天使で悪魔






スローターフィッシュによろしくお伝えください






  

  スローターフィッシュ。
  シロディール全域にある水場によく見られる肉食系の金色の魚。
  性質は凶暴。
  ただし味は非常に美味であり食用に向いている。






  前回までのまとめ。
  テストに出ますからちゃんと復習しないと大変ですわよー。




  《グラーフ砦での収穫物》

  氷の魔法が込められたチルレンドという名のショートソードを入手。
  その他にも宝石や貴金属の類を少々入手。価値はあるものの魔力は帯びていない。屋敷に飾るとしましょう。
  クラヴィカスの仮面?
  海中の牙にあげましたわ。
  魔王のアイテムではありますけどセンス悪い見た目でしたので不必要。さすがにあれ被って戦闘はわたくしの感性として無理ですわ。完全に罰ゲーム(泣)。
  今回手伝ってくれた御礼を兼ねて流浪の魔術師『海中の牙』に譲渡。




  《港湾貿易連盟との決着》

  付きませんでしたわ。
  黒の派閥が突然乗り込んできたので決着は付かず。
  ただ盗賊ギルドとしては特に大した打撃は与えていませんけど黒の派閥に受けた被害は甚大らしい。
  海上封鎖に出張ってきた船は全て撃沈。まあ、その内の一隻はわたくし達が脱出の為に強奪しましたけど港湾貿易連盟の船舶は全て壊滅。
  さらにオークションの商品は黒の派閥に強奪された。
  結果として競り落とした招待客達が激怒、訴訟にまで発展しつつあるようだ。
  ……。
  ……ああ。犯罪結社としての訴訟ではないですわ。
  港湾貿易連盟に所属する犯罪組織は全て表向きは堅気の会社。ドレスカンパニーも表向きは貿易会社。
  貿易会社に対しての訴訟、という意味合いですわ。
  いずれにしても決着は付けますわ。
  その為のプランは進めている。



  《裏切り者》

  ドレスカンパニーのボスであるアレン・ドレスは盗賊ギルドに裏切り者がいると示唆している。
  そう。港湾貿易連盟の内偵者がいると示唆している。
  確かに。
  確かにこちらの情報は筒抜けだった。
  今回のわたくし達の計画は幹部しか知らない。つまり幹部の中の誰かが裏切り者というわけですわね。まだ誰にもその事は話していない、告げる事により
  生じる組織内の動揺が好ましくないと判断したからですわ。
  見当?
  まあ、概ね見当は付いていますわ。
  そしてどのような結末を紡ぐかも既に決めてありますわ。
  既にね。



  《黒の派閥の目的》

  不明ですわ。
  グラーフ砦の宝物庫から根こそぎ財宝を持ち出したらしいですから単に軍資金目当てだったのかもしれませんわね。
  だけどデュオスは『魔剣』が欲しかったらしいですから、それが目的かも。
  手に入れたかは不明。



  《アルゴニアン達》

  港湾貿易連盟が無数の船舶で海上封鎖した結果、グラーフ砦は海上要塞と化した。
  入り込む隙はない。
  そこでスクリーヴァが部下であるトビウオ師匠を通じて、海中の牙と称されるるろうの魔術師と繋ぎを付け、さらにその魔術師がブラックマーシュ地方の
  アルゴニアン王国から追放されたアルゴニアンの部族に協力を依頼、ニベイ湾に浮かぶ船舶を撃沈してもらった。
  犯罪者どもが船を多数浮かべて海上の覇者を気取っても海中を自在に移動出来るアルゴニアン達の海中からの奇襲には敵わなかった。
  そう。
  アルゴニアンは水中の覇者。
  撤退用の船も制圧しておいてくれたので簡単に島から脱出出来た。
  その報酬としてトビウオ師匠は参謀スクリーヴァの補佐に昇格、アルゴニアンの部族はシャイア財団の構成員として取り込み、海中の牙には彼が望んだ
  錬金術の道具一式と材料を進呈、彼ら彼女らの活躍に報いた。
  今回の港湾貿易連盟との決戦、数多の人材を駆使したわたくし達の勝利ですわね。





