天使で悪魔





暗殺姉妹の午後 〜不運の報酬〜





  私の名はフィッツガルド・エメラルダ。
  不幸街道を突っ走ったした生き方をした女。
  大抵の事では動じない自信がある。

  魔術。
  剣術。
  双方を極めた。さらに人間関係も多岐に渡って築き、それなりに人望もあると思う。それなりには。
  大概の事はなんでも出来ると思う。
  それは私が望んできた事。
  そう。
  私は弱いから。
  子供の頃から誰も助けてくれなかった。だから思った、強くなろうと。
  そして今、私は強くなった。

  夜の母。
  夜母を連想される妙なババアの、薬か術かは知らないけど……それにより私の心は見事に乱された。
  やり方次第では私が脆く崩れる事を思い知らされたってわけだ。
  少し油断してたみたい。
  少々謙虚になってみようと思う。そして自分を見つめ直そう。
  見つめ直せる心が、さらなる強さに繋がると信じて。
  






  「この目さえ光を知らなければ見なくていいものがあったよー♪ 体があなたを知らなければ引き摺る思い出もなかったー♪」
  フィーちゃんご機嫌♪
  少々音程が外れてはいるものの、私は大好きな歌を歌いながら街道を行く。
  旅のお供は当然シャドウメア。
  シェイディンハルへと向かっている最中。
  空には太陽。
  気候も最適。涼しい、過ごし易い気候だ。
  天気もよくて雨の心配もない。
  気分も最高。
  つまりはご機嫌な一日というわけだ。
  「次は何を歌おうかなぁ」
  シェイディンハルにはまだまだ掛かる。
  別に急いでいるわけでもないから街道を爆走はせずにゆったりまったりと進んでいる。
  任務ではあるけど、正直微妙だ。
  任務を発したのは高潔なる血の一団。吸血鬼ハンターの集団だ。
  代表のローランド曰く、正体不明の吸血鬼ハンターが最近シェイディンハル周辺に出没しているらしい。
  これ自体には大した問題はない。
  別に吸血鬼ハンター=高潔なる血の一団、ではないのだから。
  「まっ、怪しくはあるけどさ」
  そう。
  確かに怪しくはある。
  吸血鬼の遺灰を高額で買い取ってくれる高潔なる血の一団との関係が一切ない吸血鬼ハンターは少々怪しい。
  何故?
  簡単よ。どんなに偉大な思想を持ってても食えなければ意味がない。
  高潔なる血の一団は吸血鬼の遺灰を換金してくれるのだ。
  まったく無名の組織ではなく、吸血鬼ハンターを名乗る者達の間では高潔なる血の一団は常識だ。普通なら加盟している。
  しかしシェイディンハル周辺に出没する吸血鬼ハンターは高潔なる血の一団と関わり合いがないらしい。
  それが怪しいとローランドは私に調査を依頼してきた。
  高潔なる血の一団の古株メンバーであるギレンが言うには、以前にも吸血鬼狩りと称して一般人を連続殺人した奴がいたらしい。
  今回もその類だと警戒している。
  ……。
  ……あれ?
  「せめてそいつの名前記しておけーっ!」
  思わず天に叫ぶ。
  そうなのだ。
  ローランドの奴、偽吸血鬼ハンターの疑惑のある奴の名前……は分からないにしても容姿とかぐらい記しておけーっ!
  何の手掛かりもなく探せって事か?
  ふーざーけーるーなーっ!
  引き返そうかと思うものの、まだシェイディンハルまで半分も進んではないけど、引き返すのはやめた。
  旅するには丁度良い陽気だ。
  たまには気ままに旅するのもいいだろう。
  何の制限もなくさ。
  それはそれで楽しそうだ。路銀もたんまりとあるし、そうしようそうしよう♪
  うん。
  そうしよー♪
  「置き去りにしてきた記憶を。腫れ上がる傷跡達を。柔らかな貴方の温度。狂おしく愛していたからぁー♪」
  気分一新。
  任務は任務で、まあ、心には留めておくとしてー。
  それはそれ。
  心の比重の大半は気ままな冒険に当てるとしよう。
  別のお気に入りの歌を歌いながら私は進む。
  ほんと。良い天気だぁ。
  「明るくなっていく空を、一人で憎んでみたけどぉー♪ いつの日か幼い愛は、抜け殻を残して……」
  シャドウメアの歩みを止める。
  歌もやめ、私は下馬した。
  小走りで走ってくる二人。カジートとノルドのペアだ。どちらも皮鎧、カジートは弓矢でノルドはクレイモアを既に抜き放っていた。
  この展開から察するに、強盗か。
  ……ふん。
  私の陽気な旅路を邪魔する奴は万死に値する。
  それに昨晩は《夜の母とアマンダに泣き叫んで命乞いしちゃった事件》がある。
  ま、まあ、弁解させてもらうなら泣き叫んではない。
  あくまで私の頭の中での出来事だ。
  サイン目当てのファン《タマネギ》から聞くところによると私はただ虚ろに突っ立ってただけらしい。
  ふむ。
  まだ、救いよね、うん。
  「命が惜しければ有り金全て置いていけ」
  「きゃあフィーちゃん怖い」
  棒読みの台詞で私は答える。
  真面目に相手できるかこんな奴ら。
  カジートは金を出せと凄む。
  その隣でノルドは武器を構えて私を威嚇し、脅迫しているもののその顔はどこかニヤニヤしていた。金銭目的だけではないらしい。
  ノルドはニヤニヤしながら口を開く。
  「金を置いていけ。それとまあ、別のもんも頂かないとな。げっへっへっ」
  「……」
  げっへっへっ?
  悪徳代官とつるんでる越後屋(超適当&超偏見♪)かお前は。
  ふぅ。
  内心溜息。
  私の麗しい顔立ちとナイスなボディーは正直世の男性の心を鷲掴みにする凶器だとは分かっているけど、求められては応じている
  のではキリがない。こいつだけ特別扱いも出来ないし。
  うん。決めた。
  いつも通り地獄に送ろう。
  「ふふふ」
  にこやかに笑って魅せると、ノルドはニヤデレした。
  ……ああ。神様。どうして私はこんなに罪深い女なのでしょう。また私の美貌で人生踏み外し男がここにいます。
  ざわっ。
  毛が逆立つような感覚に襲われる。
  シャドウメアも不意に嘶く。
  囲まれてる。
  こいつらの手下ではないだろう。
  少なくともこんなに手下がいるのであれば、旅行者目当ての強盗では養えない。囲んでいる数は少なくとも20。
  木陰に。
  草原に。
  岩場に。
  そこら中に巧みに伏せている。
  「ふん」
  しかし姿は隠せても、気配は消せてない。
  質が落ちたものだ。
  「あんたらの仲間?」
  「あん?」
  「まっ、違うでしょうね。……出てらっしゃい。名乗らずに問答無用で消し飛ばされたくないでしょっ!」
  伏せているのがばれて、1人出てくる。
  黒いローブの男性。
  「な、なんだこいつっ!」
  「こ、この女の仲間かっ!」
  強盗2人にとって、それは最後の言葉となった。カジートとノルドの眉間に矢が突き刺さっていた。
  巡り合せが悪いわね。
  私に関わらなければ死なずに済んだのに。
  ……あんたらもね。
  「我が名は伝えし者ケェランツェ。偉大なる聞えし者の勅命により……」
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  そのままあっさりと雷に焼かれる。
  アホかボケ。
  「わざわざそんな囀り聞いてやる道理なんてないでしょうに」
  部隊を仕切ってた幹部が瞬殺された瞬間、伏せていた連中が一斉に姿を現して敵意を剥き出しにした。
  どの顔にも功名心がある。
  そりゃそうだ。納得。
  最近の幹部集団ブラックハンドは、メンバーが欠けたらすぐ次を選抜している。
  私の首は最高の手柄首。
  私を殺して今の死んだ幹部の階級をそっくりそのまま頂こうというわけだ。
  しかーしっ!
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ブーストブーストブーストブーストブーストブーストブーストぉっ!
  魔力を増幅。
  爆発的に高められた魔力を一気に解き放つっ!
  「神罰っ!」
  
