天使で悪魔
飛び入り参加
世の中にはいる。
身の程を弁えない奴がいる。そういう奴は真っ先にこの世界から淘汰されていく。
長生きしたいのであれば知るべきだ。
格が違うと。
「トカゲの首はお好きかな、シャイア子爵?」
「……あっ、ああ……」
「犯罪者を舐めるんじゃねぇぞ小娘がっ! 俺達の金を返せっ! さもなければその体にたっぷりと聞くまでだっ! 分かってるのか、ああんっ!」
「ひぃっ!」
凄むドレスカンパニーのボス、アレン・ドレス。
恭しく頭を下げて金髪の女は銀製のお盆をテーブルの上に置いた。その上にはトカゲの首。
そう。
アルゴニアンの首。
まだ新鮮な首で血の匂いがわたくしの鼻孔を圧迫する。
「お前が悪いんだぜ、シャイア子爵」
「……」
「貴族の小娘が本物の犯罪者相手に馬鹿な真似するからこうなるんだ。分かるか? お前だって五体満足じゃあ帰れないんだぜ?」
「……」
「何とか言ったらどうなんだっ! ああんっ!」
「やかましい」
ガンガラガッシャーンっ!
テーブルを力任せにわたくしは引っくり返す。
ガクブルしてまったく身動きが出来ないと踏んでいたのだろう、アレン・ドレスは見事なまでにテーブルの下敷きになった。
ふん。
馬鹿ですわね。
さすがにトカゲの首が出された時にはびっくりしましたけど……。
「トカゲ違いですわ」
そう。
この首はジョニーの物ではない。
おそらくアレン・ドレスはこのトカゲの首をわたくしの従者ジョニーだと思っていたんでしょうけど色がまったく別物。
この首は誰だろ?
相手が好い気になってたからガクブルしてあげましたけど、まあ、別に相手を喜ばせる必要はないわけですし叩きのめした。
ボスは料理やワイン塗れになって気絶している。
「少し勘違いしているようですけど例えここにジョニーの首があってもわたくしは戦意は失いませんわ。衝動に任せて貴方を殺す、それだけですわ」
泣き叫ぶ女は可愛い女?
だとしたら願い下げ。
「お腹空きましたわねぇ」
あらあら。
食べ物が勿体無いですわ。
それにあのワイン、結構上物でしたのに。
金髪の女は気絶しているボスの上着をまさぐって何かを探している。
敵の仲間ではないのかもしれない。
聞いてみよう。
「貴女何者ですの?」
「あたし? あたしはアントワネッタ・マリー。……えっと、前にどっかで会わなかった?(暗殺姉妹の午後 〜疑心〜参照)」
「さあ」
記憶にない。
ガチャ。
部屋の扉が開く。わたくしは身構える。入って来たのはトカゲ、ネコ、その2人だった。
2人は金髪の女性の仲間のようだ。
「アントワネッタ・マリー、例の物はあったか?」
「うん。あった。これ本物だよね、ムラージ・ダール?」
「見た感じでは本物だね。魔力も感じる。よし、じゃあ、撤退しよう」
……。
……えーっと……この3人は何者ですの?
飛び入り参加なのは確かだろう。
金髪の少女、アントワネッタとか名乗った少女の手には奇妙な鍵があった。何ですの、あの鍵?
ボスの懐に合ったようですけど。
わたくしの視線に気付いたのだろう、少女は口を開く。
「不壊のピックって言うんだよ、この鍵」
「不壊のピック?」
「鍵穴に差し込めばどんな錠前にも合う形状に変化、自動的に合鍵になるんだって。魔王ノクターナルのアイテムなんだってさ」
「魔王ノクターナル」
わたくしの持つ灰色狐の仮面と同じですわ。
あの魔王は盗賊の守護神的な存在なのは支配する属性が盗賊向きだからに他ならない。
「何故その鍵を?」
「求めたかってこと?」
「ええ」
「あたしだっていつも食っちゃ寝してるだけじゃないって事かな。きっとフィーはこういうものが欲しいんじゃないかってずっと調査してたの」
「はっ?」
「そしたらこのダンマーが持ってるって調べがついた。テイナーヴァとムラージ・ダールと一緒に強奪に来たってわけ」
「えーっと」
少々意味が分からない。
分かるのはこの3人、盗賊ギルドでも港湾貿易連盟でもないって事だ。何者だろう?