  グラーフ砦での一件から3日後。
  深夜。
  帝都波止場地区にある帝都波止場地区にある無数の倉庫群の1つ。表向きはただの倉庫、しかしその実態はそうじゃない。
  この倉庫、実は港湾貿易連盟の幹部達の会合の場所。
  連中は緊急召集された。
  誰に?
  港湾貿易連盟という犯罪結社の連合体の中核組織であるドレスカンパニーに。
  そう。
  総帥のアレン・ドレスに。
  急遽、会合の場を設けたいと各地に点在する幹部(つまりは連合に属している犯罪組織のボス達)を召集した。
  その目的は……。

  「連合の建て直しの為には資金が要る。各組織はその規模に応じて我々ドレスカンパニーに上納せよ」
  『……』

  幹部達、沈黙。
  それはそうでしょうね。ドレスカンパニーは先の失敗で完全に傾いた。
  資金的に。
  戦力的に。
  そしてオークションの失敗は社交界からの信頼感の失墜を意味する。沈みかけた船に付き合う必要はどこにもない。無理にその船に乗り込めば道連れ
  になりかねないからだ。資金の捻出を命令する、その時点でドレスカンパニーが傾いていると宣言しているに等しい。
  沈黙はそういう意味合いだと思う。
  「ふぅん」
  わたくしはこの会合の場所に潜り込んでいる。
  ただ単にだだっ広い倉庫ではない。スクゥーマなどの密輸品が入った木箱が大量に置かれている。隠れる場所は幾らでもある。
  「アルラ様」
  「アルラ」
  一緒に隠れている人斬り屋とユニオがわたくしにゴーサインを求める。
  静かに首を振った。
  まだ早い。
  グラーフ砦の一件の後、わたくしは全組織力を駆使して港湾貿易連盟の動向を探っていた。それが今日のこの行動に繋がる。
  相手の警備はほとんどザル。
  何故?
  まあ、グラーフ砦で大半が潰されたからかしらね。もしくは『この場所は接待に安全』だと思い込んでいるのかしら?
  それはそれでありえそうですわね。
  何しろ港湾貿易連盟の内偵者が盗賊ギルドに入り込んでいる、こちらの情報は筒抜け。
  ……。
  ……なのに今回の警備はザル。
  わざと?
  それとも内通者は故意にわたくし達の行動を伝えなかったのかしら?
  まあ、いずれにしても……。

  コツ。コツ。コツ。

  わたくしは1人物陰から出る。
  人斬り屋とユニオは木箱の裏に待たせてある。
  出るのはわたくし1人だけ。

  コツ。コツ。コツ。

  静まる犯罪者達。
  靴音だけが妙に反響した。
  幹部達を取り纏める顔面包帯だらけの男がゆっくりと席を立ち一礼した。このミイラ男がボスのアレン・ドレス。どうやらあの後(飛び入り参加参照)手下
  どもにフルボッコされたらしいですわね。せっかくの美男が台無しですわねぇ。
  「これはこれは灰色狐のアルラ子爵じゃないか」
  「御機嫌よう」
  「わざわざここまで死にに来たのか。だとしたらご足労痛み入るよ」
  「あら。そんなお人好しに見えます?」
  「見えるぜ」
  「まあ。じゃあ気を付けませんとね。馬鹿なミイラ男に誤解させたら可哀想ですもの」
  「取り押さえろっ!」
  「無駄ですわ」
  「何?」
  「無駄」
  誰も出てこない。それもそのはず。
  連中の兵隊は全て潰した。
  「あなた方の組織の兵隊は沈黙させましたわ。だからわたくしを取り押さえる事はできない。むしろ、わたくし達が包囲してありますわ」
  「な、何だと?」
  「撃て撃て撃て」

