私は天使なんかじゃない
Falling Down
空から来るモノ。
「よし、行けっ！」
グリン・フィスが私に続いてタラップを登り切り、ジェットヘリの中に入るとガンスリンガーがスティッキーに叫んだ。
私たちを収容する為にジェットヘリは滞空している。
収容した以上、留まる必要はないわけだ。
ただ……。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。
軍曹は軽機関砲での銃撃を再開した。
さっきまではアンクル・レオがジェリコと格闘していたので誤爆を避けて撃っていなかった。
私は開け放たれた扉から眼下を見る。
アンクル・レオは屋上に倒れていた。
動いている。
生きてはいるけど、このまま状態はまずい。
ジェリコにトドメを刺されてしまう。
「さっさと飛ばせっ！」
「うるさいな黙れよムンゴっ！ ……ミスティ、いいのかい？」
スティッキーはアンクル・レオと面識がある。
パラダイス・フォールズ襲撃の際も一緒だった。
どうする？
この場に留まって戦うか、それとも……。
「逃げられると思ってるのか、てめぇらっ！」
バサッと4つの翼を広げる。
あの翼は伊達じゃないってわけですね。
「おいおいミスティさんよ、あの化け物は何だっ！」
ああ、そうか。
ガンスリンガーはあれがジェリコだと知らないのか。まあ、既に人型ってぐらいの共通点しかないので無理はないですけど。
「あなたの雇い主」
「はあ？」
「ジェリコよ、ジェリコ」
「嘘だろっ！」
「髪型変えたし分からないのは無理ないわよね」
「……あんた、こんな時にジョークとは良い根性してるよ……」
「どうも」
「ふっ、主のユーモアのセンス、驚いたか」
グリン・フィス君、ドヤ顔。
褒めてはないと思うけど、まあいいか。
非常事態は遠ざかりつつある。私らへの、ではなく、アンクル・レオへの。彼の安全が確保できるなら私らも撤退できるというものだ。眼下の異形の化け物は羽ばたき、宙に浮き始めた。
アンクル・レオを見向きもしない。
ふむ。
「こっちに来るか」
願ったり叶ったりだ。
ならば手は1つ。
「スティッキー、撤退」
「でも……」
「あの化け物は私らを殺したいみたい。私らが逃げれば追って来る。アンクル・レオは助かる。追いかけっこして振り切れば皆生き残る。おっけぇ？」
「あいよっ！」
撤退要請はスティッキーにとっても異議はないらしい。
案の定ジェリコは飛ぶ。
その間にジェットヘリは9急旋回、速度を上げてこの空域から離脱を開始する。
もちろんジェリコは猛追撃してくるけど。
軍曹は一旦銃撃を止めて弾倉交換を始める。
ジェリコは追ってはくるけど遠距離の攻撃の能力はないようだ。
あっても困るけど。
ふぅん。
奴は完全にチートした存在ではあるけれど、まだまだ未完成ってわけだ。触手を伸ばすっていうのもここまでは届かないようだ。
弾倉交換の間、私がアサルトライフルで銃撃する。
バリバリバリ。
当たらない。
なかなか難しいな、だったら……。
「Cro……」
「何だありゃっ！」
「ひゃうっ！」
突然ガンスリンガーが叫んだので私は妙な声を出してしまう。
くそ、集中途切れて能力発動しなかった。
「……主、可愛い」
うるせぇーっ！
何言ってんだ、まったく。
「ガンスリンガー、うるさい」
「下見ろよ、下っ！」
「下？」
「下っ！」
「……うわぁ……」
スパミュが地上に大量にいる。
100って数じゃない。
200、300はいるな。
ボルト87が沈黙したのにまだこんだけいるのか、結構驚きだ。もちろんレッドアーミーに編入されていない野良スパミュはまだキャピタル全土にいるんだろうけど、これだけ集まった数を見るのは
多分これが最後だろう。北部戦線は完全に破綻し、エンクレイブに敗北してアンテナ基地まで後退して来たのか。
エンクレイブは地平線で待機したまま。
