天使で悪魔




暗殺姉妹の午後 〜疑心〜




  疑心。
  人である以上、どんなに心を許した相手でも場合によっては疑ってしまう。
  人である以上、それは仕方ない。
  聖人君子なら例え何があっても信じ続けるのだろうけど、この世界に聖人君子は存在しない。
  勝手に決め付けるな?
  いえいえ、これは真理よ。まあ、そこはいい。

  私はフィッツガルド・エメラルダ。
  信じた相手は裏切らない、それが信条だ。それでも、私だって信じた相手を疑う時だってある。
  何故なら、私は聖人君子ではないのだから。







  「もう、フィーってばこんなに蜜をベタベタにして。……ふふふ、あたしが綺麗にしてあげる……」
  「すいません蜂蜜こぼしただけでどうしてそんなに艶っぽい台詞なんですか?」
  ……ちくしょう。
  場所はフロンティア。
  冒険王ベルウィックが作った、冒険者による、冒険者の為の街。
  シェイディンハルの真南、ブラヴィルの真東にある、密林のど真ん中にある街。
  冒険には事欠かない。
  まあ、その反面冒険者は何をするにも割増料金。この街の経済は冒険者の落とすお金で成り立っており、その為に割り増し
  ではあるものの冒険者達は気にしない。
  何故なら、一度の冒険でそれ以上の収穫があるからだ。
  「はい、フィー綺麗に拭けたよ」
  「どーも」
  テーブルを拭いてくれる、義理の姉。
  私はただホットケーキにかける蜂蜜をテーブル中にぶちまけただけ。なのにあのエロっぽいトークは何?
  この姉、侮れません。
  「いっただきまぁーす」
  パク。モグモグ。
  んー、美味ですなぁー♪
  考えてみれば私、ハチミツ好きなのかも。ハチミツ酒も大好物だし、甘いものは大好きだ。
  アンは対照的にコーヒーをブラックで飲んでいる。
  フロンティアの、けだるい午後のひと時。
  「ふぅ」
  「こんなに寛いでていいの、フィー。もう3日だよ?」
  そう。
  私達はここに3日も滞在している。
  滞在している宿の名前は《黒熊亭》。冒険者用の宿で、経営しているのは《白熊》の異名を持つノルドの元冒険者。
  宿の名前と異名が正反対なのは謎。
  本当は隣の宿屋《優しきの聖女》の方が小奇麗だし、名前も素敵だったけど満室の看板が掛かっていたので、諦めとここに
  泊まった。泊まり心地は悪くないけど、宿よりも一階の酒場の方がメインのようで喧騒が耳障り。
  それでも3日もここにいる理由。
  それは……。
  「はっはーん。フィー、もしかしてあたしとの激しく甘い夜がお望みなのね? だからここで3日もあたしを誘ってるんだー♪」
  「いや意味分かんないから」
  「このエロエロめー♪」
  ……ちくしょう。
  あんたにだけは言われたかないわよ。
  不服そうな顔をしていたのだろう。それを察し、アンはしみじみとした口調で私を諭す。……諭される筋合いないけど。
  「フィーはエロ、あたしもエロ、エロエロを半分ずつ分ければ後腐れなく解決だね」
  「いや分ければいいってわけじゃないし、そもそも私は……」
  「フィー、あたしの事好き?」
  「はっ?」
  こいつの会話、脈絡ない。
  「まあ、嫌いじゃないわ」
  「フィー、世の中にはね、肯定か否定しかないの」
  曖昧な回答がお嫌いのご様子。
  「フィー、好きかと聞かれたら、抱きたいか抱かれたいかの二つしか選択肢はないんだよ?」
  「そ、そうなの? そりゃ初耳。……でも両方、意味同じじゃない?」
  「全然違うよ。どっち選ぶかで主導権が代わるもの♪」
  「……」
  「くっはぁー♪ 攻守は入り乱れ、常にエキサイト♪ あたし、今夜はどっちにしようかなー♪」
  「……」
  無視の方向で。
  こいつの言葉のマジックに嵌っていくと泥沼になるし。
  「ここにいる理由は、クロードを焦らす為よ」
  「焦らす?」
  「そう。多分あいつは、私達がレリーフを手にするのを待ってる」
  「それ確かかなぁ。向こうが先に手に入れてるかもよ?」
  「大丈夫よ」
  「その根拠は?」
  「未盗掘の場所だからね」
  マラーダは今まで発見されていなかった、遺跡。
  もちろん公式、であって偶然誰かが発見し遺跡内部を荒らした可能性もあるけど……基本的には手付かずと認識されてる。
  数千年前のアイレイドのトラップは今なお起動している、驚異的な代物。
  危険を冒すにはウンバカノが提示した金額では少な過ぎる。
  思惑付きの私はそれでも行動する。
  でもクロードは?
  奴は場馴れしているし、思慮も常識もある。金の為に無駄に命を懸ける事はしないと見ている。
  合理的に私達を潜らせ、出てきたところで成果を横取り。
  一番リスクが少なく、確実で、安全で、楽な方法だ。……私達が相手じゃなければね。
  そういう憶測からクロードは動かないと見ている。
  でもまあ、そろそろ行動開始はするべきかな。
  「明日、始めましょ」
  「愛の営み? くっはぁー♪」
  「絶対に違うっ!」
  私は力一杯否定した。私ってば、当初の予定ではもっとクールなキャラ設定だったのになぁ。
  ……ちくしょう。
  






