天使で悪魔





狩られし者




  舞台はまだブラヴィルだったりする。
  決死(誇張ではあらずー)の薬剤調合三日間により、心身ともに疲労したものの何とか生き残る事が出来た私。

  巡察三日休んだのに?
  羽伸ばす事も出来ず?

  あっはははははははー。まさに骨折り損のくたびれ儲けだぜー♪
  ……ちくしょう。
  全都市の中でも治安が悪いと評判だけど、実際にはそうでもない。まぁ懐に気をつけないと財布すられる事もあるけど町並
  みがきたない程度かなぁ。観光には向かないけど、歩いて見て周るのは楽しいものだ。

  街の中に川が流れている。
  それ自体は別に珍しくはないんだけど、そこに掛かっている吊り橋がまた古めかしくて結構好きかも。
  歩くとぎしぎし軋んで揺れるのがまた乙ですなぁ。
  この街には二つ宿屋がある。

  一つはギルゴンドリンが経営している『シルバーホーム』という何気に老人介護療養所的な名前の酒場兼宿屋。
  もう一つは『求婚の達人』という結婚詐欺師的な名前の宿屋。
  ……。
  よっぽど私は厄介事に縁があるらしい。
  もちろんそれに関わろうとしたのは私なんだけど……つい、声を掛けた。
  求婚の達人の前で、心配そうに宿屋を見ている女性。名前はアーサン・ロシュ。
  「どうかしましたか?」
  「……その、夫を待っているんです」
  「入ればいいのに。……あっ、何なら呼んできてあげましょうか?」
  旦那さんがここで浮気してるのかも知れないなと思いながら、そう答えてみた。
  親切にされるとは思っていなかったのだろう。彼女は堰を切ったように喋りだした。
  「夫はギャンブルに財産を使い込んだんです。老後の為の、私達のお金を。帝都にある闘技場で賭けをして、いつか大勝
  ちして帝都に家を買うんだって。そこで豊かな余生を送るんだと」
  帝都闘技場。
  帝国元老院の管轄にあり、賭けも合法。しっかし家を買うとは……田舎者め。
  合法だからこそ配当金も安い。スラム街にある私のボロ家でさえ金貨二千枚、家具と改装費を入れればさらに倍以上になる。
  「すぐに貯金は底を尽きました。しかし夫は高利貸しから借金までしました。今では金貨五百枚の借金です」
  金貨五百枚、か。
  帝都軍の標準防具の一式分くらいの値段かな。剣も入れればもっと高くなるけど……まっ、私みたいな冒険稼業を出来ない一
  般人にしてみれば金貨五百枚は途方もない金額だ。が、エイルロンに落ち度がある。
  高利貸しが正しいとは言わないけど、自業自得かなぁ。
  「実は夫は今日、ここに呼ばれたんです」
  「高利貸しに?」
  「クルダン・グロ=ドラコルというオークは気の短い人物です。あまりにも帰りが遅いので何かあったのではないかと思い来た
  のですが、クルダンの部下に阻まれて会ってもらう事すら出来ないのです」
  借金は私の関わる事じゃない。
  確かにそのオークを八つ裂き……あー、半殺しにして借金チャラを強要出来るけど……私がそこまですべき事じゃない。
  それは夫婦の問題だ。当事者である彼女と夫の。
  でも。
  「私が会って来てあげるわ。その……クルダン? そいつにさ」
  「……えっ?」
  「ただのお節介よ。まっ、これが親切だと思うならその親切を受け取っておいて」
  アーサンは深々と頭を下げた。
  関わるべき事じゃない。
  それは分かってる。しかしまあ、関わったものは仕方ないでしょ。それに旦那を連れて戻るだけ。
  約束した以上、護りましょうか。
  「……エイルロン、戻って来たら殺してやる」
  アーサンはそう呟いたけど……。
  それは殺意?
  それは愛情?
  夫婦の機微は私には分からないけど……どうしよう。
  旦那人知れず始末してこいって意味なのかな?