  ひゅん。ひゅん。ひゅん。

  無数の矢が降り注ぐ。
  幹部達はバタバタとその場に倒れた。ただ1人、無傷なのはアレン・ドレスのみ。彼だけわざと外すように部下達には指示してある。
  何故?
  アレン・ドレスとお話する為に。
  わたくしは微笑。
  「言っておきますけどわたくしの財団……まあ、あなたが分かり易い名称で言えば盗賊ギルドですわね。ともかく盗賊ギルドの手の者が倉庫内に入り
  込んでいますわ。外にいるあなたの手下達も全て蹴散らしましたわ。半径5キロにあなたの仲間はいない。お分かり?」
  「あまり騒げば帝都兵が……っ!」
  「あらあら頭は大丈夫? 犯罪結社のボス達がここに大勢いる。いえ、訂正ですわ。ボス達が大勢いた。表向きは堅気でもあまり治安維持の名目の
  巡回兵が近付くのは嫌うでしょう? 自分達で帝都兵を遠ざけたはず。そうではなくて?」
  「……」
  「沈黙は肯定かしら?」
  「それでここに何しに来た」
  「ふぅん」
  犯罪結社の連合体の総帥をしているだけありますわね。度胸はある。
  ただ踏ん反り返っているだけではないらしい。
  まあ、賞賛に値したとしても別に仲良くするつもりも感銘を受けるつもりもないですけどね。
  抵抗は無駄だと悟ったのだろう。
  アレン・ドレスは悠然と構える。他の幹部達は全員絶命している。盗賊ギルドは基本的に殺傷はご法度。
  だけど、それはあくまで『盗みに入る際に殺害は駄目』という意味合いであって所属している限りいついかなる時も殺傷は駄目というわけではない。要は義賊
  として盗み先での殺害を禁じているだけ。今回の行動、これは盗みではないので特に制限は受けない。
  血の匂いが漂う。
  こいつらの死亡で港湾貿易連盟に加盟している組織のボスはアレン・ドレス以外は死亡した。
  微笑のままわたくしは言う。
  「感謝して欲しいですわね」
  「感謝?」
  「ボスが全部死にましたわ」
  「どうしてそれが感謝する事なんだ?」
  「だって上納云々で揉めなくて済むでしょう? 今後は他の組織全てを吸収もしくは傘下に出来る。直接的に全ての組織を牛耳れる」
  「……」
  「ドレスカンパニーは巨大。少なくとも他の組織はそう考えるでしょうね。暫定的にかもしれませんけど、しばらくの間はドレスカンパニーが全ての組織を仕切
  る立場になりますわね。少なくとも他の組織が立ち直るまでは。今回の幹部の全滅は貴方にとっても好都合ではありませんかしら?」
  「……」
  「図星?」
  「う、うるさい」
  「上手く組織を立ち直せてくださいね。では御機嫌よう」
  軽く一礼。
  わたくしは踵を返す。

