天使で悪魔




深紅の華




  野心。
  響きは悪いが、決して邪な感情ではない。
  向上心という意味合いでもあるからだ。

  ただ野心には「分不相応な大きな望み」という側面もある為、必ずしも賞賛の言葉ではないらしい。
  気をつけて。
  過ぎたる向上心は、己の身の破滅に繋がるから。
  ……。
  そう考えると、野心はあまり良い言葉ではないらしい。
  野心家の末路は悲惨。
  せいぜい、自分の野心の炎で身を焦がさぬ様にご用心を。

  ……自身を焼き尽くすまで、その炎は消えないのだから。





  動作は慎重に。
  息を詰め、慣れた手つきで私は月光石の粉を銀の剣に振り掛ける。
  付呪の祭壇。
  魔術師ギルドの知識の最高峰であり本部でもある、アルケイン大学。そこのカイナロジウムという施設で私は
  作業を続けていた。

  「……」
  白い粉で、月光石の粉で銀の剣の刀身をくまなく覆う。
  左手を切っ先に、右手を根元に当てる。
  「……」
  徐々に左右の手を中央にずらしていく。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  そして……。
  「雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  刀身に電撃が迸る。
  電撃は月光石の粉と反発し合い、白い光が満ち、やがて収束する。
  私は右手で柄を握り、一度二度剣を振るってから刃の輝きに魅入る。淡く、白く輝く剣。
  「出来たっと」
  エンチャント終了。

  雷属性の魔法剣が出来上がった。
  闇の一党イベントの際に、ノルドに折られた。それから武器屋で買った間に合わせを腰に差していたものの、やっぱり
  自分で魔力を込めた魔法剣はいざという時に頼りになる。

  ハシルドア伯爵の会食から三日。
  そろそろ冒険に動き出す頃合だと思い、まず手始めに装備を整えに帝都のアルケイン大学に来たのだ。

  何故材質が銀製の剣を選んだか?
  ……。
  まあ、別に理由はない。
  銀の武器、という響きが少しセレブっぽい気がしたし。

  「んっふっふっふっふっ」
  1人、悦に浸る。
  出来栄え、最高っ!
  アルケイン大学は全ての知識が集まる所、立ち入れるのはごく僅かのエリート魔術師だけ。
  特権なのは知識だけではない。
  オリジナル魔法の作成&オリジナルエンチャント武器の作成が出来るのもアルケイン大学だけなのだ。

  大学に立ち入れる者だけが魔法の武具を自作できる。
  まさに特権。
  私はエリート様なのよぉー♪

  ほほほー♪
  鞘に戻し、腰に差した。
  講義の時間らしく、魔術師達はカイナロジウムには見当たらない。
  一応、魔術師は大別して二種類。
  一つは私のように……私は研究室持ってるけど……冒険者してる魔術師。
  一つは大学に留まり、勉学に励み研究に没頭する魔術師。

  どちらかといえば後者の方が多い。特にアルケイン大学にはね。
  そりゃそうでしょう?
  必死で勉強してアルケイン大学に立ち入れる権限手に入れたら、普通は最高の場所であるここで勉学する道を選ぶ。
  好き好んで冒険者として生きようとする者はまずいない。

  さて。
  「久し振りに魔法の研究でもしようかなぁ」
  10歳の頃からここで生きてきた。
  魔法に関する事は知識&実地でも既に私は極めている。
  幻惑&破壊&神秘&変性&召喚といった魔法学は完全にマスターしてるし、錬金術もおっけぇ。
  ただ回復のみが少々体得が遅れている。