  「失礼。えーっと……クルダン・グロ……ドラゴルだっけ? そいつ、いる?」
  「……っ!」
  オーナーの顔色を変わるのを私は見逃さなかった。
  悪徳高利貸し……まぁ高利貸しに善人はいないだろうけど……評判最悪らしい。
  「どこ?」
  「に、二階に長期滞在しているけど……だけど……」

  「だけど?」
  「あんたの悲鳴が聞えても、その……」
  「喘ぎ声かもよぉー?」
  くすくすと私は笑いながら、酒場の連中の視線を受けながら二階に。
  相手はオーク。戒めよう。
  タムリエルには四種類のカテゴリーがある。
  インペリアル、ブレトン、レッドガード、ノルドの人間種。
  ハイエルフ、ダークエルフ、ウッドエルフのエルフ種。
  アルゴニアン、カジートの亜人種。
  そして、オーク。その四種類。
  オークもカテゴリー的には、正規には亜人種に含まれるかもしれないけど、トカゲ&ネコの亜人とは外観的にも相
  容れない気がする。あの緑の生き物は……トカゲとネコとは違うだろー。私的には、だけど。
  でまあ、そんな事はどーでもいいのよ。
  オークが相手だから戒めるという理由は、相手が全種族最強の戦士種族だからだ。
  緑色の狂戦士。
  そう恐れられる、種族。力でこられれば私は勝てないだろう。……まっ、襲われたらね。

  それにまあ、別に私はそれほどオークを恐れていない。
  私はブレトン。
  タムリエルにおいてもっとも優れている(多少贔屓もあるけどさ)万能種ブレトンの生まれだ。
  エルフの魔力とインペリアルの生命力を併せ持つ、非常に優れた遺伝子の配合の結晶がブレトン。

  世の中腕力だけじゃ渡れないのさ。
  私の名台詞聞きたい?
  えっ、聞きたくない?
  まあまあ、是非とも聞いていってやってくださいよー。
  『三流の魔術師は一流の戦士にも勝る、一流の魔術師は万物を統べる存在である』
  ふっ、そのココロは?
  一流の魔術師は戦士にも勝るし盗賊にもなれる、人の心も操作できるし死者すらも動かせる(蘇生ではない)のだ。
  まさに万能。
  まさに無敵。
  前時代。有史以前、魔法はエルフだけのものだった。そしてその国家アイレイド。
  魔法の使えない旧人類は奴隷でしかなかった。肉体的には脆弱すぎるエルフに勝てなかった。
  まっ、それもこれも魔法が万能という証拠よねー。
  さて、長い話になったけど……会いに行くとしますかねぇ。
  クルダン・グログロ=ドラエモン……?
  ……オークの名前って分かり辛くて嫌だなぁ……?



  「約束のない奴は会わせられねぇ」
  「だからそこ退きなさいってば。あんたは毛玉吐いてりゃいいのよ」
  求婚の達人、二階。オークが長期滞在している部屋の前で足止めを食らっている。
  お相手は手下と思われるカジート。ネコは可愛くて好きだがこいつは生意気そうで好きになれない。
  カジートの癖に生意気だ(ジャイアン風)。
  問答無用で叩きのめしてもいいけど、私が頼まれたのはエイルロンというおっさんを連れ戻す事。
  ……しかし。
  部屋の向こうには気配は一つ。少なくともエイルロンではないだろうと思う。
  あまり好ましい臭いもしないしね。
  ……これは……血の臭い……?
  「てめぇは一体何なんだよっ!」
  「私はロシュ夫人の代理人」
  「あんだとぉ? ロシュ……エイルロンの関係者かよ?」
  野太い声が扉の向こうから、無遠慮に飛んでくる。これがクルダンの声なのだろう。

  にこりと笑って私はカジートの押し退け、扉を開いて部屋に入った。後ろで舌打ちしながらカジートは扉を閉めた。
  安いエール酒を飲みながらニヤニヤ笑っているオーク。
  なるほど。
  ここのオーナーが厄介者だと思いながらも、店の品性に関わると分かりながらも退去を言い渡せない理由が分かる。
  悪党だ。それもとことん。
  ……こんな奴から金借りるなよどー考えてもやばさ全開でしょうに……。

  でも話が合いそうだ。私はこいつよりももっと悪党。
  「で? レディが来たのに椅子も勧めないの?」
  「そいつは悪かったな。座ったらどうだ?」
  「お断りします」

  「……」
  「あなたがクルダン?」
  「だとしたら何だ?」

  「別に。予想してたより可愛い顔じゃないの。もっと吐き気がする醜悪面予想してたからさー」
  「……」
  こいつは一体何なんだ、という疑問符が顔に出まくってます事よクルダンの旦那。
  まだまだ甘い。
  緑色の狂戦士と呼ばれる所以は純戦士として強力すぎる、からだけではない。その顔も関係している。
  見慣れれば愛嬌を感じるけど、基本的には醜悪と思うだろう。
  ちなみにこの『小悪党♪』は見慣れても不快感を感じる(偏見マックス♪)というものだ。
  「てめぇは一体何なんだ? 金借りにきたのか? ……ああ、いや……」

