天使で悪魔
財団
力には色々とある。
魔力。
知力。
腕力。
脚力。
無数にある。無数に。
そして財力。それもまた力の1つだ。
帝都で随一の情報量を誇る黒馬新聞からの抜粋。
執筆者は闇の一党事件を公表した当記者ラウル・ロバート(真実は闇の中参照)。
『グラワール商会、グレイフォックス率いる盗賊ギルドにより奴隷売買の証拠を抑えられ破綻っ!』
『シェイディンハルのリーク物産、元老院に多額の献金。その見返りに犯罪者の解放を要求していた模様』
『帝都波止場地区の倉庫で秘密裏に行われていた犯罪結社の幹部達が盗賊ギルドに襲撃され病院送りにっ!』
『盗賊ギルドによって潰された企業は18、告発された元老院議員及び軍の高官は23人っ!』
『義賊グレイフォックスは港湾貿易連盟と呼ばれる犯罪結社の加盟組織を次々と潰しているその真意は不明。盗賊ギルドが強奪した金貨は100万枚を越
えていますが市民の中からは元々不正のお金なので訴追すべきではないとの声が高くなっています。当局は徹底して盗賊ギルドを追うようです』
『軍部からの公式発表です。港湾貿易連盟の掃討作戦は軍部主導であり新聞の情報はデマ。全ては我々の浄化作戦の結果と主張しています』
『元老院からの公式発表です。悪質なデマに惑わされないようにとのコメントです。不正に関った議員に対するコメントは避けました』
『ともかく盗賊ギルドが関っているかは別にしても、港湾貿易連盟は事実上その勢力を崩壊させたといっても過言ではないでしょう。組織の瓦解は目に
見えており市民の中には喜ぶものもいます。ただ盗賊ギルドが取って代わるのでないかという声もあるようです』
帝都。
波止場地区に隣接するスラム地区。
元老院に叙任された子爵が統括する場所でありその者の領土。土地の価格としては二束三文ではあるものの、子爵はその地を要望。
元老院はそれを裁可した。
彼らにしてみてもスラム地区は不必要であり、それと同時に無用の長物でしかなかったからだ。
税金未納者が集う区画。
その地を治める土地として要望されても元老院も痛くも痒くもない。
だから簡単に譲り渡した。
帝都の一部ではあるものの安い買い物(多額の献金を行えば爵位は買い取れる。子爵もまたそのようにした。猟官は法律で認められている)であるとして
元老院はその地を譲り渡した。しかしそれは過ちだった。
その地こそ盗賊ギルドの勢力範囲。
スラム街は見せ掛け。
実は盗賊ギルドの温床であり本拠地。
そしてその子爵は……。
「ほほほ。わたくしですわっ!」
『はっ?』
満座の者は一瞬意味が分からないという顔をした。
言ったわたくしも分からない。
……。
……いけませんわ。完全に酔っ払ってますわね。
今晩は無礼講の晩餐会。
この場にいるのは参謀アーマンド、メスレデル、アーミュゼイ、人斬り屋にユニオ、ジョニー。幹部ばかりですわ。もう1人の参謀スクリーヴァは毛玉を吐くの
が止まらないらしくブラヴィルで療養している。毛玉を吐くとは可愛いですわね。
素顔は既に晒している。
あくまで幹部限定ですけどね。
「アルラ……じゃなかったグレイフォックス、飲みすぎでは?」
「大丈夫ですわメスレデル」
ここは帝都のスラム街、ダレロスの屋敷。
盗賊ギルドの本部。
もちろん表向きはわたくしの、アルラ・ギア・シャイア子爵の邸宅という事になっている。
今回の宴の意味。
それは莫大な利益を上げたからだ。
黒馬新聞を連日賑わせている港湾貿易連盟の加盟組織に対する襲撃はわたくし達の仕業。
正義?
義賊?