  翌日。フロンティアで密林を歩き回る為の装備を整え、旅立った。
  シャドウメアは厩舎に預けて来た。
  人が歩くのも困難な場所を馬で進むのはナンセンスと判断したからだ。しかし予想とは違い、道はなだらかで拓けていた。
  少し拍子抜け。
  それでもマラーダに到着するのに悪戦苦闘。
  ツタや茂みなどが邪魔で、それを切り開くのに時間が食った。
  このような場所には野生のモンスターが徘徊していたり盗賊団のアジトなどがあるので完全武装している。
  私は鉄の鎧に、銀の剣。いずれも魔法で強化してある。
  アンは闇の一党支給の黒い皮鎧に、銀の剣。アンの銀の剣は、無印。つまりエンチャントしてない。
  旅だって二日。
  ようやく目的の場所に辿り着いた。
  「ここが、マラーダか」
  「着いたねー」
  意外に早く着いた。
  食料や水は往復込みで一週間分、用意してきたけど半分でよかったみたい。
  もちろん食料は全て携帯用。
  「……すごい……」
  私はマラーダを見て、感嘆。
  考古学や歴史学は専門外だけど、数千年経ってもまだ美しい白亜の遺跡マラーダは存在している。
  なるほど、現在の文明以上の高度さではあるわね。
  そもそも帝国の基盤はアイレイドのパクリだから、高度なのは疑いようがない。高度だからパクるわけだし。
  「フィー、誰かいる」
  「……えっ?」
  死角になってて見えない場所に、キャンプがある。誰かが野営しているらしい。
  こういう分析能力とかはアンの方が優れているらしい。それとも、気配を感じたりするのもね。
  暗殺者としては彼女の方がスキルは上だ。
  クロードか、と思ったものの違う。一組の男女だ。こんな場所だから、当然のみ如く完全武装している。
  そこはおかしくない。
  おかしいのは、この場面で、このタイミングでここにいる事だ。
  対抗馬が放たれている事は既に知ってる。
  ……こいつら、クロードの仲間か?
  確かめてみる。
  「ハイ」
  近づき、声を掛ける。
  男女は一瞬、驚いた顔をしてから、勝手に喋りだす。……役者としては食っていけそうにないわね、こいつら。
  「美しい風景よね、ここ。ちょっとした観光をしに来たんだよ、狩りにも最適だし」
  「そうそう、俺達は狩りと景色、そして綺麗な空気を楽しみに来たのさ」

  勝手に何を言ってるんだか。
  適当に挨拶を返し、私はそこから離れた。クロードの手下なのかは知らないけど、遺跡に用がある連中だ。
  まあ、いいわ。
  レリーフを横取りするようなら、叩き潰せばいい。
  それでいい。
  ただそれだけの事。野望や野心諸共肉体も粉砕するのは、慣れてる。
  「……まだいるよ。そこの丘の上」
  「……どこ?」
  「……そこだよ、そこ」
  「……」
  ああ、いたいた。今度はカジートだ。弓矢で武装し、私達を見下ろす場所に陣取ってる。
  いいわね、あの場所。
  レリーフ持って遺跡を出た瞬間に、射抜けるだろうから。
  ……。
  それにしてもアンの索敵能力には舌を巻く。
  私も気配は読めるけど、相手が殺気を帯びない限りはそこまで正確には読めない。
  カジートにも近づいてみる。
  「ハイ。ここで何してるの?」

  「こんな神に見捨てられた辺境の地でスラジールが何をしているか不思議だろう? スラジールも不思議だ」
  ネコはたどたどしい口調で、言葉を紡ぐ。
  勘違いしてはいけないのが、一人称が自分の名前だからといってカジートが、知能的に遅れているわけではない。
  言語的には少々風変わりでも、そういう口調なだけ。
  結構、亜人種にはこのような口調が多い。
  差別主義者はその言動故に低脳な種族と断定するものの、そもそものベースの頭脳は多種族と見劣りするものではない。
  純朴ゆえの、口調なのだ。
  さて。
  「スラジール、貴方はここで何してるわけ? お仕事?」
  「仕事? ははは、スラジールはそれに見合う給料はもらってない」
  「クロードから?」
  「ははは。お前は頭も良いし洞察力もある。当たりだ、スラジール達はクロードの部下だ」
  「あら素直ね」
  スラジール達……つまりさっきの2人も同業か。
  私を始末する?
  いや、この様子だと成果を横取りする気か。レリーフを手にしない限りは安全、というわけだ。
  「スラジール、貴方の給金は幾ら?」
  「雀の涙だ。スラジールは思うに、クロードはスラジールを利用している。何も教えてもらってない。ただ命令されるだけ」
  「ねぇ、一緒に儲かる方法があるんだけど……乗らない?」
  「つまり……」
  「つまり、私と組まないかって事。報酬は平等に、半分ずつ。どうかしら? 仲良く出来ない?」
  「スラジールはお前と仲良く出来る気がする。スラジールはお前を絶対に後悔させない」