  何を言い出すかは何となく想像出来る。悪党は品がない。
  「俺の手下が呼んだ娼婦ならとっとと服脱いで喋る前に咥えてりゃいいんだよ」
  「……」

  「ブレトン女は華奢すぎるが、まあ俺様の性欲のカテゴリーだわな。金、欲しくはないか?」
  「……」
  「扉の前には俺の部下がいるし下の階の連中は悲鳴が上がっても邪魔も出来ねぇ腑抜け揃いだ。当然、それだ
  けの覚悟があってここに来たんだよなぁ?」

  「……」
  「まっ、上がるのが悲鳴とは限らんがな。てめぇは好きモノな面だしなぁ?」
  「……」
  「けっ、怖くて震えてるのかよ?」
  「……ねぇ?」
  「あん?」
  「気安い」
  「……うっ!」
  ガチャン。クルダンは酒瓶を床に落とした。ビンは砕け、中身を床にぶちまけた。
  腕組みをしながら私はオークを見つめている。
  「殺すのは容易いのよ、クルダン」
  「何の用だ俺様は忙しいんだよぉっ!」

  私の視線を跳ね返すように虚勢を張るクルダン。ようやく本題には入れそうね。
  「用件は簡単よ。扉の外で聞えてたんでしょ、だから私を部屋に入れた。私はロシュ夫人の代理人」
  「エイルロンか」
  「そっ。借金の件でここに呼び出されたそうだけど……ああ、別に借金云々の事に口出す気はないわ。そこは私の
  問題じゃないもの。ただ夫人に頼まれたからね、旦那をここから連れ戻して欲しいってさ」
  「……幾らで雇われた?」
  「善意ってやつよ。で、ここにはいないようだけど彼はどこ?」
  「ここに単身来るって事は、相当腕に自信があるんだろうなぁ?」
  「私は話し合いに来ただけで、ここに争いに来たつもりじゃないけどさ」
  クルダンの視線が変わった。
  下品で低俗な視線でもなく、戦闘の際の視線でもない……がそれに似ている、かな。
  値踏みするように私を見ている。不意にニヤニヤ笑い出した。何ニヤデレしてんだこのグリーンマン?

  「実は俺様の親類の馬鹿が家宝のクルダンの斧を失くしやがってな。代々受け継いできた大切な物だ」
  「はっ?」
  「そいつを締め上げたところ、ここから東にある孤島に隠したと吐きやがった。その孤島にあるグリーフ砦にな」

  こいつ何を言ってるの?
  主題から離れている気がするけど……。
  「昔は海賊の砦だった。まぁかなり昔にブラヴィル都市軍に一掃されたから今は無人だ。取りに行って来い」
  「はぁ?」
  「エイルロンも借金チャラを条件に探しに行かせた。これは正当な借金取立て行為だと俺様は自負しているよ。お前
  さんがエイルロンを女房の所にいち早く戻してやりたいなら、助けに行きな。小船を一艘、都合してやるよ」
  「私がそこまでお人好しに見える?」
  「それはてめぇに聞きな」
  「ごもっともなご意見な事で。……もし私が行かなかったら?」
  「その時は、まあエイルロンは帰ってこれないだろうなぁ。長い休暇……永遠の休暇ってか?」
  がははははは、その後下品に笑った。
  無人で安全なら自分で行けばいい。しかしクルダンはそうせずに借金の帳消しを条件にエイルロンを送り込んだ。
  ……怪しいだろう。
  ……普通に考えなくても怪しいだろう。
  当然エイルロンにはそんな余裕がないから思うもつかなかったのだろうけど……怪しいさ全開罠感丸出し。
  「で、小船はどこに?」



  グリーフ砦。
  ブラヴィルの東に浮かぶ、孤島にある砦。クルダン曰く、昔の海賊の拠点。
  「ふぅ」
  お人好しの愚か者、上陸ー♪
  ……。
  ……けっ、馬鹿め。
  どー考えても罠だろう。あのグリーンマンの思惑は知らないけど、借金500を帳消しにするには簡単すぎる。
  家宝の斧の探索。
  負けの込んでる、借金塗れのエイルロンは疑わずに飛びついたんだろうけどまったく関係ない私からしてみれば、冷静に
  見れば誰だって罠だと思う。ここに送り込まれたのだ。何かの意図で。
  何の意図かは知らんけど。
  あの手下のカジートに促されるまま、私は船着場にある小船に案内され、奴に見送られて出航。平服のままだ。。
  あのネコ、私が武装させまいとしていた?
  まあ帝都軍の甲冑着けるわけには……いかないしね。帝都軍として出張ると事が大きくなるし。
  ……あんな重いもの、普段から着込めるかっていうの。
  もっとも剣は常に帯刀してある。幽霊系も斬れる銀の剣だ。
  「さぁて。エイルロン探すかねぇ」