バチバチバチィィィィィィィィっ!
  雷撃が周囲を荒れ狂う。
  木々を吹き飛ばし草原を焼き尽くし岩場を粉砕する。
  そこに隠れている奴らもそのまま一掃される。
  使い場所さえ間違えなければ圧倒的な数でも簡単に蹴散らせるだけの威力と効果範囲を秘めている。
  実際、これを食らって生きていられる奴はいない。
  無差別的なまでの効果範囲だから人口密集地では使えないという決まり事もあるけどね。
  ……。
  街中でもいざとなったら使うかな?
  んー。微妙。
  「はあはあ」
  もちろん。
  それだけの威力の魔法を使ってのだから、私の疲労も半端ではない。
  魔力増幅により一時的に気分が最高に高揚するものの、醒めていく感じは正直きつい。気を抜けば倒れそうだ。
  でもそれだけの意味はある。
  闇の一党は今ので完全に消し飛ばした。
  この場にいる奴らは全滅。
  「はあはあ。さ、最近、闇の一党次から次へと刺客送ってくるけど……オブリ無双かこれは……?」
  既に倒した数は200は越えてる。
  私ってば普通に大量虐殺の犯人状態。
  「はあはあ。あー、疲れた」
  パタリ。
  道の往来で大の字になって私は倒れた。空は青くて、綺麗で、高いなぁ。
  疲れたぁ。
  「はあはあ。それにしても、闇の一党の質も落ちたなぁ」
  正直に、それは思う。
  幹部クラスも結構な数消してるけど、あまり強かった奴は記憶にはない。アマンダと夜の母は殺し損ねてるから、それなりに歯応え
  があるわけだけど……それ以外は普通に雑魚に毛が生えた程度だった。
  ……。
  ああ。
  唯一、コロールで戦った毒女は戦い方次第では追い詰められた可能性はあるかな。
  でもそれだって決定的には強くなかった。
  旧ブラックハンドはそれなりに強いの揃ってたし、性格も個性的な奴ら多かったなぁ。
  まあいいや。
  どの道殺し合うなら、雑魚っぽい方が戦い易い。
  結局そこに尽きる。
  がばぁっ!
  大の字で転がっていると突然何かが私に覆い被さる。
  「うひゃあっ!」
  「フィー好きー♪」
  「……はっ?」
  抱きついて来たのは、アントワネッタ・マリーだった。
  気がつくとニヤニヤ顔のテイナーヴァとゴグロンの姿もある。
  ……このタイミングで出てこられると疑心暗鬼になるじゃん普通に。わざとやってんじゃないだろうね?
  「ど、どうしてここにんのさ?」
  アンを穏便に引き剥がし、私は立ち上がってアン、テイナーヴァ、ゴグロンを見た。
  テイナーヴァが口を開く。
  「視察だよ、フィー」
  「刺殺? 私を?」
  「……? 意味が分からんが……まあ、俺達はシェイディンハルの黒の乗り手の支社の視察に行くんだ。業績が悪いんでね」
  「ふーん」
  黒の乗り手。
  元シェイディンハル聖域の面々が始めた郵便配達を業務とする会社。
  これが画期的な発想で、瞬く間に各都市に支社が出来上がった。今では元暗殺者達は全員が役付だ。
  本社はスキングラードのサミットミスト邸。
  私達が住むローズソーン邸と同じ通りにある、ご近所だ。
  「それにオチーヴァに言われたんだ。あれでオチーヴァ、お前の事を心配してるんたぜ?」
  「心配?」
  「旅は道連れってな。俺達が一緒なら、闇の一党に襲われたって負ける事はねぇだろ?」
  「……じゃあもう少し早く来てよ」
  そしたら神罰は使わずに済んだのに。
  もちろん感謝もしてる。
  私は微笑しながら軽く頭を下げた。心配か。あの家族らしい発想だ。
  それにテイナーヴァ、ゴグロン、アン。元シェイディンハル聖域の中でも強い部類に入るメンツ。確かに楽は出来そうだ。
  「頼りにしてるわ」
  「がっはっはっはっ! 任せとけ、フィー。ハッピーハッピーハンティング♪」
  豪快に笑い、妙な歌を歌い出すゴグロン。
  これで楽も出来るしシェイディンハルまで暇せずに済みそうね。
  「じゃあフィー。あたし達の愛の逃避行をゴー♪」
  「すいませんお姉様貴女はこのまま帰ってくださっても結構なんですけど」
  おおぅ。