  カジートを買収し、私達は遺跡に潜った。
  買収する必要があったのか?
  ……まあ、絶対にあったとは言わないわ。ただ戦略的に敵を抱き込むと、色々とやり易い。それだけの買収行為だ。
  別に戦力として期待はしてない。
  ただ、クロードの裏を掻く程度には役に立つ。
  一応私は労働嫌いですから。
  相手側の意表を突き、事を簡単に終結させたい。ただそれだけの、買収だ。
  相手はクロード、スラジール、男女、合計で四名。それがウンバカノが放った対抗馬の面々だ。
  その内の1人、スラジールをこちら側に引き込んだ。
  これで数の上ではそんなに差があるわけではない。能力的には、あの男女は未知数ではあるものの……クロードは強いものの
  私とアンのタッグを敵に回してでも勝てると言うまで強くはなく、スラジール寝返りの意外性もあるから向こうは勝てまい。
  お金なんて所詮は生きる為の手段だ。
  溜め込む事だけに執着し、ニヤデレするものではない。
  事を簡単に運ぶ為の潤滑油としてお金を使うのは、私にしてみれば常套手段。
  ……それにしても……。
  「んー」
  「どうしたの、フィー? ツワリ?」
  「はっ?」
  「ついにあたしの子を身籠ったのねっ! お手柄だね、あたしのスイートハニー♪」
  「絶対に違うっ!」
  「ちぇっ」
  「ちぇっ、じゃないわよ、まったく」
  「あたしアイレイドの遺跡に初めて潜ったけど、簡単なんだね。罠すらないもん。予想と違ったなぁ」
  「……」
  そこが気に食わない。
  遺跡には何のトラップもない。専門的な知識はないものの、今まで何度も潜ったから経験としての知識は蓄積されてる。
  罠がない?
  安全でいいけど、かえっておかしい。逆に不安になる。
  見落としてはないはず。
  だとすると、最初から罠がないのだろう。
  ……気に入らないなぁ……。
  ウェルキンド石の淡い光が遺跡内を照らし続けている。歩くのに何の苦労もない。
  だから松明も、灯してない。
  こんなに至れり尽くせりの遺跡、初めてだ。
  ……気に入らないなぁ……。
  考えているうちに私達は遺跡の最奥に到着。かなり広い場所。壁には、小さな……一抱えほどのレリーフがはめ込まれてる。
  蒼い、レリーフ。
  「フィー、取ろう♪」
  「待って」
  勇む姉を、止める。
  いくらなんでもストレート過ぎる、簡単すぎる。それらを無視出来るほどの素人ではないので、かえって怖い。
  あれに触れると罠が起動する?
  ありえる話だ。
  最悪、この部屋が崩壊する可能性だってある。
  この遺跡を作ったアイレイドのエルフにしてみてもあのレリーフは宝だっただろう。
  盗む者がいれば、そいつ諸共宝を生き埋めにする可能性だってある。宝が盗まれるぐらいなら、地に埋める。
  ……ありそうな話だ。
  エルフ、といえば高貴で繊細なイメージではあるものの、アイレイドエルフは意外に過激。
  オブリビオンの魔王の1人であるメリディアに魂を売って魔人に転生した《魔術王ウマリル》は有名だし、禁術を駆使して触れたモノ
  全てを金にし、都とそこに住まう人々を全て金にした《黄金帝》とか、有名どころの王族は過激派揃い。

  どんな罠があるか分かったものではない。
  2人でしばらく、立ちすくむ。
  「……フィー」
  数分してから、姉は囁く。
  「何?」
  「背後に誰かいる」
  「……えっ?」
  「振り返っちゃ駄目。気付かれる。見ちゃ、駄目」
  「……そ、そうね。その類の感覚や思慮は、アンが上よね」
  背後に誰かいる、か。
  気配は三つ、らしい。少なくとも殺気は帯びてない。殺気があれば、私にも分かるからだ。
  ……三つ。
  ふむ、クロードか。あの男女を引率してきたか、それともクロードに命じられてスラジール&男女がレリーフ奪いに来たのか。
  スラジールは約束を反故にするか、それとも土壇場でこちらに付くか?
  まあ、どっちでもよろしい。
  私は大きく伸び。
  「……アン、殺るわよ」
  「……えっ、犯るの?」
  きっとエロエロな意味合いなんでしょうね。
  この娘はそんなキャラです。
  ……ちくしょう。
  「煉獄っ!」
  伸びの体勢から、火球を投げつける。
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  「うひゃーっ!」
  「ぐぅっ!」
  「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  悲鳴が聞える。三つだ。
  目標を捕捉せずに敵のいるであろう場所に見当を付けて放っただけだけど、そうデタラメでもないみたい。
  「グレイズっ! ジョニーっ!」
  だけど、やっぱり狙いは甘いらしい。
  女の声が響いた。
  ……。
  女?
  男女の、女の方なら分かる。そこはいい。ただ叫んだ名前にスラジールが混ざってなかった。
  クロードにはもう1人仲間がいたのか、それとも別口か?
  こちらに向かってくるのは2人。
  女と、オークだ。
  となるとグレイズがジョニーかは知らないけど、どちらかは煉獄で沈黙したらしい。
  数の上では同じ。やり易いわねっ!
  オーク……体型的に、オーク。全身を衣服で覆ってるので判別し辛いけど、オーク。そのオークに向って突っ込むアン。
  オークは雄叫びを上げ、クレイモアを構えて突っ込む。
  「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「ふっ、あたしを舐めない事だねーっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  双方、ほぼ互角。
  敏捷性はアンが優勢、腕力はオークが優勢、ただ剣術は双方ほぼ同等だ。アンは強い。きっと私がいなければ、いずれは奪いし者
  に昇格していたのは彼女だろう。
  以前見た模擬試合では、トカゲのテイナーヴァをわずかな内に叩き伏せた。
  そのアンと対等に渡り合うとはあのオーク、強い。
  オークはアンに任せるとしよう。敵方の女が私に言う。
  「お相手しなければなりませんわね」
  「私の相手してくれるの? ……それ笑える」
  近づき、対峙する。
  インペリアルの女性だ。クロードとは別口だろう、おそらくは。何となくそんな気がする。
  女性は腰に短刀を差している。
  となると話は簡単だ。剣術勝負は二の次のタイプとなると……こいつ魔術師タイプか。ならば楽勝ね。
  私はハンぞぅの直弟子であり高弟であり、愛弟子。
  魔術はアークメイジ譲りで、強力♪
  魔法戦において私に勝てる者などいるものか。
  手を双方、突き出し……。
  「煉獄っ!」

