天使で悪魔




冒険者達の日常





  冒険者。
  それは数多の遺跡や洞穴に潜り、様々な発見や秘宝を手にする者達。
  危険極まりない旅。
  決して成功するとは限らない。
  命の保証すらない。
  しかしそんな危険を顧みずに立ち向かう者達を、人々は半ば呆れながら、半ば賞賛しながらこう称えるのだ。冒険者と。

  富と名声。そのどちらを得る者、冒険者。
  ただ、それ以上の価値あるものを得るのも確かだ。あたしはそれを知った。
  ロマン。
  何物にも代えがたい、価値あるモノ。






  「毎度ありがとうございます。またのご利用とご指名を♪」
  ……はあ。
  底抜けに明るいシャルルさんの声が、疲れに響く。
  密林を踏破して発掘場所に補給物資を届ける。それがあたし達冒険者チーム《フラガリア》の、定期的な収入。
  依頼人はローヴァー親子。
  レッドガードの親子(父親、長男、次男、長女)で、この密林に黄金帝の遺産が眠っていると主張し、その発掘作業に人生を捧
  げている人達。
  定期的に補給物資を運ぶように、冒険者ギルドと契約している。
  最近ではあたし達を気に入っているらしく、依頼はあたし達フラガリア限定にされてる。
  ……はあ。
  「若造、お前は底抜けに明るすぎるぞ。……煩わしいほどだ」
  帰り道、チャッピーは苦言を呈する。
  元々シャルルさんとは仲が良くない。しかし疲れもあるのだろう、少々苛立っている。
  「明るい事は良い事じゃないですか。根暗のトカゲさん♪」
  「誰が根暗だ、このむっつりスケベっ!」
  「男は皆スケベです。むっつりかオープンかの違いですね。ちなみに僕はオープンなスケベです」
  ……何なのこの会話……?
  ……っていうか、シャルルさんのかミングアウトは何?
  一応、乙女のあたしがいるんですけど?
  そういう話題はやめて欲しいなぁ。
  ……。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
  ま、まさか乙女扱いされてないとかっ!
  そ、それは凹むなぁ。
  「と、ところでシャルルさん」
  話題を変えよう。
  冒険者の街フロンティアと、ローヴァー親子の発掘現場とは直線距離で三キロ。
  さほど遠くはないものの、踏破が難しい密林であり結構時間が掛かる。歩き辛いし、疲れる。
  報酬はそう高くないものの、定期的に稼げるので割が良いというのがシャルルさんの談。
  あっ、経済状況もシャルルさんが管理してる。
  ……。
  いつの間にか冒険者やってるなぁ、あたし。
  そろそろ帰りたいのは本音。
  でも、冒険も楽しいし。
  たまたま出会ったシャルルさんとチャッピーともいつの間にか仲間だし。あたし、意外に順応性があるのかな?
  んー、どうなんだろ。
  「あの、黄金帝って誰です?」
  「はっ?」
  有名なんだろうか?
  シャルルさんは少し、意外そうな顔をした。
  「あの、有名な人なんですか?」
  「まあ、アイレイド時代の王ですよ。でも意外ですね、知らないんですか?」
  「そんなに有名、何ですか?」
  「まあ、そこまで有名ではないですけど……マリオネットとかいうアイレイドの兵器を知っているから、詳しいかと思ってましたよ」
  そういえばシャルルさんはマリオネット知らなかったよな、確か。
  ……。
  あれ?
  そういえばこの間魔術師ギルドの依頼でヴァータセンに行った時、黄金帝云々の発言してたな、シャルルさん。
  「シャルルさんは黄金帝の遺産、狙ってるんですか?」
  「何故そんな事を?」
  「いえ、ヴァータセンでそんな事言ってたような気がしたので」
  「そうでしたっけ? まあ、そうですね。僕は黄金帝の遺産を狙ってますよ。それが使命ですから」
  「アーケイ聖堂の?」
  「まあ、そこはスルーでお願いします。乙女のスリーサイズほど、繊細な話題なので」
  「はあ、そ、そうですか」
  掴み所のない人。
  チャッピーが刺々しい口調で、口を挟む。
  「黄金帝の遺産が欲しいなら、あの親子と一緒に穴堀したらどうだ? ん?」
  「トカゲさんは一を知って二を知らないですねぇ。無知蒙昧ですよ、それ」
  「何っ!」
  「あの親子が狙ってるのは金塊であり、僕にしてみればあの時代の残骸。僕が欲しいのは遺産です、残骸じゃあない」
  ……?
  意味が分からない。
  黄金が、遺産ではないの?
  黄金帝がどんな人かは知らないけど、ローヴァー親子が探しているのは黄金帝の金塊だ。
  ……?