  コツ。コツ。コツ。

  歩き出す。
  後ろには目がないのでアレン・ドレスがどんな顔をしているかは分かりませんけど、予想は出来る。唖然としてる、多分、そんな顔をしているのでしょう。
  何故ならわたくしは彼に対してプレゼントをしたから。
  そう。
  無償のプレゼント。
  アレン・ドレスにとって最大の急務は港湾貿易連盟の建て直しではない。
  まずはグラーフ砦の一件でもっとも痛手を受けた自分の組織ドレスカンパニーの建て直し。その為には港湾貿易連盟に加盟している組織のボス達の首など
  どうでもいいのだ。つまりわたくしが指摘したように、ボス達さえいなければ全ての組織に直接的もしくは間接的に牛耳れる。
  牛耳れればその後はどうにでもなる。
  内心ではこの幸運を信じられないのだろう。
  まあ、当然ですわね。
  奴が叫ぶ。
  「待てっ!」
  「何ですの?」
  立ち止まってわたくしは振り返る。
  「何故建て直しに協力する?」
  「義賊だからですわ」
  「どういう意味だ?」
  「義賊。義の為に動く賊。民衆はそういうジャンルに惹かれるものですわ。でもそれには1つの条件がある。それは凶悪な犯罪者が存在する事」
  「何?」
  「簡単な理屈ですわ。あなた達のような凶悪な犯罪者がいるからこそ義賊というジャンルが成り立つ。港湾貿易連盟という巨大な犯罪結社の連合体が
  潰れると盗賊ギルドが今度は犯罪者として矢面に立たされる。どうしても義賊と逆の立場の犯罪者が必要なわけですわ」
  「……てめぇらの保身の為というわけか?」
  「ええ」
  アレン・ドレス、ようやく状況が飲み込めてきたのだろう、ニヤリと笑う。
  わたくしも微笑する。
  「保身に決まってますわ。わたくしがあなたに慈善事業する必要性はありませんからね。ただしこれだけは覚えておいて欲しいですわ」
  「ん?」
  「復興と壊滅、常にその状況が続くと覚悟なさい」
  「どういう意味だ?」
  「あなた頭を少しは使ったらどうですの? 腐りますわよ?」
  「……」
  押し黙る。
  わたくしは別に庶民が望む『腐敗と圧政に立ち向かう痛快な義賊像』を演じる為だけに港湾貿易連盟を復興させるわけではない。
  復興なんてさせない。
  復興しそうになったら叩く。そして抑制する。一定以上の勢力の再興なんてさせませんわ。わざわざ組織として残すのは犯罪者サイドの抑制の為。
  つまりここで潰してしまっても次の犯罪結社が成り上がるだけの話。その場合、例えば禁制品などは新しいルートが確立されてしまう。
  それを新たに追うのは至難の業。
  だけど今はそうじゃない。
  港湾貿易連盟が確立したルートがある、そしてそれはわたくし達は把握している。さらに言うのであれば今の状況であれば港湾貿易連盟がその流通
  ルートを全て掌握している、新興組織が興りそうになっても港湾貿易連盟が潰すだろう。存続させる事により新たな芽を抑制できる。
  そういう意味では港湾貿易連盟の存続は意味がある。
  わたくし達としても新規の犯罪組織よりも既存の組織の方が管理がし易い。
  だから。
  だから存続させる。
  もちろん何か行動しようとしたら叩く。犯罪行為をさせない程度に、それでいて潰れない程度に叩きのめす。
  まあ、存続というより飼うと言った方がいいかもしれませんわね。
  結局のところ盗賊ギルド改めシャイア財団の礎として利用させてもらいますわ。その為に潰さない。それだけの話。
  「アレン・ドレス」
  「何だ?」
  「もう1つだけプレゼントを差し上げますわ。いいえ。正確には返品しますわ。……ユニオっ!」

  「承知っ!」
  「くっ、いきなり何を……っ!」

  小柄な体格にタマネギカットという粋な髪形(粋なのかしら? 少なくとも次世代の髪型)のユニオが動く。
  人斬り屋を取り押さえた形で。
  「アルラ様、これは一体どういう……」
  「お黙りなさい」
  ザシュ。
  チルレンドを引き抜き人斬り屋の両の足の太股を切り裂く。血は出ない。チルレンドは冷気属性の魔力剣。斬った瞬間に傷口は凍り付く。
  ユニオはわたくしが動くと同時に彼の腰のアカヴィリ刀を鞘から引き抜く。それから彼を突き飛ばして後ろに下がった。
  人斬り屋を見下ろす。
  「気付かないとでも思ったんですの?」
  「な、何が?」
  「この裏切り者」
  「ば、馬鹿なっ!」
  「ええ。確かに。確かに馬鹿な事をしたもんですわね」
  「何を根拠に……」
  「根拠はありますわ」

