天使で悪魔




危険な書物




  シャドウスケイル。
  タムリエル南東に位置する、ブラックマーシュ地方にあるアルゴニアン王国の暗殺者達の名称。
  影座と呼ばれる特殊な星の下に生まれた者達は、生まれながらに透明化能力を有している。
  王国は影座生まれの子供達を暗殺者として養育する。
  生まれながらに暗殺者としてのレールが敷かれる。

  その一環として、アルゴニアン王国は闇の一党ダークブラザーフッドに影座生まれの子供達を譲り渡し、教育を依頼する。
  そこで暗殺や諜報などのノウハウを取得。
  成人後、過酷な訓練と実戦で生き残ったアルゴニアンの暗殺者はそのまま闇の一党に留まるか、祖国に戻りシャドウスケイル
  として一生を過ごすかを迫られる。
  ……それは血塗られた人生。






  冒険者の街フロンティア。
  冒険王と称されたベルウィック卿が創り上げた街で、位置はブラヴィルの真東、シェイディンハルの真南に位置する。
  何の偶然か。
  何の因果か。
  何の運命か。
  あたしは今、ここで冒険者をやっている。
  元々はレヤウィンの有名な預言者ダゲイルさんにフィフスの居場所を占って欲しかっただけなんだけどなぁ。
  ともかく、あたし達は今冒険者をやっている。
  アーケイ司祭のシャルルさん。
  稀少種族であるドラゴニアンのチャッピー。
  この両名と一緒に冒険者チーム《フラガリア》を結成。
  既にフロンティアの街ではそこそこ有名となっている。毎日が冒険で楽しいけど、そろそろ帰らないと心配してる。
  フィーさんの好意でスキングラードのローズソーン邸に居候してる。
  そろそろ帰らないと。
  「どうしたのさ、フォルトナ」
  「いえ、別に」
  物思いに耽るあたしに、問いかけるエスレナさん。
  場所はフロンティアにある、冒険者用の宿である《優しき聖女》。そこのあたしが借りている部屋。
  テーブルをあたし、チャッピー、エスレナさんで囲んでいる。
  シャルルさんは仕事を取りに冒険者ギルドに。
  「もしかしてホームシックかい? お子ちゃまだねー」
  「ち、違いますよー」
  「あっはははははははははっ!」
  エスレナさん。
  高潔なる血の一団に属する吸血鬼ハンター。会員番号8番。種族はレッドガード。
  気風のいい性格で、姉御肌。
  何故かあたしを可愛がってくれる人。この街に来てから休息に仲の良くなった人だ。
  「最近景気はどうだい?」
  「まあまあです」
  「ブルガリアだっけ?」
  「フラガリアです」
  あたし達冒険者チームの名前だ。
  エスレナさんは含まれず。
  結構、最近名が売れてきた。魔術師ギルドからの依頼であるヴァータセンでの探索以降、依頼が急増した。
  名が売れる=高額な依頼を任される。
  少し、嬉しい。
  ……。
  で、でもあたしここでこんな事してる場合じゃないんだけどなぁ。
  そろそろスキングラードに帰らないと。
  あっ、でもその場合チャッピーも付いて来るんだよね。あたしに忠誠誓っちゃってるし。
  さすがにフィーさんも怒るよなぁ。
  「マスター」
  「えっ? 何ですか?」
  「あまり素性の知れない者と話すのはいかがなものかと思いますが。我輩はマスターの御身が心配です」
  「は、はははー」
  困惑気味であたしは笑う。
  素性の知れないのは、皆同じなんだけどなぁ。
  基本的にチャッピーは周囲の者に敵対的。ここしばらく付き合いのあるエスレナさんも、チャッピーの正確は理解しているよう
  で別に咎めたりはしない。もっとも、あまり面白くないらしいソッポを向いたけど。
  エスレナさんは隣の宿屋《黒熊亭》に宿泊している。
  ちなみに《黒熊亭》の主人は《白熊》という異名を持つノルドの元冒険者。何故異名と正反対の名前を宿に付けたかは不明。
  気さくな良い人だけど。
  さて。
  「そうそうフォルトナ。最近、この近辺でも吸血鬼が出没してるようだから、気をつけなよ」
  「はい。ありがとうございます」
  「あっははははははっ。相変わらずフォルトナは素直だねぇ」
  豪快に笑うと席を立った。
  「帰るんですか?」
  「あたいも仕事があるのさ」
  「じゃあ、また」
  「ああ。またね」
  丁度エスレナさんと入れ違いに、シャルルさんが戻ってくる。
  依頼の差配は彼が行っている。
  リーダーはあたし。
  参謀役がシャルルさん。
