天使で悪魔





仲間





  当初の目的。
  スキングラードのローズソーン邸を出た時は、フィフスを探したい一心だった。
  それがいつの間にか大きな事件に巻き込まれている。
  人生、何が起こるか分からない。
  
  仲間が出来た。
  神様嫌いなアーケイ司祭のシャルルさん。
  ドラゴニアンで、あたしを崇拝してくれてるチャッピー。
  姉御肌の吸血鬼ハンターエスレナさん。
  元シャドウスケイルの暗殺者で現在はガイドのスカーテイルさん。
  皆、あたしの仲間。

  今、あたしは異世界にいる。
  今、あたしは……。





  狂気の館を彷徨うあたし達。
  死霊術師ファウストは叩きのめした。当分は眼が醒めないだろうし、今度は全身を鎖でグルグル巻きにしてるから簡単には抜け
  出せないはず。
  まあ、手錠引き千切った前例はあるけれども。
  ……。
  正直、殺した方が早い。
  後腐れもない。
  ただ、システィナさんから拘束して欲しいと言われている。遠征の際に援助もしてもらった。
  つまり恩がある。
  それにこの国の事情もだ。
  ファウストから反乱分子の情報を色々と引き出す腹積もりだろうし、顔は立ててあげないといけない。
  それでも。
  それでも、殺した方がいいとは思う。
  あたしの本心はね。
  「無駄に広いですねぇ」
  溜息混じりにシャルルさんが呟いた。
  坂道を行くあたし達。
  狂気の館の広さは果てしない。ファウストを伴って進むのであれば道が分かる……んー、却って危険だよなぁ。
  鎖で拘束して放置して来たのは正解かも。
  「あの、シャルルさん」
  「何です?」
  人間じゃないってどういう意味ですか?
  ……。
  聞きたかった。
  聞きたかったけど、あたしの前身も結構あやふやで、不透明。
  人の事を聞ける立場ではない。
  それに、例え聞ける立場だとしても聞くべきではないだろう。それは軽率であり、軽薄な行動だ。
  慎まなきゃ。
  「眼鏡お前人間じゃないのかい?」
  「エスレナさんっ!」
  非難する。
  彼女は立ち止まり、あたし達も立ち止まった。
  「はっきりさせとこうじゃないか。皆気になってんだろ? フォルトナ、あんたもだ」
  「それは、その、そうですけど」
  「だったら聞こうじゃないのさ。眼鏡、お前何者だい?」
  ストレート過ぎる。
  この場合、どうなんだろ?
  回りくどく聞くよりも……ううん。そもそも聞くこと自体が間違いなのかもしれない。
  それでももうエスレナさんは疑問を口にしてしまった。
  一度口にした事はなかった事にはならない。
  「……」
  場を沈黙が支配した。
  気まずい雰囲気。
  コツ。
  靴音を立てて、シャルルさんが一歩下がった。仲間から距離を置くように。
  「いきなりエスレナさんに斬りかかられても困るので下がらせてもらいましたよ」
  「あたいが斬る?」
  「はい」
  「眼鏡、あたいは別にあんたが何者でも斬りゃしないよ」
  「僕が吸血鬼でもですか?」
  「……っ!」
  吸血鬼っ!
  他者の血を吸い、時間の概念に縛られない存在。
  本来の能力が20パーセントほど増強され、様々な特殊能力を得ると言われている。
  その反面、日光に弱い。
  常に血の衝動に支配される。その衝動を抑え切れなくなった時、自我が崩壊してただの獣に成り下がる。
  ……。
  だとすると、シャルルさんは高位の吸血鬼?
  ローズソーン邸に一緒に住んでるヴィンセンテさんも血の渇きを抑えられる能力を有しており、とっても紳士的。
  あれ?
  だけどシャルルさんが吸血鬼なら、陽光は?
  向こう側の世界では日中、普通に歩いてたけど。
  ……?
  「吸血鬼?」
  「ええ」
  「そりゃ冗談かい? それとも……本気かい?」
  「一応、僕は空気読めるつもりです」
  「じゃあ本気ってわけだ」
  すぅぅぅぅっ。エスレナさんが眼を細める。
  空気が凍った。
  あたしが取り成そうとした瞬間、エスレナさんが動いた。抜き打ちでシャルルさんを斬って捨てようとする。
  白刃が閃いた。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「オイタはやめな。みっともないぜ」
  「くっ!」
  スカーテイルさんが間に入り、エスレナさんの剣を弾いていた。
  ほっ。一安心。
  「エスレナさんっ!」
  「分かってる分かってるよフォルトナ。……試しただけさ」
  「試した?」
  「斬るつもりはないよ。寸止めするつもりだった。……眼鏡は動かなかった。つまり、やましい事はないってわけさね」
  「……」
  あたしはほっぺたを膨らませた。
  試した?
  試した?
  試した?
  動かなかったからやましくない?
  そんな理屈ありえないっ!
  腹が立った。
  「エスレナさん」
  「なんだい?」
  「ネーミングセンスゼロっ!」
  「……っ!」
  言ってやった。腹いせ紛れに言ってやったーっ!
  スカーテイルさんは大爆笑。エスレナさんは、ソッポを向いた。
  あんな試し方、あたしは認めません。
  「シャルルさん」
  「認めてくれるんですか? 僕を?」
  「仲間じゃないですか」
  「ははは。それは光栄ですね。……一応はトカゲさんの救出がメイン。これ以上の時間の無駄は避けた方が良いですね。例え
  ファウストが行動不能だとしても。続きは歩きながら話すとしましょうか」
  「はい」
  あたし達は歩き出す。
  奥へ奥へ。
  下へ下へ。
  一歩ずつ確実に。悪意渦巻く、この狂気の館の最奥に。
  一歩ずつ……。

