天使で悪魔







ハウリング洞穴





  闇に潜む者達がずっと闇に潜み続けるとは限らない。
  這い出る機会を窺っている。

  それが、今だ。






  「それで何用ですの?」
  魔術師ギルドのアンヴィル支部長キャラヒルからの依頼でミスカルカンド遺跡から巨大ウェルキンド石をゲット。
  わたくしはそれを呼び寄せた配下達にベニラス邸に運ばせた。
  何しろベニラス邸の地下には秘密の部屋がある。あの部屋は魔力の流れが安定しているから研究に適しているし結界を張るにも適している。誰かが
  盗みに入ったとしてもよほど強力な魔術師でなければあの結界は破れまい。
  さて。
  「実は依頼があるのです」
  「ほう。それはなんですの?」
  ミスカルカンド遺跡から帰還して3日後。財団運営も軌道に乗っているのでリラックマ状態でいようとしていたのに帝都から客人が来た。
  現在応接室でわたくし自ら応対中。
  その人物は30代前半の色白インペリアル。1発殴っただけで首の骨が折れそうですわね。
  ジョニーよりも軟弱かもしれませんわ。
  ……。
  ……まあ、ジョニーも軟弱には変わりないですけどね。ただジョニーは鈍器で殴っても死にそうにないほどのタフさがありますけど。
  わたくしの厳しい教育の賜物かしら?
  「いやぁ美味しそうな紅茶ですね」
  「どうぞ」
  「では頂きます」
  ズズズズズ。
  その男、音を立てて紅茶を啜る。
  「あちっ!」
  ガチャン。
  舌を火傷したらしくティーカップを落とす。
  礼儀のない男だ。
  軟弱な上に礼儀がない、最悪なパターンですわ。それともただのドジっ子?
  「す、すいませんでした」
  「いえ」
  後で弁償してもらわなければいけませんわね。あのティーカップ、サマーセット島から取り寄せた特注品で金貨100枚はする。弁償してもらわないと。
  給料だけは良いはずですから、まあ、払えるでしょうね。
  何しろラミナス・ボラスの後任者ですもの。
  名はクラレンス。
  折衝役としての能力は皆無に等しいらしいですけどね。ラミナスは外部からの苦情を手早く処理し、上層部からの無理難題を現実路線に修正して全て
  履行して来ましたけどクラレンスは評議会の犬に過ぎないらしい。初めて会いましたけど軟弱感は漂ってくる。
  さて。
  「アルラさん。貴女は魔術師ギルドには直接加盟はしていませんが偉大なるアークメイジの高弟です」
  「ええ。その通りですわ」
  「実はお力をお貸しして欲しいのです」
  「……」
  沈黙する。
  意味?
  交渉を有利に運ぶ為にですわ。
  わざわざわたくしを動かそうとする。それはつまり魔術師ギルドはキャラヒルが語った通りの状態という事に他ならない。
  上層部である評議会は混乱しているのだ。
  そして支部は放置されている。それが魔術師ギルドの崩壊とまでは言わないですけど麻痺しているのは確かだ。わたくしを使おうという真意はおそらく
  動かせる人材が不足しているのを意味する。相手は人材としてわたくしを求めてる。
  ならばわたくしの能力を高く売るまで。
  「あの、駄目なのですか?」
  「条件次第ですね」
  「条件とは?」
  「報酬ですわ」
  「報酬、ですか。慈善活動という事にはなりませんか?」
  「却下ですわ」
  これが普通の依頼元なら金貨を要求する。
  だけど依頼元は魔術師ギルド。強力な魔法アイテムがごろごろしている組織。現在わたくしは自身のパワーアップを望んでる。修練もするけどより手っ
  取り早く魔法アイテムでの能力増幅も狙ってる。いずれ黒の派閥に報復する為にも力が欲しい。
  「魔法アイテムが欲しいですわ。強力なやつが」
  「……」
  「一存では決められないなら評議会に聞きに……」
  「いえ。差し上げます。現物を回収したら貴女の物にしていいです」
  「回収?」
  「はい。実はカジートの指輪が数年前に奪われたままなのです。そして今回討伐する相手がそれを持っています」
  「カジートの指輪」
  確か伝説級の魔法アイテムだっ!
  装着した者は速度が増幅、さらに自らの意思1つで透明化出来るようになるという。
  欲しいっ!
  「受けますわ」
  「あの、任務の内容も聞かずに即答ですか?」
  「ええ」
  ここで断ったら人間じゃない。
  どんな任務かは知りませんけど報酬を考えたら問題ではない。それだけカジートの指輪は有名な魔法アイテムだ。
  「では依頼内容に移りましょう」
  「ええ」
  「ハウリング洞穴をご存知ですか?」
  「ハウリング洞穴」
  「そうです。スキングラード寄りにある洞穴です。北西ですね。そこに向ってください」
  「分かりましたわ」
  「内容は聞かないんですか?」
  「討伐なのでしょう?」
  「ええ」
  「内容は単純明快。聞くまでもないですわ」
  そういえばミスカルカンド遺跡でのわたくしの行動はこの男は知っているのかしら?
  まあ、わざわざ言うつもりはないですけど。
  「カジートの指輪を数年前にアルケイン大学から持ち出したのは死霊術師の2人です。2人は偉大なるアークメイジの死霊術禁止令に不満を抱き脱退
  をしました。その際に強奪して姿を消したのです。現在はハウリング洞穴に籠もってアンデッド軍団を作りつつあります」
  「ふむ」
  「髑髏のリリー、骸骨のルドラという姉弟の死霊術師2人です。もしかしたら他の死霊術師もいるかもしれませんが2人は確実にいます」
  「……」
  少し意外だ。
  任務の内容の事ではなく、クラレンスの語気の強さだ。
  噂ほど軟弱で無能ではないらしい。
  考えてみたら彼が自らアンヴィルまで出向いているのも意外ですわね。行動力がある、という認識に改めるとしよう。
  まあ、長い付き合いにはならないからどうでもいいですけどね。
  彼は続ける。
  「不死の者達は汚らわしい不自然な存在です。死霊術は禁術、それを行使する者達にはそれに相応しい罰が与えられるべきです。そうでしょう?」
  「そうですわね」
  適当に相槌。
  彼は身を乗り出して私に訴える。
  「死霊術とは命ある者に対する冒涜。排除を依頼します」
  「分かりましたわ」