そのどちらでもない。
庶民の懐は狙わないので義賊と言えばそうなるのかもしれないけど厳密には犯罪者。まあ、そこはいいですわ。
ともかく。
ともかくわたくし達は港湾貿易連盟を潰して回っている。
その中でも最大の組織であり母体であるドレスカンパニーは手付かずで健在ではあるもののその他大勢の組織はあらかた潰した。
潰した組織は18。
公式では善良な会社ではあるものの裏では人身売買やら麻薬、武器密売等を行っていた。
まあ、潰しましたけど。
サクっと☆
「情報は的確だっただろう?」
「ええ。感謝しますわ。ユニオ」
「これで俺の待遇は万全だな?」
「ええ」
「よかったよ。食い扶持に困らないのであれば言う事はない。今後とも尽力を尽くそう」
「頼みますわ」
ボズマーのユニオ。
タマネギという奇抜な髪型ではあるものの隠密と諜報のスペシャリストだ。
その能力は盗賊よりも上。
それもそのはず。
ユニオは最近まで元老院直轄の諜報機関アートルムのメンバーだったのだから。
アンヴィルの一件で色々とあり最終的に組織は壊滅、それだけではなく黒の派閥の謀略で軍部から『アートルムは反政府勢力だった』という風にされ
てしまっているので構成員はお尋ね者。
彼もまた路頭に迷った。
それだけではなく居場所がなくなった。
たまたまアンヴィルの一件で知り合ったのが縁となり今では盗賊ギルドの幹部となった。最近までは幹部待遇であり幹部ではなかった。
港湾貿易連盟の加盟組織は巧妙に善良を装っていたけど、ユニオの情報でピンポイントで攻撃出来た。
結果、組織の大半は潰し、百万枚以上の金貨を得た。
ユニオの功績だ。
「それにしても不思議ですわね。ユニオは犯罪結社の所在を知っていたのでしょう?」
「ああ。アートルムに属していた者は誰でも知っていた。それが?」
「何故潰さなかったんですの?」
「それが政治と言うものさ」
「政治」
わたくしはあまり政治とやらが得意ではない。
大抵は力で捻じ伏せるという選択肢が多いですし。外交的に、という選択肢は今までなかったですわね。
「どういう事ですの?」
「正義は悪党がいないと成り立たない」
「まあ、そうですわね」
「だがそうそう悪党が都合よく現れるとは限らない。だから監視はしていても見逃していたのさ。それが方針だった。他の機関は知らないがね」
「つまり悪党を飼っていた?」
「そうなる」
「おやまあ」
「自分達の都合が良い時に悪党を狩る。そうやって絶え間なく犯罪を解決する事で世間のポイントを得ていたわけだ。ただしその監視の過程で汚職に
塗れる議員や高官の連中もいる。万が一の為に弱みを握る為に我々は内偵したりもした。だが告発が目的ではなかった」
「腐ってますわね。何故捜査官の仕事を?」
「給料が良いからさ」
彼はニヤリと笑った。
ふぅん。
童顔で大人しそうな印象を受けるものの彼はなかなかニヒルでやり手なのかも知れない。
もちろんそれはそれでいい。
盗賊ギルドとして頑張ってもらうとしよう。
ある意味でこの場にいる誰よりも隠密行動に長けているのは確かだ。
即戦力として使い勝手が良い。
さて。
「俺の出番も作って欲しいものだな」
「その内ね」
ピールを飲みながら不服そうに口を開いたのは人斬り屋。
名前は不明。
インペリアルの男性で殺し屋。
元々は港湾貿易連盟に雇われていたものの今では私の仲間の1人であり盗賊ギルドの幹部。素性は謎ではあるものの、わたくしはブレイズの関係者
ではないかと疑っている。得物はアカヴィリ刀。ブレイズ御用達の武器だ。もちろんあくまで推測だけどユニオもそのように推測してる。
だとしたら凄いですわね。
元老院直轄の諜報機関アートルムのユニオ。
皇帝直轄の諜報機関であり親衛隊ブレイズの人斬り屋。
まさに最強の人材2人。
わたくしは赤ワインが注がれたワイングラスを口元で傾かせながら満足そうに微笑する。
事実満足だ。
人材としてはこれ以上の存在はいないだろう。