ど素人ってわけではなさそうだ。
「血を見るのも久し振りだったし楽しかったかなぁ」
「……」
ゾクッと身震いをわたくしはした。
そして気付く。
この子、血の臭いがする。
この子だけではない、トカゲもネコもだ。ついさっき誰かを殺したから香っているわけではない。全身に染み付いているような感じがする。
何者?
まるで暗殺者のよう。
「ねぇ」
「え、えっ?」
間の抜けたような声でわたくしは少女の声に答える。
いかんいかん。
ペースが狂ってる。
犯罪結社の親玉アレン・ドレスに凄まれても怖くもなんともないけどこの少女達には底知れぬ何かがある気がする。
本当、何者だろ。
「何ですの?」
「この首はね」
トカゲの首を指差す。
「ええ。誰の首ですの?」
「そこのダンマーの手下のトカゲの首。たまたま地下牢見たら赤いトカゲが殺されそうになってたからテイナーヴァが助けようって言ったの。同郷の
好なんだってさ。まあ、そんな感じでダンマーの手下達を殺して助けたよ。仲間なんでしょ? 無事でよかったね」
「感謝しますわ」
「でね。殺す前に2人の会話を潜んで聞いてたんだけど、殺したトカゲの首はここに運ぶ事になってたの。だからあたしが運んだってわけ。首が違うけどね」
「ありがとう」
素直に頭を下げた。
一般的には貴族は頭を下げるべきではないと言われているけどそれは間違いだと思う。
頭を下げるべきは下げる。
それこそが信頼と尊敬を生み出すのだとわたくしは考える。
ふんぞり返るだけが貴族ではない。
「ジョニーはどこに行きましたの?」
「さあ。そこまでは知らない」
「そうですの」
まあ、無事でよかった。
はっきり言ってこの3人が救ってくれなかったらジョニーは死んでいた。そしてテーブルの上に乗った首はジョニーのものだったはず。
幸運。
幸運ですわね。
それ以外の何ものでもない。
救われたわけだ、この少女達にわたくしもジョニーもね。もちろんわたくしが救われたというのは、別に親玉叩きのめす機会を与えてくれたという意味合いで
はない。気絶しているダンマー如き殺そうと思えばいつでも殺せる。救われたという意味、それはジョニーの死が訪れずに済んだという意味。
見なくて済んだ。
また大切な仲間が死ぬのを。
救われた、本当に。
……。
……まあ、この事は誰にもいいませんけどね。当然ジョニーにも言わない。
何故?
わたくしのイメージが崩れるからですわ。
さて。
「そろそろ引き揚げるとしましょうかね。貴女達はどうされるのかしら?」
「不壊のピック手に入ったし帰るよ。途中まで同道する?」
考える。
ここに来たのはお宝のゲットが前提。港湾貿易連盟を潰すのも目的ではあるけれど……ただ単純に潰すのでは意味がない気がしてきた。
そう。
長期的な視点で考えると単純に潰すのでは駄目。
義賊という概念は犯罪者がいてこそ煌びやかに輝く。犯罪者は万死に値しますけれども完全に潰しては駄目。長期的にジワジワ嬲りつつも芽は完全には
潰さない、そういう感じで今後は行きましょう。もちろん庶民は救う。連中の毒牙に掛けさせる事はない。
未然に防ぐ。
そうする事で義賊としての名声を高める。
この手で行きましょう。
悪玉は善玉を引き立てる為の存在でいるべきだ。まあ、わたくし達は悪い善玉ですけどね。
「そうですわね。ご一緒しましょうか」
「じゃあ行こっか」
コツ。コツ。コツ。
わたくし達は砦内の階段を下りる。盗賊ギルドの襲撃を警戒しているのか、物々しい警備体制。
だけど止められる事はない。
何故?
だってわたくしはドレス・カンパニーのボスですもの。
「お前」
「は、はい」
わたくしは立ち止まり歩哨の1人に声をかけた。
歩哨、身を堅くする。
気持ちは分かる。
わたくしは今クラヴィカスの仮面を被りマントで全身を覆っている。歩哨程度には中身が本物か疑う術がないのでばれる事はあるまい。
本物?