  「そ、それで結局黄金帝って誰なんです?」
  「古代アイレイド文明の王の1人ですよ。錬金術に傾倒した王でね、禁断の秘術を生み出した人物のようです。触れた物全てを
  黄金にする能力を会得して、国も民も全て黄金にして、没落した王ですよ」
  「へー」
  「魔術王、人形姫、黄金帝。この辺りがアイレイド文明でも異色で、有名な王達ですよ。有名どころです」
  「へー」
  人形姫は、知ってる。
  何回か、あたしはそう言われた。あたしを、人形姫と呼ぶ者達。
  古代アイレイドの王の亡霊であり、人格を持つ上位タイプのマリオネット。人形姫、か。
  ……。
  あ、ありえないよね。
  だ、だってあたしは普通の人間だもの。
  ……あたしは……。
  「さて、お話はお終いです。街が見えてきましたよ」
  「あっ」
  フロンティアだ。
  とりあえず今は熱いお風呂に入りたいなぁ。
  お風呂を楽しむ習慣も、フィーさんに拾われてからだ。あの人は生涯の、あたしの恩人。
  ……いつか恩貸しが出来ればいいけど。





  翌日。
  あたしはベッドの上に転がってる。
  密林を歩く、結構疲れる。体にはまだ疲れが居座っていて、あたしは起き上がれないでいた。
  「うー」
  朝寝坊も昔は出来なかった。
  クヴァッチ聖域にいた頃は、一番の古株なのに皆に苛められてたし。
  心を凍らせて毎日生きてた。
  そうじゃなきゃ生きられなかった。
  なのに今は、食事を楽しみ、睡眠を楽しみ、お風呂を楽しみ、日々を楽しむ。たまに昔の自分と別人じゃないかと思うほど、
  あたしは自由を与えられている。
  それが心地良くて、幸せで、だからこそ少し怖い。
  ……幸せ過ぎるのも、怖いな、かなり。
  コンコン。
  「マスター、よろしいですか。……近付くな、若造っ!」
  「それは僕の台詞です。……フォルトナさん、朝ですよー」
  チャッピーとシャルルさんの声が扉の向こうからする。
  2人は別の部屋。相部屋。
  仲が悪いから、お互いに別々の部屋を主張したもののこの宿《優しき聖女》の女将であるアーサン・ロシュさんが認めなかった。
  あまり部屋数を埋めるのは、避けたい。それが女将の主張。
  つまり個別の部屋にすると必然的に泊まれる冒険者の数が制限される為、仲間同士は極力同じ部屋にというのが彼女の主張だ。
  それにこの街は冒険者には割高料金。
  この街に来た当初のあたし達の財政では、三部屋は借りれなかったのが実情だ。
  それ以前にね二部屋も危なかった。
  でも一応、あたしは乙女だからその辺は考慮してもらった。
  ……。
  あ、あたしでも男の人と相部屋はやっぱり、避けるもん。
  そ、それぐらいの知識は、あるもん。
  「どうぞ」
  ともかく、あたしは二人を招き入れた。
  ゴロゴロしているものの、目はとっくに醒めている。あたしは起き上がり、大きく伸び。
  「んー♪」
  爽やかな朝……というには少し時間が経ち過ぎてるかな。現在10時。
  朝ではないものの、昼でもない。
  「失礼します、マスター」
  「おはようございます。お寝坊さんですねー、フォルトナさんは」
  ガチャ。バタン。
  二人が入ってくる。相変わらず仲が悪いらしく、お互いに目は合わせない。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  また、喧嘩してたんだろうなぁ、2人とも。
  ……。
  仲が悪いのは、お互いの素性の透明性、かな。
  どっちも不透明。べ、別に批判じゃないけど、素性が怪しいのはお互い様だ。
  チャッピーは名付け親(?)のあたしに忠誠誓ってて、その忠誠だけで一緒にいる間柄だし、シャルルさんはシャルルさんでアーケイ
  司祭という以外は何一つ分からないこれまた不透明な素性の持ち主。
  特にシャルルさんは怪しさが目立つ言動も多い。
  ま、まああたしも人の事は言えないけどね。
  言動はともかく、自分自身の素性を説明出来ない不透明さがあたしにもあるし。
  「2人とも、どうしたんです?」
  「次の仕事が決まりましたよ。ゴブリン退治です」
  「もう、決まったんですか?」
  「ええ。時は金なり、ってね。お金は稼げるうちに稼がないと、不幸になりますよ」
  「そんなもんですか?」
  「そんなもんです」
  現実主義?
  儲け話には食いつくシャルルさん。
  ただ、あたしもチャッピーもそういうスキルというかあまり現実的な金銭感覚に乏しい為、全てシャルルさんに丸投げというのも
  事実だ。
  冒険者ギルドで仕事を取ってくるのも、彼の担当。
  ……。
  一度冒険者ギルドに一緒に行った事はあるけど、情報交換の場という事もあり基本的に冒険者ギルドの建物は酒場の側面も
  強く、あたしは門前払いされた。あたし、子供だし。未成年立ち入り禁止みたい。
  あれから冒険者ギルドの建物には入った事がない。
  「マスター、この若造に言ってください。守銭奴なら、自分1人で稼げと。マスターの手を煩わせるのは、いかがなものかと」
  「おやおやトカゲさん。なら僕に直接言ったらどうですか? 貴方こそ、フォルトナさんの手を煩わせている」
  「何だとっ!」
  「何です?」
  あわわわわ。また喧嘩だ。
  基本的に性格が合わないみたい、この2人。
  でも2人ともあたしには甘いんだよなぁ。一応、あたしが真ん中にいるから3人はうまくいってるのかな?
  「そ、それじゃあ食事しながらゴブリン退治の打ち合わせしましょうか」
  「御意」
  「そうですね。トカゲさんと喧嘩しても一文にもなりませんしね」
  「何だと若造っ!」
  「何です?」
  あわわわわ。何ですぐ喧嘩するのよー。
  何かいきなり疲れたなぁ。
  「……じゃ、じゃあ御飯行きましょうか……」
  あたし、冒険者じゃなくて手の掛かる子供たちの保母さん?
