私は天使なんかじゃない
ボルト101 〜閉鎖〜
対立は終わりを告げた。
「お手間を取らせて申し訳ありませんね」
「いえ」
メガトン。
診療所から付き添って出てきてくれた眼鏡の女性が私に頭を下げた。
名前はオフロディテ。
共同体が雇用している女性で現在市長の秘書的なこともしている、実際はそれが仕事ではないようだけど。あくまで監査が仕事だ。
私は左腕を摩る。
採血した。
これは彼女の発案で、何か会った時の為に住人の血液型を調べておこうというものだ。市長はその発案を受理し、今回採血に至ったというわけだ。共同体でその案が推し進められているという。
才女ですね、この人。
「ではこれで。お手伝いがありますので」
「ええ」
オフロディテは診療所に戻った。
さて、私はどうしたもんかな。
昨日はワリー軍団の一件で遠出して疲れてる。結局本物のワリー……あー、ワリー(仮)はバツが悪くなったのかそのままいなくなってしまった模様。まあ、別にいいんだけども。
だけど……。
「こんなことしてる場合かなぁ」
エンクレイブは動いている、時代は動いている。
キャピタルの勢力統合は分かるけど、何かヤキモキします。もちろん最前線に行って今から戦って来いと言われても全力で拒否するけどもさ。
「ご飯でも食べるか」
足を酒場に向ける。
オラクルは私が出掛ける前には遊びに出て行ったし、お昼は……そうね、酒場で何か買って帰ってあげよう。
私って良いお姉ちゃんですなぁ☆
「さあて、次はモイラのお店で買い食いするわよーっ! マギー、ハーデン、オラクル、行くわよーっ!」
「何食べようかなぁ」
「おーっ!」
「……」
噂をすれば何とやら。
ハーマンがマギー、ハーデン、オラクルとともに歩いている。子供同士仲良しですね。打ち解けて友達が出来たようです、ハーマン。ただオラクルはどこか引っ張られているだけな気がしないではない。
あんまりワイワイするのが得意なタイプじゃないのかな?
とはいえ子供同士の遊びを邪魔するつもりはない。
イジメ、ではないだろ。
帰ったら聞いては見るけどさ。
そんなことを考えながら酒場に入る。すると酒場はこの時間には珍しくお客が一杯だった。カウンター席は空いてるけど。私の特等席はゴブの前。空いていますとも。
この時客の大半が女性だと気付く、そして視線が酒場の真ん中に向いている。
金髪の男がいる。
その男が朗々と歌っている。
「乾杯をしよう、若さと過去に。苦難の時は今終わりを告げる」
「血と鋼の意志で敵を追い払おう。奪われた故郷を取り戻そう」
「ウルフリックに死をっ! 王殺しの悪党。撃ち破った日には飲み歌おう」
「我らは戦う命の限り。やがてソブンガルデに呼ばれるまで」
「それでもこの地は我らのもの。今こそ取り戻せ夢と希望を」
えーっと、ゲーム違うくね?
ウルフリックって誰だよ。
黄色い歓声が響く。どうやら吟遊詩人というのか歌い手というのかは知らないけど雇ったようだ。良い声だし良い男だから、それで客が増えたのか。それも女性客が。
私はカウンター席に座る。
「はい、ゴブ」
「いらっしゃいミスティ。何にする?」
「いつもの」
「あいよ」
「雇ったの? あの人」
「ああ」
「ふぅん。良い男ね」
「ははは。ミスティが色恋に興味があるとは知らなかったよ。新鮮な驚きだから・・・・・・・今日は奢るよ。店からのサービスだ」
「何よそれー。でもサービスを断るのは人としてダメよね。ご馳走になります」
「厨房にはアンソニーもいるよ、雇ったんだ」
「へー」
まあ、彼料理得意だし、良い選択だ。
「用心棒も雇ったんだぜ」
「あんたは……」
壁に体を預けている男が声を掛けてきた。
金髪、革ジャン、2丁拳銃、髪の色以外は分土を髣髴させるけど全くの別人だ。そして私はこいつを知っている。
「ガンスリンガー」
「……遅かれ早かれ会うとは思ってたよ、まあ、ここはあんたのホームだしな」
「何でここにいるわけ?」
「雇ったんだ、用心棒に」
仲裁するつもりなのか、ゴブが口を挟んだ。
用心棒?