  旅は道連れ世は情け。
  旅の同行者が増えると自然、歩みは遅くなる。馬に乗ってるの私だけだし。
  それでも楽しい。
  シェイディンハル付近に来るまでに3日も掛かった(私だけなら2日で到着している)ものの、それでもそれだけの価値があるほど
  満ち足りた旅程だった。それは否定しようがないし、否定しない。
  「まったく、お前の豪快さには参ったぜ。がっはっはっはっ!」
  「ゴグロンほどじゃないわ」
  オークに豪快だと称えられる。光栄なのかその逆なのかは不明。
  まあ、どっちでもいいけどさ。
  テイナーヴァが口を挟む。
  「話は変わるがその夜の母だっけか?」
  「そう。夜の母」
  あまり思い出したくはないほどの醜態な一件ではあったものの、皆には話した。隠すほどではないから。
  思い出したくはないけどね。極力。
  「薬か術かは知らんが、フィーの自由を奪ったんだろ?」
  「うん」
  「くっはぁー♪ フィーの自由を奪う……あたしそれだけでもご飯三杯いけます♪」
  アンのコメントは無視の方向で。
  話進まないし。
  テイナーヴァは首をかしげた。
  「変な奴だな。見てるだけなんて。俺ならそこで殺すぞ?」
  「そこなのよ」
  そう。
  タマネギの言葉で我に返った時、アマンダと夜の母は術中に嵌った私の姿を見ていただけ。私ならそのまま殺す。
  ……ううん。
  私じゃなくても、普通なら殺す。
  なのになにもしなかった。
  千載一遇の機会なのに何もしなかった。それがずっと引っ掛かってた。
  「ねぇー」
  「ともかくテイナーヴァ、私が思うに……」
  「ねぇー」
  「……はいはい。忙しいから後でね、アン」
  「聞いてってば」
  「分かった分かった。何? エロエロなトークは駄目よ」
  「……じゃあ、いいや。何でもない」
  「……」
  エロエロなトークだったのかよ。
  こ、こいつすげぇっ!
  「フィー」
  「何、お姉様? 今は真面目な話してるの。変な話なら……」
  「そうじゃないよ。あのね、そいつらフィーの心を壊したかったんじゃないの?」
  「心を?」
  「うん。殺したいほど憎いのかは知らないけど、それだけ憎い相手の精神を破壊させて人として成り立たない存在に貶めるの。それ
  はそれで動機としては成り立つんじゃないのかな」
  「……なるほど」
  確かに。
  それはそれで成り立つだろう。
  だとするとあいつらは私の精神崩壊狙いだったのか。薬か術かは知らんけど、確かに私の精神は操作され、無力になっていた。
  全てに怯え、全てに恐れ、哀願し、命乞いするような精神状態に追い込まれていた。
  それが夜の母の手か。
  ちっ。ムカつく奴だ。
  「凄いわね、お姉様。感服したわ。……まともに考える頭はあるのねー」
  「ひどぉいっ!」
  「あっはははははははっ」
  「でもフィーが泣いて命乞いかぁ。くっはぁー♪ 何か高揚してきちゃうなぁー♪ 高鳴る胸、ああ胸の疼きが止まらないー♪」
  「変態かお前は」
  ……ちくしょう。
  実際には泣き叫んでいない(あくまで虚ろに突っ立ってただけ)のに、いつの間にかリアルに泣き叫んで命乞いしてたみたいな展開
  になっているような気がする。話すべきじゃなかったかなぁ。
  まあ、いっか。
  「でもフィーが後れを取るなんて珍しいね。強い女の子なのに」
  「たまにはね」
  「強く気高い女豹の仮面を被るフィーちゃんは、実はあたしの前では甘えた可愛い子猫ちゃんです♪」
  「いや意味分かんないから」
  ゴグロンが豪快に笑った。テイナーヴァも。
  私はソッポを向く。
  「フィー、怒った?」
  「さあね」
  「ねー。ハーランズ・ウォッチに行かない?」
  アンの唐突な提案。
  シェイディンハルからすぐ側にある集落だ。まあ、村だ。人口はわずか。シェイディンハルに向かう途中にある……のではなくあくまで
  付近にあるだけなのでわざわざ旅人はそこには行かない。
  都市への中継地点としては機能しないし、そこに行くくらいならそのままシェイディンハルに行った方が早い。
  特別な用件がない限りは普通、近付かない。
  「何かあるのお姉様?」
  「おいしいスイーツがあるって情報誌に書いてあった。皆で行こうよー♪」
  「俺らはパスするよ。仕事があるからな。じゃあフィッツガルド、楽しんできなよ。行こうぜ、ゴグロン」
  「おうっ!」
  「バイバーイ♪」
  ……。
  手を振って去っていく。
  2人とも、もしかして気を利かせたのか?
  ……ちくしょう。
  「じゃあ2人で食べに行こうか♪」
  「私を食べるってオチじゃないでしょうね?」
  「フィーを食べる? あたし意味分かんない。それってどういう意味? どういう意味?」
  ……ちくしょう。