  ここまでする事はないんだけど、ロシュ夫人に頭まで下げられたし、一応関わった事だしね。やり遂げよう。
  ……その上で、あのエロオークに報復してやるとしよう。
  殺しゃしないわ。暴言程度だからね。ふふふ。半殺しにしてやるだけよ。
  島はさほど大きくない。
  一周三十分程度の規模で中央にあるのがグリーフ砦だろう。周ってみて分かったけど入り口は一つだ。
  入り口をくぐる。扉なんてモノはそもそもない。

  ガシャアアアアアアアンっ!
  「……はい?」
  砦内に入った途端……砦と言っても天井はない。青空教室だ。
  それはいい。それはいいのだが……通り抜けた途端、鉄格子が下りたのだ。これは……閉じ込められた……?
  「……また犠牲者が一人……」
  「エイルロン?」
  ハゲたおっさん……多分エイルロンだろう。焦燥し、絶望しきった顔だ。
  ここに来たのは私より多少……掛かっても半日程度、早い程度のご到着のはずなんだけどそこまで疲れる理由が
  分からない。ただ、その場にしゃがみ込み虚無感に陥っている。
  「私は奥さんに頼まれたのよ。連れ戻すって約束したし」
  「……アーサンに……?」
  「こんな状況は正直、まぁあのオークの言動の端々から想像はしてたけどさ」

  「……俺は、はめられたんだ。借金をチャラにするからってここに……」
  「斧は見つかった?」
  あるわけがない。
  それは分かってる。しかしここに誘い込まれた意味が分からない。クルダンは何者?

  「斧なんてでっち上げだっ! あいつは、あいつはただの高利貸しじゃないんだっ!」
  「だと思った。さっ、続けて」
  「ここはあいつの主催する『狩人の挑戦』」の舞台なんだっ!」
  「狩人の挑戦?」
  「あいつは俺のような借金塗れの顧客に、借金チャラを餌にここに送り込むんだ。そこの鉄格子の開閉レバーは砦の地下
  にあるんだが血に飢えた貴族の連中がハンターとして徘徊してる。高額な料金で俺は獲物として買われたんだっ!」
  「うっわエゲツない事をするわねぇ」
  獲物と場所を提供するクルダン。
  高額な見返りを払い人を狩りの対象とする貴族のボンクラども。
  ……死刑ね、これは。
  「あんたを巻き込んだのは俺の所為だ、それは謝っても謝り切れない。本当にすまないと思ってる」
  「んー? あー、それは気にしないで。でもどうして逃げなかったの? 私が来た時は……」
  「開いてた。だ、だが私はクルダンの手下と一緒に来たんだ。その手下は……」

  あのカジートか。
  なるほど。エイルロンの時はわざわざ送って行ったのか。船がないからエイルロンは帰れなかった。
  泳いで帰るには遠すぎる。まず途中で疲れて溺死する。
  ……だったら砦の外で待っててくれればよかったのに。そしたら私の船ですぐに帰還、任務終了だったのにさ。
  「奴は言ってた。ここから帰るにはハンターを返り討ちにするだけだと」
  「ふむ」
  地下。なるほど、入り口がある。あの扉は地下に続いているのだろう。
  とっとと片付けるかな。
  「はい」
  「これは……」
  「見てのまんま剣よ。官給品だからね、失くさないでよ」
  ハンターを倒しに行こうとする私の後ろを、足は震えているものの着いて行こうとするエイルロンに私は剣を手渡した。
  ここにいるのが怖いからか。
  自責の念に駆られてるのか、それは知らないが迷宮に来る勇気だけ、受け取りましょう。
  ……まっ、ぶっちゃけ邪魔だし?

  「護身用よ。それ持って、ここで待っててよ。どうせ戦闘なんて無理なんでしょ?」
  「あ、ああ。今まで戦いとは無縁の暮らしをしてた」
  「じゃ、そこにいてよ。……それと、無縁の暮らしでいたいならヤクザな真似はしない事ね」
  「……ここであんたが帰ってくるの待ってるよ。それと」
  「んー?」
  「これからはギャンブルなんてしないでまっとうに生きてくよ」
  「それは、私じゃなくて奥さんに言う事ね」
  「だが、あんた俺に剣渡したら丸腰……それに貴族の連中は金に物を言わせて凄い装備を……」
  「ふっ。装備による性能の違いが戦力の決定的な差にならない事を教えてあげるわ」



  コツコツコツ。
  足音だけが空しく響き渡る。砦の中は乾燥しきっていた。しかも空気が淀んでいる。
  気分が悪い。
  私は武器を所持していないし平服のままだ。元々散歩のつもりで出歩いてただけだし。

  だけど心配後無用。
  愛と勇気と友情させあればどんな敵でもイチコロだい♪

  ボゥ。
  明かりが見える。それは闇の中を進んでくる。こちらに向って。最初のハンターのお出ましか。

  ハンターは三人らしい。いずれも貴族出身のボンボン。
  「はっはーっ! 女が獲物とはな、楽しめるぜこんちくしょうっ!」
  僕のパパはお金持ちとっても偉いんだい、というオーラ全開の貴族が全身煌びやかな装備に身を包んで登場。
  まさかあれは金の鎧?

