天使で悪魔




結成、フラガリア




  フロンティア。
  レヤウィンから真東、シェイディンハルから真南、その二つの方位が交わる場所にある冒険者の街。
  街を発足、建設、運営しているのはベルウィックという人物。
  生ける伝説である、冒険王だ。
  元老院に多額の献金をし、現在は子爵の地位を買い取り貴族の1人となり、領主。
  冒険者にとって憧れの人物。


  冒険者の落とす金貨で成り立つ街。冒険者に限り全てにおいて割増料金。
  しかし冒険者は集う。

  それは冒険の拠点としては最適だからだ。
  未開の地である、密林が続くこの地には遺跡や砦、洞穴などが手付かずのまま数多く存在する。
  何故手付かずなのか?
  それはこの地では自然の方が人間よりも権勢を振るっており、密林によって遺跡などが埋もれており未発見のモノが数多に
  あるからだ。冒険には最適の場所。

  そして……。






  密林を掻き分け、あたし達は進む。
  ……密林、大嫌い。

  暑いから?
  違う。虫が多いから。あたし、虫は大嫌いっ!
  しかもこの辺りの未開の地は、自然の方が文明の力よりも強大で絶大な為に、虫の種類も豊富で数もウジャウジ。
  昆虫学者なら喜ぶ状況だろう。
  事実この辺りでは毎年多種多様の、多数の新種が発見されているらしい。
  でもあたしには最悪の場所だ。
  「おやフォルトナさん、肩に色とりどりの、鮮やかなブローチいつ付けたんですか?」
  「ひぃっ!」
  バッ。
  あたしは確認もせずに、方の虫を手で払った。
  ……ここ、怖いよぉ……。
  ……はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  考えてみれば、ここでフィーさんに出会ったんだよなぁ。
  あたしはクヴァッチ聖域の暗殺者として、フィーさんはシェイディンハル聖域の暗殺者として。
  お互いに裏切り者(マシウ・ベラモント)の計略の罠に掛かり、同士討ちするように仕組まれていたのだ。
  結局、回避したし、お互いに和解したけど。
  ここが、出会った場所なんだぁ。
  そう思うとしみじみ。
  「おやフォルトナさん、頭に綺麗な……いやいや毒々しい髪飾り、それ悪趣味ですよ?」
  「ひぃっ!」
  ……やっぱりここ嫌い。
  ……はぅぅぅぅぅぅぅっ。



  あたし達が進むのは、密林。
  空には暗い空。
  空には朧な月。
  夜の密林では、月は心強い味方だ。
  亜熱帯の木々の間から、何かが光って見える。それも無数に。
  おそらくは野生動物だろう。
  先頭に立って、片手斧を振るって邪魔なツタなどを切り払い、道を作るのはドラゴニアンのチャッピー。
  松明で道を照らすのがあたし。松明は左手に、右手は野生動物の奇襲に対応出来るよう、糸を振るえるようにしている。

  最後尾で警戒するのはシャルルさん。背におっきなリュックを背負っている。
  今回、ここにいる理由は依頼。
  冒険者ギルドの、依頼。
  「マスター」
  チャッピーが、あたしに呼び掛ける。
  焚き火の明かりが遠くに見えてくる。今回の依頼人の、野営している場所だ。
  「行きましょうか。……ほらトカゲさん、早く邪魔な物を斬って進んでくださいよ」
  「……小僧、邪魔な者を斬るのは容易いんだぞっ!」
  2人は仲が悪い。
  もう、見慣れてる。あたし溜息を吐き、右手で魔力の糸を振るう。
  ザン、ザン、ザンっ!
  邪魔なツタや藪を払う。この辺りは自然の方が強い。
  つい最近切り開いた場所でも、もう茂っている。
  あたしは次々と切り進み、先にどんどんと進む。喧嘩しながらも、付いてくる2人。
  本当はこの方が早い。
  ただ、チャッピーがぜひとも自分に……というから任せているだけ。
  やがて、拓けた場所に出る。
  巨大な穴が開いた、場所。動物避けに、明かり用に、目印用に燃え盛る焚き火。
  焚き火の近くには、レッドガードの男性が立っていた。全身を鎖帷子の鎧で包み、背には銀製のクレイモア。