  「僕の生まれはシロディールですが、両親の都合でスカイリムにある寒村に住んでました」
  歩きながら淡々と語る。
  今のところ長い長い回廊を歩いている。先はまだ見えない。
  とりあえず敵はいない。
  罠?
  罠は多分ないと思うなぁ。
  そこら中に罠があったらファウストも暮らし辛いだろうと言うのがシャルルさんの意見だ。
  その通りだと思う。
  ……。
  ま、まあファウスト完全に狂気な人だから常識通じないだろうけど。
  そう考えると罠ありそうで怖いなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「フォルトナさんにも言いましたけどね、その村で疫病が流行しました。血友病です」
  「血友病?」
  「おやフォルトナさん。知らないんですか?」
  「はい」
  基本的にあたしはモノを知りません。
  闇の一党だもん。育った場所。
  あたしが知ってる常識も、一般社会の常識ではない事が多々あった。
  読み書きも最近だしぁ。
  「簡単に説明しましょうかねぇ。……やれやれ知らなくても空気読んで知ってると言ってくださいよ」
  「まったくだよフォルトナ。いちいち説明が間に入っちゃまともに聞けやしないじゃないのさ」
  「俗に言うところの空気読み人知らずってやつだぜ」
  ……あたしが悪いの?
  「す、すいませんでしたっ!」
  とりあえず謝るあたし。
  あ、あたしはフラガリアのリーダーなのにーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。


  血友病。
  それは吸血鬼に引っ掻かれたり噛み付かれた際に感染する病気。
  倦怠感を伴う程度で実害はない。
  しかし体内では驚異的なスピードで変化が起こっており、血友病を3日間放置すると体内に入り込んだ菌が変異して吸血病へと
  移行する。血友病は3日の潜伏期間がリミットであり、それを過ぎると吸血鬼へと変貌してしまう。

  治療法。
  血友病は既に特効薬が開発されており、薬での治療が可能。
  また聖職者による洗礼や魔法での治療法もあり、感染の自覚さえしていれば吸血病への移行は比較的簡単に防げる。