ああ、探すとか言ってたな。
ブッチたちトンネルスネークは日替わりで用心棒してたけど、いなくなる時はチーム全体でいなくなるから用心棒の当てを探してたなー。何だかんだで街は大きくなり、酒場も順調、そしてここは
お酒を飲むところで喧嘩が絶えないし強盗だって来るだろう、目を光らせる用心棒は必要ってわけだ。
しかし分からないな。
「あんたストレンジャーでしょ?」
「それがどうしたよ?」
「最強の傭兵集団ってやつじゃないの? 何だってまた用心棒に鞍替えしたのよ?」
「別に意味はない。稼げるからさ」
「そんなもん?」
「そんなもんだ。大体ストレンジャーって言ったってボマーはいなくなった……まあ、たぶん死んだんだろ……不動の3人もキャピタルにいるのはデスだけだし、デスはあんなザマだしな、商売
上がったりなんだ。そもそもここは俺たちの仕事場じゃない、西海岸が活動の場所だった、こっちじゃ名前が売れてないんだよ」
「ふぅん」
別に私はガンスリンガーに対して特に他意はない。
狙われたけど、ジョークみたいなものだ。
ジョーク?
ジョークです。
たまたまとはいえ私たちの能力は、私の方が相性が良かった。彼は絶対に当たる弾道の軌跡が見え、私は弾丸全てが自動でスローになる、その気になれば時間さえ止めれる。彼の能力では、
少なくとも正攻法でまともにぶつかれば私が負ける道理はない。事実勝った。彼が心底ではどう思っているかは知らないけど、私は別に他意はないのだ。
「1日50キャップで三食食事と部屋付き、まあ、妥当だよ」
「そんなもの?」
「そんなものさ」
「……」
「どうした?」
「考えてみたら私ってまともな労働ってしたことないなーって」
労働の対価が分かんねぇ。
おおぅ。
「ともかく俺はここで金を稼いで西海岸に帰る。傭兵やるのもいいんだが、あんたみたいなのがいるしな、間違っても敵にしたくねぇ。そういうわけだ、しばらくの間だが、仲良くやろうぜ」
「そうね。ところで、聞きたいことがあるんだけど」
「俺に分かることなら」
「私を狙ったお仲間について」
「ああ、そのことか」
「そのこと」
「デスはどこかに行っちまった。どこに行ったかは知らん」
「凄腕の先生やってるわ」
「はあ?」
あいつとはこの間会ったな、人狩り師団の用心棒してたけど……私を見て真っ先に逃げたなー。
あいつはどうでもいい。
「マシーナリーは」
「マシーナリー? ああ、あいつね。さっぱり足取りが分からん」
「そもそもあいつは何なの? 中国軍の軍服着てるけど」
「よく中国軍って分かったな」
「まあ、以前ちょっと」
偽中国軍騒ぎを思い出す。
「あいつは戦前のグールで、中国軍らしい。マチェットがどこかでスカウトしたんだ。どこかは知らん。手先が器用でストレンジャーでは機械や武器の整備を担当してた。基本無口なんだがな、根底には
アメリカに対しての憎しみが凄いらしくて、政治系の話になるといつも切れてたよ。多分アンカレッジで良心ってやつを忘れて来たんだろうな、かなりサイコな奴だ。それで、それがどうした?」
「しつこくアタックしてくる」
「そりゃご愁傷様」
「ジェリコはどこにいるの?」
「さあな」
とぼけてるのか?
そういうタイプには見えないけど。
「じゃあ別の質問、あいつは12の刺客を差し向けたらしいけど、他のメンツを教えて」
「まず俺、デス、マシーナリー、ザンザ兄弟にグーラ、ベリー3姉妹、ブッチャー、イーター、隼のフェイって奴で全部だ」
「素直なのね」
「そりゃそうさ。俺はマジで最初の段階でフェードアウトしたからな」
「ふぅん」
良いこと聞いたな、うん。
とりあえずガンスリンガーは脱落、デスも、まあ、脱落だろ、最初に会った時は滅茶苦茶自信家だったけどこの間はかなり卑屈になってたし。マシーナリーは勝手に暴走している感じ、グーラや
ザンザ兄弟は誰だ知らん。ブッチチャーはこの間自宅前にいた奴だ、射殺済み。ベリー3姉妹はデリンジャーに忠告された奴らだ、イーターと隼のフェイは誰だー?
「ねぇ」
「まだ質問かい? 一応用心棒だからな、特定の女の子と仲良くするのは……夜中だけなんだぜ?」
「死ぬ?」
「おお怖っ!」
こいつブッチと気が合うんじゃないか?
恰好も被ってるし。
「ブッチはどうするの?」
「ブッチ・デロリア? 別にどうもしないよ、命令する相手がいないいじようは戦う筋合いはないしな。向こうが根に持っているなら、それはそれで仕方ないだろう、それだけのことはしたし。まだ会ってはないがな」
「ふぅん」
わりとさっぱりした性格のようだ。
これはなかなか優良な良い用心棒じゃないか?