それは先ほどと変わらない。
何だろう？
消耗を嫌って待機しているのか？
いや、駆逐するつもりなんだから今戦うが後に回そうが大して変わらない気がする。
……。
……エンクレイブは何かを待っているのか？
でも何を？
まあいい。
今度こそジェリコを落とすっ！
「Cro……」
「おいおい何なんだ、あれはっ！」
「ひゃんっ！」
今度叫んだのは弾倉交換し終わった軍曹。
またか。
まーたーかーっ！
「……主、まさか自分を誘惑して……いや、いかんいかん、自分は従者。邪な考えはいかん」
「うるせぇーっ！」
今度は声に出てしまった。何言ってんだ、この非常事態に。
死んでしまえっ！
まったく。
「すいません。ユーモア……」
「はいはい。で、軍曹、何？」
「あれだ。何か黒い霧が迫って来てないか？」
「黒い霧？」
ああ、本当だ。
四方から黒い霧が迫って来てる。
そして音。
それは次第に大きくなってくる。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴっ！
何の音だ？
「主、これは羽音、でしょうか？」
「羽音？」
「はい」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。
突然軍曹は軽機関砲を乱射し始めた。
気持ちは分かる。
何故ならば……。
「スティッキー、回避回避っ！」
「言われるまでもないよミスティっ！ あー、だからミスティのお供は嫌なんだーっ！」
ジェットヘリは空中を縦横無尽に……と言えば聞こえはいいけど、デタラメに飛び回る。
軍曹は軽機関砲を撃つ。
私もアサルトライフルを撃つ。
ガンスリンガーも、グリン・フィスもそれぞれ単発銃ではあるけど撃つ。ガンスリンガーは2丁拳銃で、スタイルとしてはブッチと被ってる。
対象は雲霞の群れ。
あれは黒い霧なんかじゃない。
ある程度接近して分かった、あれは拳台の羽虫だ。
「何よあれっ！」
「東海岸じゃレアなのかよミスティさんよっ！ ありゃブロード・フライ、ハエの化け物だっ！」
「ブロード・フライ？」
知らん。
レアなのかもしれないし、今まで私らが出会わなかっただけかも知れない。
私らの乱射は次々とハエを撃墜していく。
ハエどもは何かを飛ばしてくるけどヘリには当たらないし、そもそもまっすぐ飛んでこない。ハエは一度滞空してからじゃないと撃てないらしく、その間に次々と撃破。
「ガンスリンガー、あれは何を飛ばしてるの？」
「卵だ」
「卵？」
「正確にはウジだな。当たるなよ、皮膚破って体内に入られるぞ」
「マジか」
雑魚だけど地味に嫌な、それでいて致命的な攻撃してくるな。
全部終わったらキャピタルから駆逐しなきゃいけない生物リストに入れとかなきゃ。
体に重圧が掛かる。
ジェットヘリが急上昇したのだ。スティッキーはヘリの操縦はかなり乱暴です。
「弾倉交換する、しばらくお願い」
「自分も交換します」
グリン・フィスは45オートピストル。
命中率は高くない。
銃が悪いってわけじゃない、銃は最高級品だ。誰にでも得手不得手がある、彼は銃は苦手だ。
「グリン・フィスは周囲に気を配ることに専念して、死角から来られるとまずい」
「御意」
虫が、というのもあるけど、ジェリコが追撃して来てる。
備えとして彼は控えていた方がいい。
「俺も操縦に気を配るけど死角から来られる方が怖いから本気で頼むよっ！ 落とされたらみんな死ぬからさっ！ マジ頼むーっ！」
「うろたえるな、大丈夫だ、ここには主がいる」
「だからうろたえてるんだーっ！」
失敬な。
まるで私がトラブルメーカーみたいじゃないか。
……。
……否定できませんね。私は元凶、トリックスターっす。
すいませんでしたっ！
おおぅ。
「よしっと」
弾倉交換終了。