  「鎮魂火っ!」
  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  『なっ!』
  同時に声を発する。
  同時に放った炎の魔法の火力は、ほぼ互角か。相殺されるとは……ならばーっ!
  「絶対零度っ!」
  「冷たい墓標っ!」
  冷気も双方相殺。
  攻撃のパターンが私と同じとは……こいつは一体何者だ?
  現在攻撃力最強の、必殺の一撃受けてみろっ!
  「裁きの天雷っ!」
  「霊峰の指っ!」
  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  電撃と電撃が相殺。ここでも互角かっ!
  ……いや、違う。
  「くっ!」
  相殺は、されなかった。
  電撃の威力はインペリアルの方が上だ。相殺し切れなかった電撃が私を襲い、私は後に弾かれる。
  威力はそれほどではない。
  ほぼ打ち消しあったからだ。それに私には魔法はほぼ通じない。大抵、吹っ飛ばされて体を打ち付ける方が痛い。
  この場合もそうだ。
  それにしてもムカつくーっ!
  「くっ、裁きの天雷っ!」
  「……へっ?」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  間の抜けた声を発しながらインペリアルの女は倒れ伏す。ちっ、手元が狂った。直撃じゃない、電撃の余波で倒れただけだ。
  悪態を吐く私。
  「こんのボケインペリアルめぇーっ!」
  私を地に叩きつけた借りは、返したからねこれでっ!
  それにしてもこいつ、何者?
  意外に強い。
  「……言ってくれますわね……」
  ゆっくり、インペリアルは立ち上がる。少し震えている。痛みでだ。となるとこいつは魔法耐性が私には劣る。
  勝てるっ!
  「……」
  「……」
  しばらく睨み合う。
  勝てるけど……こいつが使う電撃魔法は、私の自信の一撃を上回る攻撃力だ。
  魔力の練り方も、魔法の威力も、ほぼ双方互角。
  ……ハンぞぅの愛弟子の私と張り合うこいつは……何者……?
  「煉獄っ!」
  先に動いたのは、私。
  この距離だ、避けれまい。それに効果範囲は裁きの天雷よりも煉獄の方が広い。避けれる距離じゃない。
  「炎の精霊っ!」
  「……ちっ」
  召喚した炎の精霊が、炎を受け止め無効化。奴に炎は届かない。
  ならば炎の精霊を消すまでっ!
  「絶対零度っ!」
  「見越してますわ、氷の精霊っ!」
  召喚した氷の精霊が、冷気魔法を無効化させる。
  ……。
  こいつ、私の攻撃を見越してる?
  ならば、ならば、ならばーっ!
  その見越しと氷の精霊を粉々に砕いてやるっ!
  「ならばデイドロスっ!」
  「嵐の精霊っ!」
  何っ!
  私が召喚したオブリビオンに住まうトカゲの悪魔に、岩石で形成された嵐の精霊で応戦。勝手に人外のバトルを開始する。
  舌打ち。
  「……ちっ。精霊使いか」
  精霊使いに元素系の魔法はあまり意味がない。
  炎で攻撃すればそれに対応する精霊を召喚し、無効化させるからだ。
  完全に魔術師タイプなら、剣士としてお相手してやろうじゃないの。懐に入れば、私の勝ちだ。
  タッ。
  そのまま地を蹴り、剣を抜刀。相手の喉元を狙う。
  意外にも機敏な動きで女は後に退き、避ける。なかなかやるわね、私は剣を手にさらに追撃。
  どこまで生き延びれるかしらね?
  ……ふふふ。
  「魔力剣よっ!」
  ぼぅっ。
  インペリアルの手に、オブリビオンの魔人であるドレモラ達が愛用する剣が具現化する。
  ドレモラ装備。
  そう、この世界では呼ばれる異界の武器。
  しかしどんなに凄い武器を持とうと所詮は付け焼刃。私の剣術に叶うものかっ!
  「はぁっ!」
  「やぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  対等に私と張り合ってる。
  こんな馬鹿な話があるもんか。グランドチャンピオンの私とやり合えるなんて……こんな馬鹿な話があるもんかっ!
  しかし冷静に戦況を見極めると、私の方が剣では少し勝ってる。
  これは……いけるっ!
  インペリアルは必殺の突きを繰り出す。……ふふふ、甘い甘いっ!
  「そこっ!」
  「……ふっ」
  必殺の突きを受け流し、冷笑とともに斬撃を浴びせてやるっ!
  それをインペリアルは辛くも避けるものの体勢が崩れつつある。さらに追撃。その時、私のお腹に鈍い一撃。女の蹴りだ。
  鎧を着込んでいるので痛くないものの振動は伝わってくる。それに今度は私の体勢が崩れた。
  ……体術苦手なんだよなぁ。
  「はぁっ! やぁっ! たぁっ!」
  「くそっ!」
  面白いぐらいに、蹴りが決まる。向こうは体術が得意ないらしい。
  肉体的な能力は、奴が上か。
  奴の手が私の顔の前に……。
  まずいっ!
  「霊峰の指っ!」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  突き出した手から放たれる電撃をまともに受け、吹っ飛ぶ。そしてそのまま壁に叩きつけられた。
  ……。
  ……。
  ……。
  意識が一瞬、飛ぶ。
  壁に叩きつけられて息が詰まる。魔法は効かないものの、普通なら黒焦げだろう。あの女の魔法は、威力が高い。
  私は立ち上がり、叫ぶ。
  「痛いじゃないの、このボケインペリアルっ!」
  「嘘っ!」
  インペリアルは、驚く。
  そりゃそうだ。
  いくらブレトンが魔法耐性が高い種族とはいえ、普通なら死んでる。
  私は装飾品に魔法を掛け、魔法耐性を増幅しているのでほぼ魔法は効かない。対魔法戦においては万能だ。
  それでも、この女には予断も油断も許されない。
  ……こいつ本気で何者……?
  女は後にゆっくり下がりながら、口を開く。
  「ウンバカノのトレジャーハンター、あまり良いミスターオーナーではないようですわね」
  「何故それを……お前何者?」
  「盗賊ギルドのエージェントですわ。では、御機嫌よう。……撤退しますわよっ!」
  そう叫び、女は退いた。
  アンと互角の勝負を続けていたオークも、撤退した。
  私は追わない。
  追えば必ずどちらかが死ぬ。自分の死のリスクを覚悟してまで、戦うのは嫌いだから。