「で、質問なんだけど」
「ブッチ・デロリア?」
「違う」
「じゃあ何だい?」
「イーターってあんたらの仲間?」
「イーター? 知らないな。ああ、名前がストレンジャーっぽいか?」
「うん」
「全く知らないよ。ついでに言うが12の刺客全員と会っているわけじゃない。名前で聞いただけだ。それだけの関係さ。何しろ、あんたの首の賞金争奪戦だからな。仲間ってわけじゃないのさ」
「そっか」
「他に何か質問があるかい、お嬢さん」
「んー」
聞けるときに聞いておこう。
路銀稼いだらいずれはいなくなるわけだし。
「ガルシアはどこにいる?」
「ガルシア?」
「うん」
「誰だ、それ」
知らないらしい。
私が知る限りではジェリコの友人とやらで、チンピラ差し向けてきたりしている。そしてそのチンピラ曰く、何の鍵かは知らないけど寄越せときたもんだ。鍵は重要ですよー、ってアピールですか?
訳分からん。
オラクルの持っていた鍵……今は私が預かっているけど……結局、何なんだろ、これ。
面倒なのはガルシアが悪党どもにそれを吹聴したお蔭で絶賛襲撃されております。自宅に襲撃されたり、人狩り師団が小遣い稼ぎに襲ってきたり。
あー、めんどい。
「主、ここにおいででしたか」
「ん?」
誰だか聞くまでもないし確かめるまでもない、主と呼ぶのは彼だけだ。
「どうしたのグリン・フィス」
店内に入ってきた彼は私に頭を下げた。
律儀な奴。
私は彼が次の言葉を言う前にゴブに断りを入れた。
「ごめん、サービスはキープできる?」
「分かった。……ご愁傷様って言った方がいいか?」
「自分の立場を正確に認識したくないから言わないで。それでグリン・フィス、どうかしたの?」
「アカハナから緊急通信が入りました。すぐに来て欲しいと」
「アカハナから?」
私は立ち上がる。
グリン・フィスはガンスリンガーに鋭い視線を浴びせるが、私が何も言わないからか、視線だけで済ませた。
「行きましょう」
「御意」
酒場を出る。
メガトンの街は出入り口が一つだけだ。私たちはメガトンの門に向かうのだがその際中……。
「ひでぇっ!」
「ああ、本当だ。喉元を食われてる」
「獣の仕業なのか?」
「こんな時間だぞ、日は明るい。それなら誰かが見たはずだ。さっきまでこのバラモンは生きてたのに」
住民がざわざわ騒いでいる。
その騒ぎを横目でちらりと見つつ通り過ぎる。
何だあれ?
バラモンの首が落ちていた。
剣で落とされたってわけではない、食い千切られたって感じだ。スパミュでもあんなことはできないだろう、集団で首に群がったなら確かに獣のでもできるだろうけど、ここは町中だし
日が高い、そんな獣の群れが街に中いたら誰かが絶対気付く。どういう原理でああなるんだろう、謎だ。
構わず通り過ぎる。
今はスプリングベールの方が大切だ。
「ミスティっ!」
「後にして」
人混みの中からアッシュが声を掛けて来るけど私はそう返して振り返りもしない。
どうせこの件だろうし。
……。
……この件だとしたら、レギュレーターの彼が動くわけだし、ブラックリストの誰かの仕業なのか?
そんなのが街に入り込んでるとかセキュリティ甘過ぎだろ。
嫌だなぁ。
「主、どうしますか?」
「無視よ、無視」
「御意」
スプリングベールへ。
緊急の旨を聞いて私はスプリングベールに到着した。
着いた時、住人は対立していた。
二分する形で。
ブッチたちトンネル・スネークがいる、そうか、帰ってからはこっちにいたのか。まあ、そうよね、ブッチのお母さんはここで暮らしてるし。ケリィもいる、亡命したと聞いたし、まあ、いるわよね。アカハナ
たちピット組は10人いる。そういえばワリーの偽者絡みの際に全員ここに駐留するように言ったっけ、解除し忘れてた。
「ミスティか、良いところに来た」
そう言ったのは対立している、二分しているもう一つの側の指導者。
監督官アラン・マック。
お気に入りですかその赤い帽子。
似合ってないです。
住人が対立している側はスプリングベールの住人ではなく、ボルト101側の住人だ。しかし何だっているんだ、ただの使節ってわけではなさそうだ、外の世界を完全措定している連中が使節を送って
来ること自体ありえないわけですけども、ここにいるのは200人はいる。大量の食料やペットボトルの入った木箱の山を荷台に乗せてここに来ている。
「私にはもう会いたくなかったみたいだけど何か御用?」
「単刀直入に言おう」
「そう願うわ」
「ここに住む」
「……はっ?」
何言ってんだこいつ。
ブッチが面白くなさそうに呟いた。実際面白くないんだろう。私も面白くもなんともない。
「ボルトが住めなくなったんだとさ」
「……」
私は押し黙る。
あれだけ散々言っておきながら厚顔無恥かこいつ?
