天使で悪魔







食うか食われるか







  世の中は弱肉強食。
  決して甘えは許されない。

  食うか食われるかだ。




  
  ネニヨンド・トウィル遺跡。
  そこに魔術師ギルドが送り込んだムシアナスがいるらしい。
  つまりこの古代アイレイドの遺跡、現在は黒蟲教団と呼ばれる死霊術師の巣窟と化しているらしい。
  マスター・トレイブンの依頼でわたくしはここに訪れた。
  今回は修練というよりも救出という意味合いが強いのでユニオ&人斬り屋を同行させている。
  ……。
  ……ああ。荷物持ちもいますわ。
  トカゲのジョニー、彼は荷物持ちの天才。
  旅する時には忘れずに、ですわ。
  ほほほ☆




  遺跡に入る。
  古代アイレイドの遺跡はどこも代わり映えがしない。冷たく、無機質な感じだ。
  そういえば今の帝都も元々はアイレイドの都市の残骸の再利用でしたわね。アルケイン大学もその名残。そういえば壁などの内装は似てますわね。
  まあ、それはいいか。
  「ジョニー、明かり」
  「了解っす」
  ぼぅっ。
  松明に火を灯すジョニー。
  遺跡の中を松明の火が照らす。もちろん全体を照らすほどではないし、アイレイドの遺跡にはウェルキンド石という照明がある。実際には照明ではなく
  照明の代わり。古代アイレイドの権力者達は、魔力の結晶であるウェルキンド石を照明として使う事でその権勢を誇示していたってわけだ。
  強力な結晶、だけど照明程度に使う。
  権勢を誇ると言えばそうなんですけど幼稚っぽいですわね。
  「ジョニー」
  「はい?」
  「わたくしの言葉が聞こえませんでしたの?」
  「はっ?」
  「明かり、そう命じたら石油を頭からザブザブと被って炎上するのが鉄則でしてよっ!」
  「えーっ!」
  「始末ですわね、これは」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ真面目に任務こなしましょうよーっ!」
  「うるさいですわジョニー。ユニオ、人斬り屋、片しちゃって」
  「……最悪だー……」
  これが大人の遊び心ってやつですわね。
  ここが死霊術師の巣窟であるのであれば多少の余裕は必要ですわ。遊び心は必要。どのみちバトルマージの部隊も出張ってくる、もしかしたらもう
  突入しているかもしれない。どっちにしても遺跡内は大騒動になる。隠密でギスギス行くより陽気にガンガンと進もう。
  作戦は『ガンガン行こうぜ』ですわね。
  ボス的相手にも無意味にザキ系唱えちゃうほどガンガン行きますわよーっ!
  ほほほ☆
  「ユニオ?」
  突然、諜報機関アートルムの元捜査官が立ち止まった。
  過去の職歴的に気配に敏感なのかしら?
  盗賊向きですわね。
  人斬り屋は腰のアカヴィリ刀の柄を握る。いつでも抜刀出来る体勢だ。
  「何かいる」
  「分かりましたわ。出てらっしゃいっ!」
  「……アルラ、大きな声を出してどうする……」
  「淑女は淑やかに。しかし時に大胆に、ですわ」
  ユニオの文句を黙殺。
  相手はその存在を隠さなかった。闇の中からこっちに駆けて来る。
  ボズマーだ。
  ボズマーの男性だ。
  鉄製の鎧を着込み剣を手にしている。あまり死霊術師に関ってないので実態は知らないけど、死霊術師っぽくない。
  少なくともわたくしの死霊術師像とは異なる。
  そうなると何者?
  「俺が思うにあいつはバトルマージじゃないのか、アルラ様」
  「なるほど。そうかもしれませんわね、人斬り屋」
  いずれにしてももっと近付けば判明する。言葉を交わせばもっと分かる。
  敵なら?
  その時は排除するまでですわ。
  そして……。
  「一体ここで何をしている?」
  「探検ですわ」
  鎧姿のボズマーが小うるさい息遣いでわたくしの目の前に立っている。
  息臭いし。
  最悪ですわ。
  「わたくしはアルラ・ギア・シャイア。貴方はバトルマージですの?」
  「何故それを知っているっ!」
  「援軍のようなものですわ」
  実際はその逆ですけど。
  バトルマージの抹殺部隊が始末したがってるムシアナスを救出、逃がすのがわたくしのすべき事だ。
  ……。
  ……そういえばマスター・トレイブンは『バトルマージと接触した場合』については何も言いませんでしたわね?
  ムシアナスを巡って敵対した場合、排除してもいいのかしら?
  まずい?
  まずいかしらねぇ。
  「援軍ですわ」
  「そ、そうか。それは助かるな。俺は今回の抹殺部隊を率いていたフィスラゲイルだ」
  「どういう状況ですの?」
  「裏切り者を見つける為に評議会からここへ送り込まれたんだが、奴は俺達が来る事を死霊術師に教えたのだろう。不意打ちを受けて俺以外は
  全滅した。これ以上の情報を漏らされる前になんとしても奴を捕らえねばならんっ!」
  「手伝いますわ」
  途中までは同行しよう。どのみちこいつは1人。
  利用するだけして後で出し抜こう。
  殺す?
  いいえ。1人だけなら生かしたまま出し抜ける。わざわざ殺す必要はないでしょう。
  わたくしは平和主義者ですし。
  「それで? 他の援軍のメンバーはどこだ?」
  「これで全部ですわ」
  「4名が?」
  「ええ」
  「……」
  「ああ、トカゲのジョニーはむしろ足手纏いですからカウントしない方がいいかもしれませんわね」
  「……」
  ボズマー、不満を隠せず表情を一変させた。
  そして不満は憤りに変わる。
  修行が足りませんわね。
  「お前らだけ寄越すなんてアークメイジもついにヤキがまわったか?」
  「わたくしは知りませんわ。言われてきただけ」
  「まあいい。人数は必要だ。生き残ったのは俺1人だ。死霊術師達は奥へと退いた、急いで後を追わなくてはならんっ!  よし、俺について来いっ!」
  「あら格好良い」
  積極的な男性は素敵ですわねー。……これで楽が出来そう。
  このボズマーの能力は分かりませんけど、わざわざ『俺について来いっ!』宣言するぐらいだから腕に自信があるのでしょう。
  ダッシュするボズマー。