  金に物言わせて……無駄な物を特注したご様子。
  金なんて重いし鎧としては装甲が脆い。こいつ実戦知らないな。まっ、少し楽しもうかな。
  ブン。ブン。ブン。
  まずは肩慣らし。貴族の剣が襲い掛かる……も私は簡単に回避。ただ空を斬る。
  「ぜぇぜぇ。俺様の必殺の攻撃をかわすとは……ますます面白れぇっ!」
  ……なぬ?
  ひ、必殺かよ。こりゃあ大金払ってこのゲームに参加するしかないわねぇ。無抵抗な奴しか殺せない雑魚だ。
  あー、いやいやこれならエイルロンでも勝てたんじゃあ……?
  「ゆ、許して」
  とりあえず演技。演技は二度としないつもりだったけどこいつはすぐに死ぬし。
  演技の練習相手という事で。……すぐ死ぬけどさ。
  「はっはーっ! 上手に命乞い出来たなら、特別に見逃してあげるよお嬢さん。僕は優しいからね」
  「……やっぱやーめた」
  ばきっ!
  顎を蹴り上げた。体術もそれなりに自信がある。根本的に力が弱いけどね。
  貴族のハンターは血反吐を吐きながら転がった。歯が折れ、顎の骨もも砕けたらしい。な、なんと脆い奴。
  「上手に命乞い出来たら許してあげるけど? くすくす」
  「まのいてくこりしはいてみはにいてもりいなにてみらすにはいりちみたのもくいはるっ」
  顎の一撃で喋る事も出来ないらしい。残念。
  「はい死刑」
  なかなか上等な剣持ってるのね。もらっておこう。
  だって首が簡単に刎ねれたもの。さっすがお金持ちね、良い物選んでるわ。
  まず一人め。



  「きゃああああああああああああああああああっ! たーすーけーてーっ!」
  べ、別に気の触れたわけじゃない。
  次のハンターに見つかり……いや正確には私が見つけたんだけど……ともかく、今追われてる。
  「ぜえぜえ。い、命乞いしても助けてやらん……はあはあ、ま、待てー……」
  ……遅いぞお前。
  途中で止まって遅れを取り戻すのを手伝う獲物って一体?
  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「はっ?」
  振り向くと、ハンターがいない。
  ……あー、いた。
  クルダンがゲームの趣向として仕掛けたのか海賊時代の名残なのか知らないけど天井から鎖に繋がれたトゲトゲ鉄球が
  無数にぶら下がっている。この罠が発動すると、トゲトゲ鉄球が落ちてきて罠に掛かった間抜けに襲い掛かるわけだ。
  ……で、この罠は使用済み。
  「ア、アホかこいつ」
  勝手に罠に掛かって、トゲトゲ鉄球の洗礼を受けて即死。
  狩人の挑戦。その真意はグウタラ貴族の鍛錬場なのかもしれない……いや、半ばマジでそう思っていた。
  続いて二人め。



  砦最奥。
  最後のハンターには結局、会えずにここに到着した。レバーがある。あれを動かせば外に出られる。
  ……いや。
  「何だ、そこにいたの」

  「獲物を狩り立てるのは三流のハンターのする事だ。一流は、待つ。最高の獲物をな」
  最後のハンターはオーク。
  クルダンか、と思ったが違う。顧客の一人か。
  しかし一見して分かるのは、あの二人の貴族とは違う事だ。こいつは愉悦だけでここにいる軟弱貴族ではない。
  少なくともあの手にした戦斧の使い方を知っている。

  「狩りがお好きなのかしら?」
  「狩りほど楽しい事はないからな」
  「なるほど」
  「しゃあああああっ!」
  奇妙な気合を発しながら私に襲い掛かってくる。……速いっ!
  キィィィィィィィィィィンっ!
  「つっ!」
  受けたのは間違いか。この馬鹿力めぇー。腕が痺れた。
  「しゃあっ! しゃあっ! しゃああああああっ!」
  連続攻撃。
  どうなる私、八つ裂きにされる……わけないか。
  「毒蜂の針っ!」
  緑色の光が、オークの体を包んだ。これは麻痺系の魔法。しばらく動けない。これすなわち死を意味する。