  「お待たせしましたー。冒険者ギルドのデリバリでーす」
  シャルルさんの楽天的な声が響く。

  苦笑に留めたのは、あたし。ただ感に堪えないのか、チャッピーが吼える。
  「貴様っ!」
  「おやおやトカゲ君は気が短いですねぇ」
  2人は仲が悪い。
  取っ組み合いの喧嘩は今のところまだないけど、口喧嘩は絶えない。
  基本的に感情に任せて荒れ狂うのがチャッピーで、冷静に的確に相手の言動を逆手にとって揶揄するのがシャルルさん。
  仲間の日が浅いから、仕方ないと思う。
  それにある意味で、あたしも含めて流される形での仲間関係だ。
  喧嘩は仕方ないと思う。
  もちろん、それを仕方ないと諦めたり流したりはしない。あたしはあたしで、止めてる。
  「やめてくださいよ、2人とも」
  「……仰せのままに、マスター」
  「……まっ、依頼人の前ですしね」
  案外、呆気なく2人は退く。
  依頼人である、ローヴァーさんにしてみれば見慣れた光景だ。補給物資を届けるのは、これで五回目になる。
  あたしは羊皮紙を出す。
  「ここに受け取りのサインを」
  ……本当にデリバリーだなぁ、これ。
  それでも、正式な冒険者ギルドの任務。補給物資を無事に引き渡す事、それが任務だ。
  「ほら、これでいいかい」
  「ありがとうございます」
  羽根ペでンサインをして羊皮紙をあたしに手渡す。
  今回の依頼人である、ローヴァーさん。
  ローヴァー親子の、次男さんだ。父親、長男、次男、長女の4人が、ローヴァー親子の面々だ。
  この親子はこの地に《黄金帝の遺産》があると信じて疑わない。
  大量の金塊が、地下に埋もれていると。
  その為、未開の地のそこら中を掘り起こしている。この辺りでは有名な人だ。フロンティアの街が作られる前から、この辺りを掘り
  起こしている。街の住人は、風変わりな親子としか認識しておらず、その辺は親子も安心している。
  黄金を横取りされる心配がないからだ。
  むしろ安心している。
  フロンティアの街が発足したお陰で、補給物資が容易になったからだ。
  戦士ギルドでは新米の仕事は恒例として《ネズミ絡み》らしいけど、冒険者ギルドの新米の仕事は恒例として《ローヴァー親子への
  補給物資》。あたし達新米冒険者の、基本の仕事。
  ……。
  ま、まああたしは冒険者じゃないけど。
  ま、まあスキングラードに帰る為の、路銀を稼いでるだけだけど。
  「じゃあ、フロンティアに戻ろうか」
  「御意」
  「労働は疲れますねぇ」