  切り込み隊長がチャッピー。3人合わせて冒険者チーム《フラガリア》。好む好まざる関係なく名が売れちゃった。
  さて。
  「仕事を受けて来ましたよ」
  シャルルさんが仕事を差配する最大の理由が、その社交性だ。
  あたしやチャッピーでは粘り強い交渉などはとても無理。
  ギャラの交渉もね。
  「若造、どんな依頼だ? よもやマスターが危険になるような物騒な依頼ではあるまいな?」
  「トカゲさんがしっかりしてれば、危険なんてありませんよ。つまり危険=貴方の無謀な行動、なわけです」
  2人は仲が良くない。
  極端に悪い。
  口を開けば喧嘩、心の底では認め合っている……というわけでもない。
  別に自分の自慢じゃないけど、あたしが真ん中にいるから何とか関係が成り立ってる。
  ……。
  ……自慢になってるよね、普通に。そんなつもりないけど、ともかくそんな関係。
  さて。
  「どんな依頼です?」
  「危険な依頼」
  「はっ?」
  「冒険者ギルドを通していない怪しい依頼です。ですが実入りがいい。どうです、面白そうでしょう?」
  「いや、面白そうって……でも、何するんです?」
  「運び屋。密輸ですね」
  「運び……ええっ!」
  「危険な書物を持ち込む事。密林を無事に進む為のガイドも雇ってます。世の中お金が全て。さっ、稼ぎに行きましょうか」
  「……」
  シャルルさんはお金が命な人。
  溜息一つ吐く。
  受けたからには仕事はこなさないと。フラガリアの名に関わる。
  ……。
  スキングラードに帰れるのはいつになるんだろう?
  はぅぅぅぅぅぅっ。







  未開の地。
  フロンティアに集う冒険者の狩場であり、稼ぎ場。
  ここは密林の勢力の方が、人間より強い。
  だからアイレイドの遺跡や未発見の洞穴などが数多ある。フロンティアはそれを目当てに集まる冒険者の落とすお金で
  成り立っている。
  ……。
  ちなみに冒険者ギルド。
  それを取り仕切っているのは街の創設者であるベルウィック卿。
  フロンティアには警察機関がない。
  子爵としての権限で衛兵を募るより依頼と報酬の関係で冒険者を使う方が効率的であり、街の発展にも繋がると思っての判断だ。
  モンスター退治や盗賊の討伐のなどの依頼は大抵、冒険者ギルドを通じてのベルウィック卿の依頼。
  治安維持も依頼としての形で処理する事で、冒険者の意欲を駆り立てるのだ。
  「怪しい仕事ですよねぇ。払いはいいですけど」
  だから、シャルルさんのぼやきは正しい。
  ……ま、まあそんな依頼を受けたのはシャルルさん本人なんだけども。
  冒険者ギルドを通さない依頼は胡散臭い。
  それはフロンティアに三日も住めば分かる事柄だ。
  「若造、お前が受けたんだろうがっ!」
  「仕方ないですよ。生きるのにはお金が必要なんですから。世の中お金ですよ、お金」
  アーケイの司祭であるシャルルさんは現実主義。
  ……現金主義?
  まあ、いいけど。
  「それで合流地点は……ええっと……」
  「スカーテイルだ」
  ガイドに雇ったのは、スカーテイルさん。
  アルゴニアンの男性。
  「合流地点は直だ」
  「そうですか」
  今回の依頼の内容は《禁制の本》の獲得。
  ブラックマーシュから持ち込まれたその書物の受け取りだ。どんな内容の本かは、知らない。
  禁制の内容も不明。
  シロディールでは容認されない内容なのか、それともブラックマーシュから持ち出し禁止なのか。
  ……。
  どっちにしても怪しい仕事。
  危険な書物なのは間違いない。
  そろそろ合流地点だ。
  「くそっ! おらっ! はいやーっ!」
  妙な気合を発しながら、シャルルさんが案内役に雇ったスカーテイルさんは藪やツタを手斧で切り払う。
  その隣で黙々とチャッピーが同じ動作を続ける。
  「いやぁ楽ですねぇ。丁稚奉公ご苦労様ですね。……ほら、手が休んでますよ」
  「若造殺すぞっ!」
  「あの、頑張ってくださいね、チャッピー」
  「お任せあれ。マスター」
  ともすれば険悪な空気になるチャッピーとシャルル。
  最近、その馴らし方が分かってきた。
  気がつけば仲間。
  高額(幾らかは知らない)でシャルルさんに雇われているスカーテイルさんは、文句を言うでもなく作業を続けている。
  「このお仕事、長いんですか?」
  「いや最近だ。ついこの間まで殺し屋やってた」
  「あはははは」
  笑う。
  冗談だろう。
  ……。
  冗談、だよね?