  はぅぅぅぅぅぅっ。






  「はぁ」
  溜息一つ。
  冒険者の街フロンティアは、ブラヴィルの真東、シェイディンハルの真南に位置する。
  未開の地のど真ん中にある街だ。
  それ故に、どの方向に出ても、どっち向いても密林密林密林……密林ばっか。
  気候も亜熱帯。
  正直、この気候も体力が奪われる原因だ。
  ドラゴニアンであるチャッピーは、特性的にはアルゴニアンに近いらしくこの亜熱帯に適応している。
  でもあたしは駄目。
  結構、弱いみたい。
  インペリアルであるシャルルさんは、現金パワーに支えられている(?)のかいつでも元気だ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  冒険者楽しいけど、過ごし易い気候のスキングラードにそろそろ帰ろうかなぁ。
  どうせ冒険者するならスキングラード周辺の方がいいかも。
  「どうしました、フォルトナさん?」
  「そろそろスキングラードに帰ろうかと考えてます」
  「おやおやこんなに仕事のあるフロンティアを捨てて?」
  「いえ、当初の目的はここにほとぼり冷ましに来ただけですし」
  レヤウィン。
  アカトシュ信者と騒動を起こし、レヤウィンにいれなくなったのでフロンティアに逃げてきた。シャルルさんの助言で。
  そもそもは、それだけだ。
  いつの間にかここで冒険者してるけど……それも帰還する為の路銀集め。
  来て早々に全財産をスリにあったから、路銀集め。
  冒険者やってる目的はそれだけだった。
  「マスターはスキングラードにお住まいなのですか?」
  「うん」
  「さすがはマスター。感服しました」
  「……?」
  か、感服の意味が分からないんだけど?
  「1人暮らしなのですか?」
  「んー。厳密には住んでる、というか居候というか」
  「居候、ですか?」
  「うん。フィーさん……えっと、フィッツガルド・エメラルダさんにお世話になってるんですよ。あたしの恩人です」
  「へー。初耳ですねぇ」
  シャルルさんも興味があるのか、興味津々そうだ。
  そういえば何も話してなかったなぁ。
  ……。
  ま、まああたしの半生の大半は語らなくてもいい事だろうけど。
  血塗られてるし、殺伐としてるし。
  フィーさんに拾われてから初めて人として生きてる感じがするなぁ。
  「スキングラードのどこにお住まいですか? 何地区?」
  「地区? えっと、それは知らないです。ただ、ローズソーン邸に住んでます」
  「ローズ……ああ、あの屋敷ですか。確か以前はシャイア家の屋敷でしたよね。有名な屋敷ですねぇ、由緒もありますし。
  なるほどなるほど貴族邸宅地区ですかぁ。へー、その人貴族なんですねぇ」
  「へー、そうなんですか?」
  有名なんだ、あの屋敷。
  ただフィーさんは貴族とは違う気がするけど。
  でも確かあのお屋敷、スキングラード領主のハシルドア伯爵から無料で譲り受けたとか聞いた事あるし、貴族なのかな?
  「しかしフォルトナさん、帰るとなると、これはどうするんです?」
  チャッピーを指差す。
  これ、と言われて腹が立ったのかチャッピーはソッポを向いた。
  ……。
  そうなんだよなぁ。
  ドラゴニアンは名付け親に忠誠を誓う種族らしい。
  つまりあたしが死ぬまで、与えた名前が彼の魂を縛る……という概念みたい。多分、スキングラードまで付いて来るだろう。
  いくらフィーさんが優しくても、フィーさんと何の接点もない人を住まわしてはくれないだろうなぁ。
  あたしは一応、闇の一党繋がり。
  アントワネッタさん達も闇の一党繋がりだけど、チャッピーはフィーさんとは接点がない。
  「決めましたっ! あたしたくさん稼いで、チャッピーの家を買いますっ!」
  「……家の値段知ってます? 犬小屋買うわけじゃないんですから」
  シャルルさんは面白そうに、呟いた。
  い、家ってそんなに高いの?
  金貨3000枚くらい?
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  そういえばそういう相場とか、全然知らないよー。
  クヴァッチ聖域で一般常識とかの教育、してくれなかったし。
  「ご安心くださいませマスター。我輩、そのローズ何とか邸の側の路上で生きていきますので」
  「……それはそれで不審人物ですけどね、トカゲさん」
  ひ、一つ分かった事がある。
  やっぱりあたしとチャッピーには現実的な感覚がないみたい。
  経済感覚のあるシャルルさんは、そう考えると大人なんだなぁ。言動や行動がたまに子供っぽいけど、大人だ。
  空気が少し悪いな、話題を変えよう。
  「それでゴブリン退治の場所、まだですか?」
  「ええ。もう少しです」
  今回の依頼はゴブリン退治。
  依頼人は薬草売りのアルティアさん。この間の《危険な書物》の一件とは違い、ちゃんと冒険者ギルドを通したまっとうな依頼。
  冒険者ギルドを通しての依頼は、その依頼が正当かどうかをギルドの方で吟味してくれているので安全性は確か。
  ここでいう安全性とは、依頼の質という意味でだ。
  「ゴブリンかぁ」
  「マスター、雑魚ですな」
  「でも油断ならないかもよ? ほら、ゴブリンって意外に狡猾だし」
  「御意。マスターの思慮、感服しました」
  アルティアさんが薬草を摘みにいく泉の周辺に最近、ゴブリンが住み着いたらしい。
  その討伐が今回の任務。
  ゴブリンは繁殖率が高く、また知性も高い。
  モンスターの中でも例外的に毒やトラップなどを駆使するだけの知能を有している。シャーマンやウォーロードといった指揮タイプ
  は能力も高く、侮れない。
  中級の冒険者でも、油断したら敗れる可能性の高いモンスターだ。
  「そろそろですねぇ」
  「何故分かる若造。……まさか臭いで分かるのか?」
  「トカゲさんには分かりませんよ。これが眼鏡の力なんです」
  ……?