  一つの冒険が終わった。
  ……。
  ま、まあ冒険ってほどの冒険じゃなかったけど……。
  「じゃあ僕は報酬もらってきますよ」
  「お願いします。あたし達は宿で待ってますから」
  「では」
  冒険者の街フロンティア。
  依頼を終え、この街に戻るとどこか落ち着く。ここに来てから既に一週間。冒険の日々、楽しい。
  ドラゴニアンで、あたしの従者(自称)のチャッピー。
  アーケイ司祭のシャルルさん。
  三人で冒険者パーティーを組んで、毎日冒険。
  ……。
  フィフスの居場所を占ってもらいにレヤウィンに。
  そのはずだったのに、アカトシュ信者との小競り合いの結果ここまで来た。
  こんなはずじゃなかったのになぁ。
  「行きましょう、マスター」
  「うん」
  シャルルさんは、冒険者ギルドに。
  今回の冒険……というか、依頼の報酬を受け取りに。依頼関係は彼が捌いてくれてる。
  任務を受けるのは彼。報酬を受け取りに行くのも彼。
  冒険者の街だけあって、稼ぐのは楽だけど、冒険者は何をするのも割増料金なので結構お金が掛かる。特にあたし達は安い
  依頼しか受けないから日々の糧を得るだけで使い果たしてしまう。
  安い依頼しか受けないのは、まだ信用がないから。正確には高い依頼は受けれないのが現状だ。
  冒険者ギルドは《信用》に中々厳しい。
  ……。
  ちなみに冒険者ギルドは、戦士ギルドとほぼ同じような組織。
  ただ、戦士ギルドがシロディール全域を範囲にしているのに対して冒険者ギルドはフロンティア周辺だけ。
  だから仕事の取り合いになる事はない。
  「マスター、今日は疲れましたな」
  「そうだね」
  宿に戻る。冒険者が多く投宿する、宿屋《優しき聖女》。

  「お帰りなさい」
  「ただいま戻りました」

  冒険者用の宿の一つである、《優しき聖女》の女主人であるアーサン・ロシュさんが出迎えてくれる。
  この街に来てからずっとここに投宿しているので、もう顔なじみ。
  歳は50から上、かなぁ。
  面倒見が良く冒険者達からも慕われている、女性だ。
  以前はブラヴィルに住んでいたらしい。それ以上は何も語りたがらない。
  ただ、この宿の名前は恩人(狩られし者参照)の事を指すらしい。以前、聞いた覚えがある。
  ブラヴィルで不幸があり、その街で培った様々な思い出が自身を抉る刃のように迫る。そこから逃れる為の資金をその女性
  が出してくれたらしい。そして不幸の元凶を潰してくれた、とか色々と聞いた。
  断片的だから、全貌が分からないけど。
  「お食事は?」
  「食べますっ!」
  「元気が良いですね、フォルトナちゃんは。……では、朝食を楽しみに」
  「はーい♪」
  食事、大好き♪
  フィーさんに救われてから、色々と楽しい事を知ったけど、食事が最近一番の楽しみ。
  借りている部屋に戻る。
  二部屋、借りている。一部屋はあたし用に、もう一部屋は男性用……つまり、チャッピーとシャルルさんの部屋だ。
  2人は仲が悪いけど、相部屋。
  その理由はお金がないのと、アーサン・ロシュさんがもう一部屋貸してくれなかったからだ。
  あまり部屋が埋まると、別の冒険者に貸せなくなるからだ。
  さて。

  「ふぅ」
  腰に差した、雷属性をエンチャントされているショートソードを外し、テーブルに置いた。
  フィーさんの剣を、レヤウィンに向かう際に無断借用。
  ……この事知ったら、やっぱり怒るかなぁ。
  でもあの時、フィーさん帝都に行ってていなかったし、一刻も早くレヤウィンに行って《フィフスの居場所》をダゲイルさんに
  占って欲しかったし……でも、やっぱり怒るよなぁ、きっと。

  それにしてもあたし何してるんだろ?
  この街は情報の宝庫。
  冒険者が集うから、情報も必然的に集まるわけだけど……フィフスの情報が、転がっているわけじゃあない。
  なのにここにいる。
  「ふぅ」
  椅子に座り、テーブルの上に置かれているリンゴを右手の上に乗せ、左を振るう。
  魔力の糸。
  その糸は刃物より鋭く、鋼鉄すらも切り裂く。
  手の振り方はさほど関係ない。あたしの意思により、糸の方向性は自由自在。
  リンゴを食べやすいように、無数に切断。
  「いただきまぁす」
  シャリ。シャリ。シャリ。
  リンゴを口に運ぶ。おいしい。