  「俺は元々シャドウスケイルでな。暗殺者に嫌気がさして、アルゴニアン王国から脱走した身だ」
  「……」
  本気みたい。
  シャドウスケイルは、アルゴニアン王国の暗殺者達の名称。
  闇の一党とも繋がりがある。
  ……。
  ああ、そういえばクヴァッチ聖域にいた頃の嫌な上官キリングスもシャドウスケイル出身だったな。
  闇の一党は暗殺のノウハウを提供する代わりに、シャドウスケイルから人材を招いている。
  ま、まあその辺りの事は皆に話すつもりはないけど。
  「本気でお前、暗殺者なのか?」
  「ああそうさ。トカゲの親類さんよ」
  その言葉に、笑いをこらえるシャルルさん。
  チャッピーはドラゴニアン。しかし普通の人が見れば一風変わったアルゴニアンでしかない。
  「何がおかしい若造っ!」
  「いえいえ誉れ高き龍人をトカゲ呼ばわりとは……くくく。楽しい限り」
  このままでは喧嘩になる。
  はあ、もう年中行事。
  スカーテイルさんに質問し、喧嘩の流れを流すとしよう。
  「どうしてやめたんですか、暗殺者」
  「嫌になった、それだけさ。……シロディールに逃げ込んでからも何度か襲われたよ。国からの刺客にな。……ああ、一度闇の
  一党にも狙われたが刺客になった慈悲深いブレトン女に救われた」
  「へー」
  慈悲深いブレトン女、か。誰だろう?
  フィーさんだったりして。
  「畑耕して生きようとも思ったが、土地って意外に高いんだよな。土地を買う資金集めしてるんだ、ガイドをしてな」
  「ああ、なるほど」
  「ほら、ついたぜ。ここが地図の場所だ」
  合流地点に到着。
  ここでブラックマーシュから禁制の本を持ち込んだ者と落ち合う事になってる。
  ……あれ……?
  「そうだシャルルさん、何と引き換えなんですか? お金なんて預かってませんよね?」
  「代金は先に支払っているみたいですよ。あの金歯」
  「金歯?」
  「依頼人ですよ。全部金歯にしてる、妙な奴です」
  「……」
  そんな奴から依頼受けないで欲しいなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「マスターっ!」
  「ど、どうしたんです?」
  「あれを」
  「あれ……あっ……」
  誰かが倒れている。アルゴニアンだ。
  シャルルさんが近付き、倒れているアルゴニアンにしゃがみ込む。
  「死んでいます」
  淡々とシャルルさんは、そう告げた。
  あまりにも淡々とし過ぎているのが、不快だったのか。チャッピーは苦々しく呟いた。
  「見れば分かる」
  「それは失礼」
  「……」
  紳士的な風貌&態度に反して、シャルルさんは意外に冷静で……ううん、結構冷徹な部類だと思う。別に批判じゃないけど。
  その辺りのギャップが、チャッピーが癪に障るようだ。
  多分、彼が運び屋なのだろう。
  あたしも、アルゴニアンの運び屋の側にしゃがみ込む。喉元が裂かれている。
  「……」
  喉元に触れる。
  まだ、温かい。血はまだ凝固していない。さらに近く、覗き込む。喉を見ると、裂かれたばかりのようだ。
  さすがにこの行為はシャルルさんも我慢出来ないのか、うっと息を飲み込んだ。
  まあ、あたしも暗殺者だし。
  こういう死体や検分は、慣れている。
  ……。
  あんまり慣れるべき事柄じゃあないだろうけど。
  「殺されたばかりのよう……あれ?」
  いつの間にか皆、遠巻きにあたしを見ている。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  腫れ物を触るような扱いだー。
  「そ、それでどうしましょう?」
  気を取り直して、今後どう動くかを考えよう。
  ここは合流地点。
  つまりここの死体のアルゴニアンは、禁制の書物を持った人物……つまり、ブラックマーシュのアルゴニアン王国からその本
  をシロディールに持ち込んだ人物に間違いないだろう。
  ここで、殺された。
  じゃあ本はどこに?