ハエの数はかなり減ってる。空を飛ぶクリーチャーではあるものの、この高度を領域にするタイプではないらしく、動きは緩慢だ。密集して襲って来るし、密集に撃てば確実に当たる。
軽機関砲もある。
楽勝だ。
「にしても厄介なタイミングで群れの移動に遭遇したわね。そういう性質なの、ガンスリンガー？」
「……」
「ガンスリンガー？」
「……厄介ではあるが、ブロード・フライ自体は性質的に大人しいんだ。テリトリーを侵さない限りは人は襲わない。基本は死肉に卵を植え付ける」
「まあ、虫だし、予想外の行動はあってもおかしくないんじゃない？」
「……」
「何よ？」
「あんたわりと鈍感だな」
「はあ？」
失礼な。
ハエを撃ち落しながら私はガンスリンガーの顔を見る。
失望と、怒りの表情？
何だ？
「どうしたの？」
「さっきの化け物はジェリコなんだろ」
「えっ？ ええ」
「ストレンジャーにフライマスターって奴がいた。話では裏切り者の吸血鬼ヴァンスに腕を落とされた、と聞いた。マスター系能力者で、ブロード・フライを意思1つで操れる。キャピタルでの
本拠地にしていたグレイディッチでの決戦には参加せずに姿を消した一人だ。俺も参加していないが、俺の場合はブッチに引き殺され掛けた絡みで寝込んでたのさ」
「つまり？」
ヴァンスの下りは報告書で読んだ。
メレスティト・レインヤードの指導者が元ストレンジャーなのは知ってる。ビリー・クリールもね。
だけど過去はどうでもいい。
私は、現在の彼らの友人なのだ。
「つまりジェリコの仲間になっていると思ってるの？」
「辻褄は合うだろ」
まあ、彼も傭兵団壊滅後はジェリコの刺客になってたわけだし。
だけど……。
「ローチキングは言ってたよ、視覚を同調できると。ハエを通じて俺も見ているはずだ、なのに襲わせ続けるなんてっ！」
「それ違うと思う」
「どういうことだ？」
「ジェリコは能力者を食べることで能力を奪うことが出来る。私ら能力者とは別系統のmaster系能力者も多分同じなんじゃないかな」
「つまり」
「つまりジェリコがそいつを食った」
「……」
可能性としてはそちらの方が高いだろ。
アンソニー、いや、イーターを取り込んでその能力を奪う力を得たんだ。
わざわざ部下にして動かす必要なんてない。
そう。
部下として能力者を侍らすよりも、能力者を食った方があいつとしては楽なはずだ。能力を奪えるし、奴の行動の幅が広がる。
「おい、その話が本当ならっ！」
あらかたハエを撃ち落した軍曹が叫んだ。
「何？」
「あいつ俺らの位置を掴んでいるんじゃないのかっ！」
「ヤバいっ！」
視覚を同調しているのであれば。
ハエは私らをヘリごと空から落とす為のものではなく、足止めと、こちらの位置の特定？
「主、下から来ますっ！」
「スティッキー右に回避っ！」
声と同時にヘリは急速に移動。
何かが通り過ぎた。
空を見る。
「待たせたな、お前らっ！」
「待ってないっ！」
アサルトライフル掃射。
くそ。
ジェリコだ。
やはりあのハエどもは足止め＆こちらの捕捉ってわけだ。ジェリコは銃弾を物ともせずにその場に滞空している。羽根を使いこなしている。だがこちらはあいつに付き合うつもりはない、ヘリはその
場から離れる。私はその間にアサルトライフルを背負い、ミスティックマグナム2丁を引き抜く。
一気に決めるっ！
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
12連発っ！
全弾発射、しかし能力を行使しているわけではないし、相手は飛行し動いている。全弾命中ってわけではないけど、半分は命中、そして体が穴だらけになる。
普通なら死んでる。
普通なら。
だが相手はあいにく普通ではない。
教授がどういう意図で再生能力与えたのか知らないし、ジェリコに寄生するつもりが逆に取り込まれたザ・マスターが何したかったかは知らないし、Vジーン計画などという旧世代の技術をDr.ミカヅキが
