天使で悪魔
ミスカルカンドの王
人は死ぬ。
国は滅ぶ。
永遠不変なものは存在しない。誰もがそう思っているのかもしれない。
終わらないものなどないと誰かが言った。
だけど本当にそうだろうか?
想いは永遠に残る。
例え人や国が滅びでも想いは不変に残る、わたくしはそう思うのだ。
有史以前に栄えたアイレイド文明。
統一王朝と思っている者も多いものの実際は数多の王族が、数多の国家を建国していた群雄が乱立する時代だった。
最終的に当時奴隷だった人間の反乱で滅亡、反乱軍を率いたアレッシアが帝国を建国した。
そう帝国の歴史に記されている。
だけど実際は王族同時の殺し合いが最大の原因だった。
王位継承問題から端を発した王族同時の殺し合いはアイレイド文明を衰退させ、散々殺し合い潰し合った後で奴隷達の反乱がトドメを刺したに過ぎない。
それが真実。
アイレイド文明には謎が多い。
現在を遥かに凌ぐ強力な魔道文明だった、というのが定説ではあるもののそれ以上は謎のままだ。
各地に伝説を残し滅亡した文明。
強力な王達の伝説もある。
錬金術に傾倒した結果、触れるモノ全てを黄金に変化させる能力を得た黄金帝。
マリオネットと呼ばれる人形の軍勢を率いたアイレイド最強の存在として恐れられた人形姫。
魔王メリディアに魂を売って魔人に転生した魔術王。
死霊術に没頭し死後も自らの存在を無敵の亡霊として世界を彷徨っている死霊王。
その他にも様々な能力、個性を持った王が存在していたらしい。
そして……。
「ここですわね」
魔術師ギルドのアンヴィル支部長キャラヒルの依頼から2日後。
わたくしはミスカルカンド遺跡に到着した。
今回は1人。
護衛として人斬り屋&ユニオを吊れて来ようとは思ったし、向こうも自ら買って出てくれたものの考えた末にやめた。
シャイア財団の設立目的は合法的に、大々的に魔道アイテムをゲットする為。表向きは魔術師ギルドに高値で売却する事。しかし実際は魔道アイテム
でのパワーアップ。黒の派閥への報復の為に魔力を増強する必要がある。
だけど。
だけど実際の、つまりそもそものわたくしの能力の底上げも必要だ。
魔力アイテムに頼るばかりが強さではない。
そういう意味合いでわたくしは1人。
武者修行的な要素としてわたくしは旅に出たわけですわ。
生まれながらの天才なのであまり努力はしてこなかったですけど、まあ、たまには努力も良いですわね。
「たまには1人で頑張らないと行けませんわね」
「あのー」
「あら? どうしたんですの、行き倒れのアルゴニアンさん」
「……遠出に必需品ですか、このピクニックセット」
「貴女何者ですのっ! それはわたくしのですわっ! この泥棒トカゲっ! 刺身にしてくれますわっ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ相変わらず横暴だーっ!」
「ほほほ」
ジョニーは連れて来てます。荷物持ちですわ。
戦力的な価値?
もちろんありますわ。囮作戦には是非とも必要な人材ですもの。
それに結構力がありますしそれなりに役に立つ。
サマーセット島製のピクニックセット、その中身は高価な茶器や食器、赤ワインなどなど。貴族として遠出には必需品の代物ですわね。
30kgぐらいだからジョニーでも持てるだろう。
特に遠くなかったし。
地理的にはクヴァッチとスキングラードの中間にある遺跡。特に遠い場所ではなかった。実に助かりますわ。キャラヒルの話では報酬としてこの遺跡に
眠る巨大ウェルキンド石をわたくしの物にしてもいいらしいですけど、さすがにブルーマ近辺だと行く気にはなれなかっただろう。
それにしても。
「本末転倒な気もしますけどね」
キャラヒルは巨大ウェルキンド石が死霊術師の手に渡る事に対して危惧感を抱いている。何度もその事を魔術師ギルドの総本山であるアルケイン大学に
奏上したもののラミナスの後任であるクラレンスはその報告をことごとく握り潰しているらしい。
何故?
さあ、不明ですわ。
新しい折衝役のクラレンスとかいう奴とは面識ありませんし。
そもそもわたくしは魔術師ギルドではないのであまり人を知らない。知っているのは評議会のメンバーの顔と名前程度で詳細も知らない。
クラレンスは評議員デルマーの弟子の1人らしい。
……。
……噂では、前にデルマーの弟子の1人ワイズナーとかいう奴が問題(深紅の華参照)起こしたらしい。
問題児ばかり抱えているのかしら?