  というか、そもそも誰が殺して、本を奪ったのだろう?
  ここは未開の地。
  モンスターの類も多いけど……刃物の傷だ。少なくとも、殺害した人物は人間。
  盗賊にしてはおかしい。ゴブリンにしてもおかしい。
  本だけなくなってる。他の遺留品は、手付かずだ。指には豪華な宝石の指輪。盗賊やゴブリンなら、奪うはず。
  ……。
  つまりは……。
  「本だけが目的だった、という事かな?」
  「まあ、そうでしょうねぇ」
  相変わらず遠巻きのまま、シャルルさんはそう答えた。
  はぅぅぅぅぅっ。
  そんなに遠巻きに、敬遠してないでよー。
  ガサッ。
  「……?」
  茂みが、揺れた。
  何だろうと思っていると、何かがそこから飛び出してきた。人影だ。
  ゆ、油断してたっ!
  「マスターっ!」
  叫び様に、チャッピーが腰のメイスを手にして襲撃者に飛び掛る。
  ドラゴニアンの腕力は、オークをも上回る。
  メイスの一撃をまともに受けて襲撃者は大木に叩きつけられた。
  メキメキメキ。ドゴォォォォォォン。
  その大木は軋みながら倒れる。大木を折るほどの威力だ、襲撃者は完全に事切れていた。
  「……うわ……」
  遺体に近付き、あたしは呻く。
  内臓ぐちゃぐちゃだね、これ。骨が変な風にお腹を突き破ってるし。
  瞬殺。
  この襲撃者も、アルゴニアンだ。
  ただの偶然にしてはおかしい。もしかしたら禁制の本を持ち出した者を追ってきた、刺客かも。
  ガサッ。
  茂みが音を立てる。
  その音と同時にスカーテイルさんが茂みに飛び込み、格闘する音が断続的に響く。
  メキャッ。
  茂みの中で何か嫌な音がした。
  音が完全に沈黙した時、本を手にスカーテイルさんが姿を現す。敵を返り討ちにしたみたい。よかった、無事だ。
  「そいつのお仲間みたいだぜ。ほらよ」
  「おっと」
  本をシャルルさんに放り投げる。
  どうやら禁制の本を持ち出した男を始末し、本を奪った直後にあたし達が来たようだ。
  だから隠れて、機を窺っていた。
  ……。
  意識を研ぎ澄ます。
  周囲に気配はない。どうやらやり過ごしたらしい。
  でもこいつら何者だろう?
  「……おや?」
  本を何気なくめくったシャルルさんが、声を上げた。
  「どうしたんです?」
  「白紙ですよ、これ」
  「えっ?」
  中身を見せるシャルルさん。
  ほんとだ、何も書かれていない。つまりこれは偽物?
  完全に白紙の本。
  「ちょっと貸してくれ」
  「どうぞ」
  幾分か慌てた口調のスカーテイルさんに、本を手渡す。
  手渡された白紙の本に鼻を近づけ、紙面の匂いを嗅ぎ始める。
  ……?
  「何してるんでしょうな、マスター」
  「さあ、何でしょうね」
  意味が分からない。
  それはどうもシャルルさんも同じのようだ。匂いを嗅ぐという好意に、何かヒントでもあるのだろうか?
  「……くそ……」
  ただ一言、悪態をついた。
  アルゴニアンを表情で感情は読めない。爬虫類、という事もあり異質だからだ。
  カジートやオークならまだ分かり易いけど、アルゴニアンはある意味で分かり辛い。ただ、面白くなさそうなのは分かった。
  何なんだろう?
  興味津々なあたし達に気付いたのか、説明を始める。
  もっとも、一瞬説明するべきかどうか迷った感はあるけど。
  「こいつは特殊な薬液で文字を消されている」
  「特殊な薬液?」
  「ああ。そいつを塗れば文字は消えるのさ、跡形もなくな。逆にそうやって消した文字を浮き上がらせる薬液も存在してる。
  アルゴニアン王国の諜報官はその二種類の薬液を常に所持している。こいつは機密文書だ」
  「……っ!」
  「多分そこの死体は外交官だな。機密を扱えるのはそうそういない。間違いない。……となるとこの刺客達はシャドウスケイル
  の連中だな。くそ、昔馴染みがシロディールに来てるのか。面倒な事になったぜ」
  機密、文書?