  「ふぅ」
  溜息。ようやく、一息つける。
  まさか盗賊ギルドのエージェントまで出張るとは……ウンバカノの差し金?
  ……ありえない話じゃない。
  競争させる為に、それを肴にして楽しむ為にわざわざ盗賊ギルドまで出張らせたのだろう。奴は損はしない。
  誰が手にしても、結局レリーフは手に入るのだから。
  舐めた事をしてくるものだ。
  「ふぅ」
  それにしても、強かった。
  魔道に関しては、あのインペリアルの女は私に匹敵する。剣の腕もなかなかのものだった。
  世の中、広いわねぇ。
  「フィー、あいつら追う?」
  「いいわ、別に。……疲れるし」
  「せっかく2人きりになれたんだもんね。時間、大切に使わなきゃ。……ねー?」
  「な、何に時間使うつもり?」
  「むふふー♪」
  「……」
  可愛い笑顔で何を考えているのやら。
  本当、怖い娘よね。
  「さて、お宝ゲットして帰ろうかね」
  「だけどフィー、すんなり帰れる?」
  「……ああ、そうか、まだクロードが残ってるのか」

  私達がお宝手にして出てくるのをおそらく、待ってるはず。
  一応、スラジールを買収してこちらに引き込んでいるからやり易くはなっているものの、疲れるのは確かだ。
  労働、嫌いなのに。
  ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャっ!
  突然、金属の音が響く。
  まるで重武装している奴が走ってくるような……。
  「何?」
  「誰か来るよ」
  アンの言葉は、少し間違っている。
  誰かではない。たくさん誰か来るよ、それが正しい。
  ドワーフ製の武具を身に纏った集団。数にして、三十。ドワーフ製の兜はフルフェイス。顔の判別までは分からない。
  何だ、こいつら?
  一斉に武器を抜き放ち、私達を包囲する。
  「……殺っちゃう?」
  「……しばらく様子見ましょ」
  疲労感はあるものの、暗殺姉妹の私達にしてみれば一掃は容易い。
  だが興味はある。
  こいつらが何者かがね。少なくとも、ウンバカノの手の者ではなさそうだ。
  パチパチパチ。
  突然、拍手が響く。
  「まさかこのような若き娘2人がこの遺跡を踏破するとはな」
  車椅子の老紳士が、艶やかな女達に囲まれ、車椅子を押されて現れる。その背後にはさらに兵士十名。
  女も含めると五十はいる。

  こんな辺境の、それも今まで発見されていなかった遺跡にここまでお客さんが被るとは……ふむ、本気で私は運が悪いなぁ。
  「皆の者、このお二方の女性を称えるのだ。そして有能なる君達に相応しい名で呼ぼう。トレジャーハンターとな」
  「すいません登場作品間違えてません? あんた達《九龍妖魔学園紀》のキャラですよね?」
  「意味の分からぬ事を」
  車椅子の老紳士は、呆れたように呟いた。
  包囲は一定の間隔を保ち、形成されている。老紳士の号令一声で、行動を開始するだろう。
  眼で敵の動きを追う。
  全員補足完了。大体の行動も予測した。行動した際に、的確に動けるように常にシュミレーションは必要だ。
  私もアンも強い。
  この程度の包囲、敵じゃない。
  「あんた達何者?」
  「我らは《レリック・ドーン》、全ての秘宝を手にするのは……この私だ」
  「そんな資格、あんたにある?」
  「資格? くくく、はっはははははははははっ!」
  こいつの目的もレリーフか。
  厳密に言えば私達はトレジャーハンターではないから、レリックドーンという名前は知らない。その筋では有名なのかな?
  ウンバカノとは別口の、大規模なトレジャーハントをしている連中のようだ。
  まあ、ここで潰えるけど。
  喧嘩を売った以上、全員等しく不幸になってもらわないとねぇ。
  くすくす♪
  「資格など関係ない」
  「そのココロは?」
  「秘宝は待っているのだよ、真に相応しい所持者を。それがこの私だ。くくく。今日こそまさに秘宝の夜明けだな」
  「単純ばぁか」
  レリックドーン=秘宝の夜明け、という意味か。単純な名前。
  御託並べてるけど、要は盗掘集団なわけだ。
  「ご勝手にどうぞ。秘宝は、まだ手にしてない。つまり、所有権はまだ誰にもないものね」
  「確かにな」
  レリーフは、壁に飾られたままだ。
  老紳士は部下の一人に、取って来いと命じる。包囲の輪は、解かれない。
  このまま私達を殺すのかな?
  それともお宝手にしたらこいつら大人しく消える?