  自信たっぷりのシャルルさんの言動。
  結局、あたしは眼鏡がどんな昨日なのかよく知らない。いつもはぐらかされるし。
  「えっと、眼鏡って召喚器なんですよね?」
  「ええ。前情報ではそう思ってました。しかし実際はテレビの中の霧を晴らす機能でしたよ。ははは、意外性ですね」
  「はっ?」
  「実は眼鏡はね、戦闘力が分かるんですよ。フリーザ軍団の御用達。スカウターとも呼ばれてますね。いやぁ正直あの辺りが一番
  楽しかった気がしますよ。あれ以降は戦闘力のインフレ起きまくりですしね」
  「はっ?」
  「戦闘力18000のベジータがその気になれば地球は粉々。最終的に、孫悟空は存在するだけで地球は粉々な戦闘力ですからね。
  いやはや、だいぶ矛盾が出てきましたよねぇ、実際」
  「はっ?」
  「さて、着きましたよ」
  「……」
  結局意味不明。
  ただ、ヴァータセンでの任務の時、魔術師ギルドの人が眼鏡=インテリ、と言ってたので知識人の証明みたいなものなのだろう。
  ……多分。
  ガサガサ。
  茂みを掻き分け、あたし達は泉に到着した。
  「うわぁ綺麗な泉」
  「心が洗われますな」
  「水浴びしたら気持ち良さそうですねぇ。……フォルトナさんが巨乳なら、眼の保養も出来ましたけどね」
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
  さらっと言われた、あたしが貧乳だってさらっと言われたようなものだーっ!
  いいもんいいもんっ!
  あたしはまだ15歳だもん、これから育つもんっ!
  「マスター、ご安堵あれ。巨乳など部分的肥満に過ぎませぬ。マスターのスリムな胸、我輩は好きです。もっと自信をっ!」
  「……」
  トドメだよ、これ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ!
  「……」
  「……」
  「……」
  ともかく、気を取り直して泉に進む。しかしゴブリンの姿はどこにもない。
  誰かが倒した?
  確かにこの辺りは冒険者が多い。そもそもフロンティアは、この辺り冒険者の活動拠点としての街だ。
  誰かが倒した可能性もあるだろうけど、ゴブリンの死体がないのはおかしい。
  別の場所に移動した?
  そうかもしれない。
  「この場合、どうするんです?」
  「隠れているだけかもしれませんから少し探してみましょうか。間違った報告して、依頼人のアルティアさんが安心して薬草摘み
  に訪れた際にゴブリンに惨殺されたら寝覚め悪いですし」
  「まあ、そうですよね」
  一時間ほど、探索してみる。
  しかし周囲にゴブリンの一団の姿はどこにもなかった。別の場所に移動したのかもしれない。
  一応、この日の探索は終了。
  一度街に戻るとしよう。
  「じゃあ、帰りましょうか」
  「御意」
  「まっ、それが得策ですね。……足を棒にした分の報酬は出るんでしょうかねぇ」






  「あー。疲れたぁ」
  「無駄足でしたな」
  「まっ。たまにはこんな依頼もありますよ」
  冒険者の街フロンティア。
  あたし達は街に舞い戻った。泉の場所と街はそれほど離れていない。往復で二時間の距離だ。
  まだ太陽は天高くある。
  今日も暑くなりそう。
  標的であったゴブリンの集団はどうも別の場所に移住したらしく、少なくとも泉の近辺からは完全に姿を消していた。
  ミッション終了。
  でもこれ、報酬もらえるのかな?
  「何か変じゃないですか?」
  「変、ですか? マスター、別段何も……」
  「いやいやフォルトナさんはなかなか鋭いですねぇ。確かに街で何か動きがあったようですね」
  街が静か過ぎる。
  この街は冒険者には何をするにも割増料金を科している。
  しかし冒険者達は冒険で得たお宝で、いつも財布はパンクしそうなほど金貨が詰まっている。だからいつもドンチャン騒ぎ。
  昼も夜も。
  なのに、今日は静か過ぎる。
  今日は?
  ……ううん。街を離れた時には、いつも通りだった。
  つまり離れていた時に何かあったのだろう。
  「やあ、フォルトナと愉快な仲間達じゃないのさ」
  「誰が愉快な仲間だ、色黒小娘」
  「はっ! これが地の色さ、レッドガードは褐色の肌がチャームポイントなのさっ!」
  チャッピー、誰とでも喧嘩し過ぎ。
  悪意はないと思う。
  口が悪いだけなのだ。……まあ、そもそもそれがトラブルの元なんだろうけど。
  「エスレナさん」
  「お帰り、フォルトナ」
  何を気に入ったのか、あたしを可愛がってくれている吸血鬼ハンターのエスレナさん。
  左手にワインのボトル持って千鳥足。
  ワインの中は半分なくなってる。酔ってるみたいだ。
  「あんた達も魔術師ギルドの仕事に行ってたのかい?」
  「魔術師ギルド?」
  何の事だろう?
