天使で悪魔






4つの秘石





  それは大いなる秘宝への鍵となる。





  名も無き皇帝の遺産。
  最近巷に流布されている噂。
  真偽は不明。
  多くのトレジャーハンターや冒険者がその噂を信じて遺産探しを開始した。
  遺産の場所?
  現在不明。
  繰り返すけど真偽も不明。
  ただ、遺産に辿り着く為には4つの秘石が必要みたいですわね。
  それが鍵となる。
  もちろん色々と不可解な点も多い。
  噂の出所もよく分からない。唐突に流布され、現在シロディール中に広がりきったと見て間違いない。
  最大の不可解な点は何故<名もなき皇帝>なのかですわね。
  名もなき、それはつまり世間に知られていない皇帝ということになるのでしょうけど、そんな皇帝は歴史の文献をどう読んでも存在しない。
  個人で調べるのには限度がある。
  シャイア財団(実体は盗賊ギルド)に調査を命じましたけど埒が明かない。結局、歴史や魔術に関して財団は無知ですからね。
  うってつけなのは魔術師ギルド。
  幸いツテはある。
  黒蟲教団との決戦の際に協力してますし情報提供を求めても悪い顔はされないですわね。
  わたくしはジョニーを連れて帝都に向かった。



  帝都。
  アルケイン大学。
  魔術師ギルドの本部でありシロディールにおける知識の最高峰の場所を私は訪れた。
  門の入り口にはバトルマージが歩哨として立っている。
  わたくしは兵士に自分の名を告げる。
  おそらくわたくしの姿を見知っているとは思うけど手間を省く為に自ら名を名乗った。
  「アルラ・ギア・シャイアですわ」
  「これは子爵、ようこそおいでくださいました」
  「立ち入りの許可が欲しいのですけど?」
  「確認してまいります」
  一礼したバトルマージは門の向こうに消えた。
  残されるわたくしとジョニー。
  アルケイン大学は一部の魔術師(各支部から選出されたエリート)しか基本的に立ち入りが許可されない。
  帝都兵も元老院の裁可がない限りは入れない。
  ツテがあるわたくしでも、元老院であり子爵という地位にある貴族のわたくしでも許可なくは入れない。まあ、わたくしの場合は審査が簡単ですけど。
  「ジョニー」
  「はい?」
  「丸焼き」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃあっしが何をしたーっ!」
  「この世界に存在しましたわ☆」
  「……ひでぇ……」
  「ほほほ☆」
  ジョニー弄りは楽しいですわねー。
  さて。
  「ダレロス邸に行ってきて欲しいのですわ」
  「ダレロス邸に?」
  帝都におけるシャイア財団最大の建物。実際は盗賊ギルドのメンバーが屯っているだけですけど。
  参謀アーマンドに建物の管理は一任してある。
  メンバーの統括も。
  名もなき皇帝の遺産探しはどう考えても冒険になる。
  久々の旅、何のしがらみもない旅。
  虫の王も先代グレイフォックスの思惑も何にも関係ない気軽な冒険。
  「ジョニー、旅支度をしておいて欲しいのですわ」
  「あのお嬢様」
  「何ですの?」
  「部下を方々に派遣した方が楽にお宝ゲットじゃないっすか?」
  「分かってませんのね。わたくしが欲しいのはロマンであって宝ではありませんわ。たまには冒険心だけで楽しむのも悪くありませんわ」
  「あー、なるほど」
  財団は極力使わない方向にしようかしら。
  情報収集程度には使いますけど。
  たまには冒険を楽しむとしよう。
  たまには、ですわ。
  「ではお嬢様、あっしはダレロス邸に」
  「御機嫌よう」
  走り去るジョニー。
  彼が立ち去るの同時にバトルマージがこちらに向かってくる。
  軽く兵士は一礼。
  「アークメイジ代行のラミナス・ボラス様がお会いになるそうです。執務室まで自分がご案内します。どうぞこちらに」
  「お願いしますわ」



  バトルマージの案内でわたくしはアルケイン大学の執務室に。
  机に向って書類をパラパラと捲って裁可の印を押しているのは現アークメイジのフィッツガルド・エメラルダではなかった。
  ラミナス・ボラス、その人。
  「お久し振りですわね」
  「アルラ嬢、お久し振りです。……座ったままでの挨拶についてはご容赦ください。しなければならない事がたくさんありまして」
  「構いませんわ」
  「寛大なお心遣いに感謝します」
  ラミナスは座ったままですけど、それでも深く一礼した。
  相変わらず堅い男ですわね。
  社交的な実務家タイプ、わたくしは彼をそう認識している。
  聞いた話ではフィッツガルド・エメラルダの兄的な存在らしいですけど……こんな堅物の兄がいてどうしてあの娘はあんなにデタラメな性格なんでしょうねぇ。
  謎ですわ。
  うーん。
  「アルラ嬢、どうかされましたか?」
  「いえ。何でも」