  翌日。
  旅用に購入した白馬に跨ってわたくしはハウリング洞穴に到着した。
  今回も同行はジョニーのみだ。
  戦闘要員?
  いいえ。純粋に荷物運び、雑役夫ですわ☆
  ハウリング洞穴はミスカルカンド遺跡近辺にあり、スキングラード寄りの洞穴。そこに死霊術師が住み着いているらしい。
  別におかしな事ではない。
  洞穴や遺跡、砦跡には実に様々な連中が巣食っているのは既に常識。
  山賊、吸血鬼、ゴブリン、野生動物、モンスター、傭兵、異端の召喚師、そして死霊術師。何がいてもおかしくない。だからわたくしとしてもそこに
  死霊術師が屯っててもおかしいとは感じない。
  何がいようとわたくしが出張る限りは返り討ちですしね。結果は同じなわけだから問題ない。
  さて。
  「ジョニー」
  「はい、お嬢様」
  「ここでわたくしの愛馬と共に待っていなさい。ただし白馬に少しでも粗相をしたら食肉店に並ぶ事を覚悟なさい」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃマジっすかっ!」
  「マジですわ」
  「……あっしは何て可哀想なアルゴニアンなんだ……」
  「何か言いまして?」
  「い、いえ」
  「では任せましたわよ」
  白馬の世話を任せてわたくしは1人でハウリング洞穴に足を進める。
  わずか数歩足を踏み入れただけで闇に包まれた。
  前回のミスカルカンド遺跡はアイレイド文明の遺産であるウェルキンド石に照らされていた為に照明に困る事はなかったけど今回は普通の洞穴。
  わたくしは左手で松明を持ち進む。
  右手には銀製のナイフ。当然魔力が込めてある。冷気属性ですわ。
  長い剣は好みではないので持ち歩かない。
  「……」
  コツ。コツ。コツ。
  デコボコとした岩肌を歩く。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  やはり松明では遠くの闇までは削れないので進むスピードを制限する必要がある。結果としてかなり遅い速度。
  だけどそれは仕方ない。
  走って進むのはただの馬鹿だ。用心は必要不可欠。
  開けた場所に出る。
  そこには沢山の死霊術師がいた。何やら指示を出している女と男。顔立ちが似てる、血縁かな?
  その2人はゾンビとスケルトンを製造する死霊術師達を叱咤激励している。
  アンデッド軍団の製造場所ってわけですわね。
  「あの2人、本当に似てますわね」
  もしかしたら妙な異名を持つ姉弟かも。
  髑髏のリリー、骸骨のルドラとかでしたっけ?
  センスゼロ。
  最悪。
  まあ、髑髏とか骸骨とか、死霊術師っぽい異名ではありますわね。
  「ふぅん」
  珍しい。
  2人はレッドガードだった。魔術師にしては珍しい。基本的にレッドガードは純戦士ですしね。ただ意外に器用な種族ですし、実のところ肉体的に
  自信があるので魔術に興味がないだけなのかもしれない。
  さて。
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  古代アイレイドの雷を放つ。
  必殺の一撃だ。