  性格が破壊的だから回復が苦手?
  ともかく、魔法全般は極めている。
  その気になれば講師(学者、教師)にもなれるし、一等上の評議員にもなれると自負してる。
  その気に……ならないけどね。
  いずれになっても大学に縛られるし。私は縛られるの嫌いだからね。
  ……。
  そ、そんなに関係ないけど……縛られるのが嫌いとアンの前で言おうものなら『じゃああたしを縛って縛ってー♪』という
  展開になる事は請け合いです。
  いえ、全然関係ないです。ただ何となくそう思っただけで。
  おおぅ。
  「あらフィッツガルドお久しぃー♪」
  「ター・ミーナ、どうしたのよ万年図書委員の貴女がこんな所に来るなんて。……世は既に世紀末?」
  「……それ酷いわよぉ」
  「吸血病の治療薬の時のお返しよ」
  「ところで最近、珍しい本持ち込んでくれないじゃないのよぉ」
  「冒険してないからね。色々と立て込んでたし。……でも今後は冒険者としてやっていくから、期待してて」
  「じゃあエルダーエクロール手に入れて来てねぇ♪」
  「なっ!」
  エルダースクロール。
  歴史が自動的に刻まれる、奇跡の書。稀に未来も刻まれ、その通りの未来が訪れる。
  オブリビオンの悪魔達ですら『運命の書』と呼ぶ、伝説級の書物。
  現在発見されているものは全て王宮に厳重に保管されている。
  ……。
  だが実際問題、それほど凄いわけではない。
  特殊な文字らしく読める者はほとんどいない、所有したところで特に意味も成さない。ただ歴史を記すだけだからだ。
  珍しくはあるし値段は付けられないほどの国宝級ではあるものの、私にしてみればさほどの価値はない。
  「フィッツガルド、王宮に忍び込んでゲットして来て。これも冒険よぉー♪」
  「逮捕されたら即死刑じゃないのっ!」
  「冒険心は命よりも尊いのよぉ」
  ……ちくしょう。
  このトカゲも無茶苦茶言うなぁ。しみじみと考えていると……。
  「おおフィッツガルド、ここにいたか」
  「ラミナス?」
  アルケイン大学の万年中間管理職ラミナス・ボラス。
  わざわざここに来る……仕事か。
  それを察したのかター・ミーナは同情そうな顔を私に向け、足早に立ち去った。苦笑する私。
  そうね、大抵は厄介を押し付けられるのはもう既に通例だ。

  さて。
  「それでわざわざ人払いしてまで、何の用?」
  「何の用? ……ふっ、つれないな。久し振りに二人きりになれた、今夜は妻は帰らない。……分かるだろう?」
  「分かるかボケーっ!」
  「ちっ、相変わらずノリの悪い奴だ」

  「ノリだけで愛人になれるかっ! ……それにあんたは結婚してないし、まだ昼よ昼」
  「安心しろ。お前の幼児体型は私の好みではない。十年後、出直して来い」
  ……ちくしょう。
  こいつの言動、セクハラです。
  「腹が立ったか?」
  「……さあね」
  「私をブルーマあたりに左遷したくなっただろう? ……評議長になりたくなっただろう?」

  「……えっ?」
  ハンぞぅは私に後を継いで欲しいと思っているらしい、それは薄々気付いていた。
  大学に縛られるのが嫌だ、その理由で私は婉曲に断ってたけど……まさかラミナスは私を評議長になるように仕向け
  ているのだろうか。だとすると今までの暴言寸前の言動の意味が分かる。

  まさか……。
  「ラミナス、私を評議長になるように、仕向けてるの? それで悪役演じてるの?」
  「……ふっ」
  「……ラミナス、貴方って人は……」
  「そんなわけあるかお前を弄るとストレス解消に最高だからな。ハハハハハハ♪」
  「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「さてお遊びはお終いだ。仕事の話をしようか」
  ……ちくしょう。
  「それで、今度は誰の尻拭い?」
  大抵、私に回ってくるのは人知れず解決すべき任務。
  魔術師ギルドの体面を傷付ける事なく私が処理するのが私の任務。一応、私はマスターの養女。
  命令系統無視して動く自由を与えられてる。

  ……都合のいい駒のような気もするけど……。
  おおぅ。
  「デルマー評議員を知ってるか?」
  「デルマー……あのハゲね」
  「失礼だぞ現職評議員に向って中途半端ハゲだなんてっ! いっそ全部剃れだなんて、貴様失礼だぞっ!」
  「……そこまで言ってないわよ。それで?」
  「デルマー評議員の高弟にワイズナーという魔術師がいる。彼の後継候補と言われている人物だ」
  「それで?」
  「お前の婚約者だ」
  「……はっ?」
  「安心しろ。結婚しても私とお前の関係は変わらないぞ。ハハハ♪」
  「……」
  「ちっ、相変わらず可愛げのない奴。……まあ冗談はいい、ともかく……おい、聞いてるのか?」
  「……頭痛くなってきた」
  話が進まないのは何故ですかー?