  このオーク、職業戦士じゃない。
  力は強いが隙がありまくり。おそらくはこういうゲームで腕を磨いているエセ戦士なのだろう。
  他の二人に比べれば強いけど、三流戦士にも劣る弱さ。

  事実、動きを奪われたのをきっかけに戦士風な虚勢が一切消えて泣き言を言い出した。
  「ク、クルダンめっ! こんな強い奴がくるなんて聞いてないぞっ!」
  「良い事教えてあげる」
  「よ、よせっ! 来るな、やめろっ!」
  「本当の狩人は知ってるのよ。狩られる側には絶対になりたくないって。だから思慮を持ってる。でも貴方達は?」
  「た、助けてっ! 助けてくださいお願いします頼みますなんでもしますですからですからっ!」
  「却下。お前も死ね」

  狩る者と狩られる者は常に紙一重。
  それを分けるモノは?
  「大金払ったのに悪いわね。私のゲームになっちゃったわね、この殺戮ゲーム」

  さて。とっととレバーを上げて帰りましょうかねぇ。
  ハンター……いえ獲物三匹、排除完了。



  「……えっ……?」
  それは突然だった。
  外に出た時、エイルロンは地面に横たわっていた。……屍として。
  それを見下ろす形で立っているオーク。クルダンだ。手には血塗れなクレイモア。全身を重武装で覆っている。
  「煉……っ!」
  ヒュン。
  空気を裂き、何かが飛来してくる。本能的に私は横に避けた。矢だ。
  頬にかすったらしく薄口傷痕が出来る。
  その時、悟った。手に生まれるはずの火の玉が具現化できない。どうやら沈黙の魔法(文字通り魔封じの効果)がエンチャ
  ントされていたらしい。姿は見えないけど、手下のカジートもいるらしい。
  「よぅ。まさか生き残るとはなぁ。これほど活きの良い追加の獲物だとは思ってもなかったぜ、ブレトン」

  「私達はゲームに勝ったわよっ!」
  エイルロンは……クルダンの足元に倒れているけど……ほぼ即死だろう。生きてはいない。
  首が半分千切れてて生きているはずがない。
  「がっははははっ! ゲームってか? お前本気でここから帰れるとでも思ってたのかよ? 悪いな最初かに帰す気なん
  かねぇんだよ。生きててもらっちゃ困るんだ、獲物を帰したら何するか分からねぇだろう?」
  「……」
  甘かった。
  相手は小悪党、私より格が下と思って甘く見ていた。油断した。
  ……ちくしょう。

  勝ち誇ったグルダンは愉快そうに笑いながら話を続ける。
  「まぁ衛兵に話そうとも簡単に揉み消せるけどな。客は全員貴族の出、連中にも体裁があるから握り潰しちまうんだよ」
  「……」
  「かといって帰す気はねぇぞ? 今までもこれからもな。前例は作る気はねぇよ」
  「何故私をここに?」
  「エイルロンじゃ客のニーズに応えられないと思ってよ。そんな時お前が現れたってわけだ。客も無抵抗な野郎を狩るよ
  り無抵抗な女を嬲り殺す方が被虐心が満たされねぇからなぁ。女殺さなきゃイケねぇんだよ。がははははっ!」

  「……ゲスめ」
  「誤算と言えば……てめぇが客を全員殺しちまった事だが……まぁ金貨で財布を膨らませた客は大勢いる。後はお前
  を殺せば帳尻が合うってわけだぜ。どうだ、絶望したか? 魔法封じられりゃただのメスネコだぜ、ブレトン」