  ……。
  ふん。何となく前者のような気がする。
  まあ、叩きのめした方が後腐れないし、楽でいいし。
  さて、どうする?
  ガコっ。
  レリーフを外した途端、あからさまに鈍い変な音がここまで響いた。レリーフを手にした兵士が怪訝そうに、止まる。
  ……瞬間。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  「……っ!」
  壁が爆ぜ、無数の石礫が兵士の鎧を貫く。つまり、生身も穴だらけという事だ。
  カラカラカラ。
  レリーフは無事だ。兵士の手を放れ、床を転がった。
  好機っ!
  ブツをいただき一気に逃げるっ!
  「裁きの……っ!」
  私はそのまま硬直した。
  崩れた壁の向こうは、かなり広い部屋になっており、そこから無数の子供が飛び出してきたのだ。本日三番目の敵さん達。
  子供のような外見ではあるものの、それは人ではない。
  鋼鉄以上の強度の皮膚を持つ、戦闘型自律人形マリオネット。
  ……ちっ。ここのガーディアンというわけか。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  改めて電撃を放つ。
  マリオネットは機敏で、既に入り混じる乱戦状態。兵士と人形の双方を、私は吹き飛ばす。
  ここにいるマリオネットは自我を持たない兵士タイプのようだ。つまり、上位タイプではない以上は敵じゃない。
  「フィーっ!」
  ショートソードで兵士2人を瞬時に切り伏せ、レリーフを手にしたアンは私に手を振る。
  その時、アンの背後にマリオネット。
  警告の言葉は必要なかった。振り向き様に横に薙ぐ。さらに突く。突く。突く。切り上げる。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  全て乾いた金属音のみ。攻撃は弾かれる。アンにしては珍しく、驚いた顔をして、大きく飛び下がる。
  「うっそっ!」
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  アンと交戦していたマリオネットを粉砕。
  全て急所を的確に狙った攻撃は見事だけど、アンの持つ武器ではマリオネットは倒せない。
  材質的に、向こうの皮膚というか装甲の方が強度が上。
  魔法剣でない限りは……もしくはゴグロン並みに怪力でなければ、連中は切り裂けない。
  「アン、行くわよっ!」
  「ええ愛の彼方にっ! くっはぁー♪ 今夜2人は原初の夜空の下で愛し合うんだねー♪」
  「……」
  いつでもユーモアを忘れないその姿勢、素敵です、感服します。
  でも出来れば場をわきまえて欲しいと、妹は切に切に祈ってます。でもその願いは神様は受理してくれないようです。
  ……ちくしょう。
  私達は遺跡を脱出するべく、撤退を始める。
  車椅子の老紳士が侍らせている女達は魔術師のようで、人形達を的確に撃破していく。
  マリオネットの最大の弱点は魔法。
  この勝負、レリックドーンが勝つわね。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  女数名を焼き尽くす。
  はい、これで勝負の行方は分からなくなりましたね。まっ、せいぜい仲良く殺し合えばいい。
  老紳士が叫ぶ。
  「覚えていろっ! いつか必ず、真の勝利者が誰かを教えてやるぞっ!」
  「楽しみにしてるわ」