  元々この部屋は、三人用を前提に作られているのであたし1人では広い。
  でも、あたしも女の子だから。
  前は気にしなかったけど……気にする精神的余裕はなかったけど、今は男の人と同じ部屋だと少し気にしてしまう。
  二部屋借りたのは、女の子用と男性用を区別する為だ。
  コンコン。
  「マスター、少しよろしいですか?」
  「どうぞ」
  チャッピーの声。
  部屋に入る事を了承したのに、一瞬間がある。律儀にも頭を下げているのだろう、きっと。
  ……フィフスとは違うタイプだなぁ。
  ガチャリ。
  「失礼します」
  龍人。
  信頼に足る、名を付けた者に対して絶対服従し、生涯仕える種族。
  アルトマー並に長命であり、生涯仕えるのは彼ら龍人にしてみれば造作もない事なのだろう。
  ……。
  あ、あたしは生涯仕えてくれなくてもいいけど。
  友達でいいんだけどなぁ。
  フィフスもある意味で、チャッピーと同じ従者のような存在を自称してたけど……もっと性格的に砕けてた。
  どっちかというと友達……ううん、家族みたいな感覚だった。
  チャッピー堅過ぎ。肩凝るんだよなぁ。
  別に彼に悪気があるわけじゃないし、その在り方を否定する事はしないけど少し疲れる。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「マスター」
  直立不動の彼に、あたしは向かいの席を勧める。
  一度目は躊躇い、二度目に恐縮し、三度目に辞退し、四度目にようやく《では失礼を》と呟き、長々とお礼を言った後でようやく
  座った。性格だから、文句言わないけど……やっぱり疲れるなぁ。
  「マスター」
  「何?」
  「実はあの男に関して少しお話したく」
  「あの男……シャルルさんですか?」
  「御意」
  二人は仲が悪い。
  シャルルさんもチャッピーの事は嫌いらしい。チャッピーの一方的ではない。
  シャルルさん曰く《仲間ではなく旅の道連れ》。あたしに対しては、仲間だと呼ぶのに……どうしてそこまで嫌うのだろう?
  飄々として、とぼけた感じがする彼ではあるけど、チャッピーに対しては手厳しい。
  何故だろう?
  ……。
  シャルルさんはアーケイの司祭。アーケイは九大神の1人。
  聖職者といっても人間だから、人に対する好き嫌いは当然あるべき事なのかもしれない。
  シャリ。シャリ。シャリ。
  リンゴを頬張る。
  チャッピーにも勧めるけど、彼は丁重に頭を下げ、結構でございますと断った。
  ……フィフスとは違うタイプだなぁ。
  「それで、シャルルさんがどうかした?」
  「あ奴は信用できません」
  「信用?」
  「御意」
  どういう事だろう?
  「あ奴、アカトシュの信者と繋がっています」
  「そりゃそうだよ。同じ九大神繋がりなんだから……」
  「いえ、そうではなく」
  「……?」
  こほん。一度、咳払いしてチャッピーは言葉を区切る。
  自分の言葉に重さを付け加える為の、間だ。
  それから、喋る。
  「マスター、この街に我々は誘い込まれたのでは?」
  「えっ?」
  「なるほど、レヤウィンでの事情聴取の為の無駄な時間を避ける為にここに来た……なるほど、理由としては成り立ちます。
  しかし奴には謎が多すぎます。奴は……」
  「そんな事言ったらあたし達皆怪しいよ。きっと、あたしが一番謎だと思う。自分ですら分からないんだもの」
  「……」
  一瞬、言葉を詰まらせるチャッピー。
  怪しいのは全員だ。
  あたし自身、自分がかなり謎で怪しい奴だと思ってる。あたしの事も、謎。あたし自身、自身の存在が分からない。
  「マスター」
  「何?」
  「あ奴、何者でしょう?」
  「だから……」
  「いえ。アカトシュの信者とグルかはこの際置いて置きましょう。そもそもアカトシュ繋がりで困るのは我輩のみ。マスターをそこに
  巻き込むわけに行きません。奴がグルでもマスターが困るわけではないのですから」
  「そんな事ないよ。仲間じゃない」
  「何とお優しいお言葉っ! 我輩は感銘を受け、感涙しておりますっ!」