  しかし菌が完全に変異して吸血病になった場合は完治不可能。
  まだ治療薬が確立されていない。
  吸血鬼として生きていく事を余儀なくされる事になる。



  「……とまあ、こんな感じです。分かりましたか、無恥なフォルトナさん♪」
  「あの、あたしは無知なんですけど」
  「響きで違いが分かるなんて詩人ですね♪」
  「……」
  つかみ所ないなぁ。相変わらず。
  シャルルさんって自分のペースを乱す事なんてあるのかなぁ。
  ……。
  黄金帝での一件は……うん。あれは仕方ないよ。
  黄金帝の魔力で心惑わされてたようなものだから、あれは別件。
  「余談ですがアルケイン大学の、名前は覚えてませんがある女性が《吸血病の治療薬》という論文を発表しました。実存する治療薬
  を大学に提出して大いに騒がれてました。まあ、そこはいいですね。さて……えっと、どこまで話をしましたっけ?」
  「血友病が蔓延したというところです」
  「ああ。そうそう。そうでしたね」
  疫病は前に聞いたけど、血友病だとはあの時は言わなかった。
  ……。
  怖かったのかなぁ。
  知られるのが。
  「僕の住んでいた村は寒村でね。治療薬を買うお金すらなかった。……亡くなった両親の後を継いでアーケイの司祭には、まだ
  あの時はなっていなかったのでね。魔法で治療する事すら出来なかった」
  「集団感染かい?」
  「ええ」
  「だけどどうやって? 今まで聞いた事ないけどねぇ」
  「理屈は知りません。共同の井戸に誰かが血友病の菌を混ぜたのか、何か偶発的な……まあ、憶測にしかならないからやめま
  しょう。ともかく僕達は全員感染しました。そこで飲んだのが、村に伝わっていた薬です」
  「村に?」
  「ええ。抑制する効果がありました。僕達は延々とそれを飲んでいた。三日過ぎても誰も吸血鬼にはならなかった。だから効力は
  あったのでしょうね。僕達はずっと帝国の援助を待っていた。状況は既に伝えてありましたから。助けを待ってた」
  「……」
  あたしは歩きながら俯いた。
  この後の事は、既に聞いてる。
  帝国には最初から救うつもりなんてなかった。
  帝国の属領ではあるものの、スカイリムと帝国の間には確執があった。そういう情勢から見捨てた。
  そして帝国に従わないスカイリムの住人への見せしめの為に村を焼き払った。感染阻止の名目というオブラードで包んで。
  ……。
  帝国が嫌いになった。
  あたしは、シャルルさんの話を聞いて帝国が大嫌いになった。
  元々は好きでも嫌いでもなかったけど、今は嫌い。
  「結果だけ言えば帝国からの助けはありませんでした」
  「……」
  帝国の村の焼き打ちは故意に避けたらしい。
  思わず声を出しそうになったけど、あたしは堪えた。
  ここでわざわざ焼き討ちまで告白させる事はないのだ。
  続きの話を聞こう。
  「抑制の薬がおそらくは原因でしょうね。体の中に血友病が変異したらしいのですよ」
  「えっ? つまりその……吸血病ではないんですよね?」
  「さあ。それはどうでしょう」
  立ち止まるシャルルさん。
  つられてあたし達も。
  「見てください」
  自分の瞳を指差す。
  変哲のない、瞳。
  それが何なのだろう?
  「眼鏡、何を……」
  エスレナさんは言いかけて止まった。
  瞳の色が変わったのだ。
  金色に。
  爛々と輝く金色に。
  「……っ!」
  驚くあたし達ではあるものの、エスレナさんはそれよりさらに驚いたらしい。
  バッ。
  大きく飛び下がり、剣の柄を握った。
  抜刀はしていない。
  「エスレナさんっ!」
  「……いや。悪かったよフォルトナ。ただ金色の瞳は吸血鬼の証拠なんでね、体が勝手に反応しただけさね」
  吸血鬼の証拠?
  そういえば始祖吸血鬼であるヴァンピールの瞳の色も金色だった気がする。
  えっ?
  じゃあやっぱり、シャルルさんは吸血鬼?
  「ご想像の通りです。薬で抑制している間に変異した吸血病になっていたらしいのですよ。金色の瞳が証拠です」
  「……」
  「ただ血の摂取は必要ない。……そもそも牙がないんでね。瞳の色も……ほら」
  見る見る間に普通の色に戻る。
  「眼鏡、それは自分の意思かい?」
  「ええ。僕の意思で変わります。金色の瞳の時は吸血鬼としての能力増強状態が適応されるらしいです」
  「あっ」
  思わずあたしは声を上げた。
  確か以前ベッツ(三つの願い 〜堕落の代償〜参照)がシャルルさんの瞳を見て怯えた時があったなぁ。
  あの時も、突然金色に変えたのかな?
  「それで皆さん、僕を殺しますか?」
  静かな口調。
  剣の柄を握っていたエスレナさんは、柄から手を離して腕組み。殺す意思はないという事だろうか。
  「スカーテイルさんは? その、どうなんです?」
  「俺も大して気にはしないよお嬢さん。……それにフラガリアの財務係はあいつだろう? 殺しちゃガイド料もらえんしな」
  「……よかった」
  「仮にお嬢さん」
  「……?」
  「仮に俺やエスレナが敵に回った場合、あんたはどっちに付くんだ?」
  「考えてません」
  「……おいおい……」
  きっぱりと言うあたしに、スカーテイルさんは苦笑。
  他の皆も同じようなものだ。
  そんなに変な回答?
  ……。
  ううん。そんな事ない。
  少なくともあたしは仲間同士が戦わなければならない状況を想定していない。それは信じてるから。
  仮に戦いが起こったら?
  必ず止める。
  ……何をしてでも。
  「シャルルさん。あたし達、仲間ですから」
  「まったく。貴女という人は……」
  「えへへ」
  「……欲を言えば巨乳の女の子にそう言って欲しかったですけどね。まっ、ツルペタさんで我慢するとしますか」
  「……」
  「……フォルトナ。眼鏡の敵に回るなら、あたいはあんたに加担するよ」
  「……俺もさすがにあれは言い過ぎだと思うから、無料で仲間になってやるぜ」
  オチはこんなんかぁーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  