口の中にナプキン放り込んで両手両足を縛り上げて転がしてある。
ああ。ついでに下着にしてね。
アレン・ドレスは基本的に手下の前では素顔を見せないと聞いている。口が聞けない以上、あれが本物のボスだとは分かるまい。
わたくしの声は当然女の声。だけど仮面でくぐもっているので騙しようがある。押し殺した声で歩哨に言う。
「俺の部屋に刺客が入った。盗賊ギルドの手下だ」
「まさかっ! この警備網を……っ!」
「お前の失態だ」
「し、しかしっ!」
「俺はお前を責めているわけではない。挽回の機会を与えようとしてやっているのだ。分かるな?」
「は、はい」
「数人で可愛がってやれ。ただし殺すな」
「了解しましたっ!」
歩哨は頷き大声を張り上げる。その声に反応して近くにいる手下どもも集まり、そして一緒に上階へとあがった。
これでいい。
フルボッコにしてやれ。あのダンマーをね。
殺さなくていいかって?
まあ、運が悪ければフルボッコの最中に死にますわね。だけどそれは運が悪い時のバージョンであって別に死んで欲しいわけではない。
むしろしなれると困る。
あのダンマーが死ねば港湾貿易連盟は瓦解するだろう。そもそも港湾貿易連盟は犯罪結社の連合体でしかない。つまり中心人物が死んだからといって
消滅するわけではなく分裂状態になるだけだ。その後は主導権争いの潰し合い、抗争の開始となる。
抗争の状態はまずい。
民衆が苦しむ。
出来るだけそういう結末にはしたくない。
わたくしが望むのは今のままの体制。生かさず殺さず盗賊ギルドが今後連中を追い込んで行く。民衆に害がないように狩り立てていく、でも潰さない。
潰してしまえば義賊もただの犯罪者。
そう。
義賊というジャンルは凶悪な犯罪者がいてこそ成り立つ。その凶悪な連中がいなければただの犯罪者としか見られない。
民衆とはそういうものだ。
「行きますわよ」
アントワネッタ達を従えてわたくしは進む。
立場上『アレン・ドレス』という役を演じているのはわたくしでありこの3人は手下という形にしないとは箔が付かない。
それにしてもこの3人、本当に何者ですの?
クラヴィカスの仮面は男女関係なく等しく魅了する効力があるという。にも拘らずこの3人にはまるでその魅了の影響がないように見える。
ただ、ネコは分かる気がする。
ローブを着込んでいるからおそらく魔術師。クラヴィカスの仮面の魅了の効力も強力とはいえ原理としては魔法、つまり強大な魔力さえ持っているので
あれば抵抗は容易だろう。しかし残りの2人はそのようには見えない。少なくとも魔術師ではないだろう。
何者?
コツ。コツ。コツ。
「質問があるんですけど」
歩きながらわたくしは話す。
現在の状況は好転しているものの、わたくしのターンではあるものの港湾貿易連盟の根城にいる事には変わりがない。
止まってる時間はないし惜しい。
それに。
それに今回は大暴れは出来ない。力尽くで宝物庫からお宝を奪えれない。
何故なら招待客の数が限定されているからだ。
つまり現在オークション会場にいないのはわたくしだけ。宝物庫で暴れる灰色狐の仮面を被ったドレス姿のインペリアル……普通に『シャイア子爵だっ!』と社
交界の面々にばれてしまう。それは困る。帝都に居場所がなくなってしまいますからね。
あくまで穏便に。
あくまで華麗に。
それがモットーであり全てだ。
だから止まらずに話す。
「質問よろしいかしら」
「ん? 別にいいよ」
金髪の少女は頷いた。
この子、何歳かしら?
随分と幼そうに見えるけどたまに瞳の奥に大人びた何かが見える気がする。世界の全てを、それも裏側の全ての方を見てきたような感じの瞳。
どこか醒めているような雰囲気を受ける。
気のせいかしら?
