが光の正体かっ!
こいつらは確か物理攻撃が無効。村人では太刀打ち出来ないのは、分かる。しかしあたしの持つのは魔力剣。
ウィル・オ・ウィスプといえども敵じゃない。
「たあっ!」
気合を込めて最後の一体を地面に叩き落した。
正体さえ分かってしまえば敵じゃない。
「はあはあ」
額の汗を拭う。
確かに予想外の敵ではあったものの、それほど疲れる戦闘ではない。
「あっ」
その時不意に思い出す。
ウィル・オ・ウィスプには『ステータスドレイン』の能力がある、と何かの本に記されていたのを思い出した。多分最初の一撃を受けた後
に何らかのステータスが吸収され低下しているのだろう。
治す手段?
あたしにとって一番最適なのは聖堂で治してもらう事かな。寄付金要らずで治してもらえるし。
まあいい。
とりあえず動けないほど能力を奪われているわけではない。
構えたまま次の敵を待つ。
「……」
硬直したまま数分。
敵は現れない。
どうやら打ち止めのようだ。
「はあ」
力を抜く。
結構疲れてるかも。なるほど、ステータスドレインはなかなか侮れない。初めての体験だ。今後は気をつけよう。
それにしてもおかしいな。
「村人はどこ?」
そう。
誰もいない。
十中八九ウィル・オ・ウィスプに襲われたのは間違いない。にも拘らずどこにもいない。……いや、どこにもない。遺体がないのだ。
つまりここで殺されたわけではないか。
ウィル・オ・ウィスプに襲われ命を落としたわけではない、事になる。
あのモンスターは人を食べない。まあ、当然か、口ないし。いずれにしても殺しただけなら遺体があるはず。
動物か他のモンスターに食べられたにしても骨は残るはず。……物騒な考え?
ともかく。
ともかく、どこにもない。
となると答えは簡単だ。ウィル・オ・ウィスプに殺されたのではない、事になる。
襲われはしたけど生きている。
でも村には戻ってない。
ならどこに?
あたしは洞窟を見る。ここに逃げ込んだと見るべきか。
そしてあたしは……。
沼地の洞窟に殴り込みっ!
迎えてくれたのは村人……ではなく、緑色のモンスター。トロルだ。
「煉獄っ!」
ドカァァァァァン。
炎の魔法で蹴散らし、剣で切り裂き、進む。
敵の数はそう多くない。
あたしは最後の一体に挑みかかる。
「はあっ!」
体力が……だけじゃないか。色々とステータスに影響があるみたいだけど、あたしは冷静に振舞い、刃を振るう。
ザシュッ。
ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!
断末魔が大気を振舞わせた。
あたしが持つ剣はフィッツガルドさんお手製の魔力剣。
ただ刃が鋭いだけではなく雷が属性として込められている。雷がトロルを簡単に焼き切った。
既にトロルも敵じゃない。
……。
……まあ、剣の性能におんぶに抱っこなんだけどさ。
でも深緑旅団戦争の頃よりは確実に強くなっているのは確かだと思う。もっと言うならブラックウォーター海賊団とやり合ってた頃と比
べると二倍ぐらい強くなってる?
もちろん、元々の弱すぎた、というのもある。そこから二倍にレベルアップだと……並の戦士級?
自分の能力は正当には評価できない。
客観的に見ても、当然正当な評価は確実に不可能だ。まあいいか。あたしは強くなった。
それは確実だ。
それに場馴れもしている。
今更トロルに怯える事もない。
さて。
「これが結末か」
全てのトロルを蹴散らし、あたしは事の真相を、見る。
折り重なった人々。
「……」
生きているようには見えない。食い荒らされているからだ。生きているはずがない。
結末は最悪だった。
結末は……。
要はこういう事だろう。
この洞窟の付近にウィル・オ・ウィスプが浮遊していた。どこから来たのかは知らない。そもそもウィル・オ・ウィスプはその詳細が
まったく不明。あたしが無知なのもあるけど、詳細は今だ明らかではないようだ。
人魂という説もあれば、魔道実験で生まれた副産物。
まあ、そこはいい。
話を戻そう。
この洞窟の近辺にウィル・オ・ウィスプがいた→村人が不審に思って調査に行く→ウィル・オ・ウィスプに襲われる→洞窟に逃げ込み、
そこに巣食っていたトロルの餌食。それが真相だと思う。
様々な要素が運悪く絡み合った結果。
それが今回の怪事件の真相。
ハーランズ・ウォッチに帰還。
ハッピーエンドな結末ではないものの、あたしに報告する義務がある。ドララナ・シーリスさんを訪ねた。
まだ彼女は起きていた。
あたしを……というか、帰って来ない村人達を気遣って起きていたのだろう。
挨拶も惜しむかのように彼女は報告を求めた。
包み隠さずに報告。
沼地の洞窟近辺に浮遊していた謎の光はウィル・オ・ウィスプであること。
おそらくはウィル・オ・ウィスプに襲われて村人達は洞窟に逃げたものの、そこに巣食っていたトロルに食われた事。
村人は誰も帰って来ない事を、あたしは淡々と伝えた。
淡々と?