  あたし達は正直、驚いた。
  ただの禁制の本の入手じゃなかったんだ。それはそれで運び屋だけど、機密文書だとまた意味が違ってくる。
  ……ううん。全然違う。
  これは政治的な問題だ。
  「やれやれ機密文書ですか。……だとしたら、運び賃安いですねぇ」
  「シャルルさん、そんな場合じゃないでしょっ!」
  思わず叫ぶ。
  間延びした口調のシャルルさんに、少し苛立ったからだ。
  これは大事だ。
  アルゴニアン王国の機密文書が今、ここにある。政治的な大事件に発展する恐れがある。
  ど、どうしよう?
  「マスター、つまりは依頼人は承知の上だったわけですな」
  「そ、そうだと思うけど……チャッピー、それってつまり……」
  「依頼人は帝国の諜報員か何かでしょうな」
  「……だよね……」
  ま、まずいよー。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  大事過ぎる、これって大事過ぎる。
  「それでフォルトナさん、どうするんですか?」
  「あ、あたし?」
  「そりゃそうですよ。貴女はフラガリアのリーダー。つまり僕らを従える立場です。こういう事柄は貴女が決断すべきだ。……さて、
  僕はシェイディンハルのアーケイ聖堂に帰ろうかな」
  「逃げないでくださいよーっ!」
  「短い付き合いでしたが、さようなら。残り少ない余生を有意義に過ごしてくださいね」
  「あ、あたしがまるで死ぬみたいじゃないですかーっ!」
  「まあ、可能性大ですよね。ははは♪」
  「……」
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  さらっと言われた、さらっと。
  確かに口封じされちゃう感がある。機密文書だもん。ど、どうしよう?
  ざわり。
  「……っ!」
  背筋に悪寒が走る。
  あたしは意識を集中し、周囲を見渡す。
  密林。
  密林。
  密林。
  それ以外の何モノでもないけど……微かな殺意が満ちていた。
  ……囲まれてる。
  「フォルトナさん?」
  「マスター?」
  「おい、お嬢さんどうした?」
  3人はまだ気付いてない。
  気のせい……ではない。確実に取り囲まれている。闇の一党のクヴァッチ聖域の元暗殺者としての能力は衰えていない。
  殺気には敏感に反応してしまう。
  数は10かそこら。
  決して多くないけど、向こうは極力殺意を抑えている。手練の暗殺者だ。
  「囲んでるのは分かってます。出てきなさいっ!」
  ざわり。
  密林の中の気配が、揺れた。動揺しているらしい。
  「な、何?」
  スカーテイルさんも動揺した。慌てて密林に目を凝らし、耳を澄ます。
  この人も元暗殺者だ。
  感覚さえ研ぎ澄ませば、探知できる。
  「……マジかよ。よく分かったな、お嬢さん」
  感嘆と驚愕の入り混じった声。
  腕こそ立つものの暗殺者でないチャッピーやシャルルさんは、ただ戸惑うばかり。戸惑いながらも武器を抜き放ち身構えた。
  密林。
  密林。
  密林。
  松明の火を、スカーテイルさんは密林の方に向ける。幾分か闇が削れる。そこに、眼があった。
  まるで爬虫類のような眼が。
  まるで……。
  「くそ、シャドウスケイルかっ!」
  スカーテイルさんの声が、戦闘開始の合図となる。
  密林から無数に飛び出してくる影。
  皮の鎧に身を包み鋭利な刃物を手にしたアルゴニアン達。おそらくはアルゴニアン王国が放った機密文書奪還部隊。
  そしてその白羽の矢が立ったのが暗殺集団シャドウスケイル。
  ブォン。
  トカゲ達の姿が消える。透明化能力だ。
  「円陣っ!」
  あたしは叫ぶ。
  有無を言わさぬその声が、皆を機敏にさせた。背を預け合い、固まる。
  幾ら姿を消しても円陣さえ組めば、向こうの攻撃範囲は限られる。つまり、それぞれの正面に襲うしかない。
  背後は襲えない、背を仲間同士で護りあってるから。
  それにあたしも動き易い。
  「はぁっ!」
  魔力の糸を振るう。
  その糸は直進するだけではない。発するのは指からで、放つのには振る必要があるものの一度放たれた魔力の糸はあたしの意思