  ハーランズ・ウォッチ。
  前述した理由で賑わっていない人口わずかな閑静な村。
  静かな村。
  それはそれで、持ち味だとは思う。
  何も賑やかなだけが集落の醍醐味ではないはずだ。
  見た目からして長閑そうな村だ。
  しかしどうも今日は違うらしい。住人達が血相を変えて外で話し合っていた。
  「……まずい」
  嫌な予感がした。
  これはいつもの《強制参加のイベント》というやつではないか?
  回避不可なんだよなぁ。
  「……」
  「フィー?」
  回れ右して私は来た道を戻る。
  シェイディンハルに行って、高潔なる血の一団のお仕事こなさなきゃーっ!
  ……。
  頼むから厄介事の相談は屋内でしてください。
  おおぅ。
  「どうしたのフィー? 行かないの?」
  「う、うるさい」
  そこで口を開いたのがまずかった。
  ダンマーの女性が小走りで近付いてくる。ひ、人に頼らず自分で厄介は解決しろーっ!
  「あの、冒険者の方達とお見受けしますが。助けてくれないでしょうか?」
  「冒険者ではありませんっ!」
  断言。
  私はそのままこの場を後に……。
  「あたし達は姉妹で旅行してるの。冒険者じゃない」
  お姉様ありがとーっ!
  ナイスフォロー。
  「姉妹? まあ、何て素敵な姉妹なんでしょう。仲良しなんですね、一緒に旅行するなんて。誰もが羨む姉妹愛をお持ちですね」
  「でしょー? ……あっ、困ってる事あるならあたし達が相談に乗るよ?」
  「ほんとですかっ!」
  「うん」
  ……お姉様、陥落。
  うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこいつ誉め殺しに弱すぎるーっ!
  結局引き受ける事になるのかよ。
  ……ちくしょう。