淡々と。
報告する際には感情を押し殺し、淡々と語るのがプロの鉄則だと習った。最近ではそれが出来る様になった。
それでも、当然ながら言葉ほど心は淡々と出来ない。
まだまだあたしも甘いかな。
全て報告。
「以上です、ドララナ・シーリスさん」
「そんなっ!」
「……」
「ト、トロルに殺された?」
「直接的には、そうなります」
「で、でも、貴女はトロルを退治してくれたんですよね? ありがとう。これで、安心して暮らせます」
彼女は感情を押し殺し、あたしに一礼した。
本当は泣き崩れたいだろうに、すごく立派に思えた。あたしも一礼。
決して幸せな結末ではない。
それでも。
それでも、これ以上の悲劇は出ない。その考えが決して良い考えではないものの、今回の犠牲が必要とは言わないけど……。
……。
……。
……。
やっぱり凹むなー。
あたしはまだまだ一流の戦士にはなれそうもない。先は長いなー。
はぅぅぅぅぅぅっ。
そのままシェイディンハルに。
到着した時間帯は明け方。
シェイディンハル支部長のバーズさんはまだ就寝中だったので、ニューランド山荘で時間を潰した。デルヴェラ・ロマレンというダンマー
の女性が経営する宿屋であり酒場だ。
ビール飲んだりご飯食べたりデルヴェラ・ロマレンさんと雑談したりして時間を潰す。
もちろん聖堂にも行ってウィル・オ・ウィスプに奪われた能力を治してもらった。
数時間後。
そろそろ頃合かなー、と思い、戦士ギルドのシェイディンハル支部に。
さすがにバーズさんも職務についている時間帯。
「てめぇ遅いぞっ! まったく愚図はどれだけ1つの仕事に時間掛けてんだっ!」
「……」
第一声がそれですかー。
あたしはとっくに任務解決してたのに貴方が寝てたんですよーっ!
はぅぅぅぅぅっ。
「ほ、報告します」
ともかく報告する。
ドララナ・シーリスさんに報告したのと同じ内容だ。
「トロールの仕業だった? そんでウィル・オ・ウィスプも絡んでたって?」
「はい」
「お前もよくよく付いてない奴だな。そんな面倒な依頼を宛がわれるんだからよ」
「は、ははは」
相変わらず口が悪いなー。
「それで、まだ仕事はありますか?」
「けっ。働き蟻は偉いよな。そんなに泥に塗れて働きたいか」
「……」
こいつ口悪いよー。
ダンマーも大概口悪いけど、このオークほどではない。
「仕事はもうねぇよ」
「はっ?」
「多分アーザンの方にも大した仕事はねぇだろうな。ブラックウッド団の影響がそろそろ出てきてんだよ、ここにもな」
「そうなんですか」
「お前は愚図にしちゃあなかなか良い仕事をしたぜ。アーザンとも書状で相談したんだが、お前をコロールに復帰すべく推薦状を書
いた。こいつを報酬としてコロールに帰んな。……お前はよく働いたよ、これからも頑張れよ」
「あっ」
ニヤニヤと笑うバーズさん。
からかうような視線をあたしに投げかける。
コロールに帰れる?
最初からアーザンさんとバーズさんは示し合わせていたのかもしれない。
あたしの為に……いや、どっちかというとモドリン・オレインの為に。つまり叔父さんへの恩義とか、そういう意味合いかな?
それでもいい。
それでもいいっ!
「ありがとうございますっ!」
勢いよく頭を下げた。
皆の好意が泣きたくなるぐらいに嬉しかった。
辞令。
アイリス・グラスフィル。
戦士ギルドのコロール本部への配属を命じる。