  カミングアウトにより、以前より仲良くなった気がした。
  ガチャ。
  そんなあたし達が行き付いた先は……。
  「……うわぁ」
  思わず寒気を覚えた。
  部屋には巨大な何かの装置。何かは分からない。ただ、その装置からチューブのようなものが伸びていて、空のガラス製の筒に
  繋がっていた。
  上にも同じようなのがあったから、強化生物を作る装置なのだろう。多分。
  それはいい。
  装置はいい。
  寒気を覚えたのは、そこでデータ収集をしているであろう面々だ。
  8人いる。
  それらは全員ファウスト。
  部屋に入って来たあたし達には一瞥もせずに働いている。
  一瞬、鎖を引き千切ってまた先回りしたのではないかと思ったものの8人に増える道理がない。
  ……。
  ……増えるかな?
  増えそうだなぁ。理不尽な行為でも平然とやってのけそうだもんなぁ。
  「ホムンクルスですね、これ」
  「これが?」
  「ええ。人格ない肉の人形です。与えられた指示を黙々とこなす連中ですよ。……ああ、餓死しない程度にね。お腹が減ったら勝手に
  モノを食べるし、排泄もします。こいつらは……そう、魂がないんですよ」
  「へー」
  分かったような分からないような。
  シャルルさんは続ける。
  「元々ホムンクルス開発を提唱したのは帝国の宮廷魔術師達です。労働力にするつもりだったんですね。ホムンクルスは言われた事
  はするし学習もする。個性ないのは特に問題ではなかった。そう、労働力として申し分なかった。しかし量産はされませんでした」
  「どうしてです?」
  「コストがね、高いんですよ」
  「へー」
  「そこで帝国が始めたのが侵略戦争。少し前までアルゴニアンは奴隷でしたしね。ホムンクルスに代わる帝国の労働力ってわけです」
  他意はないのだろうけど、スカーテイルさんは少し嫌な顔をした。
  それにしても勉強になるなぁ。
  さすがはフラガリアの参謀。
  「眼鏡。つまりこいつらは……殺されそうになっても、反撃しないのかい?」
  「ファウストに何を命令されていたかによりますね。命令されていない限りは反撃しません。命が奪われるとしてもね。ホムンクルスには
  個性がない。魂がないのですよ。感情もない。喋りすらしない」
  「そうかい」
  狂気の館での様々な《狂気》を見せ付けられてエスレナさんはむしゃくしゃしている様だ。
  腹いせにホムンクルスを殺すのだろう。
  あたしは止めた。
  「やめましょうよエスレナさん」
  「何で止めるのさ」
  「僕もやめた方がいいと思います。攻撃されたら反撃しろ、と命令されている可能性もあります。無駄なリスクは必要ないでしょう」
  「近付いたら殺せかもしれないじゃないのさ」
  「それはないです。ホムンクルスはそこまで細かい命令を聞くほど融通効きませんから」
  「ちっ。……むしゃくしゃする」
  誰もが気が立ってた。
  ファウストの所業を目の当たりにしながらも、システィナさんとの約束から殺す事が出来ない。
  この国にはこの国の都合がある。
  反乱分子と繋がり、色々な情報をファウストが握っている限り無思慮には殺せない。
  国の事情はあたし達には関係ない。
  それでも、約束は約束だ。
  ……歯痒いなぁ。
  「熱くなってるところ悪いが、日記みたいだぜ」
  ポン。
  日記の類を見つけてあたしに手渡すスカーテイルさん。
  ペラペラ。
  捲ってみる。どのページにもびっしりと文字が書かれている。余白なんて何もない。
  文字の書き方で性格なんて分からないけど、凄い神経質な人にも思える。
  ファウストの日記。読んでみよう。
  