  秘密裏に厄介を処理するのは別にいいけど……ラミナスの戯言が必ず付き纏うのが面倒。
  「フィッツガルド。魔術師ギルドにおける、研究のルールを知っているか?」
  「研究の……それって施設内での研究以外の禁止ってやつ?」
  「そうだ。特に街中などの人口密集地では厳禁だ。破れば追放、それが鉄則だ」
  グッドねぇの恋人のヘナンティアも本来なら追放処分だ。秘密裏に解決したから、ある意味で隠蔽完了だけど。
  一応、塔とかの人里離れた場所ならおっけぇ。
  ……しかしアンコター、あれを野放しにするのに街で実験行ったら無条件で追放の意味が分からない。

  まあ、いい。
  ともかくワイズナーは街中で、自宅で実験を行っているらしい。

  普通なら即追放。
  評議員の後継者だから、手心を加えるらしい。
  私が介入する事で……私が『魔術師ギルドとは関係なく』動く事で、なかった事にする腹積もりなのだろう。

  「なにすりゃいいの?」
  「研究を中止させろ。人の邪魔するの、お前の得意分野だもんな。期待しているぞ」
  ……ちくしょう。
  「報酬は私の笑顔だ♪ ……励みになるだろう?」
  「そ、そうね」
  今回もただ働きかよ。
  おおぅ。






  ワイズナーの自宅は帝都のタロス地区にある。
  上流階級の市民の区画だ。

  アイレイド遺産のコレクターで大富豪のウンバカノの邸宅、帝都随一の高級ホテル兼サロンであるタイバー・セプティム
  があるのもこの区画だ。なかなかいいところに住んでるじゃないの。

  ワイズナーはデルマー評議員の高弟。
  立場としては私と同じ、後継者候補。
  別に評議長や評議員は世襲制……というか愛弟子が引き継ぐのが基本、ではないものの大抵は後継者として教育し、
  育てるのが通例のようだ。自分の手塩にかけた弟子に引き継がせるのが人情なのか?
  ともかく、ワイズナーはデルマー評議員の弟子であり、後継者候補。

  デルマー評議員は一応、評議会の中では三席。
  主席は当然、評議長のハンニバル・トレイブン。
  次席はアルトマーのカラーニャ評議員。
  デルマーはその次であり、なかなかのやり手だ。あまり人望ないみたいだけど。
  かなりの豪邸、ワイズナーは羽振りがいいらしい。
  「ワイズナー」
  彼の家の扉を叩き、名を呼ぶ。それを三度ほど繰り返すものの、音沙汰なし。
  家で研究。
  家でするなら、おそらく地下室だ。
  盗難防止の為に普通は地下でする。安全性の関係もあるけど。
  部屋で研究してたら普通の扉から入る&窓から侵入する、という二つの盗難想定だけど地下なら扉から入るしかない。
  ……。
  ま、まあ究極言えば穴掘って侵入する、もあるだろうけどそこまで想定は出来ないし普通しない。
  さて。

  「変な家」
  窓は中から板が打ち付けられている、それも全部。
  それにこの臭い。
  ……どんな鈍感だろうと、この臭いは気付くだろうよ。
  「はぁ」
  溜息。
  またかよ、という溜息だ。
  この臭いは最近、アンヴィルで嗅いだ。マシウ・ベラモントの、死体が散乱した部屋の臭いだ。
  何の死体かは知らないけどワイズナーは何の研究してるのだろう?