  「よーしよし。良い子だな、お宝を手に入れるとは見込んだとおりだ」
  「貴方も見込んだとおりね。このタイミングで来るとは思ってたわ」
  クロード・マリック、登場。
  遺跡を出て数歩進むと、クロードが待ち構えていた。ミスリル製の武具に身を包み、盾もミスリル製だ。
  トラブル続きで、少し気が抜けていたらしい。
  背後には、例の男女が剣の切っ先を首筋に突き立てている。
  私にも、アンにもだ。
  クロードはニヤニヤと笑う。
  「これがトレジャーハント?」
  「まあ、要はお宝さえ手に入ればハント完了だ。物事は臨機応変にな。これが俺からの答えだ。別に遺跡に潜る必要もない」
  「結構、簡単だったわよ?」
  マラーダにはトラップがなかった。
  最後のマリオネットさえやり過ごせれば……ね。それでも、想像ほど過酷ではなかった。
  むしろ危なかったのはライバルの多さだ。
  「あの連中は何?」
  「あの連中……ああ、レリックドーンか。盗掘集団さ。ある意味で、テロリストでもある」
  「ふぅん。じゃあウンバカノがあんたすらも欺いていた理由は何?」
  「欺いた? ……何の事だ?」
  「盗賊ギルドよ」
  インペリアルの女達の事を話す。
  レリーフらしき物を持っていなかったので、関わらずに見逃したらしい。クロード達は知らなかったようだ。
  あの連中も、ウンバカノが放った《レリーフ確保》の連中と知らなかった。
  「ちっ」
  舌打ち。
  「ダブルブッキングではなく、トリプルとはな。……舐めやがって」
  なるほどなぁ。
  クロードの裏を掻く事で、クロードの知らない第三のトレジャーハンター(厳密には盗賊だけど)を放つ事で、さらにゲームを楽し
  くする事がウンバカノの狙いだった。誰が手にしても、結局はウンバカノのお宝だからね。
  ……ふざけた事をしやがる。
  クロードは、それでも自分の感情との折り合いをつけ、口調を元に戻す。
  内面的には腸煮えくりだろうけど。
  「宝を渡せ」
  「どうして?」
  「あんたはまだ若い。こいつはいい授業料だ。……だろう?」
  「そうかしら?」
  「はっきり言う。俺は、あんたを殺したくないんだ。なぁに、時が経てばいずれは良い笑い話になるさ。一緒に酒を飲みながらな」
  「……ふむ」
  「宝に命懸けたって仕方ないだろ? 死んだら、金は使えないんだぜ?」
  「それは自分に言いなさい」
  「何?」
  「スラジール、ゴー、ゴー、ゴーっ!」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  矢がクロードの背後に飛来する。流れるような動きで盾で矢を防ぎ、その体勢のまま剣を抜き放ち私に繰り出してくる。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  私も剣を抜き放ち、切り結ぶ。
  背後で切っ先を突きつけている男女二人は問題を抱えていた。
  そのままの体勢では私達を殺せない。
  つまり、刺し殺すには一度剣を引き、溜める必要がある。そこから突きを繰り出し、私達を殺さなければならない。
  単純ばぁか。
  突きつけた剣はあまり役に立たない。
  その間にアンはが剣を抜き放ち、瞬時に切り伏せる。もしかしたら私より強いかもしれない。
  クロードは切り替えが早かった。
  部下の男女が死に、スラジールが裏切った今、戦闘続行は不利と見極めた。
  そのまま木陰の後ろに逃げる。
  ヒヒーンっ!
  馬が隠してあったのかっ!
  馬に跨り、逃走する。逃げる際に、ウインクして見せた。
  「またな、嬢ちゃん」
  「逃がさないっ!」
  叫んで追撃したのは、アンだった。機敏な動きで馬を追う。……別にレリーフ奪われたわけじゃないんだから、必要ないのに。
  2人の姿は見えなくなる。
  ザシュ。
  「……あっ」
  私は、立っていられなくなりその場に倒れた。
  矢だ。
  矢が足に深々と突き刺さっている。それと同時に力が急激に抜ける。毒が塗ってあるのかっ!
  矢の突き刺さった足を引き摺りながら、私は遺跡の入り口まで逃げる。
  黒衣の人物が茂みの中から現れた。
  ズリズリ。
  私の速度は、極めて遅い。
  結局黒衣に追いつかれ、遺跡内に逃げ込む事は出来なかったものの、遺跡が背後にあるのは心強い。
  これで背後から襲われる心配はないからだ。敵も捕捉しやすい。
  「それで、あんたらもウンバカノの手下かしら?」
  「……」
  私を見下ろす、黒衣の……インペリアルだ。
  黒衣は黒衣でも、ローブ。黒い皮鎧だとただの暗殺者だが、ローブを纏えるのは幹部のみ。
  聞くまでもなくウンバカノの手下ではない。
  闇の一党ダークブラザーフッドだ。
  視界にいるのはこいつ1人だけど、密林の中にまだ何名か潜んでる。
  殺気を消せるほどのプロではない。闇の一党の暗殺者の質も落ちたものだ。
  「それで、階級は?」
  「伝えし者」
  抑揚のない声で、呟く。
  伝えし者、か。
  最高幹部が聞えし者、その下が伝えし者で、直属の部下が奪いし者。幹部集団ブラックハンドの一員だ。
  にやりと彼は笑う。
  私も笑い返す。
  奴の笑いの意味は分かってる。この矢には、毒が塗ってある。次第に私の生命力を奪っていく。
  「ここまでだな、裏切り者」
  「……そのようね」
  足に手を当て、感覚を確かめる。麻痺してる。
  腰のショートソードを引き抜く、伝えし者。
  「命乞いの囀りは聞いてくれないわけ?」
  「合理的ではないので必要ない。……笑え」
  「はっ?」
  「笑え」
  「何で?」
  「偉大なる聞えし者はお前の首がご所望だ。……にこやかに、笑え」
  「……それ、合理的?」
  グイ。
  私の首を掴み、ショートソードを首筋に突きつける。
  「笑え。さもなければ……」
  「さもなければ?」
  「苦しむ事になるぞ。笑えば簡単に首を落としてやる。笑わぬのであれば……」
  「この非合理的主義者め」
  一閃。