  よく分からないけど、その仕事の影響で街に冒険者の数が少ないのかな。
  ……。
  あー、だとするとかなり高額な仕事なんだろうね。
  だから皆、仕事に出てる?
  「もう少し詳しく」
  シャルルさんが真剣な面持ちで、エスレナさんに尋ねる。シャルルさんとエスレナさんは、それほど仲が悪くない。
  まあ、正確にはすれ違いが多く、あまり接する機会がないだけなんだけどね。
  儲け話には本能的に飛びつくシャルルさん。
  魔術師ギルドの仕事が気になるようだ。
  「何だ知らないのかい?」
  「ええ。別の任務で街を離れてましたから。空振りですけどね、ゴブリン退治。お陰で報酬は貰えないでしょうね」
  「じゃあその恨みを魔術師にぶつけてやんな。そいつが犯人だよ」
  「犯人?」
  怪訝そうなシャルルさん。
  あたし達もまるで意味が分からない。酔って、少し締まらない笑みを浮かべながら、エスレナさんはケラケラ笑う。
  笑い上戸みたい。
  ただ、シャルルさんは苛立って無理にでも聞き出したそうな顔だ。
  まあ、気持ちは分かるけど。
  あたしも、報酬はともかく……話は、気になる。
  「魔術師ギルドがね、1人の魔術師を追ってる。生死問わずで金貨2000枚支払うってさ。その魔術師、自分を今世紀最大の魔術師
  だと思い込んでる大馬鹿野郎らしくてね。この近辺のモンスターを手懐けてるらしいのさ」
  「……金貨2000枚か。おいしい仕事ですねぇ……」
  「おい若造、まさか受けるのかっ!」
  「当然でしょうトカゲさん。医療費の高騰、年金支給額の減少、相次ぐ物価高。稼げるうちに稼がなくてどうするんですっ!」
  「す、すまぬっ!」
  あっ、謝った。
  何か意味不明な熱気だけど、シャルルさんの熱気がチャッピーを黙らせた。
  金貨2000枚かぁ。
  チャッピーの家を買えないにしても、家を借りる程度の資金になるかな?
  それにゴブリン退治がそもそもの依頼。
  そのゴブリンを従えている可能性があるのであれば、あたし達も追うべきだろう。その、魔術師を。
  「フラガリア、行きますっ!」
  「御意」
  「それでこそフォルトナさんです。さて、参りましょうかっ!」
  再び密林に足を向ける。
  あたし達は冒険者。
  こういう依頼も、冒険者としての仕事の一環だ。
  「……あっ、エスレナさんは行かないんですか?」
  「あたいは吸血鬼専門だからね。それに、遺灰も大分溜まったし。しばらくは呑んで暮らせるだけは稼いださ」
  「遺灰? 売るんですか?」
  「高潔なる血の一団が買い取ってくれるのさ。遺灰は薬の原料にもなるしね。……ああ、あんた達も吸血鬼倒して遺灰を手
  にしたら持っておいで。あたいが買い取ってあげるよ。……手数料を引いた額でね」






  エスレナさんと別れ、あたし達は密林にまでまたとって返した。
  ……。
  もちろん、冒険者ギルドで必要な情報は入手した。
  適当に密林を歩いているわけではない。
  「いやぁそれにしても棚からぼた餅ですねぇ。金貨2000枚とは、いやいやおいしい仕事です」
  確かに高額だ。
  今まで受けてきた仕事の報酬の、普通に10倍だ。
  「それにしても破壊大帝とは、ふざけた奴ですな、マスター」
  「はは、はは、はははー」
  そうだよなぁ。
  自分を今世紀最大の魔術師と勘違いしている男は、自らを破壊大帝と名乗り、ゴブリンやインプなどのモンスターを従えて各地を
  荒らしていた、らしい。
  ……。
  ……荒らす予定?
  まあ、ともかく出奔の際に魔術師ギルドの同僚を殺害したらしい。
  だから魔術師ギルドは方々に指示している。その魔術師の生死問わず、暴挙を止めるように。
  「どんな奴なんだろうぁ」

  「まあ、死霊術師ではないようですね」
  「何で死霊術師が出てくるんです?」
  「魔術師ギルドは最近、死霊術師とゴタゴタ起こしてるんですよ。隠れ死霊術師も多数いるようだし」
  「隠れ……?」
  「まあ、簡単に説明してあげますよ。公然と敵対してるのが死霊術師、魔術師ギルド内において禁術となった今も秘密裏に死霊術
  を信奉しているのが隠れ死霊術師、完全に死霊術を捨てたのが元死霊術師。……以上です」
  「わざわざありがとうございます」
  「いえいえ。どういたしまして」
  へー。
  魔術師ギルドって、色々と大変なんだなぁ。
  フィーさんも大変そう。
  「しかしマスター、生死問わず……どうするのですか?」
  「そりゃ逮捕……」
  「却下ですね。魔術師ギルドの意向は、抹殺です」
  「……えっ?」
  冷然と言い放つシャルルさん。
  横顔は限りなく冷たい。
  「生死問わず……つまり二択あるようですけど、報酬が同じな以上、わざわざ手間の掛かる生け捕りは誰もしないでしょう。殺した
  方が早いですからね。つまり魔術師ギルドもその心中を見越してる。向こうは抹殺を望んでるはずです」
  「そういうものなんですか?」
  「生かして公的機関に渡せば、色々と魔術師ギルドにとってもまずい内情を話される可能性もありますし。死人に口なし。口封じの
  意味合いも兼ねて、始末を望んでいると見るべきでしょう。まっ、決断はフォルトナさんに委ねますけど」
  「また、あたしですかぁー」
  唇を尖らせて抗議。
  冒険者チーム、フラガリア。そのリーダーにいつの間にか、あたしが祭り上げられてた。
  ま、まあ悪い気はしないけど。
  「マスター」
  「……? 何?」
  「始末の段はお任せください。マスターの手を煩わせはいたしませぬ。我輩にお任せを」
  「あのー、殺し一択しかないんですか?」
  ま、まあ始末した方が確かに早いけど。
  生け捕るよりも殺した方が早い。死体担ぐの面倒だろうけど、生け捕るよりリスクは少ない。
  生け捕るには、当然手加減が必要になる。
  相手との力量の差次第だけど、面倒には変わりがない。
  ……どうしよう?