  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  
ガコンっ!
  
  「はっ?」
  ダッシュした瞬間、ボズマーのバトルマージはトラップに引っ掛かった。
  足元の床の一画がせり上がり、凄いスピードで天井に激突。
  ボズマー、ミンチと化す。
  あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ使えない奴ですわーっ!
  「……アルラ、あれはギャグか?」
  「……そのようですわユニオ」
  体を張ったギャグ。それは昨今のコメディアンの常識。しかし命を張ったギャグとは……侮れませんわー。
  それにしても。
  「まさかジョニーよりも使えない奴がいるとは世の中奥が深いですわ」
  「ひ、酷いっす」
  「何か言いまして?」
  「い、いえ」
  はあ。それにしてもマスター・トレイブンの気持ちが何となく分かる気がする。本気で人材いないんですわね。
  バトルマージの質すら悪い。
  悪過ぎる。
  死霊術師との抗争?
  連中は完全に戦闘モードなのに魔術師ギルドは日和見モード。勝てるわけがない。
  やれやれですわ。

  ガシャン。ガシャン。ガシャン。

  金属の揺れる音がする。
  何か来る。
  闇の奥から何か来る。
  わたくし達は戦い易いようにそれぞれの距離感を保ちつつ相手を待つ。もちろん戦ってる最中にボズマーと同じ末路を歩みたくないので足元には注意。
  あの死に方はしたくないものですわ。
  「来た」
  人斬り屋は呟く。まだアカヴィリ刀は抜いていない。
  相手はまだ見えない。