  で自在に動く。魔力の糸をあたし達の周りに張り巡らせた。
  「ぎゃっ!」
  「ぐぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  「……っ!」
  「はぐぅぅっ!」
  声が四つ発した。
  首が四つ落ちた。
  周囲に張り巡らせた魔力の糸に自ら突っ込み、勝手に自滅。幾ら姿を消してもこの世界から消えたわけでもなければ攻撃がすり
  抜けるわでもない。対応さえ出来れば、それほどの能力でもない。
  突然の事態に、今度はシャドウスケイルが困惑する。
  迂闊に動けないからだ。
  「皆、今っ!」
  魔力の糸を解除。
  シャルルさんはその声と同時に電撃魔法を放ち、チャッピーは口から炎を吐き出した。
  一瞬の困惑が命取り。
  包囲したはずの、奇襲したはずのシャドウスケイル達は逆に返り討ちに合う。
  死ぬと透明かも解けるらしい。無数に死体が転がっていた。
  「……こりゃすごい」
  スカーテイルさんはただ驚いている。
  シャドウスケイルは筋金入りの暗殺集団。闇の一党の暗殺者よりも、能力は格が上だ。
  何故なら闇の一党の暗殺者は、あくまで中途採用組。
  つまり幼少期には普通の生活を送っている。それに対してシャドウスケイルは違う。生れ落ちた時から暗殺者として教育される。
  闇の一党でもシャドウスケイルの暗殺者は、一等上と見られていた。
  その辺の事はシャドウスケイルの元暗殺者のスカーテイルさんも理解しているだろう。
  そのシャドウスケイルがなす術もなく討ち取られる。
  だからこそ、彼は驚いていた。
  「……やめだっ!」
  虚空が、叫んだ。
  突然具現化するトカゲ。それに倣うように、他に4人が姿を現した。
  アルゴニアン王国が放った刺客達。
  叫んだ男(見掛けでは分からない。声で判別した)はシャドウスケイルのリーダー格のようだ。
  どういう意味の笑みかは分からないけど、口元に笑みを浮かべた。
  「よお、兄弟」
  「レウェドラスか。久し振りだな」
  旧友らしい。
  言葉通り兄弟かどうかは不明。
  ただ同じシャドウスケイル出身だから顔見知りなんだろう。
  「機密文書を渡してもらおうか」
  「ほらよ」
  放ってよこす。
  ええっ!
  あたし達の有無を言わさず……というか言う暇も与えずにスカーテイルさんは機密文書を投げて渡した。
  文書は、レウェドラスの手に。
  「おいお前っ!」
  「トカゲの親類さんよ、元あった場所に返すのが筋ってもんだ」
  事も無げにチャッピーの文句を封じる。
  理屈は合ってるけど……。
  「ありがたいな、兄弟」
  「なぁに。帝国の手に渡るのが嫌なだけさ」
  「……くくく。相変わらず甘いな」
  「……どういう事だ?」
  スゥゥゥゥゥっと、眼を細めるレウェドラス。
  その瞬間、シャドウスケイルの暗殺者4名はスカーテイルさんを取り囲んだ。手には刃。あたし達は動きを封じられた。
  動けばスカーテイルさんが問答無用で殺される。
  当の本人は、落ち着いていた。
  「おい、俺を殺す気か? ……まさか俺の抹殺も任務の範囲内ってわけか?」
  「いや違う。少し違う。邪魔なんだよ、状況を知る奴が生きてるとな」
  「……何?」
  「俺達は機密文書奪還の為に放たれた。しかしな兄弟、そんな事はどうだっていいんだよ。これは口実だ」
  「口実だと? 何を言ってる?」
  「帝国とつるんでた外交官がこいつを持ち出すと俺達には分かってた。そいつと組む事も考えたがな、リスクが大き過ぎた。そこ
  で考えたのが奪還の志願だ。俺の部隊全員が合法的に王国を飛び出す機会を窺ってたのさ」
  「どういうつもりだっ!」
  「どういうつもりだと? はっ、分からんのかよ。俺達は国が嫌いなんだよ。国が俺達に何をしてくれる? その反対に俺達がどこ
  まで国に奉仕しなけりゃならない? 機密文書は帝国に売る、言うなれば俺達の退職金ってわけだ」
  「くっ!」
  スカーテイルさんは呻く。
  どうも国に対する定義が、お互いに違うらしい。
  「……国の事情で暗殺者に仕立て上げられる。まっ、ああいうのが出てきてもおかしくないですね」