それとも記憶する頭がないのか?
容量がオーバーしたか?
馬鹿としか言いようがない。
アラン・マックはそれに気を良くしたのだろう、饒舌となる。
何で気を良くするんだ、こいつ。
論破してるつもりか?
呆れてるんだ、ボケ。
「つまりだ、我々の生活を保証して欲しいのだ。全てはお前とジェームスから始まった綻びだ。だが、もちろんそれだけでないのは分かっているが、起因となったのは分かっているだろう?」
「……」
「我々は共に暮らした仲だ、助け合い、それこそがボルト101の習わし」
「……」
「助け合おう」
「……」
沈黙。
沈黙。
沈黙。
ドヤ顔がのアラン・マックの顔を穴があくほど私はじっと見ている。
アマタから監督官の地位を奪い取るほどの暗躍をしていたし、私はルックアウトに行っていてキャピタルにいなかったので又聞きでしかないんだけど、わざわざ監督官地位簒奪の為に外にまで
出て来るほどの行動力があるものの、所詮は典型的な穴蔵生活者でしかない。自己完結している考え方。程度の低い男でしかない。
何気ない動作でグリン・フィスは柄に手を当てた。
アカハナたちはさりげなく数歩下がり、トンネルスネークのレディ・スコルピオンと軍曹はお互いに頷き合って何かコンタクトを取っている。ケリィは露骨に嫌な顔をし、銃の安全装置を外している。
まずいな。
アラン・マックの言葉こそ正しいと思い込んでいる思考停止のボルト101住民諸共排除する気か。
それが間違いかと言われれば、微妙だな。
どうしたものか。
「ミスティ、助け合おう。もちろん我々も厚かましく言うつもりはない。ここにボルト101の全ての物資がある。俺が外で掻き集めた水もな。ここで暮らす際にアマタたちにも配給として分けてもいい」
「……」
今更だ。
今更。
私はついこの間助けを申し出た、結果として今のアマタ達の生活だ。もちろん押し付けで私は親切してあげたんだぞ感謝しろとかは言わないし思わない。ここでの暮らしは始まったばかりとはいえ
アマタたちは日々汗水たらして朝早くから夜遅くまで働いているし、だからこそ私を含め仲間たち、メガトン共同体、BOSは協力を惜しまない。
それこそが助け合いだ。
なのにいきなりしゃしゃり出てきてその言い草は何だ、こいつら。
というか喋るな。
空気読め。
誰かが一発でも撃ったらもう止められないぞ、私でも。
黙ってろ。
「はあ」
その時私は気付く。
これは私が決断すべきことなのだと。
父から始まったのであれば私が終わらせようと。
罪がないとは言わないけど、脱走の時は私も共犯と見なしてセキュリティは捕えようとして来てたし、あの時は監督官も完全にプッツンしてたから捕まっていたら無事だったという確証はまるでない。
むしろ諸悪の根源として見せしめで処刑されていた可能性だって否定できないはずだ。
ジョナスはその結果殺されている。
死人に口なし。
つまりはそういうことなのだろう。
そもそもラッド・ローチの侵入はガロってグールが過去からしてたことだし、虐殺将軍エリニースは……スーパーウルトラマーケット攻め落とされなかったらボルト101に襲撃しようとしなかったのか?