  「相手、強そうだしなぁ」
  破壊大帝。
  自らそう名乗ってるだけみたいだけど、通り名だけは格好良い♪
  憧れるなぁ♪
  「格好良いですよね、破壊大帝♪」
  同意を求める。
  こういう格好良い名前にときめくのは、人情。普通の感性だ。
  ただ……。
  「そうですかぁ?」
  「マスター、珍しく若造と意見が一致しました。……破壊大帝、最悪なネーミングです」
  「……そ、そうですか……」
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  最悪って言われたーっ!
  きっと破壊大帝のネーミングに憧れちゃってるあたしも最悪な感性なんだーっ!
  ……はぁ。
  「と、ともかくもっと奥に進みましょう。……この近辺、何ですよね?」
  「大体の位置ですから、特定は出来ませんけどねぇ」
  「ちっ。役に立たぬ若造だ」





  「ふははははははははははははははははははははははははははっ! よくぞ我を見つけたな、虫けらどもめっ!」
  「魔王復活なんて、させませんっ!」
  「甘い甘いぞ小娘っ! 我を止めたところで魔王復活は食い止められはせぬっ! くくく、ふぁーはっはっはっはっ!」
  「破壊大帝、それはどういう事っ!」
  「悪の芽はそこら中に存在する。それを糧に魔王は復活するのだ。……そう、お前の中にある悪意もその糧だっ!」
  「くっ、正義は負けないっ!」
  密林の中で、互いに激しい言葉の応酬をするあたしと破壊大帝。
  ……あれ?
  「皆、どうしたの?」
  沈黙の2人。
  沈痛そうな表情のシャルルさんと、どうコメントしたらいいのか傷付けないで済むか考えているチャッピー。
  ……はぅーっ!
  だってあたしこういうノリ好きなんだもん勇者とか魔王とかの響きが大好きなんだもんっ!
  戦隊モノのノリ、大好き♪
  さ、さて。
  「貴方が、破壊大帝ね?」
  「いかぁーにもっ!」
  よく見ると破壊大帝の異名とは掛け離れた容姿。
  貧弱な、ひ弱そうなノルドの男性。
  「我こそが破壊大帝っ! 今世紀最大の魔術師っ! 我を崇め……げーほげほっ!」
  「……」
  あっ、むせた。
  途中で酸欠になったらしい。
  虚弱体質?
  「げほげほっ! ……あー、我はこの近辺のゴブリンを手下に従えている。無駄な抵抗はやめて、我が配下となるがよい。そう
  すれば命だけは助けてやろう。くくく、ともに悪の美学を咲かそうぞっ!」
  「……悪の美学……」
  「ときめかないでくださいフォルトナさん」
  「マスター、どうせ悪の美学を求めるなら配下になる必要はありませぬ。貴女が支配者となればよいのです。我輩は従います」
  「そ、それも捨てがたいっ!」
  やれやれ、そうシャルルさんは呟いた。
  はっ!
  そ、そうだ、話を元に戻そう。
  破壊大帝を密林で見つけた。密林のどこか……それは誰にも分からない。そもそもここはどの辺り?
  ともかく、破壊大帝を見つけた。
  本来は魔術師ギルドの三流魔術師。何かを勘違いして破壊大帝を名乗り、ゴブリンを従えてヤンチャしてる。
  ただの馬鹿かと思いきや、れっきとした殺人犯。
  同僚の魔術師を殺したらしい。だから魔術師ギルドがメンツの為に賞金を掛けた。
  生死問わず。
  「一つ聞きますが」
  シャルルさんが静かに訊ねる。あたしは、黙っておく事にしよう。
  ほ、ほら、あたしが口を開くとまた話が逸れるし。
  「一つ聞きますが、この近辺のゴブリンを従えたのは本当ですか?」
  「ふはははははははははははははははっ! いかぁーにもっ! 我の悪の美学に……お、おい、聞けよっ!」
  「……くくく。こいつ始末してゴブリンも倒せば魔術師ギルドの依頼とアルティアさんの依頼も達成した事になりますねぇ」
  おお。皮算用してる。
  現実主義だなぁ。
  ……。
  ちなみにゴブリン、思想次第では……または金額次第では従える事が出来る。
  物欲で縛れるところなんて、人間っぽい。
  ま、まあわざわざゴブリンを傭兵にしようなんて物好きな人はいないだろうけど。
  「我を無視するとは不届きっ!」
  「黙りなさい金貨3000枚」

  「おのれ眼鏡男っ! 殺してくれるわぁ。さあ、我が精鋭よっ! 連中を始末してしまえっ!」
  自らを《破壊大帝》と自称する、三流魔術師は声高に叫ぶ。
  精鋭?