  ガシャン。ガシャン。ガシャン。

  だけど音は次第に近付いてくる。
  「来た」
  人斬り屋はもう一度呟いた。
  闇を引き剥がして敵は姿を現しつつある。わたくしは悪いけど地味な戦いは好みではない。指先を敵が来る方向に向ける。
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  古代アイレイドの雷が直進、敵を粉砕した。
  1発ですわ。
  ただ何体かは攻撃範囲から外れていたらしく姿を現した。鎧を着込んだインペリアルもしくはブレトンの面々。
  数は8体。
  おそらくこいつらが抹殺部隊として送り込まれたバトルマージですわね。人間辞めてアンデッド化している。
  奥にいる死霊術師達に返り討ちにされ死体をリサイクルされたらしい。
  これこそが死霊術の恐れられる理由ですわね。
  敵味方問わず死体になれば死霊術師の手駒になってしまう。100の死体があれば100の軍隊が出来る。敵を殺して死霊術を施せば手駒になる。
  その気になれば帝国に戦争を吹っ掛ける事も出来る。
  「アルラ様、ここは俺達に任せてくれ。奥に進んでくれ」
  「人斬り屋」
  大した数ではない。
  別行動するまでもない。この程度の数なら簡単に殲滅出来る。
  「その方が良いみたいだな、アルラ」
  「ユニオまで……」
  ヒタヒタヒタ。
  奥からさらに何かの足音が聞こえてくる。素足で床を歩く音。
  なるほど。
  ゾンビか。数はかなり多そうだ。
  わたくしの目的はムシアナスの保護。魔術師ギルドが送り込んだスパイだと死霊術師達に露見しているのであれば予断は許さない。
  そして露見しているのだ。
  そうでなければ報告が止まる事はないはずだ。
  ……。
  ……まあ、本当に裏切り者の場合もありますけどね。
  いずれにしてもとっとと奥に行くのは必要だ。
  それに死体は好きではない。
  任せよう。
  「ジョニー」
  「はい?」
  「命を張ったギャグが見たいですわ」
  「はっ?」
  「ボズマーみたく天井に潰されてみません?」
  「い、いや、それはちょっと……」
  「……わたくしは期待を裏切られるのが嫌いですの」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ無茶苦茶だーっ!」