まあいいですわ。
別にそこはわたくしが関知する問題ではない。
「このクラヴィカスの仮面は魅了の効果があります。そこのネコさん……」
「俺はムラージ・ダールだ」
「失礼しましたわ。そこの紳士のMrダールは魔術師だから抵抗する術を知っていてもおかしくない。でも貴女とトカゲさんはどうして効きませんの?」
「あたしが魅了されるのはフィーだけだもん。くっはぁー☆ フィーってば愛してるよーっ☆」
「……」
危ない性格?
あまり関らない方がいいのかしら?
と、ともかく彼女には愛する想い人(なのかしら?)がいるので効かないらしい。心はそのフィーとかいう人の事で一杯なので魅了の魔法の影響を受ける
隙間はないのだろう、多分。しかしフィーという響きからして女性な気がするのは気のせいかしら?
同性愛?
ま、まあ、愛は愛ですから問題はないですわね。
……。
……ただ好かれないように気をつけましょう(汗)。
わたくしにはその趣味はありませんし。
さて、トカゲさんの理由は?
「貴方はどうして効きませんの?」
「精神系の魔法は効かんよ。俺はシャドウスケイル出身だからな」
「シャドウ……アルゴニアン王国の暗殺者ですのっ!」
「元だ。元」
「……」
こりゃ驚きましたわ。
ブラックマーシュの冷徹な暗殺者か、彼は。それなら理由が分かる気がする。生れ落ちてから暗殺者として教育された彼にとって感情の操作はお手の
物だろう。そして何より自分への律し方を完璧に学んでいる。魅了の魔法が通用しないのは分かる気がする。
それにしても。
それにしても何より驚くのは3人の関係性ですわ。
「ははは。アントワネッタ・マリー、その鍵で親友の心の鍵穴も開けてしまう気ですね?」
「くっはぁー☆ ばれちゃったー☆」
「おいおい2人とも、まだ脱出は出来てないぜ。それにしても俺達久し振りに昔の仕事のノリで行動してるなぁ」
何者ですの?
まるで3人とも暗殺者のようなノリですわよね。
まあいい。
とりあえずわたくしの目的は宝物庫。不壊のピックとやらをアントワネッタとかいう少女が持っている。交渉次第では彼女達に宝物この扉を開いてもらえ
るかもしれない。それにわたくしの手持ちの戦力はユニオ、ジョニーと限定されている。
戦力的にも使える。
交渉しよう。
階段を降りて長い横穴の通路に入ったわたくしはそう考えた。
「ふぅ」
まずは仮面を外してマントを脱ぎ捨てる。
暑苦しいし邪魔。
クラヴィカスの仮面も特に必要ない。魅了の効果しかないのであれば特に欲しい代物ではない。形状も趣味悪いですし。センス最悪。
「これ欲しい?」
「んー。いらない」
「ですわね」
まあ、それでも伝説級のお宝。持って帰って飾る……のは趣味悪いですわねー。物置にでも放り込んでおこう。
どちらかというとこのクラヴィカスの仮面よりも金髪の少女がアレン・ドレスから没収した不壊のピックの方が欲しいですわね。盗賊の必須アイテム。
何かと交換してもらえないかしら?
わたくし達は通路を進む。
確かこの先は宝物庫。
「頼みがあるんですけど組みません? この先は宝物庫、山分けなんていかが?」
「うーん。どうしよー?」
「珍しいものを持ち帰れば親友も喜ぶと思うから協力したらどうかな、アントワネッタ・マリー。テイナーヴァも賛成だろ?」
よし。
交渉成立ですわ。
この3人が誰かは知りませんけど戦力が限定されているわたくしとしては是非とも仲間に引き入れたい。そしてそれが叶った。
よかったよかった。
その時……。
「おー。これはこれは灰色狐じゃねぇか。くくく。お前もここに宝漁りに来たのか? 俺様と同じだな。もしかしたら俺達の運命は繋がってるのかもな。くくく」
通路の少し先に男が立っていた。
野性味溢れる笑みを浮かべた男がそこに立っていた。異様なオーラの放つアカヴィリ刀を腰に差しているその男をわたくしは知っている。
何故こいつがここにいるのっ!
「デュオスっ!」
「生きてくれてて嬉しいぜ、灰色狐。だが今回は身代わりのオークはいないぜ?」
黒の派閥の総帥、デュオス登場。