  「は、はは、はははー」
  ……疲れる性格。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「それでチャッピー、何が言いたいの?」
  「マスターに対する賛辞です。我が賛辞伝わっておりませぬか? ……ならばマスターに対する賛辞を賛美の詩に……」
  「そ、そうじゃないんですっ! ほら、シャルルさんの事ですよ」
  「……ああ、そうでしたね」
  「……」
  「奴には何か目的があるとしか思えません」
  「目的、ですか?」
  「この街に来たのは、何らかの思惑でしょう。行動、言動、目的、全てが不透明で不鮮明。奴は何か企んでいます」
  「それは聞き捨てなりませんねぇ」
  言ったのはあたし……ではない。
  冒険者ギルドから戻った、シャルルさんだった。
  憤った瞳を向けるチャッピー、冷ややかな笑みを浮かべるシャルルさん、どぎまぎするあたし。
  あたしに視線を移し、シャルルさんは諭すような口調で喋る。
  「噂話は当人がいない場所でするものです。当人が聞くのは、決して楽しいものじゃあない」
  「す、すみません」
  「噂話は大抵、憶測話です。その憶測も楽しいものではない、疑心、疑惑、懐疑。噂話の根幹になるのは常にそれです。だから、
  当人が聞いて楽しいものではない。噂話するなら、絶対に当人が来ない場所でするべきです」
  「本当にごめんなさいっ!」
  「別にいいんですよ。貴女に比はないでしょうから。……ただ、僕が言った事を踏まえてくれればいいんです」
  「は、はい」
  怒った様子はない。
  ただ、淡々と諭すような口調だ。常に、こんな感じ。
  聖職者だけあって、人の諭し方はうまいと思う。非を責めるのでも正すのではなく、諭す。
  大人だなと、あたしは素直に思った。
  「これが今回の稼ぎですよ」
  テーブルに、金貨の入った袋を置く。今回の依頼の報酬だ。
  提示されていた金額は、金貨30枚。
  補給物資を無事にローヴァー親子に送り届ける……という、単純で簡単な任務からすると、高額だ。
  ただしそれは別の街では、だ。
  冒険者の落とすお金で成り立つこの街では、冒険者のみ割増料金。
  金貨30枚では、一日分の寝食しか出来ない。
  一応、前回の繰越金もあるので3日は何もしなくても死なないけど……あまり楽観できる状態では、ない。
  「それで僕のどんな話だったんです?」
  「え、えっと……」
  さすがに面と向っては、気まずい。
  ……。
  なるほどなぁ。確かに噂話、当人の前で出来ないのはやましいからだ。
  今回の内容はさほどやましくはないものの、当人にはあまり言える内容ではない。なるほどなぁ。噂話って、後ろめたい。
  シャルルさんはくすりと笑った。
  「どうせそこの変わったトカゲが言い出した事でしょう?」
  「……トカゲとは、聞き捨てならんな」
  冷笑するシャルルさんと、目をすぅぅぅっと細めるチャッピー。
  本当に仲が悪い。
  アーケイは不死を嫌う神であり、司祭であるシャルルさんもその傾向がある。ドラゴニアンは長命であり寿命は長い。
  だから、なのかな?
  だから、シャルルさんは限りなく不老不死に近い彼を嫌うのは、それが理由なのかな?
  色々と複雑だ。
  「あ、あの、喧嘩はやめてください。そ、そうだシャルルさん、質問があります。結局、眼鏡ってなんです?」
  「おや本当に知らない?」
  シャルルさんは、顔に変な器具を装着している。眼鏡、というものだそうだ。
  シロディールでは普及していない。
  だから街を歩いていると結構、シャルルさんは目立つし眼を引く。珍しいタイプの種族であるドラゴニアンのチャッピーよりも、街
  の人達は珍しがってる。
  一見すると、何かの魔道器具にも見えるけど……。
  「眼鏡はね、視力を強化するものなんですよ」
  「視力? それって、魔法……」
  「魔法ではないんですよ、ツルペタさん」
  「ツル……?」
  「ああすみません。フォルトナさんの平面な胸を透視してしまいました。いやぁ、失言失言。透視した感想を口にするとはー」