まあ、いいですけどね。
キャラヒルにしたら要は巨大ウェルキンド石が最近活性化の一途を辿っている死霊術師達に渡らなければいいらしい。丁度わたくしは自分のパワーアップの
為に色々と魔道アイテムを収集しようとしている矢先だったので幸先としては良いだろう。
いらなければ魔術師ギルドに売ればいいし。
さて。
「ジョニー、ここで待ってなさい」
「ええっ!」
「……? 何か不服ですの?」
「だって、お嬢様、あれ……」
赤いトカゲはある方向を指差す。そこには粗末な武装に身を包んだゴブリンがいた。
数にして10体。
手にしているのは錆びた剣や斧。
基本的にゴブリンは怖い相手ではない。数に任せて襲ってくる雑魚。たまに突然変異的なのもいますけど、あれは雑魚ですわね。
「霊峰の指」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
雷で吹っ飛ばす。
1発で粉砕だ。
こんな強力な魔法はゴブリンには勿体無い。
「ジョニー、ここで待ってなさい」
「でもまだ他にもいたら……」
「わたくしと一緒に入ったらもっと阿鼻叫喚だと思いますけど?」
「ここで全力で待ってますっ!」
「……」
なんかムカつきますわね。
ミスカルカンド遺跡内部。
照明としてウェルキンド石の蒼い光が遺跡内を照らしている。探索には事欠かない。
内部はアイレイドの他の遺跡とさほど変わりがない。
当時の流行の内装?
当時の一般的な建築スタイル?
まあ、何でもいいですけど気が滅入る感全開の内装ですわね。人が住むという概念の内装ではない気がする。少なくともわたくしは住みたいとは思わない。
コツ。コツ。コツ。
わたくしはゆっくりと内部を進む。
障害?
特にない。
あるとすれば臭いだけだ。
死んだゴブリンの臭気は耐え難いものがある。それと腐乱した死体。
ここは遺跡?
いや。どっちかというと墓場だ。
外にゴブリンがいたけどどうやらここを巣窟にしている部族らしい。そしてこの遺跡をアンデッドが襲ったのだ。ゾンビやスケルトンがここを襲撃したらしい。
だけど何の為に?
「ふむ」
まあいいか。
遺跡内部では勝手に潰し合いが始まっている。
ゴブリンとアンデッドの戦争。
片方は既に死んでいるもののゴブリンはお構いなしに戦いを挑んでいる。もちろんアンデッドは不死身ではない。自我のない魂を死霊術師に憑依させら
れた肉を持つ人形であり破壊されれば動かない。不死身そうに見えて結構脆弱な存在だ。
……。
……ま、まあ、外観のグロさが嫌ですけどね。
いずれにしてもわたくしが直接手を下す必要はなさそうだ。
勝手に好きな潰し合えばいい。
わたくしは連中を無視して素通りする。数の上ではゴブリンが勝っているけど耐久度的にはアンデッドが上。どう転ぶかは知らないけど戦闘は長期化の
一途になりそうな感じですわね。盛り上がっている面々に対してわざわざ構うのは礼儀に反する。
淑女として。
貴族として。
空気を読んで通り過ぎるべきだろう。
「御機嫌よう」
ゴブリンとアンデッドの戦争。
熱中している両陣営の邪魔をしないようにわたくしはその場を通り過ぎさらに奥に進んだ。
障害?
特にない。
ゴブリンの臭いもアンデッドの腐臭もここまでは届かない。
あるのはひんやりとする空気だけだ。
コツ。コツ。コツ。
足音がやけに大きく響き渡る。
反響しているのだ。
実際にはそんなに大きな足音を立てているわけではない。
コツ。コツ。コツ。
「んー。こんなものですのねー」
もっと難易度が高いと思ってた。
キャラヒルが脅したし。
だけど実際はゴブリンとアンデッドが戦争し、完全にわたくしスルーの状況だった。ただそれだけの遺跡。わざわざ武者修行のつもりでわたくしが出張
らずに誰か別の者を差し向けてもよかったですわね。何しろわたくしは新生グレイフォックス。組織の主だ。動員出来る人数は100を越える。
この遺跡、難易度が温い。
わたくしがわざわざ出張るまでもなかったですわね。
「最深部までこのノリじゃないでしょうね」
ミスカルカンド遺跡。
どこにでもあるありふれた、ただのアイレイドの遺跡。
そして。
そして最深部に……はやっ!
何の障害もなくわたくしは最深部に到達。そのフロアに入ろうとして……わたくしは足を止めた。
「うわ」
絶句。
巨大なウェルキンド石は蒼ではなく白く輝いていた。
美しい。
実に美しいですわ。
体にまで染み渡るようなその光は魔力が帯びていた。巨大なウェルキンド石からは強力な魔力が発せられていた。この魔力の結晶、何らかの形で暴走
をして爆ぜたらミスカルカンド遺跡が吹っ飛ぶだろう。地下部分も上層部分も。全てが吹っ飛ぶ。
辺り一面クレーターにもなるだろう。
それだけの力を秘めているのは確かだ。
美しくもあり物騒。
それがまたこの巨大なウェルキンド石に危険な魅力を与えている気がする。
欲しいっ!