いや、それでもああも簡単に侵入されるんだから誰かがいずれ流行ってたし、虐殺将軍がプランとして持っていた可能性もある。
浄水チップの破損に関しては完全に私の所為じゃない。
全ては私ら親子から始まったといえば都合良いしボルト101の欠陥を認めなくて良いから楽なんだろうけど、可能性の芽はいつだってあったんだ。
ここらではっきりさせよう。
「ミスティ」
「……もういい」
「そうか、分かってくれたか」
「もういいっ!」
叫び、睨む。
「もうこれまでよっ! もういいっ!」
その言葉に一斉に武器を構えるピット組&トンネルスネーク&グリンフィス&ケリィ。慌てたのはブッチだ。
「おいおいお前ら何してんだっ!」
「主は許可された」
「ごめんグリン・フィス、してない」
「御意……はい?」
意外に可愛い反応ですな。
私は仲間たちに武器を下ろすように指示する。こちらの攻撃の意志に数秒遅れてボルト01のセキュリティが構えるものの、そんなんでこっちと喧嘩できるもんか。
数人安全装置を掛けたままだ。
「アラン・マック、もういい。私も愛想が尽きた」
「何?」
「私は私なりに償いもしているし、助けてもいる、もちろん私が思っているだけっていうのもあるでしょうよ、でもやることはやったわ」
「では我々を見捨てると?」
「ふっ」
思わず吹き出す。
「見捨てる? 私が?」
面白いことを言う男だ。
一瞬狂っているのかと思ったけど、そもそもこいつとの接点まるでないから何とも言えないな。
ただ一つ、分かること。
こいつムカつく。
「ボルト101の原子炉は限界を超え、既に停止している。電力が消失した、つまり空気の循環が出来なくなったのだ。我々は危機に瀕している、それでも、助けてはくれないのか?」
「原子炉?」
ああ、その所為か、出て来たのは。
浄水チップの交換と大量の予備の確保が完了したかと思えば、今度は原子炉か。
だけどさすがにそれは無理だ。
「こいつの所為で、我々はえらい目にあったっ!」
「あうっ!」
セキュリティたちに小突かれ、アラン・マックに突き飛ばされて倒れる老人。
既に制裁された後のようで顔がぼこぼこだ。
殴られたらしい。
スプリングベールの住人の何人かが小さな悲鳴を上げた。
ご老人に何してんだ、こいつら。
だけど、この老人、どこかで……。
「スタンリー?」
「ううう」
そうだ。
スタンリーだ、原子炉区画の。
私が子供の頃が爺ちゃんだった、そして原子炉区画の責任者だった。責任者と言っても部下はおらず、1人でしてたけど。
彼を見て何か違和感を感じた。
何だ?
「この男、PIPBOYを紛失しおったっ!」
アラン・マックが吐き捨てる。
そうか。
違和感はそれか。
確かに腕にPIPBOYをしていない。そしてそれが今回の騒動の始まりなのだと気付いた。ボルト101に置いてPIPBOYは単なるお手軽なサポートアイテムっていうだけじゃない。ボルトの住人は
それぞれ仕事が宛がわれている、そしてその仕事を円滑にするために自身のPIPBOYに仕事の情報などを記録させる。
スタンリーが原子炉の専門家とはいえ頭だけで処理できるものじゃない。
PIPBOYがあってこそなのだ。
自身で、仕事用にカスタマイズしたPIPBOYがあってこそ。
「ミスティ、分かっただろう、我々はボルト101にはもう戻れないのだ。今回の件はスタンリーの責任だが、お前に罪がないわけでもない。だがそのことをここでどうこう言うつもりはないし、我々は
家族のはずだ。どうか助けて欲しい。我々の生活が成り立つように差配して欲しいのだよ。可能だろう、お前なら」
「かもね」
何なんだこいつは。
頼む態度っていうものを知らないのか。
挑発してるのか?
だとしたら成功だ。
確かに人道的に見て私は彼ら彼女らを見捨てるのは出来ない、見捨てれば半分以上は確実に死ぬだろう、もしかしたらもっと死ぬ。それは避けたい。だけどただ肥え太らせる気はない。問題は
こいつらは、少なくともアラン・マックに同調している選民思想的な連中は私が尽くすのは当然であり、ボルト101での生活水準の続行を暗に示唆している。
ふん。
そんな思惑に黙って乗るのも面倒だし、気に食わない。
その時、ブッチが大笑いした。
「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
「お、おい、ボス?」
「ぶぁーかっ!」
主導権を何故か握っていると思い込んでいるアラン・マックに対して、彼は悪態。
咄嗟のことでアラン・マックは茫然としているが、すぐに顔を怒りに染めた。だが言い募ることが出来ない、軍曹とレディ・スコルピオンがブッチの両脇を固めたからだ。良いお仲間ですな。
ブッチは続ける。
「スンタリーをボコッたって? こいつの所為だって? だったら親としての責任って奴を負いやがれってたんだっ! クソがっ!」
「何だその言い方は、ブッチ・デロリアっ!」
「お上品に言えってか? いいとも、言ってやるさ。ワリーのアホだよ、スタンリーのPIPBOYを盗んだのはな。あんたと一緒に出て来た時にガメてたんだよ、女と寝る為にな」
「嘘だっ!」
「何だったら追跡したっていいんだぜ? PIPBOYのシグナルを追えば分かるはずだ。なあ、アマタ?」
「登録番号を追えば確かに分かるわ」
「……はあ、情けない」
スージーは頭を押さえて呟いた。
気持ちは分かる。
同情する。
女遊びする為の軍資金代わりにスタンリーのPIPBOYを盗み、ボルト101は機能不全を起こした……アホな結末だ。
ケリィが肩を竦めた。
「スタンリー、どうするんだ?」
「どうもこうもないっ! 散々ワシをバカ者扱いした挙句が、これかっ! ふざけるなっ!」
ですよね。
それが普通の反応だ。
彼は私を見て、それから懇願するように口を言葉を続ける。
「ミスティ、ワシを、ここに置いてはくれないか?」
「……」
答えずに私は監督官アラン・マック率いるボルト101の面々を見る。
200人はいる。
見捨てるのは忍びないけど、選民思想がある者たちを受け入れるつもりはない。ただの軋轢となるからだ。アマタたちに対しての支援は、レイダー連合残党から物資を奪った等などの
状況がたまたま重なり、たまたま支援の体制が整っていたからであって、協調性がないであろう連中全てを受け入れる余裕は共同体にはない。
ならどうする?