組み込んだのかも知らないけど、相手は人間辞めてる。というかあれは生物の範疇なのか？
うーん、微妙なところだ。
ともかくだ。
相手は化け物。
現に瞬く間に再生していく。
キリないな、これ。
粉々にすれば倒せるのか、むしろ粉々通り越してレーザー系の武器かプラズマ兵器で誘拐させなきゃダメか？
スティッキーが叫ぶ。
「離脱するよーっ！」
異議なし。
ヘリは一目散に離脱する。ジェリコは数秒の間の後、追撃を開始。
遊んでるな、あいつ。
こっちを嬲ってる。
「まだ撃たないで、無駄だから」
私は仲間たちに合図まで撃ちないように指示。
手持ちの武器では殺せない。
私が実証済み。
武器はあくまで牽制用であり、あいつの足止め用だ。当たった瞬間に速度が落ちる。それ用に温存したい。
奴は遠ざかって行く。
どんどん小さくなっていく。
逃がすつもりか？
ないだろ。
何を企んでいるのやら。
飛ぶのに慣れていないだけかもしれないが、だとしたらかなりまずい。慣れられたらお終いだ。奴らとってこの戦いは自分の能力を試すウォーミングアップ的な要素もあるのだろう、覚醒されたら堪らない。
ハエはこの速度には追い付けずにフェードアウト。
最初からあまり戦闘に使う気がないのかもしれないな、あくまで捕捉用ってだけだった可能性がある。
しかしアンクル・レオは大丈夫だろうか。
奴がここにいるということは、倒されたってことだ。
「主、来ますっ！」
ジェリコが一直線に飛んでくる。
さっきより速いっ！
「どうする、ミスティっ！」
「軍曹、まだよ。まだ引き付けてっ！」
羽の使い方を学習したようだ。
直線では速度負けするな。
「逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！」
腕を、指をこちらに向ける。
瞬間それは触手となって伸びる。ヘリに接触しつつある10本の触手。
「撃て撃て撃てっ！」
その掛け声で全員銃撃、触手ごとジェリコを蜂の巣にする。
よし。
奴の攻撃手段は触手だけってことだ。
もしかしたらまだあるのかもしれないけど、あの距離間で詰めないと使える技がないのは確かだ。その距離感が掴むのが目的であり、とりあえずそれは果たした。
「スティッキー、ジグザグに飛んで」
「はっ？」
さっきより速かった。
確認はしてないけどスティッキーが減速して飛ぶ意味はない、あんな化け物からはすぐにでも逃げたいはずだからフルスロットルで飛んでいるはずだ。
なのに追い付かれた。
あいつ、体に慣れて来てる。
「直線じゃ負ける。ランダムに、縦横無尽にぐるぐる飛び回って攪乱したい」
「捕まるリスクの方が……」
「考えてる暇ないわ。ほら、あれ」
「……またハエか……」
「そういうこと」
進行方向から黒い霧。
強行突破するのは数的に無理だ。さっきみたいに乱戦してたらまずジェリコに落とされる。ジェリコとしてはそれが狙いだろうけど、私は突っ込まない、むしろ戻る。ジェリコはもともと人間だし、最初は翼の
使い方が出来ていなかった。直線では負けるけど、不規則に移動しつつ飛べば攪乱できる。相手は元人間なんだ、そこまで翼の使い方がうまく出来ないだろ。今はまだ、ね。
小回りが利かないと私は踏んでる。
どの道このまままっすぐ逃げてもハエの群れに飛び込むんだ、ならばやれる手を打ちたい。
「スティッキー」
「……分かったよ。まったく、俺もお人好しだよなぁ。でもいいかミスティ、ヘリは落ちても、俺の身だけは護ってくれよ」
「はいはい」
彼なりのジョークだろう。
この高さでの空戦だ、ヘリが落ちたらみんな死ぬしかない。
「急旋回したら奴に集中砲火で足止め。もちろん、殺せるなら殺してくれていいわ」
「アブダクトされて冷凍されている間に時代は変わったもんだ。アンカレッジに立て籠もってた中国野郎は目障りで嫌な奴らだったが、殺しても死なないことはないからな」