  『自我の確立していない子供は素体としては申し分ないのだが、やはり成人よりも強度的に脆い。β版の増強薬には耐えられ
  ず体が破裂した。基礎的なデータを取り直す必要がある。それまでは延期しよう。無駄に実験体を殺すと掃除が面倒だ』


  『ジェラスが来た。強化生物を買いに来たのだ。ランド・ドゥルーを30体売ってやった』
  『そろそろ実験体が少なくなってきたな』
  『ジェラス達に誘拐してくるように指示するとしよう』

  『実に面白い』
  『シェイディンハルから誘拐した来た女が、実験の最中突然変異した』
  『蜘蛛の遺伝子を組み込み、レォランツェ薬液を注入したらこうなった。実に興味深い計算外だ』
  『実験体は蜘蛛に変じつつある』
  『強化ガラスの檻に閉じ込めて経緯を見守るとしよう』
  

  『ジェラスが来た。ドラゴニアンを見つけたと言っていた』
  『まさかあの稀少種族がまだ存在していたとはな』
  『誘拐するように依頼すると、渇きの王が生き血が欲しいと言っていたので血だけは欲しいと抜かしやがった。確かにドラゴニアンの
  生き血を啜る者には永遠の命が与えられるという伝説がある。それにしても、下らん伝説を信じているな』
  『血などいらん。くれてやるとしよう』
  『それにしても渇きの王? 自分が誰に造られたかも知らない馬鹿な奴だ』


  『蜘蛛は完全に安定化した』
  『死蜘蛛と呼ぶとしよう』


  『ジェラスは失敗した。人形遣いに邪魔されたらしい』
  『今年はついてるぞっ!』
  『ドラゴニアンに続いて人形遣いか。ぜひとも実験体に欲しいものだ』


  『ついにドラゴニアンを手に入れたっ!』

  『実験できない』
  『ドラゴニアンの肌は鋼鉄以上であり注射器は通らないし薬物にも耐性がありほとんど無効化される。ジェラスは血が欲しいと抜かし
  ているがこんな状況では血など無理に決まってる。約束の強化生物を渡してジェラスを帰らせた』
  『気長にやるしかないか』