  研究の中身はラミナスも知らなかった。
  「ふむ」
  扉に手を掛ける。
  ギィィィィッ。
  ……あれ、開いてる?
  「お邪魔しまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  バタンっ!
  扉を開け、中に入った途端扉は閉まる。自動ドアかよ、と思うものの……自動の動力、間違えてると思います。
  それはツタ。
  何の植物かは知らないけど、どこが大元でどこから延びてるのかは知らないけど、部屋中ツタが覆っている。
  扉はもうない。
  ツタが全てを覆ってしまったからだ。
  ……閉じ込められた?
  「ワイズナー」
  腰の剣に手を当てながら、私は囁くように、声を発する。
  ……どう考えてもやばいでしょ、ここ。

  ……どう考えても実験失敗してるでしょ、これ。
  ……また面倒な展開かよぉ。
  「死体ね」
  干乾びた死体がゴロゴロしている。
  性別は着ている服で判別するしかない。帝都兵も転がっている。
  血はおろか体液すらない、乾いた死体。
  ……吸血鬼でもここまで吸わないと思うけど……。
  「ぅぅぅ」
  「誰?」
  「わ、私はワイズナー。君は、助けか?」
  「助け?」
  私は扉の方を見て、苦笑する。
  「助けにはならないわね」
  「……そうか」

  ローブを着た、痩せ型の男。才走った眼が特徴の、野心家……みたいな感じかな。あまり好きじゃないタイプ。
  随分と顔色がよくない。
  「大丈夫?」
  「……暴走したんだ、研究……げほげほ……」
  「とりあえず肩に掴まって。ほら、私の肩に」
  「……すまない」

  よろける彼に肩を貸す。
  「どこが安全?」
  「寝室だ。あそこは、ツタが入ってこない」
  「そう」
  彼の体は痩せ過ぎていて、あまり力のない私でも肩を貸す行為がそれほど苦にはならない。

  指示に従い、奥に。
  確かに寝室はツタがない。私は彼をベッドに寝かせようとすると……。
  「このままでいさせてくれ」
  「いや私の肩に懐かれても困るんですけど」
  「ひゃっはぁーっ!」
  「……っ!」
  ガッ。
  突然奇声を上げるワイズナーに、本能的に肘打ちを叩き込む。よろけるワイズナー。
  さらに飛び蹴り。
  痩せた魔術師は大げさに倒れ、そのまま動かない。
  頭を打ったのだろうか?
  「何よこいつ?」
  気が触れているのだろうか?
  それとも元々こんな奴?
  ……。
  寝室だもんなぁ、しかも状況は孤立無援で陸の孤島的な感じ。……セクハラする気だったのかも。
  ちっ、殺しときゃよかったか。
  「あれは……」
  ベッドの上に一冊の手帳が置かれていた。
  パラパラと捲る。
  どうやら日記のようだ。




  『大量の吸血鬼の血を惜しげもなく注いだ。これで芽が出れば私の理論は正しい事になる』

  『やはり私は正しかった。最初の芽が出た。血液の投与を忘れてはならない』

  『葉が茂ってきた。歴史的快挙はすぐそこだっ!
  ただ血液がもうほとんどなくなってしまった。また吸血鬼を狩って来なければならない』


  『若葉が出来た。なんと美しいんだっ!
  地下室は風すら吹かないし入って来ない。しかし不思議な事に若葉はまるで風に踊るように、揺れている』


  『また吸血鬼の血がなくなった。
  私の知る限りでは、この辺りの吸血鬼は全て狩りつくした。
  そろそろ人間に移行してみるか?
  この植物は恐ろしいほどに貪欲だ』

  『今日、腕を斬り付けられた。この植物は攻撃的過ぎるっ!』

  『私の腕を斬りつけた株以外が枯れ始めている。
  何故だ?
  私の理論は間違っていたのか?
  この吸血植物の育成が成功すれば、私はここ数百年で初めて育成に成功した者になるというのにっ!
  人間を殺し、その血を手に入れるのはリスクが高いので代用として吸血鬼の血を与えたのが間違いだったか?
  ……。
  斬り付けられたところが化膿している。痒い』