  『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

  絶叫と悲鳴が響く。
  アンデッド軍団に変貌する前の原材料である死体と骨は飛び散り、さらに死体遊びをしていた面々も吹っ飛ぶ。
  一撃必殺っ!
  雑魚と遊んでいる暇はありませんわ。
  姉弟は騒ぐ。

  「くっ、もう来たのか。予定よりも早いっ! 意外に迅速な行動、油断したっ!」
  「どうする姉貴っ!」

  ……うん?
  向うはわたくしがくるのを知っていた?
  誰の罠かしら。
  まあ、いいですわ。
  魔術師ギルドの評議会にはおそらく隠れ死霊術師がいて、わたくしがどういう理由かは分かりませんけど邪魔になったのかもしれない。
  それならそれでもいい。
  わたくしの腕試しには使えますわね。
  「取り囲めっ!」
  弟の方が叫ぶ。生き残った死霊術師達はわたくしを取り囲む。その数は8名。
  アンデッド軍団は存在しなかった。
  少なくとも出て来ていない。
  意味は分かる気はする。要は私の到着が早過ぎてアンデッド軍団を用意出来なかったのだろう。そこらにアンデッド軍団の『材料』は転がっている
  ものの仕上げる事は出来なかったらしい。というか罠に掛けるわけだから、わたくしを誘いこむ前に軍団用意しとけばよかったのに。
  馬鹿?
  馬鹿なの?
  取り囲んだところでどうにかなる状況でもないだろうに。
  死霊術師はアンデッドを従えてこそ意味がある。純粋な意味での破壊魔法のエキスパートではないのだから取り囲んだところで意味はない。
  即席アンデッドを召喚したところで意味はない。
  召喚するならもっと強いのを呼ぶべきだ。

  『闇の精霊っ!』

  髑髏と骸骨の異名を持つ死霊術師2人は同時に叫ぶ。
  ふぅん。
  共同でなら結構良いのを呼べるわけですわね。雑魚のような連中が呼び出す雑魚アンデッドでは正直つまらないと思ってた。
  闇の精霊か。
  結構なのを召喚しましたわね。
  ならばわたくしも返礼として面白いのを召喚してあげますわっ!
  「ミスカルカンドの王」
  古代アイレイド文明の生ける屍を召喚する。
  外観はリッチ(原理としては同じなのかもしれないけど)ですけどその能力はリッチよりも高い。実際に一撃でリッチを屠りましたし。
  今回初めて召喚する。
  どんな能力かしら。
  楽しみ。
  「おお。娘っこ。早速呼び出してくれたか。ワシ退屈しておったぞ」
  「……」
  急に流暢になりましたわね、こいつ。
  まあ、楽でいいですけど。
  ブン。
  手にしている杖を振るうミスカンドカンドの王。
  その瞬間、何の前触れもなく即席アンデッドどもはその場に崩れ落ちた。
  「下らぬ芸じゃな。今ではこんなのが主流なのかの?」
  「まあ、概ねこんなもんですわ」
  「生きるに値せぬ。とっとと片付けるとしようかの。……ワシは暇潰しに使役されている身、なのに呼び出されても暇をする。それではつまらぬ。散れ、下郎っ!」

  ぶわっ!

  ミスカルカンドの王の体から黒いオーラが立ち昇る。
  そのまま杖を大きく振るうと黒い旋風が巻き起こり死霊術師達を薙ぎ倒した。一瞬で手勢を失った悪趣味姉弟。
  唖然とする2人。
  一気に消すとしますわっ!
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  自ら名乗りを上げる事すら出来ないまま髑髏&骸骨の死霊術師は黒焦げとなって吹っ飛んだ。
  勝利ですわ。
  わたくしは静かになった洞穴内を見渡して微笑。
  「御機嫌よう」







  数時間後。
  虚空から漆黒の触手が伸びる。数は8本。
  それらは息絶えている死霊術師の死体、アンデッドを絡め取って再び虚空へと消えた。
  全ての死骸は消え果る。
  触手もまた消える。

  そして洞穴から全てが消えた。