  ダンマーの女性は、ドララナ・シーリスと名乗った。
  最近、付近にある《沼地の洞穴》に魔術師が1人流れてきたらしい。
  お互いに非干渉。
  別にハーランズ・ウォッチの住人は気にしていなかったし、特に恐れてもいなかった。洞穴に所有権はないし、洞穴や砦跡には
  そのような類の者達が住まうのは一般的だ。だから気にも留めていなかった。
  しかしそれが間違いだった。

  洞穴から何かの爆発音が響き渡って家畜は怯えるし、住人は眠れない。
  大量のマッドクラブが洞穴から溢れ出して来て村に侵入して農作物を滅茶苦茶にしてしまった。
  農作物全滅の影響でマッドクラブを主食にしてきたものの、毎食カニはもう飽きた(贅沢な奴らだ)らしい。
  まだまだ、陳情はある。

  正直、この依頼を持って戦士ギルドに任せてもいいのだけど……問題は私が戦士ギルドの幹部という事だ。
  ブラックウッド団の存在により依頼は減った。
  その影響で構成員は向こうに寝返るか、ギルドに見切りをつけるかのどちらかであり、メンバーは次第に減りつつある。
  慢性的なメンバー不足。
  前回のアンヴィルの戦士ギルド支部への援軍もその影響であり、幹部待遇で私が加盟を請われたのもその影響だ。
  構成員不足。
  つまり、依頼を持っていってもそのまま私に回ってるだろう。
  この村の連中が直接戦士ギルドに依頼すればいい?
  ……それでも私に何故か回ってくる気がする。私今年は運が悪いし。

  はいはい。
  分かりました分かりましたよ。
  どうせ最終的には関わらないと行けなくなるだろうから、とっとと片付けるとしよう。
  ……はぁ。
  ……面倒だなぁ。