  「透視……?」
  眼鏡って、透視能力を持つ魔法アイテムなのっ!
  でもツルペタって酷いよぉー。
  べ、別に発育不良じゃないもん、まだ年齢的に幼いだけだもんっ!
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
  ……。
  で、でも眼鏡の力で服を透視して、あたしの裸を見ているって事よね?
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
  セクハラだー。
  あたしはチャッピーの後ろに隠れる。
  「ふっふっふっ。甘いですよフォルトナさん。彼を透視して、貴女を見てますよ僕はー」
  「貴様この変態めっ!」
  トカゲの従者は、怒りの声を荒げる。
  頼りになるなぁ。
  「変態呼ばわりはよしてください。冗談ですよ。……まあ、品のいい冗談ではないですけどね。それに僕は大人の女性好みです」
  「貴様マスターが貧乳だからって、見下しているのかっ!」
  ……頼りにならないなぁ。このトカゲめ。
  「見下してはいませんよ。ただ僕は、大人の女性……それも胸の大きな女性が好きなだけです」
  「見下しているではないかっ! 巨乳に現を抜かす、それはつまりマスターの貧乳を嘲笑っていると同義っ!」
  ……なんでそうなるのぉー?
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「あのですね、僕はただ胸が大きい方が好き。それ以上でも以下でもないのです……」
  「黙れ黙れっ!」
  「……聞く耳ないのですね。それで結論は?」
  「巨乳など所詮は部分的肥満に過ぎぬっ! 見ろ、マスターの胸をっ! ダイエットに成功した、女性のようにすっきりしている
  ではないかっ! ビバ貧乳っ!」
  「……フォルトナさん、泣いてますよ?」
  「ああマスターっ! 何が哀しいのですかっ!」
  こ、ここまで馬鹿にされたの生まれて初めてーっ!
  ま、まだ15歳のあたしにここまで心の傷を刻み付けるなんて……チャッピー酷いよぉー……。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  ひとしきり落ち込んでいると、アーサン・ロシュさんが部屋に現れた。
  手には、イチゴが山盛りのボウル。
  「どうか、しましたか?」
  場の空気が悪い事を感じ取ったのか、宿の女主人は誰にでもなく疑問を口にした。
  「な、なんでもないです」
  にっこりと……それでも幾分か沈んでいたものの、あたしは微笑んで見せる。
  貧乳馬鹿にされました、とはさすがに言えないし。
  「イチゴをどうぞ。朝食が少し手間取りそうなので、それまでイチゴをつまんでいただければ幸いです」
  「いやぁこれは助かります。僕はイチゴに眼がないんですよ」
  言葉の通り、シャルルさんは素直に喜んだ。
  アーサン・ロシュさんが一礼し、部屋を後にすると貪るようにイチゴを食べ始める。本当に、好きらしい。
  あたしも一つ、口にする。
  酸っぱいなぁ。
  もう一つ食べると、今度は甘い。結構割合はランダムみたい。あたしは甘い方が好きだ。
  「そうそうフォルトナさん。パーティーの名前を付けませんか?」
  「パーティー?」
  「それなりに信頼も得て来ましたし、冒険者一行の名を付けたいと思うのですよ」
  「良いですね、名前があると」
  「僕の意見ですけど《フラガリア》なんてどうです?」
  「フラガリア?」
  「ええ」
  響きは、悪くない。
  冒険者パーティー《フラガリア》。名が売れると、フラガリアの名の重みがシロディールを駆け巡るだろう。
  それはそれで、楽しそうだ。
  「いいですね、それ」
  「でしょう?」
  あたしが同意すれば、チャッピーに異論はないらしい。
  2人とも、良い人なんだけどなぁ。その2人は、仲が悪い。間に入って取り成すあたしは、少し心労気味。
  これが義理と人情の板ばさみ?
  ともかく、仲間なんだから仲良くしたいなぁと思う。