  シャルルさんはどこ吹く風、というか完全に他人事の口調で呟いた。
  集団亡命みたいなものか。
  「さて、話はもういいだろ。死んでもらうぜ、兄弟。……あと、お前らもなっ!」
  この場に居合わせる者全てを消すつもりだ。
  ……。
  それは好都合。
  あたしもそれは、考えてた。
  「……はっ……?」
  間の抜けた声を発したのは、レウェドラスだった。
  今まさにスカーテイルさんを殺そうとしていた4人の暗殺者達は、首のない状態。
  首のない状態でも数秒立っていたものの、争うようにその場に崩れ落ちた。首は大地に転がっている。
  あたしの魔力の糸は不可視。
  鍛え上げられた暗殺者といえども、物の数ではない。
  「レウェドラスっ! 売国奴めっ!」
  機敏な動きで斬り込むスカーテイルさん。虚を突かれたレウェドラスは胸を薙がれ、その場に倒れた。
  形勢は逆転した。
  スカーテイルさんは刃を振り上げ……。
  「ま、待てっ! 待てよ兄弟っ!」
  「今更だろうが。待ったコールはよ」
  追い詰められ、負傷しているシャドウスケイルのリーダーは、後退りながらスカーテイルさんを必死で止める。
  命乞い?
  その命乞いの囀りを一応は聞くつもりなのか、スカーテイルさんは止まった。
  追い詰められた者特有の表情は、種族が違えど同じみたい。アルゴニアンの表情の機微に疎いあたしでも、レウェドラスの表情
  には焦りと恐れ、そして生き延びたいという感情が入り乱れていた。
  機密文書を、掲げて見せる。
  「さ、さっきも言ったが俺達……ああ、俺以外は死んでるよな。と、ともかく俺はこいつを元々帝国に売るつもりでいた」
  「ああ、聞いたよ。で?」
  「あ、あんたらはこいつの中身知らなかったんだろ? 幾らで運び屋にされた?」
  あたし達の方を見る。
  「はした金ですよ」
  シャルルさんは、つまらなそうに答えた。
  運び屋にされたのが相当嫌だったみたい。利用されるのが嫌いなご様子。
  そんなシャルルさんを見て、答えを聞いて、レウェドラスは我が意を得たという顔をした。
  「こいつは莫大な値を生むぜ。機密文書だ、帝国を揺すればかなりの大金になる。……山分けしよう」
  買収するつもり?
  確かに、これがアルゴニアン王国の機密文書なら……その中身を理解した上で吹っ掛けるとしたらかなりの金額になるとは思う。
  でも危険だ。
  最悪、口封じされる。
  どうしよう?
  「いいな、その話。兄弟、乗ったぜ」
  えっ!
  スカーテイルさんは、ニヤニヤしながら答えた。チャッピーが吼える。
  「貴様っ!」
  「うるさいぜ、トカゲの親類さんよ。お前らには関係ない話だ。こいつは俺とこいつの、ビジネスだ」
  ……えっ?
  なんか展開が妙な感じになってきた。
  油断なく、あたしはスカーテイルさんとシャドウスケイルのリーダーを見据える。きな臭くなってきたのを感じたのか、シャルルさん
  もチャッピーも警戒している。
  含み笑いをこぼしながら、スカーテイルさんは続ける。
  「こいつはいい金になるビジネスだ。だろう、兄弟っ!」
  「あ、ああ、そうさ」
  「しかし分けるとなると、正直しんどい。山分けは頭数が多いと実入りがない。かといって一人で捌けるほど容易い仕事じゃねぇよな、
  相棒がいる。帝国から金をふんだくるんだから、信頼出来る奴がな」
  「そ、その通りだ」
  「レウェドラス。俺らはシャドウスケイル出身で、故郷も一緒だ。信頼出来るのはお前だけだ。2人で山分けはどうだ?」
  「も、もちろんだぜ、兄弟っ!」
  「裏切るんですかっ!」
  2人の会話に、あたしが割って入る。
  魔力の糸はいつでも振るえる体勢にある。その気になれば、今この瞬間にも二つ首は落ちる。
  あたしに間合は関係ない。
  「裏切る? おいおい、帝国人どもに俺達の何が分かるっ!」
  「その通りだっ!」
  溜息一つ、そのままシャルルさんが手のひらを二人に向ける。
  チャッピーの炎のブレスも、範囲内だ。
  一触即発。
  シャドウスケイルの暗殺者2名は結託し、あたし達に敵対の姿勢を見せている。
  ……どうしようもないのかな?