  『治療師の女から大量の血を購入した。
  人間の血だ。
  あの女、法外な口止め料を要求してきたが仕方がない。

  この吸血植物さえ育てあげさえすれば私の偉業は世界に鳴り響く。それまでの辛抱だ。
  植物は回復しつつある。
  ……。
  腕に巻いた包帯が疼く。蒸れているのか?』

  『深紅の花が咲いたっ!
  美しいっ!
  毒々しい赤ではない、眼にも鮮やかな深紅。まさに究極の美だっ!
  この美しくも呪われた華を愛した古代王朝の国王の話は実に有名だ。この華の美しさを維持する為に、領民を次々に
  生贄として捧げたという話だ。

  滑稽と思ったが、今は少し理解出来る。
  この美しさに魅入る事が出来るのであれば国も命も些細な事だ。
  育成方法が既に不明とされていたこの華を私は今、完全に開花させた。
  アルケイン大学も私の偉業を称えるだろうっ!』


  『くそっ!
  なんと浅はかだったのだろうっ!
  吸血鬼の血を最初に使用した為に、この華は突然変異と化しているっ!

  しかも吸血病の菌を保有しているらしい。
  斬り付けられた際に体内に入ったのだろう、私は既に吸血鬼となってしまったっ!
  血が飲みたいっ!』


  『……恐ろしい華だ。自我を持っているらしい。
  そして私は支配されている。
  今日、治療師の女が私を脅迫に来た。もっと金貨を出さないと世間に暴露すると。
  血の衝動が抑えられなかった。

  気付いた時、私は女を殺して血を啜っていた。
  その時、頭痛がした。
  そして頭の中に声が響いたのだ。
  血をよこせ、と。
  あの植物は私を遠隔操作している、私はあの華を世話する為に支配されているっ!
  思考も、理性も、食欲さえもっ!
  ……私はこれからどうなるんだ……?』

  『部屋中にツタが這っている。
  あの華が部屋を支配している。治療師の女の死体は腐っていた。腐臭が酷い。
  隣人や帝都兵が抗議の為に来るが私は全員殺した。
  ……。
  いや、正確には殺すように仕向けられている。
  私はあの華に飼われている。
  こんな馬鹿な話があるかっ!』


  『考えてみれば、これはこれでいいじゃないか。私は生涯、彼女に仕えよう。私は下僕として生きようっ!』



  パタン。
  私は日記を閉じた。まったく、面倒な事をする。
  蔑む目でワイズナーを見る。
  研究失敗して堕落する、野心なんてろくなものじゃないわね。完全に頭の線切れてるし。
  吸血鬼の分類は簡単だ。
  自我があるのが上級で、ないのが下級。
  ハシルドア伯爵やヴィンセンテお兄様は人として振舞えるけど、下級はただの獣でしかない。吸血鬼は基本的に病人
  ではあるものの、私は下級は人とは扱っていない。そのあたりは世間一般の常識に準じてる。
  普通にモンスターでしかないのだ。
  「血血血血血血血血血血血血血血血血血血血ぃっ!」
  「お前救えないよ」
  「少しぐらい飲ませろ啜らせろぉ。彼女に捧げる前に、味見ぐらいさせろぉ。ひゃっはぁーっ!」
  「獣め」
  ワイズナーが吼え、よつんばで立つ。
  ゆらりゆらりと体を揺らしながら私の体を物欲しそうに見つめている。
  ……ふん。
  失礼な奴だ。私の瑞々しい肢体よりも、体の中を流れる熱い血潮の方が興味がある顔だ。
  ワイズナーは自我がある。
  狡猾に振舞ったりするものの……いずれにしても『吸血植物』とやらの下僕だ。
  駆除の対象だ。
  「血をよこせぇーっ!」
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  電撃を浴び、まともに吹っ飛び壁に叩きつけられる。その衝撃で体が四散する。
  吸血鬼は炎に弱い。
  電撃で体が焼かれ、黒炭となり、壁に叩きつけられて灰が散ったのだ。
  私は肩を竦める。
  「残念ね。せっかくのキャリアを棒に振っちゃって。野心って怖いわぁ」
  ……。
  ……ああ、伯爵が言ってたのはこの事か。
  最近吸血鬼が襲われてる云々。
  「労働嫌いだけど、終わらせなきゃいけないわね。ここまで来たらさ」
  吸血植物の飼い犬は潰した。
  残るは、その植物だけね。
  ツタはそこら中に生い茂っているものの、末端を焼き払ってもおそらく意味がないだろう。
  私は地下室に降りた。



