天使で悪魔







至高が失墜する日






  偉業。
  栄光。
  名誉。
  維持する為には努力が必要。
  それを怠れば……。





  港湾貿易連盟に動きがある。
  帝都にいる参謀アーマンドからそのような知らせがあったのでわたくしは帝都のダレロス邸に入った。
  だけどその情報はデマ。
  確かに港湾貿易連盟の犯罪者どもは動いていたけど小口の取り引きでしかなかった。まあ、それでも叩き潰しますけどね。
  次第に盗賊ギルド改めシャイア財団は連中を追い詰めてきている。
  義賊が犯罪者に勝利するのも近いですわ。
  「ジョニー、配置は?」
  「完了しました」
  深夜。
  帝都にある波止場地区にある廃倉庫の中。そこでスクゥーマの取り引きが始まっていた。
  麻薬の卸元はカモナ・トングの悪漢達。
  モロウウィンドの犯罪組織のメンバー達だ。シロディールの犯罪結社の連合体である港湾貿易連盟と定期的に取り引きしているらしい。
  義賊として犯罪者は倒すべきだ。
  ……。
  ……まあ、半分以上は建前ですけどね。
  わたくし達にしてみれば犯罪者である港湾貿易連盟は『良い金蔓』なのだ。連中を叩きのめし、吊るし上げ、財産強奪したところでどこからも
  文句はでない。少なくとも連中は衛兵に泣き付きはしないわけだから楽なものですわ。
  シャイア財団の部下達は既に配置してある。
  闇に紛れて潜んでいる。
  取り引きしてる犯罪者達は気付かないらしい。
  灰色狐の仮面を被ったわたくしは部下を引率して出張って来ている。
  そろそろですわね。
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  問答無用で雷を放つ。
  隠密で強奪?
  それは市民に対する対応ですわ。武装した犯罪者にはそんなものは必要ない。それを合図に一斉に動くわたくしの部下達。
  廃倉庫にいる犯罪者達の数は30名。
  わたくしが繰り出した部下の人数は40名。
  奇襲という面でわたくし達は有利だし、数で押し合っても決して負ける事はない。
  「
哭冥破(こくめいは)っ!」
  黒い波動を放って敵勢を吹き飛ばすユニオ。
  元老院直轄の諜報機関アートルムの元捜査官。隠密や諜報に長けているだけでなく戦闘能力も高い。単独で諜報行為をするという任務の
  特性上、単独で敵勢の元から帰還するだけの戦闘能力が必要なのだろう。戦いも卒なくこなす。
  「斬っ!」
  さらにもう1人。戦いに特化した存在がいる。
  人斬り屋と自称する殺し屋だ。
  接近戦に特化した存在で彼の振るうアカヴィリ刀の前に犯罪者達はいとも容易く切り伏せられて行く。
  ジョニー?
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃお助けーっ!」
  「やれやれ」
  役に立ちませんわね。
  まあ、それでも簡単に勝利ですわ。スクゥーマの木箱は全部破壊して金品だけ強奪して帰還ですわ。
  スクゥーマは必要ない。何故ならわたくし達は義賊。
  麻薬は義賊の範囲外だ。
  さて。
  「帰って寝るとしますわ。皆様、物資の運び込みはよろしく。では、御機嫌よう」
  仮面を外してその場を離れる。
  部下達は一部を除いて灰色狐の正体を知らない。灰色狐の腹心の大幹部という認識。まあ、何でもいいですけど。
  「ふわぁぁぁぁ」
  寝不足は美容の大敵。
  帰って寝よう。



  翌日。
  ダレロス邸で目を覚ましたわたくしは参謀アーマンドから昨日の報告を受けた。犯罪者から接収した金貨は30000枚。さほど大儲けというわけで
  はないですけど部下達への祝儀程度には充分でしたわね。
  朝は報告を受けながら朝食を食べ、昼は午後のけだるさに身を委ねながらリラックマ状態。
  そんな中、呼び出しが来た。
  魔術師ギルドからだ。
  わたくしが帝都に来ているのをどこかで調べたらしい。
  使者が言うにはすぐ来て欲しいとの事。
  別に魔術師ギルドには所属していないので命令ではなくあくまで要請、蹴る事は出来るけど……まあ、ハンニバル・トレイブンには魔術の手ほどき
  をしてもらったという恩義がある。無下には出来ない。了承して使者を先に帰らせ、わたくしは出掛ける準備をする。
  淑女たるもの身だしなみは徹底しないと。
  一時間後、わたくしはアルケイン大学に出向いた。魔術師の塔の入り口でインペリアルの色白男が待っていた。
  クラレンスだ。
  彼は丁寧に頭を下げた。
  「お待ちしていました」