  「さて、無事結成したしたので……一つ、大きな仕事をしませんか?」
  「大きな、仕事ですか?」

  シャルルさんの気性、というか性格は付き合いで既に分かっている。きっともう仕事受けているんだろうなぁ。
  この街、冒険者には厳しい。
  色々と税金が掛かる。その反面、この街で暮らしている住人は税金が安い。
  冒険者が落とすお金で成り立つ街。
  それでも、冒険者がここを活動拠点にするのは当然の事ながらそれを軽く補えるほどの見返りがあるから。
  冒険は儲かる。
  クヴァッチ聖域で長い事暮らしてきたから知らなかったけど、冒険は楽しいなぁ。
  ……。
  ま、まあ……あたしの目的は冒険ではないけどね。
  フィフスを探す事だ。
  その為にこの街に来た。もちろん、レヤウィンでのゴタゴタの結果逮捕騒ぎ(シャルルさん曰く潔白になったらしい。どう調べたか
  は知らないけど)でこの街に逃げてきたんだけど、情報を得る為でもある。

  理由はどうであれお金は必要だ。
  冒険者には物価が高い、今までここではあまりお金になる仕事はしていない……だから、日々の暮らしで稼いだお金は飛んでいく。
  ギリギリの生活ライン、ではないものの蓄えはほとんどない。
  この街に来てすぐにお金全てスられたもんなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「それでどんな仕事なんです?」
  「マスターが危険を背負う必要はありません。あの男に全てやらせればいいのです」
  「そういうわけにはいかないよ、チャッピー」
  「さすがはマスター、フラガリアのリーダーですな。お心がお広いですなぁ」
  「もう、おだてるのやめてよ。くすくす♪」
  「ハハハハハハハハ。マスターは素敵なお方ですなぁ♪」
  「……すいません僕無視するのやめてくれませんか……?」
  あっ。
  シャルルさん寂しそう。
  「ご、ごめんなさい」
  「ま、まあいいですよ。……どうせ僕は影薄いんですから。……ふーんだ」

  あっ。
  シャルルさん拗ねてる。
  ……こんな言い方悪いけど、いい大人が拗ねると、少しうざいかも。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。ごめんなさいシャルルさぁん。
  フィーさんの影響かなぁ。
  あの人の考え方とか言動、今まで接した事ないから新鮮で素敵だし。ふふふ。
  「それでマスターにどんな良い話を持って来たのだ? 下らぬ依頼なら、承知せぬぞ」
  「あなたにそんな事言われる筋合いはありません。僕と貴方は、道連れであり仲間ではないのですから」
  2人、相変わらず仲が悪い。
  険悪、でもないけど。あたしは2人を取り成し、シャルルさんの依頼を聞く事にしよう。
  「それで、どんな依頼なんです?」
  「なかなか良い仕事ですよ。アルケイン大学直々の依頼です」
  「アルケイン大学っ!」
  「ええ」
  魔術師ギルドの本部であり、知識の最高峰。
  一握りの、選ばれた魔術師のみが在籍を許される至高の場所。
  憧れの人、フィーさんはそこのトップに限りなく近い人。やっぱり、あの人は凄い人なんだなぁ。

  「ヴァータセンと呼ばれる遺跡を調べるのが今回の依頼です。良い仕事でしょう?」
  にっこりと、シャルルさんは笑った。