  奥に進む。
  途中遭遇するアンデッドを蹴散らしながら奥に進む。
  あの2人は強い。
  雑魚のようなアンデッドが束になっても勝てない。ジョニーは、まあ、お笑い要員なので戦闘は当てにしてませんわ。
  「鎮魂火っ!」
  炎の魔法でゾンビを焼き尽くす。
  あー、臭い。
  死体はやっぱり好きではありませんわ。ま、まあ、好きになっても困るんですけどね。
  「ふぅ」
  片付きましたわ。
  とりあえずは今のは全部倒しましたわ。
  コツ。コツ。コツ。
  靴の音が響いてくる。
  ゾンビではなさそうだ、スケルトンでもなさそう、バトルマージの成れの果てでもなさそう。ムシアナス……でもなさそうですわね。
  現れたのは老女。
  見た感じ武器は帯びていない。
  ……。
  ……それで?
  武器さえ帯びてなかったら『あらお婆さん、危ないですわよ。外までご一緒するからわたくしの手に掴まってくださいね☆』とでも言うと思ってますの?
  この状況、この展開、武器帯びてなくても完全に敵。
  ふぅ。
  内心で溜息。見え見えな事をしますわ。
  老女は微笑んだ。
  「あらあら、お気の毒。パーティーに遅れてしまったのね、アルラ・ギア・シャイア」
  「わたくしの名を知ってますのね。初めまして」
  「私の名前はマリエット・リーレ。貴女を主賓に言われて待っていたわ。アークメイジの弟子は全て抹殺せよ、それが猊下のお達しよ」
  「抹殺。へぇ、それは光栄ですわ。わざわざ付け狙ってくださり感謝ですわ」
  「しかし残念ね。猊下はブルーマに向われたわ。向うでもパーティー(暴かれた陰謀参照)があるの。少し来るのが遅かったわね」
  「ブルーマ?」
  よくは分かりませんけど『猊下』とかいう奴はブルーマのパーティーを優先したらしい。
  ムカつきますわ。
  わたくしを誰だと思っていますの。
  「そうそう。残念なニュースがもう1つあるわ」
  「あら、聞きたいですわ」
  「ガッカリさせたくないけど、ムシアナスを連れて帰るのは無理なご相談よ。彼はもはや虫の奴隷となったの、彼もきっと幸せのはずよ。それにしても
  貴女は悲惨な運命ね。黒虫教団に関われば苦しみを避ける事は出来ないわ」
  「虫の奴隷?」
  「ムシアナス、おいで」
  「……」
  わたくしは沈黙した。
  現れたのは生皮を剥がれた、両目をくり抜かれた、舌を切られた、内臓を引きずり出された存在だった。
  既に性別すら分からない。
  ムシアナス、か。
  魔術師ギルドの送り込んだ密偵だと露見し、おそらく生きたままゾンビにされたのだろう。
  生きたまま?
  ええ。きっと生きたままですわ。
  死霊術師はサディスト。サディストでなければ死体を弄るなんて出来ないはず。
  だけど。
  「猊下には貴女の死を私から伝えておきましょう。いえ、それよりもあ貴女の首を捧げ物として持って行った方がリアリティがあるかしら?」
  「……ふふふ」
  「何を笑ってるの? 気でも狂った?」
  「わたくしもサディストですけど貴女達は完全に外道ですわね。粉砕してあげますわっ!」
  「へぇ。面白い。どうやって?」
  パチン。
  マリエット・リーレが指を鳴らすとその周囲にアンデッドの軍団が召喚される。その数30。
  指の音1つでこれだけを召喚出来るのだから死霊術師として有能な部類なのだろう。さらに奥から死霊術師が数名、アンデッドを率いて現れる。
  総勢で60。
  「この数をどう切り崩す? たった1人でどうやって?」
  「ふふふ」
  「狂ったか。まあいいわ。アークメイジの弟子は誰一人生かしてはおけないわ」
  「あら、そうなんですの? 大変大変」
  「トレイブンの愚かなる支配は直に終わるっ! 我らが王は既に無敵の力を得られた、我らの勝利は目前だっ!」
  「ふぅん」
  「我こそは虫の従者マリエット・リーレっ!」
  「わたくしはアルラ・ギア・シャイア。どうぞよろしく」
  「死ねっ!」
  「炎の精霊、氷の精霊、嵐の精霊、闇の精霊」
  四タイプの精霊をわたくしは召喚する。
  召喚はわたくしの十八番。
  ざわり。
  死霊術師達はざわめき、そのまま硬直した。マリエット・リーレの顔が蒼褪める。
  「お、お前は精霊使いなのっ!」
  「召喚魔法を使うのであればこれぐらいしなければ嘘ですわ。さあ、わたくしの下僕達。無粋な者達を全て殺っておしまい」
  「ひっ!」
  瞬間、絶叫が響き渡る。無数の絶叫と悲鳴。
  誰も逃がしはしない。
  何しろ死霊術師とタイプは別ではあるものの、わたくしもサディストですからね。誰も逃がすものか。
  わたくしは微笑した。
  「では御機嫌よう」



  魔術師ギルドはこれでまた時間を失った。
  人材もだ。
  評議会は分裂状態で何一つ纏まらない状態でありアークメイジの権勢も失墜してしまっている。死霊術師の暗躍は日に日に増していくだろう。
  わたくしにはまるで関係ない。何故なら組織の人間ではないからだ。
  だけど。
  だけどこのまま黙って見ているつもりはない。
  死体を操る?
  胸くそ悪いですわ。わたくしの美麗なる主義に反する。敵対させていただきますわ、どこの誰とも知れない猊下殿?