「これにしますわ。誰か包んでくださる?」
独り言を呟きながらわたくしは近付く。
研究したい。
このままの状態では何の意味はないですけど研究次第では能力の増幅にも使えるだろう。キャラヒルはわたくしに報酬としてこれを譲渡するとすら言っ
ている。実に助かるし好都合。だけど問題はどうやって持ち帰るかだ。
ジョニーを呼びに行こう。
そして彼に命令してアンヴィルから盗賊ギルド改めシャイア財団の人数を呼び寄せて運ばせる。
そうと決まれば戻りますわよ。
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「ちっ!」
咄嗟に飛び退く。
雷は先ほどまでわたくしが立っていた床を舐めた。
敵っ!
「何者ですのっ!」
「くくく」
虚空に浮かぶ影。
人型のそのモノはゆっくりと床に降り立った。人ではない。かつて人だった存在リッチだ。死霊術師の究極の存在であり昇華された存在。
港湾貿易連盟の刺客というわけではなさそうですわね。
死霊術師絡み?
そうかもしれない。
だとするとキャラヒルの危惧は当たったらしい。
アンデッドの軍団もこいつの下僕ってわけだ。しかし侵入したもののここに住み着いていたゴブリンとぶつかり戦闘に発展したのだろう。
巨大ウェルキンド石目当てなのは確かだと思う。
リッチは言葉を発する。
「貴様、魔術師ギルドの者か? それともただ迷い込んだだけの不運な者か?」
「キャラヒルに頼まれた者ですわ」
「キャラヒル。ふん、あのアルトマーか。待機しろと命令が行ったと聞いているが、出過ぎた真似をする奴だな。結果として奴の手下のお前はここで死ぬ」
「命令?」
今のはこいつの発言はどういう意味ですの?
待機しろと命令が行っている?
……。
……それってつまりアルケイン大学に死霊術師と繋がってる奴がいるって事かしら?
内通説は憶測ではあるけど、ありえない話ではない。
何故なら元々死霊術は魔術師ギルドでも教えられていた魔術の1つ。それを現在のアークメイジであるハンニバル・トレイブンが禁止した。禁止してから
それほど時が経っているわけではないので魔術師ギルド内部には『元死霊術師』と呼ばれる者達がいる。
元死霊術師として魔術師ギルドに残る者のの中には禁術となった後も死霊術を振るう者達がいる。
それが『隠れ死霊術師』。
魔術師ギルドは内部に相当な数の元死霊術師を抱えている。その中には当然隠れ死霊術師もいるだろう。そういう者達がトレイブンの決定を不服として
脱退して行った死霊術師と内通している可能性はゼロではないのだ。いや、むしろそういう流れがありえると思った方がいい。
ますます混乱の一途ですわね、魔術師ギルド。
「わたくしはアルラ・ギア・シャイアですわ」
「我は虫の隠者グラァンバァレスなり」
「初めまして。御機嫌よう」
「愚かなるトレイブンの支配は直に終わるっ! 何故なら我らの王が戻られたからだっ! ふははははははははははははははははははははははっ!」
「意味の分からん事を」
リッチは死体。
結局のところは脳味噌が腐ってるのか干乾びているのは確実。それだけの存在でしかない。
まともな押し問答をするつもりはない。
叩き潰すっ!
「ヤカマシイっ!」
この場にもう1体のリッチが現れる。
丁度虫の隠者……えーっとこいつの名前なんでしたっけ?
まあ名前はいいか。
ともかく最初のリッチの仲間ではないらしい。何故なら最初の奴もわたくし同様に動揺しているからだ。
新手のリッチは言葉を続ける。
「勝手ナ不法侵入シテオキナガラ痴話喧嘩。迷惑ジャっ! ソレニナンジャ、ソノ不細工ナ変異ハっ! 目障リジャっ! 消エルガヨイっ!」
カッ!
新たのリッチの手から放たれる赤い光は最初のリッチを襲う。
その光はあっさりと上半身を吹っ飛ばす。
数秒は普通に立っていたものの上半身を失ったリッチはその場に転がった。リッチとて不死身ではない。綺麗に上半身が吹っ飛ばされた以上死んでる。
まあ、死ぬという表現が正しいかは不明だけど。
「それで?」
新手のリッチをわたくしは見る。
敵?
敵となるなら別に問題ではない。
リッチとてわたくしが全力を出せば倒せない相手ではない。そしてリッチ相手なら修行になるだろう。
相手にとって不足はない。
「ワシハ、ミスカルカンドノオウジャ」
「ミスカルカンドの王?」
「最近ハ昼寝のシ過ギデ暇シテイルノジャ。オ主、気ガ向イタラ召喚シテクレ。メルアドヲ渡シテオクノデイツデモ呼ンデオクレ」
「はっ?」
「定命ノ者ト遊ブノハ楽シイモノナンジャヨ。イツデモ呼ンデオクレ」
「何故さっきの奴を倒したんですの?」
「適当ナ変異デ満足シテイタカラ腹ガ立ッタンジャヨ。ソレデ呼ンデクレルノカノ?」
「ええ」
ミスカルカンドの王の召喚、習得。
少しはパワーアップですわね。