  「冒険冒険ー♪」
  「はぁ」
  頭痛くなってきた。
  沼地の洞穴内に入り、進む事数分。特に何事もなく進めている。そこは、いい。
  頭痛い原因はアン。
  妙にはしゃいでいる。ハイテンション過ぎ。
  ……。
  まあ、意味は分かる。
  今までは闇の一党の暗殺者以外の物事は知らなかっただろうから、全てが新鮮で楽しいのだろう。冒険は楽しいのは私も同じだけど、
  時と場合による。自分のペース以外での冒険は、持ち込まれた厄介絡みの冒険はいささか面倒。
  ふぅ。
  まっ、アンはこれでなかなか強い(剣術だけならどう転ぶか分からない)から、楽は出来そうだ。
  それに1人じゃないから気が滅入る事もあるまい。
  話相手がいるいないでは大きく変わる。
  まあ、正直なところ話相手がうるさすぎるけどさ。
  ふぅ。
  「フィーは冒険楽しくないの?」
  「冒険というか仕事だからね」
  「……?」
  「まあ、受け取り方の問題よ」
  「ふーん」
  「それにしても……気になるなぁ」
  「あたしのスリーサイズ? くっはぁー♪ その手で測っていいよ♪ フィーってばほんとに所構わずエロエロなんだからぁー♪」
  「すいません貴女にエロエロと言われると一番腹が立つんですけど」
  ……ちくしょう。
  いつも満面のニコニコ顔。
  この顔に何度騙されてきた事か。……この先もこの顔にやり込まれるんだろうなぁ。
  計算しているのであればこの娘、素晴しいまでに頭良いわね。
  「それでフィー、何が気になるの?」
  「それは……」
  答えようとして、私の顔が強張った。洞穴の奥から淡い碧の光が迫ってくる。
  ヴォン。
  一瞬だった。
  気付いた次の瞬間には、その光は私達を通り過ぎていた。
  「……」
  「……」
  お互いに無言。
  特に支障はないみたい。
  もちろんすぐには異変には気付かないだろうけど、感じ的には何の変化もない。
  「……」
  「……」
  もちろん、自然現象ではない。
  この洞穴に潜む魔術師の魔法実験か何かなのだろうけど……それが何か分からない限り、手の施しようがない。
  ただ問題は……いつの間にアンは私の反対側に移動したのだろう。
  さっきまで左隣だったのに、今では右隣だ。
  ……あれ?
  ……隣にいるの、私だ。
  ……はい?
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ入れ替わってるーっ!」
  「うっわすげぇー♪ あたしがフィーなんだぁ♪ ……むふふふふふふふー……」
  「揉むな私の胸をムニュムニュするなセクハラやめろーっ!」
  「今はあたしの体だもん。別に問題なっしんぐ♪ くっはぁー♪ 柔らけー♪」
  「変態かお前はーっ!」
  入れ替わっている体。
  何の想像力ない奴でも分かるぞこれは。問題は、あの碧の光だ。
  しかしどんな魔法だこれは?
  こんなの聞いた事もない。解きようがない。
  ……いや呪いの類なら、どこの街でもいいから聖堂に行って聖職者に解いてもらえば……。
  ……って、アンっ!
  「何帰ろうとしてるのよあんたはっ!」
  「仕方ないよ。諦めよう」
  「はっ?」
  「これはこれで新鮮なドキドキナイトの始まりだから別に良いじゃん。……むふふふふ、フィーの体でフィーを抱くー♪」
  「……自分の言動に責任持てるのかお前はアダルトサイトじゃないぞここは」
  「それどういう意味?」
  「えっ? さ、さあ、私も混乱してるから何口走ってるのか不明。……と、ともかくっ! 奥に進んで魔術師とっちめるわよっ!」
  「えー。あたしはこのままでいいよ」
  「よくないっ!」
  不毛だ。
  不毛過ぎる。
  ともかく奥に進んで魔術師を叩きのめした後で、術を解かそう。
  ……待てよ?
  「毒蜂の針」
  誰に放つでもなく、魔法を発動させるものの……発動せず。
  体と魂が完全にリンクしていないらしい。
  「ちっ」
  「それでどうするの?」
  「とりあえず奥に進もうかなとは思うけど、私の体でうまく動ける? 多分お互いに勝手が違うと思うけど」
  「大丈夫。暗殺姉妹の連携見せてやろ♪」
  「了解」
  奥に。