  悪い人じゃないと思ってる。スカーテイルさんは、楽しいし……でも、欲に目が眩んで……。
  ……。
  ……違う。
  勝手なイメージだ。あたしが、スカーテイルさんの何を知っていると言うの?
  それは自分勝手。
  そう、あたしの勝手な思い込みに過ぎない。
  それでも争いたくは……。
  「掛かって来いよ、帝国人っ!」
  スカーテイルさんは叫ぶ。
  そしてそのまま、手にしていた松明でレウェドラスの持っていた機密文書を燃やした。
  『……えっ……?』
  誰もが一瞬、意味が理解できなかった。
  一番早く反応したのは、レウェドラスだった。まだ意味は理解できていない。ただ持っていた機密文書が炎に包まれ、その熱さで
  反応したに過ぎない。
  炎と化した文書を地面に叩きつける。
  「なっ……えっ……?」
  もはやただの灰燼でしかない。
  巨額な富を生むはずだった機密文書は、灰となった。全ては水の泡。徒労。
  結果として、レウェドラスは全てを失った。
  仲間も。
  金貨も。
  「悪いな、兄弟」
  「貴様……っ!」
  首が、落ちた。
  刎ねたのはスカーテイルさん。お芝居だったの、今までのは?
  「俺は暗殺者が嫌になった。だから国から逃げた。……だがお前らみたいに国が嫌いってわけじゃないんだよ。機密の漏洩は俺
  には出来んよ。その違いだな、兄弟」
  「……」
  寂しそうに呟くスカーテイルさん。
  そうか、暗殺者が嫌だから逃げた=国が嫌い、ってわけじゃないんだ。
  だから機密文書を燃やした。
  帝国に渡したくはなかったんだろう。でもこの場合、依頼はどうなるの?
  依頼、もしかして失敗?
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  冒険者集団フラガリアの信用がーっ!
  「ふぅむ。これは、ラッキーでしたね」
  『はっ?』
  あたしとチャッピーは、声をはもらせてシャルルさんを見た。
  ラッキー?
  「どういう事だ、若造?」
  「たまには頭使ったらどうですか? 錆びますよ、トカゲの親類さん」
  「貴様っ!」
  「はいはい2人とも喧嘩やめてください。……それで、どういう意味ですか? ラッキーって、どうして?」
  「依頼人はおそらく帝国の諜報員。何故、自分の手の者を使わなかったんでしょうね」
  「……?」
  「運び屋として冒険者を使う。それも冒険者ギルドを通さずに直接依頼する。つまり、口封じもあるってわけですよ」
  「あっ!」
  そうか。
  冒険者ギルドを通してないから、向こうの素性はばれない。それが例え仮の素性にしても。
  誰もあたし達と契約したなんて知らないんだもの。
  口封じで消されても誰も関連性に気付かない。
  「それに帝国関係じゃない場合もありますしね」
  「帝国関係……ああ、そうか。どっか別の組織なのかもしれませんよね」
  「そう。どの道、この依頼は危険過ぎましたね」
  「でも、どうするんです?」
  「マスター、ここは若造を人身御供にしてですな……」
  「いえいえフォルトナさん、ここは貴女に絶対的な忠誠を誓うトカゲに生贄になれと命令を……」
  無視する。
  これは、思ったよりも厄介かも?
  運び屋になっても口封じの可能性はかなり高い。そして今、肝心の書物はない。
  燃えましたと素直に言っても、向こうは書物の中身を知って金額吊り上げる行為だと思うだろう。いずれにしても命がない。
  ……。
  いや、一つある。
  あたしの前身は暗殺者。
  つまり、それに相応しい事をすればいいだけだ。
  「おい、お嬢さん」
  「はい?」
  「依頼人の名は? 容姿は? 何処で落ち合う予定だ? 俺の我侭も多分にあったからな、後始末はしてやるよ」
  スカーテイルさんは事もなげにそう言い放った。






  冒険者の街フロンティア。
  街の辻に立てられた高札の内容。

  『身元不明の死体を発見しました』
  『インペリアル。男性。推定年齢は50代前後。全て金歯』
  『死因は毒物によるもの』
  『この人物にお心当たりのある方は、冒険者ギルドまでご一報ください』