「はいはい」
軍曹の愚痴はよく分からない。
冷凍ネタは鉄板のジョークなのか？
謎だ。
ぶわっ。
迫ってきたハエが拡散、ヘリの周囲を飛び交う。一定の距離を保ち、飛び回っている。
……？
何のつもりだ？
「ウジを飛ばしてこない」
そう。
グリン・フィスが今呟いた通り、ただ飛んでいるだけ。こちらの周囲を取り囲んでいる。ヘリは速度を落としている、あんなものをローターで弾き飛ばしたら故障の可能性もあるからだ。無事に
不時着してもいいことはない、その直後にレッドアーミー敗残軍か、エンクレイブのどちらかを相手にしなくてはならなくなる。
「くそっ！」
ドドドドドドドドドドドドド。
軽機関砲を撃ちまくる軍曹。
ハエを、ではなく、ヘリの周りを飛び続けるジェリコに対してだ。こいつも攻撃してこない。
何だ？
何を考えているんだ？
ミスティックマグナムをホルスターに戻し、再びアサルトライフルを握る。
その直後、不規則な飛び方をしつつジェリコが猛スピードで動き出した。私たちの視界から一瞬で消える。
ドォォォォォォォォン。
「ハロー」
すぐ側に、ジェリコがいる。ヘリの機体を掴み、入ってこようとしている。
くそっ！
ヘリに取りつかれたっ！
ハエの群れは奴の目か、こちらの死角を探すべく周囲に展開していたのか。
化け物はにやりと笑い、そして左手をこちらに向け……。
「なっ！」
グググググググググッ。
その指が伸び、無数に分裂し、私の体を絡め取った。
身動きできないっ！
仲間たちも手詰まりだった、私を拘束していない触手群はスティッキー以外に向いている。
「お前が欲しかったんだよ、赤毛」
「ごめんタイプじゃない」
「ふん。相変わらずふざけた女だ」
「そりゃどうも」
そうか。
私を取り込みたいのか、それでヘリを落としに掛からなかったのか。
「ミ、ミスティ、操縦は……」
「適当に飛ばしとけ小僧」
「はいーっ！」
ダメだ。
ジェリコにビビってますな、スティッキー君。
「私に何か用？」
「だから、お前が……」
「テンペニータワーでもそうだけど、因縁ないでしょ、私ら。特に、別に」
「こんな体だからな。世界がつまらねぇんだよ。最近面白くなってきたが、それには対抗できる相手が必要だ。お前との遊びは楽しいのさ」
「あいにく楽しむつもりはないけどね」
「つれないことを言うなよ。だが、まあ、それでもいい。俺は次の遊びを思いついた、その為にはバージョンアップが必要なんだ。Cronusだっけか？ その能力を頂く」
「遊びたいなら一人で遊んでろバーカ」
「挑発してどうするっ！」
非難の軍曹は無視。
口が悪いのは仕様なのです。
「赤毛」
「何？」
「ここに何があるってんだ？」
「はあ？」
「お前の目的は何だ？ お前はボルトから逃げた親父を探して這い出してきたんだろ？ 親父はどうなった？ ええ？ 死んだんだろうが。お前の目的はもうないはずだ。だろ？」
ググググググッ。
触手が強まる。
一瞬息が止まり、思いがけず悲鳴が出た。それに気をよくしたのか、ジェリコは強弱を付けて触手の束縛を緩めたり強めたりする。
変態野郎が。
「答えろ、ここにてめぇにとって何があるってんだ？ 正直俺には分からん。お前ほどの女が、何でこんなクソッタレな土地に拘る。何故だ？」
「くっ」
「赤毛の冒険者って呼ばれるのがそんなに心地良いのか？ まあ、ここの連中は大概アホだからな。有り難がってお前を崇めてくれるってわけだ。それが楽しくてここにいるのか？」
「そういうあんたは……」
「ん？」
「そういうあんたは、何がしたいわけ？ そんなパーツ寄せ集めの化け物になってまで何がしたい？」
息も絶え絶えだ。
吐き出す言葉は弱々しい。
あまりにも肉薄し過ぎているし、手から伸びている無数の触手は仲間たちにも向いている。拘束こそされていないけどグリン・フィスたちにも向いている。外ででの、荒野での戦いならそれでも何とか