「まさにわたくしの両腕に相応しいですわ。……亡きグレイズも亡きジョニーも満足でしょうね。2人に乾杯」
『乾杯』
全員がグラスを掲げる。
「お嬢様、ちょっと待ってくださいよーっ!」
「あら幻聴? ……ジョニーの声が聞こえる気がしますわ。きっとわたくしの心残りが原因ですわね……」
「あっしは死んでないっすよーっ!」
「……冥福を祈ってますわ」
「悪質だ何て悪質なんだーっ!」
トカゲのジョニーは叫ぶ。
まあまあと言いたげにアーミュゼイは彼の肩を叩いた。
ただの冗談ですのに。
ジョニー、しょげてますわ。
……。
……もちろんグレイズの死を弄ぶ気はない。しかしわたくしは元気に振舞う。泣くのは飽きた、先に進まないと行けない。
友は死んでもわたくしは生きている。
生きている者はこれから先も生きていかなければならない。
それが務めであり義務。
グレイズの手向けの為にもわたくしは生きる必要がある。
生きている限り懸命に生きる。
最大の手向けだ。
「さて皆さん、我々の保有している金貨は組織としては最大級でしょう。この金貨を有意義に使うべく、そして表舞台に立つ為に使用します」
「と言いますと?」
参謀のアーマンドは怪訝そうに訊ねる。
ここ最近は盗賊ギルドの任務は港湾貿易連盟に限定されていた。既に先代の組織運営からは脱却、新たな道を歩んでいる。
ならば。
ならば徹底して別の道を歩むとしよう。
それは……。
「盗賊ギルドは本日を持って解散しますわ」
『はっ?』
「ここにシャイア財団の設立を宣言します」
『……』
沈黙。
それもそうでしょうね。
この計画は誰にも話していなかった。しかし幹部及び構成員からは結果として不満は出ないだろうと踏んでいる。
何故?
財団は隠れ蓑。
結局のところは盗賊ギルド。しかし財団として表向きは押し出していくつもり。
まあ、港湾貿易連盟と同じですわね。
連中も表の顔は健全であり潔癖だ。そしてそれを利用して政治にも介入している。わたくしが望むのはそこだ。どんなに資金的に潤沢では会っても盗賊
ギルドという顔では出来る事はたかが知れてる。せいぜい罪科の抹消を裏で操作できる程度だ。
それでは駄目だ。
綺麗な仮面を被る事で元老院にも介入出来るようになる。
それが欲しい。
公然と力を得る事が出来る。そして財力が使える。
金銭的な欲望は特にない。
わたくしが最終的に欲しいのは力。純然たる力。組織力も財力もその手段でしかない。
その旨を伝えた。
「アーマンド、異論は?」
「名称が変わるだけなら問題はないですよ。……ああ。今後は小奇麗にしなければならないのは文句がありますが、仰せに従います、グレイフォックス」
「メスレデル、アーミュゼイ」
『はい』
「今後はフロンティアに行って秘宝や錬金術に必要な代物を買い漁りなさい。魔術師ギルドが高値で買い取ってくれますわ」
『御意』
表向きは財団の資金源。
秘宝や錬金術の材料は魔術師ギルドで確かに高値で買い取ってくれる。
安く買って高く売る。
商売の基本。
ただそれは建前で実際はわたくしの能力のアップに使える代物のゲットだ。
財団としての最初の基本行動はフロンティア(つまりアルディリア迷宮編に出てくる財団はシャイア財団)に限定しよう。
それが軌道に乗ればどんどんと手を広げていく。
能力のアップの意味?
当然報復。
黒の派閥には屈辱を返却する必要がある。
利子をたっぷりと付けてね。
「ユニオ、人斬り屋」
『何だ』
「2人はわたくしと共に黒の派閥に対抗してもらいますわ。異論は?」
『ない』
異口同音。
なかなかチームワークがよろしい事で。
2人もまた黒の派閥に恨みがある。人斬り屋はそういうニュアンスを匂わせて接触して来ましたしね。
「あのー、あっしは?」
「ジョニーは既に死んでるんですから迷わず棺に収まってて欲しいですわ☆」
「……」
ふふふ。
苛め過ぎたかしら。
バッ。
わたくしは勢いよく立ち上がる。そして華麗にワイングラスを高らかに掲げた。
「さあ。わたくしの第二幕、始めましてよっ!」