……。
……篩い分けるまでだ。
彼ら彼女らに言う。
「はっきりさせておきましょう、私の好意は今回で最後。もういい加減愛想が尽きた、一方的な命令にはね。パパのしたこと、私のしたこと、それは分かってる。だから助けて来たけどあなたたちは
無条件に無限にそれを求め続けてる。うん、愛想が尽きた。だからこれで最後。ここに残る人は、アマタの指導の下で一緒に生きていきましょう」
「それは我々が要求していることと違う」
「黙りなさいアラン・マック」
「黙れとはなんだ、監督官だぞっ!」
「篩い分けたいのよ、自分の意志で生きていく者たちと、あなたのような選民思想の面々を。共存は出来ない。異なる思想過ぎる共存は淘汰となる、私はここが好き、ここは残したい。だから追い出すのよ」
「荒野で死ねというのかっ!」
「それもいいかもね」
「何だとっ!」
ギラリとアラン・マックの目が光った。
攻撃的だ。
ふぅん。
いざとなったらここを力ずくで乗っ取るつもりなのか?
いやいや平和主義者のボルト101住人がそんなことするわけないだろう、ただ圧倒的な数の銃口をこちらに向けながら平和的に主導権の話し合いをするだけだろうさ。
「馬鹿なことはしない方が身の為よ」
警告はしておいてあげよう。
アホが。
銃の数が多かろうと基本は10oピストルだしボルトセキュリティは実戦ゼロでさほど強くない。私が脱走するときにバットで叩きのめされる程度の実力でしかない。
それに銃の数は少なくとも破壊力はこっちが圧倒的だ。
一度火を噴けば向こうの全滅は目に見えてる。
だから。
だから私やブッチが攻撃はせず口撃だけで何とか平和的に立ち回っているのに、アラン・マックはぶち壊しかねない。
さっさと要点言って追い出すとしよう。
「偉大なる監督官閣下、ここはあんたらに相応しくはないわ。だから出て行け。というか消えろ。物理的にこの世界から消す前にさ」
「それは脅しかっ!」
「最初から脅しに掛かっているあんたらに言われたくない。……悪いけど、脅しにすらなってないけどさ。滑稽なだけ」
「貴様ぁっ!」
「おや失礼」
微笑。
アカハナに目配せをすると、彼は心得ていたように無線機を私に手渡した。
「ありがとう」
「いえ」
周波数を合わせる。
<要塞>
BOSに繋がった。
私は自身の認証番号を口にする、それと同時に向こうは承認しましたと返した。照合するよりも私の声でもう分かってるのかな?
「エルダー・リオンズに繋げて。悪いけど、至急で」
<了解しました、閣下>
ブツっと一度無線が途絶える。
数十秒後、声が聞こえた。
BOS最高司令官のエルダー・リオンズの声だ。私は挨拶もそこそこに本題を切り出す。
「単刀直入にお願いがあります。ボルト112をいただきたい」
<ほう? ボルト112を?>
「その代わりボルト101を進呈します。交換しませんか?」
「何を勝手に……っ!」
「うるさいっ! グリン・フィス、今度そのアホが口を開いたら問答無用で首落としてっ!」
「御意」
これで大人しくなるし、話が進む。
ボルト112はトランキルレーン目当てだったし、その一部は要塞に運ばれ、サラはそこでベルチバードの操縦を学習した。私の認識では別にボルト112が欲しいわけではないと思ってる。
ではボルト101の価値は?