  「この呼び出しは何ですの?」
  無下には出来ない。
  無下には出来ないけど、あまりにも無粋な呼び出しだ。文句の1つも言いたくなるのが心情。貴族の淑女として非礼ですけど、やはり感情的には
  どうしようもない。クラレンスは悪びれずに言葉を続けた。
  「アークメイジが呼んでいます。今回はアークメイジ直々の御指名です」
  「えっ?」
  「魔術師の塔の最上階でお待ちです。お早くお急ぎください」
  「分かりましたわ」
  命令口調が気に入らない。
  ムッとする。
  だけどこの無粋者に文句を言っても始まらない。わたくしは目礼してクラレンスの脇を通り過ぎて塔に入る。
  わたくしの背中にクラレンスの視線が集中しているのを感じていた。
  何なんですの、あいつ。
  「無能の上に無粋。最悪ですわ」
  呟きながら塔を登る。
  登ると言っても魔方陣で転送される作りであり行きたい階に瞬時に行ける。最上階とて大した労力ではない。塔に入ってわずか30秒で最上階に到達。
  そこで彼は待っていた。
  魔術師ギルドの指導者であるハンニバル・トレイブン。
  マスター・トレイブン、アークメイジ、魔術師ギルド評議長、元老院議員と様々な称号を持つシロディール最強の魔術師だ。
  柔和な笑みを彼は浮かべて彼は座っていた。
  「久し振りだね、アルラ」
  「そうですわね」
  立ち上がって挨拶しようとする彼を制した。
  わざわざ呼び出す。
  それはつまり魔術師ギルドでは対処し切れない急ぎの展開が起きているのだろう。魔術師ギルドの内紛はわたくしも耳にしている。挨拶する時間ぐらい
  はあるとは思いますけど急ぎなのは確かなわけだから挨拶は省くとしましょう。
  わたくしは椅子に腰を下ろした。
  「参上いたしましたわ」
  「クラレンスから聞いた。我々の手伝い(ハウリング洞穴参照)をしてくれたそうだね。感謝している……実は今回、もう一度その手伝いを頼みたい」
  「いいですわ」
  少し呆気に取られるマスター。
  わたくしが簡単に受けたのが意外らしい。だけどわたくしにしてみれば不思議でも何でもない。受ける意思があるからこそここに来た。
  それだけの話だ。
  「では状況を説明しよう」
  「どうぞ」
  「評議会かねてよりシロディール内で増加の傾向にある死霊術師達の動向に気を配っていた。事の次第がはっきりするまで静観を決め込んでいたの
  だが、もはやそのような時ではない。ギルドへの数々の攻撃をこれ以上黙って見過ごすわけにはいかぬ」
  「反攻に転じるわけですわね」
  「そうだ」
  展開は動いているらしい。
  キャラヒルと話していた時は『アルケイン大学の動きは麻痺している』という段階だったけど、展開は動いた。反攻に出るわけか。
  まあ、部外者のわたくしから見ても動作は鈍いですけどね。
  「アルラ、君は死霊術師の動きに関しては何か聞いているかね?」
  「ざっくりとだけですわ」
  「そうか。しかし問題はそれだけではないのだ」
  「と言いますと?」
  「魔術師ギルド内部では離反が相次いでいる。内部抗争を嫌って有力魔術師達は数多去った。人材がいないのだ」
  「ふぅん」
  「……私の無能の所為でもあるのだけどね」
  「はっ?」
  一瞬、マスターの顔に寂しさが過ぎる。
  何があったのだろう?
  誰か大切な人が去って行った、そういうノリかしら?
  もちろん突っ込んだ質問は出来ない。
  わたくしはマスター・トレイブンの数少ない愛弟子ではあるものの密接な人間関係は築かれていない。ある意味で純粋な師弟関係のみ。突っ込んだ
  話をするほどの仲ではない、と思ってる。尊敬はしてるけどさほど親しみは持てないでいる。別に悪感情はないですけど。
  さて。
  「我々は死霊術師に関する情報の殆どを1人の情報提供者から得ている。実は奴らの組織の中に潜入しているのだ」
  「内偵?」
  「そうだ、もう随分と経つ。彼がもたらす情報は限られたものであったが、それでも奴らの意図や勢力を掴むには十分だった。議会は当初その情
  報に頼ることに乗り気でなかったが最近続いている事件のこともあり、彼らとしてもそれを当てにする他なかったのだ」
  「妥当ですわね」
  情報を得るには妥当だと思う。
  危険性は高いですけどね。わたくしが思うに2つほどリスクが高い。
  1つは偽の情報の可能性、つまり敵側が故意に偽の情報を流す媒介として利用される場合だ。
  1つは内偵者の身の危険。
  結局のところ妥当ではあるけれど確実性のある方法ではない。アルケイン大学は魔術師の集まり。政治家気取りの評議会に解決出来る能力がある
  かどうかが疑問だ。もちろんそれをわざわざ口にするつもりはないですけどね。それが最低限の礼儀。
  続きを促す。
  「問題はなんですの?」