  最奥には、研究機材が持ち込まれていた。
  何かの文献が山積みとなり、どうやって運んだかは疑問ではあるものの簡易型のベッドもある。
  食料品や日常雑貨もある。
  魔術師はここに住んでいるのだろう。現在進行形でね。
  そして魔術師には心当たりがあった。
  ハーランズ・ウォッチの被害を聞いた時ににピンと来た。
  「アンコター。いないの?」
  十中八九、アンコターだろう。
  以前、帝都周辺の村エイルズウェルで透明化事件が起こった。その時の犯人がアンコター。
  魔術師ギルド所属でアルケイン大学にも出入りできる魔術師。
  確かに強大な魔力&独創的な発想は賞賛に値するものの、天上天下唯我独尊な性格であり世間一般の魔術師像を体現して
  いるような奴だ。
  前はエイルズウェル南のカラクタカス砦に研究の場にしていたものの、ここまで流れてきたらしい。
  ……。
  ちなみに私が運が悪い最大の原因はアンコター。
  透明化を解いた影響で運が消失した。
  そして今回も厄介の原因はアンコターか。何か私によく祟るなぁ。
  「誰だ勝手に入り込んでオブリビオンの彼方に叩き落すぞっ!」
  前も同じ事を言われた気がする。
  間違いない。アンコターだ。
  「どこにいるのよ?」
  「いないねぇ」
  どこにも見当たらない。
  ……。
  ああ。
  そもそもあいつはあの時透明化してたから、今も透明化しているのだろう。しかし透明化しても気配は消せないはず。
  ただの研究一辺倒の魔術師に気配を消す技量があるとは思えない。
  「アン」
  「人の気配はしないよ」
  「……ふむ」
  アンの気配を読む力量は私を遥かに超えている。
  アンが断言する以上、いないのだろう。
  人はいない。
  いるのはネズミだけだ。
  まあ、シロディールのネズミは総じてでかい。犬や猫ぐらいのサイズのものが結構多い。
  ここにも大きなネズミがいる。
  「さっさと出ていけっ!」
  ネズミが喋ったっ!
  私とアンは思わず抱き合うぐらい、びっくりした。しかし冷静に考えると、それほど驚く事ではない事に気付き、アンを引き剥がす。
  コホン。
  咳払いを一つ。
  私とアンが入れ替わっている現状から考えると、答えは一つだけだ。
  「ハイ。久し振りね、アンコター」
  「何故私の名を……」
  ネズミが戸惑う。
  やっぱり。
  ネズミと体を入れ替えているんだ。……ま、まあ、理由は知らんけど。
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。ほら、カラクタカス砦で会った、アルケイン大学の魔術師よ」
  「おーおー、思い出しましたよ。しかし随分と顔が変わりましたね。……何か人生のトラブルですか?」
  「……人生のトラブルで肉体入れ替わってたまるか」
  「入れ替わる? ……ああ、今の実験に巻き込まれたのですか。すぐに解いて差し上げますよ」
  「助かるわ」
  「それよりもまずは研究の見学でもされます? インテリ同士でないと話は合いませんからね。はははははははっ」
  「……」
  前もそうだったけど、私に妙な仲間意識を持ってるのは確かだ。
  確かにアルケイン大学に立ち入れるのは一握りのエリート魔術師だけ。そう数は多くない。
  まあ、インテリの中のインテリだ。
  大学に籍を置く連中の中には他人が馬鹿に見えるという奴も少なくない。アンコターがどういう類の奴かは知らないけど、相当な
  インテリだからそうそう話が合う奴はいないだろう。
  やっている事は暴挙に近いけど、天才には違いない。そこは否定しないし、能力を正当に評価してる。
  アンコターは天才だ。
  ……天災かなぁ。
  「これが変な魔術師?」
  「そう」
  疲れた口調で私は答える。
  実験の場に私達は居合わせたらしい。肉体交換は、まあいい。問題は何の理由があっての肉体交換だ?
  アンコターはネズミになってる。
  何の理由で?
  「どうしてあんたネズミになってんの」
  「よく聞いてくださいました。最近ここに流れてきたんですけどね、前の時と同じように付近の住人は文句ばっかり言ってくるの
  ですよ。アルケイン大学の権威も、研究の意義も判ろうともしないっ! 実に情けない世も末とはこの事ですっ!」
  「……世も末よね」
  同意するものの、私はアンコターに対してのコメントだ。
  こいつがアルケイン大学在籍だとはね。世も末だよ本当に。
  ……私が評議長になったら除名してやろうかしら。
  アンコターの憤慨は続く。
  ああ。そういや前回もこんなんだったなぁ。
  「マッドクラブが大量発生して農作物全滅なら毎日カニ三昧の日々でしょう満ち足りるでしょう毎日が贅沢曜日っ! なのにカニは
  食い飽きただのと抜かすんですよっ! じゃあエビでも大量発生させてやれば満足なのかっ!」
  「……」
  「爆発音で夜も眠れないなら昼寝したらいいじゃないですか昼夜の概念に縛られる理由はないでしょうにっ!」
  「……」
  「文句ばっかり言いに来るから、ネズミと肉体を交換したら住人に気付かれる事もないと思い、実験を続けていたのですっ!」
  「だから根本的に間違ってるって」
  「分かってます分かってますともリレンツェの法則でしょうやっぱり博識ですね貴女っ! 心配ご無用っ! 現在のところはまだ肉体
  と魂が完全にリンクしていないので術を解く事は可能です。しかしいつの日か法則を超えてやりますよふははははははははっ!」
  「……」
  魔術師ギルドこんなんばっか。
  政治馬鹿か研究馬鹿しかいないのか知識の最高峰のアルケイン大学は昔日の栄光かっ!
  ハンぞぅ、内部改革した方がいいよー。
  ほんと馬鹿ばっか。
  はぁ。
  「フィー。つまりは……?」
  「戻れるみたいね」
  「ちぇっ。今夜が楽しみだったのに」
  「いや残念そうな顔する意味分かんないから」
  ……ちくしょう。
  ネズミの体のアンコターは、熱心に資料を漁っている。
  これはこれで、可愛いように見えるけど……ネズミと肉体交換する意味が分からない。
  そもそも背丈的にテーブルにも届かないだろうに。
  天才だけど馬鹿だ。
  まあいいけど。
  「そうそう。以前私の不手際で運が消失したとか」
  「えっ? ええ」
  「戻し方は知りませんが、お詫びに魔法を教えて差し上げましょう」
  「……魔法ねぇ」
  嫌な予感するなぁ。
  どんな副作用があるか分かったもんじゃない。
  アンコターは続ける。
  「これは過去の魔術師が開発した魔法なんですがね。たまたま古文書を読み耽っていた際に見つけました。そこのテーブルの上に
  ある本を取ってください。私では届かないので。その本の中に、紙切れが挟まってるでしょう?」
  「えっと……これ……?」
  本を開き、挟まっていた紙切れを取り出す。
  文字が書かれている。
  ルーン文字でもなければアイレイド文字でもない。共通語で、意味不明の文字の羅列が記されている。
  「それを差し上げますよ。不運の報酬ってやつです」
  「これスクロール?」
  「左様にございます。ただし特別製の」
  スクロール。
  魔術師が紙切れ(主に羊皮紙を使用。紙なら何でもいいのだが保存性を考慮して)に魔法を込めた代物の事だ。
  例外なく一度使用したら文字は消え、ただの紙になる。
  別に魔法に何の造詣がないものでも使える為に、結構な需要があり、魔術師ギルドの収入源の一つだ。
  しかし特別製ねぇ。
  少し興味が湧いた。それに別の魔術師が作ったものだし。
  アンコター製作ではない限りそれほど怖くはなさそう。
  「特別製って?」
  「使用したら習得できます。永遠に」
  「へぇ」
  私がアリスに魔法を教えた原理と同じか。
  完全に定着するらしい。
  「何の魔法?」
  「ドラゴニアンをご存知で?」
  「ドラゴニアン? 見た事はないけど、知ってる。……てか本当にいるの?」
  「さあ。そこは私も知りません。まあ、ともかく、この魔法はドラゴニアンの防御力を一時的に得られる魔法です。物理的に無敵に
  なれます。効力は一分間。一度使うと24時間は使えません。肉体の変化なく、強力な防御力を得られます」
  「へぇ。凄いじゃないの」
  「もちろん真偽は知りません。そう記されているだけですから。ただそのスクロールを調べる限り、文献通りの魔法の波長を感じま
  すね。私は見ての通りの研究派。なので戦闘用の魔法には興味がないのです。差し上げますよ」
  「ありがと。助かるわ」
  しかし見ての通りの研究派って……ネズミじゃん、あんた。
  無敵の防御力か。
  一分間の効果で、使用回数は一日一回。
  副作用あるかもしれないけど……でも確かに波長的にはそんな類の魔法ではある。
  「フィー。副作用で寝たきりになってもあたしが生涯お世話するからね♪」
  「え、縁起でもない事言わないでよ」
  永続性のあるスクロールかぁ。
  世の中まだまだ知らない事ばかりだ。しかし一度使うと、このスクロールはただの紙になる。
  つまり込められた魔法が私の中で生き続けるのだ。
  アンコターの魔法の副作用で運が消失したとはいえ、不運の報酬としては確かにお釣りが来るほどの魔法ではある。
  「ありがたく貰っておくわ。アンコター」
  「どうぞどうぞ。私には必要ないものですから。……ああ、私は近々また別の場所に拠点を移しますのでまたどこかで会えたら
  いいですね。私のインテリを理解出来るのは、今のところ貴女だけですから」
  「……あはははは」
  力なく私は笑う。
  正直、私も理解出来てません。
  おおぅ。