なるかもしれない。特にグリン・フィス。だがここは空の上であり、ヘリの中だ。迂闊には動けない。特に私はあいつの気分次第でバラバラだ。
このまま動かないで欲しいものだ。
「化け物？ 俺がか？」
「ええ」
「お互い様だろ、能力者」
「私はこの姿のままでも買い物行ける」
「くくく。まあ、そうだな、この姿じゃあ買い物にも行けないな」
「事案発生よ、それ」
「ふん」
ググググググッ。
「俺はこの姿を気に入ってる。これでいいんだよ。ただの不死身ってだけよりよっぽど気にいっている。俺は、この力で世界を取る」
「ご自由に」
「その為にてめぇを取り込むのさ」
「ふっ」
「何がおかしい？」
「短絡的思考。俗物。ありふれてる。面白みがない発想。他には……んー、雑魚っぽい」
「……」
「ザ・マスターの力を振るい、不死身の体を持ち、能力者を取り込んでその力を奪い取る、そして極め付けはその姿。Vジーン計画だっけ？ それだけの力を持ちながら発想が貧弱。そう思わない？」
「突き詰めれば目的は単純になるんだよ。だが、口で言うほど貧弱な野望ではねぇぞ。それに面白いじゃねぇか」
「それが達成できたらね」
「出来ないとでも？」
「無理でしょ。目から怪光線でも出て都市を吹き飛ばせるならともかく、集団相手に大暴れ出来る程度じゃ、世界征服なんて無理」
「怪光線出せる能力者でも食うさ」
グググググググッ。
「そろそろ終わりだ、死ね、赤毛」
時間を止めたところで能力相殺というカウンターが来るかもだし、それを無視して行使したところでこの拘束から抜け出れないのであれば意味がない。
仲間たちは付け入る隙がないらしく動けないでいる。
ここまでかっ！
バァンっ！
充満するむせ返るような硝煙の臭い。
下あごが吹き飛んだジェリコ。
「ごちゃごちゃうるさいんだよ、ムンゴっ！」
操縦席から銃口を向けているのはスティッキー。手にはソードオフショットガンが握られていた。こんな銃持ってなかった、となるとヘリに携帯してあった護身用か。彼には触手は向いてい
なかったのが幸いした。ジェリコにしてみたら戦闘要員でない彼は警戒されていなかったのだ。何かを言いたそうなジェリコではあるが残念、口がない。
これ以上喋らせるつもりはないっ！
仲間たちの連携は早かった。
グリン・フィスが触手を切り裂き、軍曹は軽機関砲で奴を蜂の巣にする。激しい弾幕にジェリコの体は外に投げ出される。私はアサルトライフルに飛びつき落下していく奴に向ける。
必勝を期すっ！
「Cronusっ！」
時間はゆっくりと……。
どくん。
どくん。
どくん。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！」
直後、私は絶叫した。
カウンターだ。
あいつが何らかの任意能力を私に向けてる。
任意同士は反発し、相殺する。
そしてその際に激しい頭痛に襲われる。
この頭痛を押しのけ、能力を発動させるべく、私は意識を集中させる。奴はどんどんと再生していく。無数の銃創は塞がりつつある。
グレネードで吹っ飛ばす、この一手しかないのに。
軍曹は撃つもののハエが再び現れる、こちらの邪魔を……いや、軍曹の弾幕がハエに遮られて届かない。ハエが形成する黒い霧にジェリコが見えなくなる。わずかに見えるジェリコだけを
正確に撃ち抜くには連射系では無理があるし、軍曹は能力者ではない、そんな器用なことはできない。私の能力はまだ封じられたままだ。
まずい。
これは、まずい。
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
その時、ガンスリンガーが銃撃。
軽機関砲に比べたら豆鉄砲。