  先のグラーフ砦への攻撃を知る者は数少ない。というのも港湾貿易連盟が海上封鎖をしていたからだ。
  わたくしは正面突破は犠牲が多いと思った、部下達を率いて全面対決に乗り出すべきではないと思った、犠牲がイタズラに増えるから。
  ですから部下は使わずに自ら乗り込む事にした。
  シャイア財団において単体で最強なのはわたくし。単独でも帰還出来るのもわたくし。ですから自ら動いた。
  部下達は使わないわけですから当然今回の作戦は伝えなかった。
  意味がないからですわね。
  それと同時に情報を統制したかったという意味合いもありますわ。
  大勢に知らせれば外部に情報が洩れる可能性がある。そしてその際に誰が洩らしたのかが追跡不可能となる。情報を知る人数が多いからだ。ですから
  わたくしは徹底して情報を統制した。そんな中で今回のグラーフ砦行きを知っているのは幹部のみ。
  合計で7名のみが作戦を知っていた。

  参謀スクリーヴァ。
  参謀アーマンド。

  伝令アミューゼイ。
  伝令メスレデル。

  護衛人斬り屋。
  護衛ユニオ。

  従者ジョニー。

  この7名のみですわ。
  情報が洩れるとするとなるとここからのみ。
  参謀スクリーヴァは作戦の一環としてトビウオ師匠、海中の牙、アルゴニアンの部族を使ったもののここから情報が洩れる可能性は低い。
  何故なら今回の作戦の為に抱き込んだトカゲ達の存在そのものが今回の勝利へと繋がっている。
  抱きこんだ時点でわたくし達にとっての勝利への鍵。
  そして何より港湾貿易連盟に加担する意味合いがトカゲ達にはまるでない。
  つまりこの事を総合すると、スクリーヴァは真っ先に裏切り者から外れる。わたくしの裏を掻きたいのであればトカゲ達を引っ張ってくる必要などないからだ。
  参謀アーマンドも裏切り者ではない。
  彼は港湾貿易連盟の船への細工を失敗した。
  事前に敵方にばれた。
  この事だけをみると彼が内通しているかもしれないという猜疑心に捉われそうですけど彼は失敗した旨をスクリーヴァを通じてわたくしに報告している。
  本当に裏切り者であるのであれば報告なんてしない。
  失敗の報告をせずにわたくしをグラーフ砦へと送り出すだろう。だけど彼はそれをしなかった。
  つまり裏切り者ではないから。
  参謀2人は裏切り者から外れる。
  わたくしは以上の事を人斬り屋に、アレン・ドレスに対して口にした。
  「何かご質問は?」
  『……』
  2人は沈黙。
  わたくしは話を続ける。
  「ないなら続けますわ。伝令の2人も除外ですわね。2人はフロンティアにいます。情報を流すにはいささか遠過ぎますわ。それに遠くにいる以上、ダレロス
  邸の会議上の情報をリアルタイムで知るには不可能。従者のジョニーはわたくしを裏切らない。つまり護衛のどちらかという事になりますわ」
  「……」
  「まあ、既に斬り付けた以上、わたくしは人斬り屋を裏切り者だと思っていますわ」
  「何故俺が……っ!」
  「名乗らないからですわ」
  「名乗ら……それだけでかっ!」
  「ええ。名を名乗らないのは不審。そしてそれ以上に『人斬り屋』という殺し屋に固執しているという事に他ならない。あなたはまだ殺し屋ですわ」
  「殺し屋で悪いのか?」
  「いいえ。だけどシャイア財団に所属する以上は殺し屋でいる必要などないはず。なのにそう名乗る、それはつまり現在進行形で殺し屋として存在する
  必要があるから。まだ親切丁寧に言った方がいいですか? 人斬り屋、あなたはまだわたくしの抹殺をアレン・ドレスに依頼されたままですね?」
  「……」
  証拠?
  そんなものはないですわ。
  ハッタリ。
  ただし証拠はないけど根拠はある。
  消去法で消していくとどうしても人斬り屋だけ残る。ユニオも裏切り者候補として残るものの、彼は犯罪者との接点がそもそも存在していない。しかし人
  斬り屋は一番最初に私の前に姿を現した時から港湾貿易連盟の放った刺客。
  だから。
  だから人斬り屋が裏切り者だとわたくしは確信している。
  もちろん根拠はあるけど証拠はない。ですからハッタリで相手の出方を見る。
  ……。
  ……あー、まあ、いいですわ。
  面倒。
  面倒ですわ。
  そもそも港湾貿易連盟との決戦も黒の派閥の登場で白けたものになってしまった。
  今さらどうでもいいですわ。
  アレン・ドレスも一端の悪党を気取っているものの実際には大した事はないですわ。
  適当にあしらって適当に潰して適当に大団円、そんなノリで港湾貿易連盟との関係は終わりにするとしましょう。かといってわたくしが手を下すまでもない。
  今後は参謀の2人に任せてわたくしは別の事をするとしましょう。
  別の事?
  まあ、黒の派閥との決戦の為にわたくし自身のパワーアップとか色々ですわ。
  証拠はなくとも人斬り屋が裏切り者なのは確実。
  シャイア財団に組み込まれた以上は別に人斬り屋と名乗り続ける必要はない、殺し屋でいる必要はない。その時点でおかしい。
  もちろん疑わしきは罰せず。疑わしいだけで断罪はしない。
  「アレン・ドレス」
  「何だ?」
  「今回のこの本部襲撃、人斬り屋は真っ先に賛同しましたわ。襲撃情報は入りませんでしたでしょう? わたくしに乗り換えたみたいですわよ?」
  「な、何だとっ!」
  激怒するアレン・ドレス。
  そう。
  そもそもこいつがおかしいんですわ。わたくしに対する暗殺指令を人斬り屋は蹴った、わたくし側に寝返った、にも拘らずアレン・ドレスは今の今まで裏切り
  を責めなかった、なじらなかった。そこが突き詰めて考えるとおかしいし不審でもある。
  まあいい。
  展開を盛り上げるつもりなんてない。
  黒の派閥の出現で既に港湾貿易連盟になど興味なんてない。
  「ユニオ、彼をアレン・ドレスに引き渡して」
  「了解した」
  バッ。
  ユニオはアレン・ドレスの方に人斬り屋を突き飛ばした。
  ズザザザザ。
  引っくり返る人斬り屋。