ちゃんとある。
原子炉が止まって空気の循環が出来なにしても、多分というか十中八九アラン・マックはボルト101にあるすべての物資を引き上げてここに来ているにしても、固定されている節日までは動かせ
ないだろ。スティムパックの精製機器がボルト101にはある。他の薬品のもだ。BOSならそれを活用できる、そして必要としている。
あくまでボルト112はトランキルレーンの実験施設。
居住が目的ではない。
実際戦前の人間が機械に繋がれて精神は電脳の世界にダイブしてた。なので薬品を作るキットにしても必要最低限だ。
天秤に掛けたらボルト101を取る、その方が得、私はそう見てる。
「どうですか、エルダー・リオンズ。原子炉が停止して復旧が見込めず、空気の循環はできない。しかし薬品を作れる設備があります」
<悪くない話だ。元々ボルト112はさほど必要としていない。部隊に護らせてはいるがそれほど重要視はしていないのだ。その話は進めても?>
「構いません。ボルト101の住民が移住しますけど、暮らせますよね?」
最低限の居住は出来るはずだ。
まあ、なきゃ自分たちで何とかしてもらわんとな。
滅菌された世界向きの人間は確かにいるものだ、ボルト101の人たちにしてみたら外よりもボルト暮らしだろう。
<では食料等の運び込みはさせておこう。充分ではないかもしれないが、サービスだよ>
「ありがとう」
これで文句ないだろ。
ボルト101が使い物にならなくなったから、私がボルト112を用意した、食料もある。これ以上の厚遇はあるまいよ。
これで文句言うならば?
舌噛んで死ね。
「そうだ、人材の推薦もあります。原子炉に詳しい老人です。いつからだろ、少なくとも私が一桁台から原子炉専門の人ですけど」
<それは良い話だ。スクライブとして採用したい。場合によってはスクライブ長に任命しよう。数日に中に迎えに行かせても?>
「スタンリー、BOSに就職するつもりは?」
「何だいそりゃ?」
まあ知らなくて当然か。
説明する。
かなり端折るけど。
「BOSはこの地の正規軍で、スクライブというのは学者、かな。どうする?」
「軍隊かっ! いいねぇ。なんか、こう、格好良いなっ!」
見様見真似で彼は敬礼した。
イキイキになって何より。
「そりゃ良かった。聞いての通りですエルダー・リオンズ。ボルト101に関しては部隊を送ってください、私がボルト101内を案内しますから」
<分かった。ティリアスの協力にはいつも感謝しているよ。ありがとう>
「こちらこそどうも。通信終了」
通信機を切る。
私は満面の笑みでアラン・マックを見た。これ以上のプレゼントはあるまいよ。
「何か問題が?」
「あ、う」
言葉が続かない模様。
私の自尊心が満たされる。
「ボルト101ほどの快適さはないでしょうね、ボルト112はより純粋に実験用のボルトだったから。でもボルトはボルト、外の世界より清潔だし、空気も水も綺麗。さあ、どうする?」
集まった一同に語りかける。
スプリングベール組にも言っているつもり。
ここで転ぶなら?
それはそれでいい。
自分の生き方、生きる場所は自分で決めるべきだ。後悔のないように誰だってそうするべきだ。
ただし……。
「私の好意はこれで最後。この後は知らない。お好きにどうぞ、御機嫌よう。さあ、どうする?」
「……」
言葉が返ってこない。
数分がそのまま過ぎる。
「な、なあ」
おずおずと口を開いたのは若いカップルだった。女性の方はお腹が大きい。オメデタのようだ。
おや?
見たことあるぞ、ああ、あの夜に脱走しようとしていた2人だ。私が助けなければセキュリティにそのまま処刑されていたであろう2人だ。
「外では、その、暮らしていけるのか?」
「ボルトの未来を考えたら新しい命をボルトの外で……っ!」
「今度喋ったらアラン・マック、撃つっ! で、続きをどうぞ」
「そ、その、子供と嫁さんと一緒に落ち着いて暮らせるのかなって」
その言葉に私は肩を竦めた。
「太陽っていうあの天井の電球を変えるのは一苦労だけど、それ以外は問題ないんじゃないかしら」
「……」
ち、沈黙っすか?
モイラめ全然面白くないんじゃないかよーっ!
あまりの外しっぷりが逆に面白かったのか、笑いが少し起こる。
結果オーライ?