  「ブレトンの生まれが魔法だけを頼りにしてるとは思わない事ね」
  「おお怖っ! 噛まないでくれよメスネコ。噛まれたら痛みの所為で即死させてやれないかもしれないしなぁ」
  砦内でハンターのボケから奪った剣を持ったまま外道を睨みつける。
  構えはしない。
  ……こいつ、どう殺してやろう……?
  「エイルロンの事は……まぁなんだ、残念だったな。だがモノは考えようだ。これでもう借金で苦しむ事はないだろうよ」
  「そろそろ始めましょう。だらだらと、遺言聞く気はないわ」
  「けっ、ほざくじゃねぇか」
  ギリギリギリ。
  手下のカジートが矢をつがえる音。音からして……右斜め……ああ、いたいた。視界の端に捉える。
  そろそろ親分の長演説も終わりらしい。
  ……馬鹿な連中め。
  とっとと片付ければよかったのに……まっ、出来たらの話だけど。
  「お前はゲームに勝ったと言ったが一つだけ忘れてるぜ。こいつは俺様のゲーム、俺様がルールだっ!」
  「ぎゃあああああああ……っ!」
  ドサ。
  はい、ごくろーさん。矢を放つ前に、カジートは私の投げた剣に胸元を貫かれて倒れた。絶命。
  しかし怯む事なくクルダンは手にしたクレイモアを私に振り下ろしてきた。赤い光を放っているところを見ると何かエンチャン
  トされている魔法剣だ。何の魔法かは知らないけど、体に良くないのは確か。
  ……当たればね。
  「煉獄っ!」
  「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  どかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!
  爆音。
  炎の球はクルダンに直撃、煙が晴れた時クルダンはこんがりと焼けた状態で壁に叩きつけられていた。
  エイルロンの握っている、私の剣を手に取る。
  「ま、魔法は使えないはず……」
  「単純ばーか」
  永続的に続く魔法なんてありえない。……神や悪魔の遺産は除く。
  現在魔術師のトップに立つハンニバル・トレイブンでさえ二分も続く効力の魔法なんて使えない。
  クルダンは生き残った獲物をまず魔法を封じ(魔法を使えないであろう人物に対しても保険として)てから処分してきた。
  しかし今までと違う事が一つ。
  私をただの魔術師と思った事だ。私は魔法剣士。魔術師であり剣士なのだ。一流のね。
  正直誰かを殺すのに、手段は無数にある。
  「喋りすぎね、クルダンの旦那。沈黙の魔法の効果、とっくに切れてたんですけど?」
  さてどうしてくれよう?
  こいつは舐めた事をしてくれた。それ相応の報いを味あわせてあげないとねぇ。
  逃げようとする……が、オークの体は這いずる事しか出来ない。
  タフなお方。
  煉獄をまともに受けて生きてて、意識もあって、動けるのは余程の魔法抵抗の持ち主かクルダンのような筋肉男だけだ。
  ……まっ、後者のような筋肉男なら死に損なった分、苦痛が増すだけなんだけどさ。
  私はわざと歩調をゆっくりとし、追い詰める。悪党ですから、私。
  嬲って殺そうかしらねぇ。
  「悪いねクルダン。この場合、ルールとしてどうなの?」
  「はあはあ」
  「あなたがゲーム、らしいけどね。悪いね。このゲーム、今から私が支配してあげる」
  「ど、どうせアーサンからは無報酬なんだろっ!」
  「ん?」
  「俺の命、俺が買い取るぜ。……へへへ。ほら金貨をやるぜ。お互いに悪党だ、あんたも同じ臭いがするぜ。へへへ」
  失礼な。
  同じ、じゃないわ。私の方が遥かに格が上。
  ……しかし。
  「お金っていいわね。持ってれば円滑に物事を進められる。種族による差別もない。まさに平等な代物よね」
  クルダンが投げた金貨の袋を手に取る。二百枚はあるわね。
  私にはさほど必要ではない。
  でも、あるに越した事はない。こいつ殺して、もしくは空手形切って奪ってもいいんだけど真の悪役とは約束を護るものだ。
  「いいわ貴方の命、貴方が買い取ったってわけね」
  「……へへへ。殺したりは……」
  「しないわ。私は約束は護る主義なの」
  場合に応じては簡単に主義捨てるけどね。
  「約束するわ。私は貴方を絶対に殺さない」
  私は優しく微笑んだ。



  ブラヴィルに戻った時、既に夜だった。
  考えてみれば私はアーサンの家を知らない。エイルロンの遺体を聖堂に安置してもらい、そこの司祭に家を聞いた。
  ギャンブル狂としてエイルロンは有名だという事が判明した。
  ……自業自得か。
  ……哀れね。
  ロシュ家の扉をノック。家は大変小さく、二人住むのには広くはない。
  青白い顔のアーサンは私を迎え入れてくれたけど私は言葉が出なかった。戻るまでの間に延々と掛けるべき言葉を
  考えてたのに、言葉が出ない。人の死を悲しむ情緒が私にもあるらしい。
  少し、意外だった。
  「……あの、アーサン、実は……」
  「夫の身に何かが起こったのですね」
  「……えっ?」
  「貴女のお顔を見れば分かります。言ってください。夫は、どうなりましたか?」
  戸惑う私に対して、アーサンは澄んだ顔をしていた。彼女は直感的に感じている。もう生きてはいないと。
  ……なのに何故そんなに穏やかに微笑んでいられるの……?
  「ごめんなさい。彼は……旦那さんは、もう……」
  「馬鹿な人」
  「……」
  「ギャンブルを続ければ身を滅ぼすと何十回も言ってきたのに。本当に、馬鹿な人」