だが、その瞬間、ハエたちはぷわっと散開して方々に散って行った。目に飛び込むのは羽根を撃ち抜かれて飛行が困難になって無様に慌てているジェリコだった。
ガンスリンガーが笑う。
「忘れたのか？ 俺だって能力者だぜ」
そうだ。
彼の能力は自動発動、ジェリコが任意能力を彼に向けていても意味がない。相殺し、頭痛が発生するのは任意同士だけで、任意と自動では何も起きない。
ガンスリンガーの能力は、狙った場所に必ず当てれる能力。
射線とやらが見えるらしくその通りに撃てばかなラス当たる。まあ、私との能力は悪く、私には相性負けするけど。
私の場合は視界に入ったら自動でスローに見えるわけだから、射線なんて関係ない。撃った瞬間にはスローとなって回避、つまり最初の場所にはいないわけだから。
ともかくだ。
彼はハエに当てずにわずかな隙間から見えるジェリコを正確に射撃する能力を持っている。
その結果が、これだ。
それで充分だっ！
「吹っ飛べっ！」
グレネードランチャーを叩き込む。
回避も再生もままならないジェリコに直撃、爆発とともに奴は爆ぜた。
パラパラと残骸が落ちていく。
死んだか？
……。
……死んでいてほしいものだ。あんな厄介なのは初めてだ。
ハエ操り能力はガンスリンガーの攻撃で集中が欠いて一瞬とはいえ焼失したのだろう。ブロード・フライそのものは交戦的ではないようなので、逃げて行ったってところかな。ジェリコに引っ張り出
されただけでブロード・フライにしてみたらここはテリトリーでもないわけだろうし。
「ふぅ」
ぺたりと尻餅を付いた。
疲れた。
「スティッキー、意表を突いた攻撃ありがとう。ガンスリンガーも、助かった」
「これでもストレンジャーだからな、主戦力として自負してる。それにあんたの為じゃない、ヘリ墜落したら俺も死ぬからな。それは困るんだ」
「あはは。そういうことにしておく」
「ちっ」
「スティッキー、燃料はある？」
「あるけど、どうするんだ？ 戻るのか？」
戻る、アンクル・レオの為か。
その発想は間違いじゃないし、私としてもそうしたいけど……ジェットヘリは彼では乗れない。
どうする？
「あの化け物は死んだと思うか？」
「そう願いたい」
軍曹とグリン・フィスの会話。
ふむ。
さすがに死んだと思いたい。
仮に再生可能だとしてもこの高さだ、幾ら化け物と言えども叩きつけられればタダでは済まないだろう。もっとも、どの程度の化け物かにもよる。正直に言うと計り知れない。
逃げるが得策か。
「ミスティ、どうするんだよっ！」
「……」
「ミスティっ！」
「離脱よ、スティッキー」
「離脱だって？ ミスティが言うならそれでいいけど降りて見届けないのか？ その、化け物の最後」
「あいつとまだお付き合いしたい？」
「離脱するっ！」
良い返事だ。
わざわざ確認するつもりはない。
ここはまだ北部戦線の領域。スパミュもいるし、もっと厄介なエンクレイブもいる。ジェリコが死んでいるにしろ生きているにしろ、降りたら降りたで別の厄介に捕まるだけだ。
それにエンクレイブに負けてここまで撤退しているとはいえあの数のスパミュを相手には出来ない。
数が多過ぎる。
アンクル・レオの安否は、分からないけど、あそこから脱出できるだろうと信じてる。
彼は馬鹿じゃない。
脱出できることを前提で、挑みかかった。幸いアンテナ基地周辺はスパミュばっかりだから、レッドアーミーの振りすれば逃げれるだろう。というか統率は既にないと見ていい。ジェリコは操りきれ
てないみたいだし、仮にジェリコが生きているにしても脱出は難しくないだろう。後はエンクレイブに任せる、レッドアーミー、ジェリコの始末はね。ぶつかるのは時間の問題だ。
「戦略的に見て脱出は最善だと思うぜ」
「俺もだ」
軍曹とストレンジャーは賛成。グリン・フィスも無言で頷く。
次の厄介に巻き込まれるのは御免だ。
ヘリは急速に離脱し始める。