  日記はここで終わっていた。
  遡れば読んでいない部分はたくさんあるけど、遡る必要性はないだろう。
  「……」
  腹が立つ。
  あんなのを生かして置かなければならない現状に、腹が立つ。
  それでも、約束は約束だ。
  護らなきゃ。
  それにシスティナさんに引き渡せばファウストはおそらくは永遠に牢の中だ。
  それはそれでいいのかもしれない。
  永遠に苦しめっ!
  ……そう、呪いたい気分で一杯だ。あたしらしく発想かな?
  シャルルさんに日記を手渡す。
  「ふぅむ」
  ペラペラと捲って、読んでいく。
  その速度はあたしより速い。
  まだ文字の練習中のあたしは、文字を指で追って行かないと読めないから必然的に遅くなるのは当然だけど、それを抜きに
  してもシャルルさんは速過ぎる。
  やっぱり頭良いんだなぁ。
  「これはどういう意味でしょうね」
  「えっ?」
  「ここですよ。ここ」
  「えっと……」
  指差された部分を読む。
  あたしが読んだ部分よりも数ページ前の部分だ。



  『あの女は何を考えている?』
  『理解不能だが利用は出来る。貸しを作って置くには越した事ないな。私の最大の願いを叶えるチャンスでもある』
  『ここは乗ってやるとしよう』


  「女?」
  誰だろう?
  まあ、おそらくは反乱分子側のヴァンピールの誰かなんだろうとは思うけど……気になるなぁ。
  「そろそろ行きましょう。フラガリア、進みます」
  「了解ですよ」
  「読書は終わりかい? なら、進むとしようかねぇ」
  「さっさとトカゲの親類さんを助けてこんなところからオサラバしようぜ終わらせて皆で酒でも呑もうぜ」
  日記の内容は気になるけど、すべき事がある。
  チャッピーを助けなきゃ。
  チャッピーを……。




  最下層。
  そこは鋼鉄製の壁に囲まれた部屋だった。無数の牢がある。
  どれも空。
  少なくとも、通り過ぎたものに関しては空。
  ここも広い。
  そもそもこんな屋敷、どうやって作ったんだろう?
  ……。
  あっ。アイレイド時代から存在してたのかも。
  放置されていたこの屋敷を、シロディールから流れて来たファウストが少しばかり改装して住んでいるのかもしれない。
  「シャルルさん」
  「何です?」
  「その、どうしてファウストはあんな酷い事を平然とやってのけるんでしょう」
  「おそらくはサイコパスというやつですね」
  「サイコ……?」
  「サイコパス」
  「おやおやまた始まったのかい眼鏡の講義。で、サイコパスってなんだい?」
  興味があるらしくエスレナさんが聞き返した。
  この中で一番学があるのシャルルさん。博識な人って格好良いなぁ。
  ……。
  付き合ってみると、結構いい加減な人だけどシャルルさんは。
  はぅぅぅぅっ。
  「サイコパスとは、良心の著しい欠如、善悪の判断の皆無、物事や思想に関する一貫性の無さ……などなど。つまりは人格障害者
  です。もちろんそこに至る過程があるのでしょうけど、ファウストとは仲良しではないのでそこまで知りませんよ」
  「サイコパスかぁ。でも凄いですね、そんな難しい言葉知ってるなんて」
  「デッドライジング買うつもりで色々と調べた結果その言葉を知ったんですよ」
  「はっ?」
  「結局買うのはやめましたけどね。チートがないゲームは基本的に敬遠なモノで」
  「はっ?」
  意味が分からない。
  あたしが問い返そうとした時……。
  「嘘だろおいっ!」
  スカーテイルさんが叫んだ。
  視線の先には……。
  「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  あたしは悲鳴あげた。
  ガク。
  その場に膝をついて、絶叫した。
  シャルルさんは力なくその場に倒れるように座り、エスレナさんは目を逸らした。
  身間違えようのない銀色のドラゴニアン。
  アルゴニアンと間違えた、という展開じゃない。
  ファウストは実験すらしていないのだからあれはホムンクルスでした、という結末でもない。
  ……チャッピーだ。
  ……あれはチャッピーだ。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  仲間は。
  あたしの仲間は、背中が大きく裂けたまま力なく牢の中に倒れていた。
  ファウスト殺してやるっ!