  「私はその情報提供者が危険にさらされているのではないかと心配している。そこでそなたを呼んだのだ。彼の名はムシアナス・アライアス、彼は
  評議会の一員ではないが長きに渡ってここアルケイン大学でギルドに仕えてきている」
  「それで?」
  「禁術となって以来ギルド内では死霊術に対する懸念が高まっていた。彼はそれを受けて自らその教団の足取りを追うことを申し出たのだ。私の承認
  を得て彼は黒蟲教団に潜り込んだ。そして最近まで我々に情報を送っていた。それが途絶えた」
  「捕まった?」
  「分からぬ。しかし報告が途絶えたことは評議会を動揺させ、彼らはそれまでに彼が送ってきた情報の正当性までも疑い始めている」
  「でしょうね」
  評議会は政治家気取りだから。
  内偵者を送り込んだという責任の擦り合いが始まっているのでしょうね。
  俗物ですわね。
  マスター・トレイブンは高潔で人格者。そこは尊敬するし敬愛もする。魔術師としての能力も高い。しかし政治家ではない。
  評議会を仕切るには苛烈さが足りない。
  わたくしはそう見ている。
  「アルラ、評議会はバトルマージを送る事を決定した」
  「救出部隊ですの?」
  「抹殺部隊だ」
  「えっ?」
  「私は反対した。しかし議会の秩序を維持するために最終的には同意した。多数決が評議会のルールだからだ。抹殺が多数決。だが今となってその
  決断を悔やんでいる。そこでそなたにこの任務を頼んでいるのだ」
  「抹殺の手伝いならお断りですわ」
  「そうではない、救出だ」
  「……」
  じっと相手の顔を見る。
  そこには疲れ果てた老人がいた。どうしてここまでマスター・トレイブンは老いてしまったのだろう?
  人生に疲れているように見える。
  「マスター」
  「何だね?」
  「突っ込んだ話をするようで恐縮ですけど何か疲れていますの?」
  「娘を捨てたのだ」
  「娘?」
  「養女だ。元死霊術師でもある。死霊術師との内通を疑って私は彼女を見限った」
  「……」
  後悔しているのだろう。
  彼はそのまま沈黙した。
  数秒後、干渉を振り払うように事務的に任務の概要を告げる。
  心中は察しますわ。
  「どうか急いでくれ、バトルマージの部隊はもうあちらに着く頃だ。もはや一刻の猶予もならん。ムシアナスの最後の報告の中で彼は帝都の南方に
  あるネニヨンド・トウィル遺跡は送り込まれた。抹殺部隊もそこへ向かっている。どうか彼を逃がしてくれっ!」
  「分かりましたわ」




  
  魔術師ギルド。
  開祖ガレリオンが創設した至高の組織。知識の探求に生涯を捧げる者達が集う、輝ける学び舎。
  だがそれは遠き昔。昔日の彼方。
  今はその精神は朽ちた。
  ある者は権力を求め、ある者は利益のみを追求していく。政治家気取りの評議員が幅を利かせる場所に成り下がった。


  疑心暗鬼の場。
  猜疑心に満ちた政治家達の園。
  疑わしきは処刑せよ。
  既にこの場に至高など存在しない。
  今日この日こそが、まさに至高の失墜する日なのだとわたくしは心のどこかで感じていた。