  「……」
  「それであの高利貸しはどうなりましたか?」
  「クルダンは、あの島からもう二度と出る事は出来ないでしょうね」
  「では、あなたは夫の仇を討ってくださったのですね」
  私は、眼を逸らした。
  彼女の夫を失っても、他人である私の前で泣き崩れまいと懸命に、気丈に振舞っている彼女の眼が見れない。
  微笑を絶やさないままアーサンは言った。
  「あまり御自分を責めないでください。貴女は、私達夫婦の為に力を尽くしてくださりました。どうぞこれをお持ちください」
  「これは……」

  一冊の本を手渡された。題名は『狼の女王の伝記』。かなりのレア本だ。
  「どうぞお持ちください。……夫は言っていました、例え自分が捕まってもこれを売れば保釈金になると」
  保釈金。
  あの旦那、金借りるだけじゃなくて、もしかしたら何かの犯罪行為も……?
  ……。
  やめよう。死者の事は、考えるのは、やめよう。
  「アーサン、でもこんな大事な……」
  「持って行ってください。そして申し訳ありませんがどうぞ一人にしてください。……どうか、思い出に浸らせて」
  「旦那さんは聖堂に安置してもらってるから。それじゃあ」
  私は辞去した。
  ここにいて私に出来る事なんてもうありはしない。
  今の私に出来る事、それは彼女を一人にしてあげる事。もう、それしか私には出来ない。
  ……扉の向こうで泣き叫ぶ声が聞えた。



  愛の形は人それぞれ。
  私には愛は分からない。愛した事がないから。誰かを、恋愛感情で見た事はない。
  ……愛し方も分からない。
  戻って来たら殺しやると、アーサンは言った。でもそれは愛の機微なのだろう。

  ……私には分からない。
  ……私には?
  ……私には……。

  仇を討てば人の悲しみは癒されるのだろうか?
  ……否。
  それはあくまで、一時の衝動でしかない。仇を討つ、その時人は生きていられる。そしてそれが終わった時、人は死ぬ。
  決して癒されない。
  決して癒される事なんてありえない。
  仇を討てば、その後の生きる目標がなくなるからだ。
  仇を討っても、生きて行かなければならないからだ。

  残酷で美しい世界。
  この世界にメルヘンな救いもなければ誰しもが争わずに平和に生きるなどという奇麗事は存在しない。
  そんな理想も。
  そんな心情も。
  全ては塵となり風に舞って消えるだろう。
  この世界に『そして幸せになりました。めでたしめでたし♪』なんて存在しないのだ。
  ……絶対に。
  「後味、悪いな。……へこめるんだ私。少し意外かも」
  ……アーサン、気が付いたかな?
  クルダンから巻き上げた金貨の袋、テーブルに置いてきたけど気付いたかな?
  ……。
  私は一つ、嘘をついた。
  クルダンは殺していない。あいつの命を私は金で救った。私は約束は護る。あいつは今も生きている。あの島で。
  私は言った、『殺さない』とね。それも、言葉の機微よね?
  ふん、殺してなんかやるもんか。あの傷では長くはないけど二日は生きるだろう。生きたところで意味はないわ。
  船は沈めたし、グリーフ砦の出入り口の鉄格子は閉めてきた。
  どう足掻いても死ぬしかない。
  あいつとの協定に背反していないわ、約束どおり『殺し』てはいないのだからね。
  ……奴には死すら生温い。
  精々足掻いてもがいて苦しむがいい。死を慈悲だと感じるまで、絶望すればいい。
  さて。
  暗いお話はお終い。お酒と肴を大量にギルゴンドリンの酒場から買い込んできた。今夜は異種間恋愛実施中の恋愛の
  大御所グッドねぇから恋愛話でも聞いてみましょうか。考えてみれば恋人のハイエルフに会った事ないし。
  「ハイ。皆、この間のお詫びに飲みましょう。全部私の奢りよー♪」
  『ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! また酒持ち込んできやがったお助けーっ!』
  「……な、何よこのギルドメンバーは。グッドねぇ、躾不足なんじゃないのっ!」
  「躾するならまずエメラダ坊やだろうねぇ。個性と我侭は別物なのに知らないんだねぇ。……可哀想に」
  慌てふためくギルドメンバーとは違い悠々と読書をしているグッドねぇ。
  さすがは肝の据わり方が違う。
  ……言ってる事は一番酷いだろうけどさー……。
  ぐはぁっ!