  懐から取り出した護身用のナイフを横に薙ぐ。変な呼吸音を発しながら、大きく体を反らせて倒れる。
  絶命はしていない。
  首から血を噴出させながら、緩慢に、それでいて確実に死を迎えつつある。
  「単純ばぁか」
  こいつは一つ、思い違いをしている。
  毒。
  そう、生命力を奪う毒とは肉体的ダメージと概念は同じ。つまり、毒による生命力の減少とは、ダメージ。回復魔法で回復出来る。
  減少する生命力を、その都度回復する。ただそれだけで死は回避できる。
  それにすいません、私は解毒魔法も使えるのですよ。
  私に隙はなしっ!
  ほほほー♪
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  私の魔力の限界で、連続三発が限度。密林に、見当をつけて連続で放つ。
  まったくのデタラメではない。
  電撃の洗礼を受け、盛大に吹き飛ぶ暗殺者達。電撃魔法の特性なのか、受けた者の体は弾け飛ぶ。
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  お返しとばかりに無数の矢が降り注ぐ。
  甘い甘いっ!
  「ほら、死ぬんだから笑いなさいよ」
  「……っ!」
  喉元をザックリやられている伝えし者を立たせ、盾にする。次の瞬間、無数の矢が背に刺さった。
  ごふっ。血を吐いて確実に絶命。はい、一丁上がり。
  魔力は心許ない。
  それに、毒こそ中和したものの矢は足に刺さったままで機敏には動けない。
  さて、じゃあどうする?
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  炎の球を密林に投げつける。爆発、炎上。炎は木々を舐めながら広がっていく。
  煉獄は裁きの天雷ほどの威力は食わない。だから、放てた。
  「ほらほら出てきなさい。さもなきゃ、全員焼き殺すわよ。出て来なさい、双方得するように話し合いましょう」
  自然好きだから、出来れば避けたかったけど、まあこの際仕方ないとしよう。
  密林から出てくる、三名。
  思ったより少ない。まあ、一名ほど密林に潜んでいるけど。私の裏を掻く気か。なら殺気は消せ。馬鹿め。
  「煉獄」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  出てきた連中を吹き飛ばす。
  話し合い?
  あんなの冗談に決まってるじゃない。
  「き、貴様っ!」
  最後の1人が、密林から我を忘れて飛び出してくる。黒衣のローブの人物。こいつも幹部のようだ。種族はオーク。
  私に一直線に向ってくる。走りながら弓を構え……。
  ひゅん。
  「はぁっ!」
  気合一閃。
  放つ瞬間が見えれば、矢を切り落すぐらい出来る。矢を切り落す。
  「なっ!」
  「そこっ!」
  その一瞬の驚愕が命取り。
  護身用のナイフは、奴の胸に吸い込まれるように飛び込んでいく。弾けるように、そのまま倒れた。
  殺してはない。その辺は、考慮した。
  一人ぐらい生かしておく必要がある。……色々と知りたいし。
  血の海に倒れる、オークに近づく。
  オークが幹部だなんて、珍しい。以前のブラックハンドにはいなかったなぁ、そういえば。
  「それでお前何者?」
  「……」
  「黙秘は無駄」
  「……っ!」
  グリグリ。
  突き刺さっているナイフで、胸を抉る。
  「それでお前何者?」
  「う、奪いし者。名は……」
  「名はいいわ。短い付き合いだし。……わざわざ伝えし者とコンビで来た理由は?」
  「に、二度の襲撃の失敗で、汚名を返上すべく……」
  「ふぅん」
  なるほどなぁ。
  帝都へと向かう際、それと帝都スラム街の二度確かに襲撃された。こいつらが私の襲撃の責任者か。
  二度の失敗で、三度目の正直で自ら出張ってきたわけだ。
  だが知りたいのはそんな事じゃない。
  「お前ら何者?」
  「な、何者?」
  「本当に、闇の一党なの? 残党? それとも再建した?」
  「し、知らない」
  「知らない?」
  ただ命令に従ってるだけで事情は知らないのか、こいつ。
  そうなると、旧ブラックハンドを潰したのが私で、闇の一党は形の上では一度壊滅したのを知らないのか。
  「なら説明の仕方を変える。ブラックハンドは一新したの?」
  「そ、そうだ。何故メンバー全てを一新したかは知らないが、俺もそんな関係で昇進した」
  「ふぅん。聞えし者は誰?」
  「し、知らない」
  「へぇ。……そっか……」
  「本当に知らないんだっ! 伝えし者が、ガベェンズ様が知ってたっ! 俺は知らないんだっ!」
  「ふぅん」
  一番最初に殺した奴が知ってたのか。
  殺す順番間違えたなぁ。
  「た、ただ顔は知ってる。一度だけ、拝謁した事がある」
  「男? 女?」
  「女性だ、それも少女のように美しい金髪の……っ!」
  そのまま、口から血の泡を吹き出してオークは絶命した。舌を噛んだわけではない。
  直接の死因は額に突き刺さったナイフだ。
  「アンっ! どうして殺したのっ!」
  「えっ、敵だと思って。……余計だった?」
  少女のように、無邪気な笑顔でそう答える。
  ニコニコしている。
  別に私も殺しに対して悪感情はないけど、必要なら自ら手を下す事も辞さないけど……特に楽しむことはない。
  そこが私とアンの決定的に違うところだ。
  別に彼女を否定はしないけど。
  「まあ、いいわ。クロードは?」
  「逃げられちゃった」
  「そう」
  「それでフィー、こいつらは何? 見た感じ……」
  「ええ、多分考えているとおりよ。こいつは闇の一党の残党」
  「へー」
  傷の手当てをし、私達はマラーダを後にした。
  もうここに用はない。レリーフも手に入れたし、必要な分の死体の山も築いた。もうここに用はない。
  スラジール?
  闇の一党に、喉元ざっくりやられて殺されてた。






  《少女のように美しい金髪の……っ!》
  それは一体誰?
  ……。
  いつしか私は、アンの事を思い浮かべていた。
  いつしか私は……。