この時期に北部戦線に置いてエンクレイブが勝利目前っていうのも関係がある。連中のお蔭でレッドアーミーは組織としては崩壊寸前だし、ジェリコがザ・マスターを取り込んでスパミュの親玉に
繰り上がったものの精神支配の力をジェリコはうまく扱えていない。現にナイトキンは支配をよしとせずに反乱したし。
つまり？
つまり、付け入る隙があるってことだ。
この混乱は活かせる。
私らがここにいたのはあくまで偶然で、エンクレイブはしばらく前からここでスパミュと小競り合いをしている。私ら目当てでここにいるわけじゃあない。何目当てかは知らないけど、飛び去る私らを
追撃してくる確率は少ないだろ。眼前の敗残軍とはいえ、今だ大軍のレッドアーミーと潰し合っておくれ。
「主、大丈夫です」
「分かってる」
無事撤退できる、ということではなく、グリン・フィスはアンクル・レオのことを言っているのだろう。
彼にとっても彼は仲間だ。
湿っぽい雰囲気をかき消すようにガンスリンガーが笑った。
「安心しろよ。興味はないが、最後まで付き合ってやるよ。武器と人数連れて、また来るさ。すぐにな」
「ありがとう、ガンスリンガー」
「ふん」
元ストレンジャーのガンスリンガー。
なかなか男前だ。
今は退こう。
今は。
＜……ザー……聞こえ……ザー……こちら要塞の……ED……ックス……＞
「ん？」
PIPBOY3000が通信を受信した。
要塞？
BOSには私のPIPBOY3000の周波数は教えたから通信が来てもおかしくない。だけど状態が悪いな、何を言っているんだろう？
問題は聞き返せないってことだ。
私のPIPBOY3000はアマタやブッチたちが使っているのとは違い旧型。受信は出来ても交信が出来ない。こちらから呼びかけは出来ない。
不便ですな。
……。
……あれ、私だけ旧型ってイジメか？
いやいや。
そういえばケリィのおっさんはバージョンが2000とか言ってったような。
私だけ旧型ってわけでもないか。
さて。
「何って言ってんだろ」
「主、SEEDのアレックスとか聞こえましたが」
「SEED？ ああ」
核解体組織か。
ある意味でBOSと同盟……いや、共生関係の組織。
バニスター砦の核解体で私も面識がある。
まあ、結局BBアーミーによる核発射は阻止失敗したんだけど。そういえばあれば結局着弾地点はどうなったんだろ。狙った場所はクレーター・ウェイストランドだっけ？
顛末は詳しく聞いてなかったな。
「グリン・フィス、耳が良いわね」
「有り難き幸せ」
「……おい、堅苦しいな、こいつ」
呆れ顔のガンスリンガー。
まあ、今に始まったことではない。交流のある軍曹はそんなことは気にせずにジェリコが復活して追撃してくることを警戒して軽機関砲を外に向けたままだ。
今のところその兆候はないけど。
ヘリはどんどん遠ざかって行く。生きていたにしても、既に引き離したのは確かだ。姿すら見えないわけだし。
それにしてもアレックスたちはまだいたのか。
キャピタルを去ったと思ってた。
次の言葉を待つもののPIPBOY3000は沈黙したままだ。
……？
何だったんだ？
「あれ？」
「どうしたの、スティッキー？」
「ラジオ付けようとしたんだがノイズが走るんだ。スリードッグ、何してんだよ。放送始まってる時間だぞ」
「……」
要塞にいるSEEDからの唐突な通信。
放送命なスリードッグの沈黙。
これはつまり……。
「主、空をっ！」
「えっ？」
「空が、空が落ちてきますっ！」
「これは……」
外を見る。
空から飛翔体が落ちてくる。
まっすぐ、先ほどまでいたアンテナ基地に向かって。
そして。
そして全ては薙ぎ倒された。
全てだ。
私の記憶はそこで途切れた。
それは空から降るモノ。
空の欠片。
この日、キャピタル・ウェイストランドに全面核戦争以来200年振りに核ミサイルが落ちる。
Falling Down。
※一旦休憩、補足説明へGOっ！