  家を放火して終わればよかった、そう思ったものの遅いだろうか?
  地下は緑。
  石造りの壁が見えないほどに、緑色のツタが一面を覆っている。
  シュルシュルシュル。
  ツタが動く。
  おそらく自我がある、というのも満更デタラメではないのだろう。
  ワイズナーが死に、彼を殺した侵入者が地下室に踏み入れたのを悟ると扉をツタで封じた。
  これで私は逃げ場がなくなったわけだ。
  まあ、いい。
  「……」
  私は足を進める。
  どの道、こんなのを放置するわけにもいかないし中途半端で帰ったらラミナスに嫌味言われそうだし。
  はぁ。ボランティア嫌いなんだけどなぁ。
  「……」
  私は足を進める。
  ツタは襲ってくる気配はない。
  そりゃそうだ。
  この植物に知能があるなら、仮に私がこの植物でも殺さない。ワイズナーが生きてれば殺すかもしれないけど、新
  しい世話係を殺してしまえば意味がない。
  おそらく私を吸血鬼にして従えるつもりなのだろう。
  私は治療薬以前に飲んだから抗体があり、吸血病は効かないけど……ワイズナーの状態を見る限り、傷付けら
  れると体に何か入れられる節がある。
  そうでなければ、遠隔操作される意味が分からない。
  ともかく、油断は禁物だ。
  「なんだってこんな植物育てるかなぁ」
  吸血鬼の血を投与した為に突然変異と化し、誤算もあったのだろうけど……あの魔術師、頭大丈夫?
  こんな植物、育てても百害あって……。
  「……納得。これなら全て捨てるわ」
  行き着いた先に、それはあった。
  深紅の華。
  その美しさは究極。ここまで繊細な花弁は見た事がない。麗しいほどの深紅だ。
  ……なるほど。
  ……はるか昔に民衆虐殺し、その血を捧げ続けた王様の気持ちも多少は理解出来る。
  それだけ美しい。
  この華は、美と血の象徴だ。
  もっとも。
  ……吸血鬼の血の影響だろうね、無茶苦茶なまでに花弁がでかい。
  ちょっとしたテーブル並みのでかさだ。
  突然変異と化してるのは確かだ。何故断言出来るのか……簡単よ。こんなに肥大化してたら、昔の国王も興醒めするわ。
  シュルシュルシュル。
  ツタが私を包囲する。私を餌にするのか、それとも下僕か?
  どっちもごめんっ!
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  炎上する華。
  植物だから、というより吸血鬼としての特性を引き継いでいる所為だろう。面白いぐらいに燃える。
  トドメっ!
  「煉獄っ!」
  「ニンゲンメオボエテイロっ!」
  喋ったっ!
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  ……。
  しかし私は知っている。
  二発は不発だ。炎が爆発するより早く、深紅の華は床をぶち破り下水道に逃げた。
  華が逃げた?
  面白い、冗談のような話だけど事実だ。
  ワイズナーめ、吸血鬼の血を与え続けていたから変な風に突然変異したじゃないの。それに知能まで?
  ……。
  「帰るかな」
  追わないのかって?
  冗談でしょ、そこまでする気はないわ。別に職務怠慢じゃない……確かに面倒なのは面倒だけど。
  帝都の地下にはたくさん巣食ってる。
  盗賊、殺し屋、吸血鬼、ゴブリン、アンデッド。そこに吸血植物が加わったところで大した事ないわ。
  かくてまた、帝都には厄介ごとが増えましたとさ。めでたしめでたし。











  《注意》
  エンチャントの際に必要な魂石の概念は省略させていただきます。
  文章化する能力がないから?
  ……ま、まあ、それもありますけどややこしくなるので。