……。
……いやぁ。微妙。
おおぅ。
ボルト101の面々からここに合流したい、住みたいという声が上がり始める。
その数は少なくない。
50はいる。
共通しているのは、誰もが若く、後のボルトを作る世代ってことだ。さすがにこの状況にアラン・マックは慌てるが無言で剣を構えるグリン・フィスが首を横に振るので、声を出せずにいる。
アラン・マックはグリン・フィスの人となりを知らないだろうけど、実際口を開けば首は落ちるでしょうね。
向こうの方が数は多い。
だけど、次世代のことを考えたら、向こうの方が先がないと思う。
ボルト101は先代の監督官の時から緩やかに滅びに向かっていた。子供が減少していた、プロッチ先生もそのことを憂いていた。
どちらが先がないか。
論ずるまでもない。
アラン・マックの歯ぎしりする音がする。
しかし何もすることはできない。
セキュリティたちに振り返るものの、セキュリティたちも戸惑うしかない。セキュリティたちがこちらの攻撃力をどこまで理解しているかは知らないけど、虐殺将軍が攻め込んだ時のことを
考えたら外の世界の方が強いってことぐらい分かるだろ。よっぼ゛との馬鹿ではない限り、手を出してくることはあるまい。
何よりこちらは平和的に話してるだけ。
ボルト112を進呈までしてる。
善意でしょ?
好意でしょ?
例えそう取らないにしても別に向こうにとって不利益はない。むしろ好待遇だ。
大体ボルト101が駄目になりました、じゃあボルト112を差し上げますっていうやり取りが日常茶飯事であると思うか?
ありえない。
これほどの幸運はないだろ。
「ここに留まる人たちはどうぞよろしく、ボルト112に住みたい人たちはさようなら、別に喧嘩する必要なくない? 話し合いで終わる。さあ、どうする?」
「……」
アラン・マック率いるボルト101組はこれで完全に割れた。
人数は112への移住組が多いけど、これで納得するかな?
「ああ、口を開いていいわよ」
「お前たち、我々を見捨てるつもりなのか? このままではボルトの維持が出来なくなってしまうのだぞっ!」
「ボルトの維持って何? 入った当初と今は違う、外は復興してる、復興できる。核戦争の時とは違うわ」
「だが戦乱は近付いているっ!」
「エンクレイブのこと?」
「そうだっ!」
私がルックアウトに行っている時に外にいたんだから、その手の情報は知っている、か。
だけど別に知ってても問題はない。
「安全な場所なんてどこにもないわ。ボルト101だって襲われてるのよ、ああもあっさりと。……ああ、補足。ラッド・ローチの侵入の大半はガロって奴の仕業。前から奇跡的に無事だっただけなのよ」
「だが無事だったっ!」
「結果論よ。脅威は常にあった」
「それでも無事であり、今後襲われる理由にはならないっ!」
「どちらも仮定の話よね、でも、ボルトに籠れば脅威に備えることはできないわ。逃げ場なんてない、戦うことすらできない。籠ることは平和には繋がらない、少なくとも今はもう核戦争時とは違う」
「根拠がない話だっ!」
「……」
「どうした、何故黙る、何か不都合かっ!」
「怒鳴るだけで明確な反論がない、論じる必要はないわね。ともかく、去りたい人は去ればいい、ここにいたい人はいればいい、どう生きるのかを決めるのはあなたじゃない、個人の問題よ」
「無知な子供を正し……っ!」
「そもそもボルト112をあなたは都合できない、私が都合しなかったらここに暮らすつもりだった、もう黙りなさい。感情論だけで話すあなたとはもう喋りたくない」
「……っ!」
「アマタ、話をまとめて」
スプリングベールの市長である彼女に全てを委ねる。
今後ここに残る人たちはここで暮らすことになるだろう、外の世界にまだ慣れていないわけだからここで体験学習的な感じですね。
アマタは声を張り上げる。
「たくさん言いたいことはあるけど、これだけは言うわ。外は確かに苛酷、シャワーはすぐ止まるし、暑いし。でもここは風が吹く、太陽があるし月もある、星だって輝く。虫の声、街を訪ねる人たちの
声や牛の鳴き声、決して楽しいことばかりではないけど、ここに来て初めて生きてるって感じがする。自分たちで決めて。私は強要しないしそのつもりもない。自分たちの意志で」
『……』
反論するようにアラン・マックが叫ぶけど、それは空虚であり、説得力はない。
そう、もうボルトの在り方とやらで騙せなくなってきている。
扉は開かれた。
この時点でボルトの意味は終わりを告げたのだ。
少なくとも閉じ籠っているだけの在り方は終わった、人々は外を知ってしまったのだから。
結果としてボルトの若者たち50人ほどがここに残り、残りはアラン・マックたちとともにボルト112に去って行くことになった。
スージーの母親でありアラン・マックの妻もまた去って行った。
家族の生き別れ、か。
もう会うことはない別れだと思うと私は心が痛む。
彼らは去って行った。
大量の物資と共に。
「ミスティ、これで、終わったのね。私たちの、故郷での争いは」
「そうね、アマタ」
こうして。
こうして、ボルト101の出来事は、全てに終止符を打ったのだった。
アラン・マックたちのその後→そして、それからへ