  「あなたを港湾貿易連盟に引き渡しますわ、人斬り屋」
  「ま、待ってくれっ! 俺と改めて組もうっ! そうしたらデュオスも倒せるっ!」
  「あなたと組んで?」
  そういえばデュオスやジョフリーに恨みがあるとか言ってましたわね。
  それはそれで嘘ではないのかも。
  つまりこいつは本当に元ブレイズ。デュオス、ジョフリー、互いに対立し合う2人に恨みがあるという事は元々はどちらかの側の人間だったのかもしれない。
  抗争に巻き込まれ追放、だからこそ2人に恨みがあるのかもしれない。
  だけどどうでもいい。
  「人斬り屋。あなたと組んで勝てる程度の相手ならわたくしは苦労しませんわ」
  この時、ようやく港湾貿易連盟の手下が倉庫に入ってくる。
  数にして20。
  暗がりに潜んでいるわたくしの部下達なら一瞬で消せる。こちらは50以上率いているのだから喧嘩にすらならない。
  攻撃しないのはわたくしが指示しないから。
  指示したら全滅は楽勝ですわ。
  「行きますわよ」
  「はい」
  ユニオは頷き、付き従う。
  その後でアレン・ドレスが手下達に怒号とともに命令していた。何かを懸命に喚く人斬り屋は鎖でグルグル巻きにされている。
  どうやら彼の末路は悲惨なものらしい。
  2人のやり取りから察するに裏切り者は人斬り屋で正解。わたくしの頭脳の冴えは怖いですわー。
  ほほほ☆
  「人斬り屋」
  わたくしは立ち止まって鎖で縛られた人斬り屋に一瞥を向ける。
  彼には随分と世話になった。
  立ち直る為のきっかけをくれたのも彼ですしミスカルカンド遺跡では共に戦った。人斬り屋は私に救いを求めるように視線を向けた。
  それに対してわたくしは微笑で応える。
  そして一言。
  「スローターフィッシュによろしくお伝えください」