  その言葉とともに、密林の中から深紅のローブとフードを纏った連中が飛び出してきた。
  モンスターじゃない、人だ。
  この魔術師にこれだけの人数を従えられるだけの能力と人望があったのか。少し、意外だ。
  数は10。
  「……はっ……?」
  呆けた顔をする魔術師。
  「血血血血血血血血血血血血血血血血血っ!」

  「血血血血血血血血血血血血血血血血血っ!」
  「血血血血血血血血血血血血血血血血血っ!」
  深紅の集団は、吸血鬼っ!
  しかし魔術師の慌てようは滑稽だった。後ろを見ずにいきなり逃げ出したのだ。
  そして密林に消える。
  ……えっ?
  こいつら魔術師の手下じゃないの?
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  生い茂る密林の中から断末魔。
  魔術師の声だ。
  ……殺されたみたい。
  でも、これではっきりした。
  吸血鬼どもは別口だ。そういえばエスレナさんが言ってたな、最近吸血鬼がよく出没するって。
  こいつらがそうか。
  「アーケイよ、刃を。聖雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  迫ってきていた吸血鬼達を電撃でなぎ払うシャルルさん。
  ここにいる吸血鬼達は血への渇望に負けて人格を失った下級タイプ。完全に知能も失い狡猾に振舞う事も出来ない。
  猪突猛進に突き進み、血を貪る事しか発想出来ない連中。
  連携さえすれば怖くない相手だ。
  ……。
  それでも、吸血鬼になると身体能力はアップするから、油断は出来ないけど。
  それさえ気をつければそう問題はないはず。
  さて。
  「はぁっ!」
  魔力の糸を振るう。
  鉄すらも両断する、不可視の魔力の糸はあたしの意思で自在に動く。
  一度放たれたその糸は相手を簡単に切り刻む。
  吸血鬼達は体を切り刻まれて、自らの大量の血の海の中で命を終えていく。
  「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  チャッピーはドワーフ製のメイスを片手に、吼える。
  その腕力はオークさえを越える。
  最も古き種族であるドラゴニアンの怪力の前に、吸血鬼といえどもひとたまりもない。
  まともにその一撃を受けて耐えられるものはいなかった。次々と屍を晒していく。
  当初は10はいた吸血鬼達も、数を減らし、今ではわずか一体のみ。
  「く、くそ」
  口から出たのは、言葉だった。
  自我を有してる。
  「貴方達は何者ですかっ!」
  あたしは叫んだ。
  ただ、血を求めて徘徊していたにはおかしい。
  だって今はまだ昼間。
  皮膚を完全に隠しているから陽光の影響はないみたいだけど、活動するなら夜の方が最適のはず。
  襲ってきたのは、血が目的じゃない。
  シャルルさんが口を挟む。
  「言ってくれたら見逃してあげてもいいですよ。いや本当、僕達を信じてくださいよー」
  「……く、くそ。舐めやがって」
  間延びした口調が、お嫌いらしい吸血鬼。
  シャルルさんは無邪気に語るものの、瞳に宿るのは冷酷と冷徹。
  実際問題、彼は非情だと思う。
  普段はおちゃらけているものの、内に宿す者は闇の一党の暗殺者に匹敵する残酷さを秘めている……と思う。
  「マスター、いかがしますか?」
  「あ、あたしが決めるんですか?」
  「マスターですから」
  いかがする。
  その意味は分かってる。このままここで一気に仕留めるか、情報を聞き出した上で始末するか。
  そのどちらかだ。
  吸血鬼は病気ではあるものの、襲われる側であるあたし達には正当防衛する権利がある。
  殺すしかない。
  ……襲われた以上は。
  一歩前に出る。身構える2人を目で制して、あたしは前に出る。
  「あたし達を狙ったのは、何故ですか?」
  「……」
  偶然とは思えない。
  魔術師の手下ではないのは明らかだ。そして餌を求める行為でもないのは明らかだ。
  真昼間から襲うなんてまずありえない。
  何故なら皮膚を晒したら最後、吸血鬼は陽光に焼かれる。
  そんなリスクを冒すだろうか?
  ……ううん、それはありえないと思う。
  自我を失った連中でもその程度の知能はあるだろうし、今目の前にいるのは自我を有している吸血鬼だ。
  そんなリスクは冒さない。
  計画的に襲った、それしかないと思う。
  「あたし達に何か恨みでもあるんですか?」
  「……ああ、あるさ」
  低い声で吸血鬼は呟いた。
  過去を思い返してみる。
  ……。
  ……。
  ……。
  んー、あたしは……ないなぁ。吸血鬼を敵に回した事は一度もない。
  じゃあ、シャルルさんかチャッピー?
  「シャルルさん、吸血鬼は……聞くまでもなく、嫌いですよね」
  「ええ当然です。見ただけで虫唾が走ります♪」
  「……」
  「ははは♪」
  こ、この人だ。
  きっと恨みを買ってるのはこの人だーっ!
  彼が信奉する九大神の一人アーケイは定命の者を愛する。それとは反対に不死の者を忌み嫌う。アーケイの司祭は神の
  意思に従い、吸血鬼や不死を求める死霊術師を排除する義務と使命を負っている。
  シャルルさんにしてみれば吸血鬼は始末の対象。
  ……この人のとばっちりかぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「お前達の所為だっ!」
  「えっ?」
  今、お前達って……言った?