  「ラミナス様、この案件ですが」

  「ああ。分かっている。裁可の方針だが……事が大きいのでアークメイジに最終判断をしてもらう必要があるな」
  ラミナスの脇に妙な男が控えている。
  インペリアル。
  顔?
  顔は、まあ、悪くはないですわね。
  わたくしの好きな部類ではありませんけど。
  右目はどんなこだわりかは知りませんけど髪で隠し、唇にはピアス。
  魔術師のローブを着込んでいますけど大学を闊歩している魔術師とは雰囲気がまったく異なる。
  危険というか異質というか。
  わたくしの視線に気付いたのだろう、ラミナスがわたくしに紹介する。
  「喪部(ものべ)です」
  「喪部?」
  変わった名前ですわね。
  「イストリア王国の魔術師ギルドからの留学生ですよ」
  「イストリア……ハイロック地方の国ですわね」
  「ええ」
  随分と遠くから来たものですわね。
  補佐をしているということは事務能力が高いという事でしょうね。
  留学生だからといって常に側に侍るという意味はないわけですから能力が高いのかしら。
  ラミナスは続ける。
  「彼は魔術師としての能力も高いのですが事務能力も格別でしてね。実はバトルマージの武装のランクアップを構想しているのですが、喪部はドワーフ
  製の武具を大量に都合してくれましてね、以来側に置いています」
  「ふぅん。そうですの」
  バトルマージの武装ランクアップ。
  理由は分からなくはない。
  黒蟲教団との決戦でバトルマージの数は減っている。新規採用するにしても訓練期間を経ないことには役に立たないわけですから、当面は熟練の
  面々の武装強化で警備スタイルを取り繕う必要性があるのでしょうね。だけどまだ装備が移行していないような。
  「ドワーフ製でなかったですけど?」
  「ええ。試験的に装備を取り寄せただけでまだ支給していません。独断で正式決定するには事が大きいですから」
  「そうですの」
  この会話に特に意味はない。
  まあ、社交辞令の一環。
  本題に移ろう。
  「ラミナス、聞きたい事がありますの」
  「分かる範囲でしたら」
  「名もなき皇帝の遺産はご存知?」
  「名もなき皇帝?」
  「ええ」
  「……」
  ラミナス・ボラスは秀才。
  少し瞑目して脳内の情報を検索していたものの……。
  「知りませんね」
  「はい?」
  「知りません」
  「……」
  大学来訪、終了。
  彼がど忘れしていのか、それともそもそも情報など存在しないのか。
  確かに。
  確かに流布されだしたのは本当に最近の話だ。
  その情報の出所も不明。
  デマ?
  そうかもしれない。
  その時。
  「ボクは小耳には挟んでいますが」
  喪部が口を開く。
  「本当ですの?」
  「あくまで噂でしかない、というのを前提にして聞いてください」
  念を押す。
  妥当ですわね。
  デマと噂は紙一重なわけですから。
  「フロンティアをご存知ですか?」
  「冒険者の街ですわね」
  南方都市レヤウィンの東に広がる密林に広がる冒険者の街フロンティア。
  ある意味で冒険の集大成のある場所。
  「その街で今大きな話題になっているそうですよ」
  「何故フロンティアに?」
  「噂ではその街の近くの遺跡か砦に<一つ目教団>とか名乗る連中が現れたそうですが、名もなき皇帝の遺産に必要な4つの秘石がどうのこうの」
  「どうのこうの」
  わたくしは笑う。
  情報がざっくり過ぎるんですけど、そこは噂程度なんだ仕方ない。
  デマかしら。
  ともかくフロンティアに行く必要はありそうですわね。
  密林のど真ん中ですから亜熱帯、あまり好きな気候ではないので気は進みませんわね。
  確証はどんな感じなのかしら。
  微妙ですわー。
  そんなわたくしの表情を読んだのか喪部は付け足す。
  「少なくとも確率的には低くないと思います」
  「ふぅん?」
  「ロウェン公爵が動いていますから」
  「……」
  瞬間、わたくしの頭は急に目覚めたようにシャッキーンとなる。
  ロウェン卿か。
  厄介ですわね。
  ラミナスも書類の手を止めて一言呟く。
  「ベルガモット兵団か」
  そう。
  帝都でももっとも権勢のある貴族であるロウェン卿は私設軍隊を保有している。
  それがベルガモット兵団。
  退役軍人で構成されている私設軍隊。もっとも年齢により退役したというよりは性格や素行にに難があったが為に退役した面々が主。
  質としては荒っぽい私設軍隊。
  あまりお付き合いはしたくないですわね。
  ロウェン卿は秘宝マニアで有名で莫大な資金力に物を言わせて軍隊を所有し各地の遺跡を荒らしまわっている。有力貴族としての権勢もあり誰も口出せない。
  現在公爵と対等なのはオカート総書記ぐらいかしら。
  基本元老院も彼を止められない。
  皇帝が崩御した以上、最早彼より上席はいないというのが通説。
  ……。
  ……だけど確か彼の息子は投獄されていたような?(神はいない参照)
  完璧に万能というわけでもないみたい。
  「4つの秘石」
  わたくしは呟く。
  なかなかに楽しそうな展開になってきましたわね。
  ベルガモット兵団?
  まあ、厄介ではありますけどわたくしも下級とはいえ帝国貴族。もっともシャイア財団の財力と元老院議員としての地位からすれば並みの上級貴族よりも
  立場は上ですけどね。ともかく貴族なわけですから向うもいきなり無礼はしてこないでしょう。
  少なくともいきなり問答無用では攻撃してこないはず。
  舞台はここじゃあない。
  まずはフロンティアに向かうとしましょうか。
  何が起こるにしても舞台に立たないことには何の役も回ってこないし演じれない。
  「参考になりましたわ。御機嫌よう」
  わたくしは軽く頭を下げて執務室を後にする。
  礼儀を欠いたかもしれない。
  でも仕方ない。わたくしの心は自由な冒険に心が躍ってた。
  さあ、冒険の旅路へっ!