  魔法習得。

  《竜皮》
  一時的にドラゴニアン級の鋼鉄の防御力を有する事ができる。
  外観は一切変化なし。
  効果時間は一分。
  使用限度は一日一回。
  ほぼ無敵の防御力を有する事が出来るものの、あくまで物理的な防御力だけであり魔法攻撃には意味を成さない。
  副作用はなし。

  







  シェイディンハル市内。
  テイナーヴァ&ゴグロンと宿で合流。
  無駄に疲れるアンコターとの掛け合いではあったものの、それなりに魅力的な報酬だった。
  「ハイ。お待たせ」
  「お待たせー」
  華やかな女性2人の声に、2人は顔を見合わせる。
  テイナーヴァ、妙な目付きで私達を見ている。
  「アントワネッタ、お前さんは妙に大人びた喋り方してるし、フィーの方は妙にテンション高い甘えた声だな? 何かあったのか?」
  「はっ?」
  一瞬、意味が分からな……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  肉体元に戻してもらってなかったーっ!
  私はアンの体。
  アンは私の体。
  魔法習得に舞い上がってて根本忘れてた。
  むぎゅー。
  アンが、私の体で抱き付いてくる。意外そうな顔をする二人。
  つまり私(中身はアン)からアン(中身は私)に抱きついたように見えるのだろう。
  ついでに胸とお尻を触ってるように見えるのだろう。
  「アン好きー♪ お姉様私の体をむちゃくちゃにしてーっ! お姉様がいないともう生きていけないのー♪」
  「やめろーっ! 私の顔と体と声でその振る舞いはやめろーっ!」
  わ、私のクールなイメージが崩れてくーっ!
  ……ちくしょう。