  吸血鬼の目的はシャルルさん個人ではなくあたし達?
  でも心当たりがない。
  今まであたしも散々悪い事してきたけど吸血鬼に恨みを買う事はしてないと思うけど……。
  「全部お前達の所為だっ! そして何より、お前の存在が全ての引き金だっ! 死ねぃっ!」
  地を蹴り、襲い掛かってくる。
  標的は……チャッピー?
  ますます意味が分からない。恨みの対象はあたし達全員。特にチャッピーに対しては恨みが強い?
  こいつ何者?
  吸血鬼はチャッピーの腕に噛み付き、そのまま絶叫を上げた。にやりと笑う龍人。
  「悪いな。我輩の肌は鋼鉄並み。噛めるものではないのでな」
  「ぐぞぅっ! ちぐじょうっ!」
  「じゃあな」
  ガンッ。
  鉄拳。
  まともにその一撃を顔に受けた吸血鬼は、そのままそこに卒倒した。完全に顔が崩れてる。
  判別も出来ない。
  何者だったんだろう?
  陽光が、青空を向いた生身の顔を容赦なく焼く。その炎はあっという間に全身に伝い、吸血鬼は灰となった。
  「何者だったんだしょうねぇ」
  欠伸を噛み殺しながら、シャルルさんが呟いた。
  これだけの殺戮しても気にも留めた素振りもない。あたしも人の事言えないけど、シャルルさんは底が知れない。
  パッ。ゴゥッ。
  絶命している吸血鬼達のフードを捲り、陽光に晒して灰にしていくシャルルさん。晒された瞬間、吸血鬼達は燃え上がる。
  「何してるんです?」
  「灰にしてるんです」
  「それは見れば分かりますけど……えっ、灰にしないと生き返るんですか?」
  「いえいえそれはないです。ただ灰にしたら売れますから」
  「はっ?」
  「ほら、エスレナさん。吸血鬼ハンターでしょ? 彼女は吸血鬼の灰を換金できる組織に属しているようですからね。彼女に売れば
  それなりの額をもらえますから。……仲介料として取られそうですけど、それなりに稼げますから」
  「はあ、そうですか」
  「お金は大切ですよ。お金さえあれば何でも出来ますから」
  それは理解出来るけど、結構守銭奴な人だ。
  拝金主義?
  現実主義?
  どっちかは知らないけど、浮世場馴れした司祭にしては珍しい人だとは思う。
  バッ。ゴゥッ。
  灰にする作業を続けてる。
  「……あっ……」
  その時、見覚えのある顔があった。すぐに陽光に焼かれ、灰になってしまったものの……今の、見覚えがある。
  「どうしました、マスター? 若造のやり方に吐き気を覚えましたか?」
  「そ、そうじゃなくて……」
  「……?」
  「今の人、アカトシュの信者ですよっ! ほら、レヤウィンで争ったっ!」
  アカトシュ。
  九大神の主神。龍はアカトシュの化身とされている。
  だから、龍人であるチャッピーを神の冒涜であるとして一方的に付け狙っていた、アカトシュ信仰の一派だ。主流の信者で
  はなく結構いかがわしい、亜流のアカトシュ信者みたいだったけど。
  「確かですか、フォルトナさん」
  「確かとは言えませんけど、多分」
  「ふぅん。となると、僕達を狙ったりトカゲを狙ったのも理解出来ますね」
  「誰がトカゲだ若造めっ!」
  「ま、まあまあ」
  取り成す。
  ともかく、今の吸血鬼達がレヤウィンで争ったアカトシュの信者なら恨まれる理由は分かる。
  チャッピーに向っていた理由も分かる。
  ……逆恨みだけどね。完全に。
  でも、だとすると一つだけ気になる。
  「何で彼らは吸血鬼になってたんでしょう?」













  フォルトナ達を見つめる者達。
  少し離れた場所にある小高い丘から、戦いぶりを傍観していたインペリアル風の、若い男は拍手をした。
  パチパチパチ。
  「実に素晴しい戦いぶりですねぇ」
  感嘆。
  それとともに嘲りが幾分か含まれていた。
  どこか驕りがある風貌。
  一見すると、銀髪の美青年インペリアルではあるものの決定的に普通ではない部分がある。
  異様に金色に光る瞳と、延びた犬歯。
  その違和感は、吸血鬼の象徴。
  「我が力を与えたあの連中では歯が立たぬか。所詮は人間風情。我らの力を生かし切れぬか。出来損ないどもめ」
  「いかがなさいますか?」
  脇に控える男が恭しく聞く。
  金髪の吸血鬼が従えているのは全部で5名。いずれも、金色の瞳と鋭い犬歯の持ち主。
  日光の下、眼を細めながら銀髪の男は呟く。
  「眼鏡の男、龍人は予測範囲内の力。対処は出来る。しかしあの小娘……古代の業を使うか。……何者?」
  「調べますか?」
  「いや、いい。いずれにしても我が主は龍人の血を心待ちにしておられる。これ以上の時間は掛けられまい。しかしこの世界
  の連中に我らが力を与えても吸血鬼などと蔑まされる存在にしかならぬ。それでは使い道がない」
  「では、いかがなさいますか?」
  「本国から増援を呼びなさい。我ら古き一族ヴァンピールの力、連中に見せてあげましょう」